(仮訳)


銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引に関する健全な実務のあり方
 

 

バーゼル銀行監督委員会

 

1999年1月

 

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目     次

序  文
 
第 I 章  はじめに
 
第 II 章  銀行のHLIsへの関与と総合的な信用リスク戦略
 
第 III 章  HLIsに係る情報収集、デュー・ディリジェンス(due diligence)、および信用分析
 
第 IV 章  エクスポージャーの測定
 
第 V 章  限度の設定
 
第 VI 章  担保、早期解約、およびその他の約定
 
第 VII 章  HLIsに対するエクスポージャーの継続的モニタリング
 

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序  文

 近年、レバレッジの高い業務を行なう機関(highly leveraged institutions、以下HLIs)の活動は規模と複雑性を拡大しつつある。HLIsと、銀行や証券会社といった中核的な金融機関との取引の範囲も拡大しており、そうした活動から生じるリスクを十分に理解・管理する必要性が高まっている。HLIs以外の借手や取引相手に対しても同様であるが、HLIsに対する信用配分を行うに当って、銀行やその他の金融機関は中心的な役割を果たしている。しかしながら、HLIsの場合は、業務が比較的不透明であること、レバレッジを大規模に活用していること、および、トレーディング・ポジションのみならず場合によっては市場に及ぼす影響も動態的な性質を帯びていることから、信用配分は極めて困難な仕事となりがちである。バーゼル銀行監督委員会は、全ての銀行がHLIsと取引を行ったり、HLIsに対して大きなエクスポージャーを有しているわけではないことを認識している。1998年9月にヘッジファンドのひとつであるLTCMが破綻寸前に至った一件以来、HLIsに対してエクスポージャーを有する銀行は、HLIsに対する与信基準を見直し、厳格化しているように窺われる。今回、健全な実務を掲げる主たる動機のひとつは、信用基準およびリスク管理プロセスの改善が制度に組み入れられて持続し、過去の教訓が取引相手との信用取引全般の管理に活かされるよう図ることにある。

 HLIsに対する信用リスクの管理には信用リスク全般の管理と同様の原則が適用されるが、同時に、この種の機関に特有のタイプのカウンターパーティー・リスクに対する配慮も必要となる。当委員会は、近日、信用リスクの管理に係る一般原則を公表する予定である。本ペーパーはその作業を補完するものとして位置付けられ、HLIsとの取引から生じる信用リスクに特有の問題に対処するものである。当委員会は、銀行がHLIsとの間で行なっているディーリングについてサーベイを実施した。その結果、信用リスク管理の主要な諸要素の間のバランスが適正を欠いており、エクスポージャーの時価を担保によりカバーする方式に過度に依存している例が多いことが明らかになった*1。取引相手のHLIsに対して踏み込んだ信用分析を行ったり、エクスポージャーを有効に計測・管理したりすることには十分なウェイトが置かれていなかった。また、競争圧力や、特定の相手と取引を行いたいという欲求から、銀行内部の一般的信用基準に例外を設けてしまった事例もみられた。

 HLIsに対するカウンターパーティー・エクスポージャーは、オフバランス  取引から生じる有担・無担の与信をはじめとして、様々な形態を取り得る。  G10諸国中央銀行は1994年に、OTCデリバティブの特性と影響に係る分析を行なった。この調査を受けて、当委員会はデリバティブに係るリスク管理ガイドラインを提示し、その中で、OTC取引におけるカウンターパーティー・リスクのタイプと原因を指摘し、各々のタイプのリスクについて健全なリスク管理実務のあり方を述べた。1998年9月には、ユーロ委員会と支払・決済システム委員会が「OTCデリバティブ取引の決済およびカウンターパーティーのリスク管理」に関するレポートを公表し、OTCデリバティブ・ディーラーが用いている方針と手順の徹底的な分析結果を示した。以下に提示するガイドラインは、先行するこれらの作業に適宜依拠し、最近におけるその他の研究成果と併せて、レバレッジの高い取引相手がもたらす特異なリスクに適用するものである。

