企業会計基準設定主体のあり方について(論点整理)


平成12年6月29日
企業会計基準設定主体の
あり方に関する懇談会


.はじめに
 
 当懇談会は、経済の重要なインフラである会計基準の設定について、その機能を強化することが必要であるとの認識の下で、大蔵省に経済界、証券界、監査人、学界からの関係者が参集し、民間機関が基準設定機能を担うことにつき、満たすべき要件を含めその具体的可能性等について、幅広い観点から議論・検討するため開催されたものである。4月12日の第1回会合以来、6回にわたって、精力的に議論を行ってきたところであり、今回、懇談会としてのこれまでの議論の論点を整理し、概ね以下のようにとりまとめることとしたところである。




.基本的な考え方


 金融技術等の発達に伴い、一層高度かつ複雑な経済取引の拡大が急速に進展しているほか、情報通信技術等の急速な発展により、大量の資金がより利便性の高い市場を求めて瞬時に国境を超えて移動するようになり、かつ国外の企業活動・市場・経済の動向と自国における経済活動がより密接に連関するようになっているところである。また、我が国における社会経済の成熟化に伴い蓄積された資金をより有利に運用しつつ、全体として効率的に供給していくシステムが求められているところである。


 このような状況の中で、十分な情報開示を前提として、市場規律と自己責任原則に基づく新たなシステムへの移行の必要性が強く認識され、様々な改革が実行されているところである。


 ディスクロージャー制度は企業の実態を適時・適切に開示し、投資者の自己責任に基づく投資判断と、企業経営に対する有効な外部規律という市場の基本的なインフラとしての役割があり、公正・透明な経済取引の確保、情報の不足や情報の非対称性に起因するリスクの回避並びに効率的な資源配分の促進の観点等から、会計基準等を通じた企業内容等の開示における透明性の一層の向上が強く求められている。


 また、近年のM&Aや、企業部門自体の国際化等、国境を超えた経済・資本取引の急速な進展の中で、投資等経済取引において合理的な判断をするために、開示情報における比較可能性の確保が一層重要となっており、それを担保する国際的な調和が重要となっている。


 なお、国際会計基準委員会の全面的な組織改革が進行中であり、改組後は国際会計基準の改訂がより強力に進められると見込まれ、国際的な場における基準の開発に貢献しつつ、議論をリードできる発信能力を国内に備える観点から、基準設定機能の強化が求められていると考えられる。


 したがって、企業内容等の開示情報の適正性を一層確保するため、弛みない会計基準の充実、監査の徹底、基準遵守のための行政当局を含む体制強化が必要となっており、監査の徹底や当局での体制の強化と併せ、会計基準の設定についても、このような環境の変化を踏まえたシステムが必要となっていると考えられる。


 現在、我が国会計基準は、企業会計審議会においてここ数年精力的に改訂がなされ、諸外国に比べても遜色ないものとなってきているが、経済取引・企業活動の高度化、複雑化、国際化等の急速な変化に的確に対応しつつ着実な基準整備を行っていくため、官民が適切な役割分担の下で人材・資源を結集しその機能を強化していくことが強く求められている。このような観点から、民間分野における実務的な専門的知識や資源を常時・最大限結集できる枠組みの構築が必要となっているところであり、現行システムの問題点等を検証しつつ、積極的に民間主体の新しい枠組みを検討していくべきである。新しい枠組みとする場合、確保されるべき必要な要件を満たし、かつ充実した組織・体制等を構築することによって、作成した基準が有効に機能するという信頼を国内外から得ることが必要不可欠であると考えられる。


 なお、会計基準は経済の非常に重要なインフラであり、その経済活動に与える影響が大きいことから、設定において混乱を招くような事態は許されず、また、我が国において、これまで企業会計審議会により基準が作成され浸透が図られてきた歴史等に鑑みれば、民間機関方式に移行する場合、当該民間機関が有効に機能する見通しが立つことを確かめながら段階的に移行する必要がある。




.具体的な論点

(1)

 民間基準設定主体に確保されるべき要件に関する論点
 
 まず、民間設定主体が真に会計基準設定主体として機能するためには、(1)独立性、(2)人事の公正・透明性、バランスの確保、(3)会計基準設定プロセスの透明性、(4)専門性、多様性、(5)常設・常勤性、即時性、能動性、国際性、等の各要件を満たすことが必要であることが確認された。
 
(独立性)


 独立性については、投資家保護等の観点から行政を含む各方面からの独立性が確保される必要がある。


 資金拠出者からの独立性について、各国とも資金調達を行う組織と基準設定を行う組織を別な組織にする等様々な工夫をしているところであり、我が国も同様の工夫を行う必要があると考えられる。また、実際に基準設定を行う委員等の任命についても資金拠出者からの独立性、手続の透明性等を確保する明確な規程が必要ではないかと考えられる。また、資金調達との関係においてはできる限り幅広く集めることが独立性を確保する観点から重要であると考えられる。


