(仮訳)


銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引
 

 

バーゼル銀行監督委員会

 

1999年1月

 

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目     次

エグゼクティブ・サマリー
 
はじめに
 
第1章  銀行とHLIsとの取引および監督上の諸問題
 
1.1 HLIsの特徴
 
1.2 LTCMの事例
 
1.3 カウンターパーティー・リスク
 
第2章  HLIsに関する銀行のリスク管理実務の評価
 
2.1 与信承認プロセス
 
2.2 エクスポージャーの継続的なモニタリング
 
第3章  規制・監督上の対応
 
3.1 間接的な監督アプローチ
 
3.2 透明性の向上
 
3.3 直接的アプローチ
 

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バーゼル銀行監督委員会・Highly Leveraged Institutionsワーキンググループ

議 長

Mr. Jan Brockmeijer

De Nederlandsche Bank, N.V.
 

Commission Bancaire, Paris
 

Frédéric Visnosky

Bundesaufsichtsamt für das Kreditwesen, Berlin
 

Jochen Sanio

De Nederlandsche Bank, Amsterdam
 

Raymond Moonen

Eidgenössische Bankenkommission, Bern
 

Dina Balleyguier

Financial Services Authority, London
 

Paul Wright

Bank of England, London
 

Ian Michael

Board of Governors of the Federal Reserve System, Washington, D.C.
 

Michael Martinson

Federal Reserve Bank of New York
 

Stefan Walter

Office of the Comptroller of the Currency, Washington, D.C.
 

Michael Brosnan
Kathy Dick
 

Federal Deposit Insurance Corporation, Washington, D.C.
 

Miguel Browne

Secretariat of the Basle Committee on Banking Supervison, Bank for International Settlements
 

Paul Van den Bergh
Zahra El-Mekkawy
 

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銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引

エグゼクティブ・サマリー

 

I . 本レポートの概要と目的

 近年、レバレッジの高い業務を行う機関(highly leveraged institutions、以下HLIs)の活動は規模と複雑性を拡大しつつある。HLIsと、銀行や証券会社といった中核的な金融機関との取引の範囲も拡大しており、そうした活動から生じるリスクを十分に理解・管理する必要性が高まっている。これらのリスクは、直接の債権者のみならず、ある種の市場環境においては金融システム全体にも及ぶものである。しかしながら、ロングターム・キャピタル・マネジメント(Long-Term Capital Management、以下LTCM)が破綻の危機に瀕した例に代表される最近の出来事は、HLIsに対する銀行のリスク管理実務の問題点を浮き彫りにした。当委員会は、様々な取引相手に対する銀行のエクスポージャーを安全かつ健全な方法で管理する第一義的な責任は、銀行自身に存することを認識している。しかしながら、HLIsの一部業務が、直接の取引相手のみならず、ある種の市場環境においては金融システム全体を一定のリスクに晒しかねない場合には、監督当局としては、銀行がこうしたエクスポージャーを慎重に管理するよう促すための適切なインセンティブ、手続、および基準を設けるようにするべきである。当委員会は監督当局に対し、これらの問題を注意深く検討するよう勧奨する。当委員会はまた、システミックな混乱が生じる可能性を根拠に、HLIsに対して直接的な規制を行なうことの望ましさや実行可能性も検討した。しかしながら、このような直接的措置のコスト、効果、実効性を判断するに当っては、市場や個々の参加者への潜在的なインパクトを包括的に検討することが必要となる。さらに、こうした規制的アプローチの構築は、明らかに銀行監督当局の権限を超えており、政治的なイニシアティブが求められよう。

 本レポートは、主として以下の3つの目的において作成されたものである。

(1) HLIsの業務から生じる潜在的リスクを、特に銀行とHLIsの取引に重点を置いて評価する。
 
(2) HLIsに関する銀行のリスク管理実務の問題点を検討する。
 
(3) 健全な実務の銀行への奨励など、これらのリスクに対処するための政策の選択肢を評価する。
 

 HLIsを正確に定義することは事実上不可能であるが、本ペーパーにおいては、以下の特徴を有する大規模機関に焦点を絞ることとする:(1)業務の主要部分がオフショア金融センターを通して行われる等、直接的な規制監督を殆どないし全く受けていないこと、(2)ディスクロージャーの義務を殆ど負っていないこと、および(3)レバレッジがかなり高いこと。当委員会は、所謂「ヘッジファンド」の全てがこれらの特徴を備えているわけではない一方、主要な機関の多くがこれらの特徴の一部を帯びていることを認識している。そこで、本レポートの提言は、どのような業態に分類されていようと、このような特徴から著しいカウンターパーティー・リスクを生じさせる機関との間で取引を行なう銀行に向けられている。

 

II . 銀行とHLIsの関係の性質

 LTCMのケースには幾つかの特異な点があったものの、銀行とHLIsの取引の性質およびそれに伴うリスクを浮き彫りにするものであった。それらのリスクは、以下のように分類することができる。

  •  LTCMの場合、銀行の最大のエクスポージャーはOTCデリバティブおよびレポ取引から生じたものであった。銀行は通常、これらの取引を有担ベースで行なっていた。従って、当該商品の担保分をネットした再構築価値で計測したLTCMに対する直接的エクスポージャーは、個別の銀行のトレーディングおよびデリバティブ業務全体の大きな部分を占めるには至っていなかった。

  •  しかしながら、デフォルトないし無秩序な清算に際しては、銀行は、不利な市場環境の中で担保の清算やポートフォリオの再構築を余儀なくされるため、更に大きな損失を被る可能性がある。LTCMのケースにおいては、市場が既にボラタイルな状態にあり、清算のプロセスが始まれば大規模な価格調整が行われる可能性が高かったため、こうした二次的エクスポージャーはかなり大きかった(但し、個々の取引相手レベルにおける潜在的な損失額は管理可能な規模であったと思われる)。また、LTCMは透明性が低かったため、債権者はLTCMの投資ポジションの全体像を把握することができず、その結果、自らの二次的エクスポージャーを測定する能力も限られていた。

  •  HLIがデフォルトしたり無秩序な清算を行ったりした場合にシステミック・リスクが生じる可能性は、当該HLIの規模、レバレッジ、特定市場へのポートフォリオの集中、その時点における市場環境など、幾つかの要因に依存しよう。そうしたシステミックないしストレス下での市場エクスポージャーは、ボラタイルで流動性の低い市場環境の下で、大口のポジションの急速かつ無秩序なレバレッジの解消から生じるものであるかもしれない。こうしたプロセスは、ボラティリティーを更に高め、関連市場の流動性を枯渇させ、債権者のみならず第三者のポートフォリオにも波及する惧れがある。また、こうしたことが起こった後のリスク回避行動や先行きに対する不透明感の台頭により、市場の歪みは更に深まる可能性がある。

 

III . HLIsとの取引に関する銀行のリスク管理実務の質

 HLIsの業務は比較的透明性が低く、レバレッジやエクスポージャーを計測する共通の尺度が存在せず、またHLIsのトレーディング戦略がダイナミックな性質を帯びているだけに、銀行のHLIsとの取引は、銀行のリスク管理プロセスに対する特別の挑戦といえる。また、LTCMのケースが示したとおり、HLIsに対する銀行の脆弱性は、激しい競争環境によって増長される可能性がある。そうした環境にあっては、債権者はリスク管理プロセスの重要な要素について妥協し、寛容な与信条件に同意してしまう可能性がある。

デュー・ディリジェンス(due diligence)プロセスにおける問題点

  •  銀行は一般に、一部HLIsに対するエクスポージャーを総合的な与信基準と整合的に管理するための有効な方針や指針を設定していなかったように窺われる。入手可能な財務情報が限られていたため、当初段階におけるHLIsの信用力審査は不十分なものに終った。与信の判断は、非系統的かつ主として定性的なリスク評価と、当該HLIの評判や一般的に信じられていたリスク管理能力に、ある程度は依存して行われた。こうした問題点は、限度額の設定や担保・証拠金取極めなど、与信プロセスの以後の各ステップにおける正確性や厳格性をも損なう結果となった。

  •  一般的には、他の種々の取極めが適用された(例えば、ISDAの契約雛形に従った、適格担保の特定や、契約が解消される契機となるイベントの明確化)。しかしながら、解約条項の一部の項目(純資産価値の劣化限度等)は、慎重性の観点からは不満足な水準に設定された。

エクスポージャーの継続的なモニタリング

  •  この分野においても幾つかの問題点が一般化していた。例えば、直接的エクスポージャーは担保管理システムにより適切に測定・カバーされているように見えたものの、二次的な市場エクスポージャーを正確に評価するために広く用いられている枠組というものは見当たらなかった。また、銀行は一般的にはHLIsに対するエクスポージャーについてストレス・テストを行なっていなかった。

