【研究室から】
 
間接保有証券のクロス・ボーダー取引における

準拠法等に関する問題点について

−ハーグ間接保有証券の準拠法に関する国際条約の批准問題を契機に―

金融庁総務企画局政策課
金融研究研修センター研究官
 
杉 浦 宣 彦
JPモルガン・チェース銀行
インベスター・サービス
ヴァイスプレジデント
 
橋 本 信 仁

 現在、ハーグ間接保有証券の準拠法に関する国際条約の批准に関する議論が、法制審議会等で行なわれ、この秋には、この問題をめぐる国際シンポジウムの開催も予定されている。しかし、わが国においては、この間接保有証券の制度や仕組み、さらには、証券等のクロス・ボーダー取引が拡大により、現在、国内外の証券会社や銀行での保護預り証券に相当量の外国証券があるにも関わらず、それらにかかわる幾つかの問題、とりわけ準拠法の問題等については、実務界においてもあまり議論がなされてこなかった。本稿では、これらのポイントを実務家的な視点で鳥瞰し、現在、わが国が抱える問題を明らかにしたい。


.間接保有証券制度について

 昨今、日本を含めた海外主要各国では、膨大な証券決済の事務量を効率的に処理するために、積極的に証券決済改革が進められている。そこでは、そういった証券のぺーパーレス化および証券の保管・振替において集中保管機関を利用した、いわゆる“間接保有証券”制度が普及している。
 この間接保有証券制度は、証券のペーパーレス、振替決済による権利移転、口座管理機関の階層構造という3つのコンセプトの上に成り立っている。
 

(1)

 証券のペーパーレス
 間接保有証券制度では、権利を表彰する証券を個々の決済毎に受渡を行うのではなく、集中保管機関が証券を保管し(もし、証券が存在していれば)、発行者が管理する帳簿では、いったん集中保管機関が形式的に権利者として記録される。個々の証券を集中保管機構に混蔵寄託することで不動化し、発行段階では証券が発行されるが証券自体は流通させない仕組みとするケース(不動化)、券面が一枚の大券として発行され集中保管機構に寄託されるケース(大券化)、券面そのものは発行せず集中保管機構(この場合には、保管という概念はそぐわないが)における帳簿上の振替のみをもって証券の権利移転を可能とするケース(無券面化)が存在する。
 不動化の典型は、日本の証券保管振替機構における株式決済、アメリカのDTCにおける株式決済が挙げられ、大券化はドイツのClearstreamの株式、無券面化は、フランスのEuroclear Franceの証券決済等が挙げられる。
 また、日本の社債等振替法ならびに本年6月に国会で可決された株券の無券面化に関する法案は無券面化に属するものである。

(2)

 振替決済による権利移転
 集中保管機関の参加者である口座管理機関に備えつけられた帳簿上での記帳・記録のみをもって、権利移転の効果を発生させる仕組みであり、ブック・エントリー・システムとも呼ばれる。日本の社債等振替法においては、権利移転は、振替口座簿上の振替が効力要件とされ(譲渡73条・質入74条)、振替口座簿の記録には、権利推定効が認められており(76条)、証書のように善意取得も認められている(77条)。

(3)

 口座管理機関の階層構造
 集中保管機関(“振替機関”)の下に振替機関に口座を有する金融機関等が位置し、さらにそれらの金融機関等の下には、当該金融機関の顧客である投資家や、振替機関に直接口座を有さず上位の金融機関等に開設した口座を通じて証券決済を行う金融機関等が存在する。個々の投資家は自らが取引する口座管理機関に証券口座を有し、その投資家の権利は当該口座管理機関の帳簿に記録される。一般にそうした個々の投資家の権利が表れるのは、当該金融機関が直接口座を有する直面する口座管理機関のみである。当該口座管理機関は自己の上位に位置する口座管理機関に口座を有し、そうした上位の口座管理機関の帳簿では、個々の投資家の名前ではなく当該口座管理機関の名前(顧客預かり口)で当該証券の保有等の記録がなされる。同様のことが更に上位の金融機関との関係で繰り返され、振替機関が管理する帳簿にいきつく。このように階層構造をなした帳簿上の振替をもって、間接保有証券制度の下では証券の権利は移転する仕組みとなっている。

 
(口座管理機関の階層構造については以下の表を参照。)
口座管理機関の階層構造


.間接保有証券制度の法的構成について

 間接保有証券制度においては、その法的構成を、1)特に発行者との関係で、従来の法的枠組みの中で発展してきた伝統的な法律構成を維持しようとする仕組み(伝統型:日本等大陸法系に見られる)と、2)アメリカのUCC第8編に代表されるような全く新しい法律構成を行う仕組み(セキュリティ・エンタイトルメント型)に区別することが出来る。
 森下助教授の論考によると、この伝統型とセキュリティ・エンタイトルメント型には以下のような差異があるとされる。すなわち、伝統型では、投資家と発行体との間に直接の債権債務関係を認め、権利の移転に関するルールも口座の記載を証券の占有や交付と擬制するものである。抵触法レベルでの伝統的な考え方は、証券所在地法を適用しようとする。その一方、これに対しセキュリティ・エンタイトルメント型では、権利関係を階層毎に分断して考え、投資家の権利を発行体に対する債権として把握することに止め、単に口座管理機関に対する債権的権利と物権的権利の合成されたものとして構成されている。抵触法レベルでも階層毎の分断が図られており、口座への記帳により投資家が有する権利の性格や、その権利の移転等は権利の記帳がされている口座を管理する口座管理機関の所在地を基準として決定される、とする。