 バーゼル銀行監督委員会は、HLIsに対する信用エクスポージャーの評価、測定、ならびにリスク管理のアプローチにおけるプルーデンスの促進に資することを期待して、以下の健全な実務の基準を全世界の監督当局、銀行、およびその他の関係者に提示する。当委員会は、金融業界に対し、現行の基準や実務を査定のうえ、これらの提言に答えるよう求める。また、監督当局に対しては、銀行がHLIsとの取引に健全な実務を適用するよう促すことを勧奨する。当委員会は、カウンターパーティー信用リスクの有効な管理を含め、銀行内部における健全なリスク管理は業務運営上のプルーデンスの要であることを強調する。HLIsとの取引に関して言えば、銀行がそうした健全なリスク管理を内部的に行なうことは、HLIsが過度のリスクやレバレッジをとることを防ぐうえで大きな影響力を持つ可能性もある。それでもなお何れかの大規模HLIがデフォルトした場合、レバレッジの急速な解消などに伴う市場撹乱の度合は、取引相手段階における健全なリスク管理によってかなり軽減されるであろう。HLIsの取引相手が健全な信用管理およびモニタリングを励行することは、市場ストレスに対する潜在的なエクスポージャーの削減を通じて金融市場全体の更なる安定に資する。


第 I 章  はじめに

 本ペーパーにおいては、銀行がHLIsとの間で行なうトレーディングおよびデリバティブ業務に伴うカウンターパーティー信用リスクの管理に係る健全な実務の基準を提示する。本ペーパーの提言はHLIsとの間の取引を対象としており、ここにおいてHLIsとは、規制監督を殆ど、ないし全く受けておらず、情報公開の義務も極めて限られており、かつレバレッジのかなり高い大規模機関を意味する。本ペーパーにおいてレバレッジとは、共通の単位により表示されたリスクと自己資本との比率を大まかに意味する。レバレッジは、市場価格の変動に対するHLIsのエクスポージャーを拡大し、ひいては債権者を多大なカウンターパーティー・リスクに晒す。ヘッジファンドは現時点においてこの定義に最も合致する機関であるが、レバレッジが高くないヘッジファンドも多いこと、また、ヘッジファンド以外の機関もHLIsの特徴の一部ないし全てを備えている場合があることは銘記しておかなければならない。

 本ペーパーではHLIsとの取引から生じる信用リスクの管理に焦点が当てられているが、取り上げられている事柄はこの種の機関との取引に特有のものではない。但し、本ペーパーは信用管理実務全般を包括的に取り扱うことは意図していない。ここに提示されている健全な実務のあり方は、特に以下の分野を対象としている:(1)HLIsとの取引を自らの総合的な信用リスク環境に織り込んだ明確な方針と手順を設定すること、(2)HLIsの活動内容・リスク・業務運営に関する情報収集、デュー・ディリジェンス(due diligence)、および信用分析、(3)トレーディングおよびデリバティブ取引から生じるエクスポージャーを正確に表わす計測手法を開発すること、(4)HLIsに対して意味のある総合的な与信限度を設定すること、(5)各HLIsの特性に照らして、担保および早期解約に係る条項をはじめとする信用補強手段を選択すること、(6)HLIsのトレーディング方針、リスクの集中、レバレッジ、およびリスク管理プロセスを含め、HLIsに対する信用エクスポージャーの緊密なモニタリング。

 第 II 〜 VII 章においては、上に挙げた信用リスク管理関連事項について敷衍する。


第 II 章  銀行のHLIsへの関与と総合的な信用リスク戦略

 銀行は、HLIsと取引を行なうに先立ち、総合的な信用リスク戦略との整合性を図りつつ、HLIsとの関与に係る明確な方針を打ち立てるべきである。銀行は、HLIsとの関与のあり方に応じた適正なレベルのリスク管理体制を整えるべきである。

 一般論として、各銀行においては、取締役会により承認された明確な信用リスク戦略と有効な信用リスク管理プロセスが設定され、経営陣によってそれが適用されなければならない。信用リスク戦略には、当該銀行のリスク許容度合、および、理想とするリスクとリターンのトレードオフならびに商品と市場の混合が明示されていなければならない。従って、銀行は、HLIsとの取引が当該行の信用リスク戦略、リスク許容度合、およびリスク分散目標と整合的であるか否かを査定しなければならない。こうした前提に立つと、HLIsとの取引に係る方針と手順は、同取引を有効にモニター・統制し得るものでなければならない。与信設定のプロセスを導き、銀行の対HLIs取引を統制するのはそうした方針と手順であらねばならず、競争圧力によってこれが覆されることがあってはならない。

