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会計監査の在り方に関する懇談会(第1回)議事要旨

1.日時:

平成27年10月6日(火)15時00分~17時00分

2.場所:

中央合同庁舎第7号館 13階 共用第1特別会議室

3.議題:

今後の会計監査の在り方について

4.議事内容:

座長の挨拶、事務局によるメンバー紹介等に続いて行われた議論の要旨は以下のとおり。

  • まずは質問がある。製造業などにおける製造委託先に対する部品の有償支給に関して、売上が原価に対して何倍にもなっている取引がある場合に、監査人から何も指摘がないということがなぜ起こるのかがよく分からない。監査人の判断の基準について少し伺いたい。

    また、原価の配分について、業績が悪いと原価を先送りしようとか、業績がいいときにはむしろ前倒しで原価を計上しておこうといったことが、一般的に必ずしも行われていないわけではないとの話も聞く。このようなことに対して、監査人がどのような考え方を持っているのか。どのような基準に基づいて判断されているのかという点についても、確認させていただきたい。

    ここから先は意見であるが、3点ある。組織ぐるみ、経営者ぐるみで不正が行われた場合にはとても発見できないということを監査人の方々は仰る。一方で、マーケットでは、そういうことでは監査人としての責務を果たしていないのではないかとの指摘もまたなされている。本当に監査は役立っているのかという厳しい見方をする向きすらあると思う。

    しかし、監査人だけに責任を求めても実際に対応できるのかという疑問も残る。むしろ経営者や組織ぐるみの不正であった場合には、経営者又は会社に対して相応のサンクションを設定しておくという、別の面からの手当も必要ではないかと思う。以上が1点目である。

    2点目は、第三者の眼に関連して、監査法人に対する通常の検査について、公認会計士・監査審査会では現在、公認会計士協会のレビューを見るという間接検査が中心になっている。問題は、間接であるということに加え、実際に見るタイミングも遅いという点にある。直接的なレビューも実施できるような体制も必要なのではないか。

    最後に、これも第三者の眼に当たるが、監査法人のローテーションについて、海外ではまだ、ヨーロッパを除くとアメリカでも導入されていないとのことであるが、各監査法人で監査の方法は違うということを踏まえると、期間等については細かく詰める必要があるものの、監査法人のローテーションの是非についてもここで議論していくべきではないか。

  • 監査の信頼性は、一企業だけではなく、市場、そして日本経済にも影響することから非常に重要であり、監査も社会制度の1つだという見方がグローバルでも広がっている。国際監査・保証基準審議会でも公認会計士協会でもフレームワークというものを出しているが、監査を単に企業、あるいは監査人のものと捉えるのではなく、信頼性ある財務情報を支える財務報告サプライチェーンという考え方に基づいて、監査がどうあるべきなのかということを検討すべきではないかという提案が出ているところである。

    財務諸表の作成者、利用者、監査人、取引所、規制当局といった関係者が集まって、どういった監査が必要なのかを議論していくことが望ましいのではないかと考えている。監査の信頼性に懸念があるということは、監査がある意味では弱いと言われているのではないかと思う。監査を行う当事者がしっかりしなくてはならないのは当然であるが、財務報告サプライチェーンの中でどうやって監査を強くしていくのかという視点も必要と考えている。個別論点については別途幾つか申し上げたいと思うが、そのような視点で何かいいものが提案できればと考えている。

  • 経営ぐるみというか、会社ぐるみの不正というのは十分あり得ることである。会社ぐるみになると、よほど勇気のある人がいないと防止できないということだと思う。したがって、その上で誰がその防波堤になれるかと言えば、私は会計監査人しかいないのではないかと思っている。会計監査の問題はそのようなきちんとした位置付けで議論しなければならないのではないか。会計監査がラストリゾートだという観点から見て、会計監査は本当に十分なのかということを議論することが今回の大きな目的だということを申し上げておきたい。

    もう1つ、例のエンロン事件を契機にして、大変な精力をかけて内部統制報告制度を導入し、企業でも大変な出費をしたと思うが、この制度がどうして機能しなかったのかということは大変重要な観点ではないかと思うので、是非検討課題にしていただきたい。

    会計監査がラストリゾートだと言ったが会計監査人はすべからく経営者の方を全部向いているというのが個人的な印象であり、形式的には色々な歯止めがかかっている中で、執行追随という実態がなぜ起こるのかをきちんと検証することが大事なのではないかと思う。

    また、内部統制に関して言うと、会社が組織ぐるみで不正を行うと、会計監査では全く分からないと言われるが、分からないはずがない。工事進行基準にしても、在庫の評価にしても、全てリスク・アプローチで想定される伝統的な論点で、内部統制で全く分からなかったということが平然と言われること自体が大問題であると思っている。

    工事進行基準に関して言えば、工事1つ1つがどんな状況であるかについて、会社の中の工程会議等で刻々議論・報告されているわけであり、これが会計監査で分からないというのであれば、もう会計監査を全てやめたらいいのではないかと思うほどである。したがって、内部統制報告制度がどうして機能しないのかということを是非検討していただきたいというのが希望である。

  • 本懇談会の中でも制度的な対応について議論していくのであろうが、過去15年から20年の色々な会計不正を見ていくと、損失の飛ばしや、売上の早期計上、資産の過大計上等、いくつかのパターンがあると思う。これらへの監査側の対応として一番大切なのは、事業リスクに対応した形で、金額の重要性も加味した上で監査リスクを識別し、それにどう対応するのかということであり、実務はおそらくここに尽きるであろう。それに対して制度の側では、リスク・アプローチが重視され、最近では不正リスク対応基準も制定された。個人的にはこれは非常にいい基準を作っていただいたと思っているが、そこの踏み込みが実務サイドではまだ少し足りないのではないかという感じを持っている。

