【金融フロンティア】

家 計 と 金 融 経 済 教 育


金融研究研修センター
(金融庁総務企画局政策課)
村 上 佳 子


.はじめに
 本年1月31日、「金融経済教育を考えるシンポジウム」が開催された。これは金融研究研修センターが初めて主催するシンポジウムでもあり、私も参加させていただいたが、会合でのやり取りをお聞きする中で、金融経済教育には「株を買わせるための教育」というネガティブなイメージがつきまとっており、金融経済教育に携わる関係者の方々の御苦労も、この点に起因するところが大きいのではないかという印象を受けた。
 そこで、今回は、このように株式投資が多くの人にとって敬遠されがちな背景、そして金融経済教育の意味などについて、改めて考えてみたい。


.株式投資をしたいと思わない理由
 平成14年5月に内閣府から公表された「証券投資に関する世論調査」によると、全体の約83%の人が「今後株式投資を行うつもりがない」と答えており、そう答えた人に更にその理由を尋ねたところ、回答の上位5位は以下のとおりであった(複数回答)。
  1「株式投資に関する知識を持っていないから」(33.3%)
  2「株価の下落により損失が発生するリスクがあるから」(32.5%)
  3「まとまったお金がないと購入できないから」(32.4%)
  4「株式投資を行うのに十分な資産や収入がないから」(25.5%)
  5「資産運用は預貯金で十分だから」(14.6%)
 これを見ると、株式投資が敬遠されがちな要因として、知識の問題は大きいようである。しかしながら、このほか、「リスクがとれない」「十分な資産や収入がない」といった回答の背景にある家計の財産状況にも注意する必要がありそうだ。


.家計の財産状況
 
(1 ) マクロの家計金融資産
 日本全体でみると、家計部門の金融資産は約1,400兆円ある(平成15年6月末現在)。図1は、その家計金融資産がどのように運用されているかを表したものである。これを見ると、家計が当面使わずに貯めた資金をどのような金融商品で運用しているか、またそれがどのようなルートを通って、生産活動に資金を必要とする企業部門や政府部門に供給されているかが分かる。
 日本の家計金融資産における最大の特徴は、預貯金での運用が約743兆円と半分以上を占めていることである。預貯金は元本保証商品であり、また換金も容易なので、「安全性」と「流動性」を兼ね備えた商品であると言える。現在の家計はそうした性格の資産を圧倒的に選好している。
 その他の特徴としては、ミドル・リスク商品(満期まで保有すれば原則として元本が償還される債券や、商品に応じてリスクの度合いを選べる証券投資信託など)の割合が極めて低いこと、また、資金供給ルートの面では、株式や事業債といった直接投資は少なく、大半が金融機関の仲介による資金供給となっていることなどが挙げられる。


(図1)
家計の金融資産はどのように使われているか(平成15年6月末)

家計の金融資産はどのように使われているか(平成15年6月末)

(注)1 .「資金循環勘定」(日本銀行)より作成。
.家計金融資産の内訳は主要項目のみ掲載。また、各項目のうち割合の低い運用先は捨象。
.「銀行等」には「合同運用信託」を、「金融債等」には「信託受益権」を含めている。
 


(2


) 1世帯当たりの状況
 しかしながら、1,400兆円と聞いても、なかなか実感はわきにくい。そこで、総務省が5年毎に行っている「全国消費実態調査」(やや古いが、直近の平成11年調査を利用)を基に、1世帯当たりの貯蓄や負債等の状況について、少し詳しく見てみることにする。(ここでいう「貯蓄」は、預貯金のほか、保険の掛金や有価証券等も含めた金融資産(負債控除前)を指す。)
 


.1世帯当たりの貯蓄・負債の状況
 平成11年(11月末現在)における1世帯(ここでは単身世帯を除いた「二人以上の一般世帯」の計数。以下同じ。)当たりの貯蓄現在高は1,485万円、負債現在高は567万円となっている。また、貯蓄種類別の構成比は、預貯金 58.1%、生命保険など(生命保険・損害保険・簡易保険(掛捨型は除く)) 27.4%、株式・株式投資信託 6.7%、債券・公社債投資信託 2.5%等となっており、預貯金が半分以上を占めている構造はマクロで見た場合と同様である。更に、保有率でみると、預貯金を保有している世帯の割合は9割に近いのに対し、株式・株式投資信託、債券・公社債投資信託についてはそれぞれ19.0%、7.4%にとどまっている


