監査基準等の一層の充実に関する論点整理

平成12年6月9日

企 業 会 計 審 議 会

 

 経緯

 公認会計士(監査法人)による財務諸表の監査は、財務諸表の信頼性を担保するための制度であり、その規範となる監査に関する基準は、財務諸表の作成規範である会計基準とともに、適正なディスクロージャーを確保するための重要なインフラストラクチャーである。

 監査に関する基準は、監査人が準拠すべき規範であり、これまでも適宜見直しが行われてきた。平成元年から平成3年にかけての「監査基準」、「監査実施準則」及び「監査報告準則」(以下「監査基準等」という。)の見直しにおいては、財務諸表に重大な影響を及ぼす不正行為等の発生の可能性に対処するため、相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続を充実強化するとの方針が採られた。これにより、経営環境等の評価と重要性の基準設定を基礎におき、その上で内部統制の有効性に関する評価を監査実施プロセスの機軸とするいわゆるリスク・アプローチの考え方が採用された。具体的には、新たな内部統制概念の導入、監査報告書における特記事項の記載、経営者確認書の入手の義務付け等による監査基準等の充実強化を行った。また、通常実施すべき監査手続として基本的な事項を定め、それまで列挙していた個別具体的な監査手続を削除して監査基準等の純化を図る一方、具体的な監査手続については日本公認会計士協会により監査上の指針において整備されることとなった。

 平成3年の監査基準等の改訂から既に8年余が経過しており、我が国企業の活動の複雑化や資本市場の国際的な一体化等を背景として、公認会計士監査による適正なディスクロージャーの確保とともに公認会計士監査に対する国際的な信頼の向上が、一層重要になってきている。更に、最近、経営が破綻した企業の中には、直前の決算において公認会計士の適正意見が付されていたにもかかわらず、破綻後には大幅な債務超過となっているとされているものや、破綻に至るまで経営者が不正を行っていたとされるものもある。こういった事態に対し、なぜ、公認会計士監査でこれらを把握することができなかったのか、公認会計士監査は果たして有効に機能していたのか等厳しい指摘や批判が行われている。

 このような状況を背景として、公認会計士審査会委員及び企業会計審議会委員を中心に、平成11年4月に「会計士監査に関するワーキング・グループ」が設けられ、同年7月に「会計士監査の在り方についての主要な論点」が公表された。これを受け、平成11年10月22日に開催された当審議会総会において、「監査基準等の一層の充実」を審議事項とすることが決定された。当審議会では、上記ワーキング・グループにおける指摘事項も含め、国際的な動向や新たな会計基準の導入の状況等を踏まえ、監査基準等の見直しについて、幅広い観点から総合的な審議を行ってきた。

 これまで当審議会では、第二部会において、まず、監査基準全般に関する見直しの論点について検討を行うこととし、学識経験者、公認会計士、監査役、財務諸表作成者、財務諸表の利用者からヒヤリングを行いつつ、審議を進めてきた。審議においては、我が国の監査に対する信頼性をさらに向上させることが必要であるとの認識のもと、国際的にも通用する監査規範の確立を目指すことを基本的な姿勢として、真剣かつ精力的に検討を行った。第二部会は、これまで8回の審議を行った結果、監査基準等の一層の充実に関して検討すべき論点が一応整理されたことから、これを「監査基準等の一層の充実に関する論点整理」として公表し、広く各界から意見を求めることとした。

 当審議会は、今後、各界から寄せられた意見も参考とし、監査基準等の具体的な改訂に向けた審議を続けていくこととしている。なお、中間監査基準については、監査基準等の審議状況を踏まえ、その内容の見直しについて、今後併せて検討することを予定している。

 

 総論
 監査基準等のあり方
(1)  監査基準等の啓蒙的役割についてどのように考えるか。

 上記のとおり、平成3年の監査基準等の改訂において、監査手続の具体的列挙が削除されたが、一方、監査の目的や役割、具体的監査手続の考え方についての説明が十分ではないとの指摘がある。

 監査手続に関する個別具体的な事項については、我が国における監査制度の定着状況からみて、監査基準等における啓蒙的な役割はすでに終えているものと考えられる。しかし、監査に関する基準は監査人の準拠すべき規範を提供するものであるものの、監査は被監査会社や財務諸表の利用者の理解があってこそ十分な役割を果たすことができるものであり、極めて公共性の高いものであると考えられる。このような観点から、監査基準等の見直しにあたっては、被監査会社や財務諸表の利用者に対しても、監査の目的、役割及び範囲等について十分に理解されるようにすることが必要である。また、このためには、用語の概念や定義の明確化も必要であると考えられる。

