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1 |
.信用リスク管理モデルの構成
○ |
債務者ごと、貸出案件ごとに過去の与信データ等の蓄積を行う。
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○ |
蓄積されたデータに基づき、債務者・貸出案件別に信用格付け等の信用力評価(与信額の把握、デフォルト率の推定、回収率の設定(*1))を行う。
(*1) |
デフォルトにより発生する損失額は、以下の式で算定される。
[期待損失額]=[与信額(エクスポージャー)]×[デフォルト率]
×[1−回収率]
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○ |
ポートフォリオ全体の損失額の確率分布(期待損失及び分散)等を求め、一定の信頼区間の下での信用VaR(Value at Risk)(*2)を算出する。
(*2) |
個別与信の信用リスクをベースとして、信用力相関を考慮に入れ、ポートフォリオ全体について、過去一定の観測期間の変動に係るデータを基に、一定の保有期間経過後の損失額の分布(確率密度関数)を見積もり、それを基礎として一定の信頼区間の下で生じ得る最大損失額を算出する手法。 |
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2 |
.自己資本比率規制についての基本的考え方
(1) |
自己資本比率規制の意義
○ |
早期是正措置は、自己資本比率のディスクロージャーによる市場規律と監督上の措置を整合的に働かせる意味において、銀行の財務状況の早期是正を促すための手段の中心に位置付けられる。
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(2) |
自己資本比率規制の要件
○ |
自己資本比率は、このような位置付けを有するため、その開示結果について、預金者や投資家等が銀行間での横断的な比較を行うことが可能となるものであることが必要である。
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○ |
自己資本比率に基づき行政上の措置が発動されること、銀行間の平等性確保が図られる必要があることに鑑みれば、自己資本比率には一定の客観性と一律性が必要である。
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(3) |
自己資本比率規制の副作用
○ |
銀行に対する規制に当たっては、その副作用の極小化を図ることが必要である。自己資本比率規制におけるリスクウェイトが一律であることは、銀行の保有自己資本が規制上の所要自己資本を僅かに上回っているなどの場合に、個別の信用供与に一律の資本コストが賦課されることにより、リスクとリターンに関する経済合理性に基づいた資金運用を歪めるという副作用をもたらす。
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○ |
ポートフォリオ全体についても、副作用が生ずる可能性がある。銀行の所要自己資本は、予期されない損失に対するバッファーとしての意義と、株主に利益を配分する際の分母としての意義がある。前者は、信用リスクなどが顕在化した際に、直ちに銀行の破綻につながらないための十分なバッファーである必要がある。一方、後者は、一定の収益を所与とすればROE(資本収益率)の指標が投資家等を満足させるに足るだけのものにとどまる必要がある。この両者から求められる自己資本の水準は事前的に必ずしも一致するものではないが、自己資本比率規制は、専らリスクに対するバッファーとしての役割に着目する結果、副作用が生じ得ることとなる。
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○ |
具体的な副作用の一つとして、銀行のいわゆる貸し渋りが指摘されることがあるが、その背景には、個別の信用供与におけるリスクの測定とプライシングの硬直性に加えて、以上の問題があるものと考えられる。
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○ |
なお、自己資本比率規制に関しては、リスク・アセットを圧縮するための優良貸出債権の流動化や、自己資本比率引き上げのための規制回避(レギュラトリー・アービトラージ)等により空洞化が進んでいるという指摘もある。 |
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3 |
.自己資本比率規制と信用リスク管理モデルとの関係
(1) |
信用リスク管理モデルの意義
イ |
銀行経営における活用
○ |
信用リスク管理モデルは、リスクの測定、リスクの制御(個別債権のプライシング、与信額上限の設定など)及び銀行経営への活用(自己資本の適正準備・配分など)に用いられる。
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ロ |
規制への反映の適否
○ |
以下の理由から、可能であれば、取引実態に対応して設定される信用格付け等の信用力評価によることを許容する方がより経済合理性に合致する。
・ |
一律のリスクウェイトの設定には上記2.(3)の副作用があるが、信用リスクを反映したウェイトとすることは、これを緩和するための方法である。
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・ |