.世帯主の年齢階層別の1世帯当たり貯蓄・負債の状況
 図2は、世帯主の年齢による1世帯当たりの貯蓄・負債の違いをグラフにしたものである。これを見ると、年齢が高くなるにつれて貯蓄現在高が多くなっているのが分かる。また、それにつれて、株式・株式投資信託の保有額も多くなっている。
 他方、負債現在高については、世帯主が30〜40歳代の世帯で多くなっており、30歳代の世帯では負債が貯蓄の額を上回っている。また(グラフには記載していないが)、負債年収比(負債/年間収入)は、30〜44歳の階層では100%を超えている。この負債の額のうち多くを占めるのは、住宅・土地のための負債(以下「住宅ローン」)である。
 なお、株式・株式投資信託の保有状況を見ると、貯蓄に占める構成比には大きな違いはないが、保有率は年齢階層によってかなり異なっており、世帯主が55〜74歳の階層では約25%であるのに対し、35歳未満の世帯では10%未満、35〜44歳の階層でも15%程度にとどまっているii


(図2)
世帯主の年齢階級別1世帯当たり貯蓄・負債及び株式等保有状況

世帯主の年齢階級別1世帯当たり貯蓄・負債及び株式等保有状況

(注) 総務省「平成11年 全国消費実態調査報告」より作成。(二人以上の一般世帯・全世帯ベース。各階層毎の係数は平均値)
 
 


.住宅ローンと株式保有iii
 住宅ローンは大きな負債だが、反面、それによって手に入れた土地や住宅が資産として残っているはずである。しかしながら、こうした資産は、換金することはあまり想定されていないだろうし、仮に換金しようとしても不動産価格の下落等で取得価格を大幅に下回るかもしれないといった状況では、「貯え」としては実感されにくいかもしれない。他方、貯蓄や年収を上回るローンを保有している場合、いざというときの返済原資を確保するため、「安全性」と「流動性」を兼ね備えた資産へのニーズが高まると考えられる。特に、終身雇用の前提があやうくなり、将来の収入に対する不安が高まってくれば尚更、このような資産が求められるのではないか。結果として、預貯金への選好が強まり、反面、価格変動リスクにさらされる株式等が敬遠されるのは、納得できることである。
 この統計では、住宅ローンを保有している世帯は全体の33.7%(特に世帯主が40歳代の世帯では約50%)になることから、その影響は無視できないものと思われる。


.金融経済教育の意味
 2.の世論調査で見られた「十分な資産や収入がない」「リスクがとれない」といった回答の背景には、家計の財産状況に対する厳しい認識があり、その1例として、上記のような住宅ローン負担の存在があると考えられる。そのため、金融経済教育について「株を買わせるための教育」といったイメージが先行すると、無理なことを強いられるといったネガティブな受け止め方がなされてしまうのかもしれない。
 しかし、当然ながら、金融経済教育は「株を買わせるための教育」ではない。家計の資産運用と関連付けて考えてみると、例えば、次のような意味があると思われる。
 