(2)  現在の監査基準等の構成(前文、監査基準、監査実施準則、監査報告準則)についてどのように考えるか。

 現在の監査基準等の構成を改めるべきか否かについて議論もあるが、我が国においては、すでにこの構成は定着しているものと考えられるので、今般の監査基準等の改訂にあたっても、これを踏襲することとする。その上で、監査の目的や役割あるいは日本公認会計士協会の指針の位置付けも含めた監査規範全体の意義や体系を明らかにするとともに、経済環境の変化や国際的な動向等を踏まえ、適宜適切に対処していくべきことが必要であるとの指摘がある。

 このような観点から、今回の改訂において監査基準等の構成は変更しないが、前文において、監査に係る規範全体の位置付けを明確にすることが必要であると考えられる。

 監査の目的
(1)  監査の目的の明確化についてどのように考えるか。

 公認会計士又は監査法人が行う業務としての監査は公認会計士法において定められているところであるが、監査基準等では監査それ自体の目的については必ずしも明確にされていないことから、種々の立場から種々に理解され、それがいわゆる「期待ギャップ」を醸成してきた面もあるとの指摘がある。

 監査は、企業が発表する財務諸表の適正性に関する意見を表明し、以てその利用者の適切な判断に資することを目的としている。このような監査の目的を明確にすることにより、監査の機能、役割、範囲等についても明確な位置付けができると考えられる。

(2)  財務諸表の適正性と虚偽記載との関係についてどのように考えるか。

 監査は会計基準及び表示の準拠性や継続性といった事項のみを保証するものではなく、特に、重要な虚偽記載がないことが適正性の当然の要件となるのではないかとの指摘がある。

 虚偽記載の原因としては、会計基準の誤った選択、意図的な虚偽の財務報告、不正の隠蔽やその結果としての虚偽記載などがあるが、いずれにせよ、財務諸表の適正性の意義には、重要な虚偽記載がないことに関する合理的な保証が含まれることを明確にする必要がある。

(3)  会計基準への準拠性と財務諸表の適正性との関係をどのように考えるか。

 会計基準は、通常、標準的な会計処理の規範を提供するものであって、状況に応じて適切に適用されることが求められる。したがって、財務諸表の作成にあたり選択した会計処理の方法が形式的には会計基準自体に準拠しているように見えても、経済実態を反映していないと認められる場合があるのではないかとの指摘がある。

 このような指摘を踏まえ、会計基準への準拠に関して、監査人は実質的な判断を行うべきであり、経済実態に応じた会計処理の適切な選択により財務諸表の適正性が確保されているかについても判断すべきであることを明確にする必要がある。

 これに加え、新たな会計事象や取引について適用すべき会計基準が明確でない場合には、企業が行った会計処理が経済実態を適正に反映しているものであるかどうかについても、監査人は判断すべきであることを明確にする必要があると考えられる。

(4)  監査の実質的内容において、証券取引法に基づく監査と商法特例法に基づく監査との関係をどのように考えるか。

 企業の財務諸表に関する法定監査については、基本的に証券取引法に基づく監査と商法特例法に基づく監査があるが、両者の関係を明確にする必要があるのではないかとの指摘がある。

 証券取引法と商法ではその目的を異にする面があり、意見表明の形式が異なるとしても、財務諸表の適正性を担保する手段としての監査手続には相違はなく、また、監査の結果により求められる財務諸表の保証水準には差異はないと考えられる。したがって、監査人が達成すべき保証水準は同一であることを強調することが必要である。

 さらに、財務諸表の監査として保証すべき水準は、他の法令に基づく監査や任意監査においても同一の水準であるべきである。

(5)  監査とレビューとの関係についてどのように考えるか。

 財務諸表等に関する保証業務としての監査とレビューとの関係を整理し、レビューを監査基準等の対象とするか否かについて検討すべきではないかとの指摘がある。

 諸外国では、レビューは、財務諸表には会計基準に照らして特に修正を要する重要な事項は見当たらなかったことを、限定した手続により消極的に保証する業務であるとされている。したがって、財務諸表全体の適正性に関する意見表明を行う監査とは、その保証水準を明確に異にするものである。我が国では、レビューが監査の一環又は一部であるかのように誤解され、監査と混同されることもあるが、これは却って監査に対する信頼を損ねるおそれが生じると考えられる。そこで、監査とレビューは異なるものであることを明確にし、監査基準等の対象とはしないことが適当であると考えられる。なお、このような消極的な保証業務については、種々異なる目的からの需要があるので、監査基準等の動向を踏まえつつ、日本公認会計士協会が適切な指針を作成する方が、実務に柔軟に対応することができるものと考えられる。

