金融商品に係る会計処理基準に関する論点整理

平成9年6月6日

企業会計審議会


                                                                        

    我が国における金融商品に係るディスクロージャー制度は、平成2年5月29

  日に企業会計審議会により「先物・オプション取引等の会計基準に関する意見

  書等について」と題する報告書がとりまとめられて以来、逐次、その改善が図

  られてきた。すなわち、平成3年3月期から先物取引、オプション取引及び市

  場性のある有価証券に係る時価情報の開示が導入され、その後、平成7年3月

  期からは先物為替予約取引に係る時価情報が開示されることになった。さら  

  に、デリバティブ取引の急速な拡大を背景に、より一層の開示の充実が求めら

  れたことから、平成8年7月には、デリバティブ取引に関するそれまでの開示

  範囲を拡大して、デリバティブ取引全般に係る時価情報の開示基準が定められ

  たところである。                                                      

    しかし、最近の証券・金融市場のグローバル化やそれに伴う経営環境の変化

  等に対応して企業の透明性を維持していくためには、金融商品に関する会計処

  理基準の一層の整備が必要である。このような観点から、企業会計審議会金融

  商品部会(平成9年2月7日の企業会計審議会総会において「特別部会・金融

  商品委員会」から「金融商品部会」に改組)では、昨年9月からこれまで9回

  にわたり部会を開催し、金融商品に係る我が国の会計実務、諸外国の会計処理

  基準及びその動向等について、学者、公認会計士、実務家等からヒヤリングを

  行いつつ、金融商品に係る会計処理基準のあり方について鋭意検討を重ねてき

  た。                                                                  

    本論点整理は、これまでの審議を踏まえて、金融商品全般の会計処理基準を

  設定するに当たっての論点を取りまとめたものである。今後、以下の基本的認

  識に立脚し、さらに国際的な会計処理基準の動向等にも注視しつつ、論点の検

  討を進めていくこととする。                                            

                                                                        

I.基本的認識


    金融商品に係る会計処理基準について、IASC(国際会計基準委員会)  

  は、本年3月に、全ての金融商品を公正価値で評価すべきであるとする討議資

  料を公表している。一方、FASB(米国財務会計基準審議会)は、平成5年

  5月に、一部の有価証券について公正価値で評価することを求める基準書を公

  表し、さらに、昨年6月には、全ての金融商品を公正価値で評価することを引

  き続き検討するとしつつ、デリバティブ取引及びそれによりヘッジされている

  金融商品を公正価値で評価することを求める公開草案を公表している。(参考

  資料1)                                                              

    我が国としては、このような国際的な動向を踏まえ、21世紀に向けての我

  が国金融市場改革に当たっての3原則(フリー、フェア、グローバル)の観点

  から、次のような基本的認識に立ち、金融商品全般に係る会計処理基準の検討

  を行うことが必要であると考える。                                      

    その際、全ての金融商品に対応できる包括的な基準を設定することとし、個

  々の金融商品に係る具体的な会計処理については、設例等を設けてこれを示す

  ことが適当であると考える。                                            

                                                                        

  1.市場原理が働く自由な市場(フリー)                                

      適正な情報提供により公正な市場価格が形成される証券・金融市場を確立

    し、より広範な投資者の参加を促すことが必要である。また、現在、金融商

    品に係る包括的な会計処理基準がないため、新たな金融商品の開発過程にお

    いてそれが企業会計に与える影響を予見できず、これが金融商品の開発の促

    進を妨げているとの指摘がある。                                      

      新たな金融商品の開発を促進し、金融商品全般についての的確な情報を提

    供することによって市場の活性化を図るためには、金融商品全般に係る包括

    的な会計処理基準の設定が不可欠であるとの認識に基づき、基準のあり方を

    検討する。                                                          

                                                                        

  2.透明で信頼できる市場(フェア)                                    