(1 ) 選択の幅を広げる
 家計の財産形成に当たり、ある資産を保有することを選択するということは、同時に他の資産を保有しないという選択をしているということを意味する。その際、保有しないこととした資産を仮に保有していたら得られたであろう利益は犠牲にされていることになる。
 家計資産を選択するに当たっては、こうしたコスト(機会費用)も勘案しながら行わないと、思わぬ利益を逸することになる。その意味で、より多くの選択肢を知っているほど、賢い資産選択ができる可能性が広がるといえる。
 例えば、現在(2月13日)、預金金利(3年大口定期)ivは0.07%、株式(日経平均採用銘柄)の配当利回りは1.0%である。勿論、配当利回りは銘柄によって異なるし(最高値は3.05%、最低値は0(無配31社))、年度によっても変動する。また何より株式には価格変動リスクがある。しかしながら、仮に長期保有を想定するのであれば、価格変動はあまり気にする必要はない。その場合、預金と株式のどちらが得と考えるかは、人それぞれ、あるいは家計の事情によっても異なるのではないだろうか。(なお、発行会社が倒産すれば、株式は無価値になる可能性もあるが、上場会社(東証だけで約2,100社)のうち倒産した会社は、過去最多といわれる2002年でも29社、過去5年間の平均では16社と年間1%程度であるvi。)なお、こうした長期投資の選択肢も有効に活かすという観点からは、退職までまだ間がある若い時期から金融経済に関する知識を身に付けておくことが重視されるべきである。
 また、ローンを借りて住宅を保有するかどうかも、選択の問題である。特に最近では、不動産価格の低迷、借家事情の変化、少子化の進展といった環境変化により、「持家」の有利性が薄れている可能性があるvii。また、雇用の流動化が進めば、将来の収入まであてにした多額の負債保有のリスクはより高まる。その場合、他の選択肢のメリット・デメリットを冷静に吟味できるだけの知識を持っておくことは大変重要である。

(2

) 自分の身を守る
 金融技術・情報通信技術の発達により、金融商品の内容も多様化し複雑化している。しかしながら、金融商品には共通する基本的な性質がある。例えば、金融商品のリスクとリターンの間には密接な関係があり、高リターンでありながら低リスクの商品はまず存在しない。まさに「ウマイ話にはウラがある」のである。こうした知識を身に付けていれば、痛ましい投資詐欺の犠牲等にならないよう、少しは自己防衛することができる。
 また、前述の選択肢の問題とも関係するが、投資は分散することによってリスクを減らすことができる。「安全性」「流動性」を兼ね備えた預貯金も、例えば万が一急なインフレが起きれば、実質価値が目減りしてしまう。投資集中自体がひとつのリスクなのである。不測の経済ショックが起きた場合にも、こうした知識を持っていれば、そうでない場合に比べて損失を抑えることができる。

(3

) 経済社会活動により深く関わる
 3.(1)で述べたとおり、日本における家計から企業等への資金供給ルートは、金融機関の仲介によるものが中心となっている。この場合、最終的にどのような企業に資金を供給するかは、専門家としての金融機関の判断に委ねられる。例えば、銀行がどのような企業に貸出等を行うかについて、その銀行にお金を預けた預金者が物申すことはできない。
 これに対し、株式や事業債の場合、投資先企業は投資家自身が直接選ぶことになるし、株主になれば、議決権行使等により投資先企業の経営に関与することができる。また、証券投資信託では、具体的な投資先の選定は運用会社に委ねられるものの、どのような投資を行うかという大まかな方針については了解した上で購入することになる。このように、どのような企業に資金を供給したいか、どのような企業を応援したいかという観点から、投資判断を行い資金を投じるという形で、経済社会活動により深く関わることもできるようになる。
 もっとも、個人投資家が企業経営を左右することは、現実には難しい。しかしながら、金融経済に関する知識を身に付けることで、企業活動や経済政策の問題、市場の問題などについて、より 深く理解することができるようになるだろう。
 金融経済教育が普及すれば、逆に株式投資をする人が減る可能性もないわけではない。そうなれば、今度は、どのようにすれば市場の魅力を増すことができるか、政府を含む市場関係者の姿勢が試されることになる。そうした緊張感を生む意味でも、金融経済教育は必要なのである。


.おわりに
 かくいう私も、これまでの資産選択は極めて「日本的」で、預貯金に著しく偏っており、本稿は自戒もこめて書いている。今後は、幅広い選択肢・機会費用を意識しつつ、ウマイ話にはだまされないよう身を守り、企業活動や金融証券市場の問題にも関心を持ちながら、大事な財産を上手に築いていきたいと思う。