  •  取引相手に対する再審査の頻度や包括性も不適切である場合が多かった。年次再審査は通常、臨時の更新により補完されている例が代表的であり、HLIsのオフバランス・エクスポージャーやリスク管理手法については銀行は一般に殆ど情報を得ていなかった。

 

IV . あり得べき政策対応

 HLIsの一部業務は、直接の債権者のみならず、ある種の市場環境においては金融システム全体に大きなリスクをもたらし得るため、当委員会は、こうしたリスクへの政策対応を3つのおおまかなカテゴリーに分けて検討した。第1のカテゴリーの対応は、HLIsの主要取引相手(主として銀行と証券会社)に焦点を当てた間接的アプローチとして特徴づけられる。第2のカテゴリーのアプローチは、HLIの業務の透明性向上に狙いを定めたものである。そして第3のカテゴリーのアプローチはこれらの機関に対する直接的な規制および監督の枠組そのものや、その制定に焦点を絞って検討するものである。


間接的アプローチ

(a)監督プロセスによる健全な実務の促進

  •  HLIsの業務に係るリスクの多くは、銀行・証券会社がリスク管理プロセスを改善することによって対処し得るものである。銀行と監督当局の双方がHLIsの絡む取引に付随する様々なリスクを分析し、現行のリスク管理・統制の問題点を評価することが重要である。

  •  当委員会は、監督当局が銀行に対し、より慎重なリスク管理方針を遂行するよう様々な手段を通じて促すことが望ましいと考える。監督当局が用い得る手段には以下のものが含まれる:(a)銀行―HLI間取引に係る健全な実務基準を設定・適用する。こうした健全な実務を規定する主要な動機のひとつは、LTCM事件を契機に改善が見られる点を、将来にわたっても慣行とすることにある、(b)HLIsとの取引に特有のカウンターパーティー・リスクを考慮のうえ、より包括的なデュー・ディリジェンス(due diligence)プロセスを開発する、(c)より整合的なストレス・テストのプロセスを構築する、(d)将来の潜在的エクスポージャーをより正確かつ整合的に測定する手法を研究し、実施する。この分野に前進がみられれば、限度額の設定をより有効かつ整合的に行なうための前提が整うこととなろう。本レポートと共に公表される、健全な実務の基準に関するペーパーが、これらについてより詳細に論じている。

  •  当委員会は、銀行がHLIsとの取引においてより慎重なリスク管理を行なえば、規制対象外であるHLIsのレバレッジが抑制ないし削減されるという副次的効果も期待し得ると考える。そのことにより、HLIポートフォリオのリスク度が制限され、結果的に、HLIsがポジションのレバレッジを解消することから生じ得る第三次の、ないしはシステミックな影響も削減されよう。
     

(b)規制・監督措置

  •  監督当局は、健全な実務を促進するにとどまらず、銀行に対しHLIsとの取引に対して歪んだインセンティブを与えないことを確保する形で既存の規制基準の見直しを行いたいと思うかもしれない。本レポートでは、HLIsとの間のデリバティブおよびレポ取引から生じる信用エクスポージャー、無担保与信、不適切な金融特約が付された与信、資本参加などに関する自己資本規制上の取扱いが検討されている。これらの領域の一部において自己資本規制を強化することは一考に値する。これらについては、バーゼル銀行監督委員会が行なっている自己資本合意の包括的な見直しの一環として取り上げられねばならない。

  •  また、当ワーキング・グループは、銀行のHLIsとの取引に影響を与え得る手段を各国監督当局が多く有していることに注意を喚起したい。例えば、一部の監督当局は、バーゼル合意に定められている以上に厳格な自己資本規制を課したり、特定の業務ラインのリスク度に応じて個々の銀行の監督上の取扱い(例:自己資本規制、報告義務、大口与信規制)に差違を設けたりしている。場合により、監督当局は、その他の公式・非公式のアプローチを用いて、銀行に対して、特定の階層のリスク度の高い取引相手への貸出など、ある種の業務を禁じることもできよう。したがって、銀行が、適切な情報提供を行い、かつ過度のリーガルリスクやレピュテーショナルリスクに晒されていないHLIsを取引相手とすることを確保するため、監督当局は、銀行に適切なインセンティブ及びディスインセンティブを与え得る裁量的な手段を評価しうる。こうしたアプローチは、HLIsに対し、より「責任感のある」手法でリスクを管理するよう仕向ける間接的な効果をも有する可能性がある。

 

透明性の向上

  •  当委員会は、HLIsの業務について、その透明性を向上させることの重要性を認識している。一つの方法は、グローバルに活動するプレーヤーのパブリック・ディスクロージャーが適切に行われているかにつき、全面的な検討を行うことである。今一つの方法は、銀行債権に関する信用登録機関に相当するものが、HLIsの文脈においても適用できるか、というものである。バーゼルに本部を置くユーロ委員会は現在、この分野において幾つかの選択肢を検討中である。同様の検討は、多くの民間の機関においても行われている。

 

直接的アプローチ

  •  市場透明性の向上を含んだ間接的措置が不十分であるとなれば、HLIsに対するより直接的な規制が必要となってこよう。直接規制には、免許制、適格性の審査、最低所要自己資本、リスク管理に係る最低基準など、幾つかの形態があり得る。

  •  これらの選択肢の中にはそれなりに魅力を備えたものもあるが、直接的アプローチには幾つかの重大な問題がある。代表的な問題点は、(a)実務に即してHLIを定義するのが困難であること、および(b)オフショア・センターに設立されている例が多いため、法的影響力の行使に問題があること、である。これらの問題点を克服するためには高次の政治的イニシアティブが必要であり、政治・立法・司法機関を巻き込んだ検討作業が行われなければならないであろう。
     

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はじめに

 本レポートは、バーゼル銀行監督委員会における小規模なワーキング・グループにより作成されたものである。本レポートにおいては、レバレッジの高い業務を行う機関(highly leveraged institutions、以下HLIs)が、直接の債権者、および、ある種の市場環境においては金融システム全体にもたらすリスクの分析が行われている。本レポートの主たる関心の対象となっているのは、HLIsと中核的な金融機関(すなわち銀行と証券会社)の間の取引である。

 本レポートの第1章では、HLIsの特徴が述べられ、HLIsと銀行の間の取引の性質がロングターム・キャピタル・マネジメント(Long-Term Capital Management、以下LTCM)の例を用いて説明されている。第2章では、HLIsとの関わりにおける銀行のリスク管理実務の質が評価されている。ここでは、与信承認の過程とエクスポージャーの継続的なモニタリングの双方が検討の対象となっている。第3章においては、銀行の実務に認められる問題点とHLIsによってもたらされるリスク全般に対するあり得べき規制監督対応が論じられている。ここでは、あり得べき3つのアプローチが述べられる。すなわち、(1) 銀行の健全な実務を促進し、それを他の規制対応で補完すること(例えば自己資本規制を通じた適切なインセンティブの醸成)、(2) 大規模HLIsや他のグローバルな機関の活動に関する透明性の向上、そして (3) HLIsへの直接的な規制、である。

 本レポートにはペーパーが付属する。その中では、HLIsを相手方とする銀行の取引に見出された問題点を改善するための、健全な実務の基準が紹介される。


 

第1章 銀行とHLIsとの取引および監督上の諸問題

 第1章では、銀行とHLIsの関わり、およびそうした取引関係に伴う潜在的リスクについて述べる。議論の焦点はHLIsに当てられるが、述べられていることの一部は銀行の与信関係全般に当てはまる。大規模なHLIsが取引相手であるようなエクスポージャーから、どのようなタイプのエクスポージャーやリスクが生じ得るかを示すため、LTCMの例が用いられる。そうしたエクスポージャーは、有担・無担の与信(オン・オフバランス双方)、あるいは直接的な出資など、様々な形態をとり得る。HLIsに対するエクスポージャーは、他の全ての取引相手へのエクスポージャーと同様、十全に管理されていなければ、個々の金融機関のレベルにおいて安全性と健全性の問題を引き起こす。また、LTCMのような大規模なHLIsの場合、デフォルトや個々のポジションの迅速な清算が、市場のボラティリティーの大幅な拡大と、流動性の減少を引き起こし、ひいては他の金融機関、市場全般の受容力・パフォーマンス・安定性に間接的に影響を及ぼしかねない。以下では、こうした点についてより詳しく論述する。

 

 1.1 HLIsの特徴

 HLIsを正確に定義することは難しい。HLIsを厳密に定義しようとするよりは、同様の特徴を持つ機関に適切に当てはまるよう、広義の定義を用いる方がよい、というのが当委員会の見解である。