    企業のビジネスを見て、会計上、どの部分が重要な領域、リスクがある領域として監査の対象にしなければいけないかという議論をどれくらい深くやるか。全体を見て重要なものを漏らさずしっかり識別するというプロセスが監査ではキーになるところであり、監査人はそこについてより一層の努力をしていく必要があるのではないかという感じを持っている。

    ただ、会計不正があると、監査人の監査のやり方に全てフォーカスが向いてしまう傾向があるが、巨大な企業を監査していて、内部統制にも依拠しているわけであるから、正しい決算書を世の中に出すということは、会計監査人だけが使命としてやらなくてはならないことではなく、もちろん財務諸表をつくる企業もそうであるし、企業の中で様々な活動を監視する監査役も重要な役割を果たすであろうし、株主・投資家の眼も大事だと思う。

    そういう意味で、例えば会計監査人がリスクをどう識別し、どう対応していくかについて最初に議論するのは監査役だと思うので、企業を見ている監査役の眼で、監査人の識別したリスク、対応する監査手続について意見を言う、議論することは非常に大切だと思う。幾つかの企業ではそれはできていると思うが、まだまだできていない実態があるように感じている。

    それから、もう1つ実務をやっているときに感じたことは、過去の不適切会計というものを見ると、内部統制というものが必ず出てくるが、どういう部分の内部統制が主に問題になるかというと、いわゆるマネジメントのオーバーライドである。マネジメントの下に形成された内部統制組織は有効に機能しており、然るべき報告が上がってきたが、最終的なマネジメントの判断がそれと違う方向に行ったというケースが非常に多いように思う。

    現在の内部統制報告制度は、狭義の内部統制だけではなく、マネジメントのオーバーライドを監視する監査役の監視機能、取締役会の監視機能も含めた制度になっていると理解しているので、この部分についても内部統制がきちんと整備されて、運用もできているかというチェックをしなければならないはずである。ただ、実務を見てみると、必ずしも数多く見たわけではないが、いわゆるガバナンスに相当するとも思える内部統制の部分、取締役会・監査役の監視機能といった点について、内部統制のデザインはされているとは思うが、本当に機能しているかという整備・運用状況のチェックが果たして十分行われているだろうかと。誰がチェックしているのだろうかと。会社側の、例えば内部監査室でそれがチェックできるのであろうかと。このようなところは実務をしていて、非常に疑問に思うところである。

    そういう意味で、制度の議論も大事だと思うが、監査が、世の中が想定したような、期待に応えられるようなやり方になっているのかについて今一度考える必要があるのではないか。それは監査人が一番考えなくてはならないが、ステークホルダーも一緒になって、特に監査役が実効性のある監査を推進できるように、もっと踏み込んで実際にアクションが起こせるような何らかのガイドラインのようなものが出ていけば、少し実務が動くのではないかと思う。

  • 総論的なことを2点ほど申し上げたい。

    現在、不正事案があったので何かしなければならないという話になっており、当然、色々な方策を検討していかなければならないだろうと思う。ただ、不正というものを世の中からなくすことはできないのであって、どんなに制度を整備しても不正というのは確率的に出てくるわけである。そのため、それをどの程度押さえ込むかということは、基本的にはコスト・ベネフィットの観点に依存すると思う。

    例えば、現在の内部監査制度がなぜ機能しなかったかを十分チェックをする前に新しい制度を考えても、結局コストばかり増えて、ベネフィットに見合わないということは十分にあり得るので、常にコスト・ベネフィットの観点を見失わないということは大事だろうと思っている。それが1点である。

    もう1点は、監査の前提となる会計基準が監査にとってあまり居心地のよくない基準になっている可能性があるということである。この点は、そもそも会計情報の開示は一体何のためにあるのかということまで遡って十分考える必要があると思う。

    会計情報とは、基本的には、投資家に対して情報優位にある経営者による事実の開示であり、将来どうなるかという予測については、経営者は必ずしも投資家に対して情報優位にあるわけではない。本来、将来の予想は投資家の役割であって、情報を開示する経営者の役割は、事実をどう開示するかということだと思う。事実を開示する上で、最近は見積りの要素が多く入ってきていて、それが必要なことは言を待たないが、その際、事実を開示するのに必要な見積りと将来の予測のために必要な見積りを分けて考えるべきだと思う。その上で、監査が可能な見積りと監査できない見積りは分けて考えるべきであり、開示制度上は、事実の開示に必要な見積りで、かつ、監査が可能なものに限って基準を考えていくべきだろうと思う。

    例えば工事進行基準についてみると、従来、日本では工事進行基準と工事完成基準を選択適用していたところ、国際会計基準審議会(以下「IASB」という)の動向を受けて進行基準を原則化したが、その後にIASBが進行基準へのこだわりを捨ててしまった。進行基準では通常、進捗度を請負価格に掛けて収益認識をするが、進捗度を便宜的にコストの見積り総額に対する実際の発生コストの割合で決めている。そうすると、将来のコストを楽観的に見積もれば、進捗度は上がってくるわけであり、収益認識を早めようと思えば操作ができる仕組みである。将来のコストの見積りについて、仮に監査人が多少疑義を持って問題提起をしても、会社のより専門的な方からこれで行けると言われたら、やはり対抗できないだろうと思う。それは監査にとって非常に居心地の悪い基準だと思う。