 監査の役割
(1)  監査人の機能や責務と監査の限界についてどのように考えるか。

 監査にあたっての監査人の機能及び責務について、監査基準等において明確にされていないのではないか、特に、監査人が当然に負うべき責務と監査の限界について、啓蒙的意味を含め、明らかにしておくべきではないかとの指摘がある。

 監査人には、自己の意見を形成するに足る合理的な基礎を得るために必要な監査手続を実施することが求められるが、監査人の権限には制約があり、実施できる監査手続には自ずと限界がある中で、必ずしも絶対的な基礎を得ることが求められているものではない。しかし、職業的専門家としての正当な注意を払い、財務諸表の重要な虚偽記載を看過することなく監査を実施することが求められており、このような監査人の責務を強調していくべきである。

(2)  不正や違法行為の発見に関する監査の役割をどのように考えるか。

 上記のとおり、財務諸表の重要な虚偽記載を看過することなく監査を行う責務があるとするならば、重要な虚偽記載をもたらす不正に対して十分な注意を払うべきことを明示すべきではないかとの指摘がある。

 このような指摘を受け、資産の流用、証憑書類の偽造・改竄、会計記録からの取引の隠蔽・除外、架空の取引記録、会計基準の不適切な適用等を意図的に行う行為は、財務諸表の重要な虚偽記載の主要な要因となると考えられることから、これらの行為を発見する監査の姿勢をより重視していくことを明記することが適当と考えられる。ただし、監査による不正や違法行為の発見には一定の限界があることも同時に理解されるようにすることが必要である。なお、違法行為に関しては、それが会計処理に影響するものである場合には不正と同様に考えられるが、会計処理には影響しないものもあることを考慮する必要がある。

(3)  監査における内部統制の役割についてどのように考えるか。

 米国においては、国家をあげて財務諸表の適正性の確保とその監査の信頼性の向上に関する議論が行われた経緯があるが、その中で、内部統制の一層の充実に対する企業側の積極的な取り組みの必要性が指摘されている。同じく、我が国においても、財務諸表の適正性を確保し、かつ、監査の信頼性を向上させるためには、内部統制の確立や内部監査の充実等に関して企業自らが対処していくことの重要性を経営者自身がより深く認識すべきであるとの指摘がある。また、監査の実効性を高めるためには、内部統制の確立や内部監査の充実等が必要とされ、かつ、これらが結果的に監査の効率化にも繋がることを、監査人においてもより強く認識する必要があるとの指摘もある。

 監査基準等は企業の内部統制を直接規制するものではないが、このような観点から、監査人は内部統制の調査と評価をより一層充実し、また、その欠陥に関する是正の要望を経営者側に伝えることにより、企業自身の努力を促すことの必要性を明記すべきであると考えられる。さらに、内部統制の概念については、我が国の会社法制や企業経営の実態を踏まえ、一定の考え方を監査基準等において明確にすることも必要となると考えられる。

(4)  財務諸表の作成責任は経営者にあることについてどのように考えるか。

 財務諸表の作成に関する責任は経営者が負い、監査人はその財務諸表が適正に表示されているか否かについて意見を述べることに責任を負うという両者の関係について、経営者自身にも、また、財務諸表の利用者にも十分な理解が得られていないのではないかとの指摘がある。

 この点については、監査人は、財務諸表の作成にあたっての経営者の判断に対する評価を踏まえて、自らの意見を表明することが求められるが、あくまでも経営者に財務諸表の作成に関する責任があることを監査基準等で明確にする必要があると考えられる。

(5)  ゴーイング・コンサーン(企業の継続性)の問題を監査において取上げることの意義についてどのように考えるか。

 いわゆるゴーイング・コンサーンの問題に関しては、現在の監査実務において種々の取扱いが混在しているが、企業の破綻等の増加により投資者の関心も高くなっており、この問題を監査上の問題とする意義及び考え方を整理していくことが必要であるとの指摘がある。

