第I章 支払保証制度に関する基本的な論点



                                                                                


1.支払保証制度の理念                                                          


 (1).保険は、我が国における国民生活及び国民経済の礎として、社会に発生する様々な


    危険に備え、万が一事故が発生した場合には国民の経済生活を保障するという役割を


    果している。更に、保険会社は、保険商品の販売により保険料として資金を受け入れ


    資産の運用の一環としてこれを資金需要者に供給するという金融仲介機関としての役


    割を果している。                                                            


                                                                                


 (2).しかしながら、保険会社が経営破綻に陥り、万が一の際の保障を行うことができな


    くなれば、保険は広い意味での社会的保障の一部として経済生活のラストリゾートの


    機能を果していることから、その保険契約者等に対して重大な影響がもたらされると


    ともに、他の保険会社あるいは保険業全体に対する信頼感に悪影響が及び、保険が有


    する保障機能、資金仲介機能そのものが損なわれるおそれがある。こうしたことから


    、保険会社の情報の更なる開示を通じて、保険会社においては経営の自己規正を図り


    、保険契約者においても保険会社の経営の健全性を考慮に入れて保険契約を締結する


    など双方において自己責任に基づいた行動が促されることが重要である。その一方で


    、保険は広い意味での社会的保障の一部として経済生活のラストリゾートの機能を果


    しているということに加え、保険契約の特性、即ち、将来の変化まで見通した選択を


    保険契約者に期待することが困難な長期の契約があること、株式や社債とは異なり市


    場で転々売買されるものではないこと、保険会社が抱えているリスクを判断すること


    は容易ではないことから保険契約者の自己責任を問いにくい面があることをも踏まえ


    、経営危機に陥った保険会社の保険契約者等の保護を図り、保険業に対する信頼を確


    保するための制度が整備される必要がある。                                    


                                                                                


 (3).こうした中、保険会社が経営破綻に陥った場合に、破綻保険会社の保険契約を引き


    受ける救済保険会社に対して資金援助を行い、保険契約の円滑な移転等を進めること


    によって、迅速かつ実効性のある保険契約者等の保護を図るべく保険契約者保護基金


    が設立されている。支払保証制度は、更に、個々の保険契約への保証を通じて、保険


    会社が経営破綻に陥った場合に、救済保険会社の出現いかんにかかわらず、保険契約


    者等の保護を図り、保険業に対する信頼を確保しようとするものである。          


                                                                                


 (4).支払保証制度は、保険会社の安易な経営を許容するものであってはならない。支払


    保証制度によって保護されるべきは保険契約者等の利益及び保険業に対する信頼であ


    り、破綻保険会社、経営者、株主ではない。従って、支払保証制度の発動に際しては


    、破綻保険会社の救済そのものを目的としないことが前提条件となる。            


                                                                                


 (5).また、経営破綻に陥った保険会社の保険契約者等の保護の制度を設けるにあたって


    は、保険契約者のモラルハザードを招くことによって保険業の健全性が損なわれるこ


    とのないようにする必要がある。加えて、本制度を構成する健全な保険会社、その保


    険契約者等の負担にも十分に留意することが必要である。こうしたことから、支払保


    証制度においては、保険契約者等の保護の必要性を踏まえつつ、保険契約者に対して


    も保険市場の一方の担い手としての責任を喚起するとともに、出来うるかぎり社会的


    コストの小さい方法を選択する必要がある。                                    


                                                                                


2.保証対象となる保険契約                                                      


 (1).保険契約者等の保護を図り、保険業に対する信頼を確保するためには、保険が広い


    意味での社会的保障の一部として経済生活のラストリゾートの機能を果していること


    に鑑みれば、保証対象範囲については幅広いものとすべきである。                


                                                                                


 (2).保険契約者に着目して保証対象を設定することについては、保険が基本的には保険


    契約者の属性にかかわらず同じ母集団を形成し相互扶助の仕組みで成り立っているこ


    とから適当ではないと考えられる。保証対象については、保険種類に着目して、その


    保険契約者の特徴、保険金受取人等への影響等を踏まえつつ設定することが適当であ


    る。                                                                        


                                                                                


 (3).法律上保険契約が義務づけられている自動車損害賠償責任保険については保証対象


    とすることが適当である。                                                    


                                                                                


