平成25年4月19日
金融庁

エルピーダメモリ株式会社の契約締結交渉先の社員からの情報受領者による内部者取引に対する課徴金納付命令の決定について

金融庁は、証券取引等監視委員会から、エルピーダメモリ(株)の契約締結交渉先の社員からの情報受領者による内部者取引の検査結果に基づく課徴金納付命令の勧告新しいウィンドウで開きますを受け、平成24年11月2日に審判手続開始の決定(平成24年度(判)第29号金融商品取引法違反審判事件)を行い、以後、審判官3名により審判手続が行われてきましたが、今般、審判官から金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)185条の6の規定に基づき、課徴金の納付を命ずる旨の決定案が提出されたことから、下記のとおりPDF決定を行いました。

  • 決定の内容

    被審人に対し、次のとおり課徴金を国庫に納付することを命ずる。

    • (1)納付すべき課徴金の額 金12万円

    • (2)納付期限 平成25年6月17日

  • 事実及び理由の概要

    別紙のとおり


(別紙)

(課徴金に係る金商法178条1項各号に掲げる事実(違反事実))

被審人ジャパン・アドバイザリー合同会社(被審人)は、投資助言・代理業を行うことにつき、内閣総理大臣の登録を受けていたもので、Aファンド及びBファンド(以下、両者を併せて「本件ファンド」。)等の資産を運用していたものであるが、被審人の運用担当者であるC1において、平成23年7月5日、D証券株式会社のリサーチ部門のアナリストであったD1から、同社の引受部門に所属するD2らが、同社とエルピーダメモリ株式会社(エルピーダ。その発行する株式は、本件当時、東京証券取引所市場第一部に上場されていた。)との間の引受契約の締結の交渉に関して知り、その後D1がその職務に関して知った、エルピーダの業務執行を決定する機関が株式及び転換社債型新株予約権付社債(CB)の募集を行うことについての決定をした旨の事実(本件重要事実)の伝達を受けながら、法定の除外事由がないのに、本件重要事実が平成23年7月11日に公表される前の同月6日、本件ファンドの資産の運用として、東京都中央区日本橋兜町2番1号所在の株式会社東京証券取引所において、E証券株式会社を介し、被審人の顧客である本件ファンドの計算において、エルピーダの株式合計3万2600株を売付価額合計3041万4986円で売り付けたものである。

(違反事実認定の補足説明)

  • 第1前提となる事実

    • 関係者等

      • (1)被審人

        被審人は、有価証券等に係る投資顧問業務等を目的とする合同会社であり、 本件当時、投資助言・代理業を行うことについて内閣総理大臣の登録を受けた金融商品取引業者であった。

        被審人には、本件当時、代表社員であるC2のほか、C3、C1、C4、C5、C6らをはじめとするアナリストを含めて、 20人前後の従業員が在籍していた。被審人に在籍するアナリストは、いずれも証券会社等におけるアナリストとしての勤務経験があった上、一部の者はファンドマネージャーの経歴も有していた。

      • (2)C1

        C1は、本件当時、シニア・アナリストとして被審人に在籍していた者である。同人は、大学卒業後、銀行に勤務した後、平成3年から証券会社に勤務し、J社に出向して、アナリストを務めるなどした。その後、他の証券会社の調査部等でアナリストやファンドマネージャーを務め、平成19年からは被審人に勤務していた。

      • (3)エルピーダ

        エルピーダは、半導体素子、集積回路等の電子部品の開発、設計、製造、販売及び保守等を行っている株式会社であり、その株式は、本件当時、東京証券取引所市場第一部に上場していた。

      • (4)D1

        D1は、本件当時、D証券株式会社のリサーチ部門に所属するアナリストで、担当する銘柄のうち、エルピーダほか7社に係るカバレッジ(特定の銘柄について、目標株価を設定して、レーティングを付与し、継続的に企業調査を行うことをいう。以下同じ。)を担当していた。

      • (5)F社

        F社は、F社グループの中核をなす法人で、本件ファンドを含むヘッジファンドの設定・管理及び投資家に対するファンド持分の販売等を行っており、本件当時、わが国で取引を行っている海外のヘッジファンドのうちでは最も大規模なものの一つであった。

