【海外最新金融事情】
 

アジア債券市場の育成と金融庁

 

金融庁総務企画局国際課 課長補佐  
田坂 康浩


.はじめに

 ここ1〜2年、新聞や雑誌で「アジア地域における債券市場の育成」、「アジア債券市場構想」といった言葉や記事をよく見かけるようになりました。どのようなことを契機に、アジアの債券市場とその育成に目が向けられるようになったのでしょうか。

 きっかけは、1997年のアジア通貨危機です。それまで、アジア各国の財政は概ね健全で、国が債券を発行して資金を調達する必要性は高くありませんでした。また、現地の企業も、資金調達を主に銀行から借入金に頼っていたころから、アジア諸国においては、国債・社債の両面で、国内債券市場が発展していませんでした。
 通貨危機までは、資金調達ニーズのあるアジア各国の現地企業は、外国銀行を通じて、短期の資金を外貨によって調達していました。本来、現地通貨によって、長期の資金を必要とする企業が、外貨によって短期の資金を調達していた状況は、「二重のミスマッチ」と呼ばれています。信用不安により、外国銀行が国内企業への貸付を引き上げると、この「二重のミスマッチ」の持つ問題が顕在化し、国内企業は資金調達が困難になりました。これが1997年のアジア通貨危機の背景です。
 その後、アジア各国の金融当局は、通貨危機の被害を二度と受けないよう、域内・国内の債券市場を育成し、域内・国内の余剰資金が、資金を必要とする域内・国内企業に直接行き渡る仕組みを構築する必要性を強く認識しました。


.アジア債券市場育成の国際フォーラム

 アジア債券市場育成に携わっている国際的なフォーラムがいくつかあります。そのうち、代表的なものを2つご紹介しましょう。
 

(1)

 アジア債券市場育成イニシアティブ
 アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)は、2002年、ASEAN+3(日本、中国及び韓国)の非公式セッションにおいて、日本の財務省が提案したイニシアティブより、「アジアの貯蓄をアジアの民間事業者が長期の資本形成・投資に動員できるよう、アジア域内通貨建ての債券の発行を可能とするようなアジア債券市場の整備」をすることを最終目標としています。発行市場、流通市場を整備し、流動性の高い市場を育成するための検討を、ASEAN+3財務大臣プロセスの中で行っています。
 具体的には、ABMIの下に、○債務担保証券の開発、○信用保証及び投資メカニズム、○外国為替取引と決済システム、○国際開発金融機関、アジア多国籍企業による現地通貨建て債券の発行、○地域格付機関及び債券市場の情報発信、及び、○技術支援、の6つのワーキング・グループを設置し、最終目標に向かって、それぞれ専門家による調査・分析を行っています。

 また、2004年5月には、日本の財務省の提案により、各国における債券市場情報やABMIの進捗状況を発信する「アジア・ボンド・ウェブサイト」を立ち上げました 。上述の6つのワーキング・グループの活動を含むABMIの活動状況のほか、ASEAN+3各国の債券市場の情報がこのウェブサイトから提供されています。

(2)

 アジア・ボンド・ファンド
 アジア・オセアニアの11カ国・地域の中央銀行・通貨当局から構成される東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(Executives’ Meeting of East-Asia and Pacific Central Banks:EMEAP)では、地域の債券市場育成及び重要な地域協力の1つとして、アジア・ボンド・ファンド(ABF)の創設に携わってきました 。
 EMEAPは、2003年6月に、日本、オーストラリア、ニュージーランドを除くEMEAP各国の米ドル建てソブリン・準ソブリン債で運用する「ABF1」を発行しました。
 また、2004年12月には、同地域における現地通貨建てのソブリン・準ソブリン債に投資する「ABF2」を発行しました。「ABF2」への投資は、EMEAP各国の中央銀行に限定していますが、今後、他の投資家も投資できるファンドが設定される予定です。


.金融庁の取組み
 

(1)

 債券市場調査の実施
 日本の債券市場の規制監督当局である金融庁もまた、アジア債券市場の育成に携わっています。
 金融庁は、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions:IOSCO)の普通会員であり、また、IOSCOの地域委員会の1つであり、アジア・太平洋地域の資本市場に影響を及ぼす問題について検討・協力を行う場である、アジア・太平洋地域委員会(Asia Pacific Regional Committee:APRC)に属しています。
 2004年2月にニュージーランド・ウェリントンで開催されたAPRC会合において、金融庁から、アジア債券市場育成イニシアティブの概要について紹介し、合わせて、日本の経験に基づいた社債市場の育成についてのプレゼンテーションを行いました。
 また、APRC各国・地域の国内債券市場のよりよい理解と、規制当局間の協力を今後さらに発展させるため、APRC各国・地域の社債市場の実態について、包括的な調査を行うことを日本が提案し、了承されました。このとき、タイから、社債市場の発展には、債券市場の中核となるべき国債市場の発展が不可欠であり、そのために各国・地域の国債市場についても調査を行いたいとの提案がありました。
 これを受け、金融庁とタイ証券取引委員会が中心となって、国債及び社債市場に関する質問票を作成、2004年5月から10月にかけて、包括的な国内債券市場調査を実施しました。

