(仮訳)
 

信用リスク・モデル:現状とその活用

エグゼクティブ・サマリー

 

.報告書の概要及び目的

 過去10年以上にわたり、多数の世界的規模の銀行が、その業務ラインから生じる信用リスクのモデル化を図るために、精巧なシステムを開発してきた。こうしたモデルは、銀行が複数の営業地域及び商品ラインにまたがってリスクの計量化、集計及び管理を行うことを支援するためのものである。これらのモデルの算定結果は、銀行のリスク管理及び業績評価プロセスにおいて益々重要な位置を占めるようになってきており、特に、業績に基づく報酬、顧客の収益性分析、リスク・ベースのプライシングにおいて、またそれより少ないが増加しつつある能動的なポートフォリオ管理及び資本構成の決定において、重要な役割を果たしつつある。当タスク・フォースは、信用リスクのモデル化が、実際に各銀行の内部リスク管理を改善し、銀行の監督にも使用され得る可能性がありうると認識している。しかし、ポートフォリオに対するモデル化方式が、信用リスクに関する規制上の所要自己資本の公式の設定プロセスとして使用されるためには、モデルが能動的にリスクを管理するために利用されているだけではなく、モデルが概念的に健全(conceptually sound)であり、実証的に検証され、さらに金融機関間で比較可能な所要自己資本の算出ができることを監督者が確信しなくてはならない。現時点においては、主としてデータの入手可能性及びモデルの検証可能性等の大きな障害を乗り越えなければ、これらの目標を達成することはできない。バーゼル委員会としては、自己資本合意の改定に見込んでいる期間内でこれらの障害を乗り越えることは困難であると考えている。

 モデルは、マーケット・リスクに対する所要自己資本を決定するうえで、すでに規制に導入されている。しかしながら、以下の2つの主要な理由から、信用リスク・モデルはマーケット・リスク・モデルの単なる延長とは言えない。
 

・データの制約

 銀行や研究者は一様に、信用リスク・モデルを設計し導入するにあたり、最大の障害としてデータが制約されていることを挙げている。殆どの与信関連取引は時価評価されておらず、また信用リスク・モデルによる予測は、過去の価格の包括的な記録に基づいて将来価格を統計的に算出したものではない。信用リスク・モデルを見積もるために必要なデータが不足している理由として、デフォルト事象が頻繁ではないこと、信用リスクを測定するに際してより長期間のリスク計測期間(time horizons)が使用されていることも挙げられている。そのため、モデルのパラメータを特定するにあたり、信用リスク・モデルでは、単純化のための仮説(simplifying assumptions)及び代替データ(proxy data)を使うことが必要である。バンキング勘定の相対的規模―及び、モデルによる信用リスクの推計が不正確である場合の銀行の支払能力に対する影響の大きさ―は、体系的な仮説(structural assumptions)及びパラメータの推定に対するモデルの感応度をより良く理解することの必要性を強調している。

・モデルの検証

 信用リスク・モデルの検証は、マーケット・リスク・モデルのバック・テスティングよりも、根本的に困難なものである。マーケット・リスク・モデルでは、典型的には数日間のリスク計測期間が用いられるが、信用リスク・モデルの場合、一般的に一年ないし、それ以上の期間が用いられる。信用リスク・モデルで用いられるより長い保有期間や高い信頼区間は、モデルの正確性を評価するにあたっての問題を、モデル開発者に投げかけている。たとえば、「マーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定」に書かれているのと同様の、定量的な検証の基準を用いるのであれば、複数のクレジット・サイクルに及ぶ実務上は現実的でない年数分のデータが必要とされることになる。

 当委員会は、上記及びその他の重要な論点に関する追加的努力を歓迎するとともに、業界との建設的な討議を期待している。当委員会は、1999年10月1日までに、本報告書に関して、すべての関心のある団体からのコメントを求めている。

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 信用リスク・モデルに関する本報告書は、主に次の2つの目的から書かれている。

 信用リスク・モデルに関する現状と論点の説明を提供すること。この報告書は、銀行、モデルのベンダー及び研究者等、市場の実務家による、公開の会議やプライベートな発表で使用された資料も基礎としている。本報告書は、10ヶ国の国際的な大手銀行20行に対し、当タスク・フォースが行ったモデルの利用状況に関する詳細な調査の結果にも基づいている。
 