 (4).個人については、一般的に、必ずしも十分な情報収集力、情報分析力が期待できず


    、保険会社の破綻による損失を吸収することが困難であることから、個人が保険契約


    者あるいは保険金受取人である保険種類については保証対象とすることが適当である


    。具体的には、個人生命保険、個人年金保険、財形保険、疾病分野の保険、介護分野


    の保険については保証対象とすることが適当である。また、火災保険、自動車保険、


    傷害分野の保険といった保険についても個人もしくは実態的には個人と大差がないと


    考えられる者が保険契約者の相当程度を占めており保証対象とすることが適当である。


                                                                                


 (5).団体生命保険、団体年金保険の中には、被保険者(個人)が保険料を支払っており


    実態的には上記(4)に該当すると考えられるもの、情報収集力、情報分析力といった面


    において保険契約者(団体)が実態的には個人の場合と大差がないと考えられるもの


    、被保険者(個人)の債務の返済にあてられ個人の資力を補っていると考えられるも


    のがある。これらの団体生命保険、団体年金保険については保証対象とすることが適


    当である。                                                                  


                                                                                


 (6).主として企業を保険契約者とし個人の利益と関係を有しない保険、例えば、個人ロ


    ーン信用保険(損害保険)については、保険契約者の情報収集力、情報分析力を踏ま


    えれば、保険会社の選択の結果については保険契約者の責任に委ねることが望ましく


    、保証対象から除外することが適当である。                                    


                                                                                


 (7).経営破綻に陥った保険会社が他の保険会社から引き受けている再保険については、


    再保険は国際的なネットワークの中で付与、引受けが行われている一方で諸外国にお


    いては保証対象から除外されていること、保険会社は情報収集力、情報分析力の観点


    において引受保険会社を最も適切に選択できると考えられることから保証対象から除


    外することが適当である。                                                    


                                                                                


 (8).経営破綻に陥った保険会社が海外においても活動している場合に外国の免許に基づ


    いて引き受けた保険をどう扱うか、外国保険会社等の保険をどう扱うかといった点に


    ついては、我が国における保険業の信頼性を確保するとの観点にたてば、我が国にお


    ける免許に基づいて締結された保険契約を対象にすることを基本とすることが適当で


    ある。                                                                      


                                                                                


3.保険契約の継続                                                              


 (1).長期にわたって保障を提供し、時間の経過による保険リスクの変化の度合いが個々


    の契約によって違う保険については、保険契約が解除、失効されることになれば、高


    齢の若しくは健康を損ねた被保険者が他の保険会社の保険に同様の条件で新たに加入


    することが困難となることが起こりうる。こうした保険については、単なる払戻しに


    よっては、保険契約者等の保護を図ることができないため、保険契約の継続を図る方


    法を確保しておくことが適当である。具体的には、加入年齢に制限があったり、健康


    状態による被保険者の選択が行われている個人生命保険、個人年金保険、疾病分野の


    保険、介護分野の保険については継続を保証することが適当である。              


                                                                                


 (2).損害保険、傷害分野の保険については、上記のような事由が該当しない一方で、保


    険契約の継続まで保証することとなれば、保険契約の解除、失効に伴う未経過保険料


    の返還を保証する場合と比較してコストが大きくなる可能性がある。このため、これ


    らの保険については保険契約の継続ではなく保険契約の解除、失効に伴う未経過保険


    料の返還を保証することが適当である。但し、自動車損害賠償責任保険については、


    法律上保険契約を義務づけ、車検制度とリンク付けることによって無保険状態となら


    ないように担保しているものであるから、保険会社の破綻によって無保険状態になる


    ことを回避するため継続を図ることが適当である。                              


                                                                                


 (3).なお、上記(1)で示した個人生命保険、個人年金保険、疾病分野の保険、介護分野の


    保険であっても、年齢、健康状態と関連を有する保障機能とともに、これらとは関連


    を有しない貯蓄機能を併せ持っている保険がある。また、上記(1)に該当する保険と(2)


    に該当する保険が組み合わされているものがある(例えば、生命保険に傷害分野の保


    険が特約として付されている場合)。これらの保険については、保障機能の部分もし


    くは上記(1)に該当する部分を切り離し、これについてのみ継続を保証することも考え


    られる。しかしながら、分離することになれば、保険商品としての一体性を損なうこ


    とになること、手続が煩雑になることなどから、基本的に、分離せず一体として継続


    を保証することが適当である。                                                


                                                                                


4.保証対象となる請求権                                                        


 (1).保険契約に関する請求権を対象とすることが適当である。請求権の内容については


    、主として、保険金、給付金、年金、満期保険金、満期返戻金、解約返戻金、失効返


    戻金、未経過保険料、予納保険料、配当金とに整理できる。                      


                                                                                


