佐藤金融庁長官講演「証券市場を巡る課題と取組み」
(日本証券業協会「平成20年度代表者セミナー」(20年9月18日))

平成20年9月18日
金融庁長官 佐藤隆文


1 .はじめに

金融庁長官の佐藤です。

昨年に引き続き、証券界のトップが一堂に会する場において講演の機会をいただき、ありがとうございます。

昨年のこのセミナーにおいては、

  • 第1に、金融規制の質的向上、いわゆるベター・レギュレーションの考え方について、
  • 第2に、金融商品取引法の施行を間近に控えていたことから、新しい監督方針の内容について、
  • 第3に、投資家の立場に立った証券税制の構築に向けた、税制改正要望の内容について、

お話をさせていただきました。

その後1年間、金融庁では、これら3点を含め、我が国金融・資本市場の競争力強化に向けた取組みを強力に推進してまいりました。ご案内のとおり、昨年12月には「市場強化プラン」をとりまとめ、この6月には関連する法改正を成立いただくなど、作業は着実に進捗してきています。

一方で、この1年間は、サブプライムローン問題の影響等により、グローバルな金融・資本市場に混乱が見られた期間でした。欧米の大手金融機関は巨額の損失を計上し、本年3月には、大手投資銀行ベアー・スターンズの経営危機が浮上しました。今月に入ってからも、ファニーメイ・フレディマックへの救済策の公表といったニュースもありましたし、この週末には、大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんというビッグ・ニュースがありました。また、同じく大手投資銀行であるメリルリンチがバンク・オブ・アメリカに買収されるという、大きな動きが見られています。更に昨日は、大手保険会社AIGへの米当局の対応が公表されました。世界の金融市場は、株式市場、為替市場、クレジット市場、短期金融市場と大きく動いており、我が国として、この事態にできるだけ冷静に対応していく必要があると考えています。

本日は、この1年間におけるこうした状況を踏まえ、

  • まず、昨年来のサブプライムローン問題への対応についてお話しし、
  • そのうえで、我が国金融・資本市場の競争力強化に向けた取組みについてお話をする、

という、いわば2本立ての構成とさせていただきたいと思います。

2 .サブプライムローン問題

まず、サブプライムローン問題への対応については、4月のG7に報告された金融安定化フォーラム(FSF)の報告書において、関係当局・国際機関・市場関係者がそれぞれ取り組むべき課題が明示されており、これを確実に実行に移していく段階にあります。

金融庁としては

  • このような市場の混乱を引き起こしたそもそもの原因についてどのように対応するか、
  • 個別の金融機関への影響について、どのように対応するか、といった視点があり、それぞれ所要の取組みを進めてきております。本日は、その一端をご紹介したいと思います。

(1) 市場を不安定化させる原因への対応

まず、サブプライムローン問題を引き起こし、グローバルな金融市場を不安定化させた原因について考えますと、その背景には、証券化という金融技術が世界的に普及したことがあると思います。そうした中で、いわゆるOriginate-to-Distributeモデル(OTDモデル)の問題点が顕在化したという点が、指摘をされております。

すなわち、証券化の一連のプロセスにおいて、ローンの借り手と貸し手、証券化商品の組成者や販売者、格付会社、投資家および金融機関といった各当事者において、モラルハザードが生じかねない点が指摘されています。これは言い換えれば、インセンティブ構造に歪みが見られるということでもあろうかと思います。

証券界の皆様方は、こうした一連のプロセスにおいては、証券化商品の組成者や販売者として関与される場合があろうかと思います。そうした業務を行う際には、「原資産のリスクに関する情報収集・分析を的確に行い、適切に伝達しているか」という点が問題となりえます。そこで、金融庁では、証券会社が証券化商品を販売する際の説明態勢に関して、原資産の内容やリスクに関する情報の追跡可能性(トレーサビリティ)を確保するよう、取組みを進めているところです。

具体的には、本年4月に監督指針を改正し、今申し上げたような点を監督上の着眼点として明記いたしました。これを受けて、日本証券業協会のワーキング・グループにおいて、市場関係者が中心となって、自主規制規則化に向けた検討を進めていただいていると承知しています。引き続き、官民がよく連携をして、的確な対応を図っていきたいと考えております。

なお、金融庁においては、証券化のプロセスに関与する当事者のうち、証券会社以外の当事者に関しても、たとえば、

  • 格付会社について、登録制度を含め、国際的に整合的な公的規制の枠組みの検討に着手したこと、
  • 金融機関について、本年8月に主要行等向け監督指針等を改正し、リスク管理上の教訓を反映したこと、