    そういった意味では、監査のしやすさというか、少なくとも監査の不可能でない会計基準というものを同時に考えていかないと、このような問題は今後もますます起こるであろう。

  • アメリカでは1930年代から証券市場における会計監査が始まり、日本では戦後の証券取引法の下で始まったわけで、時間を考えると、もう半世紀を優に超えている。ただ、これまでの歴史を振り返ると、20世紀までの会計監査環境と21世紀以降の会計監査環境は、パラダイムの転換が起きているのではないかと思うほどに劇的な変化を感じている。

    その象徴的な出来事はまさに2001年のエンロン事件である。日本では例えばカネボウや日興コーディアルといった問題があったが、辿っていくと、恐らく同じ原因を秘めているのではないか。20世紀までの監査は手書き証拠の入手とまでは言わないまでも、マンパワーを投入して試査による監査を行ってきた。特に日本の場合は、戦後、企業の内部統制が有効に機能していることを大前提に試査という一部抜取り検査が採用されてきているが、不正は結局なくならない。海外を見ても皆同じ悩みを持っている。

    そのため日本の場合では、公認会計士法の改正、監査基準の矢継ぎ早での改訂、不正リスク対応基準の制定といった対応がとられてきた。これらを全部まとめて考えると、もう法律や基準の上での規制は飽和状態になっているのではないかと思う。内部統制の議論でもよく言われるように、器はできているが、そこにきっちりと魂が入らない。それはおそらく関与会計士の力量ということになるのかもしれない。

    先に結論を申し上げると、高度化し複雑化する経済環境の下での会計監査の場合、特に今求められているように、ディスクロージャー制度におけるアンカーとも称される役割を担うための会計監査人は、やはり子供では務まらないということである。経験豊かな熟練の大人、それも企業活動やビジネスに長けた、そういった感覚を持った大人でないと駄目である。更に、新たな環境の変化の中において、感性というか感度が鈍くないことも必要だろうと思う。そうなると、当然ながらある一定の年齢的なものもあるかもしれない。あるいはそういった会計監査人を輩出するための教育プロセス、更に言えば試験制度、教育訓練等の仕組みを包括的に見直す必要があると思う。

    特に日本の現行の会計士試験制度は誰でも受験できるような制度になっており、十代の合格者も出てきている。そのような試験に強い若者を否定するわけではないが、やはりきちんとした教養やビジネス感覚があり、一定の社会常識を備えていなければ、企業のミドルレベル以上の方達と丁々発止の議論はできない。特に経営トップの方とそれなりの議論を重ねていくためには、年齢だけではないと思うが、それなりの知見と知識がなければ相手にしてもらえないのではないか。財務、経理を担当される上場会社の方々の中には、非常に優秀な方がおられる。少し言葉は悪いが、そういった方々が、5、6年程度の経験の会計士を手玉にとるのは簡単なことではないかという気がする。

    したがって、やはり経験豊かな、あるいは様々なバックグラウンドを持った監査人を輩出するような世界にしないと、やはりこの流れは変わらないだろう。日本では、会計士試験制度の変更により、2007年から2009年頃に大量合格者が出た。しかしそうした合格者について監査法人の方で吸収しきれないという事情もあり、多数の未就職者問題が発生した。その後は受験生の数が激減し、今はもうかつての3分の1程度の1万人程度となっている。どの世界もそうであるが、ボリュームが減れば、質に影響が出る。

    エンロン事件の場合、あの優秀なアーサー・アンダーセン会計事務所の会計士が担当していたにもかかわらず、なぜ不正を見逃してしまったのか。色々な理由があると思われるが、彼らのバックグラウンドを考えてみると、現場責任者になった40代の会計士たちの20年前は1980年代。この時代は、アメリカはまさに会計士受難の時代だった。訴訟の嵐の中で責めを問われ、会計監査業界に対する信頼が一気に失墜したため、会計士を目指す受験生が激減した時期である。アメリカではビジネスの世界で成功したい者の多くは、会計士資格を取ることで、会計事務所で働くというよりも、会計知識を持って活躍したいということから、以前より会計士は人気もあり、また、レベルも高い。社会からの尊敬の念も高い。だから多くの学生たちが勉強するのだが、80年前後のときには、それが地に落ちた。そのため、優秀な若い人たちが受験しなくなり、受験生が激減した。そのときの試験合格者については、これも言葉は悪いが、必ずしも優秀でない者が多く受かっている。それから20年後、これがエンロン事件を引き起こしたのではないかということがまことしやかに言われている記事を読んだことがある。

    日本では大量合格者が出て、残念だが、全体的に会計士の質に影響が出ていると思う。そして、大量の合格者の就職を受け入れるために、各監査法人において熟練の会計士の方々が監査事務所を離れているといった話がある。したがって、教育・指導に当たるべき経験豊富な会計士が少ししかおらず、逆に指導を受けなくてはならない未熟な会計士がたくさんいる。そして、後者の方々の質が高いのであれば良いのだが、必ずしもそうではないような状況が見て取れるわけである。そうなると、2007年頃に合格して、会計士になっている方は、今はもう7、8年の経験を積んで、おそらく現場の主査ぐらいになっている可能性がある。そういう人たちが、超一流企業と呼ばれている会社の財務、経理といった心臓部に当たるような部署に関わる業務を担当するときに、少し疑念ないし不安がある、何か変だなと思っても、本当に対等ないしはそれ以上に会社の方達と議論ができるだろうか。私は大いに不安を感じている。

