金融規制の質的向上について
-サブプライム・ローン問題にも触れながら-

平成19年9月27日
金融庁 監督局長 西原政雄

I  はじめに

ご紹介に預かりました金融庁の西原です。国内外の市場関係者の皆様方が、一堂に会する場にお招きいただき、大変光栄に存じます。

本日は、金融規制の質的向上、すなわち、ベター・レギュレーションに向けた取組みについてお話をさせていただきますが、その前に、最近、内外で話題になっておりますサブプライム・ローン問題について一言申し上げたいと思います。

ご存知のように、米国のサブプライム・ローン問題をきっかけとして、サブプライム・ローンを組み込んだ、MBS(モーゲージ担保証券)やCDO(合成債務担保証券)といった証券化商品の市場が混乱し、それが米国のみならず欧州のクレジット市場、更には世界の株式市場や為替市場にも波及が見られるなど、影響が広がってきています。こうした状況の背景として、次の3つの不確実性が市場を支配しているということがあるものと考えられます。

第一に、証券化という金融技術の普及に伴って原資産のリスクが分散した結果、リスクの所在や規模の特定が困難となっていることです。

二つめには、証券化商品に対する市場の価格付け機能が低下したことがあり、このことが取引の規模や市場の流動性を急激に縮小させています。

そして三つめの現象として、短期調達・長期運用という満期のミスマッチを有しているサブプライム関連のファンドやconduit(導管体)にバックアップラインを供与している金融機関の流動性リスクが顕在化したことが挙げられます。

これら3つの不確実性は相互に絡み合って存在し、問題を複雑化させており、信用リスク、市場リスク、流動性リスクの区別を困難にしています。事態の正常化にはある程度の時間がかかると思われますが、これら3つの不確実性を減じていくためには、官民の地道で着実な取組みを経て、正常化への道筋が明らかにされることが重要であると考えています。

現在のところ、このサブプライム・ローン問題が、日本の金融システムに深刻な影響を与えるような状況にあるとは承知しておりませんが、この問題の間接的な影響を含め、引き続き事態を注意深く見ていきたいと思います。いずれにせよ、このような新たな事象に対応するためには、市場動向を的確に把握しながら、リスクが潜んでいる分野をできるだけ早く認識し、限られた行政資源の下で効果的な対応を図っていくことが必要になります。この点は、これからお話しする「ベター・レギュレーション」の重要な柱の一つとなっております。

II ベター・レギュレーションとは

さて、「ベター・レギュレーション」とは、より良い規制環境を実現するための金融規制の質的な向上を指しますが、私どもと致しましては、この「ベター・レギュレーション」を今後の金融行政の大きな課題として位置付けていきたいと考えております。

では、なぜ今「ベター・レギュレーション」なのでしょうか。それには以下の大きな二つの文脈があります。

一つ目は、我が国の金融・資本市場の活性化・国際競争力の強化という政策課題です。人口減少時代の到来を迎えるなか、我が国経済が持続的な発展を遂げるためには、個人金融資産や年金が確実に運用され、その利益が国民に還元されるなど、金融サービス業が経済の中核的な役割を果たす必要があります。金融規制の質は、その規制の適用を受けるマーケットの競争力を左右する重要な要素であり、ベター・レギュレーションの取組みを進めていくことは、我が国の金融・資本市場の活性化や国際競争力の強化に貢献するものと考えています。

もう一つの背景は、日本の金融セクターを巡る局面が変化し、それに合わせて金融行政の手法も変化していかなければならないとの認識です。

そもそも金融行政には「金融システムの安定」、「利用者の保護」、「公正・透明で活力ある市場の確立」という三つの目的がありますが、それぞれの分野において、制度的枠組みの整備が進み、かなりの程度実態の改善が見られており、今後はこれまでの経験や教訓を着実に定着させ、更にこれを深化させる局面にあると認識しています。そしてこうした局面においては、金融機関がミニマム・スタンダードをクリアすることで満足するのではなく、個々の自助努力を通じて、経営管理を確固たるものとし、提供するサービスの質をより高いものとすることが重要であると考えています。つまり、金融機関によるベスト・プラクティスの追求を促すために、金融規制のあり方も、金融機関の自己責任と自助努力を尊重するような枠組みとしていくことが必要なのです。

