特集:「金融経済教育を考えるシンポジウム」の開催

金融経済教育を考えるシンポジウム

 金融庁金融研究研修センターの主催により、「未来を担う世代のために、いまできること」をテーマに「金融経済教育を考えるシンポジウム」を平成16年1月31日(土)に津田ホール(渋谷区千駄ヶ谷)において開催しました。
 今回のシンポジウムは、金融を取り巻く環境が大きく変化してきていることなどから、金融やその背景にある経済に関する教育に対する理解を深めてもらうことを目的として開催しました。
 シンポジウムの式次第は、下記のとおりでしたが、今月号では、吉野直行金融研究研修センター長の主催者挨拶及び竹中金融担当大臣の基調講演について掲載します。

 式

次第
 
13時30分  主催者あいさつ(吉野直行金融庁金融研究研修センター長)
13時35分  基調講演(竹中平蔵金融担当大臣)
13時50分  パネル・ディスカッション
  パネリスト(順不同)
   新井  明(都立国立高等学校教諭)
   伊藤 元重(NPO法人「金融知力普及協会」理事長)
   柳谷  孝(野村證券専務執行役)
   竹中 平蔵(金融担当大臣)
  コーディネーター:野中ともよ(ジャーナリスト)
15時20分  プレゼンテ−ション
16時00分  終了
 
○ 吉野直行金融研究研修センター長の挨拶

 ただいまご紹介いただきました金融庁の金融研究研修センター長の吉野でございます。今日は金融経済を考えるシンポジウムにご参加いただきまして、どうもありがとうございます。
 金融研究研修センターは平成13年7月に設立されまして、金融庁の頭脳として色々な研究にあたっております。現在は10名の研究スタッフを中心に、12本の色々な研究の論文を発表いたしております。吉野直行金融研究研修センター長
 今日は金融研究研修センターが初めて行います国内のシンポジウムでございます。私どもはこういう国内のシンポジウム、それから海外のシンポジウムをできれば毎年開催させていただきたいと思っております。
 今日のテーマは金融経済教育ということですけれども、日本がいま一番遅れていますのは、いかにして資産運用するか、より良い金融商品を稼いでいくか、こういうのが一つ。と同時に、それから負債の側で消費者ローン、あるいは住宅ローン、色々なローンの問題が起こっておりますので、金融経済教育を通じまして、資産運用の面、それから今度は負債側としての借り入れの面、こういうものを我々みんなが勉強していかなければいけないと思っております。
 それから日本の産業では、これまでは製造業が非常に強い力を持っていたわけですが、製造業がだんだんにアジアに海外拠点を移す中で、イギリスなどを見ていますと、製造業が衰える一方で金融業が強くなっていくということがあったと思います。ですから、金融経済教育では金融機関の運用能力を高める。それから、我々国民が一生懸命資産運用をやっていくということだと思います。
 一つ例を取らせていただきたいのですが、日本の家計の金融資産は大体1,400兆円、1,380兆ぐらいあります。このお金がもし皆さんが3%で毎年金利を稼げたらどうだろうかと言いますと、1,400兆円の3%ですと42兆円になります。これはもし我々が3%稼げれば、単年度の財政赤字の分が全部飛んでしまうぐらい稼げるわけです。つまり、我々国民が色々これから苦労しながら金融経済教育を勉強して、それでいい運用をしていく。こういうことが今後も大切ではないかというふうに思っております。
 本日は竹中大臣をはじめ、すばらしい方々にお越しいただきまして、パネルディスカッションを計画いたしております。どうぞ皆様、勉強しながら、今日参加されないほかの方々にも是非お伝えいただければと思っております。
 今日はお忙しい中をご参加いただきまして、どうもありがとうございます。

 