 米国でも、株式を直接保有している世帯の割合は21.3%と、日本と大きく違わない。ただし、投資信託や退職勘定等を通じた間接保有も含めた保有率は、51.9%となる(2001年の計数)。(Ana M. Aizcorbe, Arthur B. Kennickell, Kevin B. Moore (2003)“Recent Changes in U.S. Family Finances: Evidence from the 1998 and 2001 Survey of Consumer Finances,” Federal Reserve Bulletin, vol.89
ii  米国では、世帯主が35歳未満、35〜44歳未満の世帯の株式(直接)保有率は、それぞれ17.4%、21.6%であり、最も高い55〜64歳(26.7%)との格差は日本ほど大きくない。(FRB「Survey of Consumer Finances」(2001)による。なお、同調査は単身を含む総世帯の計数だが、日本の場合、単身世帯の保有率の傾向も二人以上世帯とほぼ同様である。)
iii  本項の記述に当たっては、古橋久也(2000)「我が国家計の資産選択行動について−持家選好・年功序列賃金制度と株式保有−」(日本銀行金融市場局)を参考にした。
iv  東京三菱銀行の金利(2004年2月15日付日本経済新聞に掲載)
 NIKKEY MONEY & MARKETS ウエブサイト掲載の配当利回り(直近決算期における配当金実績値/当日の株価)の平均値(N.A.3社を除く222社の値の単純平均)
vi  帝国データバンクによる。
vii  古橋・前掲

(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)


 金融研究研修センターは、平成13年7月、金融庁における「研究と研修の効果的な連携」を目的として発足し、金融理論・金融技術等に関する研究を通じて専門的な知識を蓄積しつつ、それを活かした研修等により不断に職員のレベルアップを図っていくための活動を行っています。センターの概要や活動内容等については、ホームページ(http://www.fsa.go.jp/frtc/index.html)をご覧下さい。
 

 

【特集:平成16年度税制改正(案)における金融・証券税制に係る措置について】



.はじめに
 平成16年度税制改正(案)については、先般1月16日、「平成16年度税制改正の要綱」が閣議決定されました。今般の改正においては、当庁の要望を踏まえ、公募株式投資信託に係る税制が上場株式並みに整備されるなど、金融・証券税制を中心に、種々の措置が講じられることとされています。ここでは、その主なものについて説明します。


.税制改正(案)の概要
 
(1 ) 公募株式投資信託の受益証券の譲渡益に係る税制の整備
 
 公募株式投資信託の受益証券の譲渡益に対する税率が26%(国税20%、地方税6%)から原則20%(国税15%、地方税5%)に引き下げられることとされました。なお、上場株式等と同様に、平成16年1月1日から平成19年12月31日までの間については、特例として10%(国税7%、地方税3%)の税率が適用されることとなります。(なお、期中分配金、解約・償還益に係る税率については、平成15年度税制改正において、既に上場株式等並みに10%とする軽減措置が講じられています。)
 公募株式投資信託の受益証券についても、上場株式と同様に、特定口座での取扱いを可能とすることとされました。なお、外国投資信託については平成16年4月1日以後、国内の投資信託については、平成16年10月1日以後に適用されることとなります。
 公募株式投資信託の受益証券の譲渡損失(解約・償還損を含む)について、上場株式等の譲渡損失と同様に、翌年以降3年間の繰越控除を可能とすることとされました。

(参考)公募株式投資信託に係る主な改正点
公募株式投資信託に係る主な改正点

(2

) 特定口座の取扱者の範囲拡大
 平成16年4月1日以降、銀行、信託銀行、信用金庫、信用組合などにおいても、特定口座の開設を可能とすることとされました。この結果、これらの金融機関を通じて売買される公募株式投資信託の受益証券や、書面取次ぎにより売買される上場株式等の譲渡損益について、特定口座を利用することにより、簡易な手続での納税を行うことが可能となります。

(3

) エンジェル税制の適用対象へのグリーンシート銘柄株式の追加
 日本証券業協会が指定するグリーンシート銘柄株式のうち、ベンチャー企業、上場指向企業等を対象とするエマージング区分の株式(一定の要件を満たすものに限る)について、いわゆるエンジェル税制の適用対象に加えられることとなりました。なお、本措置は平成16年4月1日以後に払込みにより取得される株式について適用されます。この結果、対象となる株式のうち一定の要件を満たすものについては、(a)投資額をその年の他の株式譲渡益から控除すること、(b)譲渡益を2分の1に圧縮して課税すること、(c)譲渡損失について翌年以降3年間繰り越して控除することなどが可能となります。
(4 ) 未上場株式の譲渡益に対する税率の引き下げ
 グリーンシート銘柄株式を含む全ての未上場株式の譲渡益に対する税率が26%(国税20%、地方税6%)から20%(国税15%、地方税5%)に引き下げられることとなりました。

