【海外最新金融事情】
 
 

「ジョイント・フォーラム」の活動状況

金融庁総務企画局国際課長
坂 本 正 喜

 世界の監督当局が参加する国際的な機構として、バーゼル銀行監督委員会(バーゼル委)、証券監督者国際機構(IOSCO)及び保険監督者国際機構(IAIS)は、すでにおなじみであろうかと思います(注1)。しかしながら、これらを母体として設立された業態横断的な組織であるジョイント・フォーラムをご存知の方は、残念ながら少ないのではないでしょうか。
 ジョイント・フォーラムは、1995年2月に起きたベアリングズ事件を契機として、同年6月のハリファックスサミット経済宣言において金融システム維持のための監督当局間の国際的協調の重要性が謳われたことを受けて、1996年1月に発足しました。日本を含む13ヶ国(注2)の銀行、証券及び保険監督当局者、バーゼル委、IOSCO及びIAISの代表者などから構成され、年3回のペースでこれまで24回開催されています。2001年7月の第17回は、日本の山形県天童市で開催されました。
 ジョイント・フォーラムのテーマは、当初は、金融コングロマリット(注3)の監督の手法や枠組みに焦点を当てていましたが、1999年にマンデート(検討課題)が拡大され、業態間をまたがる諸問題、例えば、銀行・証券・保険の監督上の諸原則の比較・検討、複合的なビジネスにおけるリスクの統合管理の在り方などが取り上げられています。現在は、信用リスク移転など最先端のテーマが熱心に論じられています。
 ジョイント・フォーラムは、母体となる3機構の共通かつ最新の関心事項について、幅広い観点から業態横断的な調査・研究を行い、3機構等に対してアウトプット(報告書)を提供してきています。その活動に積極的に参加し動向をフォローすることは、国際的に関心の高いテーマについて総合的で横断的な視点を保つために大変重要であると考えます。
 以下、もう少し詳しく、ジョイント・フォーラムの活動実績や最近の議論の状況などを御紹介しましょう。なお、文中意見にわたる部分は、筆者の個人的な見解です。

(注1)

 本誌第11号にIAIS(当課天谷企画官)、第12号にバーゼル委(当課白川企画官)、第13号にIOSCO(当課松尾企画官)の紹介がそれぞれなされています。
(注2)  オーストラリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、スペイン、スウェーデン、スイス、英国及び米国の13ヶ国。EU委がオブザーバー参加。我が国の金融庁は、銀行・証券・保険を一元的に監督しているので、会合においてすべての議題をカバーできますが、監督当局が業態ごとに分かれている国は、議席数の関係で、3業態のすべてをカバーできない場合があります。
(注3)  国境、業態を超えて多様なビジネスを展開しており複雑な組織・経営構造を有する金融機関と定義付けられています。


.発足時の経緯と当初の活動実績
 1995年2月、イギリスの名門銀行であるベアリングズが、シンガポール拠点の1トレーダーによるデリバティブ取引での巨額損失のため倒産するという事件が起こりました。これを契機に、主要国において金融・証券の監督組織が分かれている中で、監督当局間の協力が不十分ではないかという問題意識が高まりました。そこで、同年6月のハリファックスサミット経済宣言において、監督当局間の協力強化に関し、G7の蔵相がバーゼル委・IOSCOに検討させた上で、次回のリヨンサミットで報告することとされました。バーゼル委・IOSCOは、1996年5月に共同報告書を公表し、その中で、成果の一つとして、金融コングロマリットに関する銀行・証券・保険の三監督者会合の設置(これが現在のジョイント・フォーラム)を掲げるとともに、銀行・証券監督当局間での情報交換等の協力の強化策を検討していくことを謳いました。この報告書を踏まえ、G7の蔵相は、1996年6月のリヨンサミットにおいて、「金融機関監督の強化のための市場横断的な協力を促進する。我々は、バーゼル委及びIOSCOによる、相互の協力体制を強化するための一致した努力、及び、銀行、証券及び保険監督者の共同フォーラムについての作業を歓迎する」旨の報告を行いました。
 このようにサミットのプロセスの中で発足したジョイント・フォーラムは、金融コングロマリットの監督上の諸問題に焦点を当て、以下のような諸原則を公表してきました。
 

 ○

グループ全体の自己資本の充実度を評価する際の諸原則(1999年3月)
 ○ 経営陣の適格性を評価する際の諸原則(同上)
 ○ 監督者間の情報交換に関する枠組みや諸原則(同上)
 ○ リスク集中に関する諸原則(1999年12月)
 ○ グループ内取引・エクスポージャーに関する諸原則(同上)
   
 
【(例)リスク集中に関する諸原則】
I  監督当局は、金融コングロマリットがグループ全体としてのリスク集中を管理するための 適切なリスク管理プロセスを有するよう措置を講ずるべきである。
II  監督当局は、定期報告その他の手段により金融コングロマリットのリスク集中を適時に監 視すべきである。
III  監督当局は、リスク集中に関するディスクロージャーを促すべきである。
IV  監督当局は、相互の関心事項を確認するとともに適切な場合にリスク集中に関する監督上 の措置を調整するため、密接に連絡をとりあうべきである。
V  監督当局は、監督対象機関に対し直接的に、あるいはグループ全体を通じて、有害な影響 を及ぼすと考えられる重大なリスク集中に、効果的・適切に対処すべきである。
   
.マンデートの拡大
 1999年12月、「金融コングロマリット」の監督上の諸問題に限らず、業態間をまたがるその他の諸問題についても幅広く取り上げるべく、マンデートが拡大されました。その結果、以下のような内容の報告書が取りまとめられてきました。
 
 ○  「コア・プリンシプル セクター間比較」〜銀行・証券・保険の各業態について母体となる3機構が定めた諸原則(コア・プリンシプル)を比較し、その共通点・相違点を明確化(2001年11月)
 ○  「リスク管理慣行と規制資本 セクター間比較」〜銀行・証券・保険の各業態についてリスク管理の在り方や自己資本規制を比較(2001年11月)
 ○  「銀行、証券会社、保険会社における統合リスク管理の動向」〜金融機関においてグループ内のリスクの統合管理及び計量化が進展している状況を分析し監督上の論点を整理(2003年8月)
 ○  「銀行・証券・保険の業態間のオペレーショナル・リスク移転について」〜保険引受けを通じて銀行・証券会社から保険会社にオペレーショナル・リスクが移転する場合のリスク管理や監督上の問題点を整理(2003年8月)
   
