平成29年4月11日
金融庁

株式会社SHIFT役員による重要事実に係る伝達に対する課徴金納付命令の決定について

金融庁は、証券取引等監視委員会から(株)SHIFT役員による重要事実に係る伝達の検査結果に基づく課徴金納付命令の勧告新しいウィンドウで開きますを受け、平成28年3月28日に審判手続開始の決定(平成27年度(判)第39号金融商品取引法違反審判事件)を行い、以後審判官3名により審判手続が行われてきましたが、今般、審判官から金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)第185条の6の規定に基づき、課徴金の納付を命ずる旨の決定案が提出されたことから、下記のとおり決定(PDF:239KB)を行いました。

1 決定の内容

被審人に対し、次のとおり課徴金を国庫に納付することを命ずる。

  • (1) 納付すべき課徴金の額 金351万円

  • (2) 納付期限 平成29年6月12日

2 事実及び理由の概要

  • 別紙のとおり


(別紙1)


(課徴金に係る金商法第178条第1項各号に掲げる事実(以下「違反事実」という。))

 被審人は、(株)SHIFT(以下「SHIFT」という。)の役員であったが、その職務に関し知った、SHIFTの属する企業集団の平成27年9月1日から平成28年8月31日までの会計期間(以下「本件会計期間」という。)の純利益について、平成27年10月8日に公表された直近の予想値(親会社株主に帰属する当期純利益2億8800万円)に比較して、SHIFTが新たに算出した予想値において、投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとなる差異が生じた旨の業務等に関する重要事実(以下「本件重要事実」という。)を、同年12月30日、広島県B市内又はその周辺において、Cに対し、SHIFTにおいて新たに算出した本件会計期間の予想値の公表がされる前にSHIFT株式の売付けをさせることによりCの損失の発生を回避させる目的をもって伝達した。
 Cは、本件重要事実の公表(以下「本件公表」という。親会社株主に帰属する当期純利益の公表値1億7800万円)がされた平成28年1月12日午後3時頃より前の同月8日午後1時2分頃から同月12日午後2時58分頃までの間、D証券株式会社を介し、SHIFT株式合計2万株を売付価額合計2061万200円で売り付けた。

(違反事実認定の補足説明)

1 争点
 被審人は、一.本件重要事実である差異が生じた時期が、平成27年12月30日以前であること、二.Cに本件重要事実を伝達したこと、三.本件公表前にSHIFT株式の売付けをさせることによりCの損失の発生を回避させる目的(以下「損失回避目的」という。)を有していたことを否認しているから、この一.ないし三.の各争点について補足して説明する(なお、違反事実のうち、その余の点については、被審人が争わない。)。

2 前提となる事実
(1) 被審人及びC
ア 被審人
 被審人は、本件当時、SHIFTの役員の地位にあった。

イ C
 Cは、被審人の高校の同級生であり、本件当時も被審人の友人であった。

(2) SHIFTにおいて公表した直近の予想値
 SHIFTは、平成27年10月8日、SHIFTの属する企業集団の本件会計期間通期の業績予想(以下「本件業績予想」という。)として、親会社株主に帰属する当期純利益(以下「純利益」という。)の予想値が2億8800万円である旨を公表した。

(3) 本件業績予想の修正が必要となったこと
ア 本件業績予想に影響した各案件
 平成27年11月以降、SHIFTにおいて進めていた、一.E社の株式を取得して子会社化する案件、及び、二.ベトナムにおいて新会社(以下「ベトナム法人」という。)を設立する案件が本件会計期間中に実現する見込みとなった。
 これらにより、E社及びベトナム法人の各財務諸表が新たに連結対象となり、ベトナム法人の設立に伴う費用の計上等を行う必要が生じた。
 上記一.の案件については、被審人が責任者となって数値の取りまとめなどをしていたが、同二.の案件については、SHIFTのFらが責任者となって事業計画を策定するなどしていた。

イ SHIFTの取締役会
 平成27年12月22日、SHIFTの取締役会が開催され、E社の株式取得及びベトナム法人の設立がそれぞれ決議されたほか、今後の業績見込みも協議事項とされた(以下「本件取締役会」という。)。