      金融商品の多様化、価格変動リスクの増大、取引の国際化等により企業の

    財務活動の重要性が著しく増大している状況下にあって、財務活動の実態が

    財務諸表に適切に反映されておらず、投資者にとってリスクとリターンの早

    期把握が困難になってきているとの指摘がある。                        

      投資者が自己責任原則に基づいて投資判断を行うためには、適正なディス

    クロージャーが行われることが必要であるが、さらに、金融商品に係る企業

    の財務活動の実態や含み損益等をより適切に財務諸表に反映させる会計処理

    基準を設定し、投資者に対してより的確な財務情報を提供することが必要に

    なっている。                                                        

      このような、取引の実態を反映させる会計処理は、企業の側においても、

    取引内容の十分な把握とリスク管理の徹底及び財務活動の成果の的確な把握

    のために、不可欠となっている。                                      

                                                                        

  3.国際的で時代を先取りする市場(グローバル)                        

      我が国企業の国際的な事業活動の進展、国際市場での資金調達及び海外投

    資者の我が国証券市場での投資の活発化という状況の下では、財務諸表等の

    企業情報は、国際的視点からの同質性や比較可能性が強く求められている。

      デリバティブ取引を含む金融商品取引の国際的レベルでの活性化を促すた

    めには、これに対応する法制度の整備が必要であるとともに、金融商品に関

    する我が国の会計処理基準の国際的調和が喫緊の課題になっている。      

                                                                        

                                                                        

II.具体的論点


  1.金融商品の時価評価                                                

   (1)  基本的考え方───時価評価導入の必要性───                    

        金融商品(有価証券及びデリバティブ取引の他、営業債権、貸付金、営

      業債務、借入金等を含む)は、証券・金融市場の発達が一定の段階に達し

      ている状況の下では、一般的には、取引市場が存在することにより時価を

      把握し、かつ、換金・決済等により評価差額を損益として確定することが

      可能である(価格の客観性の保証、売買の自由の保証)。従って、金融商

      品については、時価の変動を財務諸表において認識することによって財務

      活動の実態をより的確に反映した情報を投資者に提供することが必要であ

      る、という基本的考え方に立って、金融商品についての時価評価導入のあ

      り方を検討する。                                                  

   (2)  時価評価の範囲                                                  

        時価評価の対象とする金融商品の範囲については、全ての金融商品をそ

      の対象とする考え方と、金融商品の種類(デリバティブ取引、相場商品、

      特定金銭信託、営業債権・債務等)、保有目的(トレーディング、長・短

      期保有、企業支配等)及び拘束的性格の有無等を考慮して時価評価を特定

      の金融商品に限定する考え方(混合アプローチ)とがある(注1)。    

        国際的な動向や時価測定の技術的な問題等を考慮しつつ、時価評価の対

      象とする金融商品の範囲について検討する。                          

   (3)  評価差額の処理                                                  

        全ての金融商品を時価評価の対象とする場合と混合アプローチを採用す

      る場合のいずれにおいても、評価差額の処理については、その全部又は一

      部を以下のように処理する方法が考えられる。                        

      ○  損益計算書に損益として計上する。                              

      ○  損益計算書には計上せず、貸借対照表の資本の部に直接計上する。  

      ○  純利益とは別の利益概念(例えば、包括利益の概念)を導入し、その

        構成要素とする(注2)。                                        

        (参考)包括利益の概念は、現在、IASC(国際会計基準委員会)及

              びFASB(米国財務会計基準審議会)において提案されている

              ところである。(参考資料2)                              

   (4)  時価評価の導入に当たってのその他の問題点                        

        次の事項について検討する。                                      

      ○  時価の測定が困難な金融商品の取扱い                            

      ○  財務諸表の注記による対応との関係                              

      ○  評価損益と配当可能利益との関係                                

  2.デリバティブ取引の認識方法                                        

      現在、決済時までオフバランス処理されているデリバティブ取引の認識方

    法として、                                                          

    ○  デリバティブ契約に含まれる権利・義務に着目する方法(総額基準又は

      純額基準)                                                        

    ○  キャッシュ・フローに着目する方法                                

    の二つが考えられる(注3)。                                        

      この場合、デリバティブ取引は主に差金決済を目的とした取引であり、そ

    の契約額又は想定元本を貸借対照表に計上することは、数値をいたずらに大

    きくすることになり、かえって投資者を惑わすことになりかねないことか  

    ら、純額基準又はキャッシュ・フローに着目する方法によりデリバティブ取

    引を認識することが適当ではないかという立場から、デリバティブ取引の認

    識方法について検討する。                                            

                                                                        