 また、特定利害関係者からの独立性についての客観性の確保のため、設定主体の委員やスタッフの活動等に関する服務・倫理規程、並びに出身母体や特定の団体との間での復職、兼業、兼職等を禁止する規程を整備することが必要であると考えられる。他方、これについては、米国に見られるような復職禁止規程(ノーリターンルール)は、現在の我が国における雇用環境等の中で厳密に適用するのは困難であるとの指摘があり、今後さらに検討の必要があると考えられる。なお、その場合は、独立性の観点からそれを補う何らかの方策が必要であると考えられる。

(人事の透明性、公正性及びバランスの確保)

 人事の公正・透明性の確保については、選考手続についての明確な基準を定めた上で、選考を行うとともに、基準作成についての公平・中立性の確保を外観としても維持する観点から、人事に責任を有する組織は基準自体を作る組織とは別に組織する必要があると考えられる。


 また、公平・中立性を外形的にも備えるためには、結果としての人事におけるバランスの確保が重要であると考えられ、基本的には中核となる支援団体からの推薦を勘案しつつも、特定の領域の関係者が一定以上の割合を占めることのないようにすべきと考えられる。

(会計基準設定プロセスの透明性)

 会計基準設定プロセスの透明性については、現在の議事録等の公開による透明性を一層徹底させることが重要であり、議事・資料等を全て公開するほか、公聴会や傍聴も含めてより積極的な審議経過についての公開のあり方等を検討すべきであると考えられる。


 また、米国等と同様に、公平・中立性等の確保の観点から、テーマの選定や政策的事項等に対するコメント等を行う諮問機関を置き、投資家保護等の観点から行政当局も含めた関係者が適切に関与することが必要であると考えられる。

(専門性・多様性)

 専門性・多様性については、各界からの第一級の人材を集めることが当然必要と考えられる。

(常設・常勤性、即時性、能動性、国際性)

 常設・常勤性、即時性、能動性、国際性については、まず十分な数の常勤者を確保することが必要であるが、他方、多様な意見を反映させるためには非常勤委員・スタッフも念頭において十分な数の委員・スタッフを確保することが重要であると考えられる。また、米国や英国にも見られるように、適時・適切に実務上発生しつつある問題に早急に対処し、迅速・的確な対応を診断・措置する役割を担う専門的な委員会も設けるべきではないかとの指摘もあった。


 特に国際性の観点からは、国際会計基準委員会の組織改革が進行していることを踏まえ、改組後の国際会計基準委員会と適切なリエゾン関係を保つとともに国際的な会計基準に関する動向に的確・迅速に対応できること、我が国から積極的に発信することにより国際的な議論もリードできること等が求められており、そのためには日頃からの研究・広報活動、国際会議への出席、国際的交流が非常に重要であると考えられる。

(2)

 民間基準設定機関に求められる組織・体制等に関する論点


 このような各要件を備え、世界第2位の資本市場を律する企業会計基準の設定主体として、国際的にも積極的に発信し議論をリードできるものとするためには、米国の設定主体の体制等を参考としつつ、投資家保護や公益の保護等の観点からも質の高い基準を生み出すことのできる充実した組織・体制を確保することが必要である。


 諸外国の例にも見られるとおり、設定主体の組織の構成として、まず、資金調達、人事、運営全般等について責任を持つ組織と、基準設定について責任を持つ組織を分離して組織することが適当である。


 当懇談会においては、今後予想される基準改訂、実務指針策定等に係る業務の増大を具体的に念頭に置きつつ、それに迅速・的確に対応できる体制について、諸外国の例も参考にしながら議論・検討を行ったが、概ね以下に示すような考え方の整理を行ったところである。ただし、これらについては、今後さらに議論が深められ精査されることが必要と考えられる。

(組織の運営等に責任を持つ組織)

 資金調達、人事、運営全般等についての責任を持たせる組織を運営委員会(仮称)として設けることが必要であると考えられる。

(基準の作成について責任を持つ組織)

 前述のとおり、基準作成に責任を持つ会計基準設定委員会(仮称)を別に組織する必要があると考えられるが、議長及びテーマ毎の部会の部会長を務める委員は最低限常勤者であることが望ましいと考えられる。各テーマ毎に専門部会を設置する必要があり、当該部会については設定主体の委員、スタッフ及び外部からの非常勤委員で構成するのが適当であると考えられる。


 基準設定に関わる専門スタッフ等については、諸外国の例を見ても、常勤の専門スタッフを充実させることが、能動性、国際性、即時性等の観点から重要であり、十分な数の常勤スタッフを考えるのが適当であると考えられる。

(テーマ選定等に責任を持つ組織)

 米国や国際会計基準委員会の例にも鑑み、テーマ選定等に対して、実務におけるニーズや投資者等の保護の観点に的確に応えていくために諮問委員会のような場を別に設ける必要があるのではないかと考えられる。

 なお、これらの組織におけるそれぞれの必要な人員体制のイメージについては、以下のようなものになるのではないかとの意見が示された。これについては更に検討が深められる必要がある。

 運営委員会(仮称) : 非常勤で15名程度
 会計基準設定委員会(仮称)
   委員
   専門スタッフ

: 常勤者5名程度、全体で10〜15名程度
: 基本的に常勤者で20名程度
 テーマ検討諮問委員会(仮称) : 非常勤で15名程度

(3)

