日本証券投資顧問業協会主催研修会における佐藤金融庁長官講演
「グローバル金融危機と1990年代日本の経験」

平成21年 1月28日
金融庁長官 佐藤隆文


はじめに

金融庁の佐藤でございます。昨年に引き続き、日本証券投資顧問業協会の会合においてお話しする機会をいただき、大変光栄に存じます。

本日は、現下のグローバルな金融危機の解決に向けた取組みと、その中で1990年代に金融危機を経験した我が国がなしうる知的貢献について、当時の我が国の危機と今回の危機とを比較しながら、お話ししたいと思います。その後、現在の金融危機への対応が国際的に行われる中で、我が国における取組みを紹介するとともに、我が国が金融規制という面でユニークな立場にあることを述べたいと思います。

1.金融システム危機への対応:1990年代日本の経験

(1) 二つの危機の共通点

昨年の9月以降に金融の世界で起きている出来事とそれへの当局の対応は、長らく人々の記憶に留められることになるでしょう。9月に米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが倒産してから混乱が更に深刻化し、米国連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン前議長が今回の金融市場の混乱を「100年に一度の津波」と表現してから、「100年に一度」という言葉が今回の世界金融危機の規模を形容するのに頻繁に用いられるようになりました。

ご承知のとおり、

  • 米国ではリーマン・ブラザーズ以外の他の有力投資銀行も、買収され、あるいは銀行持株会社に組織改編することにより、単独のエンティティとしては消滅しました。
  • 短期金融市場においては、流動性の枯渇に対応し、世界の中央銀行が協調して通貨をまたがっての巨額の流動性供給を行っていますし、最近では更に企業のコマーシャル・ペーパー(CP)や社債の買取りといった手法も一部で採用されています。
  • 欧米各国では、その具体的スキームは様々ですが、公的資金による資本注入、銀行の国有化、預金の全額保護などの当局による金融機関への介入が相次いで行われています。米国や英国では更に、不良資産から生じる損失の一部の政府補償という形での救済策も発表されています。

私ども監督当局にとって、こうした例外的措置は平時にすき好んで用いる手段ではありませんが、今回海外当局において取られている措置には、我が国が1990年代及び2000年代初頭に苦労を重ねて取り組んだ措置と、多くの共通点が見受けられます。当時、先ほど申し上げた例外的措置の多くを実行することによって、金融システムの崩壊を避けるため苦労を重ねた我が国の経験は、こうした例外的な措置が、危機的な状況においては金融システムを安定化させるために有用な政策手段であることを示していると思います。

二つの危機で講じられた措置に共通点があることの背景としては、二つの危機に共通の展開が見られることが挙げられます。すなわち、

  • 第1に、不動産価格の上昇を前提として杜撰な融資が行われたこと
  • 第2に、不動産価格の下落を発端として金融市場の動揺が発生したこと
  • 第3に、金融市場の動揺の影響が実体経済に波及したこと
  • そして第4に、金融システム全体の危機に発展し、政府や中央銀行による支援が必要になったこと

です。

もちろん、後ほどご説明しますように、今回の危機は、かつての我が国の危機とは、いくつかの重要な点で大きく異なりますが、1990年代の我が国の苦い経験は、現下の問題に対して各国当局が取り組むべき方策について、いくつかの有益な教訓を示唆しているものと思います。

(2) 我が国の経験から得られる教訓

まず、第1の教訓は、「迅速かつ正確な損失の認識が不可欠である」ということです。

1990年代初期の我が国には、不良債権に関して情報開示や引当を行うための実効性のある共通の枠組みが整備されていなかったため、金融機関に不良債権の処理を先送りするインセンティブが生まれ、我が国経済は信用収縮と実体経済の悪化という負のスパイラルに陥りました。こうした苦い経験に基づき、我が国は情報開示の強化や不良債権の処理・引当ルールの明確化、早期是正措置の制度化を行い、さらには、金融機関が資本不足に陥る前に監督当局が強力な監視を行いうるよう早期警戒制度を導入しました。監督当局が迅速に対応するためには、当局が客観的な方法で判断することが可能となる枠組みを設けることが効果的となります。

