【海外通信】
 

未来の国際金融センター「上海」から

在上海日本国総領事館 領事  
河邑 忠昭
 
 本年7月の人事異動で、4年間勤務した金融庁から在上海総領事館に転勤いたしました。本日は、アクセスFSAの紙面をお借りして、発展著しい中国経済の「火車頭」(『牽引車』の意味です)である上海の状況について報告させていただきます。

1.上海市の概況
上海総領事館 上海市は中国の「華東地区」と呼ばれる地域の中核都市であり、同時に中国随一の経済都市として目下、猛烈な勢いで発展を遂げつつあります。中国には、北から順に、黒竜江(アムール川)、黄河、長江(揚子江)、そして珠江(ジュコウ)と四つの大河がありますが、上海は長江の下流域デルタ地帯に位置し、周囲の蘇州、杭州、無錫(ムシャク)、遠くは南京まで含む一大工業都市圏を形成しています。


 中国はとても広く、なかなかイメージが湧かないと思いますので、日本と比較してみますと、いわゆる華東地域(上海市、江蘇省(コウソショウ)、浙江省(セッコウショウ)、安徽省(アンキショウ))だけで1億3千万とほぼ全日本の人口と一致します。上海市はその中核都市として1700万人を抱える都市ですので、規模だけで言えば、ほぼ東京と一致すると言えます。
 上海は、かつて、1930年代には「東洋のパリ」と呼ばれた華やかな都会でした。その面影は、いわゆる「バンド(外灘)」と呼ばれる地区に残る旧英国租界の数多くの建築物に見ることが出来ます。上海は、街の中を流れる黄浦江((コウホコウ)長江の支流)という河を挟んで、西(浦西(ホセイ))が旧市街、東(浦東(ホトウ))が新市街という形で構成されていますが、みなさんが観光ガイドなどでよく目にされる洋風建築は、黄浦江の西岸地区に立ち並んでいます。まだ船舶輸送が全盛であった頃、バンドは上海の玄関口であり、日本国総領事館も終戦まではこの付近に所在していました。当時日本人が多く住んでいた共同租界には、文豪魯迅と親交のあった内山完造の経営する「内山書店」などが所在したほか、映画「ラスト・エンペラー」にも登場する男装の麗人、川島芳子が常宿にしていた「ブロードウェイ・マンション」がそのままの姿で現在もホテルとして機能しており、我々現代の日本人がとかく忘れてしまいそうになる「戦前」の香りがここ上海には依然として強烈に存在しています。

浦東の風景 一方、黄浦江の東側、いわゆる「浦東」地区ですが、ここはいわゆる「改革開放」後の上海を代表する地域であり、日本の経済雑誌などに「将来の国際金融センター」としてよく紹介されている場所です。90年代前半までは一面の農作地であった場所が、今や88階建の超高層ビル「金茂大厦」をはじめとする高層ビル街へと早変わりし、上海証券取引所や外為センター、さらには我が国の4大メガバンクはもちろんのこと、世界の有名大手金融機関が軒を並べる、いわば上海の「ウォール街」を形成しています。

 なお、2007年には上部建造物を除くビル本体の高さでは世界一となる「環球金融中心」ビルの竣工が予定されており、名実ともにニューヨークを強く意識した国際金融センターの建設に向け、少なくとも物理的インフラの整備については、急ピッチで進みつつあります。
 このように上海は、河を挟んで東西に「新」と「旧」が共存する街であり、なかなか魅力的な町であると言えましょう。なかなか文字では言い表すことが難しいのですが、百聞は一見に如かず、一度は訪れる価値のある街ではないかと思います。

