自動車損害賠償責任保険審議会答申

平成12年6月28日

  
 自動車損害賠償責任保険(自動車損害賠償責任共済を含む。以下「自賠責保険」という。)は、昭和30年の制度創設以来、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度として、交通事故被害者の救済に大きな役割を果たしてきた。
 この間、交通事故は益々増加しており、交通事故被害者の救済の必要性は一層高まっているといえる。また、制度創設から40年以上が経ち、その他の面でも、任意保険の普及など、自賠責保険を巡る環境は大きく変化している。
 こうした点を踏まえれば、この際、自賠責保険制度自体あるいは制度の運用について、改めて見直しを行う必要がある。

 このような認識の下、当審議会では、昨年 4月から本年 3月までの間、10回にわたり懇談会を開催し、自賠責保険全般について、国民、交通事故被害者、自動車ユーザー等の視点に立って、幅広く議論を行った。
 そうした議論も踏まえ、本年 4月12日、金融監督庁長官から当審議会に対し「自動車損害賠償責任保険制度創設時より現在までの自動車交通を巡る環境の変化及び社会経済情勢の変化を踏まえ、自動車損害賠償責任保険全般のあり方について、貴審議会の意見を求める。」との諮問がなされた。
 諮問を受け、当審議会では、更に 7回にわたり審議会を開催したほか、自賠責保険関連施設への視察も行うなど、精力的に議論を行ってきた。

 その結果、当審議会は、以下のような結論に達した。
 政府においては、本答申の指摘を踏まえ、今後速やかに、具体的な制度改正等に向けた検討を行うよう強く要請する。

 

.基本認識
 
(1)  自賠責保険は、昭和30年の制度創設以来、「自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度」(自動車損害賠償保障法第 1条)として、交通事故被害者の救済に大きな役割を果たしてきた。

(2)

 我が国における交通事故の状況をみると、急速なモータリゼーションの進展等を背景に昭和20年代後半から40年代半ばにかけて急激に増加した交通事故件数及び死傷者数は、各般の交通安全対策の実施等を背景に昭和50年代前半にかけて大きく減少したが、その後再び増加に転じ、近年も一貫して増加傾向にある。その結果、平成11年の死傷者数は約 106万人にも上っている。
 また、その内訳をみると、死者数こそ減少傾向にあるものの、負傷者数は増加しており、特に救急医療技術の発達等を背景に重度の後遺障害者が急激に増加している。このように、交通事故の被害の態様も変化してきている。
 こうした状況を踏まえれば、交通事故被害者の救済の必要性は一層高まっており、また、被害の実態に応じた救済が必要である。
 また、交通事故被害者の救済という自賠責保険の趣旨を踏まえれば、制度そのものにとどまらず、制度の運用の面においても被害者保護等の観点から改善すべき点がないか検討する必要がある。

(3)

 交通事故において加害者が負う損害賠償責任は、加害者が自己の責任において果たすべきものであり、そうした自己責任原則の下、現在では殆どのドライバーは任意保険に加入している。また、自由競争の下、保険会社にとって、契約者及び被害者に行き届いたサービスを提供することは極めて重要であり、そのような競争の結果、任意保険の補償範囲や金額、サービスの内容も多様化してきており、交通事故被害者の救済にも大きな役割を果たしている。
 しかしながら、一方で、被害者が保険契約の当事者となっていない賠償責任保険契約では、加害者の自己責任原則の徹底及び自由競争に委ねるだけでは被害者保護という目的は十分に達成されないという面があり、また、現に事故が発生した場合に賠償を行う十分な資力を有していないにもかかわらず任意保険に加入していないドライバーがいるのも事実である。
 こうしたことから、我が国の自動車保険は、強制保険で基本補償たる性格を有する自賠責保険と任意保険のいわゆる「二本建て制度」となっており、今後とも、その両者が相互に補完しあって機能していくことが求められる。

(4)

 また、誰もが交通事故の当事者となりかねない現代の自動車交通社会の下では、交通事故の問題を考える場合には、自己責任原則を基本としつつも、全ての自動車に自賠責保険の加入を義務付けているように、被害者の苦しみを軽減するための費用を、社会全体がバランスよく負担するという視点も必要である。

(5)

 もとより交通事故の防止や交通事故被害者の救済は自賠責保険のみによって達成できるものではなく、総合的な交通安全対策や社会保障施策の推進によって達成されるものである。また、社会保障施策等の内容、対象とする領域は時代によって変化する。そうした中で自賠責保険が果たすべき役割を検討する必要がある。

