第2章 電子マネー・電子決済の現状

                                                                                    
1.諸外国での動き                                                                  
                                                                                    
    近年、世界各地で小売段階における支払を電子化する試みが進められている。欧州におい
  ては、主として小切手による支払を代替するものとして、ICカードを用いたデビット・シ
  ステムが広く取り入れられてきているが、さらに、通常現金により行われている少額の支払
  を念頭に置いたプリペイド式の支払システムが開発され、実用化に向けた取組みがなされて
  いる。代表的なものとしては、英国ナットウエスト銀行とミッドランド銀行が開発した「モ
  ンデックス」やベルギーにおいて実用化が図られている「プロトン」、ドイツの全金融機関
  が参加して進められている「ゲルトカルテ」などが挙げられる。                        
    他方、米国においては、コンピュータ・ネットワークが早くから発達していることもあっ
  て、ネットワーク上での支払方法の開発が進められてきている。その初期の段階から開発さ
  れ、現在最も一般的に利用されているものとしては、ファースト・ヴァーチャル社やサイバ
  ー・キャッシュ社等によるクレジット決済のシステムがあるが、チェック・フリー社やFS
  TC(Financial Service Technology Consortium )による小切手を電子化したシステムや
  マーク・トゥエイン銀行による「Eキャッシュ」のような貨幣の電子化を目指したシステム
  も開発され、一部では実用化も行われている。また、SFNB(Security First Network 
  Bank)のように実際の店舗を有せず、ネットワーク上にのみ存在する銀行も登場するように
  なっている。                                                                      
    さらに、最近では、米国アトランタで「ビザ・キャッシュ」の実験が行われたほか、「モ
  ンデックス」の実用化に向けた実験が米国や香港等のアジア地域でも開始されるなど欧州以
  外の地域でもICカードを用いたシステムの実用化に向けた取組みが進展する一方、欧州で
  もドイツ銀行が「Eキャッシュ」の実験に着手するなどネットワーク上での支払方法に目を
  向ける動きもあり、世界各地で様々な形態の電子的な決済システムに関する取組みが進めら
  れる状況にある。ただし、いずれにしても、多くが開発や実証実験の段階にあるか、実用化
  はされているものの限定的な規模に止まっており、未だに広範囲に普及する段階に至ったも
  のはないというのが現状である。                                                    
                                                                                    
2.我が国における取組み                                                            
                                                                                    
    我が国においても、金融サービスの電子化は、これまでにも、広範なATM網の整備や電
  話、ファックス、パソコン等の機器を用いた銀行サービスの提供といった形で進展してきて
  いる。最近では、個人向けにインターネットを通じて銀行サービスを提供するインターネッ
  ト・バンキングも開始されているほか、昨年12月には「全国銀行データ通信システム(い
  わゆる全銀システム)」上で振込情報に20桁までの「マッチング・キー」を付して送信す
  る金融EDIのサービスも始まっている。                                            
    また、小売段階での支払手段の電子化については、磁気ストライプの付いたプリペイドカ
  ードが既に広範囲に普及しており、一般的に利用されている。ICカードの活用についても、
  10年程前から取組みが行われており、ICカードを用いたプリペイド式の支払システムも、
  その範囲はビル単位や商店街単位等限定されたものではあるが、数多く実施されてきている。
  ただし、より広範囲での利用を目指した取組みについては、来年6月に首都圏において「ビ
  ザ・キャッシュ」の実験が計画されるなど、最近になって本格化したとの指摘もある。なお、
  ネットワーク上での支払方法の開発については、カードを使わないプリペイド方式の決済の
  サービスが開始されているほか、インターネット上での安全なクレジット決済の利用方法の
  開発や「Eキャッシュ」等の実証実験、貨幣の電子化を目指した独自の決済システムの開発
  等様々な試みが進められている。                                                    
                                                                                    
3.電子マネー・電子決済の類型                                                      
                                                                                    
(1) 電子マネー・電子決済の分類                                                      
                                                                                    
    最近、「電子マネー」や「電子決済」という用語は新聞や雑誌等においても頻繁に使用さ
  れているが、その意味するところは様々であって、必ずしも明確な定義が確立されている状
  況にない。特に「電子マネー」については、その目的に応じた定義が多く試みられているが、
  上記のような情報通信技術を活用した新たな決済サービス全般を指すものとして用い、多様
  なプロジェクトを混在させて議論がなされていることも少なくない。                    
    こうした中で、新たな決済サービスを分析する際に比較的よく用いられるのは、電子機器
  や通信機器を用いて電子的な方法による決済を行う仕組みを、「決済手段の電子化」と「決
  済方法の電子化」に区別する方法である。前者は、「貨幣価値の電子化」と説明されること
  もあるが、利用者の保持する電子機器に記録されたデジタル・データがそれ自体「価値」を
  有するものとされ、これを交換又は増減することにより決済を行うものである。現金による
  支払の代替を目的として開発されている「モンデックス」や「ゲルトカルテ」、「ビザ・キ
  ャッシュ」、「Eキャッシュ」等のほか、従来からあるプリペイドカードもこれに分類でき
  る。他方、後者は、利用者が決済のための「価値」の移転を第三者に対して指図する場合に
  その指図を電子機器や通信機器を通じた電子的な方法により行うものであり、インターネッ
  トを通じた銀行振替やクレジット決済等の新たな決済サービスに加え、現在広く利用されて
  いるATMを通じた振込やクレジットカードによる決済もこれに含めて考えることができる。
  なお、この区分は、各々「ストアード・ヴァリュー型」、「アクセス型」と呼ばれることも
  ある。                                                                            
    以下の検討では、一応、「電子マネー」を、上記の分類における「決済手段の電子化」の
  仕組みにおいて貨幣価値を有するものとされるデジタル・データを意味するものとして用い
  る。これは、有体物ではないデジタル・データそのものに「価値」があるとすることにより
  提起される様々な論点を、以下において検討していくためである。ただし、検討に際しては、
  基本的に、特定の商品やサービスの購入との関連が強いテレフォン・カードのようなものは
  想定せず、より一般的な決済手段としての利用を想定したものを念頭に置くこととする。な
  お、ここで「一応」としているのは、こうした用語法が必ずしも確立したものではないこと
  に加え、仕組みによっては、そこで使用されているデジタル・データがそれ自体「価値」を
  有するものなのか、価値の移転を行うための「指図」であるのか判別困難な場合もありうる
  ためである。                                                                      
    他方、決済を行う過程において、その全部又は一部に電子機器や通信機器を利用する場合
  に生ずる問題を検討するため、以下では、そうした仕組み一般を意味するものとして「電子
  決済」という用語を用いることとする。この場合、近年の情報通信技術の進展を取り入れて
  開発されたインターネットを通じた預金振替やクレジット決済等の新たな「決済方法の電子
  化」の仕組みが主に念頭に置かれることとなるが、電子マネーを用いた決済システムのほか、
  ATMを通じた振込等の従来からある「決済方法の電子化」の仕組みも検討対象の範囲に含
  まれることに留意する必要がある。                                                  
                                                                                    