ウ 株式取得及び新会社設立の公表
 SHIFTは、同日、本件取締役会で決議した株式取得及び新会社設立をそれぞれ公表した。なお、いずれの公表においても、SHIFTの業績及び財務諸表に与える影響については、今後、明らかになった時点で開示するとされた。

(4) 被審人とCとの接触及びCのSHIFT株式の売付け
ア CのSHIFT株式の保有
 Cは、かねてSHIFT株式の取引を行っていたところ、平成27年12月22日時点で、SHIFT株式を合計2万株保有していた。

イ 被審人とCの接触
 被審人とCは、同月30日、広島県B市内で開催された高校時代の友人間での飲み会に参加し、共に飲食などをする機会があった。

ウ CのSHIFT株式の売付け
 Cは、平成28年1月8日午後1時2分頃から同月12日午後2時58分頃までの間、D証券株式会社を介し、(株)東京証券取引所において、SHIFT株式合計2万株を売付価額合計2061万200円で売り付けた。

(5) 本件公表
ア 本件公表に係る取締役会決議
 平成28年1月12日、本件業績予想の修正を公表する旨のSHIFTの取締役会決議が行われた。同決議は、会社法第370条に規定されている、いわゆる書面決議により、取締役会の決議があったものとみなされたものである。

イ 本件公表
 SHIFTは、同日、本件業績予想の修正として、純利益の予想値を1億7800万円に修正する旨を公表した(本件公表)。
 
3 争点一(差異が生じた時期)に対する判断
(1) 争点一に係る法解釈等について
ア 被審人の具体的な主張について
 金商法第166条第2項第3号は、「純利益」について、公表がされた直近の予想値に比較して、上場会社等が新たに算出した予想値において、内閣府令で定める基準に該当する差異が生じたことを業務等に関する重要事実と規定する。
 被審人は、本件重要事実である差異が生じた時期を争うところ、具体的には、上記2(2)の予想値(純利益2億8800万円)に比較して、平成27年12月30日以前に、SHIFTの取締役会において、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令第51条第3号の定める30パーセント以上の下方修正となる純利益の予想値(直近の予想値で除して得た数値が0.7以下)が算出されておらず、差異が生じていない旨を主張するものである。

イ 取締役会の新たな予想値の算出により差異が生じた場合について
 金商法が、いわゆるインサイダー取引を規制する趣旨は、上場会社等の役員や従業員など上場会社等と特別の利害関係にある者が、当該上場会社等の内部情報を一般の投資者より早く、よりよく知ることができる立場にあることに着目し、当該内部情報を不当に利用して取引を行うことを規制し、証券市場の公正性と健全性に対する投資者の信頼を確保するところにある。
 取締役会による業績予想の修正においては、新たな予想値の公表に係る決議までの間、会社の役員や従業員などによる様々な関与が考えられ、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす予想値の差異を当該利害関係にある者が知ることも当然想定される。ここで公表値の確定まで新たな予想値の算出に必要であるとすれば、調整等により数値確定に時間を費やしているような場合、当該事情も知り得る立場の役員らが内部情報を不当に利用して取引を行うことを許す結果となり、証券市場の公正性と健全性が害され、上記趣旨たる投資者の信頼が確保されない事態となってしまう。
 したがって、公表値が確定する前の段階であっても、取締役会において業績予想の修正が了承されたことをもって、新たな予想値の算出がされたとみるべきである。
 一方で、金商法は、重要事実となる差異について「投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令で定める基準に該当するものに限る。」と定めているから、同基準への該当の有無を判断する必要があるところ、取締役会において、予想値の修正公表が避けられない事態の報告がされて了承されていたり、報告等に係る予想値に幅があって同基準の前後にまたがっているような状態で了承がされていたりする場合であれば、同基準に該当する新たな予想値の算出がなされたと認めることができる。
 よって、取締役会において、上記のような報告及び了承がなされた場合には、新たな予想値の算出により差異が生じたと扱うのが相当である。

ウ 本件争点の判断対象について
 以下では、平成27年12月30日以前の本件取締役会において、上記2(2)の予想値に比較して30パーセント以上の下方修正と評価できる純利益の予想値の報告及び了承がされ、新たな予想値の算出により差異が生じたのかを検討する。