      • (6)本件ファンド

        本件ファンドは、いずれも、M社(ケイマン諸島法に基づいて設立された法人。)が受託者となり、F社の子会社であるN社との間で締結した信託証書(Trust Deed。ケイマン諸島法上、信託を成立させるために、一般的には受託者が単独で作成するもので、日本の信託法において自己信託を設定するために必要な公正証書等に相当する。)により、日本株の運用を行うことを主な目的として設定されたユニット・トラスト(日本の信託法に規定される信託に相当するもの)である。

      • (7)O社

        O社は、F社の完全子会社であるシンガポール法人で、本件当時、F社が運用管理するファンドの投資運用業務を行っていた。

        本件当時、O社には、本件ファンドの資産の運用について投資判断を行う役割を担っているメンバーとして、O1及びO2が在籍していた。O1は、平成22年12月に、前任者であるO3から日本株の売買の発注等に係る業務を引き継ぎ、これに従事していたものであるが、その交代の前後で、業務範囲等が特に変わることはなかった。他方、O2は、主に借株に関する業務を担当していた。

    • 本件ファンドに係る投資スキーム及び契約関係等

      本件ファンドにおいては、本件ファンドの傘下のサブ・ファンドが受け皿となって、投資家が出資した資金が集められ、その資金が、本件ファンドに払い込まれた上で、運用されていた。

      本件当時、本件ファンドは、それぞれ、M社を介してN社との間で締結した各投資一任契約(本件投資一任契約)に従い、その資産の運用をN社に一任し、投資に必要な権限を委任しており、N社は、この資産の運用権限を、O社に委託していた。そして、O社は、被審人との間で投資顧問契約(本件投資顧問契約)を締結し、本件ファンドの資産の運用につき、被審人がO社に対して助言を提供する旨を約していた。被審人には、O社を含むF社グループに属する法人以外の顧客に対して、日本株に関する投資助言をした実績はなかった。

    • 本件公募増資等の決定及び公表

      • (1)本件公募増資等の実施に向けた準備の経緯

        エルピーダは、平成23年初めころから、資金繰りの悪化が懸念されていた。このため、エルピーダで経理財務を担当していたP1らは、同年5月上旬ころ、エクイティ・ファイナンス(公募増資、CBの発行等新株の発行を伴う資金調達をいう。以下同じ。)の実施により、600億円から800億円程度の資金調達を行うことの検討を開始した。P1らは、公募増資による発行済み株式総数の希薄化率を抑えるために、公募増資と併せてCB等の発行を行うことも検討していた。

        そして、P1らは、平成23年5月16日(以下、月日のみを示すときは、いずれも平成23年である。)、エルピーダの当時の役員であったP2に対し、公募増資及びCBの発行(以下、両者を併せて「本件公募増資等」。)により、600億円から800億円の資金調達を検討しており、この実施準備を始めること、同年7月上旬にその実施決議を行うことを検討していること等について報告し、P2はこれを了承した。エルピーダでは、当時、公募増資等の重要な意思決定を行う際、P2が案件担当者らからの報告を了承した段階で、具体的な実施準備を開始していた。上記P2の了承後、エルピーダは、主幹事証券会社を指名するとともに、プロジェクトチームを結成し、本件公募増資等の実施に向けて、主幹事証券会社、法律事務所及び会計事務所等の各担当者を交えて打合せを行うなどした。

        エルピーダのP3及びP1は、6月30日、D証券株式会社の引受部門に所属するD2らがエルピーダを訪問した際に、同人らに対し、500億円のグローバルオファリングの実施及び300億円の国内でのCB発行を組み合わせたエクイティ・ファイナンスを検討中である旨を伝えた上で、D証券株式会社を幹事証券会社に指名した。そして、D証券株式会社は、7月25日、本件公募増資等の引受証券会社としてエルピーダとの間で引受契約を締結した。