 ゴーイング・コンサーンの問題は、財務諸表の作成の前提条件に関わる監査上の判断及び評価の問題である。諸外国においては、例えば、債務超過状態の継続、借り換えに懸念のある多額の借入金の存在や災害による重大な被害の発生など、ゴーイング・コンサーンに重大な懸念を生じさせる状況が認められるときには、監査人は、こういった状況に対する経営者の認識や今後の対応方針の合理性も考慮して、ゴーイング・コンサーンを前提として財務諸表が作成されることの妥当性や当該事象に関する適切な開示が行われているかについて判断することが指示されている。しかし、我が国の現行の監査基準等においては、ゴーイング・コンサーンの問題に対する具体的な指針がないことから実務上の混乱を招いているため、何らかの方向性を示す必要があると考えられる。

(6)  ゴーイング・コンサーンの問題を監査上の問題として取扱う場合に必要な制度的な手当てと、それを前提とした監査人の対応についてどのように考えるか。

 ゴーイング・コンサーンの問題を監査上の問題として取扱い、監査報告書に何らかの記載をする場合には、その前提として、財務諸表の注記等が必要であるとの指摘がある。

 この点については、ゴーイング・コンサーンに重大な懸念を生じさせる状況があれば、経営者がその状況や今後の対応等について財務諸表の注記等により開示を行うことが、この問題に監査人が対応する場合の前提となると考えられる。したがって、ゴーイング・コンサーンに関わる重要な事項を財務諸表における注記事項とする等の制度的手当ても検討することが必要であると考えられる。

 この場合、基本的には、ゴーイング・コンサーンに重大な懸念を生じさせる状況に関して経営者による適切な開示が行われていれば適正意見が付され、適切な開示がなければ監査意見における限定事項として取扱われることになると考えられる。ただし、適切な開示が行われている場合に監査人がさらに補足的な説明を加えるべきかという問題や、ゴーイング・コンサーンに関する監査人自身の判断のあり方に関する問題については、諸外国の基準やその運用状況等も踏まえ、今後さらに検討する必要がある。

 一般基準
 監査人の能力
 監査人に求められる専門的能力や実務経験についてどのように考えるか。 

 一般基準では、監査は監査人として適当な専門的能力と実務経験を有する者によって行われなければならないとされているが、それらは自ずと獲得されるものではなく、能力の研鑚、経験の積み上げあるいは監査の遂行にとって必要とされる組織的な対応によって得られるものであることを改めて明示すべきではないかとの指摘がある。

 この点については、監査人は、企業規模の拡大、取引の複雑化・国際化、インターネットやコンピュータ等の情報技術の進展といった監査環境等の変化に適切に対応し、監査水準を維持していくため、専門能力の向上や実務経験の蓄積あるいは監査体制の充実に努めるべきことを、監査基準等においても積極的に示すことが必要と考えられる。

 なお、これらの趣旨を具体的に担保するためには、例えば、継続的専門研修の履修やピア・レビュー等の制度的手当ても必要であり、これらについては監査基準等とは別に対処されるべきものと考えられる。

 監査人の独立性

 監査人の独立性に関して、外形的独立性と精神的独立性の関係についてどのように考えるか。

 一般基準には、「企業に対して独立の立場にあること」という外形的独立性と、「常に公正不偏の態度を保持しなければならない」という精神的独立性の両方が別々に掲げられている。しかし、精神的独立性と外形的独立性は切り離して考えるべきものではなく、監査基準等においてそれらを別個の基準として設けることは適切ではないとの指摘がある。

 この点については、本来、外形的独立性は精神的独立性を確保するとともに、独立性に対する外部からの疑義を排除するための必須の要件として位置付けられるべきものと考えられる。したがって、これらの関係を明確にした上で、一般基準においては、監査人は独立不羈の立場からの公正不偏の姿勢を保持すべきことを謳い、そのために求められる外形的な独立性の内容については、これを定めている法令や日本公認会計士協会の規則において、より一層明確にされるべきものと考えられる。

 監査人の注意義務
 監査における監査人の注意義務に関してどのように考えるか。

 一般基準では、監査人は、監査の実施及び報告書の作成にあたって、職業的専門家としての「正当な注意」を払わなければならないとされているが「正当な注意」についてもう一歩踏み込んで示す必要があるとの指摘がある。

 この点については、重要な虚偽記載が存在する徴候に関して、監査人が適切に対応しなければならないとの趣旨を明らかにするため、少なくとも、「正当な注意」には職業的懐疑心をもって監査に臨むべきことが含まれることを明確にすることが必要である。

 監査人の守秘義務
 守秘義務に関し、新しい監査環境等との関係についてどのように考えるか。

 例えば、後任監査人への引き継ぎ、親子会社の監査人の連携、不正や違法行為の発見に関する取扱い等に関する今後の監査基準等の見直し、あるいは、ピア・レビュー等の品質管理制度の導入といった新たな監査環境等と守秘義務との関係を整理すべきであるとの指摘がある。