 平成16年度税制改正(案)においては、上記の他にも、金融庁の要望項目について以下のとおり種々の措置が講じられることとされています。
   
 
 欠損金の繰越控除期間を5年から7年に延長すること(平成13年4月1日以後に開始された事業年度から適用)
 外国法人が発行する電子CP(いわゆるサムライ電子CP)の償還差益に係る源泉徴収を免除すること
 いわゆる過少資本税制について、その適用要件として類似法人基準を用いる場合に、類似法人の過去3年以内の事業年度の借入・自己資本比率の利用を可能とすること
 投資法人の課税の特例について、不動産投資法人がSPCの優先出資証券を100%取得した場合においても、一定の要件の下、特例の適用を可能とすること
 資産整理に伴う債務免除等があった場合の欠損金の損金算入制度について、繰越欠損金から資本積立金相当額を控除しないこととすること
 預金保険法第102条に基づく資本注入に係る資本の増加の際の登録免許税の軽減
 産業再生機構等に係る法人事業税の外形標準課税の特例措置の創設
 連結付加税の廃止
 確定拠出年金の拠出限度額の引上げ
 外国金融機関等との間で行う債券現先取引(レポ取引)に係る利子の非課税措置を2年延長すること
 非居住者及び外国法人に対する民間国外債(ユーロ債等)の利子等の所得税及び法人税に対する非課税措置を2年延長すること
 銀行持株会社等の受取配当等の益金不算入等の特例制度を2年延長すること
 コマーシャルペーパーに係る印紙税の特例措置を1年延長すること
 特定目的会社が資産流動化計画に基づき特定不動産を取得した場合等の所有権の移転登記等に係る登録免許税の特例措置を2年延長すること
 受取配当の益金不算入制度について、損害保険会社の積立勘定から支払われる利子を負債利子控除の対象から除外する措置を講ずること(5年間の租税特別措置)
 異常危険準備金の積立率の特例措置を3年延長すること
   


【集中連載】
 
市場機能を中核とする金融システムに向けて(金融審議会金融分科会第一部会報告)(第2回:「市場監視機能・体制の強化」「投資サービスにおける投資家保護のあり方」)

 平成15年12月24日に取りまとめられた金融審議会第一部会報告「市場機能を中核とする金融システムに向けて」について、前号の第1回においては「市場間競争の制度的枠組み」「ディスクロージャー制度の整備」を紹介しましたが、今回は「市場監視機能・体制の強化」「投資サービスにおける投資家保護のあり方」について紹介します。
 「市場監視機能・体制の強化」については、(i)市場監視機能の強化として課徴金制度の導入等、(ii)市場監視体制の強化として証券取引等監視委員会の検査範囲の拡大等という2つの大きな柱からなっています。

(i)の市場監視機能の強化については、ルール違反は割に合わないという規律を確立するため、違反行為の程度や態様に応じた有効なエンフォースメント手段として、課徴金制度を導入するとともに差止・是正命令制度を改善し、あわせて、挙証責任の転換を含め、被害者による民事責任追及を容易にするための措置を講ずるとされています。
(ii)の市場監視体制の強化については、(i)により強化された監視機能を行使する体制として、行政による証券検査は基本的に監視委員会に一元化するとともに、証券業協会や証券取引所など自主規制機関との役割分担を明確化して効率的執行を確保し、また、協会や取引所の自主規制部門における業務執行の独立性を担保するとされています。
 「投資サービスにおける投資家保護のあり方」については、経済効果が同じ投資サービスは、同じ投資家保護の仕組みが必要であり、組合型投資スキーム(民法組合、商法匿名組合、中小企業等投資事業有限責任組合など)を利用して一般投資家から資金調達する場合には、投資信託やSPCと同様に証券取引法を適用するとされています。また、これまで投資家保護が図られていない投資サービス、今後登場するであろう新たな投資サービスに対応する証券取引法を中心とした有効な投資家保護のあり方について検討し、証券取引法の投資サービス法への改組の可能性も含めたより幅広い投資家保護の枠組みについて中期的課題として検討するとされています。
 以下、両項目について報告の詳細を紹介します。
 