 
【第17回天童会合の模様(当時のホームページ記事から)】
 平成13年7月18、19の両日、山形県知事及び天童市長から歓迎を受け、天童市においてジョイント・フォーラムが日本で初めて開催。メンバーは、温かい歓迎、熱意あふれる地元の会合準備、豊かな自然や文化・歴史に「これまでの中で最も思い出に残る会合」との感想。
 銀行・証券・保険の監督基本原則の比較について作業部会からレポートが提出。
 加えて、銀行・証券・保険におけるリスク評価・管理のあり方や自己資本規制の比較につ いて作業部会からレポートが提出。
 ジョイント・フォーラム議長らによる記念講演会が開催。また、メンバーと県下の高校生 との座談会が開催。
 
 *  筆者が参加したニューヨークでの直近の第24回会合でも、天童会合は印象深かったと  語るメンバーがいました。


.最近の動向
 
(1 )前述の「銀行、証券会社、保険会社における統合リスク管理の動向」(2003年8月)について、さらに詳しく見ていきましょう。この報告書は、31金融機関(銀行、証券会社、保険会社)に対する調査結果に基づき、大きな潮流として、(a)企業全体としての統合リスク管理がますます重視されていること、(b)各リスクを計量化した上で合算する手法に努力が払われていること、を指摘しています。
 (a)は、統合的なリスク管理体制の構築が進展しているということで、具体的には、企業全体が負っているリスクを逃さずに把握することを目的として、経営上の方針・手続の確立、リスク管理部署の設置、リスクの定義・計量化手法の共通化、経営陣への報告体制の整備、リスク・リミットの設定などが金融機関において行われているとしています。
 報告書によれば、監督当局は、システマティックで統合された企業全体としてのリスク管理に向けた努力を強く奨励すべきであるとともに、リスク管理プロセスについて企業と対話をなし得ることが重要であるとされています。
 (b)のリスクの計量化・合算については、エコノミック・キャピタル(各リスクから生じ得る損失を吸収するに必要と考えられる資本)の推計が最も一般的なアプローチとして挙げられています。
 報告書によれば、監督当局はリスクの計量化・合算に関する動向を十分に理解しモニターしていくべきであるとされています。同時に、リスクの計量化・合算が行われたとしても、強力なコーポレート・ガバナンスやリスク管理能力を代替するものではないと指摘しています。
(2 )次に、現在進行中のプロジェクトである信用リスク移転に関する調査について御紹介します。伝統的な信用リスク移転商品には、債務保証がありますが、最近では、資産担保証券、さらにはクレジット・デリバティブなど先端的な商品が急速に拡大してきています。例えば、銀行等の「リスクの売り手」は、ある債務者に対する貸出債権をバランスシートに残したままで、店頭デリバティブの一種であるクレジット・デフォルト・スワップを利用し、保険会社等の「リスクの買い手」に手数料を支払ってこの債権に係る信用リスクを移転することができます。債務者にデフォルト等の事由が発生した場合、「リスクの買い手」が代わりに「リスクの売り手」に支払を行うことになります。クレジット・デリバティブの市場規模は、想定元本ベースで、1997年の1,800億ドルから2002年には2兆ドル弱に拡大してきています。
 しかしながら、このような信用リスク移転商品の市場については、市場参加者の実態やリスクの所在、規模などが必ずしも明らかであるとは言えず、金融システム安定にどのような影響を与え得るのかという観点から監督当局者の関心が高まってきています。例えば、金融安定化フォーラムという金融市場の監督・監視に関する国際協力の強化及びその安定化を目的としたハイレベルの会合(G7諸国の財務相・中央銀行総裁・金融監督機関の長の各代理レベル、バーゼル委、IOSCO、IAIS、国際通貨基金、世界銀行等が参加)がありますが、その2003年3月会合において、信用リスク移転市場の現状等をまとめたBISグローバル金融システム委員会等によるレポートが報告され、同市場に関する情報収集の強化のための作業を奨励することとされました。
 会合後、金融安定化フォーラムは、バーゼル委、IOSCO及びIAISを通じて、ジョイント・フォーラムに対し、情報収集のための基礎的な作業を行うよう要請しました。これを受けて、ジョイント・フォーラムでは、信用リスク移転市場に関する既存の情報の収集・整理を行った上で、今後監督当局として、いかなる追加的な情報が必要であるのか、これをどのように取得するのが良いのかについて検討することになりました。この作業には、各金融機関における信用リスク移転取引の実態やリスク管理状況についての調査も含まれています。
 昨年11月のニューヨーク会合では、金融機関などへのアンケート調査の内容について検討がなされました。早ければ、本年の2月下旬に予定されている第25回会合において、報告書のたたき台が議論されることになるでしょう。
(3 )以上のほか、現在、ジョイント・フォーラムでは、継続プロジェクトとして、金融機関による各種リスクのディスクロージャーの状況について調査を行っています。
 また、上記ニューヨーク会合では、企業によるアウトソーシングの実態についての調査や業態間の規制・監督の統合の可能性の検討など、今後考えられる活動テーマについて議論されました。
 いずれにせよ、ジョイント・フォーラムでの議論は、先進的であるとともに、業態横断的であり、銀行・証券・保険の監督を統合的に行っている金融庁として、今後とも、積極的に参画していく必要があるのではないかと思われます。
   
 
【第24回ニューヨーク会合の模様】
 2003年11月6、7日の両日、ダウンタウンにあるニューヨーク連銀において開催。
 6日は、銀行・証券会社・保険会社のリスク管理担当者から、前述の「銀行、証券会社、 保険会社における統合リスク管理の動向」及び「銀行・証券・保険の業態間のオペレーショナル・リスク移転について」の各レポートに関しヒアリングが行われました。
 7日は、信用リスク移転、ディスクロージャーに関する調査を行っている各ワーキング・ グループから、作業の進捗状況について報告がなされました。
 また、新議長として英国FSAの市場担当課長を選出し、彼女の下で、今後の活動テーマについて議論が行われました。
 さらに、トピックスとして、我が国金融庁(筆者)とドイツ金融監督庁から、IMFのFSAP(金融セクター評価プログラム)を受けた経験談を披露しました。
 最後に、参加者一巡してそれぞれの最近の動向などについて紹介がなされ、我が国から は、金融持株会社の検査マニュアルについて説明しました。
 