    したがって、その辺を解決していかないといけない。1つの例として、21世紀以降、監査基準の中で最も強調されてきたのは、いわゆる精神論に近い考えである。つまり、プロフェッショナリズムの根源にある独立性と懐疑心の保持、まさに精神論である。実査ないしは立会といった必要な監査手続を実施することは当然であり、やらない人はいないが、それをどこまでリスク感覚を持ってやるのか。監査人は監査上のリスクをどのように認識しているのか、その背後にあるビジネスリスクについてはどのように評価しているのか、これが理解できなければ、通り一遍の形式的な監査に過ぎず、一定の監査調書を作り上げて監査が終わっているといった状況が見て取れるのではないかなという気がする。是非今一度、日本における監査人の養成はいかにあるべきか、ということを議論の対象としていただきたい。

    先ほどから内部統制の話が出ているが、その構成要素の1番目に統制環境がある。これはまさにトップの姿勢の在り方である。ここをどのように評価するかは非常に定性的な議論で、難しいわけだが、トップの方を目の前にして、「御社の内部統制にはここに弱点がある、ここがやはり問題ではないか」ということを外部の監査人として言えるためには、やはりそれ相応の立場にいなければ駄目ではないかという気がする。そこにメスを入れて、本当の意味で、内部統制の原点に立ち返って、整備及び運用に係る有効性の評価のための対応策を講じる必要があると思う。

    必ずしも、内部統制の報告制度が機能していないとは思っていない。内部統制というものと、よく言われているコーポレートガバナンスというのがどういう関係にあるか、これは学術的にも様々な議論があるが、少なくとも我々はコーポレートガバナンスという会社全体の仕組み、規律付けの中核をなしているのが内部統制だと言っているわけである。そして当然ながら、内部統制の所有者、責任者は経営者である。したがって、そこに焦点を当てた評価をしなければ、内部統制が本当に評価されたことにはならないわけで、その辺りは強調してもし過ぎないと思うので、できれば基準というか、実戦レベルでの見直しはあっていいのかなという気がする。

  • 公認会計士の力量に関しては、それぞれのポジションに応じて、本来の責務を果たしているのか、監査のための質的な専門性がきちんと備わっているのか、あるいはチームをまとめる指導力があるのかといった問題が問われているのではないか。監査法人のマネジメントについても、民間企業であるのでしっかりした経営基盤は必要ではあるが、監査証明をきちんと行うためにどのようなマネジメントの仕組みが必要なのかということが問われているのだと思う。

    会計監査の手法についても、平成3年に監査基準がリスク・アプローチに変わって、もう既に24年経っている。確かにパソコンを使う等しており、ITを活用していないとは言えないが、仕組み自体はほとんど変わっていない。リスクを特定してテストベースで監査を行うことについて言えば、企業の環境が変わるということは、監査環境が変わっているということで、例えばグローバル化が中堅企業でも進んでいる状況では、各国でそれぞれ取引があるということになる。そうすると、各国でそれぞれ商慣習があり、そのもとで企業活動が進められ、ブッキングが行われるわけであり、更に事業の仕組みを作るスピードが大変早くなってきて、M&Aなども行われている中で、事業も昔のように、例えば1つの工場を持って、ずっと同じ製品を作って売っていく、そのような仕組みの企業というのはだんだん少なくなってきている。そうすると、リスク・アプローチといったときに、では何がリスクなのか。以前は通例の取引でないものは異常取引で、これはリスクだということで、全部押し並べて見ていたということであったが、現状においてはかなりの取引が異常取引になるということだと、なかなかリスク・アプローチの考え方が全ての企業に当てはまらなくなってきているのではないか。

    現在、ITを駆使した取引の全件チェックといった手法について検討が進められているところであり、国際監査基準ではまだそういったものは出ていないのでかなり踏み込んだ議論にはなるが、こうした手法も検討しなければならない環境になってきているのではないか。この懇談会でも環境の変化に対応する監査とはどういうものなのかというところに知恵を出していきたいと思う。

    第三者の眼について、公認会計士・監査審査会の検査が間接的であるとされているが、これは一次的には、公認会計士協会による品質管理レビューが行われており、これも第三者の眼だという認識を持っている。品質管理レビューについても適宜改善が加えられているところであり、第三者の眼というところに公認会計士協会の品質管理レビューも考えていただきたいと思う。

    また、企業のガバナンスの問題が非常に大きいと思う。情報開示の信頼性は、作成責任と監査責任という二重責任の下で保たれているわけであり、企業がしっかりと作成責任を果たすということを徹底していくことも必要である。その点、コーポレートガバナンス・コードには説明責任の重視、そのために情報開示が重要であるということが明記されている。更に、監査の責務は企業に対してではなく、投資家、株主に対して負うものだということを監査人はもちろん十分認識しているが、企業もそれを理解・認識しなければならない。その前提に立って、適正な監査を実施できる体制を整備しなければならないということで、補充原則も設けられているところである。ここは是非これから徹底していくべき点であると考えている。

    ここで監査の現場についてお話したいが、基準がかなり飽和状態になっている、あるいは何か事故があると要求事項がどんどん積み重ねられていくということで、手続的に増えているのが実態だと思う。特に期末の監査の手続が増大している中、決められた決算期間の中で監査を終えるのが普通の対応であるので、期末の監査に相当の負荷がかかっているということになると思う。この監査の環境についても、是非議論していただきたいと考えている。