      • (2)本件公募増資等の実施に係る取締役会決議及びその公表

        エルピーダは、7月11日、臨時取締役会を開催して、本件公募増資等の実施を決議し、東京証券取引所に対し、TDnetを利用して、本件公募増資等の実施を決定した旨を通知した。東京証券取引所は、同日午後2時50分ころ、これを同取引所のウェブサイトに掲載して公衆の縦覧に供した。

    • 被審人によるランチミーティングの開催

      本件当時、被審人は、火曜日から金曜日までのほぼ毎日、市場の昼休みの時間帯に、証券会社のアナリストらを数人ずつ招き、昼食をとりながら、推奨銘柄のプレゼンテーション等を聞く、ランチミーティングを行っていた。

      被審人は、7月5日、D証券株式会社からD1らを招いて、ランチミーティングを開催した(本件ランチミーティング)。被審人からはC2、C1、C4及びC5が、本件ランチミーティングに参加した。この際、D1は、自分が担当する銘柄についての株価指標や業績見通し等を記載した外交資料(本件外交資料)等を参加者に配布し、説明をした後、参加者からの質疑応答に応じた。本件外交資料の2頁目には、「株価指標」との表題で、D1が担当する企業のレーティング等が、企業ごとにリスト化されて記載されていたが、そこにエルピーダの記載はなかった。

    • 本件取引等

      7月6日午前8時56分ころ、東京都中央区日本橋兜町2番1号所在の株式会社東京証券取引所において、E証券株式会社を介して、F社又はその関連会社の名義によるエルピーダ株の売却の発注がなされ、同日午後2時43分53秒までの間に6万1200株に係る発注が約定した。この取引により、本件ファンドが保有するエルピーダ株のうち、合計3万2600株(Aファンドの保有分2万5400株、Bファンドの保有分7200株)が売り付けられた(本件取引)。また、同日、この取引とは別に、S社を介して、F社又はその関連会社の名義により、本件ファンド保有分4700株を含む8800株のエルピーダ株が売り付けられた。これらの取引により、本件ファンドが保有するエルピーダ株全部が売却された。これらの取引は、いずれも、C1を助言の担当者とするものであった。

      なお、C1を助言の担当者として、本件取引に先立って行われた直近のエルピーダ株の取引は、6月1日における、500株ずつの売付け及び買付けのみであった。

    • 本件当時のD証券株式会社における外交資料の作成に関する内部規制等

      • (1)リサーチ・ブラックアウト制度

        D証券株式会社においては、同社がエクイティ・ファイナンス等の引受証券会社となった場合、その実施公表前から払込終了後の一定期間までの間、このエクイティ・ファイナンス等を実施する企業のカバレッジを担当する自社のアナリストに対して、当該企業に関する企業調査レポートの作成や投資判断を含むコメントを行うことを禁止するなどの対応が行われていた(リサーチ・ブラックアウト制度)。なお、公表前のエクイティ・ファイナンス等の実施が予定されている場合のほか、既に公表されたエクイティ・ファイナンスや公開買付け等の実施が予定されている場合にも、実施する企業に関する企業調査レポートの作成や投資判断を含むコメントが禁止された。

      • (2)管理部門による銘柄審査

        D証券株式会社では、アナリストが、企業調査レポートや外交資料等不特定多数に配布する可能性のある資料を作成する場合、資料作成やその銘柄への言及の可否につき、管理部門の銘柄審査を受けることが義務付けられており、資料中にリサーチ・ブラックアウト制度の対象となる銘柄が記載されているなど、コンプライアンス上の問題がある場合には、その銘柄の記載の削除等を指示された。この銘柄審査は、トレーディング・コンプライアンス・システム(本件システム)に、作成資料名、申請者の名前、資料中で言及されている銘柄の株式コードを入力するなどして申請が行われ、本件システムにアクセスすることにより、審査結果を確認することができた。

