(仮 訳)
貸出金の会計処理、信用リスクの開示等 についての健全な実務のあり方
バーゼル銀行監督委員会 による協議用ペーパー
1999 年3月15日までコメントを受付け
バーゼル 1998 年10月
バーゼル銀行監督委員会・会計タスクフォース
議 長Mr. Nicholas LePan Office of the Superintendent of Financial Institutions, Ottawa
本ペーパーは、米国通貨監督庁の Ms. Susan Krauseが議長を務める、バーゼル委員会の透明性小委員会から有益なコメントを受けた。
目 次 頁
貸出金の会計処理、信用リスクの開示等 についての健全な実務のあり方
1998 年10月
エグゼクティブ・サマリー 本ペーパーは、貸出金の認識や測定、貸倒引当金の計上、信用リスクの開示、およびそれらに関連する事項について、銀行、銀行監督当局や、会計基準設定者に指針を提供するものである。本ペーパーには、銀行の健全な貸出金の会計処理と開示の実務に関する銀行監督当局の考え方が示されている。また、本ペーパーは、監督当局がこれらの分野における銀行の方針・実務を評価する際の基本的な枠組を提供するものでもある。 銀行の貸出業務とそれに伴う信用リスクに関する会計および開示については、バーゼル委員会をはじめ、様々な国際的な団体が改善を呼び掛けてきた。会計処理全般について言えることであるが、特に貸出金の会計処理は、財務報告や監督上の報告、およびそれらに関連する自己資本の算定の正確性に大きな影響を及ぼし得る。また、健全な会計・開示実務は、金融機関に対して実効的な監督や市場規律を機能させるために必要な透明性の向上を確保するうえで不可欠な要素でもある。バーゼル委員会に加え、G 7蔵相会議、G10中央銀行総裁会議、および国際通貨基金(IMF)・世界銀行といった国際機関も、この分野における前進を呼び掛けてきた。 本ペーパーはまず、貸出金に関する会計と開示の健全な実務について検討を行うに当ってのバーゼル委員会の全般的な目的示している。次に、主要な用語を概説し、本指針を信用リスク管理のプロセスと結び付けている。続いて、貸出金の当初の認識と測定、当初認識以降の減損債権の測定、貸倒引当金の計上、収益の認識や、問題債権の条件変更といった貸出金の会計に関する主要な論点について、健全な実務のための指針を提示する。さらに、当ペーパーは、貸出ポートフォリオ、問題債権、貸倒引当金や関連するリスク管理実務に係る健全な開示のあり方を示す。最後に、銀行における資産内容の管理や貸倒引当金の適切性を評価するうえでの監督当局の役割を簡単に論じる。 監督当局の主たる関心は、a)各銀行の貸倒引当金を決定するプロセスの適切性、b)貸倒引当金の総額の適切性、c)判明した損失の個別引当金ないし償却による適時の認識、である。 本ペーパーの公表は、実効的な銀行監督と安全かつ健全な銀行システムを促進するための当委員会による長年に亘る作業の一環である。本ペーパーは、銀行の貸出業務とそれに関連する信用リスクの会計と開示の分野で「バーゼル・コア・プリンシプル」を補完するものである。本ペーパーに示されたガイドラインが国際的に適用されれば、G10および非G10諸国双方において、健全なリスク管理実務と整合的な銀行会計基準・実務の強化に貢献するとともに、そうした基準・実務の銀行間および国家間での統一を促進することになろう。 コメントの募集 本ペーパーは協議用に公表されるものである。非G10諸国の銀行監督当局、銀行、業界団体、会計・監査機関、その他の関心を有する関係者は、本ペーパーに対するコメントを寄せられたい。コメントの受付は1999年3月15日迄とする。委員会は、最終的なペーパーを1999年の前半に公表する意向にある。 コメントの宛先: バーゼル銀行監督委員会 事務局メンバー Mr. Magnus Orrell宛 国際決済銀行 CH-4002 バーゼル、スイスFax: +41 (61) 280 91 00
健全な実務のあり方のリスト
健全な会計処理の基盤 1) 銀行は健全な信用リスク管理システムを採用するべきである。2) 減損の認識と測定に係る経営陣の判断は、一貫性・健全性といった原則を反映し、文書化された方針と手順に則って行われるべきである。3) 会計処理の方針・手続きの選択・実施は、基本的会計概念に従うべきである。貸出金の会計処理 認識、認識の中止、測定 4) 銀行は、自ら実施した貸出であれ購入した貸出であれ、当該貸出を構成する契約上の規定の当事者となった時点で貸借対照表上にこれを認識すべきである。5) 銀行は、貸出(ないし貸出の一部)を構成する契約に定められた受益権を実現した場合、権利が失効した場合、あるいは譲渡その他のかたちで契約上の権利に対する支配力を失った場合、当該貸出金(ないし貸出金の一部)を貸借対照表から取り外すべきである。6) 銀行は、当初は貸出金を原価、すなわち見返りとして支払った対価の公正価値で測定すべきである。減損─認識と測定 7) 銀行は、個別の貸出ないし集合的に査定を行っている貸出グループについて、約定通りに期日を迎えた金額を全額回収することができないことが確かになった場合、もしくは回収し得る合理的な保証が最早なくなった場合、減損を識別するべきである。減損は、引当ないし償却によって貸出の簿価を引き下げるとともに、減損が発生した期の損益計算書に損失を計上することによって認識するべきである。8) 銀行は、減損債権を予想実現可能額により測定するべきである。条件変更問題債権 9) 借手の財務上の困難に関連する経済的ないし法律的理由により、他の状況においては考慮しないような譲歩を貸手が借手に与えた場合、銀行はこうした貸出金を条件変更問題債権として認識すべきである。10) 銀行は、条件変更時点における全ての譲歩の費用を考慮に入れて帳簿上の投資額をネット実現可能額まで引き下げることにより、条件変更問題債権を測定すべきである。帳簿上の投資額の引下げは、条件変更を行った期の損益計算書に費用として計上されるべきである。引当金総額の適切性 11) 個別および一般引当金の総額は、貸出ポートフォリオから生じると推計される貸倒損失を吸収するに充分な水準であるべきである。収益の認識 12) 銀行は、減損していない貸出金からの利息収入は発生ベースで認識すべきである。13) 銀行は、貸出金に減損が認められた場合、未収利息の資産計上を中止するか、もしくは、未収利息の計上を続行する一方、未収利息全額に対して個別引当金を計上するべきである。減損債権の簿価が将来の予想キャッシュフローの現在価値となっている場合には、現在価値を更新するために、簿価に未収利息を加算するとともに、当該未収利息を純収益に加えることができる。
パブリック・ディスクロージャー 14) 銀行は、貸出金および減損に対する引当金の会計処理に適用している会計方針と手法に関する情報を開示すべきである。15) 銀行は、個別および一般引当金額を決定する際に用いる手法と主要な前提についての情報を開示すべきである。16) 銀行は、貸出金ポートフォリオの信用リスクに関連して適用しているリスク管理・統制の方針と実務についての情報を開示すべきである。17) 銀行は、貸出金、減損債権、延滞債権、およびそれらに関連する個別・一般引当金額につき、地域別情報を開示すべきである。18) 銀行は、貸出金、減損債権、延滞債権の借手のカテゴリー別内訳、および、それぞれのカテゴリーに対する個別・一般引当金の額を開示すべきである。19) 銀行は、信用リスクの大幅な集中に関する情報を開示すべきである。20) 銀行は、信用の質が悪化したために原貸出約定に基づく未収利息の資産計上を中止した貸出の残高を開示すべきである。21) 銀行は、貸出金の減損に対する引当金の変動要因を引当の種類別に示す表(“continuity schedule”)を開示すべきである。22) 銀行は、当該年度中に条件変更された貸出金の残高および同貸出に係るその他の情報を開示すべきである。23) 銀行は、求償取極に基づいて負っている契約上の義務、および同取極の下で見込まれる損失を開示すべきである。監督当局の役割 24) 銀行監督当局は、貸出の質の査定に係る銀行の方針と実務を評価すべきである。25) 銀行監督当局は、銀行が用いている引当金の算出手法が、適切な方針と実務に従って、合理的かつ適度に保守的な評価を導き出すことを確認すべきである。