(2) 本件取締役会における本件業績予想の修正の協議について
ア 本件取締役会の議事録について
 本件取締役会の議事録(以下「本件議事録」という。)には、「協議事項1 今後の業績見込みについて」として、概要、次のとおり記録されている。
(a) 報告及び議論された内容
 議長の指名を受け、被審人より、本件議事録別添の「定時取締役会アジェンダ」(以下「本件アジェンダ」という。)のとおり、今後の業績見込みについて説明があった。
報告及び議論された内容は、次の(b)及び(C)のとおりである。
(b) 被審人の説明
 第1四半期終了時の予算乖離状況、E社取得による影響、ベトナム進出による影響を加味して2016年1月12日の決算発表時に業績予想値の修正を行いたい。
 ベトナム進出は、営業利益ベースで120百万円を押し下げるインパクトがある。
 E社については、売上で500百万円の押し上げが見込めるものの、利益ベースでのインパクトは薄い。
(C) その他の議論
 監査役より、リリースのタイミング全般について質問があり、被審人より、利益に与える影響が大きい意思決定を速やかに開示するという考えに基づき、E社取得とベトナム進出の両方について、本取締役会終了後、午後3時に開示し、2016年1月12日の第1四半期決算短信と同時に業績予想値の修正を開示する旨の説明があった。
(d) 本件アジェンダの記載
 本件アジェンダの「協議事項1」の内容を示すシートには、上記(b)と同旨の記載のほか、具体的な修正後の予想値が列挙され、SHIFT単体の予想値及び追加分並びにE社及びベトナム法人の連結分を合計した純利益の予想値(千円単位・以下、『』内の数値表示は同じ。)として『189,361』及び同予想値に係る開示済の予想値との乖離率として「-34.25%」がそれぞれ表示されている。

イ 被審人の審判段階の供述
 被審人は、本件審判期日において、陳述書の記載を援用した上、本件業績予想の修正の本件公表までに至る経過について、概要、次のとおり供述している(以下、陳述書での供述と併せて「審判供述」という。)。
(a) 本件取締役会前日の資料の共有
 平成27年12月21日朝の時点で、ベトナム法人の事業計画及び予算については、Fが同月中旬頃までに試算した荒い計画に基づくものしか存在しなかった。これを反映させた本件業績予想の修正に係る試算結果は、純利益が30パーセント以上減少するものであった。
取締役会のアジェンダは、取締役会前日の午前中までに各役員に送付することとなっていたことから、被審人は、同日10時頃、上記試算結果を記載したアジェンダ(本件アジェンダ)をサーバーにアップロードし、各役員と共有した。
(b) 本件取締役会までの修正作業
 被審人は、同日昼から、Fと共にベトナム法人の予算を修正し、社内で使用する計算シートに具体的な数値を入れて反映させる作業を行った。
その結果、ベトナム法人の営業利益は、本件アジェンダに記載した約1.2億円のマイナスから約1億円のマイナスに変更され、これに伴い純利益も約29.73パーセントの減少にとどまる予想値が得られた。
(C) 本件取締役会での議論
 今後の業績見込みの協議前にされたベトナム法人の設立に係る決議において、ベトナム法人の営業利益につき約1億円のマイナスであることを前提に議論がされた。この際、被審人は、本件業績予想の利益の着地見込みとして、適時開示が必要な30パーセント以上の下方修正とはならない旨を発言した。
 今後の業績見込みの協議においても、ベトナム法人の営業利益につき約1億円のマイナスであることが取り上げられた。同協議では、本件アジェンダに記載された数字一つ一つを意識した議論や説明はされていない。

(d) 本件公表に至るまでの経過
 上記(b)の純利益の数値は、その後も維持されており、被審人において、平成28年1月6日に当該数値をいったん確定数値と扱った。
 ところが、翌7日になって、四半期レビューのため来社した監査法人の監査チームに業績予想値の確認を依頼したところ、同監査法人からベトナム法人に計上していた繰延税金資産につき設立1年目のため見送るべきである旨の指摘を受けた。被審人らにおいても検討した結果、保守的に見積もって同繰延税金資産を計上しない方法も妥当かもしれないと考え、同指摘を受け入れることとした。
 そこで、被審人らにおいて、改めて本件業績予想の修正値を再計算したところ、純利益が約38.2パーセントの減少となる予想値となり、最終的には、当該数値で本件公表に至った。

