有識者コラム

(注)本コラムは有識者本人の個人的見解に基づいて書かれたものであり、当庁の見解、意見等を示すものではありません。

スマート資産形成スタイルの話

  • 平成28年12月22日
  • 千葉商科大学人間社会学部 教授
  • CFPR 認定者
    伊藤宏一

第5回 適正な金融行動をとるには

1.宝くじに当たって不幸になった人の話

もう10年以上前のことですが、宝くじ協会から、宝くじに一千万円以上当たった高額当選者向けの小冊子を執筆してほしいという依頼がありました。
なぜ小冊子を作るのかを担当者に聞いてみると、「欧米ではそうしている」ということの他に、「宝くじに当たった人はしばしば不幸になるので」、と言われたのです。
「宝くじに当たるとしばしば不幸になる」ってどういうことでしょうか。数千万円あるいは一億円というお金が突然手に入ると、人は興奮しハイテンションになります。「昨日までの生活とは、おさらばだ。あくせく働かなくていいし、なんでも手に入る。マンションも現金で買って、美味しいものをたくさん食べて、豪勢に暮らそう。」という気持ちになる人も多いでしょう。こうした気持ちになると、生活の歯車が狂い始めます。生活の目標を失い、お金を散財し、自堕落になり、ついに身をもち崩す、という経路をたどる人が結構出ることになります。
もう少し分析してみましょう。宝くじに当たるのは確率の問題で、「運を天に任す」つまり偶然に身を委ねることです。つまり、たまたま宝くじに当たるのは「幸運」、外れるのは「不運」となります。これと対照的な世界が「幸福」です。生活上・仕事上・勉学上の中長期の目標を持ち、自分の意志と絶えざる努力を積み重ねて、そうした目標を達成するプロセスと結果が、「幸福」なのです。他方で「不運」は、必ずしも「不幸」を意味しません。若い時に働き過ぎて大病を患い、同僚がいい地位を占めるようになっていくのに、自分は置いてけぼり。そう感じていた人が、「これからは健康に気をつけて生活も仕事も着実にやっていこう」と考え、その努力を続けているうちに、先を行っていたと思っていた同僚が生活習慣病にかかって仕事を辞めることになり、結果として自分の方がいい仕事ができる様になった、といった話があります。
何れにしても宝くじに当たるという「幸運」が、身をもち崩すという「不幸」の種になることは十分に理由のあることです。お金には欲望を掻き立てるギラギラなパワーがあるので、「幸運」を「幸福」と錯覚しがちですが、それは幻想にしか過ぎません。
この小冊子で私が真っ先に指摘したのは、「大金は入ってきましたが、あなた自身は何も変わっていません。」ということです。例えば、あなたがいい仕事をしたいなら、いい仕事ができる実力を実際に身につける努力が必要なのです。そして「しばし冷静になって、将来の生活設計を立ててみましょう。そのプランに今回のお金がどのように役に立つのかについて、資金計画を具体的に立ててみましょう。」とアドバイスを書きました。これはいわば、ギラギラな欲望から、キラキラな人生目標へと、まともな倫理観に基づく「幸福」概念によって、高額当選者の心のマインドセット(心全体の持ち様)を転換するアドバイスと言えます。
さて、この宝くじが典型的ですが、お金は、自分の欲望に執着している場合、人の心をギラギラと興奮させます。この心理と感情は、ギャンブルや宝くじ、そして株式の短期売買やFX取引などで現れます。このギラギラの油断が、人の心を歪めます。これを防ぐためには、金融に関する知識や理解と共に、人はこうした心理・感情にしばしば陥りがちなこと、それらにはどんな種類があるのか、それらはどんな歪んだ金融行動を引き起こすのかを理解することがまず大切です。

2.典型的な歪んだ金融行動とは

歪んだ金融行動を引き起こす心理・感情については、行動経済学が様々な分析と研究をしています。

  • 1) 近視眼的傾向

    「今が良ければいい」、「短期的な利益にばかり目を向けること」が、すでにお話ししてきたギラギラな気持ちに通じています。一攫千金を夢見てハイリスクなFXや株式の短期売買を繰り返す、あるいはクレジットカードのリボ払いをするなどが、これにあたります。「金融リテラシー調査」(2016金融広報中央委員会)では、お金を必ずもらえるとの前提で、(1)今10万円もらう、(2)1年後に11万円もらう、という2つの選択肢があれば、(1)を選ぶ、という事例を挙げています。