 有効な信用リスク管理プロセスは、適切な書類化、包括的な財務情報、有効なデュー・ディリジェンス(due diligence)、担保や特約等のリスク緩和手段の利用、現在および将来のエクスポージャーの測定手法、限度設定の有効な手順、および、取引相手に対するエクスポージャーならびに取引相手自身のリスク・プロファイルの変化の継続的モニタリング等から成る。HLIsは、情報が乏しく、レバレッジが高く、リスク・プロファイルが急速に変化するといった条件を備えている可能性があるだけに、HLIsとの取引に当たってはこれらの基準を遵守することがとりわけ重要である。特定のHLIの信用状態に懸念が認められた場合、銀行は、当該HLIとは取引を行わない、もしくは自行の総合的な引受基準ないしリスク受容姿勢との整合性を図りつつ、当該HLIに対するエクスポージャーを制限・管理するための適切な措置をとるべきである。意味のある信用査定を行なうために必要な情報を十分に提供していない、もしくはリスク・プロファイルに係る情報のウェイトが他の取引相手に比して低いHLIsに対しては、当初証拠金の引上げ、損失トリガーの設定拒否、適格担保の範囲の限定、その他一連のより厳しい金融特約(financial covenants)の適用など、与信条件を厳格化すべきである。

 銀行が与信取引において長期的な成功を収め得るか否かは、リスク管理の有効性や洗練度に大きく依存する。このことは、レポ取引や証券貸出など、HLIsとの間のデリバティブおよびトレーディング取引から生じる信用リスクを引き受ける場合も、また、貸出、クレジット・ライン、資本参加等のかたちでHLIsに資金を託す場合も同様である。信用エクスポージャーを引き受けるということは、エクスポージャーの規模に応じて取引相手をモニターする必要を意味する。HLIsの活動を有効にモニターするためには、HLIsのトレーディング戦略、エクスポージャーのレベル、リスクの集中、およびリスク統制のあり方を十分に知リ、かつ理解する必要がある。担保のみによって日々のリスク管理やモニタリングを代替することはできない。ポジションの時価を担保により100%カバーするという政策は、カウンターパーティー信用リスクを削減する手段とはなるものの、二次的なリスク、例えば、何れかの大規模なHLIがデフォルトしたり無秩序にポジションを清算したりしたために市場のボラティリティーが高まり、その結果、担保として差し入れられている証券の価値が低下する、といったリスクに対するエクスポージャーを排除することはできない。また、担保は信用リスクを完全に除去することができないばかりか、リーガル・リスク、オペレーショナル・リスク、流動性リスクなど、信用リスク以外のリスクを増大させる惧れがある。


第 III 章  HLIsに係る情報収集、デュー・ディリジェンス(due diligence)、および信用分析

 HLIsと取引を行なう銀行は、HLIsに特有のリスクに配慮した、健全かつ明確な信用基準を採用すべきである。

 有効な与信承認プロセスは、過大なカウンターパーティー信用リスクに対する防衛の第一線である。当該プロセスは、一般的な規定であると同時に、取引の規模および(and/or)リスクが大きくなるに従って重みを増すものでなければならない。HLIsに対する健全な与信承認プロセスは、まず、取引相手のリスク・プロファイルおよびリスク管理基準を明確に示す包括的な財務・非財務情報に始まる。与信プロセスにおいては、承認の対象となる取引の目的と構造が明らかにされ、様々なシナリオに基づいて将来的な返済力が分析されなければならない。信用基準には、担保取極めの利用と性質、また、特約やクローズアウト条項など取引相手のリスク・プロファイルの将来における変化から銀行を守るための約定(第 VI 章)の適用に係る方針が定められていなければならない。また、信用基準には、限度の設定に係る明快な手法と手順が示されていなければならない(第 IV 章および第 V 章)。

