【法令解説】

 このコーナーでは、先に閉会した第156回国会で成立した金融庁関連の法律について、その経緯や内容を詳細に説明します。本号は、「保険業法の一部を改正する法律(I.生命保険のセーフティネットの整備等を行う改正、II.保険契約者等の保護の観点から保険契約の契約条件の変更を可能とする手続の整備を行う改正)」についてです。
 
I.生命保険のセーフティネットの整備等

改正の経緯
 生命保険のセーフティネットについては、平成10年に生命保険契約者保護機構が創設され、業界負担(保険会社の負担金)により4,600億円の規模のセーフティネットが整備されました。これにより、生命保険会社が破綻した場合、保険金の支払い等のために積み立てられている責任準備金の90%までが補償されることとされています。
 その後、平成12年には、セーフティネットの財源の相当部分が使われる見通しとなったことから、3年限りの措置として、政府補助の特例措置を含め、5,000億円規模のセーフティネットが追加的に整備されましたが、今回、平成15年度からの3年間の破綻に備えるものとして、同様のセーフティネットを改めて整備することとしたものです。
 また、保険会社の経営手段の多様化等を図る観点から、保険相互会社への委員会等設置会社制度の導入、保険会社の業務範囲の見直し等をあわせて行うこととしたものです。
 これらを内容とする「保険業法の一部を改正する法律」は、平成15年3月14日に国会に提出され、4月25日に成立、5月9日に公布されています(平成15年法律第39号)。また、この改正は、6月8日から施行されています。(ただし、生命保険募集人の登録等の見直しは9月1日から施行。)

改正の内容
.生命保険のセーフティネットの整備
 先ほど述べたとおり、生命保険のセーフティネットについて平成12年に設けられた政府補助の特例措置は、平成15年3月末までの破綻に対応したものとされていました。今回、現下の生命保険を取り巻く環境に鑑み、保険契約者等の保護を図り、生命保険に対する信用を確保するため、平成12年に整備されたセーフティネットと同様、業界対応分1,000億円、国対応分4,000億円の、合計5,000億円規模のセーフティネットを改めて整備しました。
 具体的には、平成15年度から平成17年度までの生命保険会社の破綻について、資金援助の費用を保険会社のみが負担することになればその財務の状況を著しく悪化させ、保険業に対する信頼の維持が困難となり、ひいては国民生活の安定や金融市場に不測の混乱を生じさせるおそれがあると認められる場合に、政府は予算で定める金額の範囲内で補助を行うことができることとしています。
(保険業法附則第1条の2の13、第1条の2の14関係)


.保険相互会社への委員会等設置会社制度等の導入
 保険相互会社の経営手段の多様化を可能とする観点から、平成14年の商法等改正により株式会社に導入(平成15年4月施行)された委員会等設置会社制度及び重要財産委員会制度を、保険相互会社にも導入しました。
(保険業法第52条の2〜第52条の6関係)
 
(注 )委員会等設置会社制度とは、定款の定めにより、取締役会に委員の過半数を社外取締役とする指名・監査・報酬の三委員会を設け、取締役会の監督機能を強化するとともに、業務執行を担当する執行役を設け取締役会の決議事項を大幅に委任することにより、機動的な業務決定を可能とするものです。
 また、重要財産委員会制度とは、取締役10人以上のうち1人以上が社外取締役である会社について、取締役会の決議により、3人以上の取締役を委員とする重要財産委員会を設け、重要な財産の処分等の決定権限を委譲することを可能とするものです。


.保険相互会社の株式会社化に関する制度整備
 株式会社化の仕組みの積極的な活用を促す観点から、保険相互会社から株式会社への組織変更に関する規定の見直しを行いました。具体的には、(1)組織変更時の同時増資に際して、基金の償却の特例を設けて、基金を現物出資することを可能とする、(2)組織変更時の純資産額が株式の発行価額の総額に不足する場合の取締役等のてん補責任について、株主総会の特別決議により免除できることとする、等の見直しを行っています。
(保険業法第88条、第90条、第92条の2、第92条の6、第92条の7、第92条の9関係)


.中間業務報告書の作成義務付け
 保険会社の財務状況を適時に把握するために、銀行等には既に義務付けられている中間業務報告書の作成、提出を、保険会社にも義務付けました。(平成16年度から適用されます。)
(保険業法第110条関係)