表:伝統型とセキュリティ・エンタイトルメント型の差異
伝統型とセキュリティ・エンタイトルメント型の差異
   
伝統型とセキュリティ・エンタイトルメント型の差異


.日本での現状認識ならびに取り組むべき課題

 アメリカのUCC第8編のように口座管理機関の階層毎に権利関係を分けて規律する法制では、口座管理機関の連鎖が海外に及んでいるケースでも階層毎個別に権利関係を決着していけばよい。一方、日本やドイツでは、証券の保有に関するすべての関係者が同一国内に存在している国内取引では問題ないが、外国の振替機関で保管されている外国証券では、どの準拠法をもって権利関係を決着するのか不明確であり、法的に不安定な状態となる。ドイツにおいては、この問題を解決するために国内での証券保管とは違う法律体系を外国証券の保管に用意している 。
 しかしながら、日本においては、未だに間接保有証券制度ならびに準拠法が不明確なために生じるリーガル・リスクに対する認識は極めて低いように見受けられる。この認識の低さの原因となっているものには、これまでの外国証券の法的権利に関する間違った理解が存在すると推測され、その誤解の例をいくつか挙げると次のようなものがある。
 

 1

.現地のデポジタリー等に投資家名で個別の証券口座を開設し、その個別口座で保管すれば証券の権利はより安定する。
 この誤解については、口座管理機関が多層構造化しており無券面化が進捗している現在では、“物”の特定が極めて困難であり基本的に準拠法が不明確であるというリスクは残る。これは、間違った“証券所在地法”の理解がもたらしたものと思われる。

 2

.外国証券であっても、日本国内の金融機関同士で証券取引を行っているので、権利の移転、担保設定等すべて日本法が準拠法になる。
 外国証券の券面(もし、証券が存在していれば)を日本国内に持ち込み、その券面を占有するのならば可能と思われるが、海外から証券を輸送するコストとリスクを考えれば非現実的といわざるを得ない。また、当然のことながら、券面が無券面化されていれば物理的に不可能であり、この場合は、外国法が準拠法になると考えるのが自然である。

 こういった誤解がこれまで表面化してこなかった理由には、おそらく、これまで、大きな係争・事故がなかったこと、また、実務界においてもペーパーレス化による影響が国内市場に関する認識にとどまり、外国市場のそれまでにいたっていなかったことがあると考えられる。
 間接保有証券制度は、膨大な証券決済を効率的に処理するために不可欠なものであり、国際間における間接保有証券制度を決めるハーグ条約制定において指摘されたリーガル・リスク、すなわち、株式や債券といった証券が個々の物理的な券面という形で存在していた時代には、それをクロス・ボーダー取引で譲渡・担保提供するという場合でもどこ国の法律に拠って要件を具備しなければならないのかという準拠法の問題について、証券所在地の法に従うという国際私法上の原則が、国際的に受け入れられていた(日本では、法令10条に拠る)が、世界各国で証券決済改革に伴い間接保有証券化が進められた結果、準拠法に関する証券所在地法主義の原則である、個々の物理的な券面というものが存在しなくなり、クロス・ボーダー取引での譲渡・担保提供において法的有効性や第三者対抗要件を具備するための準拠法が不明確であり法的安定性を欠くとしてクロス・ボーダーでの金融取引上の大きな問題点として指摘されていることは、わが国においても他人事ではない問題点である。実際、日本からの対外証券投資は、昨今の国内外金利差等を背景にますます活発に行われており、このほとんどが各国の 間接保有証券制度の下で決済・記帳が行われているため、この影響を最も受ける国の一つである。しかし、このクロス・ボーダーで証券を保有した場合に、第三者に対して対抗要件を備えるための準拠法が不明確であるというリーガル・リスクに対して極めて鈍感な認識しか示さない現状、それ自体がわが国の市場関係者全体が抱える大きな問題であり、早急に議論と検証が開始されるべきポイントであると思われる。(なお、本件は、既にexplanatory noteの案が出来ており、このままだと近日中に批准の審議に移行する。このハーグ条約をめぐる国際シンポジウム(http://law.rikkyo.ac.jp/ribls/)も開催される予定であり、あらためて、市場関係者に本件に関しての再検討をお願いしたいところである。)

(文中意見にわたる部分は、筆者の個人的見解です。)
 