この点、今回の危機において、欧米金融機関は損失状況を迅速に開示してきてはいるものの、他方で、市場流動性が著しく枯渇した金融商品の価格評価の手法や、複雑な金融商品へのエクスポージャーについて金融機関の間で比較可能なデータが欠けているという問題が残っており、損失の規模についての市場の不安は十分に解消されていません。

第2の教訓は、「不良資産はバランスシートから切り離す必要がある」ということです。

これは先ほど申し上げた負のスパイラルを回避するために不可欠な措置です。仮に、金融機関が不良資産の引当のみを行い、そのオフバランス化を行わないとすれば、追加損失の懸念が払拭されないため、市場の信認を完全に回復することは難しいものとなるでしょう。我が国では、整理回収機構が不良債権の買取りを実施し、金融庁からも主要行に対して不良債権のオフバランス化を着実に実施するよう強く要請しました。

この点で現在、欧米の金融機関や当局は困難に直面しているようです。米国では昨年10月に公的資金の活用による金融システム安定化策が導入されましたが、当初は金融機関の保有する不良資産の買取りが目的であるとされていたものの、その後の運用においては金融機関への資本注入に重点が置かれました。最近になって金融機関の不良資産から生じる損失の補償という手法も採られていますが、損失がどこまで拡大するのかが分からないことから、先行き不透明感の払拭には至っていません。このため欧米金融市場における信認の回復には、まだ相当の時間が必要となる可能性があります。

第3の教訓は、「金融機関の自己資本不足には増資による迅速な対応が重要であるが、場合によっては、公的資金による資本注入が必要である」ということです。

不良資産の処理の結果として金融機関に自己資本不足が生じた場合には、迅速かつ十分な資本増強が必要となりますが、民間での増資努力に限界がある場合には、最終的なセーフティネットとして公的資金による資本注入が有効となります。公的資金の投入は納税者をリスクに晒すことになりますが、成功すれば納税者の利益に繋げることができます。我が国の場合、37行に12兆4千億円の公的資金を注入し、9兆2千億円が既に回収されています。そして、2008年3月末時点で累積配当利益7,700億円に加え、回収益(キャピタル・ゲイン)が1兆3千億円に達しています。

第4の教訓は、「預金の全額保護や問題が生じた銀行の一時国有化といった例外的措置が、危機的な状況においては選択肢となり得る」ということです。

今回、欧州のいくつかの国では、こうした措置が既に実施されています。我が国でも1990年代に預金の全額保護を導入しました。この全額保護の措置は、その後の金融システムの安定化を受けて、2003年と2005年の2段階を経て解除されました。その際、我が国は恒久制度として無利子の決済性預金の全額保護を導入しています。ちなみに、米国が昨年10月にこの制度に類似したスキームを導入しています。

第5の教訓は、「短期的な措置と、中長期的な規制の枠組みの再構築を、バランスを取りながら同時に行う必要がある」ということです。

大火事が目の前で燃え盛っている時は鎮火に取り組むことがもちろん必要ですが、同様の危機の再発防止に向けた枠組みを構築することも極めて重要なことです。政策が短期の危機対応に過度に寄り過ぎると、中長期的にモラルハザードやシステムの歪みにつながり、市場機能を損なってしまいます。他方で、中長期的な政策をあまりに性急に実施してしまうと、場合によっては足下の状況がさらに悪化し、危機管理がより困難なものとなりかねません。従って、短期的施策と中長期的施策の間のバランスを適切に取ることが重要となります。

この点に関して、1990年代の我が国の取組みは完全な成功例であったとは言えないように思いますが、それでも、不良債権の早期認識とそのオフバランス化を要請しながら、例外的措置として金融機関に公的資金を注入する一方で、これと並行して早期是正措置と資産査定のルールを導入するなど、中長期的な観点から規制の枠組みの改革を行いました。

