6.ルールの実効性の確保(エンフォースメント)
 
 
(1) 基本的な考え方

 

○ 新たな法制・ルールの枠組みが十分に機能し、円滑な金融取引と適切な利用者保護を実現していくためには、ルールの遵守(コンプライアンス)に関する監視とルール違反に対する是正・制裁といった、実効性の確保(エンフォースメント)の仕組みが確立される必要性がある。
○ 新しい金融法制・ルールのエンフォースメントの考え方についても、利用者や金融機関等取引参加者の自己規律を中心に据え、市場メカニズムを通じたガバナンス(流通市場での証券等の売却、格付けやレピュテーションを反映したリスクプレミアムの要求等)や、当事者の権利行使によるガバナンス機能(株主等の議決権行使、開示請求権の行使等)を最大限活用することが重要であり、公的な主体の関与は、市場規律を補完し、かつ、市場の公共性を維持するものとして、極力裁量を排し透明性の高い仕組みとすべきではないか。
○ このようなガバナンス機能が円滑に発揮されるためには、ディスクロージャーに対する信頼性の確保が必須であり、そのためにも公認会計士等による監査や金融機関内部の監査体制の役割がより一層重要になるのではないか。また、機関投資家は権利行使を通じたガバナンスへの関与を必ずしも積極的に行わないのではないかとの見方もあることから、投資者の機関化の進展がガバナンスに対してどのような影響があるのか、海外の事例も踏まえながら考える必要があるのではないか。
○ 近時、金融機関等の取引参加者の合理的な行動がルールの目的と合致するように、
エンフォースメントの仕組みに市場メカニズムを活用する方法としてIncentive Com-patible Approachが提唱されており、当局が定めたルールを業者に遵守させるこれまでのCommand and Control Approach(命令と管理によるアプローチ)に代わって、このような視点からルールを考えていくことも必要ではないか。(注)
 
(注)Incentive Compatible Approach の具体的な例としては、「ディスクロージャーは金融機関自身の利益となるものであり、金融機関のリスク管理体制についての情報開示に関し、自主的な競争を通じた改善・強化が期待される。」と指摘しているBISのフィッシャーレポートにおける提言や、財務健全性規制で述べたプリコミットメントアプローチがある。
 
○ 司法・行政の公的主体や自主規制機関等を通じたエンフォースメントの仕組みについて具体的に検討するに当たっては、ルールの遵守状況の監視や違反行為に対する是正措置等について、司法、行政、自主規制機関等の役割分担を適切に定めることが基本的に重要である。これについては、ルールの実効性と比較して、当事者のルールの遵守に要するコストや行政による監視コスト、司法手続きのコスト等がどのくらいか、また、その社会的・経済的な許容度をどう見るかといった点の配慮も欠かすことはできないのではないか。
○ 当事者のリスクテイクを前提として、市場メカニズムを通じた自律的なガバナンス等を中心にルールを構築し、事後監視・救済型のエンフォースメントに移行する以上、ルールの監視・是正のための体制整備が不可欠であり、そのために必要なコスト増加はやむを得ないのではないか。

 

(2) 是正・救済の手段・体制

 

○ 経済取引に関する是正・救済の手段・体制としては、我が国では、(a)民事責任の追及(民事救済)、(b)刑事罰、(c)課徴金、差止命令や排除命令を含めた行政処分、(d)自主規制機関や民間の紛争処理機関による監視・是正等があるが、このほかにも、(e)民事制裁金、懲罰的損害賠償、民事差止請求等の諸外国でとられている方法も含め、各種のエンフォースメント手段について、我が国の社会の特質や法体系との整合性を踏まえながら、検討する必要があるのではないか。
○ 前述のルールの枠組みの類型・レベルごとに、エンフォースメントの手段を整理すると以下のようになるか。この場合、どのルールに重点を置くかは、それぞれのルールに対応するエンフォースメントの体制整備や社会的コスト等、その実効性にも大きく左右されるのではないか。
 