リスクウェイトが外生的に設定される場合には、現実の取引実態に合致している保証はなく、その乖離があるときは市場に対する人為的な介入となる。また、資産間の相関や分散投資効果を考慮することができないため、リスクの測定に偏りをもたらす。これに対し、モデルによる場合には、銀行の信用供与との相互関係のもとでリスクが測定されるほか、資産間の相関等を考慮に入れることができる。
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・ |
銀行の固有の機能は、的確な情報生産に基づき信用供与を行うことにより、預金者に対して元本返済を約すことであることからみれば、的確な信用力評価を自ら行うことは銀行として極めて重要である。
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○ |
所要自己資本の額をリスク・アセットの一定割合として算出する場合には、上記2.(3)の副作用があることから、可能であれば、信用VaRに基づく設定の選択を許容する方がより経済合理性に合致する。
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○ |
銀行監督上は、元来、問題発生後、事後的に破綻処理を行うよりも、破綻を事前的に予防することが望ましい。信用リスク管理モデルを用いることにより、銀行の財務の健全性確保が事前的・能動的に行われる効果があるのであれば、これを反映した規制とすることが望ましい。
一方で、信用リスク管理モデルによる対応を許容する場合には、監督当局サイドとしても、そのための体制整備に大きなコストがかかることにも留意する必要がある。
信用リスク管理モデルの反映の適否については、以上の両面を踏まえて、検討していくべきものとなる。
なお、信用リスク管理モデルの構築・運用は、銀行における相当のコスト負担を伴うものである。このため、銀行が、自らの経営判断として、自己資本比率規制において許容可能な範囲にある信用リスク管理モデルを使用せず、標準的アプローチを選択することは妨げられるものではないことにも留意する必要がある。
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(2) |
規制への反映のための要件
イ |
当局の検証の視点
○ |
銀行が自らの経営判断において用いる信用リスク管理モデルを自己資本比率規制において反映させることとする場合に、それを許容するための基本的な要件を検討することが必要である。その際、要件の内容は、上記2.で述べた自己資本比率規制の位置付けに沿っていることが必要である。
そのための検証の視点は以下のとおりである。
・ |
ディスクロージャーによる市場規律を有効に働かせるという観点からは、計数の比較可能性を確保するため、会計制度との整合性や監査による正確性の担保が必要となる。
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・ |
以上の点は、比率の客観性確保の観点からも必要であり、さらに、銀行間の平等性確保が求められることから、信用リスク管理モデルの算出プロセスや現実への適合性について一定のベンチマークが必要となる。
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・ |
信用リスク管理モデルを反映した規制とする場合には、銀行経営に信用リスク管理モデルが活用され、そのことが、それを利用しない場合に比べて、銀行経営の健全性の確保に十分に寄与しているかどうかが重要である。この場合、銀行監督の役割は、自己責任原則に基づく銀行経営の健全性確保を補完するものであることから、銀行の的確な内部管理を促すとともに、銀行における体制整備やプロセスをチェックすることに重点を置くこととなる。
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ロ |
当局による検証の方法
○ |
以上の視点から当局が行うべき検証の方法は、以下のとおりである。
・ |
リスクの測定の正確性:信用リスク管理モデルとして構成上の問題がないかというプロセスのチェックについては、概念上正確であるかどうかを判断するための具体的なチェックポイントを作成し個々に確認していくことが考えられる。実態の反映に関しては、例えば、バックテスティングやストレステスト等の結果を確認することなどが考えられる。
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・ |
リスクの制御・銀行経営への活用:銀行の実務上実施されているかどうかについて、具体的なチェックポイントを作成して個々に確認していくことが考えられる。
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・ |
以上のような検証の方法としては、オフサイトのモニタリングに加え、オンサイトの検査を通じて確認され得ることとされていることが必要となる。 |
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4 |
.信用リスク管理モデルを反映した自己資本比率規制の課題
(1) |
自己資本比率のディスクロージャー
○ |
信用リスク管理モデルを自己資本比率規制の中に位置付ける場合には、モデルの算出結果に基づき算定された自己資本比率そのもののみならず、信用リスク管理モデルによる計量化過程や算出方法も含めて開示されるべきではないかが問題となる。