 森下哲朗 「国際証券決済法制の展開と課題」上智法学論集 第47巻 第3号 (2004年)
209頁以下。森下論文は、諸外国の国際証券決済制度の紹介をしつつ、現在、国際的な証券決済取引が抱える法的問題点をコンパクトに、だが、適確に指摘されている。本稿における幾つかの海外法制に関する記述についてもこの論文から確認した部分も多く、さらなる詳細な法的論点について触れたい読者は、是非、この論文にあたっていただきたい。
 ドイツにおいては、外国で保管されている証券の取引にあたり、投資家がいかなる権利を有するか等は外国法に拠らざるを得ないものの、国内法としてできる範囲での投資家権利保護の法的枠組みがある(例:ドイツ寄託法22条1項、ならびに有価証券取引特別約款12条3項など)。(森下 前掲論文 183−184頁を参照。)

【ピックアップ:中小企業金融】
 
中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針の策定について(第4回:「検査部局等との連携」及び「行政指導等を行う際の留意点」)

 アクセスFSAでは、「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(以下「監督指針」)の内容についてより多くの方に知っていただくため、4回にわたって詳細な解説を連載することとしております。
 最終回となる今回は、「銀行監督に係る事務処理上の留意点」のうち、「検査部局等との連携」及び「行政指導等を行う際の留意点」について解説します。
 
検査部局等との連携

 監督部局と検査部局は、それぞれの独立性を尊重しつつ、適切な連携を図り、オフサイトとオンサイト双方のモニタリング手法を適切に組み合わせることにより、効率的で実効性の高い金融機関に対する監督を実現することが重要であると考えています。
 このため、監督部局と検査部局は、
 (1)  監督部局がオフサイトモニタリングを通じて把握した問題点については、検査においてその活用が図られるよう、検査部局に還元すること、
 (2)  検査を通じて把握した問題点について、監督部局は、検査部局と連携して問題点の改善状況をフォローアップし、その是正につなげるよう努め、必要に応じて行政処分等厳正な監督上の措置を講じること
などの連携を図って参りました。
 今後も以上のような連携を保っていくとともに、「検査・監督連携会議」等を通じて、十分な意思疎通を確保していくなど、それぞれの独立性を尊重しつつ、検査部局との連携強化に努めていくこととしました。
 「検査・監督連携会議」とは、監督部局と検査部局の連携を強化するため、監督指針において新たに行うこととしたものです。検査・監督連携会議は、原則として新事務年度の開始に当たり、(1)監督部局は監督方針、金融機関の直近の決算等の概況や経営状況などについて説明を行い、(2)検査部局は新検査事務年度の「検査基本方針及び基本計画」について説明を行うなど、両部局の実務担当者間で意見交換等を行うものです。
 また、監督指針では、預金保険機構との連携も重要であるとの考え方の下、預金保険機構が預金保険法に基づき実施する名寄せ検査や保険料検査を通じて把握した問題点のフォローアップを監督部局がどのように行うかについて、具体的に規定しました。
 
行政指導等を行う際の留意点

 金融庁及び財務局は、行政指導等のあり方について、従前から行政手続法等に則って適正に行うよう努めてきたところですが、ルールに則った透明・公正な行政を一層推進するため、外部専門家の意見も取り入れて行政指導等を行う際の留意点等を内規として整備し、これを「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」に織り込むこととしました。なお、中小・地域金融機関以外の各業態に係る事務ガイドラインにも同様の規定等を置く改正を行っています。
 行政指導等を行う際の主な留意点等は、以下のとおりです。
 (1)  行政指導等を行う際の留意点
 行政手続法に沿って、行政指導を行う際の留意点を明確化しました。例えば、「行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されているか(行政手続法第32条参照)」については、「相手方が行政指導に協力できないとの意思を明確に表明しているにもかかわらず、行政指導を継続していないか。」等を具体的な留意点としてあげています。
 (2)  面談等を行う際の留意点
 職員が、銀行の役職員等と面談等を行う際の実務的な心得や留意点を、例えば次のように明記しています。
 
 ・  面談等に参加する職員は、常に綱紀及び品位を保持し、穏健冷静な態度で臨んでいるか。
 ・  面談等の内容・結果について双方の認識が一致するよう、必要に応じ確認しているか。特に、面談等の内容・結果が守秘義務の対象となる場合には、そのことが当事者双方にとって明確となっているか。
 ・  面談等の内容が上司の判断を仰ぐ必要のある場合において、状況に応じあらかじめ上司の判断を仰ぎ、又は事後にすみやかに報告しているか。また、同様の事案について複数の相手方と個別に面談等を行う場合には、行政の対応の統一性・透明性に配慮しているか。
 (3)  報告体制の整備
 面談等を通じて行政指導等を行うに際し、行政手続法に照らし、行政指導等の適切性について判断に迷った場合等の連絡・協議について明記しました。
 透明・公正な行政は国民の皆様からも強く望まれているところであり、金融庁及び財務局としては、以上のような点に留意しつつ、今後とも、より一層透明・公正な行政への取組みを進めていきたいと考えています。


 「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」について、詳しくは金融庁ホームページの「報道資料など」から、「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針について」(平成16年5月31日)にアクセスしてください。


 金融審議会金融分科会第二部会報告(平成15年3月27日)については、金融庁ホームページの「審議会など」から「金融審議会」の「答申・報告書等」のうち、PDF「平成15年3月27日「リレーションシップバンキングの機能強化に向けて」(金融審議会金融分科会第二部会報告)」にアクセスして下さい。

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