【海外通信】
 
最近の米銀の収益動向等

在ニューヨーク総領事館領事
長 田  敬
 
ニューヨークにある世界最大のトレーディングフロア


 世界経済の減速・不透明感の増大、株式市場の低迷など厳しい経営環境の中にあって、米国の銀行セクターは依然として高い収益を保っている。米国の銀行セクターが高い収益をあげている要因や収益構造などを概観した上で、景気の不透明感が増す中での今後の課題などを整理する。


.2002年における米国の銀行セクター全体の収益動向
 連邦預金保険公社(FDIC)の四半期報告によると、世界経済の減速や企業の経営破綻が続く状況にあって、不良債権償却額の増加にもかかわらず、2002年の米国の銀行セクター(預金保険対象金融機関)の純収入は1,054億ドル(前年比20.8%増)、総資産利益率(ROA)も平均で1.31%と、いずれも過去最高を更新するものとなった。
 
 
銀行セクターの収益関連諸指標 (10億ドル、%)
 
  (資料) FDIC Quarterly Banking Profile
 

(1)

 こうした高収益の要因としては、消費者向け部門等における貸出等の資産の増加等による純金利収入の増加(前年比252億ドル増の10.0%増)に加え、トレーディング収入の減少にもかかわらず貸出債権等の資産売却益の増加や預金関連サービス手数料の増加等により非金利収入が増加したこと(前年比137億ドル増の8.1%増)、有価証券の売却益の大幅増などが挙げられる。
 部門別にみると、消費者向け部門が引き続き銀行セクター収益の改善に寄与している。業態別に総資産利益率をみても、非金利収入の増加、貸倒引当負担の減少によるクレジットカード会社の好調ぶりが目立ち、旺盛な住宅需要に支えられたモーゲージ会社も大幅に改善していることが窺える。

(2)

 他方、不良債権償却額は469億ドル(前年比20.8%増)、償却率は0.97%と、1992年以来の高水準となった。2001年の景気後退が高水準の貸倒れにつながったと言える。貸倒引当額も514億ドルと前年比10.9%増加したが、第4四半期においては137億ドルにとどまり、前年同期比で3年ぶり、かつ25億ドルもの減少(前年比▲15.7%)に転じている。
 その一方で、延滞債権額も前年比10.2%増と依然増加を続けているが、増加のペースは落ちており(前年は28.0%増)、2002年第4四半期には僅かながら3年ぶりの減少に転じている。また、2002年には11の金融機関が破綻しており1994年以来の多さとなっている一方、FDICにより財務内容に「問題あり」とされる銀行数は若干減少している。


.最近の米銀の収益構造と主要行の収益動向
 

(1)

 米銀の収益構造をみると、近年、非金利収入(手数料収入、トレーディング収入等)への依存度が高まってきている。営業収入に占める非金利収入の割合は預金保険対象金融機関全体で約4割、大手行では4〜5割となっている。資本市場の発達等による資金調達手段の多様化と資金運用手段の多様化にあって、収入源多様化は米銀にとって大きな課題であり、非金利収入はその重要な手段となってきたと言える。
 
 
商業銀行の営業収入の内訳の推移 (%)
 
  (資料) FFIEC


 こうした非金利収入へのシフト、非金利収入の多様化により、米銀の営業収入の不安定性が小さくなったと言われることがある。しかし、実際には不安定性が縮小したのは金利収入においてであり、非金利収入においてはトレーディング収入を中心に不安定性が増している面があるとの研究もある。80年代の金利競争が銀行の体力を低下させたとの反省もあって預金金利を必ずしも市場金利に連動させないようになったこともあり、金利収入はシェアは縮小したものの比較的安定してきている。こうしたことから、いかに安定的な非金利収入源を確保していくかが一つの課題となってきている。

(2)

 また、近年では、大手米銀も、中堅企業向け、中小企業向け、消費者向けのサービスに力を入れるようになってきている。この背景には、資金調達手段の多様化により大企業向けサービスの規模が相対的に小さくなってきたことに加え、信用情報・審査業務のIT化の進展等により小口案件を効率的に処理できる環境が整ってきたことなどがある。
 こうした分野は、従来は、特に大手銀行にとって馴染みの薄い業務であったが、最近ではむしろ安定的な収益が見込める分野として力を入れるところが増えており、米銀の高い収益の一因ともなっている。

(3)

