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住宅価格
米国においては、住宅価格の上昇が、住宅関連ローンを通じ、景気拡大につながってきたことが指摘されている。すなわち、キャッシュアウト(既存の住宅ローン借り換え時における差額分のローン残高積み増し)やホームエクイティローン(ローン返済途上の住宅の純資産価値を担保とするローン)といった、住宅の価格上昇分を直接活かせる形の住宅を担保とした借入手段が充実していることにより、住宅価格の上昇により借入余力が増した家計において借入金の増額による消費の拡大がみられ、これが米国経済を支えてきた面が強い。このため、企業収益が回復し設備投資が盛り上がってくるまでこのメカニズムが続くかどうかが米国経済の先行きを見通す上で重要な要素となっている。
まず、最近における住宅価格の上昇は、実需に支えられたものであるとの見方が一般的である。特に重要なのが、移民による住宅取得である。近年の家計数増加のうち、新たな家計形成の3分の1から約半分は移民によるものと言われており、その多くが住宅取得を目指すことから、旺盛な住宅需要につながっている。これらの要因から、住宅価格にバブルがあり、そうしたバブルの崩壊によって急激な住宅価格の下落が起こるとの見方は一般的ではない。
他方、モーゲージ金利の低下や借入の増大が2002年のようなペースで起こる余地も小さく、住宅価格の増大による借入の増加、消費の拡大という米国経済を下支えしてきた要因は2002年に比べれば減速せざるを得ない面がある。現に、住宅価格の伸び率は2002年下半期には上半期より減速しており、株式バブルのようなケースを想定して悲観的になる必要はないにしても、リテール面での米銀の収益や米国経済の動向を見通す上で、注意しなければならない要因と言える(グリーンスパン連邦準備制度理事会(FRB)議長も、最近の講演の中でこうした面に触れている)。 |
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住宅価格の伸び率 |
(%) |
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(資料) Office of Federal Housing Enterprise Oversight House Price Index |
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また、こうした住宅ローンの急増により、個人の担保能力低下などリスクの増大が指摘されており、ここにきて米銀も住宅ローンの審査を厳格化し始めている(2003年1月のFRBの調査によれば、住宅ローンの貸出姿勢を厳しくした銀行の割合は11.1%となり、10月調査の10.0%と合わせ、住宅ローンの融資姿勢が厳しくなったことを示す過去10年来で初めての兆候としている)。 |
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デフレの懸念
米国においても、物価の上昇率が低下してきており、これがデフレとなって米国経済に深刻な影響を及ぼす可能性が懸念されるようになってきている。実際、2002年にはGDPデフレータの上昇率が1.1%と、1961年以来の低い数字となっている。
生産面についてみれば、生産者物価指数(PPI)はエネルギー・食料品を除いたコア指数で2001年下半期にマイナスに陥った後2002年以降も前期比で0%をはさむ低水準で推移し、特に繊維、電気、電子機器及び輸送機器といった分野においてデフレ圧力が強まり、最近の企業収益や雇用の弱さの一因ともなっている。他方、消費者物価指数(CPI)についても低水準で推移しているものの、消費生活に占める割合の高いサービスの価格をみると2002年を通じ前年同期比3%以上で推移しており、こうしたことを根拠に現状はデフレとは言い難くディスインフレにすぎないとする論者が多い。 |
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物価上昇率 |
(前期比、%) |
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(資料) Bureau of Economic Analysis, Bureau of Labor Statistics |
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こうした中、短期金利の主要政策金利であるフェデラル・ファンド金利の誘導目標も累次の利下げで1.25%まで下がっており、追加的な利下げの余地は限られてきている。また、株価も2000年半ば以降下落しており(ダウ工業株30種平均は約4分の3に、ハイテク関連株の占める比率が高いNASDAQ総合指数は約4分の1に)、さらにそれでもなお過剰設備を抱えている産業は少なくないとみられている。
こうした物価等の動向や最近の日本の経験も相俟って、多くのエコノミストが、米国経済がデフレ・スパイラルに陥る可能性は否定しつつも、デフレの懸念を強く意識するようになってきている。昨年11月の連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文においてもインフレ率及びインフレ期待の低さを利下げの理由の一つに挙げており、こうした懸念はFRB幹部や政府高官も有しているようであり、その発言の中でデフレに触れられる機会が増えてきている。
こうしたことから、米国の銀行セクターへのデフレの影響も意識されるようになってきており、デフレによる信用リスクの増大、貸出需要の減退等が銀行経営に及ぼす影響を懸念する声も出てきている。
もっとも、連邦預金保険公社(FDIC)が2月に出したデフレについてのレポートにおいては、米国経済がデフレに陥る可能性は低いとしつつ、仮にデフレになったとしても米銀の地理的分散及び商品の多様化、株式保有の少なさ、総資産収益率(ROA)の高さを挙げ、仮にデフレにより経済にショックが生じても、邦銀よりもよく対処できるだろうと指摘している。また、同レポートでは、貸出需要の減退や企業倒産の増加に対しても、米銀の良好な財務体質に加え、借り手が低い金利で借り換えられることや、クレジットデリバティブなどの新しいリスク管理手法により、デフレの影響はさほど深刻化しないだろうとの見方を示している。 |
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資産劣化とリスク管理
2000年、2001年と増加した不良債権は、2002年においても銀行セクター全体としてやや増加したものの、そのペースは鈍化している。もっとも、2001年、2002年と償却等を進めたにもかかわらず増加しているとの指摘もあり、留意が必要である。
もっとも、大手米銀においては、厚い自己資本に加え、デフォルトリスクのみを取引するデフォルトスワップなどのクレジットデリバティブの手法の活用等により貸出債権のリスクヘッジが進んでおり、景気動向等により貸出先の財務内容が急激に悪化しても必ずしも不良債権が急増しない体質を構築していると言われている。通貨監督庁(OCC)は1997年からクレジットデリバティブの数字の報告を求めているが、97年には契約残高547億ドルだったのが2002年末には6,348億ドルとその利用が急増している。 |
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商業銀行のクレジットデリバティブの契約残高 |
(10億ドル、%) |
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(資料) OCC Quarterly Derivatives Fact Sheet |
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但し、クレジットデリバティブ等の手法は新しい手法であるが故にまだその詳細につき確立していない部分があり、そのため訴訟リスク等がゼロではないという面がある。法的リスクについては、また、金融機関の統合によりプレーヤーの数が減る中で、リスクヘッジの実効性をいかに高めるかといったことも課題となっている。 |