市場監視機能・体制の強化

.市場監視機能
 
(1 ) 基本認識
 一般の個人が市場への参加を躊躇する背景には、証券投資に対する知識不足のみならず、市場において自らが公平に扱われるかどうかについての疑念が存在するものと考えられます。現在の証券取引等監視委員会(以下「監視委員会」という)も、平成3年の証券不祥事において、力のある者だけが損失補填を受けたことへの国民の不公平感や怒りを契機に誕生しました。そのコンセプトは、不公正取引を行わないよう監督するコーチから、何が不公正かを認定するアンパイアを分離し、独立して職権を行使させることにあります。以来、証券取引法違反に対する刑事告発や行政処分勧告を着実に行ってきていいますが、米国SECに比べると摘発件数には顕著な差があります。また、日本では、証券取引法違反に対する民事訴訟による責任追及もあまり行われず、証券取引法の民事責任に関する規定もほとんど利用されていません。
 ひと口に違反行為といっても、現実には悪質性の度合いは千差万別です。刑事罰は対象者に与える影響が極めて大きいため抑制的に運用する必要があり、刑事罰を科すに至らない程度の違反行為は、結果として放置されることになってしまいます。一方、証券会社などに対する業務停止などの行政処分も違反行為に無関係な顧客の利便性を損う面があり、行政処分に値する違反行為に限定すべきだが、行政処分しかツールがないために、違反行為の実情に見合った抑止力として不十分と感じさせるケースもみられます。様々な違反行為の程度や態様に応じ、最適な手段によるエンフォースメントを可能にするためには、金銭的負担を課す制度(以下「課徴金制度」という)や違反行為そのものへの差止・是正命令など、ツールの多様化を図る必要があります。
 米国SECが連日のように、様々なツールを活用して摘発している事態につき、米国民は違反の多さに愛想を尽かすというより、ルール破りは割に合わないという規律を感じ、むしろ市場への信頼の源泉となっています。日米の摘発件数や民事訴訟件数の差の背景には、違反自体の多寡や訴訟への抵抗感の違いがあるとの指摘もありますが、監視機能そのものが制度的に大きく制約されていることは否定できません。監視委員会が、刑事告発や行政処分勧告のように、言わばオール・オア・ナッシングの判断ではなく、違反行為の程度や態様に応じた様々なツールを活用していくことにより、実質的な監視能力の向上を通じた、市場への信頼性向上が期待できます。また、証券市場の国際性に鑑みれば、日本における公正な市場を担保するためのルールは国際的なルールと可能な限り整合的であることが望ましいと思われます。

(2

) 課徴金制度の導入など
 違反行為に対する金銭的負担として、罰金額を大幅に引き上げるという考え方もありますが、他の刑事罰との均衡を考慮する必要性や、刑事罰そのものの謙抑主義的運用に鑑みれば、証券取引法の不公正取引規制違反、ディスクロージャー規制違反、証券会社などの行為規制違反を対象とした新たな課徴金制度を設けるべきであります。
 課徴金の水準としては、ルール破りは割に合わないという規律を確立し、規制の実効性を担保するため、少なくとも違反行為による利得の吐き出しは必要ですが、違反行為が市場への信頼を傷つけるという社会的損失をもたらしていることをも考慮し、抑止のために十分な水準となるよう検討すべきであります。
 また、現行の裁判所による差止命令制度は、投資家保護のため積極的に活用すべきですが、日本における違反行為の実情を精査しつつ、米国のような行政判断による差止・是正命令制度の導入についても、検討すべきであります。
 新たなエンフォースメント手段の導入に際しては、当然ながら、ルールの適用に関する予見可能性を高めていかなければなりません。その一環として、ノーアクション・レターの一層の活用を図るべきでありますし、行政としても、可能な限り誠実かつ具体的に対応すべきであります。また、インサイダー取引規制をはじめとする既存の不公正取引規制そのものについても、時代の変化に対応した見直しが必要であり、引き続き、当審議会で審議していくこととしたいと考えます。