 監督・規制目的での、信用リスク・モデルの適用可能性とその限界を評価すること。この点について、当タスク・フォースの将来の分析及び結論は、バーゼル委員会の自己資本合意の抜本的な見直しの一環として、検討される。

 

信用リスク・モデルに期待される効果
 
 銀行の信用エクスポージャーは、典型的には複数の営業地域、及び商品ラインにまたがって生じる。信用リスク・モデルの使用により、銀行は、適時に信用リスクを精査し、世界中のエクスポージャーに関するデータを集中化し、リスクへの限界的及び絶対的な影響度を分析する枠組みを提供される。これらのモデルの特性は、銀行がリスクを認識・識別し、測定し、及び管理する全般的能力の向上に貢献しうる。
 
 信用リスク・モデルは、各ポートフォリオの構成を反映する信用リスク(例えば、予期されない損失)の推計を提供するであろう。そのため、ポートフォリオ・アプローチによらない場合に比べて集中リスクをより良く反映した推計を提供しうる。
 
 モデルは、設計上、業務ライン、信用度、市場の変動要素、及び経済環境の影響を受けると同時にそれらを反映したものにできる。そのため、モデルの方式により、現実をより良く反映し豊富な情報を提供するリスク管理の手段とすることができる。
 
 さらに、モデルはa)システムとデータ収集を改良するインセンティブとなり、b)幅広い情報に基づく枠や引当金を定め、c)リスクと収益性に基づいたより正確なプライシングにより、結果として透明性の高い意思決定プロセスの構築に寄与し、さらにd)経済的資本の配分に向けたより整合的な基盤をもたらすことができる。
 
 モデルの方法論が発展し、その結果として銀行の信用ポートフォリオの一定部分についてリスク管理プロセスの厳密性と整合性が向上することも、監督上の観点からは重要なアピールとなる。現行のバーゼル合意のアプローチに比べ、モデルをベースとしたアプローチでは、所要自己資本は、資産のリスクの程度及びポートフォリオの集中度に、より密接に関係付けられることになろう。このようにして、信用リスクに対する所要自己資本のより包括的な測定が可能となり、その結果、金融システム内の資本配分が改善される可能性がある。さらに、経済環境の変化及び金融商品の技術革新に適応できるモデルの柔軟性は、銀行がレギュラトリー・アービトラージにかかわるインセンティブを減少させる可能性がある。

 上記の点は、モデル化による様々な利点を強調したが、モデル・アプローチが規制上の所要自己資本の決定に使用可能であるかを評価するためには、下記に示されているような多くの重大な障害を乗り越えなければならない。

 

問題点の要約

 モデルを評価するにあたり、当タスク・フォースは識別された問題点を大きくモデルの概念的方法論(conceptual methodology)、パラメータの特定及び推定、及びモデルの検証、の3つに分けている。以下では、これらの区分に関するいくつかの主要なポイントを議論している(本報告書の別表はその他の主要な点の概要をまとめている)。
 


概念的方法論

 当タスク・フォースは、モデル化に関する概念的アプローチについての様々な実務を広範に検討した。モデルの正確性に対する各アプローチの具体的相違や、将来の規制においてモデルが使われるとした場合の所要自己資本額への影響について、業界との議論を歓迎する。検討された選択肢の中には、次のようなものが存在した。

 信用損失の測定についてのいくつかのアプローチ。大半の銀行が、信用損失の概念の定義として、次の2つのうちいずれかを使用している:一つは、計画期間(planning horizon)内に債務者のデフォルトが生じる場合にのみ信用損失が発生するものと定義されるデフォルト・モード方式であり、他方はデフォルト以前の信用度の低下も考慮する時価評価(より正確にはモデル評価(mark to model))方式である。銀行は信用リスクを評価するためのリスク計測期間として、異なる期間の採用を選択することもある。
 
 エクスポージャー及びデフォルト時の損失額についてのいくつかの測定方法。例えば、ある与信枠に対するエクスポージャーを測定する際に、デフォルト時の貸出の回収金額の見込みを主観的に決定する銀行もあれば、実証的な方法をとる銀行もある。
 
 無条件のモデル及び条件付きのモデル。無条件のモデルは典型的には(比較的限定された)借り手もしくは与信手段の情報のみを反映しているが、条件付きのモデルは経済状態の情報も組み入れている。
 