貸出金の会計処理、信用リスクの開示等 についての健全な実務のあり方
1998 年10月
I . はじめに
1. バーゼル銀行監督委員会より公表される本ペーパーは、貸出金の認識と測定、貸倒引当金の計上、信用リスクの開示、およびそれらに関連する事項について指針を提供するものである。本ペーパーには、銀行の健全な貸出金の会計処理と開示の実務に関する銀行監督当局の考え方が示されている。また、本ペーパーは、監督当局がこれらの分野における銀行の方針・実務を評価する際の基本的な枠組を提供するものでもある。
(a)目 的
2. 貸出金の会計処理、信用リスクの開示、およびそれらに関連する事項を対象とした本ペーパーの公表には、以下の3つの目的がある。1 ) 銀行、監督当局、会計基準設定者に対し、健全な実務に関する指針を提供すること2 ) G10・非G10諸国双方の銀行の方針・実務を強化し、健全なリスク管理実務と整合的なものとなるよう促すこと3 ) 方針・実務の銀行間ならびに国家間の統一を促進すること
3. 本ペーパーに述べられているガイドラインが拠って立つ原則は、「会計方針・実務は、貸出資産、自己資本、および収益が公正かつ健全に示されることを確保するものでなければならない」というものである。多くの点において、本ペーパーには、既に多くの国で広く受け入れられている原則が述べられている。しかしながら、バーゼル委員会は、本ペーパーは銀行の貸出業務に係る会計と開示の基準を改善する要請に対応することによって、有用な役割を果たすことができると考えている。
4. 本指針は、a)各銀行の貸倒引当金を決定するプロセスの適切性、b)貸倒引当金の総額の適切性、c)判明した損失の個別引当ないし償却による適時の認識、の3点が監督当局の主要な関心事項であるべきことを強調している。
5. 本ペーパーの公表は、実効的な銀行監督と安全かつ健全な銀行システムを促進するための当委員会による長年に亘る作業の一環である。当委員会は、「バーゼル・コア・プリンシプル」において、実効的な銀行監督システムの最低条件を定義するとともに、金融市場の安定性増進に向けた対応について論じた。本ペーパーは、コア・プリンシプルの一部について論を深めたものである。それらのプリンシプルは、銀行監督当局に対し、以下の諸点を確実にすることを求めるものである。・ 銀行は、資産内容、および貸倒引当金・貸倒準備金の充分性を評価するための適切な方針、実務、および手順を設定し、それを守っていること(プリンシプル8) ・ 各銀行は、整合的な会計方針や手続きに沿って適切な記録を保持しており、これによって監督当局は、銀行の財務状況や業務の収益性を正確かつ公正に把握することができること(プリンシプル21の第1項) ・ 各銀行は、自行の財務状況を公正に反映する財務諸表を定期的に公表していること(プリンシプル21の第2項)
(b)範 囲
6. 本ペーパーはバーゼル・コア・プリンシプルの一部について敷衍したものであるため、全ての銀行が対象となる。後述のとおり、本指針を適用する方法は、個々の銀行の業務の範囲と複雑度に依存する。
7. 本ペーパーは、銀行勘定に保有されている貸出金の信用リスクに係る会計と開示に関する実務に主として焦点を当てたものとなっている。勿論、信用リスクは貸出以外の業務にも付随するものである。他の銀行業務(例えばトレーディングやデリバティブ業務)に関連する信用リスクに対する引当金の評価・計上は原則として本ペーパーの対象外であるが、バーゼル委員会は、銀行はこれらの分野における信用リスクを適切に測定・管理し、財務諸表上に開示すべきであると考える。本ペーパーに述べられている原則の多くは、これらの会計と開示に係る問題においても、銀行とその監督当局の助けとなろう。
8. 多くの国において、会計方針は多かれ少なかれ税制に対する配慮により影響される。例えば、バーゼル委員会メンバー国の多くにおいて、個別引当金ないし償却は当該年度中に損金算入される。しかしながら、税制上の取扱いの統一は本ペーパーの対象外である。
(c)背 景
9. 銀行監督当局は、銀行が健全な会計原則・実務を採用し、適切な開示を行うことについて、その立場上当然のこととして関心を有する。一般に、銀行監督当局は当局が徴求する報告書に係る基準や自己資本規制を含む監督指針を提示している。一部の地域においては、銀行監督当局は会計原則・実務を決定する権限を有していない。一方、銀行監督当局が会計基準や会計指針を提示したり、銀行の公表財務諸表や当局が使用する健全性報告に「一般に公正妥当と認められた会計基準」を適用する際の細則を定めたりする国もある。会計処理全般について言えることであるが、特に貸出金の会計処理は、財務報告や監督上の報告、およびそれらに関連する自己資本の算定の正確性に大きな影響を及ぼし得る。また、健全な会計・開示実務は、金融機関に対して実効的な監督や市場規律を機能させるために必要な透明性の向上を確保するうえで不可欠な要素でもある。
10. 貸出金の評価、貸倒引当金の計上、および信用リスク・エクスポージャーに係る一段の調和化と透明性の強化に対しては強い関心が寄せられている。バーゼル委員会のみならず、G 7蔵相会議、G10中央銀行総裁会議、および国際通貨基金(IMF)・世界銀行といった国際機関も、この分野における前進を呼び掛けてきた。
11. 全ての監督当局には、それぞれの国における現行の規制や提言を本ペーパーに提示された指針に照らして見直し、適宜、それぞれ国のシステムに最も適合する方法で各国の規制を修正することが勧奨される。当指針は、会計基準設定者がより統一性のあるルールを策定する作業を行う際の助けになるかも知れない。また、現行の国内ルールの下では貸倒引当金が充分な水準にならない国では、監督当局が会計ないし開示に係るルールの強化を提案したり、例えば自己資本規制や監督上の報告に係る特別な監督指針の導入を検討したりすることも考えられる。
12. 会 計: 銀行の貸出業務に係る適切な会計方針と実務は、銀行による健全で有効な信用リスク管理プロセスの不可欠な一要素である。過去の実績が示すとおり、銀行破綻の原因として圧倒的に共通しているのは、信用の質および信用リスク管理面の問題である。信用の質の悪化を適時に判別・認識し損ねると、問題は悪化したり長期化したりする惧れがある。適時に信用の質の悪化が判別され、適切な引当金の計上や償却により損失が認識されなければ、銀行はリスク度の高い貸出戦略・実務に固執し、多額の貸出損失を累積させ、恐らくは破綻に到る。したがって、安全性と健全性の観点から、銀行監督当局にとっては、銀行の用いる会計原則が資産、負債、資本、デリバティブ契約、オフバランスシート・コミットメント、およびそれらに関連する損益の健全かつ現実的な評価を反映するものであることが重要である。自己資本規制は貸出損失に対してある程度のクッションを設けるが、根底にある会計方針が脆弱であれば、結果として示される自己資本の状況は過大評価されている可能性が高い。このように、不適切な会計処理は、自己資本規制の有用性を損ね、銀行による信用リスク・エクスポージャーの適切な評価ならびに健全な管理・統制を阻害することとなる。さらに、会計手法の大幅な相違は競争条件の不平等化の要因ともなり得る。
13. 開 示: 健全な会計基準はまた、充分な透明性を実現するため、すなわち、市場参加者や他の情報利用者が銀行の財務状況や実績、業務活動とそれらの活動に関連するリスクを正確に評価することを可能とする信頼性のある情報を公開するためにも必要である。健全な会計原則と内部管理システムに裏打ちされた信頼性の高い情報が公開されれば、市場規律が促進され、銀行システムに対する信認が強まる。反対に、開示が不充分であれば、ミスリーディングな情報が市場を不安定化させる機会が増加する。会計と開示は、市場規律を促進することにより、銀行や他の市場参加者に対して健全なリスク管理実務および内部統制を維持することを促す監督当局の努力を補強する。G10諸国においても非G10諸国においても、銀行の貸出業務の信用リスクについて、透明度を高める余地があることを過去の経験が示している。