.保険会社の業務範囲の見直し
 保険会社と他の金融機関と連携の必要性が高まっていることを踏まえ、保険会社の付随業務として、他の金融業を行う者の業務代理・事務代行を行えることとしました。具体的に行える業務は、内閣府令で、(1)他の金融業を行う者の資金の貸付けの代理・代行、(2)投資顧問業者の投資顧問業及び投資一任契約に係る業務に関する書面又は報告書の授受の代行、を定めています。
(保険業法第98条関係)


.生命保険募集人の登録等の見直し
 生命保険募集人や損害保険代理店等は、住所変更の都度、住所の登録・届出が必要とされていましたが、事務負担の軽減のため、住所の登録・届出を不要とし、生年月日を登録・届出事項としました。なお、施行の際に生年月日が届け出られていない者については、施行後住所変更があった場合等に生年月日を届け出れば良いこととされています。
(保険業法第277条、第302条関係)

 

(1)

 相互会社への委員会等設置会社制度の導入【金融審中間報告(13年6月26日)関連】
 
 経営に対する適切な自己規律が確保されるよう、平成14年の商法等改正において保険株式会社について導入(15年4月施行)された委員会等設置会社制度等を保険相互会社についても導入し、社外取締役の拡充等を図る。

(2)

 株式会社化に関する制度整備【金融審中間報告(13年6月26日)関連】
 
 株式会社化スキームの積極的な活用を促す観点から、相互会社から株式会社への組織変更に関する規定の見直しを行う。
 具体的には、組織変更時の(1)基金の償却の特例(基金の現物出資の認容)、(2)取締役等のてん補責任の免除(純資産額が社員への割当株式の発行総額に不足する場合のてん補責任の免除)等について盛り込む。

(3)

 中間業務報告書の作成義務づけ【金融審中間報告(13年6月26日)関連】
 
 保険会社の財務状況を適時に把握するため、銀行等に義務づけられている中間業務報告書の作成・提出を、保険会社に対しても義務づける。

(4)

 保険会社の業務範囲の拡大
【規制改革推進3か年計画(再改定)(15年3月28日閣議決定)関連】
 
 保険会社の業務について、他の金融機関との連携のニーズが高まっていることを踏まえ、他の金融業を行う者の業務の代理・事務の代行を付随業務として規定する。
 具体的には、貸付の代理(銀行等との協調融資における幹事業務等)を想定(府令委任事項)。

(5)

 保険募集人等の登録手続の簡素化
【規制改革推進3か年計画(再改定)(15年3月28日閣議決定)関連】
 
 事務負担の軽減を図るため、保険募集人等の「住所」の登録・届出を不要とし、「生年月日」を登録・届出事項とする。(現在、生命保険募集人や、損害保険代理店の役員・使用人については、住所の変更の都度、登録・届出が必要。)
 
II.契約条件の変更手続の整備

改正の経緯
 我が国の生命保険を取り巻く環境は、保有契約高の減少や株価の低迷等に加え、超低金利の継続によるいわゆる「逆ざや」問題により、一層厳しいものとなっています。
 逆ざやは、保険金額の計算の基礎となる予定利率に比べ、実際の保険会社の運用利回りが下回ることにより生じます。生命保険は長期の契約が多く、過去の高い予定利率の契約が多く残っている一方、超低金利が継続し実際の運用利回りが低下していることから、逆ざやは多くの生命保険会社の経営上の構造的な問題となっています。
 こうした中、生命保険会社に財務上の深刻な問題が生じる前に、契約条件の変更を行い、「逆ざや」問題の改善が図り得るのであれば、保険契約者にとっても長期的には利益を及ぼす一方策となり得るとの考え方の下、平成13年の金融審議会第二部会における生命保険の諸問題についての検討・審議の中で、保険契約の契約条件の変更についても検討が行われました。
 その後、金融庁において契約条件の変更の問題について幅広く検討を行い、今回、保険契約者等の保護を図るための「新たな選択肢」として、保険会社・保険契約者間の自治的な手続により契約条件の変更を可能とする手続を整備することとしました。
 契約条件の変更手続の整備を内容とする「保険業法の一部を改正する法律」は、平成15年5月23日に国会に提出され、7月18日に成立、7月25日に公布されています(平成15年法律第129号)。また、この改正は、8月24日から施行されます。
 なお、今回の改正は、将来の破綻を予防し、保険契約者等の保護を図るためにやむを得ない場合に、保険契約者の十分な理解を求めた上で契約条件を変更する「新たな選択肢」を追加したものであり、この改正の施行によって当然に契約条件の変更が行われるものではありません。