ウ 被審人の調査段階の供述
 被審人の質問調書には、上記イと異なり、一.本件取締役会前日に開催された会議(昼食をとりながら取締役内で打合せを行うパワーランチと称する会議)において、被審人が、純利益を「189百万円」とする本件業績予想の修正に係る試算の結果とともに、業績予想の下方修正は免れない状況であるとの説明を行ったところ、各取締役からは特段の意見は出されず、二.本件取締役会でも、同旨の業績予想の修正を付議したところ、参加者から特段の異議は出ずにその場で了承されたが、三.平成28年1月4日頃になって、Fから、ベトナム法人の設立に関して当初計画より保守的に数値を積み上げるなどした結果、数値の微調整があったと連絡を受けたため、被審人において、本件業績予想の修正に反映させた上、他の役員に対し、本件取締役会で提示した数値に若干変更があったものの、業績予想の修正を公表することには変わりがないことを口頭で伝えたところ、特段意見はなく、当該微調整後の「178百万円」の数値で本件公表に至ったなどとする経過が記載されている。

エ 各供述の検討
(a) 被審人の審判供述について
 被審人は、陳述書と共に、予想値の算出に使用されたSHIFT社内のGoogleスプレッドシートの記録(以下「本件社内シート」という。)、社内のメールなどのやりとり及び社内で作成された本件取締役会の議事メモの各写しを提出している。このうち、本件社内シートの変更履歴では、本件社内シート上で、平成27年12月21日午後1時10分頃にベトナム法人の営業利益がマイナス『118,855』からマイナス『97,732』に変更され、これに伴い全体の当期純利益も翌22日までに『202,378』に変更され、変更後の各数値が、平成28年1月7日午後6時39分頃にベトナム法人の税金費用がマイナス『24,321』から『0』に変更され、この影響により全体の当期純利益が『178,057』に変更されるまでの間、概ね維持された経過が示されている。
 被審人の審判供述は、上記各証拠に合致する点が複数みられるのみならず、指定職員が提出した本件公表に係る予想値を確定させる際に参照された資料中にも「監査人指摘により、保守的に繰延税金資産を計上しないこととした」とする記載が存在するところにも沿うものである。
 このように被審人の審判供述に係る経過、ことにベトナム法人の繰延税金資産の見送りが本件公表に係る予想値に影響したことは、各資料に裏付けられているものであるから、下記(b)と異なり基本的に信用できるもので、上記イ(a)ないし(d)の経過は採用できる。
(b) 被審人の調査段階の供述について
 他方、質問調書に記載された被審人の供述をみるに、上記の指定職員提出に係る資料に繰延税金資産に関する記載があるにもかかわらず、その点については何ら説明するところはなく、本件公表に至った予想値の修正がFの予算数値の調整に基づくものであるかのように説明されているところ、当該予算数値の調整を裏付けるに足りる証拠はない。
 また、被審人が提出した本件社内シートによれば、本件取締役会の前日の昼食時間帯に本件社内シートの変更作業が行われていた可能性があることも指摘できる。このほか、被審人は、本件質問調査において、本件社内シートに記録された数値の変更過程を証券調査官に示した上で、本件業績予想の修正経過を説明した旨指摘し、一部の質問調査と重なる時間帯に本件社内シートを閲覧したことがうかがわれる履歴が残存していることを示す証拠も提出している。
 これらの各事情に照らすと、質問調書に記載された被審人の供述は、被審人の署名押印があり、かつ、被審人が信用性を争わない部分も存在することを考慮しても、被審人の説明が十分反映されなかった余地があるというべきであって、上記イに反する部分は採用しない。