○ 竹中金融・経済財政政策担当大臣基調講演

 ご紹介をいただきました金融・経済財政担当の竹中平蔵です。今日こういう形で金融経済教育についてシンポジウムを持たせていただくことができまして、これだけ多くの方々にお出でいただきました。
 また、私自身、皆さんの前でこういうお話の機会を与えられましたことを大変光栄に思っております。色々な所でお話しする機会はあるのですが、金融経済教育についてお話しするというのは、考えてみれば私自身初めてのことではないかと思っております。
 いま吉野センター長のお話にもありましたように、金融庁としてもこういうセンターを創って、金融の研究と教育に本当に従来以上に力を入れていこうと、その一つのとっかかり、トリガーになるイベントだと思っております。後ほどそうそうたるパネリストの方も登場されますし、若い学生の皆さん方のプレゼンテーションもございます。是非皆さんと一緒に日本の金融経済教育の話を考えさせていただきたいと思っております。
 私自身、金融・経済財政担当の大臣をいまさせていただいている。そうすると金融・経済・財政については常に色々なお話が出ます。まずよく聞く話は、「いや、経済は大事かもしれないけれども、人生にとってもっと大事なものがあるだろう」。私はそのとおりだと思います。金融・経済・財政がどれほど大事かというのは、おそらく皆さんによって色々な思いがあるのではないかと思います。
 しかし、同時に例えばアンケート調査をとって、「何を期待しますか」「いま何を一番望みますか」というと、ほとんどの場合、「景気回復を期待します」という答えが返ってきます。それだけ現実問題として、経済問題に対する関心は高いということを示しているのだろうと思います。
 20世紀を代表するジョン・メイナード・ケインズという経済学者がいますが、彼は大変面白いことを言っています。それは、「経済学者の仕事は実は歯医者さんのようなものなのだ。歯医者さんがなぜいるかというと、虫歯があるからいるんだ。虫歯はいずれ治療したらなくなる。そうすると、歯医者(経済学者)の仕事なんかなくなってしまうんだ」、つまり、彼は人生の中には経済以外にもっと大事なことがあるのであって、それは例えば自分の生きがい、家族との愛、色々なことがあるのだと思いますが、そういうことにこそ、我々人間は力を注がなければいけない。繰り返して言いますが、私は全くそのとおりだと思います。
 しかし、ケインズが生まれてもう100年以上になるわけですが、経済問題は未だに続いていて、アンケート調査による限り、国民の最大の関心事は経済の問題である。その意味で我々はもっと素直に、もっと正面から、経済の問題と向き合って生きていかなければいけないのではないだろうか。
 私は金融経済教育の原点は、まさに人間が生きるときに、その色々な問題と正面から向き合おうではないかというところにあるのではないかと、かねがね考えております。例えば我々は色々な生活を営みますけれども、その生活を経済という面から捉えると、働いて所得を稼ぐということがある。所得を稼ぐためだけに働くのではありません。しかし、我々が働くということを経済的な側面から見ると、やはり所得を稼ぐという側面がある。稼いだお金はどうするか。これは資産としてしっかりとためて運用をしていかなければいけない。資産を蓄積するという行為が入ってくる。同時に我々は生きて、家族や友だちと楽しい時間を過ごして、つまり消費をしていくという、お金を使うという側面がある。我々にとって重要なのはまず稼ぐということなんだと思います。
 『国富論』を書いたアダム・スミスはその著の中で、「国富の源泉は一般的な労働である。働いて付加価値を生み出して、お金を稼ぐということが重要だ」ということを明確に述べている。その意味では私たちはこれまでもある意味でしっかりと稼いで、それをしっかりと蓄積して、資産を形成して、それで消費するということを営んできました。
 しかし、いまなぜ改めて日本の金融経済教育を考える必要があるのだろうか。私自身はかねがね次のように考えてきました。それはこれまでの日本は、いま私が申し上げた、稼いで、資産を蓄積して、そして消費をする、そういう行いを営むにあたって、かなり特殊な環境に置かれてきたという側面があるのではないだろうか。