 本ペーパーにおいては、一般に以下の特徴を複数持ち合わせた大規模機関に焦点を当てる(何れの特徴も個別にみればHLIsに特有のものではない)。第1の特徴は、直接的な規制監督を殆どないし全く受けていないことである。ヘッジファンドの場合、規制監督が限定的なものにとどまっているのは、法人形態がリミテッド・パートナーシップであり、投資家は機関投資家ないし専門知識と高い純資産を有する個人であり、発行される証券は私募形式で行われていることに起因する。また、かなり多くのヘッジファンドはオフショア金融センターを通じて活動している。第2の特徴は、規制対象金融機関と上場企業の両者あるいはいずれか(and/or)との比較において、本ペーパーで検討されているHLIのディスクロージャーの義務が一般的に極めて限られており、また格付会社による格付対象でもないことである。第3の特徴は、こうした機関においてはレバレッジが高いことである。レバレッジとは、何らかの共通の尺度で表わされたリスクの自己資本に対する比率である。レバレッジが高いことにより、市場価格の大幅な変動に対するエクスポージャーが大きくなり、ひいては債権者を大きなカウンターパーティー・リスクに晒すことになる。

 レバレッジは、無担保ないし部分的に有担の借入による現金の調達など、伝統的な手法からも生じるが、HLIsのレバレッジの多くは、行われているトレーディング戦略の種類、および取引相手から与えられる取引条件から発生するのが現実である。例えば、あるHLIが財務省証券をショートで売却し、その代り金を用いて、財務省証券のショート・ポジションに対する社債のロング・ポジションをとり、自らのポジションにベーシス・リスクを追加しているような場合、実質的に自らの業務にレバレッジを効かせていることになる。

 レバレッジ自体はHLIに特有のものではない。また、リスクをとることに積極的な投資家がレバレッジの高いエクスポージャーを引き受けることにより、他の多くの投資家がリスクを削減することができるということも事実である。レバレッジはリスクの再配分を助けるという点において有益であるが、同時に危ういものでもある。特に、HLIsの場合がそうであるように、透明性が低く、しかも健全性維持のための監督・監視が殆どないし全く行われていない状況におけるレバレッジには懸念が生じ得る。特に、監督・監視が殆どないし全く行われていないことにより、HLIsがリスク・テイキング行動に用いているレバレッジを評価し、ポジションの集中やトレーディング戦略を把握するという重要な役割を取引相手が引き受けなければならない。取引相手がこの役割を果たすためには、然るべき水準の透明性が確保されていることが不可欠である。パブリック・ディスクロージャーが義務付けられていない限り、そうした透明性は、HLIsとその取引相手の間の私的な合意により達成されなければならないことになる。

 ヘッジファンドは目下のところ、上記のように定義されたHLIsの例として最たるものである。もっとも、それら全てがレバレッジの高い業務を行っているわけではなく、またHLIsが必ずしもヘッジファンドだけに限定されないことには注意しておく必要がある(ただし、LTCMなどいくつかのヘッジファンドは明らかにHLIの定義に収まる)。ある種の投資家にとってのこれらのファンドの魅力は、これらのファンドが彼らのポートフォリオをハイリスクの投資機会へと多様化してくれる点である。また、ヘッジファンドによる取引は、少なくとも平時においては、金融市場にさらなる流動性をもたらす効果もある。

 ヘッジファンドは、トレーディング戦略の性質に基いて、様々なカテゴリーに分類することができる。しかしながら、定義を最も広くとれば、2つのグループに大別される。第1のカテゴリーにはマクロ・ファンドないしダイレクショナル・ファンドが含まれる。これらのファンドは、基本的な経済指標の妥当な水準と先行きの方向性についての仮定に基づいてポジションをとる。こうしたファンドは、通常は現物およびデリバティブ双方の株式・債券・為替市場において活動している。マクロないしダイレクショナル・ファンドの多くは、世界規模のトレーディング戦略を展開し、近年においてはエマージング・マーケットのウェイトを高めている。これらのファンドは市場価格の変動に直接晒されている。

 第2のグループの特徴は、相対価値ファンドもしくは裁定ファンドで構成されていることと言えよう。これらのファンドは、類似した金融商品の相対価値の変化を期待し、それらの商品について相反するポジションをとる。例えば、同様の満期を有する社債と国債の間のスプレッドが縮小することを前提にポジションを構成するファンドがあるかもしれない。こうした状況においては、社債のロング・ポジションと国債のショート・ポジションをとることになろう。スワップのスプレッドをロング・ポジションとし、国債先物契約をショート・ポジションとするように、デリバティブを用いて同様のポジションを複製することもできる。大規模なファンドは、異なる国や市場に跨ってこうしたトレーディング戦略を展開する。相対価値ファンドは通常、一般的なマーケット・リスクの変動に対するエクスポージャーは完全にヘッジしようとするものであるが、スプレッドの変化や、ロングおよびショート・ポジションの清算を余儀なくされた場合の流動性リスクには晒される。これらのリスクは一般に、同様の商品のポジションそのものや想定元本に示されるリスクに比すれば小さいと考えられているが、レバレッジや、ダイナミック・トレーディング戦略の大規模な活用により、相対価値トレーディングのリスク・エクスポージャーは、特に市場にストレスが生じている場合には、極めて大きくなり得る。

 

 1.2 LTCMの事例

 LTCMが崩壊寸前に陥った事例は、HLIsを相手として行なう取引が、個々の金融機関のみならず金融システム全体にもたらし得るリスクの種類を明確に示している。LTCMの規模、高レバレッジ、高水準の市場流動性への依拠、一部の市場・商品への集中、および極めて不透明な性質により、取引相手にとっては、取引により通常生じる信用リスクが拡大していた。これらのリスクの組合せはLTCMに特有のものであったかもしれないが、取引相手の信用リスク管理手続全般のあり方について重要な問題を幾つか提起するものでもある。

 明らかに、LTCMのケースにおいて最も注目すべき点は、特にオフバランスのエクスポージャーを含めた場合の、そのポジションの規模の大きさである。LTCMは、総資産額1,250億ドルの、帳簿上極めて多数の取引を行なっていたと伝えられる。想定元本ベースのオフバランス・ポジションは1兆ドルを優に超えていた。これらは主として、各種外国為替の先物契約、金利スワップ、およびその他の様々なOTCデリバティブのポジションであった(但し、これらの契約の多くは互いに相殺し合うものではあった)。

 LTCMは、規模自体の大きさに加え、極めて高いレバレッジを効かせていたように窺える。1998年初において、LTCMの総資産に対する自己資本の比率はおよそ25対1であった。勿論、これは極めて不完全なレバレッジの指標に過ぎない。LTCMのデリバティブ・ポートフォリオの影響は考慮されていないからである。ポートフォリオ全体のリスクを表わす何らかの数値と自己資本を比較した、より意味のある指標を用いた場合、LTCMの真のレバレッジがどの程度であったのかは定かでない。(LTCMは資本利益率を向上させるため、1997年末頃に相当額の自己資本を払い戻してギアリングを高めていたということも忘れてはならない。)

 LTCMはどうやってこれほどまでに規模を拡大し、これほどのレバレッジを効かせることができたのであろうか。後知恵としては、幾つかの要因を指摘し得る。第1に、透明性が欠如していたため、個々の取引相手にとってはLTCMの業務とリスクの全体像を把握することが難しかったという事情がある。第2に、こうした透明性の欠如にも拘わらず、極めて競争的な環境と、LTCMのトレーディング戦略を知りたいという欲求とに駆られた取引相手は、信用リスク管理手続の重要な要素を蔑ろにしてしまったように窺える。第3に、一部の取引相手は、LTCMの相対価値戦略の下では実質的レバレッジはバランスシートやオフバランス取引残高の規模から通常窺われるよりも小さい、と考えて過度に楽観視していた可能性がある。第4に、取引相手がレポやOTCデリバティブ商品の証拠金取極めに呈示した条件(当初証拠金の免除、相互証拠金等の好条件)は寛容であった。第5に、取引相手は、時価評価したエクスポージャーに担保を付せば十分であると信じ切っていた。最後に、LTCMの中心人物の評判とリスク管理能力に対して過度の信頼が寄せられていた。LTCMのようなケースが示しているのは、裁定的な戦略、あるいは市場中立的な戦略がとられている場合でも、大規模なポジションや、その帰結としての市場流動性に対する大きな依存には、その中に、そしてそれにより、大きなリスクを創出する可能性がある、ということである。それらのリスクには、市場のボラティリティーが増大した場合の多額のマージン・コールへのエクスポージャーや、多数の大規模なロングおよびショート・ポジションの同時清算を余儀なくされた場合の流動性リスクも含まれる。

 LTCMのもう一つの特徴は、その活動範囲である。LTCMは、地理的・商品的に異なる幾つかの市場に関与しており、しかも、場合により特定の種類の商品・満期の期間帯・リスク要因に著しい集中がみられた。LTCMは以下を含む多数の市場で活動していた:(a)国債、社債、エマージング・マーケット債、(b)株式市場、(c)先物市場(世界各地の1ダース以上の先物取引所においてポジションをとり、時にそのポジションは当該取引所の取引規模に対して極めて大きなものであった)、(d)OTCデリバティブ市場(取引相手は約50を数えた)、(e)オプション市場(株式市場におけるショート・ポジションを含め、幾つかの市場でボラティリティー・ポジションをとっていた)。

