第7章 電子マネー・電子決済と金融政策等

                                                                                    
1.電子マネー・電子決済の金融政策への影響                                          
                                                                                    
(1) 電子マネーのマクロ経済への影響                                                  
                                                                                    
    電子マネーが現金に代わる決済手段として普及することは、理論的には、一般的な決済手
  段の量という意味での実質的なマネーサプライの増加等を通じ、金融緩和効果を有すると考
  えることができる。ただし、その効果は、現金ばかりでなく預金をも代替する形で進むかや、
  電子マネーの普及が信用創造を伴う形で行われるかといった普及の形態によっても異なった
  ものとなりうる。すなわち、電子マネーが預金を代替する形で普及し、預金を減少させる場
  合には、乗数効果を有する預金の減少によるマネーサプライの減少効果と金融機関の支払準
  備の解放や電子マネーの普及による実質的なマネーサプライの増加による金融緩和効果の双
  方が働くと考えられる。さらに、電子マネーの発行体が電子マネーによる貸付けを行う等信
  用創造を行うような場合には、電子マネーの普及による実質的なマネーサプライの増加が乗
  数効果を伴った金融緩和効果を有すると考えることができる。                          
    また、電子マネーという効率的な決済手段の普及は、経済全般の取引の効率性の向上を通
  じて、経済学にいう「貨幣の流通速度」を上昇させることから、金融緩和効果を有するとの
  見方もある。                                                                      
    このように電子マネーの普及はマクロ経済に対し理論的には金融緩和効果を有するものと
  考えることができるが、こうしたマクロ経済への影響は基本的には中央銀行による適切な金
  融調節により対応が可能なものであり、それ自体が深刻な懸念を惹起するものではないと考
  えられる。ただし、電子マネーの普及が急激かつ大幅に進展し、マクロ経済に対して予期せ
  ざる大きな影響が生ずる可能性も否定できないとの指摘もあり、また、緩やかな普及の場合
  でもマクロ経済に一定の影響を及ぼし、金融調節の効果にも影響を与える可能性もあるとさ
  れることに鑑みれば、関係当局と中央銀行との密接な協調等を通じて、その発行状況や影響
  等に関する的確な情報の把握・分析を行い、適切な金融政策の実施が確保されるようにして
  いく必要がある。                                                                  
                                                                                    
(2) 電子マネーの中央銀行の金融調節能力への影響                                      
                                                                                    
    マクロ経済への影響に加え、電子マネーの普及は論理的には中央銀行の金融調節能力自体
  にも影響を与える可能性があるものである。特に、電子マネーの普及により、金融機関の支
  払準備需要の不安定化や中央銀行のバランスシートの縮小が生じ、中央銀行の金融調節が制
  約を受けるとの懸念が指摘される。                                                  
    まず第1に、仮に電子マネーの普及により金融機関の支払準備需要が不安定化する事態が
  生ずれば、主として金融機関の支払準備に係る需給関係に影響を及ぼすことにより行われて
  いる中央銀行の適切な金融調節の実施に支障が生ずるとの懸念が指摘される。すなわち、電
  子マネーの普及が急激かつ大幅に進展した場合、経済全般の現金需要が予想しがたい程度で
  変動し、その結果、金融機関の支払準備需要も大きく不安定化する可能性も否定できない。
  また、例えば電子マネーの普及により預金の減少等を通じて金融機関の支払準備が大幅に減
  少することとなれば、相対的に支払準備需要の変動が大きくなり、適切な金融調節を実施し
  づらくなるとの指摘もある。                                                        
    こうした問題は、電子マネーの普及が急激かつ大幅に進展する事態が生ずれば、現実のも
  のとなりうるものであるが、これが緩やかに進展する限りはそれ程深刻なものとなるおそれ
  は小さいと考えられる。また、仮に問題が現実のものとなりうる状況においても、電子マネ
  ーの発行見合資金を準備預金の対象とすることや運用制限を課すこと等により安定的な支払
  準備需要を確保することは可能であると考えられる。                                  
    第2に、電子マネーの普及により現金の利用が代替される場合、中央銀行の負債の大宗を
  成す現金の発行が減少し、中央銀行のバランスシートが縮小することとなる可能性がある。
  この場合、例えば中央銀行が最後の貸手機能を発動し、その後資産を売却して資金吸収を行
  おうとする際に支障が生ずるおそれがあるとの指摘もなされている。                    
    この問題も、電子マネーが極めて広範に普及し、中央銀行による現金の発行が大幅に減少
  した場合に初めて生ずる問題であり、少なくとも現時点においては現実に懸念すべきものと
  は考えられない。また、中央銀行は有利子の負債性証券を発行することで資金吸収を行うこ
  とが可能であり、仮に問題が生じた場合であっても対応する方策はあると考えられる。    
    このように、電子マネーの普及による中央銀行の金融調節能力への影響については、当面
  懸念すべき問題ではないと考えられるが、必要な場合には適切な対応が可能となるよう、そ
  の動向には十分注意していく必要がある。                                            
                                                                                    