 まずもって、稼ぐ。非常に高い潜在的な成長力を持った経済に我々は長年おりました。高度成長期のみならず、高度成長期が終わった後も私たちの所得は順調に増えていった。したがって、まずしっかりと所得を稼ぐということに対して、比較的、私たちの社会は恵まれた環境にあって、その中でしっかりと今はお金を稼ぐと。
 日本の場合、ご承知だと思いますが、退職金の制度があるわけです。退職金は言わば給料の後払いという側面を持っていますから、とにかく今は一生懸命働けばいい。後からそれが退職金か、色々な形で自分たちの所得として実現されてくる。そういう環境に置かれていた。
 一方で、稼ぐの次の資産蓄積でありますが、考えてみるとそこに土地という非常に特殊な資産があった。過去40年ぐらいのデータを見ますと、過去40年間に日本の消費者物価は5倍程度に上昇しているのですが、その消費者物価が5倍に上昇する間に、3大都市圏の住宅地の価格は最高220倍になりました。物価が5倍の間に土地が220倍になった。土地神話という言葉はまさにそういう環境の中から出てきた。
 とにかくがんばってある程度稼いで、ある程度まとまった段階で、土地を買えば、ないしは土地の付いた家、マンションを買えば、それは間違いなく、ほとんどリスクなく、個人の資産蓄積に資する。繰り返しますが、だから神話、土地神話という言葉が出てきたのではないかと私は思います。
 その意味では稼ぐにあたっても、資産を蓄積するにあたっても、我々は必ずしも本質的な問題と十分直面しなくても、何とかやっていけるという環境に置かれてきたのではないだろうかと思います。
 しかし、ご承知のように1990年代に入って、そうした私たちを取り巻く環境は大きく変わった。この中で私たちは本来考えていかなければいけない、いかに稼ぐか、そしていかに資産を蓄積するかという、本来の目的に直面したのではないかと私は思います。いま金融経済教育をもう一度全員で考えてみようではないかという、その根本はいま申し上げたような諸点にあるのではないかと私は考えております。
 しからば、日本の金融経済等々に関する教育は一体どのような状況になっているのだろうか。私は教育現場におりませんので、後から出てこられる現場の方々に是非伺って、今日は色々勉強したいと思っておりますが、しかし、私自身、この点に関するささやかな経験をしたことがございます。
 大臣に就任したのは2年9カ月前ですが、その更に数カ月前に、NHKの「ようこそ先輩、課外授業」という番組を皆さんご覧になったことがあると思いますが、あの番組に呼ばれまして、私が卒業した小学校に行きまして、自分の分野である経済のことを教えろという機会がありました。
 私は和歌山市の吹上小学校というごく普通の公立の小学校に行ったのですが、そこに行きまして6年生の子供たちに経済のことを教える。これは困りました。正直言いまして、一体何を話していいのか、よくわからないような体験を持った。
 しかし、子供たちと話していて、わかったことがあります。子供たちにも経済はあります。経済的な活動を彼らも行っています。しかし、彼らが行っているのは、お母さんやお父さんからお小遣いをもらってコンビニやスーパーに行って買う。物を買うという、消費をするという側面でだけ、子供たちは社会と接触しているんだなと感じました。
 もちろんお父さん、お母さんは働いている。その背中を見て、その向こうにある会社、生産の現場を感じなくはないのですが、子供たちにとっては当面は消費の問題なんだ。
 私はそこで和歌山市出身の松下幸之助さんの話をして、「松下幸之助さんは一体どういうことをしたのか。彼は二股ソケットというのを作って、それでビジネスの世界に入っていくわけですが、それはみんなが欲しいと思っている物を作ったんだ。安く作ったんだ。それで松下幸之助さんはお金持ちになった。お金持ちになっただけではなくて、たくさんの人を雇って、給料を払えるようになった。同時に松下さんは地元の和歌山市にたくさんの寄付をしてくれて、松下記念体育館や図書館を作ってくれた。そういう意味でしっかりとお金を稼いで、それをしっかりと貯めて使うというのは、すばらしいことではないか。みんなもそうなろうよ。みんなが松下幸之助さんみたいになったら、和歌山はもっとよくなるよ」、そういう話をさせていただいた。
 子供たちは目をきらきらさせて、「世の中というのはそんなに面白いのか」、「経済にはそんなエキサイティングなことがあるのか」、そういうお話を後の感想として語ってくれました。私にとっては大変うれしい経験でありました。