 LTCMの際立った特徴のひとつは、取引相手や投資家との取引きが極めて秘密裏に行われていたことである。各々の取引相手はLTCMに対する自らのポジションは知っていたが、LTCMの特定資産への集中、主なリスクポジション、あるいはリスク・プロファイルの全容を包括的に把握していた取引相手はいなかったように窺える。したがって、取引相手にとっては、自らの真の信用エクスポージャーについて意味のある評価を行なうことは不可能であった。

 LTCMは、世評とは異なり、広範かつ複雑なそのポジションから要求されるのに見合うような最先端のリスク管理システムを備えていたわけでもなかったように窺える。また、LTCMの用いていたモデルでは、主要市場・商品間の相関は比較的低いと想定されており、従って自らのポートフォリオは十分に分散されていると想定されていた。ところが、ロシアのルーブル切下げと債務モラトリアム以降、世界各国の市場は同時に同方向に動き、与信スプレッドは拡大し、株価は下落し、各種株式・金利市場のボラティリティーは上昇した。こうしたことが重なったうえ、多くの市場が流動性の低下に見舞われたことが、結果的にLTCMに大規模な損失をもたらしたのである。

 

 1.3 カウンターパーティー・リスク

 LTCMのケースが示すとおり、大規模HLIsとの取引は、カウンターパーティー・リスクを十分に管理・把握していなければ大きなエクスポージャーにつながる。LTCMが崩壊寸前に至った時点において、取引相手にとってのリスクは、図式化すれば次の3つのレベルから成るものであった:(1)直接的エクスポージャー、(2)マージン・アグリーメントの下での取引清算の可能性、ボラタイルな市場および通常より高い清算コストからなる二次的エクスポージャー、(3)より広範なシステミックな混乱の可能性がカウンターパーティー・エクスポージャーに影響を及ぼすことから生じる、ストレス市場エクスポージャー。
 

 (a)直接的エクスポージャー

 銀行の、LTCMへの最も大きなエクスポージャーは、トレーディングおよびデリバティブ業務から発生した。銀行の直接的エクスポージャーとは、LTCMとの間の様々な取引に固有のエクスポージャーのことである。これらのエクスポージャーに含まれるのは、OTCデリバティブ、レポ取引、プライム・ブローカレッジ、先物決済、貸出などである。さらに、少数の銀行によるLTCMへの株式投資や株式に類似した形の資本参加も含まれる。

 OTCデリバティブの場合は、エクスポージャーは典型的には、法的に有効なネッティング契約を考慮し直近の時価ベースで評価したエクスポージャー、およびある固有の期間(通常は契約期間)や特定の信頼区間内で、契約によりどの程度の資金移動が起こり得るかによって示される将来の潜在的エクスポージャー(PFE)の合計として測定される。デフォルトが発生した場合は、その時点で時価評価されたエクスポージャーが、まさに真のエクスポージャーとなる。

 LTCMとのOTCデリバティブ取引から生じるエクスポージャーの種類について考察する場合は、有担のポジションと無担のポジションを区別すべきであろう。LTCMや他のHLIsの場合、OTC取引は主として有担ベースで行われていた。各時点の担保をネットした再構築コストにより評価したカウンターパーティー・リスクは一般に僅少にとどまった。しかしながら、後により詳しく述べるとおり、このように評価されたエクスポージャーには、悪化した市場環境下でポジションを清算ないし再構築することを余儀なくされる場合の潜在的コストや、債務不履行となったHLIが差入れた担保を売却しようとする際に発生しうる法的な問題は把握されていない。

 殆どの銀行にとって、HLIsに対する担保ネット後の直接的エクスポージャーは、絶対額としても、トレーディングおよびデリバティブ業務全体の規模との対比においても、過大ではなかった。しかしながら、一部の銀行にとっては、LTCMは特定カテゴリーの商品における最大の取引相手の一つであった。
 

(b)二次的エクスポージャー

 LTCMとのトレーディングおよびデリバティブ取引(OTCと取引所におけるデリバティブ取引の双方およびレポ取引)に際し、取引相手は有担ベースの取引を行っている場合が殆どであったが、これらの種類の取引に本源的に付随するカバーされないエクスポージャーはなお多額に上った。LTCMがデフォルトしたとすれば(あるいは、無秩序なポジションの解消であっても)、これらの取引相手はポジションを清算し、ポートフォリオを組直さなければならなかったであろう。その場合に取引相手の被る損失は、そうした清算等の取引の執行価格が、最後に担保を受け入れた時点に比してどの程度変化したかの関数であろう。この損失の潜在的な規模は、2つの要因の評価に大きく依存していた。

 第1の要因は、LTCM破綻寸前時点における市場全体の流動性に関わる。1998年9月頃には、全般的な市場流動性の低下がみられ、LTCMが活動していた市場も影響を受けた。夏場の市場の混乱の結果、多くの大手企業が多額のトレーディング損失を被り、これらの企業はリスク度の比較的高いポジションを引き受けることに消極的になっていた。社債やエマージング・マーケット債のスプレッドが大幅に広がっていたことからも判るとおり、市場全般には質と流動性への逃避がみられた。また、この期間中株価指数や金利のインプライド・ボラティリティーも増加していた。LTCM自身、全てのポジションを同時に削減しようとしていたわけではないにも拘らず、リスク・ポジションの削減に苦慮していた。

 第2に、既にボラティリティーが高まり、流動性が低下している市場環境の下で、LTCMが急激にポートフォリオの清算を行なった場合の取引相手の直接的エクスポージャーへの影響には、大きな不確実性があった。前述のとおり、LTCMのポジションは絶対額において大きく、多くの市場では、LTCMのポジションの大きさがリスクの集中を引き起こした。LTCMはまた、正常な市場環境においてさえ流動性の乏しい商品について、大規模なOTCデリバティブのポジションを持っていた。これは、ある種の取引が長期であること、ダイナミック・ヘッジングの技術を伴うポジションであったこと、一部のポジションはヘッジが全く不可能であったこと、などに起因する面が大きかった。

 これら様々な要因が及ぼした影響を正確に評価することは難しいが、LTCMの主要な取引相手は、当時の悪化した市場環境下で直接的エクスポージャーに伴い生じたと考えられる追加的損失額を試算している。LTCM救済のコンソーシアムに参加した金融機関についてのこうした試算額の合計は、約30〜50億ドルである。
 

(c)ストレス市場エクスポージャー

 HLIsの取引相手にとっての直接的および二次的エクスポージャーは、管理可能な規模であるかに見えたが、ロシアのデフォルト以降市場で既にレバレッジの解消と流動性の低下が進行していた中において、それらのエクスポージャーはLTCM規模のHLIのデフォルトに伴う幾つかのより広範なリスクにより、拡大する惧れがあった。そうしたより広範なリスクとは、具体的には以下のものを指す。

( i )  ポジションのレバレッジが急速に解消されることにより市場全般が被る影響。これにより、LTCMが直接関与していた市場を超えて、他の関連市場においてもボラティリティーの上昇や流動性の枯渇が発生する惧れがある。
 
( ii )  市場のボラティリティーが上昇したり流動性が枯渇したりすることにより、LTCMに対してエクスポージャーを直接有さない第三者が被る影響。また、LTCMやその他のHLIsに対してエクスポージャーを有しているのではないかとの風説を流されることで第三者が不安定化する惧れもある。特に、明確なディスクロージャーが行われていない状態においては、そうしたことが起こる可能性が強い。
 
( iii )  ( i )と( ii )は、取引相手の他のトレーディング・ポジションに影響を与える結果となり得る。
 
( iv )  全般的なリスク回避や市場の不確実性により、市場参加者の収入が低下し、様々な資本市場活動(社債や株式の引受け等)が停滞する可能性。
 

 LTCMに関連して、金融機関によるこうしたシステム全体にわたるリスクの定量化はなされていなかった。また、収入の低下等多くのものは、LTCMが破綻寸前に追い込まれる以前から見られていたものではある。しかしながら、一部の金融機関はこうしたより広範なリスクを勘案してエクスポージャーを測定していたならば、LTCMの破綻を想定した場合の潜在的損失はかなり増大していただろうと語っている。


第2章 HLIsに関する銀行のリスク管理実務の評価

 第1章では、HLIsを相手方とする取引に際して生じる様々なタイプのリスクにつき、LTCMのケースを用いて論じた。第2章では、銀行がこれらのリスクを如何に管理しているかを2つの大まかな分野に焦点を絞って検討する。第1の分野は、与信審査プロセス、すなわち、当初の段階において取引相手の信用度を評価するために踏む手順、および信用供与の条件である。第2の分野は、当初の信用供与プロセス終了以降の、エクスポージャーのモニターと管理に関連する。これら2分野について論じるに当っては、担保取極めや管理プロセスが検討の対象となる。