 *  会合は、やや古めかしく格調の高い会議室で開かれました。和気あいあいとした雰囲気の中ではありますが、議論は非常に活発で、時には熱を帯びたものとなりました。

(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)

【金融フロンティア】

倒 産 関 連 法 制 の 経 済 学


―法と経済学の視点から、倒産関連法制の経済機能を考える―

金融庁総務企画局政策課
金融研究研修センター 研究官
広 瀬 純 夫

はじめに

 2000年4月の民事再生法施行、昨年4月には改正会社更生法施行といった具合に、企業倒産・再建に関する法制度について、近年大きな変革が施されました。長期にわたる日本経済停滞の打開策の一つとして、企業再生の促進が喫緊の課題であるという問題意識が、制度変革の背景にあります。企業再建が円滑に行われるよう、法制度の見直しが図られたわけです。本稿では、倒産法制の枠組みの変更が、実際の企業再建にどのような影響を及ぼしうるのか、“法と経済学”の視点から考えてみようと思います。つまり、法制度のデザインの仕方によって、ビジネスの現場での企業経営者や銀行等の債権者の行動がどのように影響されるのかを考えてみます

なぜ、倒産が起きるのか?(負債契約の経済機能)

 まず初めに、きわめて基本的な話になりますが、なぜ、企業は倒産してしまうのでしょうか。非常に大雑把に言ってしまえば、企業が負債を返済できないような状況に至った場合が、倒産だと考えられます。たとえば、100%自己資金で事業を営んでいる会社を想像してみてください。事業立上げ時の初期投資の資金は勿論、運転資金等も全て内部留保などの自己資金で賄い、買掛金のような取引信用も含め、一切負債が無い会社です。この場合、誰かに返済をする必要はありませんから、倒産に至る心配はありません。全ての必要資金を自前で賄うことは、なかなか難しいことですが、他にも倒産を回避できる方法があります。資金調達を株式発行にのみ依存し、負債を全く負わないケースです。この場合、うまく収益が上がらなかったとしても、株主への配当支払いが減額ないし停止するだけで、倒産することはありません。もちろん、株主が経営責任を追及し、経営陣が退陣に追い込まれる恐れはありますが、会社自体の存続が危機にさらされるわけではありません。
 こうして考えてみると、負債(借入)という形式で資金調達を行うがゆえに、債務不履行に至る可能性が生じ、倒産の恐れが出てくることがわかります。現実のビジネスの世界を見ると、倒産の恐れの無い100%株式調達という会社は稀であり、ほとんどの企業が借入によって必要資金の調達を行っています。一般に、大企業になるほど、負債への依存度は高くなる傾向にあると言えます。実は、負債という金融契約には、企業経営の健全性を維持する上で重要な機能があることが、近年の経済学の分野での研究で明らかになってきています。
 例えば、経営者の経営努力について考えてみましょう。必要な経営努力を怠った結果、業績が低迷したとします。100%株式調達の会社の場合、経営者は「今年は市場環境が悪かったから」などと屁理屈を並べ、言い逃れをするかもしれません。今日のように、発行株式が多くの投資家に分散して所有されている場合、株主が一致団結して責任追及を図り、経営者を更迭へ追い込むことは容易ではありません。責任追及の恐れが低いと予想すれば、経営者は安心して放漫経営を続けてしまうかもしれません。こうしたことは、社長が自らの満足のために、採算を度外視して業容拡大を図ったり、将来性も考えずに多角化を推し進めるケースにもあてはまります。
 ところが、借入によって必要資金を工面していると、話は変わってきます。負債契約の場合、定期的に約定金額を支払わなければなりません。返済が滞れば、債権者が経営へ介入してきます。債権者側が、今後返済が続く見込みが無いと判断すれば、会社の資産は差し押さえられ、経営陣は解任されてしまうかもしれません。つまり負債契約の特徴の一つは、債務不履行をきっかけとして、会社の支配権が、株主に選ばれた経営者から、債権者へ移転することにあると言えます。
 こうした事態を回避したければ、少なくとも約定返済が滞らない程度に、安定した収益を計上できるよう、会社経営を真摯に行う必要があります。借入による事業資金の調達には、このように経営者へ経営努力を促す効果があると考えられます。債権者側から見れば、負債契約には経営者に対する規律付け効果があるために、ある程度安心して、事業資金を融資することができるわけですii

