【海外通信】
 

ロンドン金融事情−雑記−

国際協力銀行開発金融研究所
木 股 英 子

 対イラク戦争中は、戦争がいつまで続くか分からない漠然とした不安感から世界経済の見通しの悪化が予想され、過熱気味だった住宅市場が沈静化の兆しを見せる中、英国経済を牽引してきた個人消費に陰りが見えはじめ、G7諸国の中でもトップクラスを誇っていた英国経済の成長も不透明感が増してきたと見られていた。ところが、対イラク戦争が終結し、イラクの再建への取り組みについては依然模索されているところであるが、英国では早速holiday−makerの活況が伝えられるなど、強力な消費マインドが再び見られている。一方で、年金問題がほとんど毎日のように新聞報道されるなど、老後の生活のための貯蓄について消費者自身が考える必要があることが徐々に認識されつつあるところである。
 英国の最近の金融事情全般については多くの新聞や専門雑誌等で逐次紹介されていると思われるので、本稿では、あまり日本には伝わっていない、金融に関する興味深いと思われる点などを、思いつくままに以下紹介したい(文中の意見にわたる部分は筆者の個人的な意見であり、所属する機関や金融庁とは全く関係がありません)。


.世界3大金融センターとしてのロンドン
 ロンドンは世界の3大金融センターの一つとして、その長い歴史に裏打ちされた高度な金融サービスを提供している。金融サービス庁の移転に伴いロンドン東端のカナリーワーフに一部が移ったものの、国際金融、外国為替、証券、保険といったあらゆる金融関連産業の多くが1マイル四方の狭い地域にあるシティ(ロンドン金融街)に集中している。
 
シティ 〜伝統と今〜

 大陸諸国のユーロ導入等により、ロンドンの金融センターとしての地位低下を懸念する声も一時聞かれた。しかし、これまでの長い歴史で蓄積された(1)市場の開放性、(2)多数の金融機関の存在と、これによる情報の集積・流動性の確保・市場の効率性・コスト削減のためのサポートサービスの充実、(3)人的資源・サポートサービスの質の高さ、(4)オフィス環境やインフラ設備の整備、(5)技術革新、(6)英語の使用と多くの外国機関・人の進出により多言語でのアクセスも可能なこと、等の条件を備えていることから、ロンドンの世界の金融センターとしての地位は依然揺るぎないものとなっている。こうした位置付けは、10年ほど前の文献を見ても基本的に変わるところが無いようだ。

[表1,2、グラフ1,2,3] 各国市場の規模
 

(出典)

”International Financial Markets in the UK” International Financial Services, London (2002年11月)



.様々な問題
 世界3大金融センターロンドンを抱える英国では、金融が非常に重要な産業に位置付けられている。私だけかもしれないが、英国の金融機関といえば何となく洗練されたイメージがあり、消費者も金融取引に精通していてトラブルなどあまり発生しないのではないかという印象がある。ところが、英国の金融機関も消費者との間で様々な問題を抱えているようだ。
 

(1)

 信用の意味
 英国の銀行は世界的にも信用が高い。ところが、信用が高い英国の銀行でも時にはとんでもないことも起こるようだ。例えば、「Aさんの銀行口座に身に覚えのない大量の資金が振り込まれた。正直なAさんは銀行に注意喚起したが銀行は対応しようとしなかったのでAさんは思わずそのお金を使ってしまったところ、銀行から訴えられた」との新聞報道があった。こういう話はこの件に限らず、度々起きていると聞く。私自身も、ある月の銀行の月次明細を確認したところ、頼んでいないはずの銀行引き落としがあり、銀行にしばらくクレームのため日参した経験がある。英国の銀行の経営方針は「森を見て、木を見ず」、「木にこだわらず効率的な経営を行う」ことであり、このような些細なことは気にせず、総体として良いことが重要なのだろう。信用という言葉の意味もイロイロである。

(2)

 信じていた人には酷な話だが、
 英国にはsplit capital investment trustと呼ばれ、一般に安全で長期投資に向いている商品として認知され投資されていた商品がある。ところが、その商品内容が相互投資や金融機関からの借入れが多くを占めるなど、安全な商品とは言いがたい内容であることが最近になって明らかになった。ここ3年にわたる株式市場の低迷を背景に、破綻もしくは破綻が懸念される商品が相次いでおり、この商品に投資した者が何らかの形で損失を被る可能性がある。

