「金融規制の質的向上:ルール準拠とプリンシプル準拠」

平成19年9月12日 金融庁長官 佐藤隆文

1 ベター・レギュレーションとは
4つの柱
5つの取り組み
2 なぜ今ベター・レギュレーションなのか
3 ルール・ベースとプリンシプル・ベース
英国FSAの取り組み
相互補完的な2つの手法
4 2つの規制手法の「使い分け」
ルール・ベースが有効な分野
プリンシプル・ベースが有効な分野
5 2つの規制手法の「組み合わせ」
6 証券取引法から金融商品取引法へ
7 銀行法・保険業法の運用
8 自主規制機関の役割
終わりに ベスト・プラクティスの競争へ

1 ベター・レギュレーションとは

私の本日の話のテーマは「金融規制の質的向上」です。英米では同じような意味で最近、ベター・レギュレーションというコンセプトがかなり意識されており、そういう意味ではベター・レギュレーションと呼んでもいいのかもしれません。従って本日はベター・レギュレーションについてのイメージと、なぜ今、ベター・レギュレーションという取り組みが必要なのかというお話をしたうえで、そのうちの一つの重要な要素であるルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督というテーマについてお話したいと思います。

金融セクターには他の産業にはない公的な規制が規定されています。それは金融システムが経済活動全般において決済機能と金融仲介機能を担っているということで、経済社会の中で高い公共性を有している一方、例えば情報の非対称性であるとかシステムが全体としてネットワークとして機能しているといったようなことから、システムとしてのぜい弱性を併せ持っているということが背景にあります。

そこで、私どもの担当している金融規制ですが、その行政目的は、金融システムの安定あるいは信用秩序の維持、利用者保護・利用者利便の向上、そして市場の透明性・公正性の確保という三つであり、この三つの行政目的は変わることがありません。

他方、金融規制について、これがどのようにうまく回っているかについては常に目を注意深く向けて検証していかなければいけないと思っています。その際に、例えば基準になるのは規制の実効性、効率性です。効率性という意味は、私どもの限られた行政資源をいかに効果的に使うかということもあるでしょうし、規制を受ける側の金融機関等において規制に対応するためのコストが過大になっていないかという面もかかわってくると思います。さらには、規制の先見性、透明性、一貫性も重要な判断基準であると思います。

さらに付け加えますと、金融の分野は動きが非常に速く、そういった実態に合わせて規制が時代適合性を維持しているのかどうかも非常に重要なことです。

4つの柱

「ベター・レギュレーション」は、私がこの七月に金融庁長官を発令された時に、これまで金融庁で抱いていた問題意識を一つのパッケージとして示したものですが、その中身をまず紹介したいと思います。ベター・レギュレーションはとりあえず四本の柱で構成しています。

一つめが「ルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督の最適な組み合わせ」です。これが本日の主題ですので、この点については後ほど詳しく話をしたいと思います。

二つめが「優先課題の早期認識と効果的対応」です。重要性の原則と言ってもいいかもしれません。これは英国の金融監督当局(英国FSA)では、例えばリスク・フォーカスないしフォワードルッキングなアプローチという言い方もされているもので、深刻な問題が潜んでいる分野、将来大きなリスクが顕在化する可能性がある分野を、先を見越してできるだけ早く認識し、行政資源を効果的に投入するといったコンセプトです。

三つめの柱が「金融機関の自助努力尊重と金融機関へのインセンティブの重視」です。各金融機関自身の創意工夫を尊重する、あるいはそのような努力がなされるようにインセンティブを内包した制度的な枠組み・仕組みを導入するといったことがここに含まれます。

四つめの柱は「行政対応の透明性・予測可能性の向上」です。これは規制を受ける側から見て、規制が過大な負担にならないようにするという文脈でも重要です。当局からの情報発信の強化などを通じて行政対応について金融機関の側から見た予測可能性を向上させようということです。