(1) 「取引ルール」は当事者間の権利義務関係の明確化に係るルールであることから、基本的な是正・救済手段は民事責任の追及(民事救済)となるが、悪質なものや民事責任の追及では十分な抑止効果が期待できない場合については、民事救済に加えて刑事罰の適用等により対処することがあるのではないか。
(2)  「市場ルール」は取引参加者全てに適用される一般的な行為規制であることから、ディスクロージャー義務違反や不公正取引に対しては、市場の公共性を害し、広範な影響を取引参加者に与えるという経済社会的な側面も鑑み、行政処分や刑事罰の適用により是正を図るべきであるが、それとともに、発生した市場参加者の被害については民事救済により対処することになるのではないか。
(3) 「業者ルール」は業者に対する行為ルール等であることから、業者の違反行為に対しては、業者監督上の行政処分による是正や、悪質なものに対しては刑事罰の適用により是正を図ることになるが、それに加え「業者ルール」違反による被害の発生に対しては、民事救済の円滑化のための規定の整備を図ることも検討してよいのではないか。
 
○ エンフォースメントのあり方については、国際化や電子化の進展も踏まえた対応が必要とされるのではないか。国際化については、改正外為法の施行等により、今後、クロスボーダー取引等が一層増加することが予想されるが、そのような状況下でも金融法制・ルールの実効性を確保するためには、法制・ルールの内容面の整備・調整のみならず、国際取引に関するルールのエンフォースメントとして、権利を実現するための民事手続きや域外適用のあり方についての考え方の整理、金融機関の監督等における海外監督当局等との役割分担、情報交換・連携等についても検討する必要性があるのではないか。
 
(注)英国では、自主規制機関中心のエンフォースメントが行われており、金融サービス法下の監視・執行体制は、歴史的・社会的経緯等から、民間団体であるSIBに対して公的な規制・監督権限が大幅に委譲されるとともに、SIBの認可を受けた業種別の自主規制機関(SRO)が個々の業者の監督を行ってきた。いわば自主規制を中心とした業態別の縦割りの規制体系であり、投資サービス業者が各種の業務を営む場合には複数の監視機関の監督に服するため、主たる監視機関(lead regulator)を定め、監視・執行の重複を回避する体制となっていた。しかし、規制の重複コストの問題、自主規制機関による監視・執行の実効性の問題等から、現在、監視・執行体制を簡素化・明確化するとともに、公的性格を強める方向で見直しが行われており、SIBを発展・改組したFSAに各自主規制機関を統合するとともに、イングランド銀行や貿易産業省等が所管していた銀行・保険等の監督権限もFSAに移行し、包括的な単一の監視・執行機関としてのFSAの機能強化が進められている。
 米国では、行政と司法がエンフォースメントの中心となっている。行政については、業態に応じて複数の監視・執行機関が存在し、その意味では縦割りの体系となっているが、証券・投資サービス分野では、独立行政委員会であるSEC(Securities and Exchange Commission:証券取引委員会)が、行政的な機能のみならず準立法、準司法的な機能といった幅広い機能を担っており、仕組みとしては強力な行政権限を有するSEC中心の監視体制となっている。これに加え、NASD(National Association of Securities Dealers:全米証券業協会)等の自主規制機関が幅広くその補完的な役割を果たしている。また、司法手続きにおいては、被害者の損害の填補や懲罰的損害賠償、民事差止め等の民事手段が幅広く活用されている。
 
(1) 民事責任の追及(民事救済)
 
○ 金融取引に関する民事救済の現状を見ると、\金融取引に関する訴訟が必ずしも多くなかったため、判例や法理が十分に確立されていない面がある、]金融取引はリスクに関する情報のやりとりであり、また、その損益が相場変動等に左右される等の特性があることから、損害発生の因果関係や損害額の立証が困難な場合が少なくない、^司法インフラの現状に照らすと、発生した損害額に対し、訴訟に要する時間や費用等のコスト面での制約が大きい、等の問題が指摘されている。
 