      • (3)カバレッジリストからの除外

        D証券株式会社の管理部門では、上記銘柄審査の対象となった銘柄について、大別して、公表前の公募増資、CBの発行、売出し等が実施される場合、又は公表後の公募増資、CBの発行、売出し、社債の発行、公開買付け等が実施される場合には、カバレッジリスト(カバレッジの対象企業が掲載されているリストをいう。以下同じ。)からその銘柄を除外していた。平成21年9月4日から平成22年10月26日までの間で、上記管理部門の銘柄審査によりカバレッジリストから除外された銘柄数は、公表前の公募増資、CBの発行等に係る銘柄が31、公表前の売出しに係る銘柄が8、公表後の公募増資、CBの発行、売出し、社債の発行、公開買付け等に係る銘柄が20であった。

  • 第2判断

    • 本件公募増資を行うことについての決定及びその公表

      前記認定のとおり、エルピーダでは、公募増資等の実施につき、P2が案件担当者らからの報告を了承した段階で、その具体的な実施準備を開始することとされており、本件公募増資等についても、5月16日のP2の了承を契機に、外部関係者も交えた本件公募増資等の実施に向けた本格的な準備が進められている。そうすると、P2が、本件公募増資等について、実質的にエルピーダの意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であったということができ、同日のP2の了承をもって、エルピーダの業務執行を決定する機関が、本件公募増資等を行うことについての決定をしたと認められる。

      また、上記決定に係る内容は、7月11日午後2時50分ころに公表されており、同時点をもって、本件重要事実が公表されたものと認められる。

    • D1が会社関係者に当たること

      前記認定のとおり、D証券株式会社が、本件公募増資等に関し、エルピーダとの引受契約を締結するのに先立ち、D証券株式会社の引受部門に所属するD2らは、エルピーダ側から幹事証券会社の指名を受ける際に、本件公募増資等の実施内容等について知らされたものである。そうすると、D2らは、上記引受契約の締結の交渉に関して、本件重要事実を知ったということができ、本件当時、D証券株式会社の従業員であったD1は、金商法166条1項5号に掲げる「会社関係者」に当たる。

    • D1が本件重要事実をその職務に関し知ったこと

      • (1)この点に関しては、前記第1の各事実のほか、以下の事実が認められる。

        • リサーチ部門のD5は、7月4日、本件外交資料を含むD1作成に係る資料につき、管理部門に対して銘柄審査を依頼した。この銘柄審査の結果、エルピーダに係る記載を削除すべき旨の指示がされ、D5は、これに従い、銘柄審査を申請した資料からエルピーダの記載を削除した。これにより、エルピーダの記載が削除された本件外交資料が、翌日の本件ランチミーティングで配布されることとなった。

        • 本件当時、D1は、リサーチ・ブラックアウト制度に基づき、管理部門の銘柄審査により、外交資料から削除された銘柄については、高い確率で、エクイティ・ファイナンスが実施されるとの認識を有していた。このため、D1は、D5が申請を行った上記管理部門の銘柄審査後、本件外交資料からエルピーダの記載が削除されていることを確認し、同社が、近いうちに、高い確率で、エクイティ・ファイナンスを実施するものと認識した。

      • (2)検討

        以上のとおり、D1は、管理部門の銘柄審査の結果を通じて、エルピーダが、近いうちに、高い確率で、エクイティ・ファイナンスを実施することを認識したものである。D1は、この「高い確率」につき、感覚的に8割ないし9割程度である旨の供述をしており、また、管理部門の銘柄審査により、公表前の事由に基づいて、カバレッジリストから除外された銘柄の数の実績からしても、約8割の銘柄については、公表前の公募増資、CBの発行等を理由に、リサーチ・ブラックアウト制度に基づく制限がなされていたことがうかがわれる。それまでに、管理部門の銘柄審査によりエルピーダの記載が削除された外交資料を見て、エルピーダの公募増資の実施を察知した者がいたことも加味すれば、D1の上記認識は、主観的にも客観的にも、相当程度の確実性を有するものであったというべきである。

        そして、本件重要事実は、公募増資及びCBの発行を含むものであるが、これらはエルピーダにおいて一体として決定されたものである上、いずれも、エクイティ・ファイナンスとして位置付けられ、新株の発行を伴うことから、その実施は一般的に株価の値下がり要因となるものである。すなわち、D1は、エルピーダが近いうちにエクイティ・ファイナンスを実施することを知ったことで、少なくとも本件重要事実の本質的内容を認識したものということができる。