(2)

 中間報告の概要
 10月までに中国、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、シンガポール、タイの9カ国・地域から回答がありました 。この回答を取りまとめ、11月に開催されたAPRCシンガポール会合において、調査結果の中間報告を行いました。

 ここでは、この中間報告を基に、アジア各国の債券市場の概要について、簡単にご紹介しましょう。
 


 市場規模
 次の表は、今回の調査に対する回答のあった9ヶ国・地域の債券市場の年末の発行残高推移を一覧にしたものです。必ずしも各国・地域の債券市場全体の数字を示したものではありませんが、市場規模が一目でご理解いただけると思います。
市場規模

 この表からもお分かりのとおり、日本の市場規模が突出して大きく、例えば2003年末においては、回答のあった9カ国・地域の市場規模総額の8割強を日本が占めています。規模が日本についで第2位の韓国は、9カ国・地域の市場規模総額の7%弱にしか過ぎません。これは、経済の規模やこれまでの債券市場の歴史により発展度合いが違うため、次に、この5年間の市場規模の拡大の推移を見てみましょう。

 次のグラフは、現地通貨建ての債券発行残高を、1999年末を100として指数化したものです。
現地通貨建ての債券発行残高

 この5年で約3割、規模が拡大したのが、日本、マレーシア、香港、ニュージーランド、6〜7割拡大したのがタイ、インドネシア及び韓国です。シンガポール及び中国は、市場規模が倍近くまで拡大しました。シンガポールは国の財政が黒字で、国債の発行ニーズは現在のところありません。しかしながら、国内の金利の指標とある国債市場の発展が、社債市場の育成に不可欠との認識から、国債を発行しています。
 拡大のスピードはまちまちですが、各国・地域とも市場規模が拡大することで、流動性のある、新規債券の発行の際の指標となる流通市場の基盤が整いつつあると言えましょう。


 債券の発行市場
 社債の発行に当たって格付の取得を義務付けている国(中国、韓国、マレーシア及びタイ)や、一発行体あたりの総発行額の上限を設けている国(韓国)があるほかは、中国を除いて、発行体の資産規模による発行基準はなく、また無担保社債の発行も認められています。

 国債の発行に関しては、細かな差はあるものの、概ね各国・地域共同じです。すなわち、入札による発行であること、入札予定は事前に財務省または中央銀行から公表されること、入札参加者は公認の流通業者またはプライマリー・ディーラーであること、中央銀行が発行事務に携わっていることなどが、各国・地域の国債発行の共通事項としてあげられます。


 債券の流通市場
 債券の流通市場としては、各国・地域共に、取引所取引、店頭取引及び電子取引(Electronic Trading Platforms:ETP)がありますが、債券の主たる取引市場は店頭取引市場です。
 しかしながら、例外は韓国で、国債の約3割が取引所で取引されています。(日本で、取引所において売買されている国債の割合は2003年で0.00008%。)これは、2002年10月から、国債のプライマリー・ディーラーは、国債指標銘柄を取引所で取引するよう義務付けられたためです。
 多くの国・地域において、債券の電子取引システムでは、主として取引量の多い国債を取り扱っていますが、インドネシアには「OTC-FIS (Over-the-Counter Fixed Income System)」と呼ばれる電子取引システムがあり、ここで社債の電子取引が行われています。
 またタイでは、タイ証券取引所が導入した、「BEX(Bond Electronic Exchange)」が、個人投資家向けに社債の電子取引を取り扱っているほか、タイ・ボンド・ディーリング・センターが導入した「Ideal System」が、個人投資家のみならず全ての投資家層に対し、社債及び国債の電子取引の場を提供しています。


 取引情報の開示
 取引前における気配情報や、取引後における約定価格や売買高といった取引情報がどのように提供されるかは、健全な市場の形成にとって重要です。
 取引所における債券の取引情報は、概ね、株式の取引と同様、取引所の情報システムや情報ベンダーの端末を通じて、広く入手することができます。
 一方、店頭取引市場における取引情報は、その内容や提供方法について、各国・地域でまちまちです。一般に、取引前情報より取引後の情報の方が、また、社債より国債の取引情報の方が広く入手できるようになっています。
 もう少し具体的に、個別の国の状況について紹介しましょう。
 マレーシアでは、国債及び社債の取引前情報については、「債券情報普及システム(Bond Information and Dissemination System:BIDS、中央銀行が運営するシステムで、証券会社・銀行が加入。)」を通じて、中央銀行が承認した市場参加者のみ入手可能です。取引後の情報については、中央銀行のウェブサイトまたは情報ベンダーの端末を通じて入手可能となっています。
 またタイでは、取引前の情報について、流動性の高い国債は、情報ベンダーの端末を通じて入手可能となっていますが、社債は一般に入手が出来ません。一方、取引後の情報については、国債・社債ともタイ・ボンド・ディーリング・センターのウェブサイトを通じて入手可能となっています。