5つの取り組み

これらの目的を実現するために、当面の五つの取り組みを公表しました。

一つめは「金融機関等との対話の充実」です。明確な問題意識に基づいた対話の実践、新しい対話チャネルの構築等に努めていくことです。

二つめは「情報発信の強化」です。検査・監督の方針であるとか行政対応事例集の積極的公表あるいはノー・アクションレター(法令適用事前確認手続き)制度の活用、さらには内外の講演会、意見交換会、出版メディアなど多様なチャネルを通じて情報発信に努めるということです。本日のこの機会も私にとっては大変重要な情報発信の一つの機会であると思っています。

三つめは「海外当局との連携強化」です。国際的な規制・監督の整合性の確保、またグローバルな動向についての情報共有や連携を促進するということです。金融取引は極めてグローバル化していますし、クロスボーダーの取引もごく一般的になってきていますので、規制が国ごとに極端に異なるとなると、金融取引そのものがゆがみを生じる、あるいはマーケット全体が予期せざる動きに誘引されるという面もあります。

四つめは「調査機能の強化による市場動向の的確な把握」です。これはベター・レギュレーションの二つめの柱、リスク・フォーカス、あるいはフォワードルッキングなアプローチを実現していくために不可欠な基礎的能力です。金融庁内の調査機能を強化する、あるいは、市場関係者、日本銀行、外国監督当局等との対話や連携を促進することによって、現にマーケットでどういうことが起きているのか、どういうところにどのようなリスクが潜んでいるのかをきちんと把握する能力を高める必要があるということです。

五つめが「職員の資質向上」です。今述べたようなことすべてを支えるのは行政当局の職員の資質ですので、研修の充実などを通じてスキルや専門性を向上させる、あるいは官民の人材交流等でトータルとしての行政能力を高めていくことが不可欠です。

2 なぜ今ベター・レギュレーションなのか

ベター・レギュレーションを私どもはこのようなイメージで考えていますが、つぎに、それではなぜ今ベター・レギュレーションなのかということです。私どもとしては二つの大きな理由を意識しています。一つめは、我が国金融セクターの状況が大きく変わってきており、これに合わせて金融行政も時代適合性をきちんと維持していくために、行政のモードが多少シフトしていく必要があるという問題意識です。

先ほど申し上げた三つの基本的な金融行政の目的のうち、金融システムの安定あるいは信用秩序の維持という分野では、ご案内の通り、一九九〇年代末に日本では金融システム不安が起きました。とりあえず金融システムそのものの崩壊は何とか防げた後も、不良債権問題が尾を引きました。

それに対して様々な官民挙げての取り組みがなされて、結果として最近に至って不良債権問題について出口が見えてきました。例えば、金融機関の健全性が進ちょくしたことの一つのシンボルとして、いくつかの銀行に資本として注入された公的資金の返済が加速され、しかもその返済の結果として相当大きな利益――キャピタルゲインだけで一兆円を超える利益――が発生しており、納税者の利益の観点から私どもも有利な回収に努めています。

現状、こういうところにたどり着いた後、今後は何が課題かと言えば、これまで努力してきた金融機関におけるリスク管理をさらにきちんと定着させ、さらには高度化させることでしょうし、また新しいタイプのリスクへの対応です。現在、問題になっているサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)をきっかけとするグローバルな市場の動揺が典型的に、こういう範ちゅうに入ってくると思いますが、このような問題の対応の面で決定的に重要なのは、当局が「あれをしろ、これをするな」ということではなく、まずは各金融機関の自助努力です。

利用者保護・利用者利便の向上という分野については、金融商品の販売チャネルの多様化が進んできた中で、二〇〇〇年代に入ってから外為証拠金取引の被害が増加するとか、生保・損保の不払い・支払い漏れの問題が起きるとか、あるいは銀行における金融商品販売における不備が発覚するなどの問題がありましたが、これについても様々な対応が行われたことによって、ここに来て制度的な枠組みの整備と各金融機関における実態と、両方の面でかなりの改善が見てとれる状況になってきています。