経営への規律付けと再建促進とのトレード・オフ

 さて、前置きが少し長くなりましたが、本題である倒産に話を移しましょう。倒産とは厳密にどのような事態なのか、様々な定義があるかもしれません。ここでは債務の履行が困難になった際、その旨を裁判所に申し出て、その後の会社の行く末について協議する手続きに入ることを指すこととします。手続きの結果は、会社の全資産を売却して債権者への返済に充当する清算手続き(いわゆる破産手続き)の場合もあれば、会社の負債構成を抜本的に見直して事業継続を図る(会社更生や民事再生の手続き)ケースもあります。そして、この裁判所の手続きのあり方をどのように定めるかが、経営者や債権者の行動に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。
 例えば、経営者が適切な経営努力さえ怠らなければ、必ず相応の利益があがる事業があると想像してみて下さい。もし、負債の返済ができないような事態が生じれば、経営者が必要努力を怠ったことは明白です。この場合、債務不履行時には経営者を解任し、会社を清算するということを定めておけば、経営者は真面目に仕事に努めるはずです。民事再生手続きのように、経営者に会社を立て直すチャンスを残しておく必要はありません。
 ところが、当然のことですが、現実の世界は、努力さえすれば間違いなく利益を確保できるというわけにはいきません。経営者だけの力だけでは、対応しきれないアクシデントが存在します。台風や地震のような天災に見舞われたり、戦争に巻き込まれるといった事態が典型的でしょう。この場合、会社を清算して得た資金を債権者間で分配するよりも、経営者に会社再建の機会を与えて、再建計画の中で返済をしてもらった方が、債権者にとっても回収可能金額が多くなり、有利な場合があります。
 債権者にとっての利害関係に加え、会社が存続すれば、従業員の雇用を継続できるなど、社会的に見てもプラスの側面があります。そこで、事業継続の余地を探る制度として、民事再生法や会社更生法といった制度が用意されているわけです。
 ただし、再建の余地を残すことには問題があります。今日の企業経営は高度に専門化しているため、企業の外にいる債権者側からは、業績不振の原因を正確に把握することが困難です。債務不履行に至った原因が、たまたま運が悪かったのか、それとも放漫経営によるものなのか、見分けることは容易ではありません。すると、場合によっては、経営努力を怠っている企業や、事業内容がすでに時代遅れで衰退しつつある企業を、誤って存続させてしまう恐れがあります。
 実は、問題はこれだけにとどまりません。たとえ放漫経営をしていても、債務不履行時に、債権者をうまく説得することさえできれば、経営を続けることができるかもしれないと期待すると、最初から必要な経営努力を怠るかもしれません。企業再建に寛容な制度を設けてしまうと、上述した、負債契約が持つ経営者への規律付け機能を損なう恐れが生じてきます。
 以上をまとめてみると、制度としての倒産手続きを考える場合、負債契約が持つ規律付け機能を重視して、債務不履行には経営努力の怠慢とみなして厳罰とするのか、それとも、企業の再建可能性に重きを置いて、経営者にやり直しの余地を幅広く認めるのか、というトレード・オフの関係があることがわかります。海外の例をみると、よく耳にする米国のChapter 11は、企業の再建可能性について手厚く考慮するものとなっています。倒産手続きの申立に際しては、支払不能や債務超過といった要件は不要で、しかも申立をすれば、裁判所の決定無しに自動的に手続きが開始されます。手続き開始と同時に、債権者の全ての取立行為が自動的に停止されます(いわゆる、automatic stayです)。しかも、債務者は原則として事業の経営権を失わず、その地位にとどまることができます(このことを、Debtor in Possession、略してDIPといいます)。

企業再建を強く意識した日本での制度改正

 一方で、民事再生法が導入される前の日本の制度は、再建を求める経営者にとって都合の良いものではありませんでした。もちろん、再建型の手続きとして、従来から会社更生法がありました。この中では、担保権の行使を制限するなど、企業再建を強く意識した条項が盛り込まれていましたが、一方で経営陣の退陣を必須とするなど、経営者側に厳しい側面もありました。しかも、制度の運用でも、社会的に広く再建の必要性が認められるような大型案件でなければ、裁判所が申立を受理しない傾向にあったと言われ、法的手続きの下で再建を図ることは容易ではありませんでしたiii
 このような債務者側に厳しい制度デザインは、上述のような経営者への規律付け効果など負債契約の特性を活かす上では良いかもしれません。一方で、法的手続きによる再建が難しいとなると、再建を求める経営者は、債権者と私的に交渉し協力を求めるしかありません。清算して資産を売却するよりも、事業を継続して返済させた方が、全体としてはより多くの金額を回収できるケースもあるかもしれません。しかし、個々の債権者にとってみれば、即座に担保権を行使して資産売却を図った方が有利な場合もあります。利害関係が異なる債権者全てを説得して、再建への協力を取り付けることは容易ではありませんiv。しかも、再建計画の策定にあたっては、債務返済期間の延長や債権放棄など、債権者側にも負担を強いることになります。金融機関の体力が低下している今日、債権者側も、簡単には応じてくれないでしょう。しかも、裁判所という第三者による監視の目が無い私的整理の場合、交渉自体が不公正なものとなる恐れもあります。再建が好ましい場合でも、債権者側の都合で清算を強要されたり、たとえ再建で合意できたとしても、債務者側にとって著しく不利な条件となる恐れもあります。
 また、債務の履行が困難となった企業に対して厳しい姿勢で臨む制度の下では、債務者はなかなか窮状を告白しないでしょう。債務不履行を何とか回避しようと、資金繰りに奔走することになります。重要な会社の資産の売却や値引き販売といった形で資金の捻出を続けると、経営内容がますます悪化する恐れがあります。会社が窮地に陥っていることを察して、優秀な人材が会社を去っていくかもしれません。さらには、一気に挽回を図るため、経営者が一か八かのリスクが高い経営行動にでる恐れもあります。経営者自身は、債務不履行を回避しようと一生懸命頑張っているのですが、その努力がかえって会社に一層のダメージを与えることになりかねません。一時的な業績不振で、本業自体の将来の収益性は問題が無い会社の場合、最初に損失が生じた時点で即座に負債再構成等の適切な措置がとられていれば、容易に再建軌道に乗せることができるでしょう。ところが、いたずらに経営者が資金繰りの努力をしてしまうと、最早再建が非常に困難な状況になって初めて、債権者側は深刻な事態を知ることになりかねません。
 米国の制度は、負債契約の規律付け効果を損なう側面があったとしても、再建可能性を高めることを優先し、債務者に立直しの余地を与えて早期の再建着手を促したものと言えます。そして日本でも、DIP型の再生手続きを前提とした民事再生法の導入など、企業再建を優先する法制度へと変革がなされました。長きに渡る日本経済の停滞は、企業の財務状況を圧迫し続けてきました。中には、バブル期のゴルフ場投資など非効率経営のつけが重くのしかかっているところも少なくありません。一方で本業を見れば、十分な競争力を持つと思われる会社も数多くあります。こうした企業が、過去の負債にいつまでも振り回されること無く、本業に専念できるよう導くため、円滑に負債構成を再構築できる環境を整備することは、日本経済自体を回復軌道に乗せる上で重要な課題だという意識が、一連の制度改革の背景にあったわけです。
 現在、当センターでの研究として、制度改革が企業再建促進にどのような影響を与えているのか、実証分析を行っています。2000年4月の民事再生法施行より前に会社更生法や和議法といった法的手続きの申立を行った企業を見ると、業績の落込みがあったタイミングから法的手続きに入るまで、平均的にみて5年程度の期間を要していましたvi。ところが、2000年4月以降に民事再生法や会社更生法の申立を行った企業を見ると、業績の落込みがあった翌年ないし翌々年には、再建のための法的手続きに入る傾向があることが確認されています。さらに、私的整理による再建で債権放棄を受けた企業と、法的手続きを利用した企業とを比較すると、法的手続きの申立ないし債権放棄の直前の収益性は、債権放棄を受けた企業の方が比較的高いとの結果が得られましたvii。この点は、健全な体質へ回復するために抜本的な改革を要する企業の場合、法的手続きが積極的に活用されていることを物語っているといえます。これらの分析結果からは、一連の制度改革によって、早期の企業債権着手が促進された可能性が高いことを窺い知ることが出来ますviii