14. 各国および国際的な会計基準設定者の間で、貸出金を含む金融商品の会計を如何に調和させ、改善させられるかが話し合われていることは知られている。例えば、国際会計基準委員会(IASC)および数々の国の会計基準設定者が、公正価値会計の検討を含め、金融資産・負債の認識と測定に係る諸問題を取扱う長期プロジェクトに共同で取り組んでいる。
15. バーゼル委員会は、銀行の安全性と健全性、および金融システムの安定性を促進するという監督当局の使命に影響がある範囲において、会計と開示に係る事項を検討の対象とし続ける。当委員会は、銀行に関わる会計基準の改善および調和を促進するため、会計基準設定者と協力する意向にある。さらに、当委員会は現在、信用リスク管理に関するペーパーを別途作成中であるが、このテーマには様々な要素が絡んでおり、わけても会計方針は重要な役割を担っている。
(d)ペーパーの概要
16. 本ペーパーは、第2章において会計および信用リスク管理に関する基本的な考察を簡単に述べ、第3章において、貸出金の評価、貸倒引当金の計上、および貸出金の会計処理に関わるその他の事項における健全な実務について敷衍する。第4章では、貸出業務および信用リスクに係る健全な開示実務について述べる。第5章では、公正価値会計、新しい貸倒引当のアプローチといった最新の話題を取り上げる。第6章では、銀行の貸出金に係る銀行の会計方針および実務の評価を行うに当っての監督当局の役割を取り上げる。
(e)用 語
17. 貸出金の会計処理と開示に係る国際的な議論を行う場合、国によって用語が異なることから誤解が生じる惧れがある。本ペーパーでは、以下のとおり一貫した用語を用いることとする。・ 貸出金(loan)とは、貸手から借手に現金その他の資産を引き渡し、これと引き換えに、指定された日(単一ないし複数)もしくは要求があった時点で、通常は利息を付して、返済を実行することを約束する契約より生じた金融資産を意味する。貸出金には以下のものが含まれる。 a)消費者割賦信用、当座貸越、クレジットカード・ローン b)住宅抵当貸出 c)非個人貸出(商業不動産貸出、プロジェクト融資、企業・金融機関・政府・政府機関向け貸出等) d)直接ファイナンス・リース e)その他実質的に貸出金の性格を有する金融取極 ・ 貸出金ないし貸出金グループの帳簿上の投資額(recorded investment)とは、額面ないし元本に、支払による元本の減少、未収利息、償却、未償却のプレミアムないしディスカウント(すなわち取得コストと元本の差額)、および未償却の貸出手数料・経費を反映する調整を加えたものである。 ・ 貸出金ないし貸出金グループの簿価(carrying amount)とは、当該貸出ないし貸出グループの貸借対照表上のネット額、すなわち、帳簿上の投資額から個別および一般貸倒引当金を差し引いた額である。 ・ 貸出金の減損(impairment)とは、単一ないし複数の貸出金の信用の質が低下し、当該銀行が、貸出約定に定められた条件通りに期日を迎えた金額を全額を回収することができないことが確かになった、もしくは回収し得る合理的な保証が最早なくなった状態を指す。 ・ 貸出金の減損に対する引当金(allowance)とは、貸出金ないし貸出金のグループの帳簿上の投資額を、貸借対照表上の簿価まで引き下げる金額である。 ・ 個別引当金(specific allowance)とは、個々の貸出金に対して識別された損失に対して計上される引当金を意味する。共通の性質を有し、集合的に査定されている少額の貸出金(例:クレジットカード債権残高)のプールに発生する損失に対する個別引当金は、実務上の便宜として、定式に基づいて計上することもできる。 ・ 一般引当金(general allowance)とは、存在していることがわかっているものの、未だ個々の貸出金に帰することができない潜在的な損失に対する引当金を意味する。 ・ 償却(charge-offないしwrite-off)は、貸出金の全額ないし一部が回収不能と看做される場合、ないしそれ以外に回収の現実的な見通しがない場合に実施される。償却は、当該貸出の帳簿上の投資額を減少させるとともに、既に引当が行われている場合は引当金残高をも減少させる。
II . 健全な会計処理の基盤
1) 銀行は健全な信用リスク管理システムを採用するべきである。18. リスクを管理・統制するための方針と実務が有効であるか否かは、健全な手法で適時に会計処理と評価が行われているか否かに本質的に関連している。
19. 銀行が貸出金を健全に評価し、適切な引当金の額を判断することができるために特に大切なことは、自ら設定したものであれ監督当局により設定されたものであれ、リスク度に応じて貸出金を分類するための信頼性の高いシステムを保有していることである。信用リスク分類システムには、信用の様々な低下度合を示すカテゴリーないし呼称、例えば、「標準以下(substandard loans)」、「疑問(doubtful loans)」、「回収不能(irrecoverable loans)」などが設けられよう。通常の分類システムは、借手のその時点の財務状態や支払能力、担保の時価、および、元利回収の見通しに影響を及ぼすその他の要素を考慮するものとなっている。
20. 会計処理と評価のプロセスは、当該銀行の貸出業務の規模、性質、複雑さに応じた有効な内部管理によって補完されなければならない。取締役会は、有効な内部管理システムの設置と維持について最終的な監督責任を負う。有効な内部管理システムの下では、とりわけ、貸出取引が迅速に記録され、貸出関連書類が完全に揃っており、内部の貸出再審査手続が有効に機能する。バーゼル委員会は、信用リスク管理の諸原則につき、別途のペーパーにおいてより詳しく取り上げる。
2) 減損の認識と測定に係る経営陣の判断は、一貫性・健全性といった原則を反映し、文書化された方針と手順に則って行われるべきである。21. 貸出金の減損の認識・測定は特定のルールに全面的に依存して行うことはできない。実際の評価、認識、および収益の測定は、正式に定められたルールと経営陣の判断を織り混ぜたかたちで行われる。判断は必要であるが、実際の裁量の余地は適切に限定され、特に、以下の制約の範囲内とされるべきである。・ 貸出金の質を査定するための分析的枠組が正式に承認され、文書化されたかたちで存在し、時間を通じて一貫して適用されていること ・ 合理的で無理なく支持し得る前提に基づいた推計が行われていること ・ 経済活動全般の変化が借手に及ぼす影響についての前提は、財務諸表作成時点における経済情勢に照らして現実的かつ保守的であること
22. 査定は、確立された方針と手順に従って系統的に行われるべきである。
3) 会計処理の方針・手続きの選択・実施は、基本的会計概念に従うべきである。23. 健全な会計原則は、健全性や一貫性など、一定の全般的な考え方に従った会計方針や手続きを選択・適用することを要請する。こうした全般的な指針となる原則は、会計学の文献や有力な会計基準設定者が公表した概念書の中で明確にされている。また、バーゼル委員会が最近公表した報告書「銀行の透明性の向上について」においても、こうした原則について論じられている。通常、これらの原則は、当該会計情報が公表財務諸表の作成に用いるためのものであるか、規制上の支払能力を計算するためのものであるか、また配当可能利益を算定するためのものであるかに拘らず、等しく適用される。また、貸出金の会計処理においても、銀行のその他の経済活動においても、等しく適用される。以下では、貸出金の会計処理に適用すべき考え方ないし原則の中でも、より基本的なものの一部について述べる。
24. 銀行の財務報告は、当該銀行の財務状態と財務実績の真実かつ公正な姿を伝えるもの、ないしは、それを公正に表示するものでなければならない(真実かつ公正な姿/公正な表示)。財務報告においては、充分な開示が行われ、妥当な詳細さの情報が提供され、バイアスが排除されるべきである。関係する会計基準を遵守するのみでは真実かつ公正な姿を伝えることができない、ないし公正な表示を行うことができない場合は、追加的な開示が行われるべきである。