(6)

 更に、制度創設から40年以上が経ち、上記の他にも、自賠責保険を巡る環境は、大きく変化してきている。また、自賠責保険のあり方を考えるに当たり、行政改革や官民の役割分担という視点も重要である。

(7)

 また、自動車ユーザーの立場からの、保険制度の合理化・効率化による保険料負担軽減のニーズに応えることも必要である。

(8)

 以上の点を踏まえれば、今後の自賠責保険のあり方を考える際には、交通事故被害者の救済の必要性が増大している点を踏まえつつ、交通事故被害者の救済を図る上で自賠責保険がどのような役割を果たすべきか、また、そのためにどのような制度や運用の見直しが必要かを、今日的な視点に立って検討し、時代の要請に即応した、より合理的な制度としていくことが必要である。

 

.保険給付の見直し
 
(1)  我が国の自動車保険は、自賠責保険と任意保険のいわゆる二本建て制度となっている。
 我が国では、自動車を運行の用に供するためには、自賠責保険に加入することが義務付けられており、そうした、自動車を運行するための必要条件である自賠責保険は、基本補償として、全ての車種、契約者に同一の担保内容となっている。また、自賠責保険の保険金の支払いは定型・定額的な支払基準に基づいて行われる。
 一方、任意保険では、契約者が担保内容や各種サービスを任意に選択することが可能であり、現在では殆どのドライバーが任意保険に加入しており、また、任意対人賠償保険では加入者の90%以上が保険金額無制限となっている。
 このように、我が国の自動車保険は、それぞれ異なった性格を有する自賠責保険と任意保険が相互に補完しあって機能している。

(2)

 自賠責保険の保険金限度額は、従来から、任意保険の普及状況等を踏まえる一方で、加害者が任意保険未加入の場合でも基本補償を確保するという観点を踏まえて改定されてきており、現在、死亡 3,000万円、傷害 120万円、後遺障害は等級に応じ 3,000万円(第 1級)〜75万円(第14級)となっている。保険金限度額については、以下に掲げる、重度の後遺障害者に対する介護費用の支給の他は、現行の水準が適当である。

(3)

 近年、救急医療技術の発達等を背景に交通事故による重度の後遺障害者が急増しており、そうした被害者の多くは、介護に多額の費用を要するため、死亡した場合よりも賠償額は多額となっている。
 また、交通事故被害者は若年層が多いが、本年より施行された介護保険制度の下では、交通事故によって介護を要する状態になった者は、65歳以上の場合は保険給付の対象となるが、65歳未満の場合には給付の対象とならない。

(4)

 現在、自賠責保険では、後遺障害者に対しては、逸失利益、慰謝料、治療費は保険金として支払うものの、介護に要する費用は保険金支払いの対象外とされ、後遺障害者に対する介護に係る支援は、主として運用益を活用した事業によって行われている。
 しかしながら、上記のような重度の後遺障害者の状況を踏まえれば、今後は介護に要する費用を保険金としても支払いの対象とすべきである。
 また、その際には、介護を要する重度の後遺障害者に対し、逸失利益等については現行の保険金限度額を適用した上で、それとは別枠で介護に要する費用を支給することとし、それに係る限度額を設定すべきである。

(5)

 また、その際、支給対象者の範囲(常時介護を要する者だけとするのか、随時介護を要する者も対象に含めるのか)、保険金限度額の水準について、労災保険の給付の状況、都道府県等が支給している介護費用等との関係等を踏まえて、早急に検討する必要がある。

 

.保険金支払いの適正化のための措置
 
(1)  自賠責保険では、損害調査を迅速に行うとともに被害者保護に欠けることのないよう、過失相殺を厳格に適用せず、被害者の過失が70%未満の場合には保険金を全額支払い、また加害者側に僅かでも過失があれば保険金の50%を支払うという形で、被害者に有利になるよう過失相殺を緩和する運用がなされている。また、公平・迅速な支払いのため定型・定額的な保険金支払いが行われている。こうした点も含め、年間 100万件を超える自賠責保険の支払いは総じて適切になされている。

(2)

 しかしながら、保険金の支払いに関しトラブル等があるのも事実であり、被害者保護の充実の観点から、保険金の支払いが支払基準に則って正しく行われているか、事故原因の把握やそれに基づく過失割合の認定、後遺障害等級の認定等が適切に実施されているかといった面から、保険金支払いの一層の適正化のため制度の充実等を図る必要がある。

(3)