 (2).保険金、給付金、年金については将来に向けての保障機能を有していることから保


    証対象とすることが適当である。また、満期保険金についても類似の機能を果たして


    いることから保証対象とすることが適当である。                                


                                                                                


 (3).満期返戻金、解約返戻金(但し、保険契約の継続が保証されていない場合)、失効


    返戻金、未経過保険料については、保証対象とすることによって事務が煩雑になると


    いう面があるものの、新たな保険契約を締結するための原資となるものであり保証対


    象とすることが適当である。                                                  


                                                                                


 (4).予納保険料は、保険契約者が将来の保険料の支払のために保険会社に預託したもの


    であり、保証対象とすることによって事務が煩雑になるという面があるものの、将来


    において、万一の際の保障を確保するための原資となるものであり保証対象とするこ


    とが適当である。                                                            


                                                                                


 (5).配当金は、そのほとんどは保険料計算の基礎に安全性を見込んでいることに起因す


    るものであり満期保険金、満期返戻金と一体不可分と考えられ、仮に、保証対象とし


    ない場合は予定運用利率によって保証対象が変わってくることから、他業態における


    制度をも踏まえ、割当、分配があり金銭債権となったものについては保証対象とする


    ことが適当である。                                                          


                                                                                


 (6).一定額以下の小額請求権については、これを保証対象にすれば、事務処理量が膨大


    となり全体の手続が遅延し、保護の緊急性が高い保険契約者等に対する保護が不十分


    になるおそれがあることから、保証対象から除外することが適当ではないかという考


    え方がある。しかしながら、緊急性に応じて対応するなど手続に柔軟性をもたせるこ


    とによってこうした問題は解決しうると考えられることから、一定額以下のものであ


    っても保証対象とすることが適当である。                                      


                                                                                


5.保証限度の設定                                                              


 (1).自動車損害賠償責任保険については、法令上保険金額が定められており、その趣旨


    に鑑みて保証限度を設定しないことが適当である。他方、その他の保険については、


    保険契約者等の保護の必要性を踏まえつつ適切に保証限度を設定することによって、


    保険契約者に対して保険市場の一方の担い手としての責任を喚起することが適当であ


    る。                                                                        


                                                                                


 (2).モラルハザードの抑止の実効を図るためには、基礎率が他の類似保険と比べて著し


    く乖離した水準に設定されている場合には、契約当時あるいは現行の一般的な基礎率


    を参考にして契約条件を変更するなど保険契約を修正し、これをベースに保証限度を


    適用することが適当である。                                                  


                                                                                


6.保険契約の継続のための方法                                                  


 (1).保険契約者等の保護、保険業に対する信頼の確保を万全なものとするためには、救


    済保険会社の出現の如何にかかわらず保険契約の継続を図ることができる制度を確立


    することが必要である。このためには、支払保証機関が継続対象の保険契約について


    自ら継続にあたる機能を保持することも適当である。                            


                                                                                


 (2).保険契約の継続のための方法として以下のことが考えられる。                  


    (a)  保険契約者保護のための手段の多様化を図るため、更生計画の結果として、保険


      契約の移転、合併、あるいは子会社化(破綻保険会社の経営体制の整備等が図られ


      ている場合に限る)が行われる場合に、支払保証機関が受入先(複数の保険会社、


      本件処理のために設立された保険会社である場合を含む)に対して資金援助する。


      支払保証機関が受入先(保険契約の移転、子会社化の場合)となることもある。  


        更生計画認可決定までの間に保険金支払事由が発生した場合については、更生計


      画認可決定までの期間に限り、支払保証機関が保証限度に見合う額を支払い、しか


      るべき債権を取得する。                                                    


                                                                                


    (b)  破産法が適用される場合は、保険契約の失効直前に支払保証機関へ保険契約を移


      転する。当該保険契約が、支払保証機関から他の保険会社に移転されることもあり


      うる。                                                                    


                                                                                


    (c)  上述した措置の適用によって保護されない保険契約者がある場合には、支払保証


      機関が代替契約を締結する。                                                


                                                                                


7.倒産法制上の特例措置                                                        


 (1).上記6.であげた倒産手続きについては以下のとおりである。                  


                                                                                