 守秘義務のあり方については、必ずしも監査基準等のみで対処すべきものではないが、新しい監査環境等にも配慮しつつ、監査基準等における守秘義務のあり方についても検討を行うことが必要である。例えば、一般基準においては、「正当な理由なく」との要件がある一方、監査実施準則においては、守秘義務の解除要件として依頼人の許可が明示されているなど、整理が必要な事項があると考えられる。

 実施基準・監査実施準則
 リスク・アプローチ
(1)  リスク・アプローチの意義が十分理解されていないことについてどのように考えるか。

 監査基準等においては、監査人が不適切な意見表明をする可能性としての監査上のリスクを低減させる観点から、経営環境等の評価と重要性の基準設定を基礎におき、その上で内部統制の有効性に関する評価を監査実施プロセスの機軸とするいわゆるリスク・アプローチの考え方が採用されている。しかし、その意義が監査人に十分理解されておらず、その考え方が監査手続の実施にあたって十分反映されずに、単なる経験的な判断によっているのではないかとの指摘がある。

 この点については、現在、日本公認会計士協会の監査上の指針で指示されているが、実施基準・監査実施準則においても、監査上のリスクの内容や評価手続に関する考え方を明らかにする必要がある。このようなリスク・アプローチの考え方においては、経営環境等の評価を徹底し、内部統制の状況を把握することが必須であり、監査計画を立案する段階における内部統制に関する有効性の予備的評価の重要性を改めて明確にすることが必要であると考えられる。

 一方、リスク・アプローチの考え方を監査の効率化のために過度に適用すると、例えば、結果として十分な監査証拠を入手できないといった弊害があるとの指摘についても配慮する必要がある。

(2)  リスク・アプローチを実施基準・監査実施準則にどのように反映させるべきと考えるか。

 実施基準及び監査実施準則に定められている事項の順序は、監査の手順とは異なり理解しにくいのではないか、特に、現在主流となっているリスク・アプローチの考え方の下で、監査計画のあり方、監査の手順および監査手続の種類を改めて見直す必要があるのではないかとの指摘がある。

 この点については、リスク・アプローチは、まず、監査計画における経営環境等の評価から始まり、内部統制の予備的調査、さらに統制テスト、実証性テストへと進む手順を基礎とするので、この手順に合わせて実施基準・監査実施準則を設定する必要がある。また、各々の監査の手順に合わせ、具体的な監査手続との関連性を持たせて記述する必要があると考えられる。

(3)  リスク・アプローチと監査手続との関係についてどのように考えるか。

 監査実施準則において、監査手続として、実査、立会、確認、質問、視察、閲覧、証憑突合、帳簿突合、計算突合、分析的手続等を列挙しているが、より戦略的指向を持たせて内容を見直すことが必要ではないかとの指摘がある。

 この点については、リスク・アプローチの精緻化により、監査手続を満遍なく適用するといった監査ではなく、監査におけるリスクの評価に応じて、監査要点を立証するために最も適合する監査手続を選択しなければならないことを明確にするとともに、監査戦略の観点からは、分析的手続を重視するなどの見直しが必要であると考えられる。また、適用すべき監査手続、実施時期及び適用範囲は、単なる経験的判断によらず、監査におけるリスクの厳密な評価と重要性の判断に基づき合理的に決定されることが前提となることを明確にする必要があると考えられる。

 なお、監査におけるリスクの評価にあたっては、企業の国際化、インターネットやコンピュータ等の情報技術の進展といった監査環境等の変化、あるいは、企業自身の業種・業態や経営方針も併せて考慮することが必要であると考えられる。

 監査証拠と監査手続
(1)  十分な監査証拠と合理的な基礎についてどのように考えるか。

 実施基準の「監査人は、十分な監査証拠を入手して、財務諸表に対する自己の意見を形成するに足る合理的な基礎を得なければならない。」という記述は、監査人の判断に係る枠組みを示しているとされているが、この記述からはその趣旨が必ずしも明確に把握できないとの指摘がある。

 この点については、「十分な監査証拠」という場合の十分性の判断、「合理的な基礎」との関係及び監査意見表明のための合理的基礎としての合理性についての判断に係る枠組みをできる限り明らかにすることが必要であると考えられる。