従って今後の課題は、この分野でもやはり持続的・継続的な顧客保護態勢の確立であり、あるいは質の高いサービスを競い合うという競争環境の構築になるわけで、ここでも各金融機関の自助努力が決定的に重要です。

公正・透明な市場の構築という面においても、九〇年代末にいわゆる日本版ビッグバンが始まって規制緩和が進み、競争的な環境が整備されてきましたが、過去二、三年の間に様々な非違事例が起きたほか、証券会社における誤発注、取引所でのシステム障害など、インフラ面の問題も顕在化しました。この点については制度面の整備として、後にも触れますが金融商品取引法が制定され、枠組みにおける整備はかなり進ちょくしました。また市場をモニターする枠組みも少しずつ整備されてきています。

ここの分野でも今後の課題としては市場仲介者、証券会社等の行為規範の確立が極めて重要ですが、ここでもやはり何より大事なのは各金融機関自身が自助努力をしていただくことです。

こういう局面のシフトがあって、これに金融行政も対応するということでベター・レギュレーションという考え方が必要になってくるというのが一つです。

さて、なぜ今、ベター・レギュレーションが必要なのか、もう一つの理由は、わが国の金融・資本市場の国際競争力を強化するという政策課題を実現するためです。グローバルに見た時に金融・資本市場、この市場間の競争が非常に激化してきているということです。その中で金融規制の質はその規制が適用される市場の競争力を規定する非常に重要な要素の一つです。こういった問題意識は欧米の規制当局・監督当局においてもここへ来てかなり強くなってきており、そういう問題意識も併せて持っています。

3 ルール・ベースとプリンシプル・ベース

そこで本日の本題である、ルール・ベースとプリンシプル・ベースの話に入ります。ルール・ベースのアプローチはある程度詳細なルールや規則を制定し、それらを個別事例に適用していくということですが、例えば行政の恣意性の排除あるいは規制される側にとっても予見可能性の向上といったことが期待されます。

証券取引法は、ルール・ベースのアプローチという色彩が非常に濃いもので、今度、九月三十日に全面的に金融商品取引法に移行しますが、典型的にこの証券取引法の中で、例えば断定的判断の提供による勧誘の禁止、損失補てん等の禁止、あるいはアームズ・レングス・ルール、さらには顧客資産の分別管理の義務付けなどのルール、また、不特定多数の市場参加者に対する規制として、風説の流布・偽計の禁止、相場操縦的行為の禁止、インサイダー取引の禁止といったルールを定めています。

これに対してプリンシプル・ベースのアプローチは規制対象の金融機関が尊重すべき重要ないくつかの原則や規範を示したうえで、それに沿った行政対応を行っていくということです。金融機関の自主的な取り組みを促進する、あるいは金融機関の経営の自由度を確保するといった点でメリットの大きいものです。

英国FSAの取り組み

英国のFSAはプリンシプルに基づく監督をここ数年非常に強調しており、十一のプリンシプルを示しています。これらのプリンシプルには、相当に常識的な原則が並んでいます。例えば、業務を誠実に行わなければいけない、適切な能力と注意と勤勉さでやらなければいけない、リスク管理に注意を払って健全性を維持しなければいけない、市場における行為について適正なルールを遵守しなければならない、顧客に対して公平な取り扱いをしなければいけない、顧客と明確かつ公平で誤解を招かないようなコミュニケーションをとらなければならない、利益相反を防止しなければならない、裁量的決定についてそれらの適切性を確保するため責任ある注意を払わなければならない、顧客の資産の妥当な保護を図らなければならない――といったことが書いてあります。

一つだけ特徴的なのは、十一番目の最後の原則で、「規制対象先はオープンで協力的に規制当局者に対応しなければならない。また英国FSAが知らされることを合理的に期待する規制対象先に関する事項について、英国FSAに対して適切に開示しなければならない」と謳っています。これは少し特色のあるプリンシプルではあろうかと思います。

