【特別企画】
 

堀内昭義金融審議会金融分科会第二部会長インタビュー

 アクセスFSAでは、金融審議会の堀内昭義新第二部会長にインタビューを行い、第二部会報告「リレーションシップバンキングの機能強化に向けて」のポイントや中小・地域金融の将来展望などについてお話をお伺いいたしました。インタビューの概要を以下のとおりお届けいたします。
 
(注 )東京大学(当時(現在、中央大学))の堀内教授には、金融審議会金融分科会第二部会の「リレーションシップバンキングのあり方に関するワーキンググループ」の座長をお願いし、報告書を取りまとめていただきました。堀内教授は、平成15年4月22日に金融審議会金融分科会第二部会長にご就任されました。

── まずリレーションシップバンキング・ワーキンググループ(WG)の報告書のポイント、ねらいについて改めてお伺いさせてください。
 「日本経済は深刻な不況の状態にありますが、そこには地域経済や中小・小規模企業の混迷状態も含まれております。日本経済を活性化して、デフレの状況から離脱していくためには、地域経済や中小・小規模企業の活動が現在よりも活発になっていかなければいけないということが大きな政策課題となっているわけです。この政策課題に金融の側面から対応するのには二つの選択肢があります。一つはWGの報告書が強調しているように、伝統的な銀行融資をベースとする金融活動、つまりリレーションバンキングを通じて、地域の経済活動を支えるということ、もう一つはまだ日本では必ずしも成熟しているとは言えないのですが、資本市場を通じて、地域経済などの活動を支援していくということです。WGの基本的な認識は、日本の現在の金融システムの状況から言えば、当面は伝統的な銀行融資機能に依存して経済の活性化を支えるという道を選ばざるを得ないということです。ただ、報告書に書いてありますように、リレーションシップバンキングと言われているものは、理論的にはいろいろメリットがあるわけですが、必ずしもそれらがリレーションシップバンキングの現実の担い手である中小・地域金融機関によって具体的に実現されているかということになると、かなり疑わしいとも我々は認識しております。そこで我々は、日本経済を活性化していく上でリレーションシップバンキングの担い手の金融機関自身が、今一段の経営努力をする必要があることと、そのための制度的な環境を整え、注意深く行政が介入するべきことを提案した次第です。」

── 報告書では、リレーションシップバンキングの理念型と現実の乖離についてご指摘されていますが、このような乖離が生じた原因はどこにあるとお考えですか。また、この乖離を解消するためにはどういったことが必要でしょうか。ひょっとして、日本の地域社会というものには、金融機関と債務者企業がややもすると馴れ合い的になってしまうというようなウエットな土壌が本来的にあるのでしょうか。アメリカではリレーションシップバンキングがうまく機能しているということですが、それは物事を合理的に割り切って考えるアメリカ社会だからこそうまくいっているというところがあるのでしょうか。
 「確かに特定の債務者企業と金融機関との長期的取引関係を通じて金融仲介をしていくということは、外側からはそういう関係の中でどのような活動が実際に行われているか見え難くする傾向がありますので、馴れ合いとか、不合理的な経済活動の温床になる危険性があります。この問題をある程度解決するためには、銀行・金融機関側の経営を有効に規律付ける仕組み、つまり経営ガバナンスがきちんと用意される必要があると思います。そのような外側から経営を規律付けるメカニズムがうまく働かない場合には、日本だけでなくどういう社会でもやはり腐敗や非効率で経済的に不合理な結果がもたらされるということはよく知られていることです。たとえば東南アジアでも、アジア金融危機の時によく論じられたように、クローニー・キャピタリズムの問題点として経営規律の欠陥が指摘されたわけです。WGの報告書の中では、リレーションシップの理念と現実との乖離は、主として、これまでの中小・地域金融機関の経営ガバナンスのあり方に問題があったということを指摘しています。この問題を解決していくために、例えば情報開示の徹底を中心として、銀行経営者に対して外側から規律付けを与えるような仕組みと、金融庁によるモニタリング、監視体制のあり方にも注文を付けたわけです。アメリカの話が出ましたが、アメリカの場合は、リレーションシップバンキングの外側に、それと競合する金融の仕組みがあるわけです。例えば、小規模企業とか或いは十分に高い信用格付を得ていない企業といえども、彼らが望めばジャンクボンド・マーケットなど資本市場で資金を調達する可能性があります。そのような競争は、金融サービスを提供する銀行・金融機関にとって、非常に大きなプレッシャーになります。日本の場合には、これまで地域金融の場合において、競争するような仕組みがなかなか準備されなかった面があったと思います。そのような状況が、杜撰な融資選択や不合理なもたれ合いを容認する状況を作ってきたと思います。今後は、銀行・金融機関の情報開示の徹底や、より厳しい競争条件を地域金融にも作る必要があります。」