 当委員会は、多くの金融機関がHLIとは取引を行ったことがないか、HLI相手の取引を厳しく制限してきたことを認識している。したがって、以下の議論では、HLIsに対して大きなエクスポージャーを有している金融機関に焦点を当てている。また、全ての金融機関がHLIsとの取引において以下に示される問題点を共有していたわけではないことも指摘しておくべきであろう。

 銀行やその他の金融機関は、自らの信用リスク管理プロセスの一環として、HLIsやその他のタイプの取引相手によるリスク・テイキング行動のモニタリングに中心的な役割を果たしている。しかしながら、HLIsに関しては、業務が比較的不透明であること、(測定が往々にして非常に困難である)レバレッジを大規模に活用していること、およびトレーディング・ポジションが動態的な性質を帯びていることから、モニタリングは極めて難しい課題となりがちである。

 実際、銀行のリスク管理プロセスは、LTCMとの関係において幾つかの弱点を露呈したし、HLIs全般との関係においてもある程度同様のことが言える。一般に、直接的な時価でのエクスポージャーを担保によりカバーする手法に過度に依存し、信用リスク管理プロセスの鍵となる諸要素の間のバランスを失する例が多く見られた。この結果、事前のデュー・ディリジェンス(due diligence)、エクスポージャーの測定手法、限度設定プロセス、特に集中とレバレッジに関するカウンターパーティーのエクスポージャーの継続的モニタリングといった、信用リスク管理を有効に行なうために不可欠な他の要素は蔑ろにされた。

 銀行は明らかに、HLIsとの関係の管理において、これら取引相手の財務力、財務状況、および流動性に関し、他の種類の取引相手の場合に比してかなり少ない情報しか得ていなかった。このように信用審査基準が甘くなったことは、極めて競争的な市場環境および特定の相手と取引を行いたいという欲求に起因する面が大きかった。また、銀行の信用審査の質は、HLIのポートフォリオのリスク・プロファイルの変化(それは複雑なデリバティブやノン・ダラー・レポ契約<non-dollar repurchase agreements>等の商品による一般的なリスクの上昇を反映していた)、市場環境の急激な変化の影響、HLIの戦略の構造的な変更についていけなかった。

  

 2.1 与信承認プロセス

 有効な与信承認のプロセスは、(a)健全な方針、手続き、および記録、(b)取引相手の信用度に関する有効な事前分析、(c)限度の設定、(d)担保取極めの設定、や(e)その他の約定の設定、をはじめとする幾つかの要素から成り立っている。銀行は、HLIsとの取引において、これら全ての面で弱点を露呈している。多くの場合、以下に述べる事柄は信用管理プロセス全般に当てはまる。
 

(a)方針、手続き、記録

 多くの銀行は、当該行の総合的な与信基準と整合的にHLIsに対するカウンターパーティー信用リスクを管理するための明確な指針を示すような、有効な方針や手続きを設定していなかった。多くのケースでは、設定されている方針が極めて一般論的であったため、取引相手の階層毎に適用されるべき信用基準を選択するうえで不適切なパラメーターを与える結果となっていた。また、ある場合には、審査機能と営業部門の役割のバランスが後者に傾いていた。

 多くの場合、取引相手との関係を当初段階及び継続的に記録する作業が不十分であったため、与信の意思決定プロセスや与信基準と、当該銀行の総合的なリスク・テイキング意欲の整合性を検証することは極めて難しくなっていた。与信ファイルは、トレーディングや投資銀行業務のウェイトの高い銀行よりも、より伝統的な貸出業務を営む銀行の方が充実していた。
 

(b)取引相手の信用度の分析

 HLIの信用度が事前にどのように分析されたかは、当該HLIの規模や評判によって大きく異っていた。小規模かつ創業後間もないHLIsは、大規模かつ実績のあるHLIsに比して充実した情報提供を行なっている傾向があった。しかしながら、達観すれば、取引相手の与信審査は、定性的判断に大きく依存する極めて主観的なものであったと言える。

 LTCMやその他の大規模HLIsから得られる定量的財務情報は比較的限られていた。通常、取引相手が入手していたのは、純資産価値(NAVs)の変化に自己資本の増減を織り込んだ月次の収益情報、監査を受けていない四半期ベースの貸借対照表、および監査済みの年次貸借対照表であった。LTCMや他の大規模HLIsは、バランスシートのレバレッジを評価する何らかの情報を提供してはいた。ただし、オフバランス・ポジションに関する情報については頻度が低い(すなわち年1回)傾向があり、それらは比較的集計されて提供されていたため、商品や市場への取引先のリスクの集中を評価するのは難しい状態だった。銀行が目を通し得るその他の情報としては、ファンドの資本構成や勧誘条件に係る書類が挙げられる。これらの書類においては、償還手続き、ロックイン・ルール、あるいはトレーディング対象商品の種類などが説明されている。

 取引相手は、LTCMやその他一部の取引先HLIの真のリスク・プロファイルをより包括的に把握するための財務情報は殆ど得ていなかった。さらに取引相手は多くの場合、リスク管理レポートやマーケット・リスクをはじめ各種リスクを示すその他の情報を要求していなかったし、受取ってもいなかった。特に、レバレッジや、特定のタイプのポジションへのエクスポージャーの集中、リスク要因、トレーディング戦略およびリスク管理能力に関する意味のある情報は提供されていなかった。この結果、取引相手は、これらのリスクについては、主としてHLIsの経営陣やトレーダーとの会合や電話による会話を通じて、定性的な評価を下すという方法に大きく頼らざるを得なかった。したがって、与信審査のプロセスの厳格さは、HLIの経営陣が情報提供に協力的であったか否かに大きく依存した。

 銀行は本来、上記のような定量的および定性的要因を評価のうえ取引相手に内部格付を与えるものである。ファンドの規模、業績、および中心人物の評判が、内部信用格付システムにおける高いカウンターパーティー信用格付と結び付けられることとなった。
 

(c)限度の設定

 取引先としてのHLIに対する限度の設定は、(b)に述べたような定性的および定量的評価の組合わせに基づいて行なわれる。したがって、提供される情報の質は、取引先としてのHLIに与えられる限度の適切性に影響を及ぼす。OTCデリバティブの場合、与信相当額、すなわちその時点の信用エクスポージャーと潜在的信用エクスポージャーの合計を契約の残存期間全体にわたって算出した数値に基づいて限度が設定されるのが一般的である。以下に述べるとおり、こうした過度に保守的な手法は、それが結局無視されるがために、限度設定プロセスの有効性を損なう惧れがある。
 

(d)担保取極め

 取引先としてのHLIの格付と担保取極めの種類との間には緩やかな関係があるかのように見受けられたが、担保取極めは大方の場合、市場の競争環境、取引相手の信用度に関する内部評価、および取引先としてのHLIの総合的な規模と評判の兼合いにより決定されてきた。

 多くの場合、実績のあるHLIsとの取引には相互証拠金取極めが用いられている。こうした取極めには、当初損失額が定められている場合がある。このような場合、エクスポージャーが一定レベルに達した後に初めて担保が差し入れられることになる。大規模HLIsは当初証拠金の差し入れを求められない場合が多いが、エキゾチックな性質の取引に関しては差し入れを求められることもある。実績のあるHLIsの一部は、証券会社や銀行を含む与信取引先と非常に好ましい条件で交渉していた模様である。

 格付の低い取引先HLIは、トレーディングおよびデリバティブ業務において当初(超過)証拠金の差し入れを求められる場合がある。従来、こうした取引先との取引には、当初損失額を定める方式はとられていない。また、証拠金取極めは一方向ベース、すなわち、当該HLIは時価評価したエクスポージャーに対して当初証拠金を差し入れなければならないが、相手方にその義務はないという場合がある。しかしながら、格付の低い取引先との取引においても、担保取極めは交渉と競争圧力にかなり左右されていた模様である。

 一部の金融機関は、格付の低い取引先に求める当初証拠金の算定手法を開発している。これは、当該取引のポジションに特有のボラティリティーを測定し、一般に想定元本に対する比率として表わすというものである。一部の取引相手は、短い期間について将来の潜在的エクスポージャーを算定する。しかしながら、多くの場合、格付の低い取引先に対して求める証拠金の額は、最終的には銀行と取引先の間の交渉によって決まる傾向が強かった。
 

(e)その他の取極め条項

 銀行は一般に、HLIsとの取引に際し、ISDAの契約書を用いる一方で、例えばレポ取引においてはPSAなど、その他の定型契約書を引用している。こうした契約書には、担保取極めや適格担保の種類が特定されているのみならず、契約を解除しうるイベントの種類も定義されている。HLIとの取引において最も頻繁に用いられる解約条項は、NAVの低下を基準とするものである。大部分の取引先HLIsには、NAVが20%前後低下した場合に発動される標準的なNAV解約条項が適用されているが、大規模HLIsの一部は、競争圧力を用いて低下幅をこの水準よりかなり大きくすることができた。当然これは解約イベントが発生した際、自己資本のクッションを大幅に減少させる。