    例えば株主総会の日程の問題や、あるいは、日本では3つの制度に基づく開示があるわけで、この辺の整理も重要な問題であり、そういったところへの対応も期末の開示の負担、それに対応する監査の負担の緩和、質の改善に繋がっていくのではないかと考えている。

    いずれにしても、現在、監査の環境がどのようになっているのか、どのような実態なのかというところもしっかりとこの場で議論して、本来求められる、ある意味では社会の仕組みとしての監査を強くしていくという対応が必要なのではないかと考えている。

  • 世の中のビジネス環境が激変して、色々な事業の対応が出てきていて、全てが特殊な事項だということで、監査が非常に難しくなっているという話があったが、私の理解では、大体予測できるようなことばかりが起きているのではないかと思っている。例えば製造業では典型的にどこにリスクがあって、何が起こりそうだというのは大体想像ができる。あるいは金融業のようなところでも、どういうところに問題があって、どういう問題が起こりそうだというのは、ほぼ予測ができるのではないか。それが本当の意味でリスク・アプローチの下きちんと会計監査ができているということだと思う。世の中で特殊事項が増えてきて、対応が大変だから少し幅広く物事を考えていこうというのは、アプローチとして、今回の趣旨にそぐわないのではないかと思う。

    コーポレートガバナンスの問題が先ほどから出ているが、ここで取り扱うのは違うのではないか。コーポレートガバナンスの問題は確かにあり、会社ぐるみで不正が公然と行われる、しかも名門会社で行われるとの話があるが、これを会計監査という立場で考えると、適正意見を書かない、なぜなら理由はこうだと言えば済む話である。本当に仁王立ちになって、会計監査を機能させるということがなぜできないのかということにフォーカスして議論すべきなのではないかと思う。

    それから、監査人が大変忙しい、特に期末は日程に迫られて多くの問題が出てくるとのことだが、確かにそういう側面はあると思う。ここをどう考えるかということが1つあると思う一方で、これは極端な議論だと思うが、監査計画の段階を含めて、会計監査は、ある意味、どうでもいいようなことばかりを随分、細々とやっているのではないかという印象を持っている。監査報酬は監査計画に基づいて決まるわけだが、監査計画を作成する段階でも、どうでもいいようなことをたくさん並べて、時間がこんなにかかるのだということで監査報酬が決まっているのではないか。

    極端に言っているので、誤解のないようにしてもらいたいが、例えば工事1つ1つについて工事進行基準をどうするか、事業資産を取得したときにどうするか、在庫の評価をどうするかといったことについて、監査計画の段階できちんと絞り込み、焦点を当てたリスク・アプローチを実施して、肝心なところだけをしっかりやることが重要である。どうでもいいことに時間をかけてやっていても、監査上、色々な指摘があった試しはほとんどない。ところが企業はこれを嫌がると思う。そんな監査計画は認めないと、執行の方から相当圧力がかかることになる。しかし、極端に言えば、今回はこの部分に焦点を絞ってやるのだと、あとの細かいことはもういいというぐらいの議論をしないと、通常やっていることをだらだらやって、一定の監査報酬をもらっているということなのではないかと思う。そこはいかにメリハリをつけるかということを真剣に議論してもらいたい。

  • 関与会計士の力量はものすごく大事だと思う。要は、市場を守る責務をきちんと果たせるのかどうかというのが一番大きなところである。何か問題があったときには不適正意見を書かなければならないということではあるが、そういう力量のある会計士が少なくなっているのではないのかという疑問が今、持たれているわけであり、これにどう対応したらいいのか。単に公認会計士を総入替えすればいいという話ではないので、どうしたらいいのかというのが1つあるのだと思う。

    また、重点に絞ってリスク・アプローチを徹底するというのは、そのとおりだと思う。ただ、監査基準の中で決められている要求事項というのは、監査手続上、ある意味では義務になっているわけで、それをこなしていかなければならないという現場の実務がある。その点についても、重要なところだけフォーカスして、後から手続をやっていなかったと言われないようにする体制をどうしたらいいのか。今、公認会計士協会の品質管理レビューにおいても焦点を絞って実施するといった対応がなされているが、そういう体制が必要なのではないかということだと思う。そういった環境をどのように作っていくのかを議論することもこの懇談会の役割なのではないかと考えている。

  • 残念だが、世の中から不正をなくすことはできないとよく言われているし、研究でもそういう指摘がある。したがって、不正の問題を取り扱うときには、摘発・発見を効果的・効率的に行うということではなく、いかに不正を抑止・防止するのか、そのためにどういう対応が必要なのかを考えることが必要。ただ、それでも、不正は起きるので、そのときに早い段階で芽を摘むということも不正対策の中にあると思う。

    情報開示の一翼を担う監査人として、企業サイドに対して、社会の信頼、マーケットの信用を失墜させるような事案は高くつくということ、企業の存続可能性にも影響を及ぼすということを堂々と言えるのかどうかが重要だと思う。そうした視点を等閑視して、不正が起きているのか否かを細かく詮索しても限界があるわけで、なかなか社会の期待に応えることはできないのではないか。

