そごうグループに対する債権放棄についての経緯と考え方

平成12年7月

.はじめに
 
 金融再生委員会は、去る6月30日、預金保険機構(以下、「機構」)(国)が長銀株式譲渡契約に基づいて新生銀行(旧長銀)から引き取ることとしたそごうグループ向けの債権について、そごうの経営再建計画が実行可能なものであることを前提にして、機構が同グループからの債権放棄要請を受け入れることを了承しました。
 しかし、その後、7月12日、同社を取り巻く環境の大きな変化を踏まえ、そごうが自主的な経営判断としてこれまでの経営再建計画を断念し、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請し、債権放棄要請を取り下げることとなり、今後、そごうの再建問題は、民事再生法という法的枠組みの下、メインバンク等関係金融機関・取引先の協力を得て、進められることになりました。
 これまでの間、本問題に関しましては、私どもの説明不足もあって、多くの国民の皆様や国会の場におきまして、様々なご意見やご批判をいただきました。そこで、ご意見等を踏まえ、以下では本問題を極力分かりやすくご説明します。


.これまでの経緯

(1)

 平成10年秋、第143回国会での与野党協議により金融再生法が制定され、同年10月に経営破綻した長銀は同法により特別公的管理銀行として一時国有化され、同年12月に設立された金融再生委員会がその破綻処理の任に当たることになりました。

(2)

 金融再生法では、特別公的管理銀行(旧長銀)を清算するのではなく、できるだけ速やかに譲渡先を見つけることとしており、また、「善意かつ健全な債務者を保護する」目的を実現するため、長銀の個別の貸出資産について「善意かつ健全な債務者」に対する貸出資産として同行に残すべきかどうかの判定を金融再生委員会が行うよう定められています。平成11年2月に行われた資産判定時には、そごうグループは財務状況が悪くなく、その債権が旧長銀に残されることになりました。

(3)

 次に、金融再生委員会は譲渡先の選定作業にかかりましたが、金融再生法では米国のロス・シェアリングのような仕組み(破綻銀行売却後に同行に生じた2次ロスの一部を政府が補てんする仕組み)を設けることができないため、作業は難航しました。そこで金融再生委員会では、上記の資産判定作業の経緯から、民商法上の瑕疵担保責任の法理(売ったものに隠れた瑕(きず)があれば、買主に対して売主が一定の責任を負う)を用いて、金融再生法の下でも実施可能な2次ロス対策を考えました。
 具体的には、旧長銀譲渡後3年間は、ある債務者を金融再生委員会が「善意かつ健全な債務者」と判定した根拠が真実でなくなった場合等を「瑕疵」と考え、そのような「瑕疵」が明らかになった場合で、かつ、その債務者に対する貸出資産の実質価値が、旧長銀譲渡時と比較して2割以上減ってしまった場合に機構(国)が責任を負うことにしました。この場合、旧長銀の資産の買い手である新生銀行はその債務者に対する貸出資産の引取を機構に求めることができ、機構は資産の引取りと引き換えに、その貸出資産の旧長銀譲渡時における実質価値相当額(簿価から引当金を控除して計算したもの)を新生銀行に支払う取り決めとなっています。なお、引当金とは、将来の資産価値の減少に備えて、その合理的な見積額を損失として計上したものです。

(4)

 このような瑕疵担保特約を盛り込んだ結果、難航していた譲渡先との交渉は妥結し、他の「適」(善意かつ健全な債務者)資産とともにそごうグループ向け債権は今年の3月初めの旧長銀譲渡時に新生長銀に承継されました。但し、その際の同債権は名目上の債権金額は約2千億円ですが、その実質価値は、資産判定後の財務状況の悪化等を踏まえ、会計原則に従って約1千億円とされました。この差額である引当金約1千億円は、旧長銀の資産と負債(預金)をバランスさせるために、譲渡時においては、金融再生法の規定に基づき、旧長銀の預金者等を保護する目的で、引当金額と同額の損失補填が公的資金により行われています。この約1千億円は旧長銀の債務超過相当額約3.6兆円の一部です。なお、このような引当金は全体で約9千億円となっています。