 いまひとつの問題は、NAV解約条項を算定する方法にあった。いくつかのケースでは、年末時点ないし12ヶ月移動平均ベースの年間収益を用いて計算されていた。こうした手法は、直近時点における業績の悪化を長期間にわたり均してしまう可能性があり、必ずしも取引相手の信用度の急速な低下に敏感ではない。この問題は、一部の大規模HLIが交渉により40〜50%の解約トリガー値を獲得したことと重なると、極めて大きな問題となる。

 NAVトリガーを除けば、銀行は一般に、取引相手の信用度の悪化に対応して態度を厳格化し得る契約上の柔軟性は与えられていなかった。例えば、LTCMとの約定においては、レバレッジの増加など取引相手のリスク・プロファイルが変化した場合に、当初証拠金を差し入れたり積み増したりすることは求められていなかった。

 

 2.2 エクスポージャーの継続的なモニタリング

 HLIsの業務内容が動態的な性格を有していることから、HLIsに対する信用評価は比較的短命に終る可能性が強い。またHLIsは、信用格付会社などの外部からの追加的なモニタリングを定期的に受けることもない。それだけに、HLIsの取引相手による、エクスポージャーの継続的なモニタリングがなお一層重要となる。しかしながら、デュー・ディリジェンス(due diligence)プロセスの場合と同様、この面においても幾つか問題があることが明らかとなった。特に問題であったのは、エクスポージャーの測定手法、それによる限度額の設定への影響、取引相手の再評価を行なう頻度と深度、そうした再評価を行なうために入手し得た情報の範囲と質、である。
 

(a)エクスポージャーの測定手法

 上記で議論されたとおり、取引先であるHLIは様々なエクスポージャーを抱えており、それらは、直接的エクスポージャー(その時点の再構築コストと潜在的な将来のエクスポージャー)、二次的エクスポージャー(解約と清算)、およびストレス市場エクスポージャーと特徴付けられる。
 

 直接的エクスポージャー

 銀行は通常、取引相手へのエクスポージャーをその時点の時価とPFEの合計として計測する。しかしながら、LTCMやその他のHLIsとのデリバティブ取引の計測・管理に際し、殆どの銀行はほぼその時点の時価を適時に担保でカバーすることのみに注意を払っていた。

 したがって、エクスポージャーの管理は一般に、グロス・ベースではなく、担保をネットしたベースで行われていた。こうしたリスク管理のあり方は、LTCMの例に見たとおり、ポジションの絶対額が大きいこと自体によりリスクも当然大きいといった状況においても同様であった。銀行は、エクスポージャーを管理統制するための手段として、日々の担保管理システムを主として見ていた。

 一般に、こうした担保管理システムは最近のストレス期を通じて満足すべき実績を挙げ、殆どの銀行は直接的エクスポージャーを現金ないし市場性証券によりカバーしてきた。担保管理システムのこのような実績は、多くの金融機関がこの分野において近年多額の投資を行なってきたこと、および担保管理機能の機械化と集中化が進んだことを反映したものである。しかしながら、一部の銀行において課題となっているのは、担保管理システムが確実に全ての重要なポジションを適時に把握できるようにすることである。また、一部の銀行は、未だに取引先HLIに対する全てのポジションを日次ベースで時価評価していない。

 銀行業界が、より意味のある潜在的将来損失(PFE)の尺度を開発するために追加的な資源を投入することは明らかに有用であろう。PFEの健全な尺度は、個々の取引先との間でデリバティブ取引とエクスポージャーの規模に全体的な限度額を設定し、モニタリングするプロセスを規律の効いたものとするうえで不可欠である。特に、取引相手の財務能力があり得べき水準の証拠金差入請求を満たすのに十分なものかを評価するため、そして自行と取引先との取引規模を理解するために、銀行が有効な尺度を有していることは不可欠である。これはデリバティブ・エクスポージャーの日次の時価評価では提供できない情報である。

 この概念が1980年代半ばに開発されたとき、PFEは、例えば5年やスワップの期間といったある長い期間におけるシミュレーションによるエクスポージャーの最大値として測定され、最大エクスポージャーは例えば95%といった高い信頼区間で定義された。その後、幾つかの銀行はこのアプローチを精緻化し、例えば単一の取引相手とのスワップのポートフォリオ全体をシミュレートしたり、法的に有効なネッティング契約の効果を織込んだりしてきたが、一部の銀行からはPFEは未だにOTCデリバティブ契約によるエクスポージャーを過大評価するものと見做されている。この認識は、長い期間におけるエクスポージャーの最大値を「債権に準ずる」値として用い、債権の元本のように扱うことが適当かという問題を惹起する。こうした見方は、ネッティングの不十分な活用、商品・リスクファクター・満期を通じたポートフォリオ効果の捕捉の失敗、複数の期間に亘るPFE分析の欠如によって拡大し得る。さらに、銀行間には、用いられる信頼区間、ボラティリティーを計測する期間、そしてそうしたボラティリティーが更新される頻度といった面で大きな違いがある。

 エクスポージャーを過大評価しているように見える尺度は、過大評価の程度が不確かな場合には特に、経営の意思決定プロセスに組込まれないか、あるいは非常に主観的にしか用いられない傾向がある。実際、比較的少数の銀行しか、PFEに関する当初の推計値に対し、取引相手毎の時価エクスポージャーをモニターしていないように窺える。意味のある限度額の設定およびモニタリングのプロセスは、特に取引相手毎のエクスポージャーの上限を設定する場合について、銀行の様々な業務間でエクスポージャーの尺度の正確性と比較可能性が欠如していることによって、阻害されているように窺える。この分野には業界のさらなる注意が必要である。
 

 二次的エクスポージャー

 時価評価したエクスポージャーに対して日々担保を徴求する有効なシステムを有しているとしても、銀行はなお、HLIsとのトレーディングおよびデリバティブ業務においてかなり大きなカバーされない(ないし二次的)エクスポージャーを抱え得る。こうしたエクスポージャーは、デフォルトに際し、担保を清算するコストと共に直接的な損失を発生させ得る。こうしたカバーされないエクスポージャーは、例えば証拠金差入義務の生じるまでの当初損失額の設定、請求してから証拠金を受取るまでの時間、および取引相手がデフォルトした場合の担保を売却して担保付デリバティブのポジションを再構築するまでの時間、という多くの形態で生じ得る。したがって、市場のボラティリティがかなり高いような状況では、当初証拠金や日々の証拠金差入れに応じているポジションであっても、カバーされない潜在エクスポージャーを相当程度持つことになる可能性がある。

 多くの銀行は、担保付デリバティブ取引に付随するリスクを評価するに当り、PFEの与信相当額を算定する手法に依存してきた。こうした算定手法は、想定元本の一定比率やその他の粗雑な手法に比べればより適切であると言えようが、返済を証拠金に依存する度合の高いエクスポージャーを定量化する手法としてはさして意味を成さない。特に、契約残存期間全体を対象とするPFEの最大値を推計する手法は、当面の関心の対象である、より短い期間内において、デリバティブ・ポジションを清算・再構築するために被り得る損失を測る数値としては意味を持たない場合が多い。また、PFEは、カバーされないポジションについての限度の設定・モニタリング、当初証拠金の算定、付保されたデリバティブ取引におけるトリガー損失額の設定等につき、経営陣が決定を下す際のベースとして意味を成さない。担保付のデリバティブ・ポジションから生まれるカバーされないエクスポージャーを計測し、管理するためにより有効な手法が必要であり、業界全体としてのさらなる尽力が求められる。
 

 ストレス市場エクスポージャー

 この種類のエクスポージャーは、大規模な取引相手が他の金融機関・市場においてデフォルトし、その影響が当該金融機関の他のポートフォリオ・ポジションに及ぶといった例を含め、市場のどのような甚だしい混乱からも発生し得る。こうした影響を有効に測定するためには、銀行は極めて洗練されたシナリオ分析を行なう必要がある。恐らく、こうした広範なリスクを真に評価する唯一の方法は、包括的なストレス・テストを行なうことである。例えば、質への逃避のシナリオと、それが市場および取引相手の信用度だけでなく、関係機関の収益に及ぼす影響を評価することにより行われる。一部の銀行は、大規模な市場の変動、与信スプレッドの悪化、トレーディング・ポジション全体の流動性の低下、といった要因が重なった場合の影響を分析する努力を始めている。一般に、こうした広範なストレス・テストの演習にHLIポートフォリオも含まれている。LTCMの破綻以前においては、大規模HLIに対するエクスポージャーについてストレス・テストを行なっている銀行は一般的にはなかった。

 

