佐藤金融庁長官パリ・ユーロプラス「ファイナンシャル・フォーラム」における挨拶
[パリ・ユーロプラス「ファイナンシャル・フォーラム」(20年11月18日)]

平成20年11月18日
金融庁長官 佐藤隆文


1 .はじめに

金融庁の佐藤でございます。本日は、日本やフランスへの投資にご関心をお持ちである市場関係者の方々がお集まりの場においてお話しする機会をいただき、ありがとうございます。また、フランス銀行のノワイエ総裁とご一緒できることを大変光栄に思います。

本日は、現下のグローバルな金融危機の解決に向けた取組みと、その中で1990年代の日本の経験がなしうる知的貢献について、今回の危機と90年代の日本の危機とを比較しながら、お話ししたいと思います。

2 .金融システム全体の危機への対応:1990年代の日本の経験が示唆すること

(1) 二つの危機の共通点

今年の9月以降に金融の世界で起きている出来事とそれに対する当局の対応は、長らく人々の記憶に留められるものになるのではないでしょうか。ご承知のとおり、

  • 米国政府によるファニーメイ、フレディマックへのてこ入れが行われた後、
  • 米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、他の有力投資銀行も、買収され、あるいは銀行持株会社に組織改編することにより、単独のエンティティとしては消滅しました。
  • また、米国では地域銀行が毎週末のように破綻し、当局による破綻処理が行われている一方で、
  • 大手保険会社AIGに対しては、FRB(米連邦準備制度理事会)による特別融資や公的資金注入が行われました。
  • 短期金融市場においては、流動性の枯渇に対応し、世界の中央銀行が協調して通貨をまたがっての巨額の流動性供給を行い、
  • そして欧米各国で、その具体的スキームは様々ですが、銀行の国有化、不良資産のオフバランス化、公的資金による資本注入、預金の全額保護などの当局による金融機関への介入が相次いで行われています。

私ども監督当局にとって、こうした例外的措置は平時にすき好んで用いる手段ではありませんが、今回海外当局において取られている措置には、日本が1990年代及び2000年代の初期に苦労を重ねて取り組んだ措置に似ているものが多く見られます。

この背景として、二つの危機に共通の展開があげられます。すなわち、

  • 第1に、不動産価格の上昇を前提として、杜撰な融資が行われたこと
  • 第2に、不動産価格の下落を発端として、金融市場の動揺が発生したこと
  • 第3に、金融市場の動揺の影響が実体経済に波及したこと
  • そして第4に、金融システム全体の危機に発展し、政府や中央銀行による支援が必要になったこと

です。

もちろん、後ほどご説明しますように、今回の危機は、かつての日本の危機とは、いくつかの重要な点で大きく異なりますが、1990年代の日本の苦い経験は、現下の問題に対して各国当局が取り組むべき方策について、いくつかの有益な教訓を示唆しているものと思います。

(2) 日本の経験から得られる教訓

まず、第1の教訓は、「迅速かつ正確な損失の認識が不可欠である」ということです。

1990年代初期の日本には、不良債権に関して情報開示や引当を行うための実効性のある共通の枠組みが整備されていなかったため、金融機関に不良債権の処理を先送りするインセンティブが生まれ、日本経済は信用収縮と実体経済の悪化という負のスパイラルに陥りました。こうした苦い経験に基づき、日本は情報開示の強化や不良債権の処理・引当ルールの明確化、早期是正措置の制度化を行い、さらには、金融機関が資本不足に陥る前に監督当局が強力な監視を行いうるよう早期警戒制度を導入しました。

この点、今回の危機において、欧米金融機関により損失状況が迅速に開示されていることは歓迎していますが、他方で、市場流動性が著しく枯渇した金融商品の価格評価の手法や、複雑な金融商品へのエクスポージャーについて金融機関の間で比較可能なデータが欠けているという問題は残っていると思います。

第2の教訓は、「不良資産はバランスシートから切り離す必要がある」ということです。

これは先ほど申し上げた負のスパイラルを回避するために不可欠な措置です。仮に、金融機関が不良資産の引当のみを行い、そのオフバランス化を行わないとすれば、追加損失の懸念が払拭されないため、市場の信認を完全に回復することは難しいものとなるでしょう。日本では、整理回収機構が不良債権の買取りを実施し、金融庁からも主要行に対して不良債権のオフバランス化を着実に実施するよう強く要請しました。