25. 会計情報を作成・表示するに当り、銀行は、自らの業務活動を現実的に捉え、それらの活動に付随する不確実性やリスクを適切に勘案しなければならない(健全性と保守主義)。安全性と健全性の観点に立てば、銀行の用いる会計原則は、健全かつ保守的な評価を旨とするものであることが重要である。将来発生する蓋然性の高い費用や損失のうち、入手可能な情報を用いて合理的に推計することが可能なものは、全て引当の対象とすべきである。推計に際して必要となる判断には、資産・資本・収益が過大評価されたり債務・費用が過小評価されたりすることがないよう、適当な注意が施されるべきである。しかしながら、このことは、資産を過小評価したり、経過債務を過度に計上したりすることによって含み益(hidden/undisclosed reserves)を設定することを正当化するものではない。
26. 銀行は、会計情報の信頼性を確保できるような会計方針を選択し、適用すべきである(信頼性)。特に、会計情報は以下の条件を満たしているべきである。・表示しようとしている事柄、ないし合理的に表示していると期待される事柄を忠実に表示していること ・事象や取引の法律形態のみならず、その経済的実態をも反映していること ・検証可能であること ・中立的であること、すなわち甚だしい誤りやバイアスがないこと ・保守的であること ・重要な側面において不足がないこと
27. 銀行の財務報告は、重要な項目を別々に表示ないし開示すべきである(重要性)。ある情報が省略されたり誤って伝えられたりすることによって、当該情報の利用者の判断や決定が変わったり影響を受けたりする場合、その情報は重要である。対象となる項目の性質や判断が下される状況を考慮外とすれば、金額の大きさ自体は重要性を判断する材料として一般的には不充分である。
28. 銀行は、各期を通して一貫した会計方針と手順を用い、関連する項目には一貫した測定手法・手順を適用すべきである(一貫性)。例えば会計基準設定者が会計基準の改訂を発表した場合など、会計方針の変更が望ましいことが正当化される場合を除き、変更は行われるべきではない。但し、金融商品の活用方法が変わった場合などに、項目を分類し直すことは排除されない。
29. 銀行は、現金や現金等価物が受払いされた時点ではなく、取引や事象が発生した時点においてそれらを認識すべきであり、それらが発生した期に記録・報告すべきである(発生主義会計)。費用は発生した期に、収益は稼得された期に報告されるべきである。同一期中に、収益とそれに関連する経費の差額としてネット収益を把握することをができるよう、経費はそれに関連する収益に対応して報告されるべきである。
30. 最後に、銀行は、会計情報の包括性、目的適合性、および適時性を促進するような会計方針を選択し、適用すべきである。
III . 貸出金の会計処理
31. 前章では、一般原則のうち、信用リスク管理や貸出金の会計処理にとって特に重要性の高いものについて言及した。本章では、より具体性のある健全な会計原則について概説する。
(a)認識、認識の中止、測定
4) 銀行は、自ら実施した貸出であれ購入した貸出であれ、当該貸出を構成する契約上の規定の当事者となった時点で貸借対照表上にこれを認識すべきである。32. 銀行は、貸出を構成する契約の当事者となることにより、その貸出に係る経済的利権を支配する。通常、銀行が貸出を構成する契約の当事者となる(すなわち当該貸出の法的所有権を獲得する)のは、資金を受け渡した時、ないし第三者に支払いを行った時である。したがって、資金の貸与に係るコミットメントはバランスシート上の資産としては認識されない。一部の法域下では、法的所有権の獲得は不連続な事象であるよりは1つの過程であると看做される。しかしながら、通常は、対価が提供されたか否か(すなわち資金の受渡しが行われたか否か)が所有権を構成する重要な要素のひとつとなる。
5) 銀行は、貸出(ないし貸出の一部)を構成する契約に定められた受益権を実現した場合、権利が失効した場合、あるいは譲渡その他のかたちで契約上の権利に対する支配力を失った場合、当該貸出金(ないし貸出金の一部)を貸借対照表から取り外すべきである。33. 貸出に関わる将来の経済的利益を獲得する能力、および、それらの利益に対する第三者のアクセスを制限する能力が第三者に譲渡された場合、当該貸出に対する支配力は譲渡されたことになる。銀行ないし譲受人に対し、当該譲渡を無効として基本的に原状を回復することを義務付けたり経済的に動機付けたりする条項が設けられている場合は、支配力が譲渡されたとは看做されない。また、銀行が、定められた価格ないし定められた方法で決定される価格で、譲渡した貸出を買い取ったり償還したりする権利および義務を有し、これによって譲受人が、事実上、銀行に支払った資金の金利に相当する利回りを得ることになる場合も、当該貸出に対する支配力は譲渡されていない。銀行によるサービシング権の保持は、当該貸出に対する支配力が譲渡されたか否かを決定する要因とはならない。銀行が将来のある時点における買戻条件を付して貸出を譲渡する取引は、支配力が譲渡されていないケースのひとつである。
6) 銀行は、当初は貸出金を原価、すなわち見返りとして支払った対価の公正価値で測定すべきである。34. 貸出金は当初、取得原価で表わされる公正価値で測定されるべきである。銀行が自ら実施した貸出の場合、原価は借手に貸与された金額に等しい。第三者から取得した貸出の場合は、取得の際に支払った対価の公正価値が原価である。
(b)減損 ─ 認識と測定
35. 貸出金の減損の認識・測定に係る健全な実務について議論する前に、引当金の計上の背後にある哲学が幾つかの基本的な点において国毎に異なるということは銘記しておくべきである。
36. 一部の国では、貸倒引当金総額の適正な規模を決定する手順に多くの注意が払われる。この場合、主たる問いは、貸倒引当金総額が貸出ポートフォリオ全体から発生すると見込まれる損失をカバーするに充分な水準にあるか否かということである。これらの国においては、銀行の引当金総額ないしその大部分が一般引当金であり、損失が特定した場合は早期に償却される。
37. その他の国では、個別貸出のネット・ベースの簿価を判定する手順に第一義的な焦点が当てられており、主たる問いは、個別引当金がそれら個々の貸出に係る既知かつ予想される損失を全てカバーするに足る水準にあるか否か、ということである。これらの国では、識別されているものの未だ確定されていない損失は、個別引当の実施によって認識されることが多い。これに対し、先に述べた国々ではこうした損失は恐らく償却されることになる。後者の国々の一部では、次のステップとして、未だ識別されていないものの存在が知られている潜在的な損失をカバーするため、一般引当金が追加的に計上される。
38. こうした相違点があるにも拘らず、貸倒引当金の計上に関する共通の健全な実務は以下に述べるようなものであるということができる。本指針は、a)各銀行の貸倒引当金を決定するプロセスの適切性、b)貸倒引当金の総額の適切性、およびc)判明した損失の個別引当ないしは償却による適時の認識、の3点が監督当局の主要な関心事項であるべきことを強調している。
7) 銀行は、個別の貸出ないし集合的に査定を行っている貸出グループについて、約定通りに期日を迎えた金額を全額回収することができないことが確かになった場合、もしくは回収し得る合理的な保証が最早なくなった場合、減損を識別するべきである。減損は、引当ないし償却によって貸出の簿価を引き下げるとともに、減損が発生した期の損益計算書に損失を計上することによって認識するべきである。39. 貸出金の減損を確実に適切なタイミングで認知するために、年次および中間財務報告書の作成に際し、報告時点における経済その他の情勢を考慮のうえ、貸出金に係る信用の質は再審査されるべきである。また、報告日と報告日の間においても、貸出ポートフォリオ全体ないしその一部に大幅な信用の質の悪化が生じたことを示唆する有力な情報が存在する場合は、貸出の減損を評価すべきである。