 資金調達に関する論点


 資金調達については、このような組織・体制を維持するに必要な資金額を想定して資金調達の方途を検討することが必要と考えられる。


 まず、必要な資金の規模については、懇談会において、上記の組織・体制を維持するための必要資金額を大まかに試算したところ、年間7億円程度は必要となるのではないかとの意見があった。これについては、必要となる組織・体制等についての更なる検討とともに、試算に用いた仮定等の吟味も必要であると考えられるが、いずれにしても民間機関に充実した組織・体制を備えるためには、相当規模の資金が必要となると考えられる。
 なお、景気の変動や必要な検討課題の増加等に対応しつつ常に必要資金を確保するためには、一定の資金を準備金として当初から蓄えることが必要と考えられる。


 資金調達の方法については、資金拠出者からの独立性を確保する観点からもできる限り幅広く資金を集めることが必要であり、会計基準のもたらす便益を考慮した応益原則を基本としつつ、資金拠出力に基づく応能原則も加味して、財務諸表作成者、監査人、財務諸表利用者等から広く資金調達をすることを基本として考えることが適当である。


 資金調達の安定性の観点からは、様々な資金調達方法を併存させながらも核となる資金調達構造が必要であると考えられる。


 懇談会ではこれらを踏まえつつ、資金調達方法等について議論・検討を行った結果、概ね以下のような考え方の整理を行ったところである。


 企業会計基準の重要な目的が適正な財務情報の投資家等への提供にあることに鑑み、公開会社からの資金調達を中核としつつ、その他適切な調達方法により各企業からできる限りの資金調達を行うことが必要であると考えられる。その際、経済界において、必要な資金を負担するという意識の醸成が必要不可欠であると考えられる。


 会計士界からは、基本的に監査法人からその規模等を勘案しつつ相当額を調達することが現実的とも考えられるが、監査人から監査報酬の一定割合を設定主体の活動資金に充てるという方法により調達することも今後の検討課題であると考えられる。


 その他、関係団体等からの寄附・出捐等や、設定主体自身による出版物収入等の資金確保方策についてもできる限りの規模となるよう検討すべきであると考えられる。


 なお、会計基準は証券市場の重要なインフラの一部であり、会計基準の公益性を勘案し、民間での資金調達を円滑に行う観点から、必要資金の一部について国費負担の可能性を検討すべきとの意見があった。
 他方、民間ベースで資金を調達していくことが国際的な評価を高めると考えられるのではないか、また、補助金等国費負担をすれば、設定主体の自由度が制約されるおそれがあるのではないか等の観点から、民間により必要な資金の調達を図るべきとの意見があった。


 各国の主要な設定主体を見れば、米国、ドイツにおいては必要資金について全額民間から調達が行われ、英国においては民間による資金調達を基本としつつ一部国費による補助が行われている。


 いずれにせよ、資金調達のあり方については、実行可能性や技術的可能性も含め、更に検討が必要であると考えられ、今後関係者により一層の議論・検討がなされることが必要である。また、各方面の理解を深め、環境を醸成する観点から、関係者一体となって積極的に広報に努めることが必要であると考えられる。

(4)

 官民の役割分担に関する論点


 企業内容等の開示にまず責任を持つのは開示する主体であるが、海外との関係も含めて国内の投資家等を保護するのは国の責務であり、国は投資家保護等の観点から適切に役割を果たすことが求められる。


 米国など民間が基準設定の機能を担っている諸外国の例を見ても、会計基準設定についての最終的な権限を行政当局が有しており、我が国においても、投資家保護等の観点から行政当局が一定の役割を果たすこと、すなわち、行政当局自らが会計基準を設定する権限を留保しつつ、民間機関により作成された会計基準を承認することや、必要に応じ会計基準作成の要請を行うこと等が必要であると考えられる。


 行政当局が一定の役割を果たすとしても、行政からの関与は合理的かつ透明性を有するものである必要があり、例えば承認についての拒否権を発動する場合等において、投資家の保護等の観点からの合理的な理由の明示が必要であると考えられる。


 いずれにしても、米国等においても基準設定主体の独立性を保ちつつ、行政当局と緊密に連携が図られているところであり、我が国においても行政当局と基準設定主体の間は同様の関係が構築されることが重要である。




.おわりに
 
 会計基準整備に対する諸外国の取組みは鋭意進められており、我が国においても、当懇談会で得られた論点の整理をベースとして、引き続き、新たな枠組みの構築を目指し具体的に検討を進めていくことが期待される。また、このような取組みについて、あらゆるチャンネルを通じて、内外の認識を深める努力を続けていくことが重要であると考えられる。

「企業会計基準設定主体のあり方に関する懇談会」メンバー


(敬称略、五十音順)

関     要   日本証券業協会副会長
鶴 島 琢 夫   東京証券取引所副理事長
中 地   宏   日本公認会計士協会会長
中 村 芳 夫   (社)経済団体連合会常務理事
福 田   誠   大蔵省金融企画局長
若 杉   明   高千穂商科大学教授