今回、米国では公的資金の活用による金融システム安定化策が導入されましたが、当初は金融機関の保有する不良資産の買取りが目的であるとされていたものの、つい先日、米国財務省が、不良資産の買取りは当面実施せず、金融機関への資本注入に重点を置くと表明しました。この決定の是非について私はコメントする立場にありませんが、当局が関与する形であれ、民間ベースによってであれ、不良資産についての適切なデューディリジェンスとオフバランス化が確実に行われれば、米国の金融システムへの不安の解消に繋がっていくと思います。

第3の教訓は、「金融機関の自己資本不足には、増資による迅速な対応が重要であるが、場合によっては、公的資金による資本注入が必要である」ということです。

不良資産の処理の結果として金融機関に自己資本不足が生じた場合には、迅速かつ十分な資本増強が必要となりますが、民間での増資努力に限界がある場合には、最終的なセーフティネットとして公的資金による資本注入が有効となります。公的資金の投入は納税者をリスクに晒すことになりますが、成功すれば納税者の利益に繋げることができます。日本の場合、37行に12兆4千億円の公的資金を注入し、9兆2千億円が既に回収されています。そして、2008年3月末時点で累積配当利益7,700億円に加え、回収益(キャピタル・ゲイン)が1兆3千億円に達しています。

第4の教訓は、「預金の全額保護や問題が生じた銀行の一時国有化といった例外的措置が、危機的な状況においては選択肢となり得る」ということです。

今回、欧州のいくつかの国では、こうした措置が既に実施されています。日本でも1990年代に預金の全額保護を導入しました。この全額保護の措置は、その後の金融システムの安定化を受けて、2003年と2005年の2段階を経て解除されました。その際、日本は恒久制度として無利子の決済性預金の全額保護を導入しています。

第5の教訓は、「短期的な措置と、中長期的な規制の枠組みの再構築を、バランスを取りながら同時に行う必要がある」ということです。

目の前の燃え盛っている大火事を鎮火する取組みは、もちろん必要なことですが、同様の危機の再発防止に向けた枠組みを構築することも極めて重要なことです。政策が短期の危機対応に過度に寄り過ぎると、中長期的にモラルハザードやシステムの歪みにつながります。他方で、中長期的な政策をあまりに性急に実施してしまうと、場合によっては状況がさらに悪化し、危機管理がより困難なものとなりかねません。従って、短期的施策と中長期的施策の間のバランスを適切に取ることが重要となります。

1990年代の日本は、この点に関して完全な成功例とは言えないように思いますが、それでも、不良債権の早期認識とそのオフバランス化を要請しながら、例外的措置として金融機関に公的資金を注入する一方で、これと並行して早期是正措置と資産査定のルールを導入するなど、中長期的な観点から規制の枠組みの改革を行いました。

恐らく、この経験も今日の欧米の状況に照らして意味のあることではないかと思います。今日の主要国の規制当局に共通のキーワードは「秩序だった形でのレバレッジ解消(orderly de-leveraging)」というものです。「秩序だった形での(orderly)」とは、足元の短期的な応急措置と中期的な目標の実現との間で適切なバランスを図るということを意味するものと思います。規制当局はこうした、時に相反する2つの目的を同時に追求するという宿命から決して逃れることができないのです。

3.グローバル金融の正常化に向けた国際的な作業

(1) 二つの危機の相違点

このように、かつての日本の経験は、今回の金融危機への取組みについて、有益な教訓を示唆するものと思います。しかし、二つの危機にはいくつかの重要な相違点があることも事実です。

  • まず、今回の危機が、証券化という金融技術の普及に伴い、市場を通じてリスクが様々な投資家に拡散した、いわば「21世紀型危機」であるという点です。これに対して1990年代の日本では、リスクは商業銀行セクターのバランスシート上に貸出債権として集中していました。
  • 次に、今回、欧米の銀行は市場価格に基づいた会計により即座に証券化商品の損失処理を迫られたため、銀行や当局も速やかな対応を迫られることになっています。一方、1990年代の日本の銀行は、貸出債権の殆どが市場で取引されていなかったため不良債権処理に時間をかけることが許されました。また、借手企業の業績がいずれは改善するであろうという期待から、不良債権をバランスシート上に残し続けるというインセンティブも生まれました。
  • 第3に、日本の危機は国内に留まったものであり、実体経済への影響や損失の負担もまた、国内に限られていました。しかし、今回の米国の住宅バブル崩壊による損失は、世界的に普及した証券化技術と、証券化によるリスク移転を前提とした、いわゆる「組成・転売型(originate-to-distribute)」モデルの活用により、グローバルに拡散しました。