40. 個別の貸出金の評価は、それぞれの借手の信用度に照らして行われるべきである。査定の主眼は借手の返済能力である。査定には、元利の回収可能性に影響を及ぼす評価時点での全ての要素が反映されているべきである。債務者の返済能力を査定する際に考慮すべき要素には、(1)当該債務者の過去における返済実績、総合的な財務状態・資力、元利払履行余力、財務実績、純資産、および将来見通し、(2)財務的な責任能力を有する保証者から支援を得る可能性、(3)取引の基礎となる担保の稼動していて安定的なキャッシュフローおよび担保自体の価値により与えられている保証の性質と程度、および(4)カントリー・リスク、が含まれよう。通常は、減損状態を判断するに当って、例えば担保価値などひとつの要素のみを考慮するのでは不充分である。しかしながら、時間の経過と共に他の返済源が不充分となってくれば、こうした分析における担保価値の重要性は増してくる。
41. 担保の価値は健全な方法で評価されるべきである。例えば大口の商業不動産貸出の場合、担保物件のその時点の公正価値については、銀行の内部の者であれ外部の者であれ、資格を有する専門家から健全な評価を取得するべきである。経営陣は、個々の評価の前提と結論を吟味し、適時性と合理性を確保すべきである。通常、評価の前提は、当該担保物件やそれに類似する物件の現在の運用状況に基づいて立てられる。多くの監督当局は、さらに、合理的で無理なく支持し得る前提に基づいた当該不動産の長期的な収益力を、割引現在価値ベースで評価に加味することを期待する。
42. 貸出金の予想実現可能額が簿価を下回る疑いを抱かせる状況がある場合は、必ず減損の認識が検討されるべきである。経営陣は、借手の元利払遅滞といった内部情報に加え、例えば、借手に関する公的開示等の財務情報(流動性、キャッシュフロー見通し)、格付機関による信用度の格下げ、担保や保証の価値の悪化といった外部情報をも用いるべきである。
43. 一般的に、貸出金の信用の質が悪化したことを示唆するひとつの要素となるのは、借手による当該貸出金の元利払いの期日における不履行である。出発点として、支払が約定に対して一定日数(例えば30~90日)以上延滞した貸出は、一般に減損したものと看做されるべきである。こうした一定の日数は、貸出の種類毎に、国内の支払に関する実務に照らして設定されるべきである。例外として、貸出金が完全に保全されており、かつ、回収努力により適当な期間内に元利の全額返済(延滞に対する完全な補償を含む)がなされるとの合理的な見通しがある場合には、減損を認める必要はない。明らかに、重大な支払遅滞が発生しているか否かは、減損を判定する際に考慮すべき数多くの要素のひとつに過ぎない。甚だしい延滞が生じていない、あるいは全く延滞のない貸出金や当座貸越なども、信用の質の悪化の有無を確認するために再審査される必要がある。特に注意しなければならないのは、金利ないし元本について支払不履行に陥りかけている借手に追い貸しし、当面の支払義務の履行を助けるといったケースである。こうした状況では、現時点での借手の支払能力は、当該貸出金を健全債権に分類することを正当化し得ないのは明らかである。
44. 約定金額を回収し得る合理的な見通しが失われた時点を判定する際には、銀行経営陣の裁量が幾分働かざるを得ない。しかしながら、こうした裁量も、健全かつ適時の信用評価に基づき、第2章に述べた原則に従って行使され、かつ、第4章に概説する開示の対象とされるべきである。
8) 銀行は、減損債権を予想実現可能額により測定するべきである。45. 貸出は、予想実現可能額が帳簿上の投資額以下に減損したことを反映するよう評価されるべきである。したがって、減損が認定された貸出の簿価は、予想実現可能額まで切り下げられなければならない。予想実現可能額の算定に際しては、借手の現在の経済状態、債務者の支払能力、個人による保証の法的実効性、保証人の履行能力、担保の時価、格付機関による格付等、全ての関連情報が勘案されるべきである。予想実現可能額は、以下の方法により算定されるべきである。・ 予想される先行きのキャッシュフローを適切な金利(当該貸出の当初実効金利)により割引いた現在価値。先行きのキャッシュフローの予想値は、合理的で無理なく支持し得る前提とシナリオに基づいた当該銀行の最善の予測であるべきである。 ・ 担保に依存した貸出の場合には、担保の公正価値。貸出に付随する担保からのみ貸出金の返済がなされると見込まれる場合、当該貸出は完全に担保に依存していることとなる。 ・ 当該貸出の予想実現可能額についての信頼性ある指標である場合には、観察可能な市場価格。
46. 残高の大きい貸出のみならず、実務的に可能であればそれ以外の貸出も、個々の貸出毎に再審査されるべきである。個々の貸出金に認められた信用の質の悪化は、個別引当金の計上ないし償却により、適時に最大限の認識がなされるべきである。
47. 消費者貸出のポートフォリオのように均質で小額の貸出金のグループについては、個々の借手の信用力を定期的に調査することが実務的に不可能であることが多い。そうした場合、減損の程度とそれに対応する引当・償却額は、ポートフォリオ・ベースで、延滞の分析、貸出金残高の経過日数、過去の損失実績、および現在の経済情勢やその他の関連する環境要因等を織り込んだ何らかの定式を適用することにより算定されるべきである。
48. 潜在的な損失の存在が知られているものの、未だ個々の貸出金にそれを結び付けることができていない場合は、一般引当金を計上するべきである。一般引当金には、共通の性質が認められる貸出金のグループないしプールの中に存在すると判断される減損に対する引当金が含まれる。一部の国では、全大口貸出を個々に再審査することを含め、ポートフォリオの様々な構成要素を分析のうえポートフォリオに対して一般引当金を計上している。一般引当金は充分な個別引当金の繰入れや適切な償却の代替とはなり得ない。
49. 一般引当金は、個々の減損債権に損失が認定されるまでの暫定的ステップと看做されることが多い。損失を認定すべき事象の発生を銀行が直ちに把握できるとは限らない。しかしながら、そうした事象の影響は、延滞の発生や、新たな財務諸表その他の情報の入手に伴って当該貸出金を分類すべき状態となることなどにより、妥当な期間内に顕在化するのが普通である。個々の減損債権に損失を認定し得る充分な情報を入手し次第、一般引当金は個別引当金(ないし償却)に振り替えられるべきである。
50. 一般引当金の水準を決定する際には、過去の経験、現在の経済情勢、およびその他の関連要素が考慮されるべきである。考慮すべき要素には、貸出方針、ポートフォリオの性質と規模、最近判明した減損債権の量と減損度合い、および信用の集中度が含まれる。
51. 一般引当金の水準の算定に際しては、以下に挙げるものを含め、幾つかの選択肢の中からひとつないし複数の手法を用いるべきである。・延滞の分析、貸出金残高の経過日数、過去の損失実績、現在の経済情勢、および他の関係する環境要因を織り込んだ定式を当該グループに適用 ・遷移分析 ・様々な統計的手法 ・減損の発生を示唆する最近の事象や経済情勢の変化に対し、銀行が自らその影響を判断し、これに基づいてグループ内の減損を推計する手法
52. 銀行は、実績に照らして定期的に前提条件を見直すべきである。この見直しは、報告期間中を通して適宜実施されるべきである。
53. 統計的手法が全てのケースにおいて適切であるとは限らない。例えば、これらのアプローチを使いこなす能力のない銀行がこうしたアプローチを用いることは適切ではない。また、統計的手法の適切性、正確性、および信頼性は然るべく立証される必要がある。
54. 貸倒損失の推計に殆ど不可避的に生じる誤差をカバーするため、引当金額の算定は保守的に行われるべきである。
(c)条件変更問題債権