(5)

 今年4月、そごうグループが新生銀行に970億円の債権放棄要請を行ったことから状況は大きく変化しました。6月28日、上記の瑕疵担保特約に基づき、新生銀行から同グループ向け債権(額面約2千億円、引当金約1千億円)を機構で引き取ってほしいとの正式な通知があり、機構は、監査法人の意見も踏まえ、瑕疵の推定とそごう債権の実質価値の2割以上の減価が認められることから、これを受け入れる方針を固めました。かくして、機構は旧長銀譲渡時の実質価値相当額の約1千億円を新生銀行に支払って、この額面約2千億円の債権及び引当金約1千億円を取得することになりました。その機構に対して、同グループから970億円の債権放棄(額面の減額)要請が行われました。


.金融再生委員会における債権放棄の検討

(1)

 そごうグループからの債権放棄要請に対しどう対処すべきかについて、債権放棄の要請を受けた機構が十分な調査・判断を行った上で、金融再生委員会においても、様々な観点から議論が行われました。
 具体的な処理案としては、1 債権放棄要請には応じない、2 債権放棄要請に応じる、の2案がありましたが、その比較は以下のとおりです。

1

 債権放棄要請に応じない場合、そごうグループは直ちに会社更生法等の法的処理に入ると考えられますが、そうなると債権の回収可能見込み額はせいぜい800億円程度にとどまり、引当金(約1千億円)を差し引いても少なくとも200億円以上の追加的な損失が発生します。また、1万社の納入業者(90%が中小企業)や消費者にも負担が及び、5万人(うち正社員1万人)の雇用にも影響が出る懸念もありました。

2

 債権放棄要請に応じる場合、放棄要請額が引当金約1千億円の範囲内ですので、この段階で新たな国民負担は生じず、債権の額面が約1千億円に縮減するだけです。そごうグループの再建が順調に進めばこの約1千億円は全額回収可能であると考えました。さらに、他の金融機関は回収が30年かかるところ、メインバンクの日本興業銀行の協力を得て、機構の債権については12年で全額回収できることとなり、回収の確実性を高めることもできるようにしました。

(2)

 これらを踏まえ、金融再生委員会としては、『本件は、「破綻した金融機関を処理する過程で機構(国)が取得した私企業向け債権をどう処理するか」という問題であり、金融再生法の定める「国民負担最小化の原則」に則って判断することが基本である、そして、機構が債権放棄に応ずることが適当である』との結論になりました。
 但し、その前提条件として、経営責任等の追及に向けた一定の取組がなされていることを確認しました。また、そごうグループの当初の再建計画はそごう及びメイン・バンクが実行可能なものとして策定したものでありましたが、機構においてその中身を十分精査していることも確認しました。そして、この再建計画が実行に移されることを債権放棄の条件としたのです。


.7月以降の動き

(1)

 その後、そごうが同社を取り巻く環境の大きな変化(「税金で一私企業を救済すべきでない。」等の世論の高まり)を踏まえ、自主的な経営判断として、これまでの経営再建計画を断念し、7月12日、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請し、債権放棄要請を取り下げることとなりました。今後、民事再生法の下で、そごうの再建計画が、メインバンク等関係金融機関・取引先の協力を得て、再度検討されることとなります。

(2)

 民事再生法による処理の場合は、債権放棄の場合に比べて破綻処理費用即ち国民負担は増加することになると考えられますが、それがどの程度のものになるかは、今後の法的処理の中で、再建計画の内容がどのようなものになるかによるものであり、現時点で申し上げることはできません。いずれにしても、今後、そごうの新しい再建計画が、民事再生法の枠組みの下で順調に進み、国及び機構としては、破綻処理費用ができるだけ小さくなるような処理が行われることを期待します。

(3)

