II.制度整備に当たっての基本的な考え方                                  



                                                                          

 (1) 制度整備の必要性と政策目的                                          

                                                                          

    電子マネー・電子決済については、急速な技術進歩の中で、民間部門が創意工

  夫に基づく自由な開発を行い、多様なサービスの中から利用者がそのニーズに応

  じて選択を行うことによって、発展を図ることが求められる。このため、金融機

  関以外も含む多様な主体によって様々な形態のサービスが提供されることが必要

  である。                                                                

    また、電子マネー・電子決済は、効率的な決済方法を提供することにより利用

  者利便の向上に寄与するものであり、利用者からの信認を得て健全かつ円滑に普

  及・発展することが求められる。とりわけ電子マネーについては、一般的な決済

  手段として広範に利用され、現金や預金による決済に近似した状況となることが

  見込まれ、経済社会の決済インフラとしての役割が期待され得るものである。こ

  のため、利用者の信認を確立するとともに、決済システムの安定性を確保するこ

  とが必要である。                                                        

    以上を踏まえれば、電子マネー・電子決済に関し、幅広い事業者による参入を

  促しつつ、利用者保護及び決済システムの安定性を確保するという政策目的の下

  で、新たな立法措置を含む法的な制度整備を図る必要がある。                

                                                                          

  (2) 機能面から見た3つの着眼点                                          

                                                                          

    電子マネー・電子決済は現在揺籃期にあり、未だ典型的な形態が確立している

  とはいいがたく、今後とも新たな形態のサービスが提供されることが見込まれる。

  このような状況に鑑みれば、何が行われるかという機能面に着目し、従来の法制

  度にとらわれない理論的整理を行った上で、必要最小限の規制体系を構築するこ

  とが適切である。                                                        

    具体的には、上述の政策目的を達成する観点から、以下に示す機能面から見た

  3つの着眼点に基づいて制度整備の内容等を検討することが適当である。      

    なお、これら3つの着眼点に関し、複数の機能を有するサービスについては、

  それぞれの機能毎に該当する法制度を適用する必要がある。                  

                                                                          

  ○  電磁的な方法により支払指図等の決済に関する情報が処理され、そのプロセ

    ス全体を管理する責任を有する単一の主体が存在しない決済サービスの提供に

    対する利用者の信認の確保                                              

                                                                          

    電子マネー・電子決済は、利用者からの支払指図や弁済の提供を受けて預金の

  振替や電子マネーの裏付けとなる資金の払出し等により決済が行われるのに際し

  て情報通信技術の革新等を利用した新たな決済サービスである。具体的には、例

  えば、自律分散型情報処理・通信技術の発展に対応し、インターネット等のオー

  プン・ネットワークや複数の事業者の共同利用によるICカード(以下、「オー

  プンなネットワークやシステム」という。)を活用したサービスとして考案され

  ている。                                                                

    このようなサービスには、支払指図等の決済に関する情報がもっぱら電磁的な

  方法により処理されるという特徴と、利用者と決済の最終的な執行を行う金融機

  関等との間に、決済に係る資金面の役割を担う金融関連事業者や技術面の役割を

  担う情報通信事業者等の当該決済サービスに関係する様々な事業者が存在し、情

  報処理のプロセス全体を管理する責任を有する単一の主体が存在しないという特

  徴がある。                                                              

    このため、こうした決済サービスの提供に際して生じたエラーについて、関係

  する様々な事業者のうち、どの事業者が責任を持って対応するかが利用者には一

  義的に明らかでなく、また、決済に関する情報がもっぱら電磁的に処理されるた

  め、利用者にはそのエラーにつき自らに責任のないことを確認、主張することが

  困難であることから、何らの法制度も設けない場合には、決済処理の確実性に対

  する利用者の信認が得られにくいという問題がある。                        

    従って、電子マネー・電子決済の健全な普及・発展を図るためには、利用者に

  対し、誰が利用者からのエラーに対応するかという点を含め取引ルール等の十分

  な説明、情報開示が行われること等によって、決済サービスの適正な運営が確保

  され、利用者の信認が確立されることが必要となる。                        

                                                                          

  ○  電子マネーと見合いで利用者から受け入れられた資金の保全              

                                                                          

    内外の電子マネー・プロジェクトでは、利用者が商品の購入等を行うのに先立

  って見合いの資金を前払いし、利用者からの請求に応じて見合いの資金を払い戻

  すことを約しているスキームを採用しているものが多く見られる。            

    このような受け入れられた資金については、利用者からの預り金であり、所定

  の手順により払い戻され得ることが利用者間の決済の基盤となっていることから、

  それが十分に保全されることが必要となる。                                

                                                                          

  ○  決済インフラとしての性格を持つ電子マネーによる決済の安定性の確保    

                                                                          

    電子マネーという呼称を使用している決済サービスの中には、使用される地域

  や種類がごく限られた商品・サービスの代金の前払いに係る決済サービスから、

  多種多様な商品・サービスの一般的な決済手段としての決済サービスを目指すも

  のまで、様々なものが存在する。                                          

    このうち、後者については、近年の情報通信技術の革新等を背景として新たに

  登場したサービスであり、電子商取引の基盤となり得るものである。また、一般

  的な決済手段として広範に利用され、現金や預金による決済に近似した状況とな

  ることが見込まれ、経済社会の決済インフラとしての役割が期待され得るもので

  ある。                                                                  

    従って、こうした電子マネーでは、決済の取引上の効力について決済の後でそ

  れが覆されることがない取扱いを行うとともに、真に利用者の信認に値する要件

  を求めることが必要となる。                                              

                                                                          