III ベター・レギュレーションへの4つの柱

ベター・レギュレーションについては、大きく次の4点をその柱と位置づけています。これは、今後の監督手法の目指すべき方向性とも言えるものです。

第一の柱は「ルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督の最適な組合せ」です。ルール・ベースの監督は、詳細なルールを設定し、それを個別事例に適用していくという手法であり、金融機関にとっての予測可能性を確保し、行政の恣意性を排除するというメリットがあります。他方、プリンシプル・ベースの監督は、いくつかの主要な原則を示し、それに沿った金融機関の自主的な取組みを促す枠組みで、金融機関の経営の自由度が確保されるというメリットがあります。このルール・ベースとプリンシプル・ベースの2つの監督手法は二者択一のものではなく、むしろ相互補完的なものであり、2つの監督手法を最善な形で組み合わせることによって、全体としての金融規制の実効性と効率性を確保していくことが重要と考えます。

第二の柱は、「優先課題の早期認識と効果的対応」です。これは、限られた行政資源をいかに有効活用するかという問題意識にも基づいています。深刻な問題がひそんでいる分野、将来大きなリスクが顕在化する可能性がある分野を、先を見越してできるだけ早く認識し、そのような重要課題への対応のために行政資源を効果的に投入していくというものです。このような早め早めのアプローチをとることにより、リスクへの対応に際し、可能な選択肢も広くなるものと考えられます。

第三の柱は「金融機関の自助努力の尊重と金融機関へのインセンティブの重視」です。先ほど申し上げた、金融機関の自助努力に基づくベスト・プラクティスの競い合いを促す枠組みですが、リスク管理の高度化を促すバーゼルIIの実施などの取組みを既に進めてきています。今後も、こうした枠組みを更に中身の濃いものにしていきたいと考えています。

最後の第四の柱は「行政対応の透明性・予測可能性の向上」です。金融庁では、1998年の金融監督庁発足以来、「明確なルールに基づく透明かつ公正な金融行政の徹底」を行政運営の基本的な考え方としており、これまでも検査監督上の着眼点や行政処分に関する事務の流れを広く周知するなど様々な取組みをしてきておりますが、更に改善すべき点がないかどうか検討していきます。

IV ベター・レギュレーションに向けての当面の具体策

次に、こうしたベター・レギュレーションに関して、当庁が当面取り組んで行く5つの具体策についてご説明したいと思います。

まず一番目は、「金融機関等との対話の充実」です。ベター・レギュレーションの構築のためには、金融機関と我々との対話の機会を一層拡大し、率直に意見交換できるような信頼関係を築くことが必要です。こうした対話の充実は、金融機関にとっての予測可能性の向上に資するだけでなく、我々当局の側にとっても、市場動向等を素早く把握する上で重要です。また、先に述べたプリンシプルについての共通認識を醸成したり、金融システムが抱える問題について、官民が協同して解決策を探っていったりする上でも対話は必要不可欠であると思います。

二番目は「情報発信の強化」です。これまで当庁では、内外の関係者に我々の考え方が正しく伝わるよう、幹部による講演の実施やホームページの活用、英文による資料の提供などを行ってきましたが、今後も内外の講演会・意見交換会・出版メディアなど多様なチャネルを通じて、より多くの情報発信に努めてまいりたいと考えています。

三番目は「海外当局との連携強化」です。金融のグローバル化に対応するため、各国監督当局間の緊密な連携や、規制の国際的整合性の確認が益々重要となっています。また、グローバルなマーケットの動向を把握する上で、海外当局との情報共有は欠かせません。

四番目は「調査機能の強化による市場動向の的確な把握」です。経済や市場の動向が金融機関の経営や金融システム全体の安定に与える影響について分析、把握するとともに、必要な監督上の対応を時を失せず講じられるよう。庁内の調査機能の強化や、市場関係者などとの対話の促進を図っていきたいと考えています。

最後の五番目は「職員の資質向上」です。これまでに取り上げたベター・レギュレーションの取組みを実現するため、研修の充実、官民の人材交流など、金融庁職員一人ひとりの専門能力の向上に向けた様々な方策を検討していきたいと考えております。

以上、ベター・レギュレーションについての考え方を述べさせていただきました。金融庁が、金融行政の3つの目的に向けてその役割を十分に果たせることが、市場の競争力の強化や利用者の利便性の向上につながり、ひいては国民経済の健全な発展に結びつくと考えています。金融を取り巻く環境は日々変化しており、我々に課せられた責務も高度化・複雑化していますが、金融行政の最終目標を忘れることなく、利用者である国民と市場関係者の声に耳を傾けつつ、時代の要請に応えうる規制の質的向上を図っていきたいと考えています。

(以上)

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