i  裁判手続き

○ 金融取引の利用者被害の円滑な救済を図るためには、「取引ルール」により権利義務関係の明確化を図るとともに、虚偽の表示や不実告知等の一定の要件を充たす場合については、説明の有無や内容等と投資者が受けた損害との因果関係に関する立証責任を業者サイドに転換する規定や、投資者の損害額に関する立証を緩和する規定を設けることも検討に値するのではないか。ただし、立証責任の転換等の対象となる取引等については、十分吟味することが必要ではないか。
○ 我が国の訴訟手続きでは、裁判当事者の証拠入手権限が弱く金融機関等に証拠が偏在する傾向があるため、被害にあった利用者の立証を難しくしていることから、広範な証拠収集が可能である米国のディスカバリー制度(法廷外で当事者が互いに事件に関する情報を開示し収集する手続き)等も参考にしながら、有効な救済を行うための立証手段を確保する方策についての検討が必要ではないかとの指摘があった。(注)
○ 被害にあった投資者が広範囲にわたる場合や被害額が少額である場合に対処するため、(a)米国には、共通点をもつ一定範囲の人々(クラス)を代表して少数の者が全員のために原告として訴えるクラスアクション(集合団体訴訟)制度が、(b)ドイツには、消費者団体等の諸団体が提訴権者になり、不正競争防止法等に違反する行為について差止め請求訴訟を提起する団体訴訟制度があるが、我が国でもこうした制度を参考にしつつ、有効な救済を図るための方策を検討する必要があるのではないかとの指摘も見られた。(注)
 

(注)先般の民事訴訟法改正においては、証拠収集制度の拡充のため、当事者照会制度の新設、文書提出義務の一般義務化等の文書提出命令の整備が行われるとともに、選定当事者制度(共同の利益を有する多数の者が共同訴訟人となるべき場合に、その中の一人または数人を選定し、この者に当事者として訴訟を追行させる制度)の利用の容易化や少額訴訟制度の創設といった施策が講じられている。
 
○ 我が国では、いわゆる公法と私法を峻別する考え方が強く、業法等の取締法規に違反しても行政処分等の対象になるだけであり、当然に、契約が無効になったり、民事上の損害賠償責任が生じたりする等の私法上の効果が発生するものではなく、裁判の過程において、取締法規違反を含めた違反行為者の行為全般を観察し、全体として違法性がある場合には、不法行為等に基づき損害賠償責任等が認められるとの考え方が通説となっている。
○ ここで、被害にあった投資者等の立証に要する負担を軽減し民事手続きの活用を促すことや、損害賠償責任等に関する事前の明確性を確保し、法的な安定性を高める観点から、「市場ルール」や「業者ルール」の違反について、英国の金融サービス法のような、直接損害賠償責任を成立させるといった規定や、米国の証券取引所法のような、契約の無効等の効力を発生させるような規定を設けることにより、民事救済の実効性を強化することを検討してはどうか。(注)
 
(注)現行の証券取引法には、開示義務違反に対する訂正届出書の提出命令等や罰則といった是正・制裁措置のほか、有価証券届出書の虚偽の記載等に因る損害賠償責任が規定されている(第16条〜第22条)。ただし、損害賠償責任の発生については、不実開示と損害発生との因果関係、損害額の算定といった点で実務上の対応の困難性が大きい等の事情から実例はない。
 また、金融システム改革法では、証券投資法人(会社型投資ファンド)制度について、執行役員や監督役員、運用会社、資産保管会社、一般事務受託者等の忠実義務違反に対する損害賠償責任が規定されている。
 
ii  裁判外紛争処理制度

○ 司法手続きの時間・費用等の面でのコスト節減を図るため、司法インフラの一層の整備が図られることが期待されるが、こうした施策と併せ、金融取引の紛争を専門的かつ迅速に処理するため、司法を補完する紛争処理制度の構築についても検討する必要があり、米国の証券仲裁制度や英国等に見られるオンブズマン制度のような制度を我が国でも構築することは考えられないか。また、例えば、我が国の日本広告審査機構(JARO)による裁定、交通事故紛争処理センターによる調停、国民生活センターによる苦情処理等の紛争処理制度も参考にして、行政や自主規制機関、関係団体等による裁判外紛争処理制度の拡充は考えられないか。(注)
 