我が国の場合には、こういったプリンシプルを英国のようにまとまった形でパッケージにはしていませんが、金融関係法令や監督指針あるいは検査マニュアル等のここかしこにそれらが散りばめられています。

例えば、銀行法、保険業法、金融商品取引法の目的規定であるとか処分根拠となっている条文、あるいは経営管理についての記述などを見ると、英国FSAのプリンシプルと近いものが散りばめられています。

相互補完的な2つの手法

プリンシプル・ベースとルール・ベースのアプローチは、相互に排他的であるよりはむしろ相互補完的なものであると思っています。先ほどご紹介したベター・レギレーションの第一の柱でルール・ベースとプリンシプル・ベースの最適な組み合わせを探求する――最適な組み合わせ――と申し上げたのは、こういう基本的な認識があるからです。

4 2つの規制手法の「使い分け」

ルール・ベースが有効な分野

そこで両者をどう組み合わせるかは、非常に難しい課題ですが、まず二つのアプローチを使い分ける進め方が考えられます。二つのアプローチに役割分担をしてもらうということですが、例えばルール・ベースが有効な分野は、典型的には不特定多数の市場参加者に共通ルールを適用するような場合で、主として行為規制が中心となります。事前に定められたルールへの該当性で判断する、行政上の不利益処分を行う場合には特に重要です。この分野にプリンシプル中心の行政対応を行えば、恣意的であるといった批判も生じ得ます。

ただしルール・ベースの限界としては、新しい金融商品、あるいは新しい取引手法・形態が次々と登場してきた場合に、もともと動きの激しい金融の世界で、あらかじめすべての金融商品や取引手法を想定してルールで全てカバーすることは不可能です。そこでルール・ベースでのアプローチの有効性を維持するためには、ルールの隙間が生じないように迅速なアップデーティング(改訂・更新)が必要です。これは法令の隙間を埋めるということで、例えば、これまで、外為証拠金取引が規制の対象としてカバーされ、金融商品取引法制によって、いわゆるファンドについてもカバーされるようになってきたということです。ファンドの世界でいいますと、平成十七年の平成電電の問題、あるいは十八年に表面化した近未来通信といった事例がありましたが、金融商品取引法の下では他者から金銭等を集めて、当該金銭を用いて何らかの事業を行い、そこから生じる収益等を出資者に分配するような仕組みは、いわば包括的に金融商品取引法の規制対象としてカバーされることになりました。またニッポン放送株をめぐる問題について、大量保有報告制度、あるいは公開買付制度といったものが、当時の状況で十分だったのかという問題提起がなされ――この大量保有報告制度、公開買付制度のところはすでに施行されていますが――金融商品取引法でこの部分がカバーされることになりました。

こういう形で、つねにアップデーティングに努めたとしても、必ずルールの隙間に落ちるケースが出てくる可能性がありますので、その場合にはプリンシプル・ベースでその隙間を補う対応も必要になってくるのではないかと思います。例えば、二〇〇六年四月に信託銀行二行に対して行政処分を行いました。あるいは二〇〇六年七月、二〇〇七年三月に投資信託委託会社への処分を行いました。これはJ-REIT、不動産投資信託業務の中で投資対象として組み込まれる不動産について、きちんとしたデュープロセスを踏んでいなかった、不十分なデューデリジェンスによって設定された価格で取引がなされたということで、投資家、特に最終的にはJ-REITを購入する幅広い投資家の人たちにも損害を及ぼす蓋然性が高いということで処分しました。この基本的な処分の根拠は善管注意義務違反で、ここのところはある意味ではプリンシプルに近い根拠に基づいています。もちろん法令にきちんと明定されている善管注意義務でもありますし、またそれを実際に適用する際には、その法令の記述をよりブレークダウンした監督指針等をあらかじめ定めてありましたが、そういった、ややプリンシプルの考え方を取り込んだ対応をするといったこともありました。