 他方、企業向け貸出・投資銀行業務は、不振が続いている。企業向け貸出については、資金重要が低迷していることに加え、特に業績悪化が懸念される通信、エネルギー、航空といった業種の企業向け貸出については、依然残高も大きいことから、収益圧迫要因となっている。投資銀行業務については、経費節減により利益を確保したところが多いものの、投資家のリスク受容度は低下しており、依然として先行きは不透明である。
 また、企業会計不祥事に関連する訴訟費用の計上も巨額となっており、各行とも引当を行っているものの、実際に必要な額が膨らめば更なる収益圧迫要因となりうる。

(4)

 こうした点を踏まえて、大手行の2002年第4四半期の収益をみると、以下のように、業務内容の違いが業績に大きく影響する結果となっている。
 


 消費者向け事業、中小企業向け事業、中堅企業向け事業に重点を置くバンク・オブ・アメリカは、住宅ローンやクレジットカードなど消費者金融事業が引き続き好調で、純利益は前年同期比27%増。住宅ローンなど消費者向け事業や中小企業向け事業に重点を置くワコビア(同22%増)やウェルズ・ファーゴ(同10%増)なども収益を増加。


 シティ・グループは、アナリスト癒着問題での規制当局との和解合意に基づき13億ドルを費用計上したため、純利益は前年同期比37%減となったものの、一般消費者向け事業は同26%の増益と引き続き好調。2002年の収益は前年比8%増と、前年の過去最高益を更新。


 他方、JPモルガン・チェースにおいては、相対的に比重の高い投資銀行業務が引き続き不振。消費者融資部門や債券部門が大きく改善し、純収入は前年同期比27%増となったものの、経営破たんしたエンロン関連の訴訟費用などで13億ドルの特別費用を計上した結果、純損益は3.87億ドルの赤字に。


.今後の収益変動要因
 このように、米銀の収益は好調を続けているが、他方で、経済動向等に関連して、様々なリスク要因が指摘されている。ここでは、イラク攻撃等の地政学的リスクや個々の業態・地域に係るリスク以外の収益変動要因につき、以下いくつか触れる。
 

(1)

 住宅価格
 米国においては、住宅価格の上昇が、住宅関連ローンを通じ、景気拡大につながってきたことが指摘されている。すなわち、キャッシュアウト(既存の住宅ローン借り換え時における差額分のローン残高積み増し)やホームエクイティローン(ローン返済途上の住宅の純資産価値を担保とするローン)といった、住宅の価格上昇分を直接活かせる形の住宅を担保とした借入手段が充実していることにより、住宅価格の上昇により借入余力が増した家計において借入金の増額による消費の拡大がみられ、これが米国経済を支えてきた面が強い。このため、企業収益が回復し設備投資が盛り上がってくるまでこのメカニズムが続くかどうかが米国経済の先行きを見通す上で重要な要素となっている。
 まず、最近における住宅価格の上昇は、実需に支えられたものであるとの見方が一般的である。特に重要なのが、移民による住宅取得である。近年の家計数増加のうち、新たな家計形成の3分の1から約半分は移民によるものと言われており、その多くが住宅取得を目指すことから、旺盛な住宅需要につながっている。これらの要因から、住宅価格にバブルがあり、そうしたバブルの崩壊によって急激な住宅価格の下落が起こるとの見方は一般的ではない。
 他方、モーゲージ金利の低下や借入の増大が2002年のようなペースで起こる余地も小さく、住宅価格の増大による借入の増加、消費の拡大という米国経済を下支えしてきた要因は2002年に比べれば減速せざるを得ない面がある。現に、住宅価格の伸び率は2002年下半期には上半期より減速しており、株式バブルのようなケースを想定して悲観的になる必要はないにしても、リテール面での米銀の収益や米国経済の動向を見通す上で、注意しなければならない要因と言える(グリーンスパン連邦準備制度理事会(FRB)議長も、最近の講演の中でこうした面に触れている)。
 
 
住宅価格の伸び率 (%)
 
  (資料) Office of Federal Housing Enterprise Oversight House Price Index


 また、こうした住宅ローンの急増により、個人の担保能力低下などリスクの増大が指摘されており、ここにきて米銀も住宅ローンの審査を厳格化し始めている(2003年1月のFRBの調査によれば、住宅ローンの貸出姿勢を厳しくした銀行の割合は11.1%となり、10月調査の10.0%と合わせ、住宅ローンの融資姿勢が厳しくなったことを示す過去10年来で初めての兆候としている)。