    そういう意味でも、監査人はそれなりの知見を備えて、社会的な信頼、評価、さらには、尊敬を受けるような立場に立つことが必要であり、少なくとも業務執行社員は相応のレベルの資質を備えていなければ務まらないのではないかという気がする。ただ、それを支えているメンバーがその意を酌み取ってきちんとできるかについては、必ずしも十分な基礎教育ができていないような会計士がいた場合、無理であろうと思う。やはり、この際、国際標準に則った試験制度及び確立した教育訓練の導入について、再度の見直しを考えていただきたいと思う。

    不正の問題は海外でも、特に監査人にとって重要テーマになっている。ある論文について紹介すると、どういう監査人であれば不正を見抜く力があるのかについての実験データで検証の結果、最初から会計事務所に勤務して監査人になって、視野の狭い監査対応だけをやってきた人はなかなか見抜く力はないだろうとされている。年数を積んでくれば、あるいは色々な業種の監査などを経験すれば分かるのかもしれないが、やはり事業会社に身を置いたとか、あるいはそれを外できちんと見てきたとか、ビジネスに長けた人、そういった人たちが数年経って、実力をつけて会計事務所に戻ってくると、結構不正を見抜く力があるとのことである。こういった監査人をブーメラン監査人というそうで、このような研究成果もある。

    日本では業務補助等の制度があるが、試験合格直後の会計士の卵に対して、監査、監査、監査と言っているだけであって、必ずしも幅のある監査人としての実力を高めることには繋がってこないのではないか。その点で、以前公認会計士の人数を増やすという議論がなされたときに、経営や財務の実務家を再雇用、再登用することは、非常にいいことだと思っていた。ただ、実際の会計士試験はペーパー試験ということもあってなかなかうまく現実的に対応できなかったが、この辺ももう一度見直しを行い、提言だけでもあればと考えている。

    気概・矜持のある監査人であるために、諸外国の例で、倫理の本が教えるところとして、クライアントから倫理に反するような行動ないしは活動を要請された場合、もっと言えば、不正を黙認してくれと言われた場合に、何をすべきかというと、勇気を持ってその仕事を辞職して仕事を断れとされている。本当であれば不適正意見を言うのがいいのかもしれないが、それは本当に現場でできるのかなと思う。その意味で監査法人のマネジメントが健全になされるためには、その辺にきちんとメスを入れるべきではないか。

    また、聞くところによると、日本でも今、監査法人が200以上あるそうだが、どう考えても質が同一とは思えない。しかし法律・規則上は、同質の監査が担保されている必要があるのであって、そうなると、これは淘汰しなければならない部分があり、ある程度、監査法人の品質確保のための対応策は、あってしかるべきではないかという気がする。

  • 実際に監査を担当している方や、監査のルールを作っている方は、もし監査制度がなかったら何が起きるのかという観点で議論をしなければいけないだろうと思う。

    会計上の情報開示は経営者の自己申告であるから、それだけでは当然、信頼性が担保されない。このため情報のユーザーは、情報を開示している企業のリスクを保守的に評価することとなり、結果として資本の調達コストは上がり、株価は下がる。経営者はそれを避けるため、仮に制度はなくても第三者の専門家を連れてきて、自らの自己申告の信頼性を担保するための対応をとるものと思う。

    もし制度がなかったら上記のような対応がどうなるのかをきちんと考えて監査のルールを作るべきであり、監査の基準に問題があるというのであれば、その基準を変えなければいけない。本質的なところがきちんとカバーされず、細かいどうでもいいような手続きが義務になっているというのであれば、そのような基準はやはり削除してしまうしかないだろう。そのくらいの対応を考えるべきで、ただ外国の制度との比較といった話で済ませているのでは、問題は何も変わらないだろうと思う。

  • 会計不正を監査で発見できなかった事例があったためこのような議論をしているわけだが、実際には、監査をしているときに不正を発見した、あるいは、不正でなくても、会計処理の間違いに気が付いて経営者を説得し、正しい財務諸表を世の中に出したという例はある。確か公認会計士協会で調査をして、1,000人ぐらいの会計士に聞いたところ、過去10年に2回ぐらいはそういったことに遭遇しているとのことである。そういった意味で会計監査が機能している面もやはりあるとは思う。

    監査のやり方についてはいろんな考え方があろうかと思うし、環境が激変してきていてなかなか難しくなっているというのは確かではあるが、ただ、環境が変わっても、監査のやり方、本質というのはきっと変わらないのではないかと思っている人も多いと思う。先ほどから話が出ているとおり、ビジネスをしっかり理解して、マネジメントが何をしようとしているのか、それが思うようにいかなかったときにどうなるのかということを考慮に入れて、監査のリスクを決めると。時間が限られているから、重要だと、リスクが高いと考えたところに勇気を持って時間を使うと。本当の腹の底を言えば、その他のところから何か出てきても、もう腹をくくるというぐらいのつもりでやっている人もいると思う。大事なところは絶対外さないぞと、非常に多くの人がそういうふうにやっていると思う。

    ただ、最近の環境、特に若い人の環境を少し申し上げると、監査調書のレビューがある。監査法人の立場から言うと、公認会計士協会のレビュー、公認会計士・監査審査会のレビュー、それから、米国に上場している企業がクライアントの場合には、米国公開会社会計監査委員会(以下「PCAOB」という)のレビューがある。これらのレビューを経験してどういうことになってきているかというと、まずは一番重要なリスクをどういうふうに把握したのか、それに対して十分な監査をしたのかと、これが本丸であることは確かである。ただ、それ以外に重要でないと思ったことについては、なぜそう思ったのか、それに対してどの程度のことをしたらいいと考えたのか、そこの部分が非常に多い。もし監査調書の中に書き足りないことがあったり、実際、実施する手続が足りなかったということになると、コメントをもらうことになる。