 HLIsと新たに取引を結ぶに先立って、銀行は取引相手を熟知し、それが健全な名声と信用力を持った機関であることを確信していなければならない。このためには、確かな筋に照会したり、信用登録機関にアクセスしたり、法人形態を評価したり、あるいは、当該HLIの経営責任者の個人情報や財産状況をチェックするなどして、それがどのような人物であるかを知る、といった方法をとり得る。また銀行は、収益等の有形の要素のみならず、戦略、リスク管理実務の質、スタッフの構成と定着率など、より無形の要素からも当該HLIの安定性を明らかにしなければならない。しかしながら、銀行は、取引相手やその経営陣の中心人物が当該銀行と親しい関係にある、もしくは世間的な評価が高いというだけで信用を供与すべきではない。

 銀行は、HLIsと与信取引を行なうに先立って、当該取引に係る全ての情報が十分な適時性をもって継続的に銀行に提供されることを確認しなければならない。適切な情報提供につき事前に条件を定めておくことは、信用リスクを適切にモニタリングするため、また、価格以外の条件を変更したり解約条項を発動したりする必要があるか否かを検討したりするための前提となる。銀行は、トレーディング業務の全般的トレンドの変化、損益動向、レバレッジの大幅な変化、リスク管理手順やリスク測定プロセスの変更、中心人物の異動など、重要な出来事に係る情報の収集に務めなければならない。所要の情報を確保するためには、銀行の側も、信用審査の過程で入手した情報の機密性を守るための有効な手順が設けられていることを取引相手であるHLIsに保証しなければならない。

 銀行は、HLIsの総合的なリスク・プロファイルを把握するため、当該HLIsについて、オンバランス、オフバランス双方のポジションをカバーする包括的な財務情報を入手しなければならない。オンバランス、オフバランス双方のポジションのリスクを共通の単位で表示し、自己資本に対比させることによってレバレッジを有効に測るためには、更なる努力が必要であろう。しかしながら、出発点となるのは、全業務を対象として何らかのかたちでvalue-at-risk(VaR)を算出し、現実性のあるストレス・テストの結果によってこれを補完したものであろう。こうした情報を利用する場合、銀行は、VaRやストレス・テストの結果が妥当であるか否かを検証するため、リスク量やレバレッジの算出に用いられたパラメータと前提を承知しておく必要がある。銀行はまた、バックオフィスのシステムや会計・評価手法なども含め、HLIsがマーケット・リスク、信用リスク、および流動性リスクを測定・管理・統制する際のプロセスや手順の質ならびに完結性(integrity)をも明確に把握していなければならない。更に、市場環境の悪化に際して証拠金の積増しを要求する可能性を想定し、クレジット・ラインがどの程度確保されているか、また、担保として自由に用い得る流動資産がどの程度存在するかなど、HLIsの流動性状況についても情報を入手すべきである。銀行は、様々なシナリオを用いて、将来の返済を確実視する根拠はあるか、あるいは、返済の見通しが特別な前提に強く依存するなどの問題点がないか、といったことを定期的に確認しなければならない。

 HLIsに係る包括的で新しい財務情報は、取引相手の信用度を有効に分析したり、プルーデンスに則った内部格付を行ったりするため、ひいては、取引相手に与信限度を設定したり取引に信用補完手段を適用したりするうえで欠くことができない。HLIsの信用評価ならびに関連カウンターパーティー・リスクのモニタリングと統制は、HLIs以外の伝統的な取引相手に係る与信管理に比して、はるかに複雑で時間のかかる作業である。本作業を遂行するためには、高水準の技術が必要であるとともに、定期的な更新とモニタリングに資源を投入する用意がなければならない。銀行は、これに伴うコストをHLIsとの取引を安全に行なうための一要素として受け入れる必要がある。


第 IV 章  エクスポージャーの測定

 HLIsを取引相手としてOTCデリバティブ・ポジションをとる銀行は、信用エクスポージャーを表わす意味のある計測手法を開発し、かつ、それらの手法を経営上の意思決定プロセスに組み入れるべきである。