 今般、金融再生委員会においては、そごうグループの債権放棄問題について、○金融再生法が定める「国民負担最小化の原則」を基軸としつつ、○経営責任の明確化、○社会的混乱の回避等の観点から慎重に検討を行いました。この判断について、各方面から、もっと企業のモラルハザードの問題に配慮すべきでないか、あるいは、債権放棄の基準をさらに明確化すべきではないか、といったご指摘を頂いたところでもあります。
 債権放棄については、個別の事例に則して検討を進めなければならない場合も多く、どこまで基準を明確化できるか困難な面もありますが、関係各方面の様々なご意見に耳を傾け、一層の明確化について真摯に検討していきたいと考えます。
 いずれにしても、今後とも、機構(国)の債権放棄については安易に認められるべきでないのは当然であり、慎重の上にも慎重に対応してまいりたいと考えています。


.主なご意見・ご批判に対する考え方
 
 ホームページに寄せられた主なご意見・ご批判に対する、私どもの考え方は以下のとおりです。

(1)

 今回のスキームについて
  
(Q1)  国が税金を投入して私企業(そごう)を救済するのは問題ではないですか。

 (A)

 本件についての国の目的は、企業救済ではなく、金融再生法に基づいて、あくまでも長銀の破綻処理の過程で預金保険機構が取得した債権についてその回収額の最大化を図ることであることをご理解いただきたいと思います。
 当初のそごうの再建計画に沿って機構が債権放棄をした場合は、結果としてそごうグループの事業は継続されていましたが、「そごうを救うため」との指摘はあたらないものと考えています。なお、本件では債権放棄を行った段階で国に追加的な損失が生じているわけではないこともご理解いただきたいと思います。
  
(Q2)  中小企業は救われないが、大企業なら救われる、というのは不公平ではないですか。

 (A)

 法的処理の場合に社会的混乱が生じる可能性も考慮したことは確かですが、検討の基軸は金融再生法の定める「国民負担最小化の原則」であることをご理解いただければと思います。

(2)

 企業経営者のモラル及び関係者の責任について
  
(Q3)  企業経営者のモラルが失われるのではないですか。特に、そごうの前経営者であった水島氏はどのような責任をとるのですか。

 (A)

 政府としても本件が、モラル・ハザードにつながってはならないと考えており、そごうグループの今日の状況を招いた経営責任は厳しく追及されなければならないと考えています。これまでの経営陣の民事、刑事上の法的責任については、そごうでは社内に設置した経営責任調査委員会において責任を追及していくこととしているほか、経営陣の責任については、今後民事再生法の枠組みの中で明確にされていくものと考えています。
  
(Q4)  そごうの株主の責任はどのように問うのですか。

 (A)

 そごうグループの実質的持ち株会社である千葉そごうの過半の株式を所有する水島氏は、その所有株式を既に(株)そごうに無償で譲渡しており、更なる株主責任については、今後、民事再生法の枠組みの中で明確にされていくものと考えています。
 また、水島氏以外のそごうの一般株主の更なる株主責任についても、今後、民事再生法の枠組みの中で明確にされていくものと考えています。
  
(Q5)  そごうの経営者及び退職役員の責任はどのように問うのですか。

 (A)

 経営者及び退職役員の責任についても、今後、民事再生法の枠組みの中で明確にされていくものと考えています。
  
(Q6)  貸し手責任が問われていないと考えますが、当然ここまで貸し込んだ興銀等の責任を明らかにすべきではないのですか。興銀では、そごう担当役員やトップが責任をとったのですか。また、機構の債権放棄分について自らの放棄額を積み増すべきではなかったのですか。

 (A)

 メインバンクである興銀の役員に対する責任等の問題については、一義的には、興銀及びその株主によって追及されるべきものと認識しています。また、興銀の貸し手責任につきましては、同行が、株主代表訴訟に耐えられるギリギリの債権放棄(無担保債権の99%を放棄)を行うことを予定していたものと承知しています。