 自賠責保険の支払いについては、全ての保険金支払いについて、保険会社や自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)が支払基準に則って適正に支払いがなされているかチェックを行っているが、更に、それに加え、再保険金の支払いを通じて、行政によっても、二重のチェックが行われている。
 これについては、保険会社や自算会のチェック能力や、事務負担の軽減という観点を踏まえれば、行政による支払い全件にわたるチェックは最早廃止すべきである。
 他方、死亡や重度の後遺障害に係る事案等一定のものについては、引き続き行政によるチェックを行うべきである。

(4)

 損害調査に当たって、まず、事故現場の状況を的確に把握することが重要である。事故現場の状況は、第一義的には警察等によって調査されることとなり、警察等において的確に事故の状況が把握されることがまずもって重要である。これに加え、自算会等も、極力、事故現場の状況の的確な把握に努める必要がある。
 また、損害調査に当たり、自算会は、例えば被害者が死亡して加害者側の証言の他に証拠がないような場合等に、加害者側の証言のみによって被害者に不利な判定はしないこととしているが、今後ともその方針を堅持するとともに、被害者の立場に十分配慮した損害調査を実施していく必要がある。

(5)

 自賠責保険の有無責の認定及び後遺障害の等級認定に万全を期すため、平成10年から、(a)死亡事故や傷害事故で被害者が事故状況の説明が出来ない場合で、保険金が支払われないか減額される可能性がある事案や、(b)後遺障害の等級認定に対して異議申立てがあった事案を審査するため、自算会に弁護士、医師、自算会職員からなる「審査会」が設置され、また、「審査会」の判定に異議申立てがあった場合には弁護士、学識経験者、医師がメンバーとなり、中立性に配慮して自算会職員は委員に加わらない「再審査会」により再審査する制度が設けられた。
 この「審査会」、「再審査会」によって、有無責の判定、後遺障害の等級認定の適切性や透明性は大きく向上した。
 ただし、これらについては、対象となる事案が限られている、保険会社を通じてしか異議申立てが出来ない、被害者が直接審査内容の説明を受けられないといった問題点も指摘されており、改善を図るべきである。

(6)

 また、任意保険も含めた交通事故に係る当事者間の見解の相違や賠償金額等を巡る種々の紛争を処理する機関として、(財)交通事故紛争処理センターや(財)日弁連交通事故相談センターにおいて、弁護士等が中立的な立場から、無料法律相談や示談の斡旋、調停等を行っている。
 これらの機関は、年間数万件にのぼる相談受付、斡旋等を行っており、全体として紛争の解決に有効に機能している。
 ただし、これらの機関については、相談を行う拠点数や弁護士等の数が必ずしも十分でない、その存在が一般の人々に十分に周知されていない、といった問題点も指摘されており、今後、そうした点の充実について、当該機関等に要望したい。
 また、そうした機関の運営に要する費用は、自賠責保険・再保険の運用益から拠出されているが、今後、運用益を活用した事業に係る後述のような見直しを行う中で、その増額を図っていくとともに、保険会社等においても、保険契約者や被害者に対して、そうした機関の一層の周知を図る等、必要な協力をしていくべきである。

(7)

 一方、自賠責保険の支払いに関し、事故の状況の調査、紛争に係る斡旋、調停、仲裁等を行う機関を行政府内に設置するという案も検討した。
 これについては、被害者の立場に立って、保険金の支払いの適正化をどのように充実させるかという観点、自賠責保険の持つ公的な性格をどう考えるか、司法制度との関係や民・民の紛争に行政が介入することの妥当性といった観点等を踏まえ、なお、十分な検討が必要である。
 また、「再審査会」の機能を新たに民間に設立する機関に担わせ、独立性を高めるべきとの案についても、交通事故紛争処理センター等との関係や、新たな機関を設置するメリットが実際にどの位あるのかといった点も含め、なお、十分な検討が必要である。

(8)

 示談代行制度は、損害調査に係る専門的な内容の当事者への説明、交渉の迅速な解決といった点で、全体としてみれば有効に機能している。
 しかしながら、示談を行う際に加害者が道義的な責任を果たさないケースや、示談提示額が低く抑えられているケースがあるとの指摘もあり、各保険会社においては、そうした問題が起きないよう、運用の改善に努める必要がある。

(9)

 保険金の支払いについては、請求から支払いまでの期間の短縮等により、かなり迅速になされているが、被害者あるいは医療機関等から一層の改善を求める声もあり、仮渡金制度の活用等も含め、引き続き支払いの迅速化に努めるべきである。