  • 2) 金融行動の回避・先送り

    これには、確定拠出年金を始めることが将来の年金づくりと人生にとって重要なことは、セミナーで理解したが、理解したにとどまり、実際に確定拠出年金に加入して長期投資を始めるという金融行動を取らないことが挙げられます。また個人型の確定拠出年金に加入しようとしたが、どの金融機関(運用管理機関)にしようか、またどんな金融商品で運用しようか、たくさんの選択肢があり過ぎて選びきれず、結局、加入しないままの状態でいる、というのも典型的な事例です。

  • 3) 横並び行動

    自分で金融商品を選択するのではなく、隣人や評判に頼って選択することが、その1つです。これについては、先の「金融リテラシー調査」では、類似する商品が複数あるとき、自分が「良い」と思ったものよりも、「これが一番売れています」と勧められたものを買うことが多い、という事例が挙げられています。

  • 4) 損失回避傾向

    収益が上がる満足よりも、損をする不満足を避けたいという気持ちが強いことです。「金融リテラシー調査」では、「10万円を投資すると、半々の確率で2万円の値上がり益か、1万円の値下がり損のいずれかが発生するとします。あなたなら、どうしますか。」との問いに対して、78.6%の人が「投資しない」と回答していますが、これが損失回避傾向の典型です。

以上のような歪みに対して、「金融リテラシー調査」は、近視眼的行動バイアスは、高齢層や男性で強く、横並び行動バイアスは、若年層や女性で強いとし、これらの行動バイアスが強い人では、金融トラブルが多く発生しており、借り過ぎと感じている人が多い、と指摘しています。

3.バイアスの克服のために

さて、それではこうしたバイアスに陥らないためには、どうしたらいいでしょうか。
第一は金融教育を受けて、金融リテラシーを身につけることです。その基本は、目的は将来の生活設計であり、お金はその手段である、という生活設計の基本的考え方を身につけることです。そしてお金に対する自分の姿勢が社会や環境にいい影響を及ぼすことも考えて、金融行動をとることです。これがお金に対するキラキラなマインドセットを生むことになります。
第二は中長期のライフプランを具体的に作り、住宅資金や子どもの教育資金、そして自分の老後資金が、いつ、いくらぐらい必要になるか計算することです。そしてそれを実現するためには、毎月いくらぐらい積み立てるか、そのうちいくらぐらい積立投資をするかを考えることです。これが近視眼的思考を克服する基本です。
第三に、投資については長期・分散・積立ができる制度を利用する。確定拠出年金制度や職場積立NISAなどは、自動的に長期・積立・分散ができ、運用時も引出し時も非課税メリットがあります。まずはこうした制度を活用して、損失回避バイアスに立ち向かい、一時的な損失に一憂することなく、長期で収益を得る道を歩みましょう。
第四に、中立的なアドバイスを受けましょう。一般に洋服を選んだり、音楽を選んだり、スマホを選んだりすることはできても、自分に合った金融商品を選ぶことは、結構難しいのです。それで選ぶための判断を先送りしたり、他の人が選んでいるからという理由で横並び行動をとったりしてしまいがちになります。
そこでまず、一般的な事項については「金融サービス利用者相談室」(金融庁内 TEL.0570−016812 http://www.fsa.go.jp/receipt/soudansitu/新しいウィンドウで開きます)に聞いてみましょう。また、銀行協会相談室(http://www.zenginkyo.or.jp/adr/about/新しいウィンドウで開きます)や生命保険協会相談所(http://www.seiho.or.jp/contact/about/新しいウィンドウで開きます)などもあります。
次に、個別的・個人的なことは、中立的なファイナンシャル・プランナー(FP)に相談してみましょう。税金のことは税理士に、法律のことは弁護士に、病気のことは医師に相談する様に、お金のことは、中立的なFPに相談することが一番です。
FPの資格の中で、CFP及びAFPは、顧客第一、顧客の秘密厳守などの倫理規定を守ることを誓っている立場にあります。そして金融機関に所属せず、投資信託や保険の販売に関わらない、独立かつ中立の立場の方に相談するのがいいでしょう。顧客のライフプランや考え方・価値観をよく理解して、それに合う金融商品選択のアドバイスをしてくれます。詳しくは、日本FP協会のサイト(https://www.jafp.or.jp新しいウィンドウで開きます)をご覧ください。

有識者プロフィール

伊藤 宏一

CFPR認定者。NPO法人日本FP協会専務理事。千葉商科大学人間社会学部教授。
「金融経済教育推進会議」(金融庁・文部科学省・消費者庁などで構成)委員。