(注)金融システム改革法では、証券取引法を改正し、日本証券業協会のあっせん制度を法定化している。
 
○ また、利用者にとっての分かりやすさ、使いやすさという点では、商品・サービス毎に窓口を設けるのではなく、金融サービス全般、あるいは消費者取引全般に係る紛争処理の窓口から、それぞれの専門的な紛争処理機関に事案をつなぐような仕組みは考えられないか。

iii  その他の民事手段

○ 英米では、主に不法行為訴訟において加害行為の悪性が高い場合に、加害者に対する懲罰および一般的抑止効果を目的として、通常の填補損害賠償のほかに認められる懲罰的損害賠償や数倍額損害賠償(主に米国)が活用されている。特に加害者の「やり得」が発生しやすい事案に対して、我が国でもこのような制度を検討する余地もあるのではないかとの意見があった。
○ その一方で、これらの手段は、我が国の学説および判例の傾向に照らすと、公序良俗の原則に反すると解される可能性が高く、また、悪質な事例には刑事罰も科されることから、憲法が禁止する二重処罰にあたるおそれもあり、我が国の法体系になじむのか理論的にも慎重に検討していかざるを得ないといった意見や、懲罰的なものは刑事罰や行政処分等でカバーすべきであり民事とは峻別すべきではないかといった意見、被害者のイニシアティブによる裁判所の民事救済措置は我が国では補完的な役割にとどまらざるをえないのではないかといった意見等があった。
○ また、英米では民事差止請求が活用されており、我が国においても経済法の分野において検討が行われているが、我が国の法体系との整合性等の問題を鑑みながら、考えていく必要があるのではないかとの意見も見られた。
 

(2) 刑事罰

○ 金融取引における刑事罰には、(a)刑法の詐欺罪等、投資者の財産を詐欺等の意図的な財産侵害から守る役割と、(b)証券取引法や各業法における刑罰規定等、金融取引に関する法制を機能させるために必要不可欠な基本的枠組みを刑罰により担保する役割、の2つの基本的な役割があるのではないか。
○ 刑法の詐欺罪は立証が容易でない場合もあるため、悪質な虚偽の説明や重要事項の不告知について、詐欺罪の周辺的な財産犯類型を新たに設けることが考えられないか。○ 刑事罰は、違反行為者個人の責任追及を基本とすることから、事前的な抑止力という点でも優れており、重大な違反や悪質業者の防止等のため刑罰をより広範かつ積極的に用いるべきとの意見がある一方で、刑法の謙抑性、補充性、最終手段性等の観点から見ると、刑事罰の適用は投資者保護や公正取引ルールの確保等にあたり必要不可欠な場合に限るべきであるとの意見もあった。
○ 「業者ルール」においては、金融機関等による検査の忌避といった金融機関の健全性確保のための事後的チェックに対する違反行為や金融機関等の財務や業務に関する虚偽報告といった情報開示違反の行為、詐欺的な説明行為等の行為ルール違反に対しては、罰則により事後的チェックの実効性を高める仕組みが考えられるのではないか。(注)
○ 「市場ルール」においては、(a)ディスクロージャー義務の不履行や不実開示といった違反行為については、金利・価格形成、資源配分の歪みといった経済・市場全般への悪影響を制裁する観点から、(b)不公正取引については、幅広い市場参加者に悪影響を与えること、および「公共財」たる市場への信認を喪失することを防止する観点から、罰則によるディスクロージャーの真実性や適正性、市場の公正性や透明性を確保する仕組みを検討する必要があるのではないか。また、市場機能への影響の多寡等に応じて、法的な効果に差が生じうるとの意見もあった。(注)
 

(注)昨年秋の関連業法等の改正により、企業内容の開示義務違反や証券市場等における不公正取引に係る罰則や、金融機関等による検査の忌避、虚偽報告に係る罰則の強化が行われている。
 
○ また、悪質な不公正取引や利益相反行為による不当利得に対して、いわゆる「やり得」を排除し、違反抑止力を高める観点から、証券取引法の没収・追徴のような是正・制裁手段を検討してはどうか。(注)
 