 

.政府保障事業の維持・見直し
 
(1)  政府保障事業は、いわゆる轢き逃げ事故や無保険車による事故の被害者の救済を図る上で、重要な役割を果たしており、今後とも引き続き実施すべきである。

(2)

 自賠責保険では過失相殺を緩和し被害者に有利な運用をしているが、政府保障事業では厳格な過失相殺が適用されている。被害者間の公平性の確保という観点から、そのあり方の見直しについて検討すべきである。

 

.政府再保険制度の廃止
 
(1)  自賠責保険では、保険会社は保険料の60%を政府の再保険に付すとともに、保険金の60%を政府の再保険から支出するという、政府再保険制度が採られている。この政府再保険制度は、(a)被害者保護の観点から保険金の支払いに国が関与することが適切、(b)危険の一部を国が負担することが適切、という理由から創設された。
 上記(a)の点については、被害者保護の観点から引き続き国が保険金の支払いに関与する必要があるとしても、それは再保険という形を通じて行う必要はなく、別の形で保険金支払いの適正化のための措置の充実を図ることが可能であると考えられる。
 また、保険会社の担保力が向上してきていること等を踏まえれば、上記(b)の観点から政府が再保険をする必要はないと考えられる。

(2)

 平成12年3月31日の閣議決定で「自動車損害賠償責任保険の政府再保険の廃止については、(a)被害者保護の充実、(b)政府保障事業の維持、(c)政府再保険の運用益を活用した政策のうち必要な事業の継続、(d)自動車ユーザー等へのメリット、(e)合理的な範囲内のコストによる制度改正の 5条件の実現の方向を確認した上で行う」こととされており、本答申の指摘を踏まえ、被害者保護の充実等を前提に、政府再保険の廃止について速やかに具体的制度設計を進めるべきである。

 

.運用益活用事業の見直し
 

(1)

 交通事故の状況が深刻化する中、交通事故防止対策、被害者救済対策等の事業自体の重要性は一層高まっていると考えられ、そうした中、自賠責保険・再保険の運用益を活用して行っている事業は、総合的な交通安全対策や社会保障政策等の中で一定の役割を果たしている。
 しかしながら、一方で、これらの事業は、本来、総合的な交通安全対策や社会保障政策等の一環として行われるべきものであり、損害賠償責任保険という自賠責保険の趣旨及び枠組みを前提に考えれば、これを自賠責保険の保険料を原資として行うことは適当ではないという考え方もあるところである。
 こうした点を踏まえれば、現在、運用益を活用して行っている各事業については、特別会計分、保険会社分の事業の全般にわたって幅広く見直しを行い、自賠責保険を補完するものとして自賠責保険の体系の中で行うことが適当かどうか検討し、その上で必要な事業は実施するとともに、その他の事業については事業の廃止、縮減等を行う必要がある。

(2)

 現在、特別会計では、自動車事故対策センターによる自動車アセスメント、運転者に対する適性診断、療護センターの設置・運営等の事業、各種の自動車事故対策費の補助等を実施している。これらの事業に関しては、既存事業を中心に目標を定めた効率化、適正化に努め、必要な事業については充実を図ると共に、その他の事業については廃止・縮減を行っていく必要がある。また、新規の事業についても政策目標の策定、政策効果の測定を明確な形で実施することが必要である。
 適性診断等の事故防止対策については、受益者負担の拡大を図りつつ、事故防止の効果の高い分野に重点を置いて実施する等の見直しを図る必要がある。また、療護センターについては、交通事故で重度の後遺障害に陥った被害者の救済に役割を果たしているが、今後は、現在計画している増床を進めるとともに、短期入院制度や在宅介護の支援を実施する一方、効率的な経営の推進等に努める必要がある。
 保険会社の運用益を活用して行っている事業の支出総額は、近年、縮減されているが、今後とも、事業の重要性等を常に厳しく見直し、必要な事業について充実を図るとともに、その他の事業について廃止・縮減を行っていく必要がある。
 そうした中で、日弁連交通事故相談センターや交通事故紛争処理センターへの支出等については、前述のとおり、より充実を図っていくべきである。
 また、民間医療機関の医師等に対する自賠責保険の制度や運用等に関する研修の実施や短期入院についての協力医療機関の制度の普及のための支出、交通事故による脳損傷等に関連する研究への助成の充実等も検討すべきである。
 なお、各事業の実施に当たっては、政府が行っている他の交通安全施策等との調整、特別会計分、保険会社分、共済分の事業相互間の調整等に配慮すべきである。