(3

) 民事責任規定の見直し
 証券取引法違反に対する民事訴訟を通じた責任追及があまり行われていないのは、そもそも不実開示などの違反行為が発見され難いことに加え、原告による損害額の立証が事実上困難であること、日本にはクラスアクション(集団訴訟)制度がないことによるとの指摘があります。もとより、立証の困難性は、証券取引分野に限った問題ではなく、証券取引の安定性といった観点も含めた検討が必要ですが、例えば、重要な不実開示がある場合について、不実開示を行った者と投資家との間で実質的な立証の負担のバランスを図るため、損害額を推定する規定を設けるなど一定の立法上の措置を設けることが望ましいと思われます。


.市場監視体制
 
(1 ) 行政の体制
 既述のとおり、証券不祥事を契機に誕生した経緯から、監視委員会の検査対象は不公正取引であり、また投信・投資顧問会社などには及んでいません。監督部門から独立した客観的事実認定を担保する上で、コーチとアンパイアの分離の枠組みは依然有効であり、課徴金や差止・是正命令といった新たなツールの導入に際しても、監視委員会が事実認定した上で、監督部門に適切なサンクションの発動を促すという役割分担は維持することが望ましいと思われます。
 但し、検査の役割分担として、監視委員会が不公正取引、金融庁検査部門が証券会社などの財務や内部管理体制となっているのは、監視委員会誕生の経緯を反映したものであり、かつ、ビッグバン改革(分別管理の義務づけによる投資家保護)を経て行政として証券会社の財務などを直接把握する必要性は相対的に低下していることから、行政の検査体制は、金融庁に所要の役割を留保しつつ、基本的には監視委員会に一元化し、併せてその陣容を強化すべきであります。また、ディスクロージャー制度における届出書などの受理・審査、提出会社に対する検査や訂正命令といった業務の遂行体制についても、広い意味での市場監視体制の一環として、今回の措置と整合性をとりつつ所要の見直しを行うことが望ましいと思われます。
 これらの見直しは、金融のコングロマリット化や証券化が進む中での一元的な金融に関する企画・立案・監督の必要性や、コーチとアンパイアの分離の要請という日本の金融行政・金融市場の実情を踏まえた体制強化として、市場への信頼性向上につながっていくものと期待されます。

(2

) 自主規制
 市場の実情に精通している者が、臨機応変に自らを律していくことにより、投資家からの信頼を確保するという自主規制の理念については、何人も異論はないものと思われます。しかし、現実は理念どおりに機能していないとの指摘もあります。株式会社化して営利追求する証券取引所や業界団体でもある証券業協会に有効な規制が可能かという疑問や、行政と、各証券取引所、証券業協会、日本銀行など公的主体の検査業務に重複が多いことへの批判には、真摯に対応すべきであります。
 まず、自主規制業務の遂行体制としては、他の業務から独立して行われるよう担保すべきであります。そのために、資本関係のない別法人とするか、親子・兄弟法人とするか、同一法人内の別組織とするかは、自主規制の現場の品質管理といった側面も踏まえて検討される必要があります。有効な体制を実現するために制度的な手当が必要であれば、選択肢が用意されることが望ましいと思われます。いずれにせよ、自主規制業務の独立した遂行体制を確立することは、広報活動や政策提言など、業界団体としての活動を制約なく行っていく上でも有益であることを銘記すべきであります。
 また、検査については、行政の体制一元化を契機に、行政と自主規制機関及び自主規制機関相互での主たる役割分担を見直すべきであります。例えば、証券業協会が財務や内部管理体制、証券取引所が取引関連を一義的に分担し、行政がその結果をチェックするとともに、法令違反やシステミック・リスクなどを中心に検査するといった役割分担の姿も考えられるでしょう。今後、自主規制機関の検査体制が充実すれば、行政検査は、その検証にとどめることも可能になるでしょう。また、各主体間で、可能な検査方法の統一や合同検査の実施など、実務上の工夫を重ねることにより、市場監視体制全体としての効率性を確保していくことが望ましいと思われます。更に、行政も含めた個々の検査官の資質や能力は、市場監視を実効あらしめる上で極めて重要な要素であり、その向上に向けた不断の努力が払われるべきであります。
 