(b)HLIのリスク・プロファイルのモニタリング

 多くの場合、取引先としてのHLIsの信用度のモニタリングは、年次の与信再審査プロセスの一環として行われていた。これを補うものとして、NAVの変動の月次分析、未監査財務諸表の四半期毎の分析、監査済財務諸表の年次の分析が行われた。LTCMや他のHLIsは、オフバランス・エクスポージャーについては殆ど情報提供を行なっていなかった。このように、定期的に提供される財務情報の量が比較的限られていたため、銀行は必要に応じて定性的な情報を入手することにより不足を補っていた。通常、それは、HLI経営陣との電話による会話や定期的面談を通じて行われた。大抵の場合、こうして入手する情報は、銀行がレバレッジの変化、あるいはトレーディング戦略やリスク・エクスポージャーの集中を評価するうえで十分ではなかった。

 殆どの場合、取引先としてのHLIsのリスク管理能力や事務処理能力に関する銀行の知識は皆無に近く、LTCMのケースにおいても同様であった。多くの銀行がこういった分野を概括的にカバーするチェックリストを保持してはいた。しかし、振り返ってみると、それらのリストが有効に機能したとは言えない。特に、多くの銀行は、HLIのリスク管理手法の質および経営戦略やリスク・テイキング行動を遂行し得る能力を評価するために必要な、十分に厳密な基準を設定していなかった。例えば、銀行はHLIが用いているリスク管理手法、あるいは、(VaR測定時等の)パラメーターや前提条件がどのようなものであるかについて詳細を把握していなかった。また、主要な取引先HLIsのストレス・テスト実施能力についても熟知していなかった。この結果、リスク管理能力の評価は、主として定性的議論に基づいて行なわれることとなり、LTCMの場合には中心人物の評判に大きく依存することとなった。


第3章 規制・監督上の対応

 以上に述べたとおり、大規模HLIsの一部業務は、取引相手に対してのみならず、ある種の市場環境においては金融システム全体に対してもかなりのリスクをもたらし得る。この意味で、大規模HLIの破綻に伴う全体的なコストは、投資家や債権者の資産の減価という私的なコストにとどまらない可能性がある。監督当局は、こうした広義のリスクを看過せず、採り得る政策対応を入念に検討する必要がある。

 第3章では、採り得る政策対応を3つの大きなカテゴリーに分類して検討する。第1のカテゴリーは、HLIsの主要な取引相手(主として銀行と証券会社)に焦点を当てた間接的な監督的アプローチである。このカテゴリーは、銀行業界における健全な実務の実施や自己資本規制によって形成されるインセンティブの見直しに焦点を当てること等により、銀行がHLIsとの取引を自己管理するための手続に、当委員会として短期的な対応を通じて関与することができる分野であると思われる。さらには、このような間接的措置は、HLIの取引相手や金融システムにもたらされる種々のリスクを限定的なものとするための継続的な取組みに適してもいる。第2のカテゴリーのアプローチは、HLIsを含めたグローバルに活動する機関によるディスクロージャーの向上に関するものである。HLIsや他の大規模な市場参加者の、市場における透明性を向上させるにはいくつかの方法があるが、それらの多くはユーロ委員会等の他の国際機関によって検討されている。第3のカテゴリーのアプローチは、HLIsに対し直接規制監督の枠組を設定するものである。ただし、このような直接的アプローチに基本的なメリットがあるとしても、当委員会は、それを実行に移すのは困難であるとの見方である。

 

 3.1 間接的な監督アプローチ

 当委員会は、大規模HLIsの業務に伴うリスクの多くは、それらの取引相手(すなわち銀行および証券会社)を対象とする間接的措置により対処可能であると考えた。その意味で特に有効なのは、これらの取引相手に見られる、HLIsに対する信用リスク管理の問題点を是正することであろう。殆どの取引相手は、LTCMが破綻寸前となった事態を受けてHLIsに対する信用審査基準を見直しないし厳格化している。しかしながら、健全な実務の設定に際して意を用いるべき重要な点は、改善効果が持続的に制度内に組み込まれること、および、HLIを巡る教訓がより全般的なカウンターパーティー・リスクの管理に活かされることである。

 本アプローチの前提となる基本的な考え方は、リスク・エクスポージャーを緻密に管理することは、まずもって取引相手である金融機関自身の責任であり、自身の利益につながるということである。個々の金融機関のレベルでカウンターパーティー・リスクを適切に管理すれば、HLIsが過剰なリスクやレバレッジをとることを抑止する効果は大きい。例え大規模HLIが破綻したとしても、取引相手レベルでの健全なリスク管理が行われていれば、間接的にもたらされる伝染性のリスクは残るとしても、市場が不安定化する度合はかなり限定されるであろう。要すれば、HLIsの取引相手が健全な与信管理およびモニタリングを励行することは、監督当局や中央銀行が最も懸念するストレス市場エクスポージャーによるリスクを減じることに寄与する。

 当委員会は、銀行とHLIsとの取引において発生するリスクに規制面から如何に対処するかを検討するに当り、何らかのインセンティブ機構を活用することによって銀行の信用リスク管理の質を改善できるのではないかと考えた。例えば、一部の監督当局は、監督手段として可変的な自己資本比率を常用することにより、HLIsとの取引によるものを含んだリスクの量に応じて、銀行に求める所要自己資本を設定している。また、場合により監督当局はその他の公式・非公式の手段を用い、銀行が適切な管理を行わないままリスク度の高い取引相手と取引を行うような場合には、そのような業務を禁止することもできる。こうした場合に監督当局は、健全な実務を奨励しその遵守状況をチェックするにとどまらず、既に与えられている政策遂行上の柔軟性を用いて、財務やリスクに関する適切な情報提供を行なっているHLIsや過度のリーガルリスクやレピュテーショナルリスクを抱えていないHLIsとのみ取引を行なうインセンティブを銀行に与えることができよう。こうしたアプローチは、HLIsに対してより実効性のあるリスク管理を行なうよう促す副次的な効果も期待し得る。
 

(a)HLIの取引相手による健全な実務の奨励

 本レポートに付随するペーパーは、銀行とHLIsの取引にみられる問題点に対処するための、健全な実務の基準を提示している。もっともそこで問題とされる事柄の多くは、HLIsを取引相手とする場合に限らず、広く信用リスク管理プロセス全般に関わるものである。また、これらの健全な実務の基準の実施およびモニタリングについては、国内外を問わず証券監督当局との連携も重要となる。これらの実務が完全かつ実効性あるものとして実施されるのを確保することは、第一義的には個別行および業界団体の責任であり、その中にはより実効性のあるエクスポージャー計測手法の開発等、理論的な研究が必要となる分野も含まれる。しかしながら、リスク管理実務における問題点が明瞭に認められた場合は、監督ないし検査プロセスを通じてそれは是正される(一部の国では、検査は独立した外部監査人により行われている)。

 当委員会は、以下に掲げるような重要な分野に焦点を当てる。これらは多くの銀行において実務面での向上が求められており、また本レポートに付随する健全な実務に関するペーパーで詳細が述べられるものである。

  •  銀行のリスク許容度合を決定し、与信管理基準設定プロセスの策定に寄与するような、明確な経営方針および手続きの確立

  •  取引相手の信用度の健全な判断に当り基盤となるような、適切な情報の入手

  •  業務の洗練度合や複雑さに見合った取引先のリスク管理基準の策定等、十分な適切な手続きの実施

  •  PFEをより厳密に計測する手法の開発、またデリバティブ取引における相手方への与信上限の設定・モニタリングに際しての、それらの手法の活用

  •  担保付のデリバティブ取引において、カバーされないエクスポージャーの適切な評価・計測、およびその評価に基づいた適切な与信限度の設定

  •  流動性の影響を考慮した様々なシナリオ下でのカウンターパーティー・リスクの適切なストレステスト、また、リスクテイクや限度の設定に関する意思決定へのテスト結果の反映

  •  担保設定、特約(特にレバレッジに関するもの)および解約条項等の価格以外の取引条件と、カウンターパーティー・リスク評価との整合性

  •  銀行自身の大口与信、および取引相手のレバレッジ度合や業務・戦略の集中度についての頻繁な見直し等、取引やエクスポージャーについての時宜を得たモニタリング

  取引相手の信用度に懸念が生じた、あるいはそれについての情報が不十分な場合は、銀行は取引を中止するか、さもなくば自身の総合的な引受基準ないしリスク許容度に照らしてエクスポージャーを制限・管理するよう適切な措置をとるべきである。例えば、自らのリスク・プロファイルにつき十分な情報開示を行わない取引相手に対し、担保付きで取引する場合は、当初証拠金の要求、当初損失額の設定拒否、適格とする担保対象の制限、通常以上に広範な契約条項の設定など、より厳しい与信条件を呈示すべきである。
 