(2)

 デフレの懸念
 米国においても、物価の上昇率が低下してきており、これがデフレとなって米国経済に深刻な影響を及ぼす可能性が懸念されるようになってきている。実際、2002年にはGDPデフレータの上昇率が1.1%と、1961年以来の低い数字となっている。
 生産面についてみれば、生産者物価指数(PPI)はエネルギー・食料品を除いたコア指数で2001年下半期にマイナスに陥った後2002年以降も前期比で0%をはさむ低水準で推移し、特に繊維、電気、電子機器及び輸送機器といった分野においてデフレ圧力が強まり、最近の企業収益や雇用の弱さの一因ともなっている。他方、消費者物価指数(CPI)についても低水準で推移しているものの、消費生活に占める割合の高いサービスの価格をみると2002年を通じ前年同期比3%以上で推移しており、こうしたことを根拠に現状はデフレとは言い難くディスインフレにすぎないとする論者が多い。
 
 
物価上昇率 (前期比、%)
 
(資料)  Bureau of Economic Analysis, Bureau of Labor Statistics


 こうした中、短期金利の主要政策金利であるフェデラル・ファンド金利の誘導目標も累次の利下げで1.25%まで下がっており、追加的な利下げの余地は限られてきている。また、株価も2000年半ば以降下落しており(ダウ工業株30種平均は約4分の3に、ハイテク関連株の占める比率が高いNASDAQ総合指数は約4分の1に)、さらにそれでもなお過剰設備を抱えている産業は少なくないとみられている。
 こうした物価等の動向や最近の日本の経験も相俟って、多くのエコノミストが、米国経済がデフレ・スパイラルに陥る可能性は否定しつつも、デフレの懸念を強く意識するようになってきている。昨年11月の連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文においてもインフレ率及びインフレ期待の低さを利下げの理由の一つに挙げており、こうした懸念はFRB幹部や政府高官も有しているようであり、その発言の中でデフレに触れられる機会が増えてきている。
 こうしたことから、米国の銀行セクターへのデフレの影響も意識されるようになってきており、デフレによる信用リスクの増大、貸出需要の減退等が銀行経営に及ぼす影響を懸念する声も出てきている。
 もっとも、連邦預金保険公社(FDIC)が2月に出したデフレについてのレポートにおいては、米国経済がデフレに陥る可能性は低いとしつつ、仮にデフレになったとしても米銀の地理的分散及び商品の多様化、株式保有の少なさ、総資産収益率(ROA)の高さを挙げ、仮にデフレにより経済にショックが生じても、邦銀よりもよく対処できるだろうと指摘している。また、同レポートでは、貸出需要の減退や企業倒産の増加に対しても、米銀の良好な財務体質に加え、借り手が低い金利で借り換えられることや、クレジットデリバティブなどの新しいリスク管理手法により、デフレの影響はさほど深刻化しないだろうとの見方を示している。

(3)

 資産劣化とリスク管理
 2000年、2001年と増加した不良債権は、2002年においても銀行セクター全体としてやや増加したものの、そのペースは鈍化している。もっとも、2001年、2002年と償却等を進めたにもかかわらず増加しているとの指摘もあり、留意が必要である。
 もっとも、大手米銀においては、厚い自己資本に加え、デフォルトリスクのみを取引するデフォルトスワップなどのクレジットデリバティブの手法の活用等により貸出債権のリスクヘッジが進んでおり、景気動向等により貸出先の財務内容が急激に悪化しても必ずしも不良債権が急増しない体質を構築していると言われている。通貨監督庁(OCC)は1997年からクレジットデリバティブの数字の報告を求めているが、97年には契約残高547億ドルだったのが2002年末には6,348億ドルとその利用が急増している。
 
 
商業銀行のクレジットデリバティブの契約残高 (10億ドル、%)
 
  (資料)  OCC Quarterly Derivatives Fact Sheet


 但し、クレジットデリバティブ等の手法は新しい手法であるが故にまだその詳細につき確立していない部分があり、そのため訴訟リスク等がゼロではないという面がある。法的リスクについては、また、金融機関の統合によりプレーヤーの数が減る中で、リスクヘッジの実効性をいかに高めるかといったことも課題となっている。

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