── そのような観点からすると、別に日本銀行はリレーションシップバンキングとの関係を意識したわけではないとは思いますけれども、今回、日本銀行が資産担保証券の買い入れを検討し始めたということも、一つの大きな助けになるかもしれませんね。
 「そうですね。これも報告書の中でも触れていますが、大企業などメガバンクが主たる取引先になっているような企業については、既にかなり証券化が進んでいるということがあると思いますけれども、中小・小規模企業に関しては、証券化はあまり進んでいない状況であり、何らかの公的なサポートが必要ではなかったかと思いますね。そういう点で言えば、今回の日本銀行のようなアクションが、もちろん私は仔細には調べていないので評価は差し控えたいと思いますが、WGが報告書で示しているような方向性と矛盾するものではないと理解しております。」

── WGの報告書では、金融機関にガバナンスを効かせるために金融庁の行政のあり方についても多々ご指摘をいただいておりまして、また、それを踏まえてアクション・プログラムを策定したわけですが、他方で様々なことを行政が各金融機関に要請するということについて、行政による経営への過剰介入ではないか、というような意見も聞かれるのですが、そのような点についてはいかがでしょうか。
 「まず第一に、WGの報告書では緊急的な「集中改善期間」を2年としているわけで、報告書においては比較的短期的なタイム・バンドの中で採られるべき政策として提言しているわけなんです。確かに中小・地域金融機関に対してかなり強い行政の介入を求めているわけですが、これは中小・地域金融機関の現状を反映したものだと言わざるを得ないですね。つまり、ガバナンスがうまく機能している状況の下では、ほとんどの銀行・金融機関が抜き差しならぬ不良債権問題に直面する状況が起こる前に予防的に経営に対して規律付けが働いて、経営陣に圧力を加え経営方針の転換が求められたはずです。ガバナンスの仕組みがうまく機能していれば、行政の介入の必要性は小さいわけです。残念ながら、現実にはそのようなことにはなっていないわけです。報告書で提言している経営ガバナンスを改善する仕組みが一朝一夕に機能するようになることも期待できないわけなので、ガバナンスの空白を埋めるためには、行政当局が積極的に銀行・金融機関の経営者を規律づける役割を担わざるをえないということです。しかし、これはあくまでも短期的な動きであって、恒常的なシステムとして、そのように強力な行政介入を提言しているわけではありません。」

── 他方で、WGの報告書でも、また、それを受けてのアクション・プログラムでも中小・地域金融機関の不良債権処理については、その特性を踏まえたきめ細かな対応が必要であるということで、数値目標を設定していないなどの点について、甘いのではないかとか、処理が先送りされるのではないか、というような意見も聞かれます。また、確かに中小・地域金融機関の特性というのはあるだろうけれども、やはり中国などと競争していくためには、中小・小規模企業も含めた我が国の産業構造の強化、競争力の強化が必要であり、厳しいことではありますが、強力に不良債権処理を進めていくべきではないか、というような意見もあるのだと思うのですけれども、いかがですか。
 「それは非常に重要なポイントであると思います。そのご質問に対しては、二点、お答えしたいと思います。一つは、確かに日本の今の経済状況から考えれば、いかに競争力の高い産業なり企業なりを持つことができるかということが大きな課題で、そういうことが最終的に実現できないとなると、日本経済全体としての活力を回復することができないだろうということです。ただ、そういうことを実践する上で、リレーションシップバンキングにどこまで依存できるかということになりますと、私は、リレーションシップバンキングはそれほどオールマイティではないと考えております。リレーションシップバンキングに期待できるものはかなり限定されていまして、高度な技術・知識や最先端の情報技術を使うというよりは、どちらかと言えば伝統的で地域に密着しているような産業なり企業活動なりをサポートしていくというところである。さほど高度な国際競争力を展開できるというような分野ではないかもしれませんが、しかし、さしあたって地域の雇用状況やマクロ経済状況をそれが規定している分野はずいぶんあると思います。そういうものが、良かれ悪しかれ地域の経済を支えているのだとすれば、それらを金融的にサポートするような担い手が、一挙に金融仲介能力を失ってしまうときには、日本の経済はさらに深刻な状況になるのではないかと我々のWGは判断しました。したがって、国際競争力を高めていくような活動というものに関しては別の仕組み、特に資本市場の機能が必要なのだと思います。リレーションシップバンキングを維持していくということと並列して資本市場の発展を促すことが必要だろうと思います。しかし、この問題は我々のWGに与えられたミッションの外側にあったものです。
 それから二番目の点は、不良債権問題を先送りするようなことになるかどうかということですが、これはやはり難しい問題で、この辺は実はWGでもいろいろ議論が出たところです。しかし、ここで強調しておくべきだと思いますのは、我々が提言しているのは、あくまでも金融機関のエンド・ユーザー、借り手企業の状況によって、ある程度行政の側の対応に差があってしかるべきだということを言っているのであって、金融機関そのものに対する政策に関して、ダブル・スタンダードの基準を設けるべきだと言っているわけではないということです。つまり、これは報告書の中でも触れていますが、金融庁が出している金融検査マニュアルに、別冊として中小企業向けのマニュアルというものがありまして、これは借り手の側に着目して、大企業とは違った中小企業の特性を考慮して、そういう企業体が直面している金融的条件等々を勘案した査定方式をとっていいということにしているわけです。ですから、もともと行政のレベルでは、債務者の質によってある程度区別することが受け入れられてきたと理解しております。したがって、主たる取引対象がそういう資質を備えた中小・小規模企業である中小・地域金融機関については、その債務者の状況に対応して、数量的な目標を掲げることなく2年間で経営内容を改善していくということに合理性があると考えています。ただ、これは大変難しい問題で、実際に個々の債務者をどう査定するかということは、場合によっては、不良な融資先を温存することにもなりかねないし、逆に場合によっては、厳しい査定によって将来性がある企業の存続を否定することにもなりかねないわけです。私の個人的な意見ですが、この点に関してはクリアカットな基準があるわけではないと思うのです。したがって、金融システムが混迷している現在の状況の下では、金融庁の透明性の高い行政と金融機関の自主的な努力の組み合わせによって、できるだけ明確に債務者を区分していくという努力を続けていただきたいと述べるに止めたいと思います。」