(3)

 現在、再保険の運用益を活用して行っている事業のうち、今後とも自賠責保険の体系の中で行うことが適当と認められる事業の政府再保険廃止後の財源については、広く国民等の理解を得て、賦課金等といった新たな安定的な財源を検討すべきである。

(4)

 現在、特別会計の事業は特別会計予算として財政当局との調整を経た上で国会での審議・議決によって、支出内容、金額が決定されている。一方、保険会社の運用益の使途に関する基本的な考え方は省令に規定されており、また各年度の具体的な支出内容は、(社)日本損害保険協会(以下「損保協会」という。)が「自賠責保険運用益使途選定委員会」の審議を経て決定している。
 今後は特別会計分、保険会社分とも、その使途をより明確にするとともに、決定プロセスの透明性を高める観点から、当審議会でも十分議論を行うようにすべきである。

 

.保険料
 
(1)  純保険料
 
(a)  自賠責保険の保険料は「ノーロス・ノープロフィット原則」の下、保険金支払いのための必要最低限の水準とすることが基本であり、また、強制保険という性格も踏まえれば、保険料水準は極力抑制することが必要である。
 ただし、交通事故の発生を正確に見通すのは困難なこと、円滑な保険金支払いのため一定の余裕資金が必要なことから、ある程度の収支差や運用益の発生は不可避である。こうしたことから、従来、保険料の水準は、数年毎に、将来の保険金支払いの見通しをベースに、その時点での累積運用益を中期的に保険料に還元し、保険料改定後に発生する運用益は将来の収支の改善のために留保するという形で設定してきた。
 こうした従来からの保険料設定方式は、保険料の急激な変化を避け、契約年度の異なる契約者の間の公平性を確保する観点から、基本的に妥当であると考えられる。

(b)

 現行の保険料は、平成 9年に、その時点での保険金支払いの見通しをベースに、当時の累積収支黒字・累積運用益を中期的に保険料に還元することとして設定したもので、現在の保険料は、単年度の保険料収入が保険金支払い額を下回る「赤字料率」となっている。
 しかし、前回の保険料改定後の保険収支の推移をみると、当時の見通しに比して損害率が良好に推移しており、保険金の支払いは見通しを下回って推移している。また、その結果、累積運用益は平成10年度末時点で約1兆8,253億円(損保会社分2,383億円、特別会計分1兆5,871億円)となっている。従って、こうした損害率の低下を保険料水準に反映させ保険料の引下げを検討すべきである。
 ただし、上述のとおり、現在の保険料は赤字料率となっており、将来、累積運用益の還元後は基本的に単年度で収支をバランスさせなくてはならないことを踏まえれば、現段階での大幅な保険料の引下げは、将来、大幅な保険料の引上げをもたらすこととなると考えられるため、避けることが望ましい。
 また、現在ある累積運用益については、従来からの保険料及び累積運用益に関する考え方を踏まえ今後の保険料水準の抑制のために用いることが基本であるが、現在の被害者救済対策が必ずしも十分でない点も踏まえれば、被害者救済対策の充実に充てること等も考えるべきである。
 当面の保険料の具体的な水準については、上記の点を踏まえた上で、検討すべきである。

(c)

 なお、政府再保険廃止後は保険料の全額を保険会社が運用するようになることを踏まえ、運用の安全性や運用コストの抑制及び効率性の追求のための措置等を通じた運用収益の確保に努める必要がある。

(d)

 保険料の水準は交通事故の発生状況に応じて決まるものであるが、現在は、多額の累積運用益の存在が、事故の発生と保険料の関係を分かりにくくしている。
 今後は、多額の運用益が積み上がるようなことのないよう努めるとともに、保険料水準の設定の考え方等について、より分かりやすい説明に努める必要がある。

(2)

 付加保険料
 
(a)  付加保険料については、現在、「ノーロス・ノープロフィット原則」の下、保険会社等が実際に要した費用に見合う額を保険料として徴収するという方式をとっており、この考え方は今後とも維持すべきである。
 現在の「経費計算基準」は、策定後10年以上経っており、「ノーロス・ノープロフィット原則」を真に貫徹させる観点から、保険会社等の事務処理の変化を踏まえた見直しを行う必要がある。
 また、政府再保険の廃止を契機に、各種の事務の簡素化・合理化を行い、付加保険料の引下げに努める必要がある。
 更に、付加保険料についても、受領した保険料と保険会社や自算会が実際に要した費用の差額は積立金として留保されており、これも、今後の保険料の引下げのために還元すべきである。