2.増え続ける日本人と日本企業

 現在の上海と日本との関わりについて考えるときに避けて通ることの出来ないことは、この地に居住する日本人の多さです。昨年10月現在で、上海市に長期滞在する日本人は実に約2万8千人に達しており、ちょっとした我が国の地方都市程度の人口となっています。日本人学校の生徒数も約1800人ですから、子供を含む多くの日本人が、如何にこの街と大きな関わりを持っているかということが分かるでしょう。なお、日系企業数で言いますと(「日系」の定義にもよりますが)約5000社の企業が進出していると言われています。従来、海外に進出する企業といえば、大企業、それも商社やメーカー、金融機関と相場が決まっていましたが、最近の企業進出で目立つのは、中堅・中小企業の多さです。製造業立国日本を支えてきたのは、高い技術水準を誇る中小部品メーカーでしたが、これら中堅・中小企業が安価で質の高い労働力を求め、雪崩をうって上海近辺に進出しつつあります。
 金融機関で言いますと、最近は地域金融機関の拠点開設が目立ちます。もちろんこれら地方銀行の拠点は営業を目的としたものではありませんが、顧客である中堅・中小企業が上海に進出する以上、顧客確保のため、そして顧客企業の経営状況の把握のために、金融機関も人を派遣せざるを得ないといった状況のようです。本年11月現在、既存の5つの邦銀支店に加え、更に2支店が開設準備中であるほか、27の駐在員事務所が華東地域に存在しています。
 以下、私見ではありますが、東アジアの経済統合は、民間レベルでは着実に進みつつあるように感じます。とりわけ、垂直分業という形を通じて、急速な勢いで我が国企業が多国籍化しつつある現状、そこに資金供給を行う金融機関のポートフォリオ監視という面でも今後益々国境を越えた目での把握が必要になるのではないかと思います。金融監督当局として、こうした我が国の産業構造の転換、更には東アジア地域における経済統合といった動きにどう対応していくのか、早急な検討が必要な時期に来ているのではないでしょうか。

3.上海金融事情

 我が国の金融センターは言うまでもなく東京ですが、中国の国内金融センターは上海です(国際金融センターは香港)。中国の金融監督当局は我が国とは異なり、銀行、証券、保険と業態毎に分かれていますが、中央銀行である中国人民銀行を含め全て本部は首都である北京に位置しています。また、中国の大手金融機関も基本的に本部は北京に置いています。
 それでは、何が上海をして中国の金融センターたらしめているかということですが、まず第一に、証券取引所が上海に位置するということが挙げられます。中国本土においては、上海及び深 圳(シンセン)の二ヶ所しか証券取引所が存在せず、取引量、上場株式数共に上海が深圳を大きく上回っています。第二に、上海には銀行間コール市場のセンターが設置されているほか、外貨取引センターも上海に位置しているため、金融取引においては基本的に多くが上海において行われているということになります。我が国では、金融庁、日本銀行、東京証券取引所、更には大手金融機関の本店が全て東京に集中しているため、政策決定が行われる場所と金融取引が行われる場所が地理的に離れていることに対し、あまりイメージが湧きにくいと思いますが、あえて比較するとすれば、米国におけるワシントンとニューヨークのような感じかも知れません。
 さて、最近は日本の本屋でも、「中国株」に関する解説書などを目にすることがあると思いますが、実は日本で紹介されている中国株の多くは上海株式市場ではなく、香港株式市場に上場されているものです。中国においては外貨取引が基本的に経常項目取引に限定されていますから、外国人が資本項目取引を行うことは厳しく制限されています。上海株式市場は、国内投資家を対象としたA株市場と海外投資家を対象としたB株市場の二つに分断されており、外国人はB株市場にのみ参加することが出来ます。もっともB株市場は上場株式数、参加者ともに極めて限定的なため、市場の流動性が低いという問題があり、中国企業においても自信のあるところは香港株式市場に上場する、若しくはシンガポールやニューヨークに出て行くといった状況となっています。なお、最近、「適格外国機関投資家(QFII)」という制度が導入され、日本の大手証券会社を含む海外の機関投資家に対し、一定の枠の中でA株市場に参加することが許されることとなりました。現在、人民元の為替レートの絡みで外貨管理制度のあり方について、大いに議論が行われており、また、中国がWTOに加盟するといった国際化の流れの中で、いずれは外国人が上海株式市場において大いに活躍するといった日も近いのかもしれません。
 なお、中国証券市場の近況ですが、残念ながら中国経済の活況とは裏腹に、株式市場は本年9月に5年来安値を更新するなど低迷が続いています。中国の株式市場の特徴として、第一に参加者の大部分が個人投資家であるという点が挙げられます。上海の公園などに行くと、よくラジオで株式放送を聞きながら、ひっきりなしに携帯電話で売り買いの注文を出している個人投資家を目にします。また、証券会社の店頭などを見ましても、株価ボードを見つめる人だかりが出来ており、言葉は悪いのですが日本で言う場外馬券売場にも似た活況を呈しています。先ほど適格外国機関投資家について触れましたが、現在、株式市場を改革するため、中国においても機関投資家の育成を図っており、スペキュレーションではなくインベストメントを目的とした市場へと生まれ変わることを目指しているようです。第二に、中国はかつての計画経済から市場経済への転換を図っている最中であり、従って、企業の多くは依然として国有企業であるという点です。現在、国有企業を株式会社へと転換するとともに、国が保有する株式の一部を上場するといった政策が進められていますが、発行株式数のうち実際に市場に上場されて流通する割合は限られています。かつては我が国株式市場も多くが「持合株」として流通割合が事実上制限されていた時代がありましたが、丁度それと類似した状況であると考えられます。国有企業改革が進むにつれ、株式の新規公開(IPO)もどんどん増える一方で、株式市場に流入する資金が限定されているため、株式市場における需給のアンバランスを生じ、これが最近の株式市場の低迷の原因であるとされています。いずれにしても、中国の株式市場は未だ発展の途上であり、株価指数が景気の先行指標と見なされるまでにはまだ時間がかかりそうです。