恐らく、この経験も今日の欧米の状況に照らして意味のあることではないかと思います。今日の主要国の規制当局に共通のキーワードは「秩序だった形でのレバレッジ解消(orderly de-leveraging)」というものです。「秩序だった形での(orderly)」とは、足元の短期的な応急措置と中期的な目標の実現との間で適切なバランスを図るということを意味するものと思います。規制当局はこうした、時に相反する二つの目的を同時に追求するという宿命から決して逃れることができないのです。

2.グローバル金融の正常化に向けた国際的な作業

(1) 二つの危機の相違点

このように、かつての我が国の経験は、今回の金融危機への取組みについて、有益な教訓を示唆するものと思います。しかし、二つの危機にはいくつかの重要な相違点があることも事実であり、今回の危機においてはかつての我が国とは異なる対策も必要となることを示しています。

今回の危機と1990年代の我が国の金融危機との間の主な相違点は、以下の三つにまとめることができるように思います。

  • まず、今回の危機が、証券化という金融技術の普及に伴い、市場を通じてリスクが様々な投資家に拡散した、いわば「21世紀型危機」であるという点です。これに対して1990年代の我が国では、リスクは商業銀行セクターのバランスシート上に貸出債権として集中していました。
  • 次に、今回、欧米の金融機関は市場価格に基づいた会計により即座に証券化商品の損失処理を迫られたため、金融機関や当局も速やかな対応を迫られることになっています。一方、1990年代の我が国の銀行は、貸出債権の殆どが市場で取引されていなかったため不良債権処理に時間をかけることが許されました。また、借手企業の業績がいずれは改善するであろうという期待から、不良債権をバランスシート上に残し続けるというインセンティブも生まれました。
  • 第3に、我が国の危機は国内に留まったものであり、実体経済への影響や損失の負担もまた、国内に限られていました。しかし、今回の米国の住宅バブル崩壊による損失は、資料の5ページに図で表しましたように、世界的に普及した証券化技術と、証券化によるリスク移転を前提とした、いわゆる組成・転売型 (originate-to-distribute)というビジネスモデルの活用により、グローバルに拡散しました。

(2) 国際的な取組みの進展

こうした違いを反映して、今回の問題に対処するための措置は、より市場志向型(market-oriented)で国際的な性格を有するものとなっています。

主要国の監督当局や国際機関からなる組織である金融安定化フォーラム(FSF)が、昨年4月に、市場と制度の強靭性の強化に関する具体的な提言をまとめています。証券化の一連のプロセスにおける歪んだインセンティブが、「originate-to-distribute」モデルに見られたモラルハザードの原因になったのではないかとの認識から、FSFは、健全性監督の強化や市場の透明性の強化、信用格付の役割と利用の見直しなどについて提言しています。また、世界的な大手金融機関の監督に関して、国際的な監督当局間グループである監督カレッジの設置を提言しています。

また、昨年10月10日、G7(7か国財務大臣・中央銀行総裁会議)は、5項目の行動計画に合意し、金融市場の安定化に向けて共同して取組みを続けていくことを表明しました。市場発の危機という性格にかんがみ、この行動計画では、証券化商品の流通市場の再開の重要性や、資産の正確な評価と透明性の高い開示の必要性が強調されています。

また、このG7において、FSFは、昨年4月の提言の実施状況のフォローアップを発表したほか、マクロ経済の監視と健全性監督のより良い統合や、金融規制の対象範囲の再検証に取り組むことを表明しました。

更に、昨年11月15日に先進国や新興国の首脳が一堂に会した金融・世界経済に関する首脳会合がワシントンで開催されました。採択された首脳宣言においては、情報開示の強化、金融規制の対象の拡大、金融市場における公正性(integrity)の促進、国際連携の強化、FSFやIMF(国際通貨基金)の機能強化などを内容とした、金融市場の改革のための5つの共通原則が示され、その上で、これらの原則を実行するための行動計画が定められています。現在、本年4月にロンドンで開催されることとなった第2回首脳会合に向けて、各国当局をはじめ、FSFや、あるいはバーゼル銀行監督委員会、証券監督者国際機構(IOSCO)といった国際基準設定機関において、行動計画の実施に向けた作業が行われています。