改正の内容
.保険会社からの契約条件変更の申出
 保険会社は、その業務又は財産の状況に照らしてその保険業の継続が困難となる蓋然性がある場合には、内閣総理大臣に対し、保険金の削減その他の契約条件の変更を行う旨の申出をすることができることとしました。
 「保険業の継続が困難となる蓋然性がある場合」とは、いわゆる破綻の状態には至っていないものの、将来を見通して、契約条件の変更を行わなければ他の経営改善努力を織り込んでも保険業の継続が困難となることが合理的に予測できる場合が該当すると考えられます。契約条件の変更は、保険契約者等の保護のために契約条件の変更がやむを得ない状況にある保険会社が、経営の選択肢の一つとして、その判断により申出を行うことにより行われることとなります。
(保険業法第240条の2関係)


.行政当局による申出の承認
 内閣総理大臣は、保険会社からの契約条件変更の申出に理由があると認めるときは、その申出を承認するものとしました。
 契約条件の変更は、基本的には保険会社・保険契約者間の自治的な手続により行われるものですが、保険契約者等の保護を図る観点から、内閣総理大臣による承認等の手続を定めたものです。(なお、この手続における内閣総理大臣の権限は金融庁長官に委任されます。)
(保険業法第240条の2関係)


.解約に係る業務の停止命令
 内閣総理大臣は、申出の承認をした場合において、保険契約者等の保護のために必要があると認めるときは、当該保険会社に対して、期限を付して保険契約の解約に係る業務の停止その他必要な措置を命ずることができることとしました。
 これは、契約条件の変更手続は、異議申立て手続等ある適度時間を要するものであり、その間、手続を混乱なく粛々と進め、保険集団の維持を図ることが保険契約者等の保護に資すると考えられることから、一定の期間、解約に係る業務の停止を命ずることができることとしたものです。
(保険業法第240条の3関係)


.契約条件の変更の限度
 契約条件の変更の内容については、保険契約者等の保護の観点から、
 
 (1)  契約条件の変更の基準となる日までに積み立てるべき責任準備金に対応する保険契約に係る権利に影響を及ぼすものであってはならない
 (2)  契約条件の変更によって変更される保険金等の計算の基礎となる予定利率については、保険契約者等の保護の見地から保険会社の資産の運用の状況その他の事情を勘案して政令で定める率を下回ってはならない
との変更の限度を設けています。
 これは、保険会社の破綻の場合は、資産の状況によってそれまでに積み立てられた責任準備金の削減が行われることがありますが、今回の契約条件の変更は、将来の破綻を予防するため、保険契約者等の保護の観点から破綻の状態に至る前に行われるものであることから、それまでに積み立てられた責任準備金の削減は行えないとしたものです。また、予定利率の引下げについても下限を設けることとし、8月8日に公布された政令(平成15年政令第三六一号)において、生命保険会社の平均運用利回りの実績や過去の破綻事例での取扱い等を勘案して、予定利率の引下げの下限を年3%と定めています。
(保険業法第240条の4関係)


.契約条件の変更の決議
 保険会社は、契約条件の変更を行おうとするときは、株主総会(相互会社の場合は、社員総会(総代会を設けているときは、総代会))の特別決議を経なければならないこととしました。
 契約条件の変更手続は、保険会社・保険契約者間の自治的な手続により行われるものですが、具体的には、(1)会社の機関意思決定手続としての株主総会等の特別決議と、(2)後述の、保険契約者の権利の保護手続としての異議申立て手続を経なければならないこととしたものです。
 なお、特別決議は、株主総会の場合、出席した株主の議決権の2/3以上の賛成、社員総会又は総代会の場合、出席した社員又は総代の議決権の3/4以上の賛成によって行われます。
(保険業法第240条の5、第240条の6関係)