おわりに

 最後に付け加えると、倒産関連法制について何か最適な制度があるわけではありません。上述したように、負債契約が持つ経営への規律付け効果と企業再建促進というトレード・オフがある中で、経済環境が直面している問題を考慮しつつ、一つの制度が選択されているわけです。今回の日本の制度改正は、企業再建の促進を強く意識したものですが、予想される副作用もあります。
 たとえば、米国の場合、1978年連邦倒産法において、上述した企業再建を重視した法制度が確立されました。法律の施行後、1980年代前半に中小企業の資金調達事情を分析した研究がありますix。これによると、1978年倒産法施行後、調達金利が上昇したり、借入申込みが断られる頻度が高くなるなど、中小企業の資金調達条件が悪化していることが確認されています。再建を重視した制度は、一方で債権者の権利を制限する性格も有しています。このため、債権者にとっては貸出条件が悪化するという側面もあり、結果、貸出姿勢の消極化という影響を及ぼしたと考えられます。また、米国でChapter 11の下で再建手続きに入った企業のうち、手続き終了後に回復を遂げたものは6〜12%に過ぎないとの研究もあり、米国内でも倒産法制のあり方を見直すべきとの議論が盛んに行われています。今回の日本における倒産関連法制の改革が、日本経済にどのような影響を及ぼすかについては、こうした副作用等も考慮して、もう少し長期的な視野で考える必要があると思われます。

i

 本稿では、倒産法制自体の詳細な解説は省略します。一連の法改正を受け、倒産関連法制の解説書は、たくさん出版されています。たとえば、一橋大学の山本和彦教授による『倒産処理法入門』(有斐閣)などを参考にしてみてください。
ii  負債契約には、本文で指摘した経営への規律付け効果以外にも、幾つかの機能が指摘されています。東京大学の柳川範之助教授の『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)などでは、負債契約の特徴に関する経済学的解釈が、分かりやすく解説されています。
iii  会社更生法は、担保権行使の停止など債権者の権利を強く制約する条項があるため、再建について社会的にも合意が得られやすい大企業への適用を念頭においたものでした。中小企業向けの企業再建には和議法が用意されていましたが、手続き開始原因が破産手続きと同じで、手続き開始の遅れによって再建が困難となるなど、円滑な企業再建のための制度としては問題のあるものでした。
iv  円滑に債権者間の合意形成を図る環境を提供することも、倒産関連法制の重要な役割の一つです。本稿では、この問題については触れませんが、関心のある方は、たとえば慶應義塾大学の池尾和人教授と専修大学の瀬下博之助教授による「日本における企業破綻処理の制度的枠組み」(東京大学出版会『会社法の経済学』に収録)を参考にしてみて下さい。
 昨年施行された改正会社更生法ではDIP型は導入されず、改正前と同様に管財人を選任する管理型の手続きです。ただし、従来の経営陣の中でも、経営責任を追及される恐れのない取締役であれば、管財人に選任できることを明文化するなど、円滑な再建促進のための改正が実施されました。
vi  分析にあたっては、詳細な企業財務データが必要なため、分析対象は上場企業ないし店頭公開企業に限定しています。
vii  債権放棄を受けた企業については、日本経済新聞で債権放棄に関する報道があった上場企業ないし店頭公開企業を取り上げました。
viii  この分析結果については、近日中に金融研究研修センターのディスカッション・ペーパーとして公刊される予定です。
ix  Scott, Jonathan A. and Terence C. Smith (1986) “The effect of the bankruptcy reform act of 1978 on small business loan pricing,” Journal of Financial Economics, Vol. 16 pp119-140.を参照。

(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)




 金融研究研修センターは、平成13年7月、金融庁における「研究と研修の効果的な連携」を目的として発足し、金融理論・金融技術等に関する研究を通じて専門的な知識を蓄積しつつ、それを活かした研修等により不断に職員のレベルアップを図っていくための活動を行っています。センターの概要や活動内容等については、ホームページ(http://www.fsa.go.jp/frtc/index.html)をご覧下さい。


【金融ここが聞きたい!】


 このコーナーは、記者会見における質疑・応答(Q&A)などの中から、金融を巡る時々の旬な情報をセレクトしてお届けするものです。もっと沢山ご覧になりたい方は、是非、金融庁ホームページの「記者会見概要」のコーナーにアクセスしてください。
 
Q:1月31日に「金融経済教育を考えるシンポジウム」が開催されますが、日本の投資教育の現状とその重要性についてのお考えをお聞かせください。


:しばらく前に、日経から出された本で「リスク」という本がありました。バーンスタインという人が書いた本で、リスクというのは、要するに人間が神の束縛から解放されて自由になった途端にリスクが出てくるんだと、そういう趣旨の大変示唆に富んだご主張であったかと思います。
 今、我々の社会そのものは、かつてのある意味で色々なことが政府なり、会社なりが丸抱えすると。その代わり規制も制約も非常に多いと。そういう社会から規制もそういった制約もなくなっていくけれども、その分やはりリスクの管理をしっかりと自分でしなければいけない、そういう社会に向かっているんだと思います。
 そういう中で、個人の資産蓄積というのは、所得が毎年10%増えるような状況と、所得が数%しか毎年増えないような状況では、その資産管理においてリスクをどのようにコントロールするかというのは大変重要になっていると思います。かつ、日本ではこれまで資産蓄積においては、土地というある意味でほとんどノーリスクで超ハイリターンの資産が存在して、そういったリスクマネジメント、リスクとリターンの関係のマネジメントということ全体に対して、社会全体が必ずしも十分な対応をしてこなかったという1つの社会的、歴史的現実があるんだと思います。
 そういうことを原点に据えて、所得は毎年伸びてもせいぜい数%なんだと。そういう中で、資産の蓄積とその資産の運用をしっかりとやっていくということが、自らの1人1人の人生設計で極めて重要なことなんだと、そういったことが投資教育、投資経済教育の原点なんだと思います。
 そういう点を踏まえて、非常に幅広く皆さん方に問題を考えていただきたい、そういう第一歩に是非したいと思います。
平成16年1月6日(火) 竹中大臣記者会見抜粋)

 
Q:証券市場が投資家からの信頼を得るためには、市場の監視機能の強化が大事だと思いますが、今後どのように取組んでいかれますか?