 エクスポージャーの測定手法は、意思決定を行なうに当たって意味のある情報を提供し得るものである限り、トレーディングおよびデリバティブ業務の信用リスク管理プロセスを支える不可欠な要素となる。そうした測定手法は、限度の設定・モニタリングを第 V 章に述べるとおり有効に行なうための基盤となる。銀行のトレーディングおよびデリバティブ業務が複雑性を増し、また、銀行が業務全般について信用モデル技術への依存度を高める方向にある昨今、エクスポージャーの計測が意味のある手法により行われ、計測手法が市場環境・実務の変化や各銀行のニーズに照らして不断に改善されることは益々重要になりつつある。特に、個々の銀行および銀行業界は以下の3分野に努力を傾注すべきである:(1)特定の取引相手との総合的な取引規模について意味のある計測を行なうため、将来の潜在的エクスポージャー(potential future exposure、以下PFE)を表わすより有用な手法を開発すること、(2)証拠金を日々計測するOTCデリバティブ取引に付随するカバーされないエクスポージャーを有効に測定すること、および(3)カウンターパーティー信用エクスポージャーに対して現実的なストレス・テストを適時に行なうこと。

 第一に、銀行業界は、意味のあるPFE値の開発に更なる資源を投入しなければならない。銀行は一般に、現在の再構築コスト(エクスポージャーの時価)とPFEの合計を取引相手に対する総エクスポージャーと看做す。PFEとは、ある計測期間(通常は契約の残存期間)と一定の信頼区間において、当該契約の価値がどの程度上昇する可能性があるかを示す数値である。PFE値を現在の再構築コストに加算した数値は、異なる商品や取引手段のカウンターパーティー・エクスポージャーを総計する際、デリバティブ契約を「与信相当額」に変換するために用いられる。

 銀行は、特定の取引相手との関わりの程度が自行の業務全体との対比においてどの程度の規模にあるかを正確に表現し得る有効なPFE値を必要としている。ピーク・エクスポージャーの数値は、真の与信相当額として用い得るものでなければならない。PFEは、ロング・ポジションとショート・ポジションの相殺や、商品・リスク要因・満期の全てにわたるポートフォリオ効果を適切に織り込み、複数の計測期間を対象として分析されたものでなければならない。銀行はまた、適切な信頼区間、ボラティリティーの概念、計測期間、およびボラティリティーの更新頻度について、業界内のコンセンサスを深めるよう努力すべきである。更に銀行は、こうして改善されたPFE値を経営の意思決定プロセスに組み入れる必要がある。エクスポージャーの時価をPFEの当初推計値と対比しながら継続的にモニターすることはその一環であろう。銀行は、このPFE値を用いて、同値から想定される水準の証拠金要請に応え得る財務力を取引相手が有しているか否かを査定すべきである。

 第二に、銀行は、付保されたデリバティブ・ポジションに付随するカバーされないリスクを測る有効な手法を開発しなければならない。そうしたカバーされないエクスポージャーは、当初損失トリガーの設定、担保・証拠金賦課のプロセスに潜在するギャップや遅れ、取引相手がデフォルトした場合に担保を清算してポジションを再構築するために要する時間など、様々な要因から生じる。証拠金の変動分(当初証拠金を含む)を日々受け払いするOTCデリバティブにおいても、市場のボラティティーが上昇すれば、銀行は大幅なカバーされない信用エクスポージャーを抱える可能性がある。

 現在、この種のカバーされないエクスポージャーの測定方法について銀行業界には明確なコンセンサスが存在しない。多くの銀行は、一般に契約の残存期間を対象として、単一のPFE値を計測している。こうした契約期間全体にわたるPFE値は、無担保のデリバティブと貸出エクスポージャーを比較したり、特定の取引相手との間の総合的な取引規模を測定したりするために用いる数値としては適当であるが、付保されたデリバティブ・ポジションに付随するカバーされない信用リスクを表わす意味のある数値とはならない。取引相手が証拠金要請に応じられなかったりデフォルトしたりした場合に、ポジションを清算・再構築し、担保価値を実現するために要する期間内に発生するエクスポージャーを捕捉するためには、より短い計測期間が必要となる。また、付保されたデリバティブ取引に対して当初証拠金を計測したり、当初損失トリガーを設定したりする際にも、短い計測期間を用いる方が適切であろう。