9) 借手の財務上の困難に関連する経済的ないし法律的理由により、他の状況においては考慮しないような譲歩を貸手が借手に与えた場合、銀行はこうした貸出金を条件変更問題債権として認識すべきである。55. 条件変更問題債権とは、借手の財務状態が悪化したため、貸手が借手に譲歩を与えた貸出を意味する。条件変更には以下の事象が含まれ得る。・ 当初合意された水準からの金利の引下げ、元本の削減等のかたちで条件が緩和されること。但し、同様のリスクの新規債務に付されるその時点の金利と同水準の表面金利で実行ないし更新された貸出は、条件変更問題債権には該当しない。 ・当該貸出の全部ないし部分的返済に代えて、借手から銀行に、不動産、第三者に対する売掛債権、その他債権、借手の資本に対する持分が移転されること。
56. 条件変更には、元の借手を新しい債務者と入れ替えること、ないし新しい債務者を加えることも含まれる。
10) 銀行は、条件変更時点における全ての譲歩の費用を考慮に入れて帳簿上の投資額をネット実現可能額まで引き下げることにより、条件変更問題債権を測定すべきである。帳簿上の投資額の引下げは、条件変更を行った期の損益計算書に費用として計上されるべきである。57. 貸出金の条件変更と同時に、銀行は当該貸出金の回収可能性を査定し、貸倒損失が発生しているか否か、また、発生しているとすればその額を判定すべきである。当該貸出金の帳簿上の投資額は減額され、条件変更が実施された期の損益計算書に費用が計上されるべきである。
58. 条件の緩和を伴う貸出金の条件変更から生じた損失は、供与された全ての譲歩の条件変更時点における費用を勘案のうえ、減損債権の測定に適用される原則に従って測定されるべきである。条件変更には、貸出金の部分的返済に代えて資財を受取ることも含まれる。この場合、当該貸出金の帳簿上の投資額は、受取った資財の公正価値から同資財を売却する際の費用を差し引いた額だけ減少する。銀行は、条件変更債権の帳簿上の残余投資額について、減損債権を測定する際と同様の方法で減損を測定すべきである。
59. 条件変更された貸出金の帳簿上の投資額を減少させる際は、合理的な手法を用いなければならない。条件変更問題債権の未収利息については以下の(e)に述べる。
(d)引当金総額の適切性
11) 個別および一般引当金の総額は、貸出ポートフォリオから生じると推計される貸倒損失を吸収するに充分な水準であるべきである。60. 銀行は、引当金総額を貸出ポートフォリオから生じると見込まれる貸倒損失を吸収するに充分な水準に保つべきである。個別および一般引当金水準の適切性は、年次報告書および中間報告書の作成時、あるいは必要と認められればより頻繁に見直され、引当金総額が貸出ポートフォリオの回収可能性に係る最新の情報と整合的であることが確認されるべきである。
61. 予想貸倒損失額には、評価時点において貸出ポートフォリオの回収可能性に影響を及ぼす全ての主要な要素が反映されているべきである。引当金の適正水準を査定するに当り、ある程度の主観は排除し得ない。しかしながら、経営陣の裁量にも、第2章に述べた考え方に沿って確立された方針と手順が適用されるべきである。査定は、時間を通じて一貫性のある手法により、客観的な規準に従って系統的に行われ、適切に記録されるべきである。
62. 引当金総額を決定する手法は、貸倒損失の適時の認識を確保するものでなければならない。銀行が過去の貸倒実績や最近における貸倒損失のトレンドを分析の出発点とすることは合理的であるが、これらの要因のみでは、引当金総額の適正水準を決定するためのベースとして充分とはいえない。銀行のポートフォリオから生じる損失が過去の実績から乖離する原因となると思われるその時点での要素があれば、経営陣はそうした要素をも考慮に入れるべきである。そうした要素には以下の事象が含まれる。・貸出に係る方針や手順の変化(与信審査基準、集金・償却・回収に係る実務等) ・国内および地域の経済・景気情勢や動向の変化(各種市場の現状等) ・延滞・分類貸出のトレンド・量・程度、および、未収利息不計上貸出・条件変更問題債権・その他内容が緩和された貸出の量的トレンド ・与信の集中の有無とその影響、集中度の変化 ・競争や法律上・監督上の規制など、外的な要因が銀行の現有ポートフォリオの予想貸倒損失の水準に与える影響
63. 銀行がこうしたアプローチを用いて引当水準の適切性を判定する際は、過去の貸倒実績の決定要因が変化した場合にどのような影響が予想されるかを明確に文書化すべきである。
64. 比率分析により、引当金総額と延滞債権・未収利息不計上債権・総貸出等様々な計数との関係が(他の銀行あるいは時間の推移の中で比較)どのような乖離傾向にあるかを明らかにすることは、引当金総額の妥当性を判断するための補完的な確認ないし分析手段として有用かもしれない。こうした比較は、引当金の額の適切性を判断するための有用な基準とはなり得るが、それのみでは引当金総額の適切性を断定するための根拠として充分とはいえない。特に、貸出ポートフォリオや、その回収可能性に影響を及ぼす諸要因を総合的に分析する必要性は、こうした比較を行ったとしてもなくなることはない。
(e)収益の認識
12) 銀行は、減損していない貸出金からの利息収入は発生ベースで認識すべきである。65. 減損していない貸出の金利収入は、現金ベースや満期ベースではなく、実効金利方式を用いて利回りを一定として発生ベースで損益計算書に認識されるべきである。実効金利は、貸出残存期間中の契約上のキャッシュフローを当該貸出の取得原価と同額とするよう割り引くための割引率である。金利収入は、帳簿上の投資額に実効金利を適用することにより貸出残存期間中の各期に配分され、帳簿上の投資額の利回りは各期とも一定に報告される。利子には、貸出の取得原価と償還額の間のディスカウントないしプレミアムの償却額、および貸出の手数料と経費の償却額が算入される。
13) 銀行は、貸出金に減損が認められた場合、未収利息の資産計上を中止するか、もしくは、未収利息の計上を続行する一方、未収利息全額に対して個別引当金を計上するべきである。減損債権の簿価が将来の予想キャッシュフローの現在価値となっている場合には、現在価値を更新するために、簿価に未収利息を加算するとともに、当該未収利息を純収益に加えることができる。66. 減損債権に係る貸出の利息は、貸出の元利回収に疑義がある限り純益に加えられるべきではない。したがって、銀行は減損債権について、未収利息の計上を中止するか、あるいは、計上し未収利息全額に対して個別引当金を計上すべきである。以前に計上した未収利息で未回収となっているものは、当該額を償却するか、あるいは貸出金残高に加算のうえこれに対して適切な個別引当金を計上すべきである。減損債権の簿価が将来の見込みキャッシュフローの現在価値となっている場合は、現在価値を更新するため未収利息を計上し、純益の一部として報告することができる。
67. 減損債権の帳簿上の投資額から個別引当金額を差し引いた金額が妥当な期間内に全額回収し得ることが見込まれる場合、当該貸出に対して支払われる利息は、法律、規制、ないし監督上の規則により禁じられていない限り、一部ないし全面的に現金ベースで計上することができる。
68. 契約上の元利の全額回収が見込まれるようになった場合、減損債権は正常債権のステイタスを回復することができる。一般原則として、減損債権が正常債権に戻るのは、(a)期日を迎えた元利の何れも未払いとなっておらず、当該銀行が残る契約上の元利も適切な時期に返済されるものと見込んでいる場合、ないし(b)当該貸出がそれ以外の何らかの方法で保全され、既に回収の過程にある場合、である。前者の場合には、銀行は延滞していた元利の回収を完了していなければならない。但し、(1)当該貸出が正式に条件変更されている場合(後述)、(2)当該貸出がディスカウントにより取得されたものであり、回収可能と見込まれるディスカウント部分が健全な会計原則に従って簿価に加算される場合、ないし(3)借手が既に妥当な期間に亘り定められたスケジュールに従って契約上の元利払いを全額再開しており、全ての契約上の支払が妥当な期間内に回収されるものと見込まれている場合、はその限りではない。