投資サービスにおける投資家保護のあり方

.基本認識
 様々な投資サービスは、その名称やスキームの形態を問わず、投資家にとって経済効果が同じであれば、同じように保護されるべきであり、サービスを提供する事業者側から言えば、同じように規制に服すべきであります。こうした環境が整うことにより、名称やスキームの形態を問わず安心して投資できるようになり、貯蓄から投資への流れの加速にも寄与することになります。
 近年、組合型投資スキームを活用し、業務執行組合員(営業者)が運用を一任される形態の公募型商品が販売されるようになっており、一部には詐欺的なものもみられます。また、これまでは中小企業の未公開株式などを対象に、事業を共同して行うことを前提としていた中小企業等投資事業有限責任組合制度において、上場株式や金銭債権への投資といった対象・機能の拡充が検討されており、これを活用すれば、運用を業務執行組合員に委任する一般的な投資信託やSPCに類似する商品も組成できるようになる見通しであります。こうした現状を踏まえれば、これらの組合型投資スキームについても投資信託やSPCなどの有価証券法制と同等の投資家保護の仕組みを整備することが必要であります。
 米国でのリミテッド・パートナーシップは、Howey基準(共同出資して他者の努力による収益獲得を期待するもの)に該当すれば、証券法上の投資契約として、開示、販売、不公正取引規制が課されて投資家保護が図られるし、EUではパートナーシップを用いた証券投資は、それ自体認可制で、開示義務に加え、許可を受けた販売業者だけが行えることになっています。
 一方、ベンチャー・キャピタルなどが、これまでも自由度の高い組合型投資スキームを用いることにより、産業に貴重なリスク・マネーを効果的に供給してきていることは積極的に評価でき、引き続きリスク・マネーの担い手としての役割が期待されます。業務執行組合員に運用を一任することなく、特定少数の出資者が共同で投資判断を行うベンチャー・ファンドなどについては、これまでどおり、過度な規制が課されないよう配慮すべきであります。また、投資家保護の仕組みの整備は、ファンドの課税上の取扱いが変わるような組合の性質の変化をもたらす筋合はないことに留意すべきであります。


.改革の方向性

 組合型投資スキームについても、一般投資家に販売するのであれば、投資信託やSPCなどの有価証券規制と同様の開示は必要であるし、販売時において事前・事後の書面交付や、断定的判断の提供による勧誘の禁止、適合性原則の遵守などの投資家保護策を講じていくべきであります。
 販売業者と当局の関係は、組合型スキームを含む商品ファンドや不動産特定共同事業のファンドでは許可制となっていますが、今回投資家保護を講じようとしているのが主として有価証券その他の金融商品に投資するものであることに鑑みれば、やはり投資信託やSPCのような登録制と同等のものとすることが考えられます。また、風説を流布したり偽計を用いるといった行為は、いかなる投資サービスにおいても禁止されるべきことは当然であります。
 こうした投資家保護策は、基本認識を踏まえ、当面、証券取引法において措置することが適当であります。投資家にとって経済効果が同じサービスは同じように保護するシステムを確立するとともに、詐欺的な業者を排除するための手段を用意しておくことが、組合型投資スキームを発展させる上で必要であると考えられます。
 但し、部外者にとっては、証券取引法における有価証券とか証券業といった概念は馴染みが薄く、違和感を覚えるであろうし、証券取引法そのものが累次にわたる改正により言わばパッチワーク状態になっていることも否定できません。そこで、当審議会において、今後、これまで投資家保護策の講じられていない投資サービスや、新たに登場するであろう投資サービスにつき、証券取引法を中心とした有効な投資家保護のあり方について検討することとしたいと考えます。また、証券取引法の投資サービス法への改組の可能性も含めたより幅広い投資家保護の枠組みについて、中期的課題として検討を継続していくこととしたいと考えます。


 金融審議会金融分科会第一部会報告「市場機能を中核とする金融システムに向けて」の本文等をご覧になりたい方は、金融庁ホームページの「審議会など」から「金融審議会」の「答申・報告書等」のうち、平成15年12月24日「市場機能を中核とする金融システムに向けて」(金融審議会金融分科会第一部会報告)にアクセスしてください。

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