──「集中改善期間」の後の日本の中小・地域金融というものはどういう姿になっているのでしょうか。さらにその先の将来、例えば10年後における中小・地域金融の姿というものはどうなっているのでしょうか。そしてそのような中で、中小・地域金融の担い手である中小・地域金融機関というものはどういう姿になっているのでしょうか。そういった点についてどうお考えでしょうか。
 「なかなか大きな難しい問題ですけれども、金融仲介の最も大きな役割の一つは、最終的な資金供給者と最終的な資金需要者との間の情報の非対称性をいかに埋めるかという、情報の問題を解決するということだと考えます。そういう点から言うと、この解決すべき情報の問題を多く抱えているような中小・小規模企業に対する金融の分野では、やはり依然としてリレーションシップバンキングというものは重要であり続けるだろうと思います。ただ、アメリカなどの例を見ると、もう少し日本でも金融システムの中で資本市場の機能が成熟していく必要があると思います。今、我々が不良債権問題で非常に悩まされているわけですが、これは金融機関自身の経営状態が劣悪だという金融機関固有の問題であるばかりではなくて、銀行融資に代わる資本市場の機能が十分に準備されていないとか、或いは資本市場に不良債権をスムーズに処理する仕組みが準備できていなかったことも問題だと思います。したがって、日本の経済全体として望ましいのは、資本市場の機能がもっとバランスよく発達していくことです。10年先を展望すれば、非常に大雑把に言って、金融システムの中で伝統的な銀行融資をベースにした金融仲介のもつウェートというのはかなり低くなる可能性はあります。しかしながら、低くなるとしても、主な担い手としての中小・地域金融機関の存続する意義は残されていくに違いないと思います。ですから、おそらく、依然としてそういう伝統的な融資業務をベースにするような金融機関は10年先にも存在し、そこそこの収益を獲得し続けていると思いますし、そのことは日本の社会にとって不都合なことではないと思います。いずれにしても日本の金融システムが、資本市場中心の仕組みに一挙に変わるということはちょっと想像できないことです。」

── ところで、堀内先生におかれましては、今般、金融審議会金融分科会第二部会長をお引き受けいただくことになりました。第二部会の方ではリレーションシップバンキングWG、これは先生に座長をお願いして先月報告書をとりまとめていただきましたけれども、他に自己資本比率規制のWGとか、公的資金のWG、それから信託WGと、金融再生プログラムでいろいろと検討を要請された事項をご審議いただいているWGがいくつもございます。最後に、新第二部会長として、今後これらのWGや部会における審議をどのように進めていかれるお考えなのか、お聞かせください。
 「確かに今、金融システム全体が機能不全に近い状況にありますので、我々としては、できるだけ早くこの問題を解決したいという希望を持っております。そういう意味では金融審議会もそれに向けた努力をすべきだと思います。ただし、解決策を考える場合に日本経済全体のバランスや歴史的条件を現実的に考慮する必要があろうかと思います。例えばアメリカ、あるいはそれ以外の国々の経験は参考になりますが、しかしそこで成功した解決策が日本においても合理的な政策たりうるかを見極める必要があります。資本市場が非常によく発達しているような経済であるか、或いはそういう資本市場の機能を支えるようなインフラストラクチャーとしての情報開示の仕組みとか、格付機能とか、監査制度とかが整っており、人々もインフラストラクチャーの機能に信頼を寄せているなど、金融システムの持っている基本的な条件の違いによって、不良債権問題によって露呈されている金融危機の解決策というものもまた違ってくると思うのです。日本の状況、金融システムの状況というものとマクロ経済全体の状況というものを、できるだけ客観的に判断して、解決策を模索していくべきではないかと思います。」  


 アクセスFSA本号【トピックス】「金融再生プログラムの進捗状況について」の「II リレーションシップバンキングの機能強化に向けて(金融審議会金融分科会第二部会報告書)」「III リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム−中小・地域金融機関の不良債権問題の解決に向けた中小企業金融の再生と持続可能性(サステナビリティーの確保)−」やアクセスFSA本号【金融ここが聞きたい!】もご覧ください。

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