 第三に、銀行は、カウンターパーティー信用エクスポージャーに対して適時かつ当を得たストレス・テストを開発・実施することを通じ、ボラタイルな市場環境下の信用リスク・エクスポージャーを表わすより意味のある手法を開発しなければならない。ストレス・テストにおいては、大きな市場変動が個々の取引相手に対する信用エクスポージャーに及ぼす影響、およびそれに伴う清算時の影響が評価されるべきである。ストレス・テストはまた、流動性状況が関連市場およびポジション、ならびに設定されている担保の価値に及ぼす影響をも考慮するものでなければならない。PFEの計測において信頼区間を高めたり計測期間を長くしたりするだけでは、市場環境が撹乱された場合の市場およびエクスポージャーのダイナミックスを把握し得ない惧れがある。特に、マーケット・リスク、信用リスク、および流動性リスクの相互作用が絡んでいる場合にはその惧れが強い。


第 V 章  限度の設定

 限度の設定が有効に行われるか否かは、意味のあるエクスポージャー測定手法が用いられているか否かに依存する。特に、銀行が個々の取引相手に対して設定する総与信限度は、種々のタイプのエクスポージャーを比較可能かつ意味のある方法で合計するものでなければならない。

 意味のある限度を設定するためには、PFEの有効な数値が不可欠である。限度は、銀行の様々な業務(オンバンランスおよびオフバランス)にわたるエクスポージャーを比較可能なかたちで表わす数値に基づき、特定の取引相手との取引および同取引相手に対するエクスポージャーの総規模に上限を設けるものである。エクスポージャーの時価は、PFEの当初限度との対比においてモニターされるべきである。

 銀行は、こうして設定した当初限度額と対比しながら実際のエクスポージャーをモニターすべきであり、限度に達した場合にエクスポージャーを削減する手順を明快に定めておかなければならない。また、限度は一般論として遵守されねばならず、顧客の要求により曲げられることがあってはあらない。銀行の限度枠には、第 IV 章に述べられたタイプのエクスポージャーが包摂されていなければならない。

 また、銀行の設定する与信限度は、取引相手のデフォルトに伴って期近のデリバティブ・ポジションを清算しなければならなくなるリスクを認識・反映したものでなければならない。銀行が同一の取引相手との間で複数の取引を行なっている場合、当該取引相手に対する潜在的エクスポージャーは、計測対象期間を何処まで延ばすかにより大幅かつ非連続的に変わってくる可能性が高い。従って、PFEは多数の計測期間を対象として計測されるべきである。付保されたOTCデリバティブ・ポジションの場合は、清算シナリオにおけるカバーされないエクスポージャー、すなわち、ポジションの再構築と担保の清算に要する期間内に発生する損失(当初証拠金が差し入れられている場合は当該額を控除)をも考慮のうえ限度を設定すべきである。

 更に、銀行は、総限度の設定・モニタリングのプロセスにおいてストレス・テストの結果を考慮すべきである。


第 VI 章  担保、早期解約、およびその他の約定

 HLIsと取引を行なう銀行は、トレーディング戦略、リスク・プロファイル、レバレッジを急速に変え得る能力など、当該HLIsの特性を勘案のうえ、その信用度に応じて、担保、早期解約、およびその他の約定を設定すべきである。これにより銀行は、純資産価値の変動のみによってそれらの約定が発効となる場合に比して、信用リスクをより予防的に統制することができよう。

 HLIsとの取引関係を規定する約定は、銀行の方針に基づいて決定されるべきである。銀行が引き受けるカバーされない信用エクスポージャーの大きさは、こうした契約上の取極めと、当該銀行の内部的な限度枠により決定されるべきである。市場の一部においては、価格よりもむしろ、取引相手に提示される担保取極めや特約がリスク度の差異を調整する第一義的手段となっている。従って、これらの契約条件を取引相手の信用度に緊密に関連付けることは極めて重要である。

 担保の利用によってカウンターパーティー・リスクは大幅に削減され得る。銀行は、担保付貸出、レポ取引*2、およびOTCデリバティブ取引に担保取極めを用いる。担保取極めは、例えば、PFE(第 IV 章)が極めて不確実な取引や、信用力の低い相手との取引において用いられる。しかしながら、担保の利用は信用リスクを完全に排除するものではないうえ、流動性リスク、リーガル・リスク、カストディー・リスクおよびオペレーショナル・リスクといった、信用リスク以外のタイプのリスクを引き起こす。また、相互担保取極めからは別種の信用リスクが発生し得る。損失が発生し得るのは、例えば、銀行が一時的な負のエクスポージャーに対して担保を提供しており、かつ、取引相手がデフォルトした時点における当該担保の価値がポジションの時価よりも大きいといった場合である。