(2) 国際的な取組みの進展

こうした違いを反映して、今回の問題に対処するための措置は、より市場志向型(market-oriented)で国際的な性格を有するものとなっています。

主要国の監督当局や国際機関からなる組織である金融安定化フォーラム(FSF)が、本年4月に、市場と制度の強靭性の強化に関する具体的な提言をまとめています。証券化の一連のプロセスにおける歪んだインセンティブが、「originate-to-distribute」モデルに見られたモラルハザードの原因になったのではないかとの認識から、FSFは、健全性監督の強化や市場の透明性の強化、信用格付の役割と利用の見直しなどについて提言しています。また、世界的な大手金融機関の監督に関して、国際的な監督当局間グループである監督カレッジの設置を提言しています。

また、先月初め、G7(7か国財務大臣・中央銀行総裁会議)は、5項目の行動計画に合意し、金融市場の安定化に向けて共同して取組みを続けていくことを表明しました。市場発の危機という性格にかんがみ、この行動計画では、証券化商品の流通市場の再開の重要性や、資産の正確な評価と透明性の高い開示の必要性が強調されています。また、このG7において、FSFは、本年4月の提言の実施状況のフォローアップを発表したほか、マクロ経済の監視と健全性監督のより良い統合や、金融規制の対象範囲の再検証に取り組むことを表明しました。

更に、先週末15日に先進国や新興国の首脳が一堂に会した金融・世界経済に関する首脳会合がワシントンで開催されました。採択された首脳宣言においては、情報開示の強化、金融規制の対象の拡大、金融市場における公正性(integrity)の促進、国際連携の強化、FSFやIMF、国際通貨基金の機能強化などを内容とした、金融市場の改革のための5つの共通原則が示され、その上で、これらの原則を実行するための行動計画が定められています。今回、世界経済に大きな影響力を有する諸国の首脳が現下の金融危機に対する認識を共有し、協調して対応するための行動計画に合意したことは、世界経済とグローバル金融市場の安定に向け意義あるものであったと考えています。

4.おわりに

最後に、今回の危機を経験した世界の金融市場にあって、金融ビジネスは今後、多少変貌していく可能性があるのではないかということを申し上げたいと思います。

世界の金融市場は、過剰なレバレッジ、短期的利益に偏ったインセンティブ、そして格付けへの過度の依存などを是正していく局面に立たされていると思います。そして各国の金融当局は、先ほど申し上げたように、現在進行中の危機に対処するための短期的な措置を講じつつ、FSFの提言に見られるような、規制の枠組みを再構築するための中長期的な政策を実施する必要があります。

こうした取組みが実施されれば、「originate-to-distribute」というビジネスモデルは今後極めて高コストなものになると予想されます。このような流れの中で今後の金融ビジネスは、経済活動における付加価値の創造に直結し、それをサポートする役割を中心としたものに変貌していくとも思われます。そうであるとすれば、今後金融機関による競争は、実体経済における活動を円滑化しサポートしていく様々な金融サービスの中から、得意分野を選択していくというものになっていくことが考えられます。

一方で当局においては、過剰なレバレッジや短期的利益への偏重などを是正する規制の再構築の中にあっても、規制の質的向上に努めることが大切だと思います。すなわち、規制を受ける側の負担にも配慮しつつ、時代遅れの規制を修正・簡素化し、あるいは今後過剰規制に陥り金融の技術革新を阻害することのないよう気をつけながら、必要とされる規制についてはその実効性や効率性を改善していくということです。この点、金融庁では昨年夏以降、金融規制の質的向上(ベター・レギュレーション)に向けた取組みを推進していますが、この取組みはまさにこうしたことを狙いとしており、引き続きその定着と更なる推進に努めていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。

(以上)

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