(2)  「通常実施すべき監査手続」という包括的な定め方をしていることについてどのように考えるか。

 「通常実施すべき監査手続」は、監査基準等において個別具体的な監査手続を列記していた従来の規定を改訂し、監査手続を包括的に定めたものであり、監査実施準則において、「監査人が、公正な監査慣行を踏まえて、十分な監査証拠を入手し、財務諸表に対する意見表明の合理的な基礎を得るために必要と認めて実施する監査手続」とされている。監査の実態を知らなければ理解できない面があるが、「通常実施すべき監査手続」との表現からは、一律定型の監査手続が存在するかの印象を与え、監査手続が固定的であるという誤解があるとの指摘がある。

 この点については、「通常実施すべき監査手続」の意味は、状況に応じて監査人が職業的専門家としての判断を行使して適宜適切な監査手続を実施しなければならないとの趣旨であり、この趣旨が理解されていないとすれば、「通常実施すべき監査手続」という包括的な表現の見直しを含めて検討することが必要であると考えられる。

 監査要点
 現在列挙されている監査要点についてどのように考えるか。

 監査実施準則において、財務諸表の適正性を担保するために監査上証明すべき「監査要点」として、取引記録の信頼性、資産及び負債の実在性、網羅性、評価の妥当性、費用及び収益の期間帰属の適正性等を列挙しているが、見直す必要があるのではないかとの指摘がある。

 この点については、諸外国の監査実務の観点等も踏まえて、見直すことが必要ではないかと考えられる。

 監査の質の向上と管理
(1)  監査の質の向上と管理のための組織についてどのように考えるか。

 監査実施準則では、監査人は指揮命令の系統及び職務の分担が明らかな組織によって監査を実施することと、審査機能を備えることを定めているが、監査の質の向上と管理の観点から包括的に整理する必要があるのではないかとの指摘がある。

 この点については、今日の監査は、企業規模の拡大も当然のことながら、高度の専門性が要求されることも多くなり、また、連結会計原則の改訂により国際的な観点からの質の管理もより重要になってきているため、監査の質の向上と管理体制の充実強化は必須のことと考えられる。したがって、監査の質を向上させ管理する観点から、監査補助者の管理、他の専門家の利用及び監査業務の内容と監査結果に関する審査の充実・強化について、公認会計士業界内部での品質管理体制の確立への取り組みも視野に入れて検討する必要があると考えられる。なお、併せて、他の監査人の監査結果の利用と監査責任のあり方についても整理することが必要と考えられる。

(2)  監査のプロセスの文書化を充実することについてどのように考えるか。

 我が国の監査実務においては、実施した監査手続や入手した証拠のみならず、監査人の判断のプロセスを文書として残すことが少ないのではないかとの指摘がある。

 この点については、現行の監査実施準則においても監査調書の保存について明らかにしているが、実施した監査手続や入手した証拠ばかりでなく、監査意見に至るプロセスでの判断についても文書として残すことが監査の質を管理するためにも、また、監査人自らの行為や判断のプロセスを証拠として残すためにも重要と考えられるので、文書化についてより明確な指示をする必要があると考えられる。なお、近年の情報処理技術の進展に伴う文書のコンピュータ処理化にも配慮する必要があると考えられる。

(3)  新規の監査契約に伴う監査上の問題についてどのように考えるか。

 新規の監査契約において、相手会社の経営環境等や内部統制の状況の調査が不十分のままで契約を締結することは、監査における過誤を招き易いとの指摘がある。

 この点については、新規に監査契約を締結する際には、監査人は自らの監査上のリスクを低減させ、かつ、監査の質を管理するために、監査が実施可能か否かの調査を徹底すべき旨を明記すべきであると考えられる。また、新規の監査契約を締結したときに前任監査人が存在する場合には、十分な引き継ぎをすべきことも明記することが必要であると考えられる。

 経営者確認書
 経営者確認書の性格が曖昧であり形式的であることについてどのように考えるか。

 監査実施準則には経営者確認書を入手しなければならないことが規定されているが、財務諸表の作成責任は経営者自身にあるとの認識を確認させることのみを重視した経緯もあり、監査手続としての位置付けが曖昧であるとの指摘がある。

 この点については、諸外国では、財務諸表の作成責任は経営者にあることを自ら明らかにするのみならず、経営者による財務諸表作成上の前提や考え方を確認するための監査手続と位置付けられている。経営者確認書の入手は、我が国の監査実務においても既に定着していることから、監査手続の一つとして位置付け、これを入手できなかった場合若しくは内容が不十分であった場合には、監査範囲の制限となることを明らかにするとともに、その内容についても見直すことが必要であると考えられる。