オ 本件取締役会における本件業績予想の修正の報告及び了承の検討
(a) 本件取締役会における本件業績予想の修正の協議内容の検討
 上記アのとおり、本件議事録には、本件業績予想の修正に係る協議事項として、本件アジェンダに記載のとおり説明がされ、翌月の決算短信と同時に業績予想値の修正を開示する旨も説明されたと記録されているところ、これは、本件取締役会において、純利益の新たな予想値につき、『189,361』とする数値及び開示済みの予想値との乖離率として「-34.25%」とする報告がされ、これが了承されたことを示すものである。
 また、本件議事録では、本文中に利益を押し下げる要因が主に取り上げられ、これが被審人の説明内容として記録されていることからすれば、本件取締役会において、本件業績予想の利益の下方修正が主に協議されたことがうかがわれる。この点、被審人は、売上高の上方修正と合わせて、場合によっては利益の下方修正も行う可能性が議論されていたに過ぎないなどと述べるが、上記ア(b)のとおり売上高の上昇が取り上げられたことはうかがえるものの、議事録本文の記載は利益の下方修正の議論と読むのが素直というほかない。
 他方で、被審人は、審判供述において、本件取締役会以前に社内で計算された純利益の予想値につき、ベトナム法人の営業利益が約1億円のマイナスへ変更されたことに伴い約29.73パーセントの減少にとどまる内容に変更されていたものであり、当該数値こそが、本件取締役会で報告及び了承がなされた数値である旨説明する。
 そこで、関連する証拠を検討するに、本件議事録のベトナム法人の設立に係る決議事項の記録や添付資料中には、被審人の審判供述に沿う記載(ベトナム法人での2016年7月までの累積損失の見込みを1億700万円とするもの。)がみられる。また、被審人が提出した本件取締役会の議事メモには、ベトナム法人の設立に係る決議の議論中に、被審人の「今の読みなら、-29%で業績下方修正はいらないけどギリギリ」との発言記録が残存しており、本件社内シートの記載に基づくなどして、本件取締役会において、上記イ(C)のとおり、被審人が純利益の見込みにも言及したことは認められる。
 しかしながら、一方で、上記添付資料の累積損失を示す事業数値計画の説明中には、「※販管費含めコスト精査中」との記載もみられ、被審人も本件審判期日において当該精査作業が残っていたことを認める供述をしている。そうすると、ベトナム法人の営業利益やその影響については、数値が変動することを前提に説明されたことがうかがえるところであり、確定的なものとして説明されたものではなかったとみるべきである。
 また、本件取締役会の時点で共有されていた本件アジェンダについて訂正ないし修正するような説明がなされて了承されたのであれば、その旨の記載が本件議事録に残存するものと考えられ、そのまま本件アジェンダが本件議事録の添付資料とされるのみならず、議事録本文中に実際に説明したところに反する記載まで残存するとは考え難い。
 このようにみてくると、上記のベトナム法人の営業利益の見通しに伴う純利益の予想値については、社内の一試算に基づく見通しとして報告されたにとどまり、事前に共有された本件アジェンダの記載に基づく予想値を否定するものではなかったといえる。

(3) 新たな予想値の算出及び差異の検討
 上記(2)の認定事実によれば、本件取締役会において扱われた本件業績予想の修正に係る純利益について、ベトナム法人の設立の議論中に約29.73パーセントの減少にとどまる試算数値が示されたものの、事前に共有された本件アジェンダの記載も否定されないまま本件業績予想の修正が了承されたものといえ、これらの点を総合的に考慮すると、本件取締役会で了承された純利益の予想値は、幅のあるものであったと評価できる。
 そして、本件アジェンダに約34.25パーセント減少する予想値が具体的に記載されていたことからすると、本件取締役会で了承された純利益の予想値は、約29.73パーセントから約34.25パーセントの減少という幅で、内閣府令で定める基準の前後にまたがっているような状態で了承がされたものと評価できる。
 また他方で、本件公表に係る決議が書面決議によってなされており、書面決議に際して改めて純利益の数値について実質的な協議がなされた形跡もないことからすれば、実質的な最終協議の場であった本件取締役会において、すでに、適時開示として下方修正を行うことも了承されていたとみるほかなく、本件議事録の記載もこれに沿うものである。そうすると、取締役会においては、下方修正につき、予想値の修正公表が避けられない事態の報告がされて了承されていたと評価することもできる。この点、本件公表に係る予想値を確定させる際に参照された資料には、監査人の指摘による繰延税金資産の不計上に続けて、純利益の修正について、本件取締役会での「検討時よりも当期純利益の着地見込みが下がっております。」とだけ記載されており、これは利益の下方修正を公表する事態が指摘事項により初めて生じたことを示す記載とはいい難い。
 以上によれば、本件取締役会において、上記2(2)の予想値に比較して30パーセント以上の下方修正と評価できる純利益の予想値の報告及び了承がされ、新たな予想値の算出により差異が生じたといえる。