:市場監視機能の話でありますが、我々としても貯蓄から投資へという非常に大きな流れを作っていく中で、この市場監視機能、つまり広い意味での市場のインフラを整備していくということは、非常に重要な課題であるというふうに政策上も位置付けております。我々は、そのインフラの強化という観点では、証券取引法の改正も行ったし、公認会計士法の改正も行ってきたと。今、金融審でも市場監視機能の強化の課徴金の問題等ご報告を今いただいているところであります。我々は、そういう強い問題意識を持って今対処をしております。
 市場監視については、監視委員会等々で、それなりの厳しい機能を行っていると思いますけれども、今後更に新しいダイナミックな市場の変化の中で、どのような強化を行っていくかと、これは我々にとっても最大の関心、政策的な重点を置いて考えていく課題だと思っております。
平成15年12月26日(金) 竹中大臣記者会見抜粋)

 
Q:銀行の不良債権問題への対応について、企業の再建計画のチェックを含め、今後どのように取組んでいかれますか?


: 私の基本方針は変わっておりません。日本全体がバランスシート調整をしっかりと進めていかなければいけない。その日本全体のバランスシート調整が今、非常に重要な最終局面に達している。であるからこそ、経済に持ち直しの動きが見え始めている。しかし、その持ち直しの動きがまだ必ずしも非常に強いものにはなっていない。まさにこのバランスシート調整をしっかりと終局させなければいけないということだと思います。
 それに対して、銀行の不良債権を減らすということが大変重要であると。同時に、その裏にある企業の過剰債務をいかにきれいにしていくかということでありますから、その接点としてそれぞれ色々な問題を抱えた企業の再建計画がどのようにバランスシート調整に向かっているのかどうかというのが、極めて重要な問題だと思います。
 そういう点で、ご指摘になられたように、3月期の決算において、やはり検査局での特別検証チームですね、再建計画検証チームには本当にしっかりと良い仕事をしていただきたいと思っています。
平成16年1月6日(火) 竹中大臣記者会見抜粋)

 
Q:来年にはペイオフが全面解禁されますが、中小金融機関の不良債権問題の現状と今後の金融庁の取組みについて、お考えをお聞かせください。


:中小金融機関、地域金融機関の不良債権問題の現状認識について、ここ1年ぐらいの間に、私自身の認識が大きく変化したということではありません。以前から、この問題は地域に根差した金融機関として、まず地域の企業を再生する中で、企業が再生し、それによって銀行の財務基盤も強化されていくと。リレーションシップバンキングの考え方に則って、地道な努力を続けていく以外に方法はないと思っております。同時に、そうした金融機関の努力を助けるための枠組み、これは合併等々の、例の特措法がそれに当たるわけです。そういうものに関しては、政府はできることをしっかりと準備していかなければいけないというふうに思っています。そうした中で、主要行に関しては、不良債権の処理、不良債権比率の低下というのが、我々が期待していた方向でしっかりと進んでいる。そういうふうに金融システム全体が良い方向に向かう中で、地域の金融機関についても、より前向きな色々な対応をしようという、一つの可能性が、ムードが出てきているのだろうと思っております。しかし、これは時間をかけて、しっかりと地域の再生、企業の再生とともに行っていかなければいけないことでありますので、今のリレーションシップバンクの枠組み、これは昨年の8月に、最初の強化計画を、報告をまだ求めたばかりでありますから、それをしっかりと進めていただきたいし、我々はそれをしっかりと見ていきたいと思います。
  平成16年1月13日(火) 竹中大臣記者会見抜粋)
   ペイオフを予定通り実施していくということは重要であると思っておりまして、そのために、我々は「金融再生プログラム」を予定通り着実に実行していくことが重要であると。リレーションシップ・バンキングをしっかりと、「金融再生プログラム」を進めていくことが重要であると思っています。
 リレーションシップ・バンキングのフォローアップの状況についても発表させていただいておりますけれども、非常にしっかりと進んでいる。
 一例ですけれども、地域銀行、中小銀行でDIPファイナンスを行っている例が66件あると。DIPファイナンスというのは、ついこの間までは民間では行えなくて、政策投資銀行だけが行っていたという状況から考えると、メガバンクのみならず、地域の中小の金融機関でもそうした動きが出てきたというのは、非常に急激に変化しているということだと思うんですね。この変化をしっかりと続けていくということが大事であると。それが結果的に金融システムをより強固に安定させて、ペイオフ解禁の環境を作っていくことにつながっていくと思っています。
平成16年1月20日(火) 竹中大臣記者会見抜粋)

 


【金融便利帳】


 このコーナーは、とかく専門的でわかりにくい金融に関する用語や様々な疑問について、わかりやすく解説するものです。
 今月のキーワードは「証券取引法上の犯則行為」です。


 公正・公平なマーケットを維持していくためには、ルールの違反者に対して厳正なペナルティを課すことにより、マーケットが適切に運営されているという投資者の信頼感を醸成することが重要です。


 証券取引等監視委員会は、証券取引等の公正を害する悪質な行為の真相を解明し、告発により刑事訴追を求めるため、犯則事件の調査を行っています。


 この犯則事件の調査権限は、市場の公正性、健全性を確保し、投資者保護を図るため、監視委員会の設置に伴い設けられたものであり、監視委員会職員の固有の権限として証券取引法等に規定されたもので、必要に応じ、質問、検査、領置等の任意調査を行うほか、裁判官の発する許可状により行う臨検、捜索及び差押えといった強制調査を行うことができます。