3.我が国における取組み

ここで、グローバルな金融危機、及びそれが我が国の金融システムに与えている影響を踏まえた、我が国当局としての政策対応について紹介したいと思います。

(1) グローバルな金融危機を受けた政策対応

各国の規制当局が現在直面している最も重要な課題は、秩序だった形でのレバレッジ解消をどのように実施していくのか、ということかと思います。過剰なレバレッジの結果として蓄積された巨額の不良資産の償却、それに伴う金融機関の資本増強というプロセスは、当初は民間部門により行われてきましたが、その後レバレッジの解消が秩序だった形で行われなければ市場がより不安定化しうる状況となりました。公的資金による資本注入や預金の全額保護といった各国当局による例外的な措置は、こうしたレバレッジの解消に向けた取組みの一端を担うものであり、こうした取組みは秩序だった形でのレバレッジ解消に資するものと私は考えています。

このような世界の金融市場の状況が我が国の金融システムそのものの健全性に与える直接の影響は、欧米と比較して相対的には限定されているものと認識しています。金融機関において発生している損失の規模や証券化商品の保有額などを見ても、欧米金融機関の受けたショックは我が国金融機関と比べて桁が違っています。しかしながら、世界的な金融市場の混乱が、世界経済の停滞などを通じて我が国の実体経済を明確に悪化させ、また株価や為替相場の変動を著しく高めており、これらの影響が国内の金融部門にも及んできています。今週、来週と大手金融機関の昨年10-12月期決算の発表が相次ぎますが、銀行の最近の決算は、不良債権への引当の増加と保有株式の減損処理を大きな要因として大幅減益又は赤字となっています。特に中小企業をめぐる環境や地方経済は厳しい状況にあると認識しています。このため我が国当局としても、引き続き高い警戒水準を維持しながら、我が国の市場や金融システムの状況に応じて、金融の安定化に向けた措置を適切に、かつ、迅速に対応していくことが重要であると考えています。

このような観点から金融庁では、グローバルな金融市場の混乱によって誘発された市場価格の過度の変動が我が国の実体経済に悪影響を及ぼすことを和らげるための施策をとっています。

  • そのうちの一つが、会計をめぐる国際的な動向への対応です。会計基準については、民間・独立の主体である企業会計基準委員会(ASBJ)において検討が行われていますが、同委員会が、国際的な動向と整合性をとる形で、「公正価値」の算定方法に係る解釈の明確化や、金融商品の保有区分の変更に係る基準改正を行っています。こうした対応は、市場価格の過度の変動が上場企業のバランスシートに与える影響を緩和することに寄与するものと考えています。
  • 第二は、中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置です。リストラの余地も小さく黒字化や債務超過の解消に時間がかかるという中小企業の特性にかんがみ、金融庁の監督指針や金融検査マニュアルを改定し、貸出条件の変更を行った中小企業向け融資が不良債権に該当しない場合の取扱いの拡充を行いました。
  • 第三は、金融機能強化法の活用による中小企業金融の円滑化です。世界的な金融市場の混乱で損失が発生したことによる金融機関のリスクテイク能力の低下に対応するため、国の資本参加を通じて金融機関の金融仲介機能を強化し、地方経済や中小企業を支援することを目的とした改正法案を国会に提出し、昨年12月に成立後、速やかに施行しました。また、平成20年度第二次補正予算において、国の資本参加枠を2兆円から12兆円に拡大しています。金融庁では、昨年末までに全国の財務局において金融機関向けの説明会を開催し、本制度の趣旨・内容について周知・徹底を行うとともに、本制度の活用の検討について、広く積極的な呼びかけを行っているところです。
  • 第四に、自己資本比率規制の一部弾力化が挙げられます。現在の市場環境の金融仲介機能への悪影響を部分的に遮断し、金融機関の金融仲介機能を低下させないための時限的措置として、国内基準行については有価証券評価損の自己資本からの控除を停止するとともに、国際基準行については、バーゼル合意の範囲内で、国債などの信用リスクがゼロの債券の評価損益を自己資本に反映させない取扱いをオプションとして認めることとしました。
  • そして第五に、金融庁では金融円滑化に向けた金融機関に対する働きかけを行うとともに、中小企業庁とも連携しつつきめ細かい実態把握に努めています。