 決済
 国債については、タイを除き、各国・地域共、ペーパーレス化されており、完全に振替による証券決済が行われています。タイにおいては、投資家が、現物債(本券)による決済を選択することができる仕組みが残されています。

 社債については、タイが国債同様、投資家が現物債(本券)による決済を選択できること、日本が今後、ペーパーレス化により振替決済を導入することになっているほかは、各国・地域共、証券がペーパーレス化されており、振替による証券決済を行っています。

 決済期間は、日本では国債、社債も共にT+3(約定日の翌日から起算して3営業日)となっていますが、多くの国・地域ではより短い期間で決済を行っています。例えば、国債はマレーシアでは、T+0、シンガポールではT+1、タイではT+2で決済されています。


 ヘッジ機能・流動性供給機能
 債券の現物取引にヘッジ機能を付与し、また円滑な価格形成に寄与する債券先物やオプションといったデリバティブ取引は、現在のところインドネシア及びタイにはありません。しかしながら、タイでは、2005年に先物取引所を開設する予定になっています。

 また、インドネシアには現在、流動性を供給する仕組みとしてのレポ市場がありません。中央銀行と証券監督当局である資本市場監督庁(Bapepam)が、近々国債レポ市場を創設する予定となっています。


 会計基準
 各国・地域共、自国で設定された会計基準が社債の発行体に適用されています。マレーシアやタイのように、国際財務報告基準(IFRS)を基に、自国の会計基準を設定している国があるほか、シンガポールやインドネシアのように、自国の会計基準に加えて、IFRSや米国会計基準(US GAAP)による財務報告を認めている国もあります。


 規制監督体制
 債券市場の規制監督体制は、国・地域によってかなり違いがあります。
 国債、社債市場及び発行市場と流通市場を同一の当局が監督している国は、日本のほか、韓国及びシンガポールです。マレーシアのように国債の発行市場、流通市場双方の規制監督を中央銀行が担っている国もあります。
 また、債券市場の自主規制機関(証券業協会など)がない国・地域として、香港、マレーシア、ニュージーランド及びシンガポールがあげられます。

(3)

 今後の対応について
 調査回答未提出の国・地域があることから、その提出を待って、本報告書を完成させる予定です。また、この調査結果を基に、債券市場の規制監督当局者が、今後のアジア債券市場の育成について検討していくべき点などを盛り込んだ分析レポートを別途作成する予定です。報告書と分析レポートは、本年4月に予定されている、次回APRCコロンボ会合(本年4月上旬のIOSCO年次総会時に開催)で報告する予定です。

(4)

 金融庁のその他の取組み
 
 APEC(アジア太平洋経済協力会議)諸国における社債市場の発展に関するワークショップ
 APEC金融発展プログラム(AFDP)が、2004年8月、中国・上海において、「APEC諸国における社債市場の発展に関するワークショップ」を開催しました。金融庁より、「効率的な流通市場の発展」をテーマに、日本の社債市場の概略並びに社債の時価、政府の役割及び電子取引の実態について解説を行いました。


 アジア資本市場改革に関する東京ラウンド・テーブル
 OECDとアジア開発銀行研究所が共同で、毎年、東京において、「アジア資本市場改革に関する東京ラウンド・テーブル」を開催しています。2004年9月に行われた第6回東京ラウンド・テーブルでは、金融庁より、アジア債券市場育成イニシアティブにおける「信用格付機関の役割−その重要性と最近の規制の国際的動向−について」という内容でプレゼンテーションを行いました。


.おわりに
 金融庁が中心となって実施したアジア国内債券市場調査を通して、アジア各国・地域の債券市場の発展度合い及び制度に様々な違いがあることがわかりました。各国・地域の債券市場は今まで、資本市場の発展の過程で独自に発展してきましたが、今後、新制度の導入や改革の際、他国の経験は参考になる点も多いでしょう。日本の債券市場は、国債、社債共に長い歴史をもち、種々の規制緩和や改革、また市場参加者の継続的な努力によって大きく発展してきました。この意味で、日本は官民問わず、アジアの債券市場発展に協力・貢献できる分野が多いものと思います。
 金融庁が2004年12月24日に発表した「金融改革プログラム」においては、「金融行政の国際化と国際的なルール作りへの積極的参加」として、アジアにおける対話の促進があげられています。IOSCOその他の場を通じて、引き続きアジア債券市場の育成について協力・貢献していきたいと思います。

(注)なお、文中意見にわたる部分は、すべて筆者の個人的見解です。
 



.財務省ホームページ (http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame_2.html)  ▲戻る
.詳細については、財務省のホームページhttp://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame_2.html)をご覧ください。  ▲戻る
http://www.asianbondsonline.adb.org/regional/regional.php ▲戻る
.詳細については、日本銀行のホームページ(http://www.boj.or.jp/intl/05/intl_f.htm)をご覧ください。  ▲戻る
.このほか、国内債券市場があるAPRCメンバーとして、オーストラリア、台湾、フィリピン、インド、パキスタン及びスリランカがあげられます。  ▲戻る

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