(3)

 旧長銀の資産判定について
  
(Q7)  旧長銀の資産判定は誤りではなかったのですか。

 (A)

 そごう向け債権の資産判定は、その時点で最善を尽くしたものと考えています。
 なお、新生長銀は、長銀の譲渡契約において、金融再生委員会の資産判定により「適」(善意かつ健全な債務者)資産とされた全ての貸出関連資産を引き続き保有することとされているところですが、仮に、そごう向け債権について金融再生委員会の資産判定の結果、「不適」資産とされ、整理回収機構(RCC)に買い取られた場合には、長銀の損失が拡大して長銀に対する損失補てん額が増加するほか、当該債権に係る債権放棄の要請を整理回収機構(RCC)が受け入れていれば、機構が債権放棄をした場合と同じ効果となります。
  
(Q8)  新生銀行への譲渡時において、資産判定をやり直すべきではなかったのですか。

 (A)

 旧長銀の資産判定には約2か月間を要しており、再度の資産判定作業を行うにはそれなりの期間を要するほか、長銀譲渡の買収条件の見直しに係る交渉にも一定期間を要するものと見込まれます。
 預金者や債務者の保護、ひいては金融システムの安定や再生のためには、可能な限り早期に長銀を売却する必要があったこと、また、国民負担の増大を回避する必要性があったことから、長銀の譲渡前に資産判定をもう一度やり直すのは、現実問題としてとり得なかった選択肢であったと考えます。
  
(Q9)  新生銀行に引き継がれた債権の中には、もともと回収不能になると十分予想された債権があったのではないですか。

 (A)

 新生銀行に引き継がれた資産については、当時の資産判定において「適」(善意かつ健全な債務者)資産と判定されていたものであり、もともと回収不能が予想されたということはありません。なお、譲渡時においては「破綻懸念先」となっている債権もありましたが、これは会計基準に照らして適正に債務者区分等を行った結果によるものです。

(4)

 旧長銀の売買契約に盛り込まれている瑕疵担保特約について
  
(Q10)  瑕疵担保特約は問題ではなかったのですか。このような条項をつけて譲渡するぐらいであれば、長銀をつぶすべきではなかったのですか。

 (A)

 瑕疵担保責任の考え方は、銀行に限らず売買の対象に隠れた欠陥があり、それが買い手の責めによらない場合には、売り手が一定の責任を負うという民商法の公平の原則に基づく瑕疵担保責任の法理によるものであります。長銀の譲渡契約の交渉過程において、預金者や債務者の保護、ひいては金融システムの安定や再生のためには、可能な限り早期に長銀を売却する必要があったことから、民商法の法理を用いてこのような売り手の一定の責任を認める瑕疵担保特約を設けることは、やむを得ないものであったと考えます。これは金融再生法のもとでも実施可能な2次ロス対策と考えております。
 仮に、この特約なしに、譲渡候補先を見出せないまま長銀を清算すれば、国民負担が大幅に増大するほか、「善意かつ健全な債務者」の保護が図られなくなることとなり、長銀の清算は「国民負担の最小化」を掲げる金融再生法の下では基本的に取りえない選択肢だったと考えます。
  
(Q11)  瑕疵担保特約を見直す考えはないのですか。

 (A)

 御指摘の瑕疵担保特約の見直しについては、新生銀行の同意を得る必要がありますが、この特約を前提として長銀譲渡の合意がなされていることから現実には困難であると考えます。

(5)

 今後の対応について
  
(Q12)  今後は、ケースバイケースで慎重な上にも慎重に対応するとのことでしたが、今回の対応を踏まえれば、今後は原則として預金保険機構による債権放棄は認められないということではないのですか。

 (A)

 機構による債権放棄が安易に認められるべきではないのは当然であり、慎重の上にも慎重に対応する必要がありますが、個別のケースにより事情が異なるため、一概に答えることは困難であるとしか申し上げようがないことをご理解いただきたいと思います。

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