(4) 結論
 上記検討の結果によれば、本件重要事実である差異が生じた時期は、本件取締役会の時点といえ、平成27年12月30日以前であると認められる。
 
4 争点二(伝達の有無)及び三(目的の有無)に対する判断
(1) 被審人は、Cへの本件重要事実の伝達及び損失回避目的を有していたことをいずれも否認するところ、被審人から本件重要事実の伝達を受けた状況を述べるCの調査段階の供述があるから、これを検討する。

ア Cの供述内容
 Cは、調査段階において、被審人との関係及びSHIFT株式の売買について、概要、次のとおり述べている。
(a) 被審人との関係等
 被審人とは、社会人になってからも、帰省した折に飲食したり、2、3か月に一度電話する関係にあり、引き続き親しい付き合いを続けていた。
 平成17年から株取引を行っていたが、被審人と電話をした際に株取引で負けたことなどを話題にすることがあった。
(b) SHIFT株式を取引するに至った経緯
 平成23年頃に被審人がSHIFTに転職したことを聞き、その後、ホームページなどにより被審人が役員となったことを知った。その後、平成26年にSHIFT株式が上場したことも知り、同株式を購入したいと思っていたが、上場後に株価が上昇したためいったん買付けを諦めた。
 そうしたところ、同年の年末か平成27年の年始に、被審人を含めた高校時代の友人と広島県B市内の居酒屋で飲食することとなり、その際上場して間もないSHIFTの話となったところ、被審人から、SHIFTにおいて株式分割を予定していることを聞いた。
 それまでの株取引の経験で株式分割後は株価が上昇すると理解していたことから、被審人からの確実な情報でSHIFT株式が上昇すると考えた。
 また、被審人にSHIFT株式の購入時期を尋ねたところ、「来週中に買えば間に合うよ」との答えを得た。
 SHIFTの役員である被審人が言う以上、株式分割は確実だと思ったため、思い切ってSHIFT株式を1000万円程度買うことにしたが、その当時、証券口座の現金残高では購入資金が無かったため、信用取引でSHIFT株式を買い建てることにした。
 その後、SHIFT株式の株価をチェックすると、株価が値下がり傾向であることがわかった。
 そこで、被審人から聞いた買付期限である同年1月9日まで購入の機会をうかがったが、買い建てるタイミングをつかめないまま期限を迎えてしまった。確実に株式分割の公表があり、株価が上がると確信していたため、同日、信用取引により、SHIFT株式2000株を成行で買い建てる発注を行い、合計1035万円で買い付けた。買付け後に、株式分割の公表を確認した。
 この際購入した同株式は、同年3月26日までに分割後のものを含めて全て売却し、これにより350万円くらいの利益を得ることができた。
 これ以降、SHIFT株式を取引するようになった。
(c) 本件のSHIFT株式売却に至る経緯
 平成27年の年末にも、被審人を含めた高校時代の友人と広島県B市内の居酒屋で飲食し、その帰りに友人が運転する自動車の車内だったと思うが、被審人にSHIFTの会社の状況及び次の決算発表のことを尋ねたところ、被審人から、「良いっちゃいいし、悪いっちゃ悪い」などと中途半端な答えを聞いた。そこで、当該発言の真意を聞いたところ、売上はいいが、M&Aの案件で想定よりも費用がかさんで、利益が下がってしまう旨の答えを得た。
 これだけでは売買の判断がつかなかったため、被審人に、SHIFT株式について、端的に「そのまま持っておくのがいいのか、売っちゃった方がいいのか、どっちかな」と聞くと、被審人から「売った方がいいんじゃない」との答えがあった。
 この話を聞いて、役員である被審人が「売った方がいい」というくらいだから、次の決算で利益が相当に下がるのだろうと思い、そんな決算が公表されれば株価は下がると思い、売却を決めた。
 その後、SHIFTの決算発表日である平成28年1月12日の直前までにできるだけ高い価格で売却するべく、SHIFT株式の株価をチェックした上、同月8日から12日にかけて、売買が成立しそうな株数で複数回に分けて売り注文を出し、保有していたSHIFT株式合計2万株を約2061万円で売却できた。売却後に、SHIFTの決算発表を確認した。