(b)

 なお、各保険会社は、自賠責保険の付加保険料の収支について、現在も他の保険種目と区分して経理しているが、今後、そうした経理をより一層明確にし、付加保険料収支に係る透明性を高めるべきである。

 

.無責事故等への対応について
 
(1)  自賠責保険の支払いの対象とならない、いわゆる加害者無責事故や自損事故について、脇道からの飛び出しといった不測の要因があった場合等、必ずしも過失割合のみをもって保険金を支払わないことが適当ではない場合や、そもそも有無責の判定自体が困難な場合もあり、そうした事故の被害者にも何らかの補償を行うべきではないかとの考え方がある。

(2)

 こうした考え方については、加害者側に全く非がない事故まで保障の対象とすることは、加害者側に非がある場合にその賠償責任を保障するという自賠責保険の趣旨にそぐわない点、自動車の運行には種々のリスクがつきものであるが、そうしたリスクは任意保険に加入する等自助努力によって対応すべきではないかといった考え方、また任意保険の補償範囲も近年多様化してきている点等も踏まえ十分に検討すべきである。

(3)

 なお、死亡事故の場合等、事故現場の状況が正確に把握できないケースもあるが、こうした事案については、事故状況の的確な把握に努めるとともに、被害者の証言が得られないような場合に、加害者側の証言のみによって被害者に不利な判定はしないこと等により適切に対応する必要がある。

 

.その他
 
(1)  医療費支払の適正化

 従来より、自賠責保険の医療費支払いの適正化を図るため、自算会、損保協会、日本医師会の協力の下に、診療報酬基準案を作成し、その普及に努めてきているところである。本基準案については、相当程度普及してきているが、依然未実施の府県もある。医療費支払いの一層の適正化を図るため、引き続き関係者の協力を得ながらその浸透に努めるべきである。


(2)

 追加保険料

 自賠責保険の追加保険料制度については、全体の事故件数に占める割合が少ない一方で、実際に事故抑制効果がどの程度あるか疑問もあるところである。また、任意自動車保険におけるメリット・デメリット制の普及等により自動車保険全体でみれば事故の発生を抑制する仕組みは形成されているとも考えられる。こうした点を踏まえれば、追加保険料制度については、制度の廃止も含め、そのあり方の見直しを検討すべきである。


(3)

 後遺障害等級表

 現在の後遺障害等級表は、必ずしも交通事故被害者の実態に合致しておらず、被害者の実態をより的確に表現するよう、その見直しを検討すべきである。
 また、当面、現行の後遺障害等級表をもとに等級認定を行う場合でも、運用面で、被害の状況に応じた適切な対応をする必要がある。
 ことに、高次脳機能障害については、現在も、事故との因果関係が肯定できれば等級認定をしているところであるが、今後、早急に、自賠責制度上の後遺障害としてより的確に認知し、保険金支払いの対象とするための認定システムを構築すべきである。

 

10 .実施時期等

 政府においては、以上の考え方を踏まえ、早期に具体的な制度改正等を行うよう、検討を進めるべきである。

 

(以 上)


自動車損害賠償責任保険審議会 委員名簿

(平成12年6月28日現在)

(会  長) 倉澤 康一郎 武蔵工業大学教授
(委  員) 川戸 恵子 東京放送ニュース編集センター兼解説委員
中西 光彦 全日本交通運輸産業労働組合協議会事務局長
橋本 章 日本自動車会議所理事
平野 浩志 日本損害保険協会会長
松原 亘子 日本障害者雇用促進協会会長
山下 友信 東京大学教授
若菜 允子 弁護士
石原 葵 農林水産省経済局長
縄野 克彦 運輸省自動車交通局長
板東 自朗 警察庁交通局長
福田 誠 大蔵省金融企画局長
細川 清 法務省民事局長
(臨時委員) 新井 昌一 全国共済農業協同組合連合会代表理事会長
井手 渉 全国交通事故遺族の会会長
加藤 裕治 全日本自動車産業労働組合総連合会事務局長
高瀬 佳久 日本医師会常任理事
西崎 哲郎 全国信用金庫連合会監事
西嶋 梅治 法政大学名誉教授
仁平 圀雄 日本自動車連盟会長
布江 實 自動車保険料率算定会専務理事
二木 雄策 姫路獨協大学教授
中川 浩明 自治省行政局長

 


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