など、着実に取組みを進めております。

証券化という金融技術それ自体は、金融・資本市場の効率化・活性化にもつながるものあり、一概に否定されるべきものではありません。官民が連携して、証券化市場の透明性・公正性を確保するための取組みを進めることにより、その健全な発展につながることを期待しております。

(2) 各金融機関に対する対応

次に、サブプライムローン問題による各金融機関に対する影響に関しては、金融庁は、預金取扱金融機関によるサブプライムローン関連商品等の保有額・損失額について、いち早く集計・公表するなど、透明性の確保に努めてきたところです。この調査結果を踏まえ、金融庁としては、我が国金融機関に対する直接の影響は相対的に限定的であると考えております。一方、サブプライムローン問題を契機として市場の変動幅が大きくなっていることを踏まえれば、各金融機関において適切なリスク管理を行うことが、非常に重要になってきていると思います。

金融庁では、証券会社の財務の健全性を確保する観点から、本年4月に監督指針を改正し、いわゆる早期警戒制度を導入いたしました。また、去る5日に公表した今事務年度の監督方針では、この早期警戒制度の的確な運用をはじめ、証券会社のリスク管理の状況を確認していく旨を明記しております。

金融庁がこうした対応を行うに当たっては、市場動向を的確に分析し、監督実務に反映していくことが重要であることから、この1年の間に、市場分析室・リスク分析参事官室を新設いたしました。さらに、金融システムに内在するリスクを早期に認識し、的確に対応するための体制の強化・充実のため、さらなる人員増を要求しています。去る5日に公表した監督方針では、市場分析担当部局において市場動向等に係るリスク情報を収集・分析し、証券会社の監督業務に速やかに反映させる方針を明記しており、しっかりと取り組んでいきたいと考えています。

3.金融・資本市場の競争力強化

(1) 市場強化プラン

サブプライムローン問題を契機とするグローバルな市場の混乱のような、足下で進行する難しい問題に対する対応のほかに、より中期的な課題への対応についても、同時に進行させていかねばなりません。

こうした観点から、昨年12月の「市場強化プラン」の4つの柱、すなわち

  • 第1に、信頼と活力のある市場の構築、
  • 第2に、金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備、
  • 第3に、より良い規制環境(ベター・レギュレーション)の実現、
  • 第4に、市場をめぐる周辺環境の整備

といった課題のそれぞれについて、息の長い取組みを実施していきたいと考えています。

「市場強化プラン」の内容については、皆様もすでによくご案内のことと思いますので、その詳細をこの場で紹介することはせず、証券界の皆様方にも関係する分野に絞って、その進捗状況をご紹介したいと思います。

まず、第1の柱である「信頼と活力のある市場の構築」については、6月に成立した法改正の中で、ETFの多様化やプロ向け市場導入のための制度を整備しています。年内の施行に向け、近日中に、関係政令・内閣府令案のパブリックコメントの開始を予定しているところであり、新しい制度の下で、投資家に多様なサービスが提供されるようになることを期待いたします。

また、「信頼と活力のある市場の構築」という点では、来年1月の実施を目標とする株券電子化を円滑に実施することも、大きな課題となってまいります。本日お集まりの経営陣の方々が、自らの責任とリーダーシップの下で、取組みに万全を期するようお願いいたします。金融庁としても、各社におけるシステム開発や業務手順の整備等の実施状況をよく確認させていただくとともに、株券の預託受入れの対応状況等についても確認していきたいと考えています。

第2の柱である「金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備」についても、6月に成立した法改正の中で、ファイアーウォール規制の見直し等を行っております。この点についても、現在、関係政令・内閣府令等の検討を進めております。

第3の柱である「より良い規制環境(ベター・レギュレーション)の実現」に向けては、不断の取組みが必要であると考えています。

これまでの進捗状況として、当庁は、「ルールベースの監督とプリンシプルベースの監督の最適な組合せ」との考え方の下で、証券界を含む関係業界との対話を積み重ね、本年4月に「金融サービス業におけるプリンシプル」を公表いたしました。これは、証券界の皆様方にとってはベストプラクティスの拠り所となり、ルールを解釈する際の基礎となるものと考えております。金融庁としても、プリンシプルに即した実効的な行政対応に向けて、努力をしていきたいと考えています。