イ Cの供述の信用性
 Cの上記アの各供述は、本件当時、SHIFTに勤務しておらず(上記2(1)イ)、業務上同社の内部情報を知り得ないと考えられるCが、関係各証拠により認められるタイミングで同社株式の売買を行った理由を合理的に説明するものとなっている。また、同供述は、C自身の課徴金調査の中で述べられたものであり、自らが情報受領者として内部者取引を行ったことを認める不利益な供述をするものである。加えて、Cには、ことさら被審人を巻き込んで虚偽の供述をする理由も、上記3(2)エ(b)で検討したような、供述者の具体的な説明を取り上げなかった部分があるとうかがわれる事情も見当たらない。
 これらの事情に照らせば、Cの上記供述は、基本的に信用できるものである。

ウ したがって、Cの供述に係る上記アの各経過等が認定できる。

(2) 争点二の検討
 上記2(4)イ及び上記4(1)の認定事実によれば、被審人において、平成27年12月30日、Cに対し、本件重要事実を伝達したことが認められる。

(3) 争点三の検討
ア 上記(1)の認定事実に基づく検討
 被審人は、Cが株取引を行っていることを知っていながら、同人に対し、本件以前にも、SHIFTの株式分割の予定を伝えた上、購入時期まで示唆したことがあり、この時点で、Cが売買差益を得るためにSHIFT株式の取引を行うことをすでに容認していたものといえる。
 また、本件において、被審人は、本件重要事実を伝達したのみならず、Cから、「そのまま持っておくのがいいのか、売っちゃった方がいいのか、どっちかな」と、SHIFT株式の保有を前提とした売却の是非の意見を求められたのに対し、「売った方がいい」などとして売却を推奨したものである。なお、被審人は、SHIFTの役員であったのであるから、当該立場を会話の状況などから推知しているCにおいて、業績予想の修正に係る自らの発言が相応の重みをもって受け止められることも当然認識していたというべきである。
 このような被審人とCとのSHIFT株式取引に係る関係性等をみると、被審人において、本件重要事実を伝達した時点で、Cの保有株式につき、同人の取引を抽象的に容認していたにとどまらず、本件公表までのCの具体的な取引を想定していたというべきであるから、当該事実の伝達により、Cの損失の発生を回避させる意図があったことが推認でき、ひいては損失回避目的も推認できる。

イ したがって、被審人において損失回避目的を有していたことが認められる。

(4) 結論
 上記検討の結果によれば、被審人がCに本件重要事実を伝達したこと(争点二)、損失回避目的を有していたこと(争点三)がそれぞれ認定できる。

5 結論
 以上によれば、本件重要事実である差異が生じた時期は、平成27年12月30日以前であると認められ(上記3)、被審人がCに本件重要事実を伝達したこと、及び、損失回避目的を有していたことも認められる(上記4)。


(別紙2)


(課徴金の計算の基礎)
別紙1に掲げる事実につき
 
(1) 金商法第175条の2第1項第3号の規定により、当該違反行為により当該情報受領者が行った当該売付けによって得た利得相当額に2分の1を乗じて得た額。
利得相当額とは、同条第3項第1号の規定により、情報受領者が特定有価証券等の売付けをした場合、当該特定有価証券等の売付けをした価格にその数量を乗じて得た額から当該特定有価証券等の売付けについて業務等に関する重要事実の公表がされた後2週間における最も低い価格に当該特定有価証券等の売付けの数量を乗じて得た額を控除した額。
{(1,000円×1,100株+1,001円×400株+1,002円×200株
+1,003円×100株+1,005円×1,200株+1,015円×800株
+1,016円×300株+1,018円×100株+1,019円×400株
+1,020円×100株+1,021円×300株+1,026円×1,800株
+1,027円×1,600株+1,029円×100株+1,030円×100株
+1,031円×400株+1,035円×1,000株+1,038円×2,000株
+1,040円×2,000株+1,041円×300株+1,042円×1,100株
+1,043円×300株+1,045円×1,200株+1,046円×1,800株
+1,047円×1,300株)-(679円×20,000株)}×1/2
= 3,515,100円
 
(2) 金商法第176条第2項の規定により、上記(1)で計算した額の1万円未満の端数を切り捨て、3,510,000円。
 

お問い合わせ先

総務企画局総務課審判手続室

03-3506-6000(代表)(内線2398、2404)

サイトマップ

ページの先頭に戻る