 犯則事件の調査対象は証券会社等に限定されず、投資家を含め広く証券取引等に関与するすべての者が対象となっています。


 犯則事件の調査権限は、監視委員会発足前は検察、警察の刑事当局が担当していました。監視委員会の発足に際し、委員会に強制調査権限が与えられたのは、直接的に市場の機能を損なう行為に関わる事件を解明するためには証券取引に関する専門的知識、経験を必要とするためです。


 証券取引法などにおいてどのような行為を行うと犯則事件となるかについては、証券取引法施行令第45条等において定められています。
 その中から代表的な犯則行為について以下に解説します。
 
 
インサイダー取引
 株式を発行する会社の役職員や取引先等の関係のある者(会社関係者)など、会社の重要情報を知り得る立場の者が、その情報が一般の投資家に公開される前に株取引を行うことをインサイダー取引(内部者取引)といいます。
 このような取引によって一部の市場参加者のみが利益を得たり損失を未然に防いだりすることは、一般の投資家にとって不公平であり、証券市場の公正性を害し、投資家の証券市場に対する信認を損なうことになります。
 インサイダー取引は我が国では長く処罰されず、以前は役得と考える風潮さえありました。
 しかし昭和60年代になると、インサイダー取引が横行していることに対する国際的な批判が高まり、取引先の財テク失敗を知った取引銀行の役職員がその会社の株を売り抜けた事件が明るみに出たことなどを契機として、1988年の証券取引法の改正によってインサイダー取引が処罰されることになりました。
 さらに1997年の証券取引法の改正において法定刑が大幅に引き上げられるとともに、犯人が得た不法な利益が必ず没収・追徴されることとなりました。

相 場 操 縦
 証券取引法によって禁止されている相場操縦として典型的なものは、証券市場において株価を意識的・人為的に変動させ、その株価があたかも自然の需給によってつけられたものであるかのように他人に誤認させる事によって他の投資家の売買を誘引し、株価の変動を利用して自己の利益を図るものです。
 このような行為は、インサイダー取引と同様に公正な価格形成を阻害し、投資家の証券市場に対する信認を損なうことになります。
 ただし、一時期に大量の株券の売買を行えば、それによって株価が変動することは自然なことであり、それが実際の需給関係を反映したものであれば相場操縦にはあたりません。
 そのほか、仮装売買・馴合売買、株価を不正に固定することを目的とする取引も同様に禁止されています。

虚偽有価証券報告書提出等
 投資家、株主等が企業に関する正確な情報を知ることは、投資に際して合理的な判断を行うために不可欠です。
 投資家などは、企業が正確な情報を開示していることを前提に、自己責任で投資判断を行っており、こうした投資判断を誤らせるような虚偽の内容の有価証券報告書を提出することは、単なる形式的な手続違反ということではなく、投資家や証券市場に対する重い犯罪の一つだと考えられています。
 典型的な虚偽有価証券報告書提出は、業績が低下して欠損が生じた場合に、会計処理を操作して架空の利益を表示することです。
 具体的には、架空売上の計上、費用の過少計上等により、決算内容を粉飾します。

風 説 の 流 布
 証券取引法は、株価を変動させる目的で風説を流したりする行為を禁止しています。
 ここで風説とは、本人が直接に経験や認識をしておらず、合理的な根拠のない噂のことです。
 旧取引所法では「虚偽の風説を流布し」と規定されていましたが、現在の証券取引法では「虚偽の」という規定はなく、虚偽かどうかわからない、合理的な根拠のない噂を流すことも禁止しています。
 監視委員会においては、インターネットを利用した風説の流布などの監視を強化するため、インターネット審査官を増強するとともに、情報収集・分析能力の向上のため、悪質なインターネット上の書き込みを24時間監視するシステム(インターネット巡回監視システム)を活用しています。
 しかし、風説の流布に対する自衛の手段としては、投資家が風説に惑わされないように、日頃から企業自身が情報開示の重要性を認識したうえで、しっかりとしたIR(情報開示、広報活動)を行っていくことが最も効果的であると考えています。

損失保証・損失補填
 損失保証・損失補填とは、証券会社が顧客に対し、売買取引等によって損失が生じたり、利益が生じてもそれが予想したものより少なかった場合にそれを埋め合わせることを申し込んだり、約束したりすること(損失保証)または実際に提供したりすること(損失補填)です。
 損失補填については、1991年夏の、いわゆる証券不祥事が報道機関等によって明るみに出されたときに大きな問題となり、これを契機に処罰規定が新設されました。
 証券取引等監視委員会も、この事件を契機に行われた証券行政の転換の中で設置されたものです。
 しかし、1997年には4大証券による損失補填が再び発覚し、法的刑の引き上げが行われています。
 証券会社が特定の顧客に対して損失保証をした場合、その顧客はリスクが小さくなるため安易に流れやすくなるなど意思決定に悪影響を及ぼし、市場の価格形成機能を阻害します。
 さらに、多くの投資家が参加している市場においては、すべての投資家が平等に扱われることが大前提です。
 損失保証・損失補填は、市場の価格形成機能を歪め、市場仲介者としての証券会社等の中立性・公正性を損ない、投資家の市場に対する公平感、信頼感を損なうことになります。


 こうした証券取引法上の違法行為の調査にあたっては、一般から寄せられる情報は、市場の生の声として非常に有用な情報となっています。証券取引等監視委員会では、ホームページに情報受付窓口を設置し、広く一般から、証券取引法に違反する行為に関する情報を受け付けています。
 インサイダー取引、相場操縦、ディスクロージャー違反、風説の流布などに気付いたら、証券取引等監視委員会のホームページの情報受付窓口に情報をお寄せください。


 証券取引等監視委員会について、詳しくはアクセスFSA第11号の「金融便利帳:証券取引等監視委員会」にアクセスしてください。
 この他、具体的な検査の実施状況等については、「証券取引等監視委員会の活動状況」において公表しております。「証券取引等監視委員会の活動状況」は、証券取引等監視委員会のWebページへの掲載、閲覧窓口での閲覧のほか、国立印刷局から書籍として市販されています。