.株主や総代、保険契約者に対する通知
 保険会社は、5.の株主総会等の召集通知や、8.の変更対象契約者への通知において、(1)契約条件の変更がやむを得ない理由、(2)契約条件の変更の内容、(3)契約条件の変更後の業務及び財産の状況の予測、(4)基金及び保険契約者等以外の債務者に対する債務の取扱いに関する事項、(5)経営責任に関する事項、その他の事項を示さなければならないこととしました。
 契約条件の変更は、保険会社・保険契約者の自治的な手続により行われるものであり、保険会社は、保険契約者等の十分な理解を求めた上で契約条件の変更を行うことが必要となります。このため、契約条件の変更の内容のほか、契約条件の変更がやむを得ない理由、変更後の経営の見通し、基金や劣後ローンの取扱い、経営責任の取扱い等について、その手続の中で示さなければならないこととしたものです。
 また、将来金利が上昇した場合等における利益の還元の方針(契約者配当等に関する方針)がある場合は、その方針も示さなければならないとともに、その方針は定款に記載又は記録しなければならないこととしています。
(保険業法第240条の5、第240条の7、第240条の12関係)


.行政当局による契約条件の変更案の承認
 保険会社は、株主総会等の決議の後、遅滞なく、当該決議に係る契約条件の変更について、内閣総理大臣の承認を求めなければならないこととしたとともに、内閣総理大臣は、(1)当該保険会社において保険業の継続のために必要な措置が講じられた場合であって、(2)契約条件の変更が当該保険会社の保険業の継続のために必要なものであり、(3)保険契約者等の保護の見地から適当であると認められる場合でなければ、承認してはならないこととしました。
 これは、内閣総理大臣が、契約条件の変更の内容等について、保険契約者の権利が不当に害されていないか等について審査し、承認を行うこととしたものです。
 また、内閣総理大臣は、必要があると認めるときは、保険数理の専門家等を保険調査人として選任し、契約条件の変更の内容等を調査させることができることとしています。
(保険業法第240条の8〜第240条の11関係)


.変更対象契約者による異議申立て手続
 
(1)  保険会社は、7.の承認のあった日から2週間以内に、契約条件の主たる内容を公告するとともに、変更対象契約者に対し、契約条件の変更の内容を通知しなければならないこととしました。
(2)  変更対象契約者への通知には、契約条件の変更がやむを得ない理由等、6.に掲げた事項を示す書類を添付するとともに、変更対象契約者で異議がある者は一定期間内に異議を申し述べるべき旨を付記しなければならないこととしました。
(3)  異議申立ての期間は、1月を下回ってはならないこととしたとともに、変更対象契約者の10分の1を超える者から異議が述べられ、かつ、異議を述べた者の保険契約に係る債権の額が変更対象契約者の当該額の総額の10分の1を超えるときは、契約条件の変更をしてはならないこととしました。
 契約条件の変更に当たっては、保険契約者数が膨大であることや保険の団体性に鑑み、保険契約者集団における意思決定手続として、(1)会社の機関意思決定手続は、5.の株主総会等の特別決議によることとするとともに、(2)保険契約者の権利の保護手続は、異議申立て手続の活用によることとし、10分の1を超える異議があった場合は、契約条件の変更は行えないこととしたものです。
 また、6.のとおり、契約条件の変更に当たっては保険契約者等の十分な理解を求めることが必要であり、契約条件の変更がやむを得ない理由等を示した上で、異議申立て手続等を行わなければならないこととしたものです。
 この異議申立てが成立しない場合には、変更対象契約者全員が当該契約条件の変更を承認したものとみなすこととされています。
(保険業法第240条の12関係)


.契約条件の変更の公告等
 保険会社は、契約条件の変更後、遅滞なく、契約条件の変更をしたこと等を公告しなければならないとともに、3か月以内に、変更対象契約者に対し、変更後の保険契約者の権利及び義務の内容を通知しなければならないこととしました。
(保険業法第240条の13関係)

10

.その他
 その他、契約条件の変更の手続の整備とあわせ、破綻処理に伴う契約条件の変更の対象とできない保険契約(特定契約)の範囲の見直し、基金に係る債務の免除を受けた場合の基金及び基金償却積立金の取扱い等、所要の規定の整備を行っています。
(保険業法第56条、第56条の2、第250条等関係)


PDF予定利率引下げスキーム図

(文中意見にわたる部分は筆者の私見である。 金融庁総務企画局信用課保険企画室 矢田貝 泰之)




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