69. 条件変更が行われ、緩和された約定に従って返済等が履行されることが確実となった貸出金については、通常の未収利息の計上を再開することができる。借手の状態や元利払履行余力が相対的に改善したと考え得状況は、借手が相当額の確実な販売・リース・賃貸契約を獲得したり、その他の展開によって借手のキャッシュフロー、元利払履行余力、および返済意欲の大幅改善が見込まれたりする場合である。また、条件変更以前・以後を問わず、妥当な期間に亘って継続的な返済実績が示されていることは、緩和された貸出約定に従って返済等が履行される合理的な保証が得られたと判断し得る有力な要素である。
70. 利息収入を現金ベースで報告する場合であれ、減損債権を正常債権のステイタスに戻す場合であれ、貸出の最終的な回収可能性を判断するに当っては、借手の過去の返済実績等の関連要素を考慮することを含め、借手の財務状態や返済見通しにつき、最新の充分に文書化された信用評価により支持されるべきである。同様に、条件変更債権を通常の未収利息計上のステイタスに戻す場合も、最新の充分に文書化された信用評価により支持されるべきである。
IV . パブリック・ディスクロージャー
71. 各国の銀行が貸出金の会計処理に際して用いる手法、ならびに各国の銀行経営陣に与えられている裁量の度合に違いがあるため、銀行が適切な開示を行うことがより一層重要となる。貸出金に係る開示のあり方は、貸出金の認識および測定に係る原則に明確に結びついているべきである。本章では、貸出金ポートフォリオの信用リスクに焦点を当てて、開示に係る健全な原則を提示する。ここに述べる提言は、バーゼル委員会が最近公表したペーパー「銀行の透明性の向上について」とその方向性を一にしている。
72. 銀行の財務報告書の利用者は、銀行の信用リスク・エクスポージャーとリスク管理実務、貸出金ポートフォリオの質と収益性、および、損失の発生の銀行の財務ポジションと実績への影響に係る情報を求めている。銀行の年次報告書における開示には、以下に述べる事項に係る明快で簡潔な情報が含まれているべきである。それらの開示は、(第2章に述べた)重要性の概念に則して、当該銀行の業務の規模や性質に応じた内容とされるべきである。したがって、以下の提言に含まれる開示項目の何れかが当該銀行を査定する際に意味を持たない場合には、必ずしも全ての項目について開示を行う必要はない。一方、資本市場に対する依存度が高い銀行、あるいは、国際業務に深く関与しているなど業務内容の複雑な大規模銀行は、概して、より広範な開示を期待されている。
73. 銀行は、監査対象となる財務諸表、すなわち基本財務諸表と注記に、可能な限り以下に示す情報の多くを提供するよう促されるべきである。特に、会計方針の開示は、財務報告書中の監査対象部分に含まれているべきである。例外として、当該銀行が信用リスクに対して採用しているリスク管理・統制の方針と実務、および個別・一般引当金額の算定手法は、財務報告書中の監査対象外の部分、例えば経営方針の説明や分析の部分に開示されてもよい。
14) 銀行は、貸出金および減損に対する引当金の会計処理に適用している会計方針と手法に関する情報を開示すべきである。74. 銀行は、貸出金、貸出金の減損、およびそれらに関連する引当金の会計処理に適用している全ての主要な会計方針(それらの会計方針の変更の影響の会計処理を含む)、および、それらの方針を適用する際に用いている手法について、情報を提供すべきである。銀行は、以下の諸点に係る方針について情報の開示を行うべきである。・減損していない貸出金の当初認識時およびそれ以後における測定のベース ・減損していない貸出金に係る収益の認識(例:実効金利法) ・貸出金の減損を認識する方法と時期、および減損債権の測定のベース ・引当金の決定(個別および一般) ・会計上および開示上、貸出金の延滞が判定される時期(延滞日数) ・貸出金の償却 ・回収金の会計処理 ・貸出金の未収利息計上の中止を決定する時期 ・減損債権からの収益の認識方法(金利の認識および手数料・経費の取扱いを含む)
75. 上記のリストは全てを網羅している訳ではない。例えば、以下の項目ないし状況については、会計方針を別途開示する必要があり得る。・カントリー・リスクに対する引当金 ・証券化取引(証券化された貸出金に引続き財務上の利害を有する場合、ないしそれ以外のかたちで貸出金の証券化に関わっている場合) ・第三者から取得した貸出金のディスカウントおよびプレミアム ・貸出金の測定に影響を及ぼすヘッジ関係 ・売却目的で保有している貸出金(該当項目がある場合)
15) 銀行は、個別および一般引当金額を決定する際に用いる手法と主要な前提についての情報を開示すべきである。76. 銀行は、個別および一般引当金の額の算定に用いた手法を説明すべきである。銀行は、種々のカテゴリーの貸出金における過去のデフォルト実績、現在の状況、ポートフォリオ構成の変化、延滞や回収のトレンド等の点をどのよう勘案したかなど、基本的な前提を開示すべきである。さらに、信用集中の有無と影響、集中度の変化、借手の事業環境の変化、与信方針や手順の変化(与信審査基準、集金・回収実務等)など、上記以外に関係する要素があれば、それらについても情報を開示すべきである。
16) 銀行は、貸出金ポートフォリオの信用リスクに関連して適用しているリスク管理・統制の方針と実務についての情報を開示すべきである。77. 銀行は、貸出金ポートフォリオの信用リスクを管理・統制するに当っての目標と戦略を述べた情報を開示すべきである。こうした開示には、信用リスクを緩和するために当該銀行が行っているリスク管理・統制の方針と実務に関わりのある情報が含まれているべきである。開示を要する方針と実務には以下のものが含まれる。・担保・保証の徴求 ・貸出金および担保の定期的見直し ・信用リスク分類システム(貸出金の格付システム) ・信用リスク管理のための組織構成(例:信用委員会) ・延滞貸出のモニタリング ・エクスポージャーの制限・統制 ・法的有効性のあるネッティング取極によるエクスポージャーの削減 ・クレジット・デリバティブや信用保険の利用
17) 銀行は、貸出金、減損債権、延滞債権、およびそれらに関連する個別・一般引当金額につき、地域別情報を開示すべきである。78. 銀行は、国内貸出と国際貸出、および両カテゴリーに対する個別・一般引当金の配分を開示すべきである。さらに、(重要性の原則に則って)国内および国際貸出額を主要地域に分類して、ソブリン貸出は別途明示のうえ、必要に応じて各地域内の国別内訳を設けて示すべきである。加えて、地域別の減損・延滞債権額に係る情報も開示すべきである。可能であれば、個別・一般引当金額の地域別内訳をも開示すべきである。18) 銀行は、貸出金、減損債権、延滞債権の借手のカテゴリー別内訳、および、それぞれのカテゴリーに対する個別・一般引当金の額を開示すべきである。79. 銀行は、借手を意味のある分類に従って区分することにより(例:商業貸出、消費者貸出、関係者貸出)、貸出金ポートフォリオの構成に関する情報を開示すべきである。借手の各カテゴリー毎に、および貸出金ポートフォリオ全体について、それぞれ以下の開示が行われるべきである。・引当前および引当後の総貸出金額 ・別途、延滞貸出(例:90日以上)を示したうえで、減損債権の総額 ・延滞非減損債権額(例:90日以上) ・個別引当金額 ・一般引当金額
80. 一般引当金に借手の主要カテゴリーに配分されていない部分がある場合、当該額は別途開示されるべきである。銀行は、貸出金ポートフォリオの信用の質が悪化しているか否かを示す有用な指標をこの他にも開示することを勧奨される。
81. 銀行は、商業貸出の主要産業部門別内訳を開示すべきである(例:不動産、鉱業)。
82. また、貸出金の種類別(抵当貸出、クレジットカード・ローン、ファイナンス・リース等)、担保の種類別(住宅用不動産、商業用不動産、政府保証、無担保等)、もしくは、ないし以上に加えて、信用度別(内部・外部格付等)の貸出金ポートフォリオの構成についても、概略情報を提供すべきであるかも知れない。