こうした短期的な措置に加えて、金融庁ではより中長期的な観点から規制・監督の枠組みの整備も併せて進めています。

  • 世界的な金融市場の混乱を受けて、金融庁では一昨年以来、既存の行政資源をこの問題に重点的に投入していますが、特に今回の混乱が我が国金融システムに与える影響の把握・分析に早くから取り組み、我が国の預金取扱金融機関による証券化商品の保有額・損失額を統一の基準で集計し総額ベースで公表しています。この統計の公表は、我が国の市場に対する中長期的な信頼性の向上に資するという点で効果的であったと思います。
  • また、FSF報告に先駆ける形で、証券化プロセスにおけるインセンティブの歪みを是正するため、証券化商品の原資産の追跡可能性(トレーサビリティ)を担保する措置を講じたほか、金融機関の監督におけるリスク管理や情報開示に関する着眼点を監督指針において充実させました。
  • 格付会社に関する公的規制の枠組みの検討も行っています。格付会社をめぐっては、今般の金融市場の混乱を受けて、利益相反の防止の徹底、情報開示の拡充の必要性などが指摘されています。米国では既に導入されている規制の改革が提案され、欧州連合(EU)でも規制導入の方針が決定されています。国境を越えて利用されている格付が、投資者にとって有用なものであるためには、各国において国際的に整合的な規制を導入し、協調して監督していくことが重要です。資料の14ページに概要を掲載していますが、我が国では、昨年12月に金融審議会において報告書が取りまとめられており、金融庁としては、この報告書を踏まえつつ法制化に向けた検討を行っています。
  • 更に、市場動向の把握を専門的に担当する部署を新設するなど、金融庁内の体制整備も行いました。

(2) 市場や金融機関の動き

ところで、我が国の市場と金融機関の行動を見ますと、9月のリーマン・ブラザーズ破綻以前には、サムライ債(円建て外債)市場の急拡大や、我が国のメガバンクによる海外の非日系企業への融資残高の増加といった現象が見られました。こうした傾向が続く、あるいは復活するかについて現時点で見通すことは困難ですが、潜在的には、我が国の金融システムが欧米に比べれば相対的に安定していることが注目される可能性はあるのではないかと思います。また、我が国金融機関による海外の金融機関との業務・資本提携や部門買収の事例もありました。こうした動きは、秩序だった形でのレバレッジ解消にある程度の貢献を果たしているのではないかと思います。

4.金融規制という面での我が国のユニークな立場

さて、先ほど私は、規制当局は、時に相反する政策目的を同時に追求するという宿命から逃れることができない、ということを申し上げました。これは、危機の悪影響を限定的なものにするための短期的な応急措置と、危機の再発防止という中期的な目標の実現との間で適切なバランスを図る必要があるという趣旨でしたが、我が国の場合、規制・監督枠組みの改善にはもう一つ別の側面があります。それは、我が国金融・資本市場の競争力強化を目的とした「市場強化プラン」と、「金融規制の質的向上(ベター・レギュレーション)」という、中長期的で、かつ、前向きな政策課題に、取り組んでいるということです。私が冒頭、「我が国が金融規制という面でユニークな立場にある」と申し上げたのはこのような趣旨からです。

(1) 市場強化プラン

まず、平成19年12月に策定した「市場強化プラン」は、我が国の金融市場における民間主体の活動を活性化し、我が国市場に繁栄をもたらすことを目的とした包括的な政策パッケージです。その概要については昨年の会合において説明させていただきましたが、おさらいを兼ねて改めて紹介させていただきますと、「市場強化プラン」は以下申し上げる4つの柱から成り立っています。