(注)現行証券取引法には、損失補填により受けた財産上の利益に関する没収規定が存在する(第 202条の2)。また、金融システム改革法には、インサイダー取引や相場操縦等の不公正取引により得た財産に関する没収・追徴規定が証券取引法に盛り込まれている(第 198条の2)。
 
○ 刑事罰に係るエンフォースメントについても、実効性を高めるためには、司法インフラの充実が必要ではないか。

(3) 行政による監視・処分

○ 事後チェック型の行政への移行に伴い、\金融機関自身によるリスク管理、内部監査の管理体制に重点を置いた監督・検査や、適正なディスクロージャーや取引の公正性のチェックといった市場機能の発揮に関する監視・モニタリング機能に重点が置かれるとともに、これに対応した]法制・ルール違反に対する是正・制裁機能等を担っていくことが重要になると思われる。行政がこのような役割を果たすにあたっては、行政によるルールの制定・運用の基準の明確化や処分理由の明示等、アカウンタビリティーを確保することが重要ではないか。
○ 行政上の措置においても、「市場ルール」に違反した不公正取引等によるいわゆる「やり得」を排除するため、是正・制裁手段として、課徴金の賦課を検討してはどうか。(注)
 

(注)
1.独占禁止法では、違法なカルテル行為に対する排除措置命令だけではカルテルの「やり得」を発生させ、違反抑止力の面で不十分であるため、価格に影響を与えるカルテルが行われた場合に、カルテルの参加者に対して公正取引委員会が一定の方法により算出した額の課徴金の納付を命じる仕組みが採られている。
2.課徴金制度一般については、憲法が禁止する二重処罰の問題等から、我が国の法制下では慎重に取り扱うべきとの指摘がある。
 
○ また、英米では法律違反に対し国・州等が課す刑罰的な意味を持たない金銭的制裁である民事制裁金が用いられているが、我が国の法体系との整合性を踏まえながら検討を行う必要性があるのではないか。
○ 「業者ルール」違反に対する行政上の措置としては、免許、認可、登録等の停止・取消、業務改善命令・業務停止命令、譴責、営業員等の資格停止・取消、違反・処分等の公示等があげられるが、刑事罰等との役割分担も踏まえ、ルール違反の内容や程度に応じた適用のあり方を考えていくべきではないか。
○ 金融取引における詐欺的行為等に起因する被害の拡大を早期に防止するため、英米では救済措置の一つとして差止命令が活用されている。例えば米国のSECでは毎年多数の証券詐欺に対する差止命令を裁判所に請求し、被害拡大防止手段として活用している。我が国でも、参入要件の自由化により参入・退出の活発化が考えられるが、行政等の申立てに基づく裁判所による違反行為者に対する差止命令や是正命令等(注)
の活用を検討してはどうか。
 
(注)証券取引法には、内閣総理大臣または大蔵大臣の申立てにより、裁判所が必要と認める場合は、裁判所は法令違反行為の禁止、停止を命じることができるとの規定(第 192条)があるが、申立て例はない。また、金融システム改革法では、証券投資信託の受益証券や投資証券の募集の取扱い等に関しても、同様の措置が講じられている。
 
○ 米国のSECでは、組織の中立性、手続きの透明性等を確保しつつ、準司法的機能として行政審判制度を実施しており、司法審査でも行政審判による判断が尊重されている。また、私人による民事裁判においても、SECが収集して裁判所に提出した証拠を私人が利用したり、SECが法解釈等に関する意見の申立てや資料の提出を行ったりしている(amicus curiae) 。このような措置により、行政と司法のリンクが図られているが、我が国でも、準司法的機能である行政審判制度の導入や行政による判断の司法への反映等、行政と司法をリンクさせる方法について検討する必要があるのではないかといった意見もあった。
○ 事後チェック型行政は検査・監視等のモニタリングのウェイトが高くなるため、マンパワーの充実が必要になるとともに、金融の高度化・複雑化に対応するため、金融の実態面や法制面に精通した専門家の養成・確保を行う等、質・量両面での一層の体制整備が早急な課題ではないか。その際、リスク管理等の内部管理体制のチェックが主となる「業者」に対する監督・検査と、ディスクロージャーや不公正取引のチェックが主となる「市場取引」に対する監視に区分して、それぞれに必要となる体制整備について考える必要があるのではないか。
 