      • (3)まとめ

        したがって、D1は、管理部門の銘柄審査という職務上行うべき手続を通じて、本件重要事実を知ったものといえるから、当該事実をその職務に関し知ったものと認められる。

    • C1がD1から本件重要事実の伝達を受けたこと

      • (1)この点に関しては、前記第1の各事実のほか、以下の事実が認められる。

        • D証券株式会社とのランチミーティングの開催状況

          被審人は、平成22年4月から平成23年9月までの間に、本件ランチミーティングを含めてD証券株式会社のアナリストを招いたランチミーティングを合計34回行っており、D1は、このうち、本件ランチミーティング以外に2回のランチミーティングに参加した。いずれのランチミーティングにおいても、「株価指標」という表題の頁を含む本件外交資料と同じ名称の資料が配布されており、同表題の頁中に記載された企業リストに、エルピーダの記載が存在した。

        • 本件ランチミーティングにおけるやりとり

          本件ランチミーティングにおいて、D1のプレゼンテーション後の質疑応答で、本件外交資料を見た被審人側の出席者から、エルピーダの記載が抜けていることについて言及する発言がなされた。これに対して、D1は、「コメントできません」などと回答した。

        • リサーチ・ブラックアウト制度と同様の制度の実施状況等

          平成2年以降(1990年代)、日本国内の証券会社でも、少なくとも海外募集を含む公募増資の案件について、リサーチ・ブラックアウト制度のように、エクイティ・ファイナンスや売出し等が実施される場合に、その公表前後の一定期間、実施企業に言及するレポートの作成やレーティングの付与等に制限をかける取扱いが、なされていた。

          T社では、遅くとも平成11年には、自社で引受幹事を務める海外募集を含むファイナンス案件につき、リサーチ・ブラックアウト制度と同様の制度が設けられており、J社においても、平成11年以前に、アナリストが作成した対外的な配布を予定したレポート等について、管理部門の事前審査が通常より長い期間を要したり、その審査の結果、特定の企業の記載部分のみ削除されて返却されたりしたことがあった。また、C4が平成2年4月から平成8年9月まで在籍していたU社や、R社にも、リサーチ・ブラックアウト制度と同様の制度が存在した。

        • 被審人関係者や証券会社の担当者の認識等

          被審人のアナリストであるC4やC5は、本件当時、証券会社の実務慣行上、リサーチ・ブラックアウト制度と同様の制度が存在すること、アナリストが作成した資料から削除された銘柄については、エクイティ・ファイナンス等何らかの案件が予定されていることを認識しており、複数の証券会社の担当者らも、これと同様の認識を有していた。

          また、D1は、経験豊富な市場関係者にとって、資料から銘柄が削除された場合、その銘柄につき、高い確率で、エクイティ・ファイナンスが実施されるということは常識であると考えており、本件ランチミーティングでエルピーダの記載が削除された本件外交資料を配布する際には、これを配布することにより、被審人側の出席者に、エルピーダが高い確率でエクイティ・ファイナンスを実施するという情報を伝えることになるが、社内のルールである以上、仕方がないなどと思っていた。

        • 本件当時のエルピーダの状況等

          E証券株式会社の7月1日付けエルピーダに関する企業調査レポートでは、同社について、エクイティ・ファイナンスのリスクが意識される状況にあったこと等が指摘されていた。また、被審人においてアナリストを務めていたC4は、本件当時、エルピーダは常にエクイティ・ファイナンスの必要がある銘柄であると認識していた。

          エルピーダは、平成16年11月の上場以来、複数回にわたって私募を含むエクイティ・ファイナンスを実施しており、7月5日までには、上場に伴う公募増資を除くと、公募増資、CBの発行等のエクイティ・ファイナンスを、少なくとも6回行っていた。