(b)規制対応

 監督当局は、監督プロセスを通じて健全な実務を奨励するにとどまらず、既存の監督基準を見直し、それらの基準が銀行にHLIとのリスクの高い取引を推進するような歪んだインセンティブを与えないようにするべきである。この点において特に重要な分野は、自己資本規制により醸成される類のインセンティブである。
 

HLIへのエクスポージャーに対する自己資本規制

 第1章に述べたとおり、銀行のHLIsへのエクスポージャーは主として、OTCデリバティブ取引、レポ取引、貸出、および直接的な出資から生じる。これらそれぞれについて問題となるのは、現行自己資本規制が、内包するリスクを適切に反映したものかどうか、また、規制が逆向きのインセンティブを銀行に与えてしまい、カウンターパーティー・リスクやレバレッジを正しく評価するよう動機付けることに失敗してはいないか、といった点である。

 バーゼル合意の見直しの一環として検討される問題の中には、以下のようなものも含まれ得る。

  •  ノンバンク向けのOTCデリバティブ・エクスポージャーのリスクウェイトが、最大でも50%に止まっていることの是非。OTCデリバティブ市場の拡大と、その中での取引先範囲の拡大に鑑みれば、10年前の規制策定時に低いウェイト付けの根拠となった、信用の質が同じという前提が今日も通用するとは考えにくい。

  •  レポ取引から生じ得るカバーされないエクスポージャーに、自己資本が賦課されていない点。これについては、取引に用いられる証券の価値の変動とポジションの時価評価を行う頻度を反映した、担保評価額の上限規制を制定することができよう。これにはまず何よりも、OECD政府の国債であっても、その市場価格の全額からいくぶん差引いた額でしか評価しないようにすることが含まれる。この措置は、市場の情勢が逆方向に振れることによってカバーされない潜在エクスポージャーが生まれた場合に、それをカバーするためのレポ取引の当初証拠金の支払いを奨励することとなろう。さらに、この措置は、担保が適正水準を下回る場合に取引相手に応じたリスクウェイトを適用することにより、レポ取引から生じるエクスポージャーへの自己資本賦課に格差を設ける範囲を拡大することとなろう。

  •  HLIsとの取引のリスクウェイトを100%としていることの適否。HLIsへのエクスポージャーは、HLIsに関する情報が不足しがちなことや、エクスポージャーに財務的な契約条項が付されていないケース、特にレバレッジを安全な水準に限定する契約がないケース等に鑑みれば、相当程度リスク度が高いと言える。恐らくは、レバレッジに関する特約によってカバーされていないようなエクスポージャーは全て、取引の相手を問わず、高いリスクウェイトが課されるべきであろう。
     

大口与信の測定

 バーゼル銀行監督委員会メンバー国における現行の大口与信規制は、信用リスクの集中について、おおまかな最低限の枠を設けているに過ぎない(例えば、1991年に委員会が作成した大口与信に関するペーパーにおいては、単一の取引相手に対するエクスポージャーを自己資本の25%以内に制限することが提案されている)。監督当局は、こうした大枠の限度内で、カウンターパーティー・エクスポージャーとその許容限度をより精緻に算定する手法を銀行が独自に採用することを期待しており、この点は定期的な監督プロセスにおける見直しの対象である。1998年の後半に起こった出来事の結果、銀行のポートフォリオの中でHLIsが潜在リスクの塊となってしまったのは、そのレバレッジの高さと透明性の欠如に依るところが大きい、ということが明らかになった。当委員会は銀行業界に対し、リスク集中を正しく計測する手法の研究に引き続き尽力することを奨励する。それらの手法においては、マーケットの動きが逆に振れる場合に、同一のリスク要因に晒されている取引相手グループの信用度がどう変化するかを考慮することがますます重要となっている。

 

 3.2 透明性の向上

 当委員会は、HLIsや他のグローバルな活動を展開する大規模機関の業務について、その透明性を向上させることの重要性を認識している。HLIsの取引相手はデュー・ディリジェンス(due diligence)やエクスポージャー・モニタリングなどのプロセスを通じてもHLIのリスク・エクスポージャーに関する十分な情報を入手し得ていない可能性がある。第1章で述べたようなストレス市場エクスポージャーについて、銀行が自らのリスクを完全に評価し、管理できたとしても、市場の透明性を向上させるための追加的な措置が必要となり得る。

 一つの方法は、グローバルな活動を行う企業のディスクロージャーのあり方を、金融市場の安定性に資する情報の開示強化という観点から、全般的に検討することである。ユーロ委員会は現在、市場参加者の情報開示を強化するための様々なアプローチを検討中である。本作業はおそらくHLIsにとどまらず広く市場参加者一般を対象とし、個々の市場参加者および市場全体のポジションについて、どのような情報を収集することが有用であるかを評価するものとなろう。

 現在検討されているもう一つの方法は、銀行債権についての信用登録機関の概念を、機密保持についての十分な保証付きでHLIの文脈にまで拡張することができるか、という点に関連している。信用登録機関は、国際的に活動する資金仲介機関がシステミック・リスクを起こし得る個々の取引相手(例えば主要なHLIs)に対して持つエクスポージャーについての情報を一箇所に集めるものである。ここで言うエクスポージャーは、オンバランス・オフバランス両方のポジションをカバーするものであり、これによって取引当事者、監督当局、および中央銀行はある取引相手の債務状況の全体像についての情報を得ることができるようになる。

 これらの方法は、適切に策定されれば、銀行と監督当局の双方にとってHLIsとの取引に関する情報のギャップを埋めることに貢献するものとなろう。これらの方法全てに共通する課題は、情報が時宜を得たものであり、かつカウンターパーティー・リスクを評価するに当って十分に意味のあるものであるという点を確保できるか、ということである。特に、報告の義務を負う機関の種類の定義、報告すべき取引の共通フォーマット、そして情報の収集・伝達を行う権限主体を明確化することが必要である。また、定期的な情報収集・伝達がHLIsのリスク・プロファイルを伝える上で意味があるか否か、という点も吟味されねばならない。HLIsは活発にトレーディングおよびデリバティブ業務を行っており、そのエクスポージャーは日々変化するからである。

 

 3.3 直接的アプローチ

 前節に述べた措置は、HLIsに対する銀行のリスク管理実務を改善することを目的としている。さらに、それらの改善案によれば、HLIsの業務から生じる潜在的なシステミック・リスクを相当程度軽減できるはずである。もっとも、市場透明性の向上を含んだこれらの間接的措置が不十分であるとなれば、HLIsに対するより直接的な規制が必要となってこよう。

 そのような直接的措置のコスト、効果、および実効性を検討するに当っては、規制環境および金融市場や市場参加者の影響力についての包括的な見直しが求められる。こうした規制的アプローチの構築は、明らかに銀行監督当局の権限を超えており、政治的なイニシアティブが求められよう。さらに、直接規制を行うとなれば、HLIsが設立されている国における立法措置ないし規制の変更が必要となってくる。

 直接規制には、免許制、適格性の審査、最低自己資本基準、リスクの管理・統制に係る最低基準など、幾つかの形態があり得る。規制制度は、HLIの業務が齎す最大の懸念、すなわち、広範なシステミック・リスクを引き起こす潜在性に焦点を当てたものとなろう。従って、直接規制の目的は、HLIsの規模とリスク・テイキング行動の過剰な拡大、すなわち金融市場の安定を揺るがしかねないレベルへの拡大を防ぐことにある。

 しかしながら、HLIの直接的規制には多くの重大な問題がある。第1に、HLIを如何に定義するかという問題がある。本レポートの目的に従って、当委員会は規制監督や情報開示義務に全くもしくは殆ど服しておらず、かつレバレッジの高い大規模機関に焦点を当てて議論を進めてきた(第1章参照)。しかしながら、そうした機関を直接規制するためには、より実務に即した定義が必要となる。この問題を複雑にする一つの要素は、HLIの業務の性質が短期間に大きく変わり得るということである(例えば、レバレッジの度合は急上昇し得る)。このアプローチにおけるいまひとつの問題は、これらの機関が、規制上の定義に捕捉されることを避けるため業務内容を再編成する可能性があるということである。潜在的なHLIsを全て規制下に取り込むような定義は、明らかに過重な規制負担となる。一方、システミック・リスクを引き起こす惧れのあるタイプの業務を実際に行なっている機関のみを規制対象とすることが実務的に可能であったとしても、そのためにはモニタリングと統制のシステムが必要であり、その維持には相当な努力を要する。

 第2の問題は、例えHLIに妥当な定義を与えることが可能であったとしても、それらの機関は規制回避行動に出る可能性が強いということである。大多数のHLIsはオフショア・センターに登録されているため、直接的な規制はそれらの国に及ばない限り実効性はあがらない。これを実現するためには高次元の政治的イニシアティブが必要であり、行政・司法・立法機関を巻き込んだ検討作業が行われねばならないだろう。


(プレス・リリース)
銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引

銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引に関する健全な実務のあり方


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