(注)米国のSECは、連邦証券諸法の執行・運用を主要な任務とするほか、準立法的、準司法的な機能をも有しており、そのための強い調査権限をも備えている。このような役割を果たすため、SECには弁護士や会計士、アナリスト、エコノミストといった専門家を含め3000名を超す職員が在籍している。また、その是正措置としては行政処分、裁判所による差止命令、刑事告発が中心であったが、事態に対して迅速に対応するため、1990年の証券法執行改革法により、行政手続きによる制裁金の賦課や、SEC単独による各種措置命令の発出が可能となっている等、強力な権限と充実した体制によりエンフォースメントを行っている。
 
(4) 自主規制機関の位置付け・役割

○ 監視・執行には相当程度の金融・法律等の専門知識が要求されること、行政や司法の体制を大幅に拡充するには相応の社会的なコストを伴うこと、金融イノベーションを阻害しない柔軟なルール体系を構築していく必要性があること等を勘案すれば、規制される者自身が規制の立案・実施に参加することから、実態の正確な把握の上に立った機動的で実効性のある規制が期待できる等のメリットを有する自主規制機関に積極的な役割を求めることが考えられるのではないかとの指摘がある。
○ 一方、我が国には、法的な根拠を持つ自主規制もあるが、大宗いわゆる業界団体によるものであることから、中立性の確保や公共的利益の追求といった点で、自主規制は必ずしも十分にその機能を発揮できていないとの指摘もなされている。
○ 自主規制機関と公的機関との役割分担には確定した答えがあるわけではない。例えば、いわゆるプロ同士の取引やデリバティブ取引等、発展の早い分野のルールについては、公的ルールよりも金融機関等の自主的な取組みに委ねることが世界的な潮流となっていると考えられる一方、英国では、監督体制の見直しに着手しており、自主規制による問題等も踏まえ、それまでの複数の自主規制機関を中心とした監視・執行体制から、単一の公的機関による監視・執行体制へ移行することとしている。
○ 上述した点を踏まえ、我が国においても、諸外国の事例や我が国の法体系との整合性も踏まつつ、自主規制機関の必要とされる分野、あるいは自主規制機関の役割について改めて整理・確認することが重要ではないか。具体的には、(a)実態を踏まえた具体的・弾力的な自主ルールの制定、(b)自主ルール違反に対する制裁・是正の実施、(c)参加金融機関等の販売管理体制やリスク管理体制の整備促進、(d)中立的・効率的な紛争処理制度の運営といったものが考えられるのではないか。
○ また、自主規制機関を活用するためには、我が国の法体系の下で、どの程度まで立法的、司法的および行政的権限を付与できるのかという問題のほか、自主規制機関が公平かつ効率的に機能するためには、(a)組織面およびルール制定面・執行面における中立性・透明性の確保の問題、(b)自主規制機関の機能・役割と独占禁止法との関係、特に、法律に根拠がない団体による業務に対する独占禁止法の適用に関する問題、(c)自主規制機関に参加していない業者に対するルールの適用、あるいは自主規制機関への加入の強制等、自主ルールを普遍的なものにするための問題、(d)業態横断的な自主規制機関を構築することの必要性の問題、(e)人材・業務運営のための財源等の確保の問題といった課題を解決する必要があるのではないか。(注)
 

(注)米国のNASDは、自主ルールの制定・実施、紛争処理、販売・勧誘文書や広告の審査、証券引受業務の適正さの審査等を行っている一方、英国のFSAは、傘下の自主規制機関や投資業者の認可・取消、自主ルールの制定・実施、紛争処理や補償基金の設置、違反業者等に対する調査や訴追等、より幅広い業務を担っている。我が国の証券関係の自主規制機関は、自主ルールの制定・実施、実地監査の実施、証券取引の苦情相談等を行ってきたが、金融システム改革法では、会員の法令遵守のための体制整備の促進、紛争処理制度の法定化等、自主規制機関の機能強化を図るための措置が講じられている。

[続きがあります]