  3.ヘッジ会計                                                        

      ヘッジ会計とは、ヘッジ取引に係る損益とヘッジ対象物に係る損益を同一

    の会計期間に認識し、後者を前者で相殺する会計処理である。            

      例えば、ヘッジ目的で行われているデリバティブ取引について時価基準の

    適用によって評価損益が計上され、他方、ヘッジ対象物には原価基準が適用

    されている場合には、ヘッジ対象物のリスクをヘッジ取引によってカバーし

    ている経済的実態が財務諸表に反映されない。従って、時価評価の導入と併

    せて、ヘッジ会計の導入について以下の点を検討する。                  

    ○  ヘッジ会計の対象(ヘッジ対象物とヘッジ取引の評価基準の違いを対象

      とするヘッジ会計の他、未履行の確定契約や予定取引に対するヘッジ会計

      等)                                                              

    ○  ヘッジ会計の方法(繰延ヘッジ会計、時価ヘッジ会計、振当方式等)  

      (注4)                                                          

    ○  ヘッジ取引の判定要件(注5)                                    

                                                                        

  4.複合金融商品                                                      

      複合金融商品には、資本取引となる可能性がある部分を含むもの(新株引

    受権付社債、転換社債)と、それを含まないもの(通貨オプション付円建ロ

    ーン等)がある。                                                    

   (1)  資本取引となる可能性がある部分を含む複合金融商品                

        発行体の財政状態をより適正に表示するためには、基本的には、資本取

      引となる可能性がある部分を区分して会計処理することが適当であると考

      えられ、このような観点から検討する。                              

      ○  新株引受権付社債                                              

          新株引受権付社債については、我が国では、日本公認会計士協会の実

        務指針に従った区分処理が行われている。ただし、新株引受権の対価部

        分の処理方法には、当該実務指針の処理方法(発行時には、仮勘定とし

        て流動負債に計上し、権利行使がなされた時にこれを資本準備金に振り

        替え、権利行使がなされなかった時は利益に振り替える方法)の他に、

        イ.発行時に資本準備金として確定した処理をする方法              

        ロ.発行時には資本準備金として処理するが、権利行使がなされなかっ

          た時はこれを利益に振り替える方法                              

        等が考えられることから、これらの方法も含めて検討する。          

      ○  転換社債                                                      

          転換社債は社債と株式転換権からなるものであるが、新株引受権付社

        債とは異なり、社債と株式転換権は分離されずに一体となっており、各

        々独立して存在するものではないことから、株式転換権を区分処理する

        ことは適当でないという考え方がある。このような考え方について検討

        する。                                                          

   (2)  資本取引となる可能性がある部分を含まない複合金融商品            

        このような金融商品については、貸借対照表においてその構成要素を分

      解して表示しても、そこから生じるキャッシュ・フローは構成要素のネッ

      トのものとなり、区分処理することは実務上繁雑になるだけで、資金運用

      ・調達の実態を表すとの観点からは、投資情報として有用性が乏しいた  

      め、区分処理する必要はないと考えられる点について検討する。        

        なお、問題となるのは評価差額が期末において認識されないことであ  

      り、これは評価の問題として取り扱うことが適当であると考えられる。  

                                                                        

  5.金融資産・負債のオフバランス化                                    

      貸借対照表に計上されている金融資産・負債をオフバランスする基本的な

    考え方として、「リスク・経済価値アプローチ」と「財務構成要素アプロー

    チ」の二つの方法がある(注6)。(参考資料3)                      