プリンシプル・ベースが有効な分野

つぎにプリンシプル・ベースが有効な分野についてお話ししたいと思います。これは監督対象となっている金融機関が、経営管理、ガバナンスを改善する、さらには財務の健全性を維持するためのリスク管理の態勢を整える、またコンプライアンス(法令遵守)のための態勢整備を進めていただくといった場合に、プリンシプル・ベースの監督が非常に有効です。この分野は定性的な側面も非常に大きいわけで、どこまでならOKで、どこから先は不可というふうにあらかじめ設定するのは非常に困難な分野です。いずれにせよ各金融機関における自主的な努力が不可欠であり、自助努力を尊重する必要があります。その際にいわば望ましい自助努力の目指すべき方向性を示すのが、プリンシプルの役割であるとも言えようかと思います。

ただしプリンシプル・ベースで対応する場合でも、現実にはプリンシプルを補足するセミ・プリンシプル、あるいはセミ・ルールに準拠して行政対応を検討しているのが現実です。例えば昨今、問題になっている保険金の不払い問題、あるいは保険金の支払い漏れへの行政対応ですが、保険業法に目的規定であるとか、処分権限規定がありますが、この辺はかなりプリンシプル・ベースに近いもので、実際には政省令、また監督指針、検査マニュアル、さらには「行政処分の考え方」というのを公表しており、そのようなセミ・ルール、セミ・プリンシプルに沿って行政対応を検討しています。

プリンシプル・ベースのアプローチについても、当然、限界があります。ここは規制する側と規制される側とでプリンシプルを共有できることがきわめて重要です。当局の日常的な監督の対象外の業者であるとか、不特定多数の一般の市場参加者に適用することは困難です。また監督対象業者に適用する場合にも、規制される側にとっての予測可能性や透明性を確保することが課題です。そこでいわばプリンシプルを共有するための取り組みとして、例えば先ほど申し上げたような日常的な対話を強化するとか、あるいは必要な場合にはある程度プリンシプルを明示するといった選択肢もあるかもしれません。

5 2つの規制手法の「組み合わせ」

さて、プリンシプル・ベースとルール・ベースを「使い分ける」のではなくて両方を組み合わせて対応することも考えられます。私ども日常的に直面する問題として次のような状況があります。一方で、形式的には法令違反であっても、いわば金融機関の側で意図性が非常に乏しくて、しかも単発的な出来事であって、かつ利用者の被害も軽微なケースがあります。他方で、個々の行為が個別の法令違反に該当するための要件は整っていませんが、全体として見たときは、きわめて悪質で利用者、投資家、関係者の被害も非常に大きいといったケースもあります。こういった現実に直面して、ルール・ベースのみに依拠して行政対応を行えば、結果的に実質の意味において公平性、公正性が損なわれます。他方でプリンシプル・ベースに偏った行政対応を行えば、制度の信頼性、あるいは法的安定性が損なわれ、行政対応の透明性、予測可能性も失われます。そこで、このようなケースについてはルール・ベースとプリンシプル・ベースの両方の視点から光をあてることが有効な場合もあります。

先般、ある大手銀行による投資信託販売において銀行側の落ち度で誤った発注をしたとか、様々な取り扱いミスがあったときに、菓子折を持って投資家のところに行って「この話はなかったことにして下さい、ご免なさい」ということで処理をしたケースがありました。これをよくよく見ると、銀行の態勢面の整備が相当遅れていました。従って同様のケースがあちこちで多数発生していたという実態がありました。もっとも、銀行は証券取引法の登録金融機関として投資信託を販売していますので、この事例をルール・ベースに依拠した証券取引法に照らしてみると、直ちに法令違反にはなりません。他方で、後ほど触れますが、プリンシプル・ベースを重視する法体系である銀行法によると、このようなことはかなり問題として位置づけられるケースであったということで、銀行法に基づいた処分を行ったケースがありました。

また、後で触れますが、MSCB(ムービング・ストライク・コンバーティブル・ボンド)は、商品そのものが悪質であると決めつけるのは不適当だと思いますが、使い方によっては既存の株主に対して非常に大きな損害を及ぼし得る場合もあります。ですからこのような場合にはプリンシプルとルールの両方の面から光をあてることが望まれます。