  • 一つ目の柱は、信頼と活力ある市場の構築です。公正さと透明性を確保しつつ、多様な資金運用・資金調達の機会を提供できるような取引の場を整備することです。ETF(上場投資信託)の多様化やプロ向け市場の創設、金融商品取引法上の課徴金制度の見直しなどが挙げられます。
  • 二つ目の柱が、金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備です。実際にビジネスを行うプレーヤーが能力を十二分に発揮できるような環境を整備することです。銀行・証券・保険の間のファイアーウォール規制の見直しや、銀行又は保険会社のグループの業務範囲の拡大などが挙げられます。
  • 三つ目の柱が、より良い規制環境の実現です。これはこの後ご説明しますベター・レギュレーションということですが、規制が時代の要請に合ったものとなるように、当局として常時心がけていくということです。
  • 四つ目の柱は、市場をめぐる周辺環境の整備ということで、専門性の高い人材の確保や都市インフラの充実を意識しています。

市場強化プランのうち法律改正を要する事項については、金融商品取引法の改正法が既に昨年6月13日に公布されています。そして、ファイアーウォール規制の見直しを除く部分は昨年12月12日に施行され、ファイアーウォール規制の見直しについては本年6月1日に施行されることとなっています。その他、法律改正を要しない事項についても着実に作業が進展しています。なお、今回のグローバルな金融市場の混乱を踏まえ、金融規制の再構築という潮流との整合性も考慮しつつ、「市場強化プラン」中に修正を要する部分があるかどうかを注意深く検証していくことも重要であると考えています。ただし現時点で基本的な方向につき修正が必要とは考えておらず、我が国市場の強化のためこのプランを着実に推進していく所存です。

(2) 金融規制の質的向上(ベター・レギュレーション)

次に、「ベター・レギュレーション」とは、規制の実効性、効率性、整合性、あるいは透明性を高めることにより、金融規制の質的向上を図るということです。金融庁では平成19年夏以降、この取組みを今後の金融行政の大きな政策課題と位置づけており、その実現に向けて以下の4つの柱を掲げています。

  • 第1の柱は、「ルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督の最適な組合せ」です。詳細なルールを設定し、それを個別事例に適用していくという「ルール・ベースの監督」と、いくつかの主要な原則を示し、それに沿った金融機関の自主的な取組みを促す「プリンシプル・ベースの監督」とを最適な形で組み合わせ、金融規制の全体としての実効性を確保することを掲げています。このために金融庁は昨年4月、金融サービス提供者との間で、プリンシプル・ベース監督の基軸となる14項目の主要原則(プリンシプル)に合意しこれを共有しています。
  • 第2の柱は、「優先課題の早期認識と効果的対応」です。金融システムに内在するリスク、将来顕在化する可能性のある大きなリスクをできるだけ早く認識し、そのような優先課題への対応のために行政資源を効果的に投入していくというアプローチです。一昨年以来の世界的な金融市場の混乱への重点的対応や、金融の円滑化に向けた予防的な観点からの取組みも、この第2の柱の文脈で捉えることができるかと思います。
  • 第3の柱は、「金融機関の自助努力の尊重と金融機関へのインセンティブ付与の重視」です。これは、個々の金融機関の取組みが結果として公共の利益や行政目的に合致する場合には、そのことが営利企業としての個々の金融機関にもメリットを及ぼすという因果関係を規制・監督の中で構築していくということです。例えば、検査結果につき段階評価を示して金融機関に経営改善に向けた動機付けを行う金融検査評定制度はこの典型例ですし、金融グループ内の利益相反防止のための自主的な規律付けの枠組みの整備を前提としたファイアーウォール規制の見直しもこれに該当する例だと思います。
  • 第4の柱は、「行政対応の透明性・予測可能性の向上」です。従来から私どもは検査・監督の枠組みの中で、金融検査マニュアルや行政処分についての考え方やルール解釈・適用に係る具体的事例の蓄積を公表しています。また、金融機関の経営に関する計数の集計・公表といったことも、我が国金融セクターのマクロ的な状況がどうであるかということを示すという意味で、透明性の向上に資する取組みであると考えています。