 そういう子供たちに教育の機会を提供するというのはどうしても必要なことだと私は思います。しかし、同時にその際忘れてならないのは、私たち大人も金融経済教育について、もう一度色々なことを考え直さなければいけないということではないかと思っております。
 後から野中ともよさんが登場されますが、野中さんは「私は金融経済教育を単に投資教育というふうに言ってほしくないんですよ」と仰っておられます。私は重要なポイントだと思います。投資教育だけというと、ちょっと極端に言うと、証券会社のためだけにやっているのではないだろうかと、そんなニュアンスにすぐ結び付いてしまうわけです。
 しかし、実は同時に日本の大人の教育が必要ではないだろうかということが、わかりやすい例で言うと、日本の投資行動の中に表れているという側面が現実問題としてはあるのだと思います。
 しっかりと稼いで、しっかりと運用していかなければいけない。しかし、今まで土地という特別な資産があった。そういう意味ではリスクとリターンに向き合って、自分でしっかりと判断して、資産運用、資産蓄積、資産形成をしていくということに、残念だけれども、私たち日本の大人は必ずしも十分に慣れていないのではないだろうか。
 その一つの表れがリスク商品といわれる株式等に対する資産運用が、諸外国に比べて極端に低いというところではないだろうか。私はこの事実は事実としてあるのだと思っております。これは皆さんよくご存じの数字だと思いますが、日本の1,400兆円に達する金融資産の中で株式および投資信託に向かっている分野は全体の6%しかありません。56%が預貯金に向かっている。アメリカではこの株式および投資信託に向かっている比率は28%、ドイツがアメリカと日本のちょうど中間ぐらいで16%です。
 そういうことを考えて色々アンケートをとって、「なぜあなたは株式に投資していないのですか」というと、33%の方が「知識がないからです」と答えている。こういうことも踏まえて、大人の教育をどうしていくかということも、私たちにとって実はかなり根本的な、いや、むしろ子供の教育よりも考え方によっては急がれる課題なのかもしれないと、かねがね考えるわけであります。
 そのアンケート調査は内閣府が実施したものですが、「学校で子供に対して金融経済教育が必要だと思いますか」というアンケートをとりますと、大人の66%が「そういう教育は必要だと思う」と答えている。そういう点から出発して、必ずしもまだ十分に社会的に普及・認知されていない金融経済教育を是非この機会、皆さんに専門家を踏まえて考えていただきたいと思うわけです。
竹中金融・経済財政政策担当大臣 時間があまりないのですけれども、最後に色々これからこうした金融経済教育の問題を考えるにあたって、是非私自身心したいなと、皆さん自身にも考えていただきたいなと思う点を3点だけ申し上げておきたいと思います。
 それはこの金融経済教育の問題を考える場合に、社会的弱者、例えばハンディキャップを負っておられる方、長く病気で臥せっておられる方、そういう方々に対する教育こそが実は大変重要なのではないかと、私自身かねがね思っております。経済情報に接する機会が、ハンディキャップを持っておられる方は健常者に比べて少ないかもしれない。所得獲得機会も健常者に比べて少ないかもしれない。
 であるならば、貴重なお金をしっかりと運用して、後々の生活をしっかりと支えるような基盤を作っていく。そのためにはご自身に正確な金融経済情報・知識を持っていただいて、しっかりと自立して社会経済活動を送っていただけるような基盤を作って差し上げなければいけないのではないだろうか。そういう配慮を私たちの社会はどこかでしっかりとしていかなければいけないのではないかと思います。
 ハンディキャップを負った方々と社会的弱者に対する金融経済教育の必要性、これは私は具体的にどうしたらいいかというのははっきりとした考えがあるわけではないのですが、是非しっかりと考えていく必要があると思っております。
 第2にこの金融経済教育というのは、実は私たちの民主主義の意思決定を円滑に進めるために、非常に重要な役割を負っているんだというような幅広い認識が必要なのではないかということであります。
 一つの経済政策を決めるときに、民主主義社会はやはり民意を反映して決めなければいけない。そのときに国民の多くが需要と供給というのはどういうことなのか。金利はどのように決まるのか。財政赤字というのはどういう側面、どういう意味合いを持っているのか。そういうことを正確に理解しておられる場合と理解していない場合、その社会の意思決定は目に見えて違ってくるのだと私は思います。