(2) 電子マネーの分類                                                                
                                                                                    
    電子マネーを用いた決済システムについても、これまでに、採用されている技術や想定さ
  れている利用形態等の違いを反映して多様な仕組みが考案されている。それらについては、
  とりあえず、以下のような分類をすることができる。ただし、どの分類に関しても各類型の
  中間的又は融合的なものが考えられてきており、こうした分類は必ずしも絶対的なものでは
  ないことに留意すべきである。                                                      
                                                                                    
イ.利用形態による分類                                                              
                                                                                    
    最も一般的なものは、携帯が容易なICカードに電子マネーを記録し、現実の店舗で利用
  することを想定した「ICカード型」と、ネットワーク上の仮想店舗への支払等ネットワー
  ク上での利用を想定した「ネットワーク型」に分類するものである。なお、これに近いもの
  として、電子マネーの偽造防止等のためにICカードのような専用の記録媒体を活用するか
  否かで「ICカード型」と「ソフトウェア型」の分類もある。                          
                                                                                    
ロ.流通形態による分類                                                              
                                                                                    
    電子マネーの流通形態に着目し、電子マネーの利用を一取引に限定し取引の都度発行体に
  還流させる仕組みか、他の利用者から取得した電子マネーを再度利用することが可能で電子
  マネーが利用者間で転々譲渡されうる仕組みかにより、「クローズド・ループ型」と「オー
  プン・ループ型」に分類することもある。前者はプリペイドカードに近いが、後者はより現
  金に近いものを目指したものである。                                                
                                                                                    
ハ.技術設計による分類                                                              
                                                                                    
    電子マネーの技術的な設計の観点からは、発行体から一定の金額を意味するデジタル・デ
  ータが発行され、そのデータ自体を相手方に交付することで電子マネーの譲渡を行う「トー
  クン(ノート、コイン)型」と、利用者は各々保有する電子マネーの残高を管理し、取引の
  場合は一方を減額し他方を同額増額することにより電子マネーの譲渡を行う「バランス(残
  高管理)型」の分類も重要とされる。                                                
                                                                                    
ニ.その他                                                                          
                                                                                    
    上記のような分類のほか、電子マネーの発行体等が利用者の保有額等を個別に管理してい
  るか否かにより登録型と非登録型に区分する方法や、利用者が電子マネーの発行体に対し発
  行を受けた電子マネーの対価を支払う時点が電子マネーを利用して決済を行う時点に比べて
  前か後かにより前払型と後払型に区別する方法等、検討の内容に応じ、様々な類型化が試み
  られている。                                                                      
    なお、前払型と後払型の類型化に関しては、電子マネーの仕組みが、デジタル・データ自
  体に価値があり、それが決済手段として使用されるものとしていることから考えられうる分
  類である。しかしながら、後払型は、特にクローズド・ループ型の場合にクレジット決済の
  仕組みと区別が困難な場合もあることや、電子マネーの発行体により貸し付けられた資金で
  前払いを行ったとも考えうることなどから、こうした分類を認めず、電子マネーは前払型の
  決済の仕組みであるとの説明が行われることもある。                                  
                                                                                    
(3) 電子マネーの利便性                                                              
                                                                                    
    デジタル・データが「価値」を有することとし、通信回線等を通じてこれを交換又は増減
  することにより決済を行う電子マネーの利便性を既存の決済手段と比較した場合、例えば、
  現金には、隔地者間の移動が困難である、分割が困難であり釣銭が必要となる、量が多くな
  ると携帯に不便であるといった難点があるが、電子マネーには基本的にこうした不便さがな
  い。また、一般的な決済手段としての預金には、移動の度に金融機関へのアクセスとそこで
  の記録の書換えが必要となりコストがかかるといった難点があるが、電子マネーはこうした
  問題を生じさせない設計が可能である。テレフォン・カード等の従来のプリペイドカードと
  比較すれば、電子マネーは汎用性や換金性において優れていると考えられる。            
    このように、電子マネーは、既存の決済手段の有する不便さを克服し、より効率的な決済
  手段を目指したものであり、既存の決済手段を代替する可能性を有しているものであると考
  えることができる。                                                                
                                                                                    

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