 経営者とのディスカッション

 監査における経営者とのディスカッションについてどのように考えるか。

 監査において経営者とディスカッションすることは、経営環境等や内部統制に係るリスクを評価したり、財務諸表を作成する上での経営者自身の考え方や方針を知る上で重要であるため、このような手段を積極的に活用すべきではないかとの指摘がある。

 この点については、会社の経営方針や事業計画に内在するリスク、内部統制に対する経営者の考え方や姿勢など、経営者とのディスカッションによって初めて明らかになる事項もあると考えられるので、これを重要な監査手続と位置付けることが必要と考えられる。同時に、経営者に限らず、監査役や内部監査従事者、その他種々のレベルの担当者とのディスカッションも監査手続として有効であると考えられる。

 新たな会計基準の導入等に伴う監査上の対応
 新たな会計基準の導入等に伴う監査上の対応についてどのように考えるか。

 新たな会計基準の適用により、金融商品の時価や退職給付債務の数理計算などが導入される。また、新たな取引手法等が拡大しており、こういった監査環境等の変化に対する監査人の取り組みについて、監査基準等で対応すべき事項を検討する必要があるとの指摘がある。

 この点については、監査人には、公正価値や会計上の見積の妥当性などについて従来より踏み込んだ判断が求められることから、これらを踏まえて、監査基準等においても具体的に対応することが必要であると考えられる。

 

 不正及び違法行為
 不正や違法行為を発見した場合の監査人の対処について、どのように考えるか。

 商法特例法に基づく監査においては、会計監査人が取締役の職務遂行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを発見したときには監査役会に報告することが義務付けられているが、監査基準等においても、不正や違法行為を発見した場合の監査人の対処について明示すべきではないかとの指摘がある。

 この点については、監査における視点は、不正や違法行為が財務諸表の重要な虚偽記載に繋がる可能性を検証することにあることから、経営者の不正や違法行為に限定をせず、一般論として、監査において不正や違法行為を発見した場合には、然るべき責任者に報告することが求められる。また、それらの不正や違法行為が、財務諸表の重要な虚偽記載に繋がるものであるか否かを検証し、企業の事後措置を確かめることも必要であると考えられる。なお、違法行為に関しては、会計処理には影響しないものもあることを考慮する必要がある。

 非監査情報との整合性に対する監査上の注意
 企業の開示情報には監査情報と非監査情報とがあるが、これらの整合性に対する監査上の注意についてどのように考えるか。

 企業が開示する情報の中に、監査人が監査した財務諸表と著しく整合性に欠ける情報が開示されていないかどうかについて、監査人は注意すべきではないかとの指摘がある。

 この点については、監査した財務諸表と非監査情報との整合性がなければ、投資者に対する情報としては問題があると考えられる。また、逆に、監査上の判断に誤りがある場合もあるので、非監査情報との整合性についても相応の注意を払うべきである旨を明らかにすべきであると考えられる。

 報告基準・監査報告準則
 監査報告書の構成
 監査報告書における情報提供機能についてどのように考えるか。

 現行の監査報告書は、監査の概要、監査意見、特記事項及び特別の利害関係の有無という構成になっているが、より情報提供機能を充実すべきであるとの指摘がある。

 この点については、監査はあくまでも財務諸表の適正性に対する監査人の保証を提供するという基本的な枠組みの中で、可能な範囲において情報提供機能を充実させる必要があると考えられる。したがって、監査報告書の基本的構成は、監査の範囲、実施した監査手続及び監査意見からなり、その他に記載すべき事項があるか否かについては、今後検討する必要があると考えられる。

 監査の概要の記載
 監査報告書における監査範囲と監査手続に関する記載についてどのように考えるか

 監査報告準則においては、監査範囲と監査手続に関する記述について、監査対象の財務諸表の範囲、監査が監査基準に準拠して行われたこと、通常実施すべき監査手続が実施されたかどうかの3点を示しているが、その記載事項は諸外国のものとは異なるのではないかとの指摘がある。

 この点については、諸外国では、監査範囲の財務諸表は経営者の責任で作成されていることを記載した上で、監査手続に関して、経営者による会計処理の選択や見積に関する評価が含まれていること、重要な虚偽記載がないことの合理的保証、試査に基づいて監査が実施されていること及び意見表明のための合理的な基礎を得たことを記載していることを踏まえ、見直しを行う必要があると考えられる。