 銀行は、HLIsに対して担保条項を設定するに当り、HLIsが規制対象外の機関であり、HLIsのレバレッジには、規制対象金融機関であれば適用されるリスク管理実務関連の健全性監督や自己資本規制は適用されないということを念頭に置くべきである。銀行は、カウンターパーティー・リスクの有効なモニタリングを可能にする意味のある財務情報を十分な頻度で受け取っていない場合、その時点ではエクスポージャーが発生していなくとも、当該HLIに対して担保の差入れ(すなわち、当初証拠金の差入れ)を求めることを考慮しなければならない。少なくとも、銀行は、如何なる状況において取引相手に当初証拠金を求めるべきかを定めた明快な内部ガイドラインを作成・適用しているべきである。同様のプルーデンスに則った方針は、最低引渡額(minimum transfer amounts、担保額がそれ以下であれば担保の引渡しを要求しない額)および損失トリガー(loss threshold、エクスポージャーがそれ以下であれば担保の差入れを行わない額)の設定に関しても設けられているべきである。同様に、相互証拠金や再担保権の容認は、取引相手の信用度に照らして検討しなければならない。相互証拠金条項を受け入れる場合は、これに伴う追加的な信用リスク・エクスポージャーを総合的なリスク管理プロセス(PFEの測定を含む)に必ず織り込まなければならない。

 約定には、担保として受け入れる証券に適用するヘアカット、すなわち時価に応じて担保価値を割引く手続きに係る銀行の信用基準が反映されていなければならない。銀行は通常、取引相手のデフォルトに際し、当該証券を流動化するために要する期間内に当該証券の価格がどの程度のボラティリティーを示すかを推計のうえ(正常な市場環境を前提とする)、評価額の調整幅を決定する。銀行は、HLIsから担保を受け入れる際、取引相手のデフォルトの蓋然性と、市場、信用ないし(and/or)流動性関連の状況変化により担保が毀損される可能性との相関関係を注意深く査定する必要がある。過去の実例が示すとおり、市場にストレスが生じている時に大規模なHLIが破綻すれば、破綻前、破綻当時、および破綻後を通じて質への逃避が広範化し、世界的に最も信用度の高い機関が発行した最も流動性の高い証券を除いて、全証券が格下げされ得る。

 銀行がHLIsとの間でOTCデリバティブ取引を行なうに当たって念頭に置かなければならないことは、担保価値が取引相手のデフォルトの蓋然性ないし当該契約の市場価値と負の相関関係にある場合、カウンターパーティー信用リスク軽減手段としての担保取極めの有効性が著しく減じられる惧れがあるということである。市場にストレスが生じると、ポートフォリオの集中度が高いHLIsは多額の追加担保を差し入れなければならなくなる場合があり得る。取引相手が担保要請に応じられなかった場合にとるべき措置については、書面により明確に定めておくべきである。

 銀行は更に、HLIの信用度が大幅に低下した場合に解約等の措置をとることが認められる特約を設けるべきである。こうした早期解約ないしクローズアウト条項の適用方法や内容は、取引相手の信用度に加え、取引相手の(将来的な)信用力の変化を察知し、それが芳しくない方向への変化であれば速やかに対応することが当該銀行にとってどの程度可能であるかに照らして設定されるべきである。HLIsの場合、公にされる情報の鮮度は、信用の継続的なモニタリングを可能にするほど高くない惧れがある。銀行は、信用取引が結ばれている間の情報開示について適切な基準を設定するとともに、リスク削減措置を適時にとることができるよう、取引相手のリスク・プロファイルに関連付けた解約条項を設けるべきである。