他方で形式的には法令違反に該当していても、内容が軽微である場合には、私どもの行政対応としては問題を指摘する、あるいは報告徴求を行うといったことにとどめて、業務改善命令、業務停止命令といったものは発出していません。従ってこのようなケースは公表もされませんので、世の中に広く知れ渡ることではありません。

6 証券取引法から金融商品取引法へ

つぎに、ルール・ベースを中心とした法体系である現在の証券取引法、あるいはそれを引き継いで大幅な改善が施された金融商品取引法と、プリンシプル・ベースを中心とした法体系である銀行法あるいは保険業法の運用ということについて、ご紹介させていただきたいと思います。

金融商品取引法は利用者保護ルールの徹底と利用者利便の向上ということで規制を横断化する、規制を柔軟化する、あるいは市場の公正性・透明性を一層向上させる、という趣旨で制度整備を図っています。先ほど触れた大量保有報告制度、公開買付制度、四半期報告制度、財務報告にかかる内部統制の制度といったことが盛り込まれています。また金融・資本市場の国際化への対応ということで幅広い金融商品・サービスを対象とする市場法制を整備しているほか、取引所の組織形態についての現代化も図っています。

この金融商品取引法の一つの特徴として、証券取引法のルール・ベースのアプローチを維持しつつ(当局の規制対象外である一般の市場参加者もカバーしている行為規制の体系なのでルール・ベース中心になっています)、このルール・ベースの適用範囲を今申し上げたように一方で横断化しつつ、他方で規制の対象となっている金融商品取引業者(証券会社等)の経営管理態勢(ガバナンス)、コンプライアンス態勢といったものに着目して行政処分を発出できるように改正がなされました。いわば証券取引法に対してプリンシプル・ベースによる制度的な補強がなされて金融商品取引法へ衣更えをしたといえようかと思います。

当然のことながら、ここで監督対象になっている証券会社や金融商品取引業者と、監督対象外である一般の市場参加者とを区別する必要があるかと思います。ここで一般の市場参加者と申しているのは、例えば個人投資家、機関投資家、さらには上場企業などの資金調達者一般です。一方で監督対象業者にはプリンシプル・ベースの行政対応も重要かつ効果的です。他方で監督対象外の市場参加者へは、行政上の対応は先ほど申し上げた行為規制法令への該当性ということで判断することになります。これに不服があれば最終的には個別事案ごとの裁判やADR(裁判外紛争処理手続き)で、法と事実に基づいて、最終的にはおそらく個別事例ごとにプリンシプルが適用されて判断がなされるということではないかと思います。

7 銀行法・保険業法の運用

もう一つの金融行政上の大きな根拠法の世界である銀行法、保険業法の運用についての話があります。銀行と保険会社はいわゆる免許業種ですので、参入のハードルが高く、行政処分の根拠条文も業務の適切性を根拠に処分が発出できる体制になっています。ただ監督指針や検査マニュアル等で、このようなプリンシプルを個別事例に適用する際の具体的な着眼点は事前に提示しています。金融商品販売に関しては、金融商品取引法の制定の際に、それと同様のルールが銀行法と保険業法にも新たに規定として設けられています。そういう意味ではプリンシプル・ベースを中心とする銀行法、保険業法の世界と、ルール・ベース中心の金融商品取引法、あるいは旧証券取引法の世界が、いわば接近しつつあるとも言えます。

「行政処分の考え方」を本年、金融庁監督局で示しました。これはいわばプリンシプルの内容をより詳細に示し、行政対応を決定するに際しての着眼点や手順を提示したということです。事例の悪質性、顧客の被害の程度、自主的な改善努力が図られているかどうかといったことを丹念に調べて、処分内容の公正性の確保に努めています。保険会社の不払いや支払い漏れ問題への対応は、このような「考え方」に沿って対応しています。