    コメントをもらうと、監査法人の中でどういうふうに扱われるかというと、法人によって違うとは思うが、まず、評価が下がるという意味で、給料が下がる。そして、昇進に影響する。それが連続してあると、もう二度と上場会社の監査人はやらせないという厳しいことをやっている法人もある。

    PCAOBからは、監査の手続が十分でなかった担当者は、今どういう処遇を受けているのかといったことも聞かれるので、きちんと対応していくことになる。そうすると若い人たちはやはり、異常がないようにきちっとストーリーが話せるように、やり足りないところがないように、そういうことにどうしても神経が行くというか、時間を使っているのが現状である。よくよく遠くから眺めてみれば、そんなことをしないで、もっと本丸のところを時間をかけて攻めればいいのだが、現実としてはそういう綱引きがある。皆が皆、立派な使命感を持ってやっていればいいのだが、なかなかそうもいかないところがあり、やはり自分の成績ということも考えてしまう。その辺は監査基準のところまで行くのか、各法人のマネジメントがどういうメッセージを現場のスタッフに出していくのか、こういったところは非常に大きいのではないかと思う。

  • 海外では、リスク・アプローチに代わり得るような監査手法について研究を進めているところだと思う。以前は定時払い以外の支払いはないかといったところに着目しながら監査を行い、大体そういったところはイレギュラーであるので、何か理由があったが、現在はビジネスが複雑化しており、色々な取引等について、定型的なものはもちろんあるが、イレギュラーなケースでの取引がかなり増えてきていると思う。したがって、そういったものも網羅的にカバーをしようということになると、リスク・アプローチで見ていくというよりも、全件押し並べて見ていくという手法があるのではないかということで、今、研究が始まっているところである。

    その際、全件を見るためには、人手では無理なので、データをもらって検証するというやり方になる。その際もイレギュラーなものがあるかどうか、これを人工知能というように呼ぶか否かは分からないが、そういったものを駆使しながら検証を重ねて、最後のところは人が判断することになるのだが、そういう手法が今、研究されている。実際に適用されているものはまだないと思う。

    ただ、国際監査基準ではまだ検討・調査を始めた段階であり、その手法について検討が進められているということではない。民間等で実際にどういった手法が検討されているのかという調査を始めているところである。

  • 監査法人のローテーション、これは業務執行社員のローテーションも同じだが、これらは監査人の独立性について形式的にチェックできる方がいいという考えに基づくものである。もう1つ、監査法人が変わると異なる視点で監査が行われるので、監査の品質に貢献するのではないかという点があるが、以前の金融審議会での検討内容は、基本的に今の環境においても変わっていないのではないかと考えている。

    監査法人のローテーションは非常にコストがかかる。国によってはディスカウント競争になるなど、監査の品質の低下に繋がっているのではないかという話もある。実際に監査人は交代するので、非常に監査工数も増えるし、そういう意味ではコストがかかる。そういう状況を踏まえて必要性を検討すべきではないか。

    先ほどコスト・ベネフィットの問題があるという話があったが、やはりコストをかけてもやるべきではないかという意見もあるとは思うが、いずれにしても十分な検討が必要である。

  • 監査法人内での監査チームのローテーションに関して触れたいと思う。平成18年の金融審議会公認会計士制度部会報告では、監査法人のローテーションは監査法人の独立性確保を徹底するとの観点から意義があるとの指摘がある一方で、監査人の知識・経験の蓄積の中断等の問題点が指摘されると記載されている。監査法人の運営としては、やはり監査の品質が大事であり、監査チームがいかに効果的で、効率的な監査ができるのかということを重視している。業務執行社員を一度に交代するのは、ここで言う「知識・経験の蓄積の中断」に繋がりかねない、同じ法人の中でもそういうことが少なからず起きることがある。業務執行社員のローテーションは、監査法人が監査チームを決める上で非常に手間をかけて実施しているところであり、全部が一度に交代するのではなく、1人か2人は残るような形にして、知識や経験の中断がないような方策をとっている。

    このようなことから、監査チームの総入替えは、監査の効果・品質、効率性も考えると、なかなか難しいのではないかと思う。

  • 現在、監査法人の中でローテーションが義務付けられているのは、監査報告書に署名をする業務執行社員であるところ、その業務執行社員に病気等の不測の事態があってはいけないので、複数、多くは3名ぐらいでサインをすることがほとんどである。クライアントとの関係や、監査の継続性、知識の蓄積などを考えると、全員が交代するというのは避けたいということで、長期的に、5年、7年の期間を見据えて、次は誰にするか、その次は誰にするかということも、計画を立てながら進めている。したがって、チーム全体が法人の中で変わるということはまずやらないし、なかなか実務的にもできないと思う。

    ローテーションする意味というのは、同じ法人の中でも新しい眼で監査をするということもあるだろうし、より厳しく言うと、法人の中に正しく品質の高い監査をするしっかりとした内部統制があったとしても、担当するパートナーが誠実に監査業務をしなかったり、何かの事情で長い間正しくないことを継続したりすれば、深刻な事態になるので、メンバーを変えることによって、個人で抱え込んでいるものを吐き出させるということはあると個人的には思う。今の実態としては、先ほど申したとおり、メンバーが一度に変わらないようにやっているので、チームとしての監査のやり方が固定化してしまう傾向がある。若い人はどうしても、去年の監査調書等を参考にして作業するので、監査のアプローチやリスクの捉え方がそのチームによって固定化してしまう傾向はあるようには感じる。