 (2).適時かつ円滑に倒産手続きが開始されるようにするためには、金融機関の更生手続


    の特例等に関する法律の内容と同様に、検査・監督権限により保険会社の財務内容を


    最もよく把握し、保険契約者の保護に責任を有する監督当局に破産・更生手続開始の


    申立権、保全処分の申立権、他の手続きの中止命令の申立権等を付与することが適当


    である。                                                                    


                                                                                


 (3).保険契約者数が膨大であるため、(a)破産の宣告・更生手続開始の決定に係る債権者


    への送達、(b)債権の届出、(c)債権の調査、(d)債権者集会・関係人集会の開催が煩雑・


    困難となり、円滑・迅速な手続きを確保することが難しいと考えられる。このため、


    金融機関の更生手続の特例等に関する法律の内容と同様に、送達の特例(裁判所は保


    険契約者等に対して管財人等に関する事項を記載した書面を送達することを要しない


    )を創設すること、保険契約者表の作成及び縦覧、保険契約者表の提出、破産・更生


    手続に属する一切の行為の代理という機能を支払保証機関に付与することが適当であ


    る。                                                                        


                                                                                


 (4).保険契約については、支払保証制度によって保証される保険契約、保証されない保


    険契約、また、保証される保険契約についても継続が保証されている保険契約、継続


    が保証されていない保険契約があるため、支払保証機関において利益相反の問題が生


    じる可能性がある。しかしながら、金融機関の更生手続の特例等に関する法律の内容


    と同様に、支払保証機関が保険契約者等に対して同意しようとする計画案等を通知す


    るとともに、保険契約者等が自ら倒産手続きに参加する機会を保証することによって


    この問題を解決することができると考えられる。                                


                                                                                


 (5).債権の届出に関しては、破産法では債権の額等、会社更生法では議決権の額等が届


    出事項となっているが、支払保証機関が保険契約者表を提出するとしても、継続中の


    保険契約については支払保証機関が何を基準として届け出るのかが不明確な面がある。


                                                                                


 (6).破産手続きにおいては、保険契約失効後においては、保険契約上の債権は停止条件


    付債権に該当しなくなることから、生命保険に関しては、支払保証機関が保険契約者


    のために「被保険者ノ為メニ積立テタル金額」(商法第683条第2項)を届け出る


    ことになる。なお、「積立テタル金額」については実際に積み立てている金額ではな


    く積み立てるべき金額と解釈すべきである。                                    


      他方、損害保険については商法上明文の規定はないが、保険業法では、「清算保険


    会社は、被保険者のために積み立てた金額、未経過期間(保険契約に定めた保険期間


    のうち、当該保険契約が解除され、又は効力を失った時において、まだ経過していな


    い期間をいう。)に対応する保険料その他大蔵省令で定める金額を保険契約者に払い


    戻さなければならない。」とされており、当該大蔵省令において「払戻積立金として


    積み立てた金額」が定められている。こうしたことを踏まえれば、損害保険に関して


    は、支払保証機関が保険契約者のために未経過期間に対応する保険料及び払戻積立金


    として積み立てるべき金額を届け出ることを明確にすることが適当である。        


      債権届出の期間については破産法で破産宣告の日より2週間以上4月以下とされて


    いるが、手続きの円滑化のために、裁判所が支払保証機関の意見を聴いた上で、債権


    届出の期間を保険契約が失効する破産宣告3か月後以降に設定することが期待できる


    と考えられる。                                                              


      なお、破産宣告後、保険契約の失効までに保険金支払事由が発生した場合には支払


    保証機関が保険金受取人及び自らのために保険金額(又は損害額)を届け出ることに


    なる。                                                                      


                                                                                


 (7).会社更生手続きにおいて、停止条件付債権として扱われる保険契約上の債権につい


    ては、「更生手続開始の時における評価額」を当該議決権の額として届け出ることに


    なる。但し、その具体的な基準が明確ではない面があり、被保険者のために積み立て


    るべき金額又は未経過期間に対応する保険料及び払戻積立金として積み立てるべき金


    額が基準であることを明確にすることが適当である。また、届出者についても保険料


    支払義務を負っている保険契約者である旨を明確にすることが適当である。但し、支


    払保証機関が保険契約者のために届け出ることが適当である。                    


      更生手続開始決定後において継続中の保険契約について保険金支払事由が発生した


    場合には、更生計画審理のための関係人集会が終了するまでは、支払保証機関が保険


    金受取人及び自らのために債権の額を保険金額(又は損害額)に変更することになる。


                                                                                


                                                                                



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