19) 銀行は、信用リスクの大幅な集中に関する情報を開示すべきである。83. 信用リスクの重大な集中は、個別の借手、互いに関係する複数の借手もしくはグループを成している借手、特定の経済部門、および特定の国や地域に対して発生し得る。信用リスクの面で同様の性格を有し、経済情勢等の変化により同様の影響を被ると思われる貸出金は、例えば特定の産業部門として分類するなどの方法でグループ化される。銀行は、集中度の判定基準、および、集中の根拠となるそれぞれのグループに共通の特徴と、エクスポージャーの大きさを開示すべきである。これらの開示は、守秘義務上の要請に合致する方法で行われるべきである。
20) 銀行は、信用の質が悪化したために原貸出約定に基づく未収利息の資産計上を中止した貸出金の残高を開示すべきである。84. 銀行は、未収利息不計上貸出の残高、および、未収利息の資産不計上が損益計算書に及ぼす影響に係る情報を開示すべきである。
21) 銀行は、貸出金の減損に対する引当金の変動要因を引当の種類別に示す表(“continuity schedule”)を開示すべきである。85. 銀行は、個別および一般引当金とは別に、報告期間中の引当金の変動に係る詳細を開示すべきである。開示すべき情報には以下のものが含まれる。・期初の引当金残高 ・期中の償却額 ・当期以前に償却した貸出金からの当期中の回収 ・予想貸倒損失に対する当期中の引当金繰入額(ないしは取崩額) ・引当金残高に対するその他の調整(例:為替変動、事業合併・取得、子会社の売却) ・期末の引当金残高
86. 損益計算書に直接計上された償却および回収についても開示されるべきである。
22) 銀行は、当該年度中に条件変更された貸出金の残高および同貸出に係るその他の情報を開示すべきである。87. 銀行は、条件変更問題債権に対して行った譲与・譲歩の規模および性質に係る情報を開示すべきである。条件変更債権の帳簿上の投資額の減少額を測定する際に用いた算定手法も開示されるべきである。条件変更債権のうち、完全返済が見込まれ、かつ妥当な期間に亘り緩和後の条件に従って返済の実績があるものは開示を要さない。
23) 銀行は、求償取極に基づいて負っている契約上の義務、および同取極の下で見込まれる損失を開示すべきである。88. 求償取極とは、借手のデフォルトに際して銀行が支払義務を負うことになる取引であり、銀行が保証を付して第三者に貸出金を売却するケースなどがこれに該当する。こうした取極は銀行を多大なリスクに晒す可能性があるにも拘わらず、貸借対照表上には認識されていないことが多い。
V . 新たな論点
(a)公正価値会計と情報開示
(i)公正価値会計
89. 主導的な会計基準設定主体は、現在、金融商品の会計において、より多くの公正価値を使用する方向に向かった場合の利害得失を検討している。特に、国際会計基準委員会(IASC)と幾つかの会計基準設定者は、金融資産と金融負債に対する包括的な公正価値会計の導入を展望した共同プロジェクトを進めている。
90. 公正価値の推計に当たり、健全でバランスのとれた基準が存在しない場合、特に(貸出金について多くの場合にそうであるように)活発な市場が存在しない場合には、公正価値モデルの使用は財務諸表上の価値の信頼性を低下させ、収益と資本の評価の変動を高めることになりかねない。
91. バーゼル委員会は、公正価値会計を採用することが可能な場合、例えばトレーディング目的で保有している金融商品の会計処理などに際しては、このアプローチを用いることが適当であると考える。しかしながら、本会計システムを銀行の全ての金融資産・負債に適用するに先立って、公正価値の推計および同価値の調整に係る適切な指針を提供するため更なる作業を行う必要がある。公正価値アプローチの目的は多くの点において望ましものの、バーゼル委員会としては、現時点においては、例えばIASCが1997年の討議用資料において概説したように、貸借対照表と損益計算書に全面的に公正価値会計を適用することについては、強い留保を表明する。
(ii)公正価値の開示
92. バーゼル委員会は、公正価値会計の全面適用に代わるアプローチとして、主要市場参加者の開示義務を拡大し、補足的開示として、量的・質的情報とともに金融商品の公正価値を連結ベースで示すことを求めるという方法があると考える。金融商品について公正価値に係る情報が追加的に開示されることになれば、情報の作成者側にとっては情報の様々な表示方法を試すための、また情報の利用者側にとっては関係する数字の大きさや動きをより深く理解するための助けとなるという点で有益であろう。
93. バーゼル委員会メンバー国の一部においては、銀行およびその他の企業に対し、貸出ポートフォリオを含む金融商品の公正価値を開示することが義務付けられている。こうした要請はIASCの会計基準にも打ち出されている(IAS32)。公正価値の追加的開示を行う銀行は、公正価値の決定に用いられている手法、および推計に用いられている主要な仮定を開示すべきであり、さらに、公正価値の推計に関わる論点について述べることをも勧奨される。
(b)信用リスクに対する引当の新たなアプローチ
94. 一部の銀行は、信用リスクのモデリング技術を用いて貸出金に対する引当を行うアプローチを模索している。こうした技術の下で、銀行は従来より長い期間を対象として信用リスク・エクスポージャーを測定しようとしており、このアプローチを用いた場合には、引当のタイミングが相対的に早くなる可能性がある。こうした貸倒引当金は、過去の損失実績やその他の要因を統計的に分析し、その結果に照らして各銀行が先行きの損失発生について見通しを立てることによって計上される。用いられる統計的技術は、銀行が信用リスク管理用ないしはプライシング用に用いている技術に類似したものとなる可能性がある。
95. バーゼル委員会は、より一般的に信用リスク・モデルの分野において、銀行業界の実情を調査してきた。当委員会は、信用リスクのモデリング技術の進歩に伴い、国際的に活動する銀行が貸倒引当金総額の適切性を判断・査定する手法も変わってくる可能性があることを認識している。監督上の視点に立てば、会計原則は、銀行の財務ポジション、財務実績、およびリスク管理行動を公正かつ実態に則して捉える統計的手法の適切な使用を受け入れられるものであることが望ましい。したがって当委員会は、本件の展開とそれに伴う論点を注視し、それが貸倒引当金の質を高めるものであるか否かを判断する所存であり、また、こうした引当手法の進歩に応じて、その使用に係るさらなる指針を提供する可能性もある。
VI . 監督当局の役割
24) 銀行監督当局は、貸出の質の査定に係る銀行の方針と実務を評価すべきである。96. 監督当局は以下の点を確認すべきである。・ 銀行が用いている貸出金の再審査システムが、信用の質に問題のある貸出金を適時に識別・分類・モニター・処理するという点において充分な質を備えていること ・ 取締役会および上級管理職に、貸出ポートフォリオの信用の質および関連する引当についての適切な情報が定期的かつ適時に供給されていること ・ 経営陣の裁量が適切な方法で行使され、その内容が合理的であり、かつ第2章に述べた注意事項が尊重されていること
97. 監督当局は、上記の評価を行うに当り、定期的な監督上の報告ないし実地検査・考査を通じて、公に開示されていない情報を収集することもあろう。
25) 銀行監督当局は、銀行が用いている引当金の算出手法が、適切な方針と実務に従って、合理的かつ適度に保守的な評価を導き出すことを確認すべきである。98. 監督当局は以下の点を確認すべきである。・ 銀行が個々の貸出金に対する引当金を計上する際に用いている手順が健全なものであり、かつ、担保の評価額の更新や現時点の経済状況の分析に基づいたキャッシュフローの見通しを含め、本ペーパーに述べた規準を考慮に入れていること ・ 一般引当金を計上するための枠組が適切であり、用いられている手法が合理的であること ・ 経営陣が貸倒引当金の総額を決定する際のプロセスが適切であり、そこで経営陣が用いている前提や判断が妥当であること ・ 貸倒引当金の総額が貸出ポートーフォリオの信用リスク・エクスポージャー総額に対して充分であること ・ 判明した損失が個別引当金の繰入れないし償却を通じて適時かつ適切な方法で認識されていること ・ 銀行の会計原則と実務が本ペーパーに概説されているものと整合的であること
![]() メニューへ戻る |