 (3) 対象範囲                                                            

                                                                          

  イ  機能的な定義の必要性                                                

                                                                          

    電子マネー・電子決済という用語は、電磁的な方法により処理が行われる決済

  の仕組みとして様々な文脈で使われているが、具体的な制度整備のあり方を検討

  するためには、その前提として、制度整備の対象となる電子マネー・電子決済を

  定義する必要がある。                                                    

    その際、電子マネー・電子決済が揺籃期にあり、多様な形態のサービスが考案

  されている現状に鑑みれば、そのような動きを促す意味からも、電子マネー・電

  子決済に係る法制度が一部の形態にのみ適用され、他に適用されないという事態

  は回避する必要がある。                                                  

    従って、幅広い事業者による参入と利用者保護及び決済システムの安定性を確

  保するという政策目的を達成するためには、特定の技術や仕組みにかかわらず、

  同様のサービスであれば同様の法制度が適用されるよう機能的な定義を行う必要

  がある。                                                                

                                                                          

  ロ  「電子マネー」の定義                                                

                                                                          

    本報告書では、「電子マネー」とは、利用者から受け入れられる資金(以下、

  「発行見合資金」という。)に応じて発行される電磁的記録を利用者間で授受し、

  あるいは更新することによって決済が行われる仕組み、または、その電磁的記録

  自体をいうこととする。                                                  

    電子マネーでは、所定の手順により、利用者が有する電磁的記録に相当する金

  額の金銭の払出しを行う旨が約されている。その結果、利用者間においては、電

  子マネーの発行見合資金について有する請求権を表章する電磁的記録が存在して

  いるかのように観念され、電子マネーに係る決済に関する情報処理においても、

  この電磁的記録をあたかも現金等の有体物と同様に授受・交換することで決済を

  行っているかのように観念されることになり得る。                          

    こうした電子マネーにおいては、利用者からの請求に応じて金銭の払出しが常

  に確実に行われることが重要である。従って、電子マネーのサービス提供に関係

  する様々な事業者のうち、電子マネーの発行見合資金に係る利用者の請求権に対

  する最終的な責任を負っている主体を、電子マネーの「発行体」として制度整備の

  対象とする。                                                            

    このような定義によれば、電磁的な方法により記録されている金額に応じて物

  品やサービスの提供が受けられる前払式証票、いわゆるプリペイドカードにより

  提供される決済サービスも、電子マネーに含まれることとなる。              

    こうしたプリペイドカードに関しては、前払式証票の規制等に関する法律(以

  下、「プリペイドカード法」という。)が、利用者保護について一定の役割を果

  たしている。しかし、同法は、例えば、証票を利用した決済サービスを対象とし

  ているが、オープンなネットワークやシステムを利用した決済サービス等を対象

  としていない。                                                          

    従って、今後の情報通信技術の進展等に適切に対応するという観点からは、現

  行のプリペイドカード法との法技術的な調整を図りつつ、電磁的記録の授受等に

  着目した横断的な法制度として電子マネーに係る制度整備を行うことにより、利

  用者の信認を確立する必要がある。                                        

                                                                          

  ハ  「電子マネー・電子決済」の定義                                      

                                                                          

    本報告書では、「電子マネー・電子決済」とは、電子マネーを含め、決済に関

  する情報が電磁的な方法により処理され、そのプロセス全体を管理する責任を有

  する単一の主体が存在しない決済の仕組みをいうこととする。                

    こうした決済サービスにおいては、決済に関わる情報処理の過程で生じたエラ

  ーへの対応を含む明確な取引ルール等の下で、決済の仲介または最終的な執行が

  常に確実に行われることが重要である。従って、電子マネー・電子決済のサービ

  ス提供に関係する様々な事業者のうち、利用者からの支払指図等を受けて決済の

  仲介または最終的な執行を行う主体を、「決済サービス提供者」ということとし、

  その者が行う電子マネー・電子決済に係る仲介または執行を制度整備の対象とす

  る。                                                                    

    このような定義によれば、電子マネー・電子決済には、ICカードを用いた電

  子マネー、クレジットやプリペイドの仕組みを利用したインターネット上での決

  済サービス、インターネット・バンキング等が含まれることになる。          

    他方、従来の専用回線を用いたクレジット等による決済サービスやATMによ

  る資金移動のような決済サービスは、その提供者による一元的な管理の下で利用

  者の信頼を得て現に利用されていることから、今般の制度整備の対象とする必要

  はないと考えられる。                                                    

    なお、これらの定義は、電子マネー・電子決済について、幅広い事業者による

  参入と利用者保護及び決済システムの安定性の確保という政策目的を達成するた

  めに必要な法規制を適用する際の機能的な定義であり、民事法上の権利義務関係

  については、様々な法的構成が採られ得ることに留意すべきである。          

                                                                          

  (4) 制度整備の際の留意点                                                

                                                                          

    具体的な制度整備の内容を検討するに当たっては、電子マネー・電子決済が世

  界的な動きの一環であることを考慮すれば、制度の国際的整合性に配慮すること

  が必要である。                                                          

    また、こうした制度整備は、電子マネー・電子決済の健全な普及・発展のため

  の現時点での対応であり、今後とも様々な技術開発や創意工夫により電子マネー

  ・電子決済が発展するであろうことを考慮すれば、その普及・定着の状況等を踏

  まえ、法制度を見直すことが考えられる。

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