 銀行は、伝統的な商業貸出における標準的な実務として、財務力に関連付けた一連の特約を設定する。HLIsを取引相手とする場合は、戦略の大幅な変更を問題にしたり、レバレッジやリスクの集中に関連付けたりした特約を明記しておくことが極めて重要であると思われる。こうした変数の一部は絶対水準の計測が難しいため、特約の内容は信用取引が始まった時点の水準からの変化に照らしたものとすべきであり、ベースとなるリスクと資本の定義については合意を得ておかなければならない。特約は、カウンターパーティー・リスクが増大するにつれて与信限度が厳格化する仕組みとすべきである。しかしながら、銀行は、業界全体が「サドン・デス(sudden death)」方式の解約条項を用いればシステミックな影響が生じかねないことを銘記すべきである。こうした条項がHLIs全般のリスク・テイキングに予防的な影響を及ぼさなかった場合、意図した信用リスクの削減は達成されず、全ての債権者が一斉に与信条件を厳格化する可能性がある。特約は、銀行が、信用取引を解約すべき段階に十分に先立って取引相手の財務状態の悪化を察知し、改善を求めることを可能にするものでなければならない。こうした予防的側面は、不利な変化が生じた場合に直ちに返済を求める権利を確保しておくことと同等の重要性をもっている。


第 VII 章  HLIsに対するエクスポージャーの継続的モニタリング

 HLIsと取引を行なう銀行は、取引相手であるHLIsの信用力、および、それらに対する自らのエクスポージャーの動向を実効性のある形でモニターすべきである。銀行は、市場にストレスが生じる蓋然性を勘案しつつ、HLIのリスク・プロファイルとリスク管理能力を頻繁に査定しなければならない。

 HLIsは自らのリスク・プロファイルを極めて迅速に変化させることができるため、銀行は、大口の対HLIsエクスポージャーについては取引相手の信用度を頻繁に見直すべきであり、少なくとも四半期に一度はそうした見直しを行わなけばならない。エクスポージャーが大幅に拡大したり、市場のボラティリティーが高まったりした場合には、追加的な見直しを行うべきである。HLIsを有効にモニターするためには、純資産価値の月次の変化や貸借対照表上の生の数値をフォローするだけでは不十分である。VaRの数値を内部的なストレス・テストの結果により補ったものなど、リスクに係る詳細な定量的情報が必要となる。銀行は、HLIsのリスク管理能力を定期的に見直さなければならない。銀行は更に、HLIsグループに対する自らのエクスポージャーや、HLIs自身が抱える集中リスクなど、リスクの集中状況を適切に把握している必要がある。

 有効な担保管理システムは、カウンターパーティー信用エクスポージャーをモニターおよび制限するための重要な要素である。銀行は、担保管理システムによって全てのカウンターパーティー・ポジションを把握し、それらのポジションと関連担保を少なくとも一日に一度、可能な限り適時に時価評価する体制を確保しなければならない。担保として受け入れている様々な証券に適用するヘアカットは、価格のボラティリティー、流動性、および信用度の変化を勘案のうえ定期的に見直すべきである。OTCデリバティブ・ポジションから生じる信用リスクを削減する手段として担保の適時徴求に重きを置いている場合は、取引相手が将来の担保要請に応じる能力をどの程度有しているかを勘案しつつ、エクスポージャーのカバーされない部分(PFEを含む)を特に注意深くモニターする必要がある。OTCデリバティブ・エクスポージャーは、HLIsに対する総エクスポージャーの大きな割合を占めている場合が多い。従って、要求に応じて追加的な担保を提供し得る能力を査定すること、および、その査定結果に基づいて意味のある与信限度を設定することは、HLIsとの取引において特に重要であると言えよう。

 最後に、エクスポージャーの継続的なモニタリングには、カウンターパーティー信用エクスポージャーに対して定期的に行われるストレス・テストの結果が織り込まれなければならない。ストレス・テストは、マーケット・リスク、信用リスクおよび流動性リスクの相互作用を考慮に入れたものでなければならない(第 IV 章)。こうしたストレス・テストの結果は、経営陣に対する報告書に盛り込まれ、必要に応じてリスク削減策を打ち出すための十分な情報源とならなければならない。


*1.  「銀行と、レバレッジの高い業務を行う機関との取引」、バーゼル銀行監督委員会(BIS)、1999年1月。
 
*2.  一定期間を経て反対売買を行うことを前提として証券を購入ないし売却する取引は、法律的位置付けは別として、経済的には有担取引に相当する。信用リスクの観点からは、有担貸出とレポ取引には同様のリスク管理手法が適用される。

 


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