金融庁が本年3月に実施したアンケート調査では、透明性・予測可能性の向上、対話の充実および情報発信の強化といった点について、一定の改善が見られるとの評価をいただいたところです。金融庁では、ベター・レギュレーションの進捗状況を半年ごとにとりまとめることとしておりますので、証券界からも、引き続き、忌憚のない意見を寄せていただきたいと思います。

第4の柱である「市場をめぐる周辺環境の整備」については、たとえば、金融専門人材の育成・確保に向けて、本年4月に、基本的なコンセプトについてのパブリックコメントを公表したところです。今後、この結果も踏まえ、検討を深めていきたいと考えています。

(2) 関連する取組み

さらに、「市場強化プラン」の項目として明確に位置づけられているわけではないものの、我が国市場の競争力強化という目標に向けた課題について、補足的に3点申し上げたいと思います。

第1に、昨年9月末に施行した金融商品取引法は、投資家保護と投資家利便の向上の両立を目指すものであります。こうした法律の趣旨に沿って、各社において、適切な対応をとられることを期待したいと思います。

たとえば、一部の金融機関における投資信託の販売現場では、投資家の利便を損なうような、過度に保守的な対応が行われている例があるとの指摘も聞かれます。金融庁は、こうした状況を踏まえ、本年2月に金融商品取引法に関する質疑応答集を公表し、金融商品の販売・勧誘にかかる法令の考え方の明確化を図りました。検査・監督実務においても、当局サイドの担当者が同法の趣旨を十分に踏まえて対応を行うように努めております。実務において不都合があれば、解釈の明確化等に取り組んでまいりますので、忌憚のない意見を寄せていただければと思います。

先ほども申し上げたとおり、本年4月に関係業界との間で「プリンシプル」についての合意を見たところですが、その第1番に、「創意工夫をこらした自主的な取組みにより、利用者利便の向上や社会において期待されている役割を果たす」という項目がございます。私は、これは金融サービス業の一番中心的な心構えであって、まさにこうした点を、関係業界の皆様方と監督当局との間で確認をしたことに意義があるのではないかと考えています。

すなわち、金融当局として、各金融機関の自主性・自助努力を最大限尊重するという姿勢を、明確にしたものであります。逆に皆様方においては、こうした局面における新しい金融業のあり方について、よくお考えをいただければと思います。

少なくとも、金融機関の経営者の皆様におかれては、過度に保守的な対応を行って、当局向けのアリバイ作りのようなことに注力するよりは、顧客のニーズをきちんと把握し、それに的確に応えることにより、顧客の信頼を勝ち得ていく方向での取組みを期待したいと思います。実は、このような私の考え方が、某新聞において、「アリバイより商売を」との見出し付きで報じられたことがあります。うまい表現を思いつくものだと感心したものですが、まさに「アリバイより商売を」行っておられるかどうか、注意深く見守ってまいりたいと考えています

第2に、金融・資本市場の信頼確保のためには、「市場の担い手」としての公共的役割を担っている証券会社において、適切な内部管理態勢が整っていることが前提になります。

この1年間を振り返りますと、市場の公正性・透明性を損なうような事例であって、かつ、証券会社の内部管理態勢に起因するような事例が散見されました。金融・資本市場において証券会社が果たすべき公共的役割を改めて確認いただき、また、先ほど申し上げた本年4月に合意した「プリンシプル」を踏まえていただくことにより、公共的役割に見合ったふさわしい内部管理態勢と日々の業務運営をお願いしたいと思います。

最後に、今年度においても、納税に伴う事務負担の軽減にも配慮しながら、証券税制の見直しについて要望をしています。具体的には、税制改正要望として、いわゆる日本版ISA(すなわち、小口の継続的長期投資の非課税制度)の創設や、高齢者投資非課税制度の導入等を盛り込んだところであります。この要望の実現に向けて、努力をしていきたいと思います。

4.おわりに(結果を出すのはプレーヤー)

いずれにしましても、当局ばかりが取組みを進めるだけでは、最終的な成果に結びつきようがありません。プレーヤーである証券界の皆様方における自己責任と自助努力が不可欠であり、それを引き出すためにも、先ほど申し上げたベターレギュレーションの取組みを一層推進していく必要があると考えています。

皆様方におかれては、ミニマムスタンダードをクリアすることのみで満足せず、ベストプラクティスを追求するような姿勢を期待しています。その上で、我が国市場の競争力が真に強化されるよう、各社における主体的な取組みを期待いたします。

ご清聴ありがとうございました。

(以上)

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