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○ |
信用リスク管理モデルによる自己資本比率算出の適正性は、開示の正確性担保のための監査や、規制目的のための行政によるチェックにより確保されるべきものである。しかし、監査・検査の限界を踏まえ、さらに透明性を確保して市場からの信認を得るという観点や、各銀行が自己の財務内容を積極的にアピールする観点からは、計量化過程や算出方法についても基本的に開示を行うべきとすることが考えられる。
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○ |
ただし、信用リスクに関し、モデルや算出過程などについて有効な開示を行うためには、相当量の情報が必要になる等の問題が存在している。したがって、リスク管理体制の開示の一環としてどのような内容がボトムラインとなるかを十分に詰めていく必要がある。
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○ |
信用リスク管理モデルに対応する監査や行政のチェックの在り方については、将来に向けて、実務的な検討が進められていくことが望ましい。
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(2) |
リスクアセットの算定
○ |
リスクアセットの算定については、信用リスク管理モデルの構成とその運用の両面にわたって、実態に応じたきめ細かいチェックが必要である。そのほか、信用リスク管理モデルが各銀行の創意工夫に基づき様々であることを考えれば、とりわけバックテスティングを通じてモデルのパフォーマンスをチェックすることが重要である。
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○ |
バックテスティングの対象については、個別与信ごとのバックテスティングであれば、有効な手段であると考えられる。
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○ |
リスクアセットの算定に関しては、信用力相関や大口集中効果の測定のバックテスティングの扱いが論点となる。これには、連鎖倒産や大口倒産が生じる場合を想定し、一種のストレステストを組み込み、その結果を規制内容にフィードバックさせることが考えられる。
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○ |
このような信用力相関や大口集中効果を具体的なリスクアセットの算定方式にどのように織り込むかという点については、例えば、相関関係を考慮した一定のリスク量を算出して付加(アド・オン)する方法や、逆に、あらかじめ付加したリスク量を与信分散の程度に応じて減少(ヘア・カット)させる方法など、標準的アプローチとのバランスにより取扱いを決めていくことが考えられる。
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○ |
回収率については、担保の種類に応じた定数値とされたり、特定の確率分布を仮定してその変動を織り込むなどとされている例が多い。しかし、我が国における過去の担保価値の大幅な変動に鑑みれば、景気に関連する何らかの変動を考慮することなどが考えられる。バブル経済の発生と崩壊を省みれば、規制上も、こうした何らかの工夫が行われていることを要件とすることが考えられる。
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(3) |
所要自己資本
○ |
信用VaRによるポートフォリオ・ベースの信用リスクの測定や、それに基づく信用リスクの制御・自己資本の配分への利用については、そのプロセスも含めて的確に行われているかという観点から、実態に応じたきめ細かいチェックが必要である。
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○ |
実態の反映の確認については、信用VaRに基づき規制上の所要自己資本を設定することは、以下のような問題点と前述のような経済合理性の双方を踏まえて検討していくことが必要である。
・ |
VaRの概念上、発生する損失額が自己資本額を超え銀行が破綻する可能性がどの程度あるかは明らかではない。また、信頼区間を超える部分で大きいポジションをとるようなリスク・プロファイルをつくることを促進しかねないという副作用も考えられる。
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・ |
信用VaRについては、バックテスティングが容易に行えない。
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・ |
計算負荷や有効数字といった技術的な問題もある。
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○ |
以上のような問題を念頭に置きつつも、現時点の試行的な考え方として、信用VaRに一定の計数を掛けたものを規制上の所要自己資本額とすることも考えられるが、当面の対応としては、信頼区間として特定の割合を定めず、むしろ、信用VaRの算出結果と算出の際の信頼区間、自己資本額と信用VaRとの比率、発生する損失額が自己資本額を超える確率などを開示することが考えられる。
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