 その意味ではいま私自身、その民主主義社会の政治プロセスの中におりますけれども、世論は重要であり、その世論を構成する国民一人一人の金融や経済に対する十分な理解が大変重要な、健全な民主主義社会を支える基盤である。ちょっと大上段に振りかぶった意見かもしれませんが、私はそういう問題意識が常に必要なのではないかと思っております。
 第3番目はそれに関連する問題でありますが、是非ともこうした金融経済の教育を考える場合に、専門家とメディアの役割を重視していただきたいと思うわけです。
 専門家について申し上げます。アメリカやイギリスの経済学の分野で、経済学の社会教育という専門分野があります。経済学の社会教育。まさに経済学というのは非常に積み上げた精緻な理論体系を持っておりますが、それは専門家だけが持っていればよいというものではなくて、基本的な考え方は、先ほど申し上げた民主主義を支えるインフラとして、社会教育を通して国民にシェアしていただかなければいけない。それでは、どのようにしたら社会教育、国民一人一人にそのベースを理解していただけるのか。それを研究する専門家がいるということです。
 イギリスのハイルブロナーという大変有名な社会思想、経済思想の専門家がいらっしゃいますが、彼はまさしくこの経済学の社会教育の専門家でもあります。私の知る限り、経済学の社会教育を専門にしている経済学者は日本におられないのではないでしょうか。いや、もしいらっしゃったら、大変失礼でありますけれども、少なくとも社会的に認知されるようなグループにはなっていないということなのだと思います。
 しかし、これは専門家の役割として、私自身その専門家の端くれでありますから、今の仕事が終わったら、いつか必ずこの経済学の社会教育というものを勉強したいと思っているのですが、是非必要だと思っております。
 同時にメディアです。国民は経済の情報を何を通して知るのか。これは圧倒的にマスメディアを通して得られている。そのマスメディアがどのような金融経済の情報、ないしは場合によってはそのベースになければいけない基本的な考え方を与えているかということは、先ほど言った民主主義のインフラとしての重要な基礎であると私は思います。ちょっとラフな言い方をすると、金融経済教育の重要な部分をマスメディアは担っているのではないかと思っております。
 そういうような意味で、いま金融経済教育を担っている主体はたくさん増えてきたと思います。NPOが色々な形で活動し始めた。金融機関、証券会社、銀行もそれに前向きでなければいけないということで乗り出した。我々金融庁もそのような問題意識でやっている。同時にこのような金融経済教育のサークルに是非マスメディアの方にも入っていただいて、先ほど申し上げました民主主義を支えるインフラとしての、まさにWell Informed Publicを作るための枠組みを是非考えていただきたいと思います。
 最後になりましたが、私が数年前に読んだ本で、非常に印象に残った本があります。バーンスタインという人が書いた『リスク』という本です。リスクとリターンのリスク。大変興味深いことが色々書いてありましたけれども、リスクというのは中世から近世にかけて人間が神の束縛から解放されたときに始めて生まれた言葉なんだというのが、バーンスタインの説明でありました。
 束縛を受けている間には自由がない代わり、リスクもない。束縛から離れて、自由に自分で色々な意思決定をするからこそ、リスクがある。繰り返して言いますが、私たちはこれからの資産運用、リスクとリターンに正面から向き合わなければいけない。
 それは取りも直さず、私たちには非常に多くの自由があるということだと思います。その自由の中で私たちが主体的な意思決定を行って、私たち自身の人生を豊かにしていく。そのための重要な基礎として、金融経済教育があるのだと思っております。
 今日は後ほど登場される専門家の方々、そして若い皆さんと一緒に、是非この問題を考えていきたいと思います。ありがとうございました。


 パネルディスカッションの模様については、来月号に掲載する予定です。

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