4.不良債権問題が深刻

 中国の金融で今大きな話題となっているのが、主要銀行の不良債権問題です。本年9月末における四大国有商業銀行の不良債権比率は13.37%であると発表されており、その深刻さが見て取れると思います。もっとも本年3月末は19.2%と発表されていましたので、日本に勝るとも劣らぬ勢いで不良債権比率の低下に向けて努力しているとも言えます。
 さて、これら不良債権の発生原因ですが、日本における金融機関の不良債権がいわゆるバブル時代における企業への過剰貸出によって形成されたものであるのとは異なり、中国の不良債権の発生原因はその多くが国有企業への貸出が不良化したものであるとされています。したがって、処方箋としても、非効率な国有企業を如何に民営化するかということが中心となります。中国の不良債権問題は、計画経済から市場経済への転換期における言わば過去の「負の遺産」であり、これを如何に解決するかということは、単に経済面の問題に留まらず、国のあり方そのものに関わる問題であると言えるのかも知れません。筆者も、中国の金融当局者等と互いの不良債権問題について議論をする機会がありますが、同じ「不良債権問題」とは言っても、その歴史及びメカニズム、政治的な含意など非常に異なる問題であるという印象を強く持つに至りました。

5.発展の光と影
浦西の風景 上海では、昨年流行したSARS(新型肺炎)以来、公共交通機関であるバスだけでなく、タクシーを利用する人が増えたとされています。タクシーの初乗りは10元(日本円で130円)であり、当地の所得水準を考えれば決して安い乗り物ではないのですが、夜になると町の中心地ではタクシーを捕まえるのに1時間も待たねばならないことがあるなど、所得水準の向上から来る街の活気、国民の将来への期待など、見ていて眩しいものを感じることもしばしばあります。

 一方で、地域間、階層間における所得格差の拡大も著しく、とりわけ違法開発により土地を追われた農民の増加など数々の社会問題も日々顕在化しています。また、発電所建設が電力需要増に追いつかず、夏や冬には深刻な電力不足を招いており、今年の夏には有名なバンド(外灘)地区のライトアップが消されて、折角の夜景が楽しめなかったほか、周辺の工場においても操業時間の調整などを行わざるを得ないこととなるなど、発展途上国特有の問題も数多く存在します。開発に伴う環境問題も日々深刻化しています。
 隣国に住む人間として、特に最近は貿易・投資のパートナーとして、我が国が中国と話し合わなければならない問題は、日々増加していると言えましょう。願わくは、拙文を通じ、一人でも多くの方と問題意識を共有するとともに、行政官としてその解決に向けた努力を続けていくことが出来ればと考えています。

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