(3) 決済方法の電子化の進展と金融政策                                                
                                                                                    
    近年新たに開発されている電子決済には、インターネット等の通信回線等を通じてクレジ
  ットカード番号を送付することにより行うクレジット決済や通信機器を活用して電子的に金
  融機関に振替指図を行う電子バンキングのように、既存の決済方法を電子化したものも少な
  くない。こうした決済方法の電子化の動きは、これまでもATMを通じた振込等の形で相当
  程度普及してきており、これがインターネット技術の活用等によりさらに進展するとしても、
  基本的に現在の中央銀行による金融政策に大きな支障が生ずることはないと考えられる。た
  だし、このような決済方法の電子化も、論理的には決済の効率化を通じて貨幣の流通速度を
  上昇させる等マクロ経済に対して一定の影響を及ぼす可能性があるものであり、適切な金融
  政策の実施を確保していく観点から、その動向やマクロ経済への影響等については、今後と
  も十分に注視していく必要がある。                                                  
                                                                                    
2.電子マネー・電子決済の国境を越えた利用                                          
                                                                                    
(1) 電子マネー・電子決済の国境を越えた利用の可能性                                  
                                                                                    
    電子マネー・電子決済の進展は、利用者が国境を越えて外国の主体が提供する決済サービ
  スを利用できる機会を増大させる。特に、インターネットの発達により世界規模での通信ネ
  ットワークが形成され、これを通じた電子マネー・電子決済の利用が可能となることにより、
  利用者は国内に居ながら、外国の金融機関等が提供する電子決済サービスを直接利用したり、
  外国の発行体から電子マネーの発行を受けて決済に使用したりすることが、リアル・タイム
  で容易にできることとなる。このような電子マネー・電子決済の進展による決済サービスの
  無国籍化の動きは、我が国金融機関等を外国の主体との直接的な競争に晒すものであり、そ
  の国際競争力の一層の強化が必要である。                                            
    この場合、まず、我が国金融機関等が、国内の利用者にはもちろん、外国の利用者にも魅
  力的な決済サービスの開発・提供を行っていくことが重要であり、国際的な利用可能性も考
  慮した使い勝手のよい電子決済サービスの開発に取り組むことが期待される。こうしたサー
  ビスの開発を円滑化し促進する観点からは、電子マネー・電子決済に関して国際的な相互利
  用も念頭に置いて、技術的な国際標準の形成も望まれる。                              
    また、我が国金融機関等が外国の主体と同じ条件で競争できる環境を整備するとの観点か
  らは、これらに対し国際的に見て過大な制約を課さないようにすることが必要であり、国内
  の利用者の保護にも配慮しつつ、それらに係る適格性や取引ルールの公正性の確保のための
  枠組みについても極力、国際的に整合性のとれたものとしていくことが重要である。なお、
  こうした国際的な整合性の確保は、個人情報の管理等の利用者保護の面からも求められるこ
  とであることにも留意する必要がある。                                              
                                                                                    
(2) 国境を越えた利用に係る利用者保護                                                
                                                                                    
    本年5月に公表された、10カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G10)の下に設置された電
  子マネーに関する作業部会の報告書においても言及されている通り、国境を越えた電子マネ
  ーや電子決済の利用については、これに適用される法律や行政上又は司法上の管轄権等が複
  雑で、不明瞭なものとなる可能性がある。また、利用者保護のための監督等の措置がより緩
  やかな国において設立された主体の決済サービスを国内の利用者が利用する場合には、国内
  の利用者が適切な保護を受けられないおそれも指摘されている。                        
    こうした状況の下では、外国の主体が提供する電子マネー・電子決済の利用は限定的なも
  のに止まるとも考えられるが、いずれにしても、まず、不測の損害を被ることがないよう、
  利用者自身の十分な注意が必要である。また、今後の利用状況の動向等によっては、これに
  対する適切な国内利用者の保護のための方策についても検討を行うことが必要となることに
  も留意しておく必要がある。                                                        
                                                                                    

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