(3)

 不適切販売
 住宅ローンを金利は毎月返済し元本は期末に一括返済するスケジュールを組んだ場合に一括返済に備えて積み立てをする、mortgage endowmentと呼ばれる商品がある。これについて、商品販売時に商品内容について十分な説明が無かったことが問題視されている。現在のところ住宅価格が高い水準にあるのでそれほど問題は表面化していないが、3年続いた株価下落によりmortgage endowmentの価値そのものが下がっており、今後の住宅価格の動向によっては損失を被る顧客が多数発生し、(解決に15年の歳月と約150億ポンドが必要であった)過去の年金の不適切販売と同じぐらい大きな問題になるかもしれない可能性もある。


.消費者保護の考え方
 国際金融センターとして発達してきた英国市場は、金融取引・商品、参入の自由度の高さを認める一方で、消費者保護を厳格に確保することを目指してきた。
 年金の不適切販売が問題化していた頃に当る、1997年5月、ブラウン蔵相は「国際的に多様化する金融市場において銀行、証券、保険といった業態の垣根はますます曖昧になっている。そうした中で複雑かつ複数の監督機関を前提とする現行制度の枠組みは非効率であり、国民が当然に期待しているほどの監督水準や投資家保護を全うしていない」との問題意識を示し、新しく強力な金融監督機関を設立し、金融規制の目的として「市場の信認の維持」に加え「消費者」を重視するという新しい改革案を発表した。
 これを受け、2001年12月に施行された金融サービス法では、「消費者保護」を、「市場の信認」、「公衆の啓蒙」、「金融犯罪の削減」とともに規制目的の一つに掲げ、消費者は自らの決定に責任を持つべきとの一般原則を踏まえ、適切な水準の消費者保護を確保すべきとの考え方が示された。また、「公衆の啓蒙」として、金融システムに対する公衆の理解を増進することについても目的の一つに掲げている。消費者保護に当たっては、(1)実際の勧誘・取引内容に対する規制だけでなく、(2)消費者の実態を把握するための枠組み作り、(3)消費者の自己責任を求めるための環境が用意されている。具体的には、消費者保護の観点から、以下の点が規定されている。
 
   金融サービス庁の規則制定権の規定
 認可業者に適用される規制対象業務及びそれ以外の活動について、消費者保護の観点から必要または有効と考えられる規則を制定する権限を規定。
 金融サービス補償制度
 認可業者が消費者の支払請求を満たすことが出来ない場合に生ずる損失を補償するため、これまでの業態毎の補償制度を統合し、金融サービス補償制度を導入。
 消費者パネルの設置
 金融サービス庁の方針や運営が一般的責務に適ったものとなるよう、消費者との協議を行う義務を課し、その一環として消費者パネルを設置。
 金融オンブズマン制度の導入
 消費者と業者との紛争を迅速な手続により解決するため金融オンブズマン制度を導入。


.消費者教育の現状
 消費者教育については法律上の規定はないが、消費者保護の観点から、消費者が「自らの決定に責任を持つべき」ことを求める環境を整備するため、また、その前提として金融システムに対する公衆の理解を増進するため、さらに3.(3)で掲げたような問題が起きないようにするためにも、様々な機会を通じた消費者教育の必要性が認識されてきている。消費者教育が消費者の選択を助け、消費者がより良く財産を運用できるようになれば、消費者によるプレッシャーが増すことにより、金融サービスの競争が増し、革新を促し、より良い質・価値のマネーを生み出すことが期待されている。
 消費者教育には、金融サービス庁や教育省に限らず、様々な業界団体や慈善団体等が関与しており、教材や先生へのガイダンスの提供等を行っている。また、対象となる金融商品も株式や投信などの証券だけではなく、基本的な金銭の支払いに関することや、消費者の権利・義務、銀行預金・借金、保険等あらゆる金融商品を対象としている。
 