以上の4つの柱を意識しつつ、具体的にどんな点に力を入れて取組みを進めていくかを示すのが、「ベター・レギュレーションに向けた当面の5つの取組み」というものです。金融機関等との対話の充実、情報発信の強化、海外当局との連携強化、調査機能の強化による市場動向の的確な把握、そして、職員の資質向上ということです。金融庁では、この4つの柱と当面の5つの取組みを中心に、これまでに昨年5月と12月の2回、ベター・レギュレーションの進捗状況に関する報告書を取りまとめています。

金融規制の質的向上とは、規制を受ける側の負担にも配慮しつつ、時代遅れの規制を修正・簡素化し、あるいは金融の技術革新を阻害することのないよう気をつけながら、必要とされる規制についてはその実効性や効率性を改善していくということであり、FSF報告書に代表される、金融危機の再発防止のための規制の再構築という流れと矛盾するものではないと考えています。むしろ、私どもが平成19年夏以降推進しているベター・レギュレーションに向けた取組みは、「優先課題の早期認識と効果的対応」「市場動向の的確な把握」「海外当局との連携強化」「金融機関との対話の充実」といった点で、世界的な金融規制の再構築の動きを先取りしていたという面もあるのではないかと思います。金融庁としては、このベター・レギュレーションに向けた取組みの定着と更なる推進に引き続き努めてまいりたいと考えています。

おわりに

最後に、今回の危機を経験した世界の金融市場にあって、金融ビジネスは今後、多少変貌していくのではないかということを申し上げたいと思います。

世界の金融市場は、過剰なレバレッジ、短期的利益に偏ったインセンティブ、そして格付けへの過度の依存などを是正していく局面に立たされていると思います。そして各国の金融当局は、先ほど申し上げたように、現在進行中の危機に対処するための短期的な措置を講じつつ、FSFの提言に見られるような、規制の枠組みを再構築するための中長期的な政策を実施する必要があります。

こうした取組みが実施されれば、先ほど申し上げた「組成・転売型(originate-to-distribute)」というビジネスモデルは今後極めて高コストなものになると予想されます。このような流れの中で今後の金融ビジネスは、実体経済の活動における付加価値の創造に直結し、それをサポートする役割を中心としたものに変貌していくのではないかとも思われます。そうであるとすれば、今後金融業における競争は、実体経済における活動を円滑化し活性化していく様々な金融サービスの中から、各金融機関が得意分野を選択し競いあっていくというものになっていくことが考えられます。

こうした金融業への流れは、規模の大きな実体経済と、先進技術を持つ力強い製造業の基盤を有する我が国には、有利に働く可能性があります。また、長期的に見れば相対的に高い経済成長が今後も見込まれるアジア地域に地理的に近接しているということが、我が国の金融市場にとって好条件となるかもしれません。他方、ベター・レギュレーションに向けた取組みや「市場強化プラン」が着実に実施されることによって、我が国の金融市場が、内外の投資家や資金調達者にとってより利便性の高い市場となると同時に、そこで仲介を行う金融機関にも様々な収益機会を提供することになることが期待されます。

今回のグローバル危機の後の金融の世界がどうなるかを、現時点で確信を持って予想することはできませんが、その金融の世界において、我が国が金融センターとして国際的に存在感を有する市場となっているよう、金融庁としては引き続き努力を傾けてまいりたいと考えています。また、こうした目標の実現のためには、金融サービスを提供される方々、更には我が国経済を牽引する民間の方々のご尽力が不可欠です。魅力ある日本経済と利便性の高い金融・資本市場の構築に向けて、民間においても主体的な取組みが行われることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。

(以上)

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