 監査意見の記載
(1)  監査報告書における財務諸表の適正性に関する意見表明のあり方について、どのように考えるか。

 監査報告準則においては、財務諸表に対する意見表明にあたっては、会計基準への準拠性、会計方針の継続性及び表示の準拠性について記載することとされているが、あたかもこれら3点の要件が形式的であれ満たされれば財務諸表全体が適正であると理解されている面があるが問題はないのかとの指摘がある。

 この点については、監査意見は、重要な虚偽記載がないことの合理的保証の上で、経営者による会計処理の選択や見積に関する評価を含め、財務諸表全体に対する適正性について意見を表明するものであると考えられる。諸外国の監査報告書においてもこのような考え方を採用していることを踏まえ、我が国の監査意見の表明方法についても見直す必要があると考えられる。

(2)  会計方針の変更に関して限定意見との関係をどのように考えるか。

 会計方針の継続性に関しては、正当な理由による変更は認められているが、その場合も、現行の監査実施準則においては、監査意見として表明することが求められている。しかし、正当な理由による変更であってもいわゆる限定意見となることは、却って誤解を招くのではないかとの指摘がある。

 この点については、正当な理由のない会計方針の変更と正当な理由による会計方針の変更を同じく限定意見とすることは、投資者に誤解を与えるおそれがあると考えられる。したがって、正当な理由による会計方針の変更については、適正意見とした上で、補足的な説明として、その事実、理由及び影響等を記載すれば足りるのではないかと考えられる。

 意見差控
 未確定事項がある場合の意見差控についてどのように考えるか。

 監査報告準則においては、重要な監査手続が実施できなかったこと等の理由により財務諸表に対する意見を形成するに足る合理的な基礎を得られないときは、意見差控となるとされているが、未確定事項がある場合の考え方が示されていないとの指摘がある。

 未確定事項の存在は、重要な監査手続が実施できなかったという監査手続の限定とは異なるものである。米国では、未確定事項の存在により安易に意見差控としたり限定意見を付すことは適切ではなく、監査報告書作成時点で入手でき得る監査証拠により判断を行い、適正又は不適正の監査意見を表明することが基本であるとされている。我が国においても、ゴーイング・コンサーン問題との関係も踏まえた上で未確定事項に関する考え方を整理し、また、未確定事項の存在が必ずしも意見差控の要件となるものではないことを明らかにする必要があると考えられる。

 特記事項
 監査報告書における特記事項の位置付けについてどのように考えるか。

特記事項は、利害関係者の判断を誤らせないようにするため特に必要と認められる重要な事項を記載するため設けられており、監査報告準則では、重要な偶発事象、後発事象等が掲げられているが、実務上の取扱いが曖昧ではないかとの指摘がある。

 この点については、特記事項は、情報提供機能の拡充という趣旨で設けられたが、本来、その機能は監査人の意見表明の枠組みの中で果たされるべきであると考えられる。しかし、監査実務の現状からは、特記事項は監査人の保証の枠に収めにくい問題を回避するための手段として利用されている面もあることから、その性格は不明確といわざるを得ず、情報提供機能のあり方と併せて、特記事項の改廃について検討することが適当と考えられる。

 監査報告書の日付及び署名
(1)  監査報告書の日付についてどのように考えるか。

 監査報告準則においては、監査報告書にはその作成の日付を付すこととされているが、監査報告書の日付は、監査人の責任の及ぶ期間に関係する重要な事項ではないかとの指摘がある。また、諸外国においては、特定の事項について異なった日付にするといった慣行があるとの指摘もある。

 この点については、現在、株主総会の招集手続に合わせたり、有価証券報告書の提出手続に合わせたりすることが一般的である。しかし、重大な後発事象が生じた場合などには、監査報告書の日付まで監査人の責任が問われることが考えられ、監査責任の観点からは重視する必要があるとの指摘があったことから、法令上の手続との関係も考慮しつつ、実際の監査終了の日を記すことなどについて検討する必要があると考えられる。

(2)  監査人として署名すべき者についてどのように考えるか。

 監査報告準則においては、監査報告書には監査人が署名するとの表現があるのみであるが、監査証明省令においては、監査法人の代表者に加え、業務を執行した社員の署名が求められている。

 この点については、監査法人による監査の場合には、監査法人の社員全員に責任が及ぶことを明確にする趣旨から、諸外国の例に倣い、監査法人名の署名が適切であるとの指摘がある一方、監査法人名のみでは、却って、業務を執行した社員の責任意識が希薄化するとの指摘があったことから、我が国における適切な方法を検討していくことが必要である。