      債権流動化市場の活性化及び国際的な動向を考慮すると、リスク・経済価

    値のほとんど全てが移転しなければオフバランスできないとすることは、債

    権の流動化を阻害する要因となりかねないことから、実質的な経済効果を捉

    えて、債権をその構成要素に分解することにより部分的に移転が認識できれ

    ば、当該部分をオフバランスできるとすることが適当ではないかと考えられ

    る。このような観点から、オフバランス化の考え方としては、「財務構成要

    素アプローチ」を採用することが適当と考えられ、この考え方を中心に検討

    する。                                                              

      ただし、この検討に当たっては、リコース、回収サービス業務、買戻特約

    等の財務構成要素に係る市場の発達が未だ十分ではない我が国の債権流動化

    市場の現状や取引慣行等を考慮して、                                  

    ○  債権流動化市場の成熟まで、「リスク・経済価値アプローチ」を経過的

      に認めること                                                      

    ○  我が国の実情にあった金融資産・負債のオフバランス化の要件を定める

      こと(例えば、米国で金融資産のオフバランス化の要件とされている「支

      配の移転」という要件を、我が国における資産担保証券による債権流動化

      取引等に適用する場合の取扱い、同様に米国で金融負債のオフバランス化

      の要件とされている「債務者としての法的責任の解除」という要件を、我

      が国における社債の買入償還と同等のデット・アサンプション等に適用す

      る場合の取扱い)(注7)                                          

    が必要であると考えられる。                                          

      また、手形割引の会計処理については、損益計算書と貸借対照表の間で整

    合性を欠く処理(金融処理と売買処理)が見られるため、取引の実態に応じ

    て整合性を図ることが適当であると考えられる。                        

                                                                        

  6.貸付金の減損                                                      

      貸付金に係る回収不能見込額については、企業会計原則注解18におい  

    て、貸倒引当金を設定することとされているが、回収不能見込額の具体的な

    測定方法については会計慣行に委ねられている。現行の実務においては、通

    常、                                                                

    ○  担保の処分見込額                                                

    ○  保証による回収見込額                                            

    ○  過去の貸倒実績率                                                

    等を考慮して回収不能見込額が測定されている。                        

      他方、延滞債権や金利減免債権等に係る回収不能見込額の測定に関して  

    は、将来回収される元利金のキャッシュ・フローに着目して、貸付金の割引

    現在価値を用いる方法も有効であると考えられることから、この方法も含め

    て貸付金の回収不能見込額の測定方法について検討する。(参考資料4)  

      なお、金融商品一般に係る時価評価との関連を併せて検討する。        

      (参考)貸付金の減損額の測定に割引現在価値を用いる方法については、

            銀行局の「早期是正措置に関する検討会」中間とりまとめにおい  

            て、「要注意先債権のうち金利減免、棚上げ及びリスケジュールさ

            れた貸出条件付債権、破綻懸念先債権のうち予想キャッシュ・フロ

            ーが把握できる債権については、割引現在価値に基づき減損額を算

            定し、貸倒引当金として貸借対照表に計上することについて、国際

            的な会計基準からみて、今後検討することはできないか。・・・・

            割引現在価値の考え方を我が国において導入することについては、

            米国等の国際的な会計基準との整合性を図っていく上で、基本的な

            方向性としては望ましいのではないかと考えられるが、今後、更に

            実務上の問題を含め、十分な検討を行う必要がある。」とされてい

            るところであり、日本公認会計士協会においても実務への適用に当

            たっての問題が検討されている(注8)。                      

                                                                        

  7.表示                                                              

   (1)  金融資産と金融負債の相殺                                        

        特定の金融資産と金融負債について、企業がそれらを法的に相殺する権

      利を有している場合等においては、当該資産と負債を相殺して純額で表示

      することが、企業がさらされているリスクと将来のキャッシュ・フローを

      より的確に反映するとの考え方があることから、総額表示の原則との関連

      を考慮しつつ、相殺表示について検討する。                          

   (2)  流動・固定の区分                                                

        流動区分に属する金融商品は時価評価し、固定区分に属する金融商品は

      原価評価する等、区分間で異なる評価基準が適用される場合には、特定の

      金融商品の区分を恣意的に変えることによる利益操作を防止するために、

      財務諸表の表示において区分間の振り替えに関する基準を設けること等に

      ついて検討する。                                                  

        全ての金融商品を時価評価する場合には、金融商品を流動・固定に区分

      して表示することの妥当性について検討する。             

III.商法との調整


    金融商品の時価評価は、時価の変動を適時に認識して、拡大し多様化した金

  融取引の状況を企業の業績に適正に反映させようとするものであり、有用な投

  資情報の提供という立場からは適切な会計処理方法であると考えられる。    

    このような会計処理方法を導入する場合には、現行の商法の計算規定との間

  に不一致が生じることから商法との調整を行うことが必要になると考えられ  

  る。
○ 金融商品に係る会計処理基準に関する論点整理(要約)