      • (2)検討

        • 以上からすれば、被審人においては、本件ランチミーティング以前に開催された、D1が参加したランチミーティングにおいても、担当する銘柄の株価指標等が記載された外交資料が配布されており、かつ、その資料中にはエルピーダの記載が存在していたにもかかわらず、本件外交資料からはエルピーダの記載が削除されていたのであり、現に、本件ランチミーティングでは、被審人側の出席者から、その旨の指摘がなされたのであるから、本件ランチミーティングに出席したC1も、本件外交資料からエルピーダの記載が削除されていることを認識したものと認められる。

        • また、リサーチ・ブラックアウト制度と同様の制度は、本件当時よりもかなり前から、日本の証券業界でも実施されていたもので、J社においてもこれと同様の運用がなされていたことがうかがわれ、本件当時、証券会社の担当者だけでなく、被審人におけるC1の同僚であったC4、C5も、このような制度の存在やその内容を認識していたのである。C1は、本件当時、20年近くにわたり、複数の証券会社等においてアナリストやファンドマネージャーを務めた経歴を有し、J社で勤務したこともあるのであるから、このような制度の存在やその内容を当然認識していたはずである。

        • そして、エルピーダが、本件当時、エクイティ・ファイナンスを必要としている状況にあり、過去にエクイティ・ファイナンスを繰り返していることも踏まえれば、C1は、本件ランチミーティングにおいて、本件外交資料からエルピーダの記載が削除されていることを確認したことにより、エルピーダが近日中にエクイティ・ファイナンスを実施する可能性が高いことを認識したものといえる。現に、本件取引以前は、C1を助言の担当者とするエルピーダ株の取引の頻度や取引量は、それほど多くなかったことがうかがわれるのに、本件ランチミーティングの翌日には、C1を助言の担当者として、本件ファンドの保有するエルピーダ株が、全て売却されている。これは、まさに、エクイティ・ファイナンスの実施による株価の値下がりリスクを回避したものとみるのが合理的であり、上記C1の認識を裏付けるものである。

        • さらに、D1は、被審人側の本件ランチミーティングの出席者に、エルピーダによるエクイティ・ファイナンスの実施の確率が高いことを伝達することになると認識し、かつこれを認容しつつ、本件外交資料を配布したものであるから、D1に、そのような情報を伝達する意図があったものということができる。

        • そうすると、本件ランチミーティングによる本件外交資料の配布により、D1からC1に対して、エルピーダが近日中にエクイティ・ファイナンスを実施する可能性が高いことが伝達されたものといえる。

      • (3)まとめ

        以上のとおり、C1は、7月5日、D1から本件重要事実の伝達を受けたものと認められる。

    • 本件重要事実の公表前に、本件取引が行われたこと

      本件取引が行われたのは7月6日であって、本件重要事実の公表が行われた同月11日より前であるから、本件取引が、本件重要事実の公表前にされたことは明らかである。

    • 被審人が、本件取引を行ったこと

      • (1)認定できる事実

        • O社が発注する取引への被審人の関与等

          F社名義によるファシリテーション取引(主に市場外における顧客の売買注文に対して、証券会社の自己勘定を相手方として、売買を成立させる相対取引。以下同じ。)について、その受注、執行等に従事していた証券会社の担当者は、C2やC3に対して取引条件を提示しており、同人らは、取引条件を了承すると、同担当者に、「それを買う」などと回答していた。その後、この担当者がO社のO3やO1に確認の連絡を行うと、ほどなくして、同人らから「OK」などとの簡単な返答や決定された取引条件と同一内容の発注がなされ、C2らがいったん了承した取引が変更されることはなかった。なお、O1は、C3が了承した単価と異なる単価で発注した際、証券会社の担当者から、その旨の指摘を受け、訂正を求められたことがあった。そして、上記担当者は、C2らが取引条件を了承した時点で取引が成立したものと理解し、自社のディーラーに対してファシリテーション取引が成立した旨を報告しており、この報告を受けたディーラーは、O社の発注を待たずに、ファシリテーション取引に必要な自己勘定によるヘッジ取引を開始するなどしていた。

          また、他の証券会社の担当者は、F社名義による株式の売買取引について、O3から発注を受ける前に、C2の了解を得た時点でこれを実行しており、O3の発注時点で既に取引が約定していたこともあった。