【お知らせ】

〇 金融庁業務説明会(於:関西)の御案内

 金融庁では、平成16年度国家公務員採用I種試験の受験をお考えの関西地区在住の皆様に向けて、業務説明会を開催いたします。昨今の金融情勢や、不良債権問題・証券市場改革等々に関する最新の取組みをはじめ、金融行政に携わる行政官としてのやり甲斐から苦悩まで、庁内の第一線で働く行政官が学生の皆様の質問にお答えします。
 1.日時:2月27日(金) (1)13時00分〜
(2)15時00分〜
   ※  2回とも、当庁職員より、現在の職務内容や仕事のやり甲斐、生活スタイル等について、簡単に説明いたします。その後、学生の皆様からの質疑にお答えします。
 2.場所:芝蘭会館(京都市左京区吉田牛の宮11−1) 2F研修室
 3.参加方法: 予約制とはいたしませんので、金融庁の業務に少しでも興味をお持ちの方は、当日、直接会場までお越しください。

問い合せ先:

金融庁総務企画局政策課 齊藤
E-mail taka-saito@fsa.go.jp
Tel  03-3506-6359
Fax  03-3506-6267

〇 「金融経済教育を考えるシンポジウム」の開催


 金融経済教育の重要性についての理解を深めるため、金融庁の主催により、教育関係者及び金融教育を推進しているNPO関係者などを対象に「金融経済教育を考えるシンポジウム」を開催します。
シンポジウムの模様については、次号のアクセスFSAにて詳しくご紹介する予定です。
○ 開催日時  平成16年1月31日(土)(午後1時30分〜4時00分)
○ 開催場所  津田ホール(東京都渋谷区千駄ヶ谷1-18-24)
○ パネリスト(順不同)
   新井 明(都立国立高等学校教諭)
   伊藤元重(金融知力普及協会理事長)
   柳谷 孝(野村證券専務執行役)
   竹中平蔵(金融担当大臣)
   コーディネーター:野中ともよ(ジャーナリスト)
○プレゼンテーション(順不同)
   大学生
   高校生
   高校教諭
   赤田英博(日本PTA全国協議会会長)
※ 参加者の募集については終了しました。

〇 大臣・副大臣への質問募集中


 本号では休載させていただきましたが、アクセスFSAでは、読者の皆様から寄せられた金融を巡る大臣や副大臣へのご質問に、大臣・副大臣が直接お答えする【竹中大臣に質問!】【伊藤副大臣に質問!】のコーナーを設けております。「金融庁のやっている金融行政って、よくわからないんだけれど、大臣・副大臣にこんなことを、是非、直接聞いてみたい!」というご質問がございましたら、金融庁ホームページの「ご意見箱」にお寄せください。その際、ご意見箱の件名の欄には、必ず「大臣に質問」あるいは「副大臣に質問」とご記入ください。また、本文の欄にご質問の内容をご記入下さい。ご意見箱のコーナーには、「45行以内」とありますが、「大臣に質問」、「副大臣に質問」の場合には、ご質問の趣旨を明確にさせていただくために、恐縮ですが100字以内に収めていただきますようお願いいたします。お寄せいただきましたご質問の中から1問選定させていただき、「アクセスFSA」において大臣または副大臣の回答を掲載させていただきます。大臣・副大臣へのご質問がございます方は、「ご意見箱」へどうぞ。また、「大臣・副大臣への質問募集中」にもアクセスしてみてください。

〇 新着情報メール配信サービスへのご登録のご案内


 金融庁ホームページでは、新着情報メール配信サービスを行っております。皆様のメールアドレス等を予めご登録いただきますと、毎月発行される「アクセスFSA」や日々発表される各種報道発表など、新着情報を1日1回、電子メールでご案内いたします。ご登録をご希望の方は、「新着情報メール配信サービス」へどうぞ。


【12月の主な報道発表等】
 
1日(月) 改正公認会計士法における公認会計士試験の実施について(案)の公表
 
2日(火) 事務ガイドライン(「証券会社、投資信託委託業者及び投資法人並びに証券投資顧問業者等の監督等にあたっての留意事項について」)の一部改正
明治生命保険相互会社に対する行政処分
 
3日(水) ニコラス・エドワーズ・インベストメンツ株式会社及びムーンライトキャピタル株式会社に対する投資一任契約に係る業務の認可
 
5日(金) ソシエテ ジェネラル証券会社東京支店に対する行政処分
 
9日(火)   第13回金融審議会金融分科会第一部会の開催
 
12日(金) 足利銀行の特別危機管理開始決定に伴う金融庁の対応についての公表
 
16日(火) 「タリバーン関係者等と関連すると疑われる取引の届出について(追加要請その23)」の発出
CMT Asia,Inc.に対する投資一任契約に係る業務の認可
 
18日(木) 韓国金融情報分析院との疑わしい取引に関する情報交換取極の署名
「公認会計士法施行令の一部を改正する政令(案)、公認会計士等に係る利害関係に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)及び財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリック・コメントの結果
 
19日(金) 証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令(案)、証券仲介業者に関する内閣府令(案)、外国証券取引所に関する内閣府令(案)、証券取引法第百六十一条の二に規定する取引及びその保証金に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(案)、農業協同組合及び農業協同組合連合会の信用事業に関する命令等の一部を改正する命令(案)および事務ガイドライン(案)の公表 (パブリック・コメント)
  第14回金融審議会金融分科会第一部会開催
 
22日(月) 金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕等の改訂(案)の公表(パブリック・コメント)
 
24日(水) 金融商品の販売等に関する法律施行令の一部を改正する政令(案)の公表(パブリック・コメント)
事務ガイドライン「金融監督にあたっての留意事項について(第二分冊:保険会社関係)」の一部改正
平成16年度 金融庁の機構・定員及び予算について
経済活性化のための産業金融機能強化策について
  第15回金融審議会金融分科会第一部会の開催
 
25日(木) 再就職状況の公表
株式会社新生銀行の普通銀行への転換等の認可
経営健全化計画の履行状況報告について
「改正公認会計士法における公認会計士試験の実施について」の公表
 
26日(金) スイス・リインシュアランス・カンパニーに対する外国損害保険業の免許
  明治生命・安田生命の合併認可
   
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