  • 監査法人のローテーションの問題をどう考えるかについては、以前検討されたときから10年経っており、監査法人制度も来年50周年を迎える中、1つの監査法人が数十年にわたって同じ企業の監査を行うことが適切なのかという視点があるのではないか。推測も含めて言えば、長年同じ監査法人が監査を行うことによって、企業の方が監査人の監査の手法、どこまでなら監査人に文句を言われないかというようなことを熟知し過ぎているケースがあるのではないかと思う。更に、当時は諸外国で実施していないのに日本だけローテーションを義務付けると、特にグローバルな企業で、会社ごとに監査のネットワークがねじれてしまうという問題があり、それは大丈夫だろうかという論点があった。今回は、アメリカは導入しないということだが、ヨーロッパでは監査法人のローテーション制度がこれから実施されていく。

    また、当時もコストの問題があった。これには2つの見方があり、コストがあるから例えば色々な監査報酬が上がるのではないかという見方と、逆に上昇した分のコストはおそらく払ってもらえないので、監査の単価が下がる形で、監査法人にしわ寄せが来るのではないかという見方である。コストの問題は無視できず、これがどう吸収されていくのかというのは、監査の質にも影響を与える問題である。以前の検討から10年経っており、また国際的にも状況が変化している。

  • 監査法人のローテーションは非常に大きい問題であり、私自身、かつては反対をした者の1人である。理由は2つある。

    1つは、日本で担当者のローテーションを導入して、まだ成果が見えていないにもかかわらず、制度を大きく変えるというのはいかがなものか、少し荒いのではないかということである。

    2つ目は、エンロン事件の後にアメリカでこの議論が出たときに、2002年の企業改革法の中に、会計検査院が向こう1年かけて実態調査を行い、監査法人のローテーション制度の導入により想定される影響をレビューするようにとの条項があった。その後、報告書が出て、そこには結論は書いていないのだが、論調としてはちょうど賛否が半々になっている。監査法人のローテーションを行うべきだという論点としては、独立性の強化と監査の品質の向上という2つがあるが、監査法人が変われば本当にそれらが向上するのだろうか。他方、デメリットはコストと監査人のモチベーションである。例えば10年で監査が終わりとなると、優秀な監査人がそれまで良い会社にしたにもかかわらず、あと2年で終わりとなった場合、次のクライアントをとるために担当から外れて営業活動に専念するということになり、事務所の中におけるモチベーションが大分下がるのではないかということである。

    また、最初の1、2年は担当企業の実態に疎い監査人が来るので、クライアントの方が不正に手を染めようという誘因も働くのではないかという点がある。特に事務所が変わったときの初年度は、多くのケースで監査報酬は大きく上がるというデータがある。したがって、もしこの考え方を押し進めようとするならば、日本でも実態調査又はヒアリング等を行い、データを踏まえた検討をする必要があるということで、早急な導入に反対した次第である。

    日本人の気質として、親しくなると何となく関係を断ち切れないという傾向があるのではないかと思っており、ローテーションの導入によって、このような関係をある程度断ち切るという効果もあるのではないか。ただ、あれから10年経ち、監査法人のローテーションの議論をする際の大前提として、先ほど申し上げたように、日本の監査法人を整理しないと意味がない。例えば大企業の監査に必要なマンパワーを考えたときに、業務執行社員以外の会計士を50から100人程度投入することができる監査法人はおそらく3~5つ程度しかなく、健全な競争関係がないと質は高まらないので、そちらをどうやって整理するかの問題がある。

    国際ネットワークの中での競争力を担保するためには、3,000人ぐらいの職員を擁する監査事務所が10程度ないと無理ではないかと以前も申し上げた。ただ、それも数の上では揃ってきたと思う。また、先ほども出たように、ヨーロッパではこの議論が始まっているので、監査法人のローテーションに対してなかなかノーと言えない状況かと思う。例えばシンガポールやイタリアでは、最も公共性、社会性の高い金融機関から監査法人のローテーションが始まったとされているので、日本の場合も金融機関を先に導入するという手はあるのではないか。

    要するに申し上げたいのは、日本の監査法人の数をある程度絞って競争力のある事務所にすることも必要であり、ローテーションの問題だけが先行しても難しいのではないかということである。

  • 不正会計によって一番影響を受けるのは投資家である。監査法人のローテーションについて、監査法人、あるいは被監査会社のコストが上がるという話等を聞いていて、投資家の存在が少し忘れられているような印象を持った。監査について、投資家はきちんとやっていて当然だと思っている。投資家からみると監査の具体的な中身がよく分からない中で、専門的な視点のみから改善したと言われても納得し難い面もあるかもしれない。是非外部からも分かるような方策についても議論していただきたいと考えている。そうはいっても、海外の状況など色々なお話を伺うと、監査法人のローテーションの導入だけで解決する問題なのかという疑問は確かにある。ローテーションだけでは不十分ということであれば、監査法人のガバナンス・コードとセットで取り組むべきなのかもしれないし、ローテーションを導入することができないのであれば、ガバナンス・コードについてはさらに真剣に取り組んでいかなければならないのかもしれない。必ずしも海外と同じ制度である必要はないと思うが、問題の所在はどこか、何が大事なのかを踏まえて、実効性を持ったコードの作成についても、次回以降、検討いただきたい。

(以上)

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