          さらに、証券会社の担当者がC2やC3に推奨した株式の銘柄について、F社名義による市場での売買の注文の委託が行われた際に、同担当者が、C2やC3に対して、その注文が誰の注文であるかを尋ねると、同人らは、「俺の注文である」などと回答していた。

        • 証券会社の担当者の認識

          O3が迅速な決定が要求される取引の発注に手間取っていたことや、O1が、証券取引における一般的な事項の説明をあまり理解していない様子を示していたことから、証券会社の担当者は、O3やO1について、自ら投資判断を行う能力がなく、C2らの判断に従って発注を行うためだけの存在であると認識していた。

        • 本件投資顧問契約に基づく被審人の報酬

          被審人は、本件投資顧問契約において、本件ファンドが負担する全てのマネジメント・フィー(本件投資一任契約に基づきN社に支払われる管理報酬)及びパフォーマンス・アロケーション(本件ファンドの資産の運用実績に基づき算出される利益に対する成果報酬)の80%に相当する額から、F社が本件ファンドに関して負担した費用(旅費・交際費を除く。)の80%並びに旅費・交際費の全額及びO社が負担した経費(O社の従業員の報酬を含む。)の全額を控除した額を、報酬として受け取ることとされており、その報酬は、実際にはO社を介さずF社から直接支払われていた。他方、O社は、F社から、本件ファンドの資産の運用の対価を受け取っていなかった。

        • ファンドの運用へのC1の関与等

          R社のR1は、C1の担当営業員となった際、前任者から、C1が被審人のファンドの運用を行うファンドマネージャーである旨の紹介を受けた上、C1本人からも、同様の説明をなされ、個別銘柄の売買推奨等の取引アイデアを提供してほしい旨を伝えられた。そこで、R1は、C1に対して、特定の銘柄について買い推奨をしたところ、C1から、利益が出たとして、褒められたこともあった。さらに、R1は、C1から、同人が、ロングオンリー型の運用戦略を中心に、ロング・ショート型の運用戦略も担当している旨の説明を受け、また、C2からは、C1がロングオンリー型の運用を担当する被審人のファンドマネージャーである旨の説明を受けており、平成22年9月ころには、C1が、買い推奨銘柄だけでなく、売り推奨銘柄の情報も求めていることを認識した。

          また、C1は、C4に対して、ロングやショートの投資アイデアを聞いたことがあった。

      • (2)検討

          • (ア)上記認定事実からすれば、外形上、O社が発注を行っていた取引は、実際には、被審人が、証券会社の担当者と直接連絡を取り合い、その取引の可否や取引条件を決定するなどしていたもので、O社は、このような被審人の決定内容を特に吟味することなく、その内容に従って機械的に発注を行っていたにすぎないことが認められる。そうすると、証券会社の担当者が認識していたとおり、O社が発注を行っていたF社名義の取引は、被審人が実質的に投資判断を行っていたものといえる。

            また、証券会社において、O社の発注を待つことなく、被審人が取引条件を了承した時点で取引が実行され、取引が成立したことを前提とする対応が取られており、あるいは、O社の発注時点で既に取引が成立していたこともあったこと等からすると、O社の発注は名目的なものにすぎず、被審人が証券会社に対して取引条件を了承したことをもって、発注とみなされていたものということができる。

          • (イ)しかも、上記認定事実によれば、被審人には、本件投資顧問契約に基づき、F社から、本件ファンドの資産の運用に対する対価やその運用実績に基づく成果報酬のうち、いわば純利益に相当する部分の大半が支払われていたこととなる一方、O社には、本件ファンドの資産の運用の対価に相当するものが一切支払われていないのである。このように、本来、本件ファンドの資産の運用を担う者に支払われるべき内容の報酬が、O社ではなく、被審人に支払われていたことからすれば、本件ファンドの資産の運用も、被審人が行っていたものというべきである。