ただここでぜひ留意したい、あるいは留意していただきたいのは、行政上の処分は、処分をすること、あるいはペナルティーを科すことそのものが目的ではないということです。業務改善や態勢整備を実行して顧客の信頼を再確立してもらうことが目的です。従って自主的改善努力が行われている場合には、そのことも考慮して命令内容を検討します。

8 自主規制機関の役割

最後にプリンシプル・ベース、ルール・ベースの関係で非常に重要な役割を果たすのが自主規制機関です。これはいわばプリンシプル・ベースとルール・ベースの有機的連携を実現するための要です。例えば行政が主導して問題を抽出する、またはそこに対して適用されるべきプリンシプルを議論しながら確認する作業を行い、それを受けて当該課題を具体的にルール化する、実務的なルールとして定める作業は、いわば実務に精通した自主規制機関で検討をし、策定をしていただく。このような役割分担が典型的には考えられます。昨年六月、監督局に設置された「証券会社の市場仲介機能等に関する懇談会」が報告をまとめてくれました。これはまさに今申し上げたように、行政レベルで問題点を抽出し、問題提起を行う、それを受けて日本証券業協会で自主規制ルールの策定に取り組み、それをルールとして具体化する動きになったわけです。

その一つの典型が、先ほど申し上げたMSCBの取り扱いルールの整備です。MSCBは株式に転換するときの価格が、一定期日における株価を反映した形で定まるので、MSCBを引き受けた証券会社等にとっては空売り等をかけることによって転換価格を引き下げ、それによってよりたくさんの株式を取得するという、きわめて合理的なインセンティブが働くわけです。しかし他方で、そのことが既存の株主にとっては株式の大規模なダイリューションを急激に生じさせ、結果的に既存株主に大きな損害をもたらし得るものです。もちろんMSCBが有効に活用される局面もありますし、傾きかけた企業の経営を建て直すためにエクイティー性の資金を取り込むということで、非常に重要な役割を果たすケースもあります。ただ、問題は一般投資家に対する大きな損害を生じさせないような仕組みはないかということで、例えば急激に空売りすることを控えるとか、あるいはMSCB等の引き受け時の確認事項として、発行体企業の財政状態、経営成績、調達資金の使途、市場及び既存株主への影響等の調査を義務付ける、といったルールが証券業協会において定められました。また、IPOに関しても証券会社が上場のためのお手伝いをするケースが非常に多くありますが、市場仲介者としての証券会社がそのようなことを引き受ける際の審査のルールを整備するといった取り組みもなされました。近年の発行市場において、上場間もない企業が、上場直後に財務内容に問題があるといったことが発覚して株価が急落した事例がありました。このようなことで投資家に対して損害を及ぼしていることについて、日本証券業協会の取り組みとして、このようなルールに結実しました。

終わりに ベスト・プラクティスの競争へ

最後に申し上げたいのは、このような効果的、効率的な監督が成り立つためには、あくまでも基礎となるのは各金融機関、金融仲介業者の自己責任に基づく法令遵守意識と倫理規範、行為規範であると思います。そのうえでルールへの理解とプリンシプルの共有を実現することが重要だと思っています。いわば業者の皆さんにはミニマム・スタンダードの達成を超えて、ベスト・プラクティスを競い合う心づもりで取り組んでいただきたいと思います。その競い合ってもらうための方向性を示すのも、このプリンシプルの役割であるのかなと思っています。また規制対象外の一般の市場参加者についてもルール遵守の定着が重要であることは言うまでもありません。

私ども行政当局としても公正・透明で活力ある金融・資本市場の確立に向けて制度設計や具体的な規制・監督に努めていく所存です。その際、冒頭で申し上げた行政対応の実効性、効率性、先見性、透明性、一貫性、時代適合性などを意識しながら、金融規制の質的な向上を目指していきたいと思っています。

ありがとうございました。

本講演が行われたシンポジウム「活力ある法化社会へ」の内容は、こちら新しいウィンドウで開きますでご覧になることができます。