(1

) 学校教育
 消費者教育の場として、学校教育は皆が平等に機会を得るため重要であると考えられている。洗濯機や車を買う際には色々な店を見て回るかもしれないが、金融商品の場合はあまりそうされていないのは、業者によってどれだけ商品や手数料が異なるのか違いを認識していないからだと思われる。また、普通は家族や友人に相談するが、残念ながらあまり知識がないため有益な助言が得られない。そこで学校で金融について基本的な教育をする必要があると考えられている。
 英国の学校教育の実施は地方政府(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)に委ねられており、消費者教育はスコットランド、ウェールズにおいて先行して2000年に開始されている。イングランドでは1998年にパイロット・スタディとして一部の学校で消費者教育が開始され、2002年9月から正式に消費者教育が開始された。
 学校の現場でも、卒業後の生活に備えることや、お金の管理の仕方、負債を負わないことを学ぶといった点から、消費者教育は重要であると考えられている。但し、消費者教育の頻度は一般には1学期に1、2回と、その頻度は低く、個人的な知り合いに聞いた範囲では消費者教育が行われていることを知らない学校の先生もいるようだ。

(2

) 成人への教育・啓蒙活動
 英国の消費者教育の場は、学校での教育に止まらず、成人への教育、啓蒙活動も含めて考えられている。日進月歩する金融取引・商品の進化に対応するには、学校教育では限界があるほか、消費者教育を受けずに学校教育を終了した人々に対しても消費者教育を施す必要があるからである。そこで、学校以外に全ての人に対して消費者教育を受ける機会を提供するため、主としてウェブのホームページ等を通じて、金融商品の特徴、取り引きの仕方・リスクなどを紹介するとともに、財産形成のための事例研究やアドバイスなどを行っている。

(3

) 貯蓄奨励と一体化した政策
 英国国民は、一般に貯蓄性向よりもむしろ消費性向が高いと見られ、貯蓄率も低い。一般的な市民は、報道されている年金危機の懸念や将来の年金受給について不安を抱きつつも、まだ「ゆりかごから墓場まで」に代表されるような手厚い政府保障への期待を捨てきれずにいるとみられるところもある。このような状況下で国民の自発的な将来設計を促す観点から、英国政府は様々な形で貯蓄奨励を行っている。この場合の貯蓄奨励とは、いわゆる銀行預金だけでなく証券や保険に対する投資も含めて考えられており、自らの将来に備えて自己資金を蓄え運用する、というのがコンセプトのようだ。貯蓄に当っては、対象となる商品・取引について十分な理解が必要となることからも、消費者教育は非常に重要な要素となっている。
 英国では、貯蓄奨励策の一環として、1999年4月に税制上優遇される個人貯蓄勘定(ISA)が導入された。ISA導入に伴い、金融商品の知識に乏しい消費者に対し、分かり易く明確で、公正な金融商品を提供するため、金融商品の内容に関する最低基準が設けられた(CAT Standard)。このCAT Standardは、いわゆる消費者教育そのものではないが、商品に対する正しい認識を助ける意味で重要なものと考えられる。株式・投信の場合の例を紹介すると下表のとおりである。


株式・投信のCAT Standardの例
 

Charge

年間の管理手数料は純資産額の1%以内とし、その他の手数料は徴求しえない。

Access

最低投資額は年間一時払い総額で500ポンド、月額で50ポンドを超えない。

Terms

一定の条件(ファンドの50%以上がEU域内の証券取引所に上場している株式・証券に投資されていること等)を満たす認可を受けたユニット・トラスト、oeic、investment trustに限定。

  (出典)金融サービス庁ホームページ

(注)

 なお、CAT Standardとは別に金融商品間の手数料の比較を行うことが出来るツールがホームページで公開されている。


.最後に
 最近の英国金融事情の中で、興味深いと思われる点を中心に思いつくままに紹介した。ここで紹介したことは全体のうちのごく一部でしかないが、ロンドンは世界の3大金融センターの一つとして、様々な問題を抱えながらも、試行錯誤を重ねつつ積極的に改革に取り組み、その地位を維持し成長し続けていることを、拙文を読んで下さった方に少しでも感じ取って頂ければ幸いである。

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