          • (ウ)さらに、O社において株式の売買の発注を担当していた者は、O3又はO1しかおらず、いずれも株取引に関する知識や経験を十分に有していないことがうかがえる反面、被審人には、経験豊富なアナリストが多数在籍していたもので、投資判断及びそれに基づく運用を行う能力の点で、O社と被審人との間では、格段の差があったことが認められる。このような能力の差異にもかかわらず、被審人は投資助言を行うにとどまり、実際の資産の運用は、O社において行われているというのは、本件ファンドの資産を効果的に運用するという観点からは、不自然であるといわざるを得ない。

          • (エ)以上からすれば、O社が発注を行っているF社名義の取引は、いずれも、実質的には、被審人が自ら、投資判断を行い、かつそれに基づく発注を行っていたと評価できるものであって、被審人自身がその取引を行ったものと認められる。

        • そして、本件取引の助言の担当者であったC1は、被審人におけるファンドの運用担当者として位置付けられ、自ら、投資アイデアを求めたり、提供された投資アイデアに従って実際に取引を行ったりしている。これに、C1が、F社の取引口座に係る取引について、証券会社の担当者に対して直接発注したり、証券会社の担当者と直接やり取りをして、執行条件等の確認や変更の指示等を行ったりしていることがうかがわれること、C1の職歴や経験等もあわせ考慮すれば、C1自身も、本件ファンドの資産の運用について、C2やC3と同様の役割を担っていたものというべきである。

      • (3)まとめ

        以上からすれば、C1が、実質的に、本件取引に係る投資判断及びこれに基づく発注を行ったものと推認でき、かつ、C1は被審人の従業員であって、このような投資判断及び発注が被審人の業務の一環として行われたことは明らかであるから、被審人が本件取引を行ったものということができる。

    • 被審人が行う金融商品取引業の顧客の計算において、本件取引が行われていること

      前記6のとおり、被審人は、本件ファンドの資産の運用について、事実上、自己の投資判断に基づく取引を行っていたものであって、その運用に係る投資判断及びこれに基づく投資を行うのに必要な権限を有していたものと評価できる。したがって、本件ファンドの資産の運用に係る被審人の行為は、実質的に投資運用業(金商法28条4項、2条8項12号)に該当するものである。

      そして、被審人が、形式上は本件ファンドと直接の契約関係になかったとしても、前記6のとおり、被審人は、自ら、本件ファンドのためにその資産を運用していたものである上、本件投資顧問契約に基づく被審人の報酬の算定基礎となる管理報酬や成果報酬は、本件ファンドの負担に係るものであって、かつ、その純利益相当部分の大半が被審人に支払われることとなっていた。そうすると、本件ファンドと被審人とは、本件ファンドが被審人に対して自己の資産の運用権限を直接付与しているのと同視しうる関係にあったということができ、本件ファンドは被審人の「顧客」(金商法175条1項3号)に当たると解すべきである。

      また、本件取引は、本件ファンドが保有するエルピーダ株に係る取引であって、その経済的効果は、第一次的には本件ファンドに帰属するといえるから、本件ファンドの計算において行われたものということができる。

(課徴金の計算の基礎)

被審人の違反行為に係る納付すべき課徴金の額は、Aファンド及びBファンドの各運用財産の運用としてなされた売買ごとに次の計算をして得られた額を合計した金額の、1万円未満を切り捨てた12万円である(金商法175条1項3号、金融商品取引法第六章の二の規定による課徴金府令1条の21第1項1号、金商法167条2項)。

(運用財産の運用として当該売買が行われた月について当該売買をした者に当該運用財産の運用の対価として支払われ、又は支払われるべき金銭その他の財産の価額の総額)×(当該売買が行われた日から当該売買が行われた月の末日までの間の当該運用財産である当該売買の銘柄の総額のうち最も高い額)÷(当該売買が行われた月の末日における当該運用財産の総額)

Aファンドの運用財産につき

6207万3784円×8214万6900円÷588億6479万6167円=8万6625円

Bファンドの運用財産につき

3313万2481円×2352万7900円÷218億6602万5539円=3万5650円

合計

8万6625円+3万5650円=12万2275円

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金融庁 Tel 03-3506-6000(代表)

総務企画局総務課審判手続室(内線2398、2404)

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