 信用リスクの集計方法に関するいくつかのアプローチ。大企業及び資本市場の商品で典型的に行われているように、信用リスクを個別資産のレベルで測定する方法と、逆に、集計された(プールされた)データを使用して類似のリスク・プロファイルを有する小口の貸出のリスクを計量化する方法とがある。
 
 信用損失に影響を及ぼす要因の相互依存を測定するいくつかの方法。例えば、銀行はデフォルトと格付遷移の相関を測定するために様々な方法を用いることがある。
 

パラメータの特定及び推定

 デフォルトや格付遷移の過程の定式化は、貸出についての過去の長期間にわたる実績及びその他のモデルの変数に関するデータが欠如しているため、かなり制約されている。主要なパラメータの推定は、信用リスク・モデルで利用されている長期のリスク計測期間によって困難さを増している。そのことは、複数のクレジット・サイクルにわたる長年のデータが、デフォルトの過程を推定するために必要とされ得ることを示唆している。仮に、個々のデフォルト確率が正確にモデル化されたとしても、非常に多数の変数間の相関を確実に推計するためのデータが不足しているため、一つのポートフォリオとしてこうした多数の事象を統合することは依然困難であろう。
 
 また、データの制約により、様々な単純化のための仮説の利用が助長される。例えば;
 
(a)  信用損失の決定要素は、相互に独立していると仮定される
 
(b)  いくつかのモデルに含まれている、デフォルト時の損失の水準といった変数は、ランダム変数としては取り扱われていない。一方、推定されたパラメータやモデルの体系的な仮説は、あたかも「事実」であるかのように(つまり、確定的な変数として)取り扱われている
 
(c)  事前に設定された同一リスク・セグメントに属する債務者は、統計上同一と見なされる
 
(d)  モデルのパラメータは安定していると仮定される

 上記の仮説は、しばしば主観的な判断に基づいており、モデルの開発者が行った選択を支持する実証分析は一般的に極めてまれである。その上、仮説に対するモデルの脆弱性の感応度のテストを行うことは、未だ標準的な実務とはなっていない。実務上、貸出の内部格付や、債務者の業種分類等のモデルのパラメータの推定は、ある程度の人的判断を要するかもしれない。こうした判断や仮説がモデルの正確さを与える影響については、まだよく把握されていない。
 

 現在、内部のデフォルト・データに制約があるために、モデルのパラメータは、多くの場合、複数のソースから得られた情報をプールしたものをある程度反映している。こうしたデータの信頼度、及び、当該データと各銀行自身のポートフォリオの特性ないしはデフォルト実績との比較可能性が、モデルの正確性を評価する上での主要な検討課題となる。
 

モデルの検証

 仮に内部モデルが規制上の所要自己資本の設定に利用される場合には、規制当局は、銀行の内部モデルがそのポートフォリオに固有のリスクの水準及び規制上の所要自己資本を的確に算出しているかについて、確認できる手段が必要となる。マーケット・リスク・モデルにおいては、モデルのパフォーマンスを継続的に確認する方法として、バック・テスティングが利用されている。
 
 銀行は、信用リスクを測定するにあたり、マーケット・リスクにおいて利用されているよりも高い信頼区間を利用するとしている。この様な高い信頼区間を合理的な正確さで推定できるかは不明であり、モデル上の仮説が、分布のテイルの先端部分、裏返せばリスク・テイクに必要な自己資本額に対して、どのように影響するかも未だよくわかっていない。さらに、高い信頼区間を利用することにより、所要自己資本がモデルに強く依存しすぎないか、つまり、金融機関間で比較できないものにならないか、といった問題が残っている。これらをはじめとする多数の制約ゆえに、内部、外部の検証プロセスの困難性と重要性が明らかになっている。
 
 現在、信用リスク・モデルの正確さを定期的に検証するための一般に受け入れられた枠組みが存在しないため、今後、感応度テストのような方法がこのプロセスにおいて重要な役割を果たす可能性が高い。最後に、モデルを活用する内部環境〜つまり、経営者の監督の程度、内部管理の質、ストレス・テストの厳格性、報告プロセス、及び企業文化に基づく与信姿勢といったその他の伝統的な要素等〜が、銀行のリスク管理の枠組みを評価するにあたり、引き続き主要な部分となることについて留意することが重要である。

信用リスク・モデル:現状とその活用 附属表

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