7.ルールの形成・運用
 
 
○ 金融取引に関するリスクの明確化や金融イノベーションへの対応を考えた場合、取引参加者に対して透明性が高く、明確性、機動性に富む取引ルールとしていくことが重要である。ただし、それでも事前に細部にわたるルールを過不足なく明らかにすることには自ずと限界があり、ルール自体についても様々な環境変化に対応できる柔軟性を念頭に置いて考える必要があるのではないか。
○ ルール形成の仕組みについては、(1)トラブルの存在に関わらず、ルールそのものを定める立法的なルール形成と、(2)トラブルに対して判例や処分例の蓄積を通じてルールを形成する司法的なルール形成とに区分して考えることができる。
○ 具体的には、(1)の類型として(a)法令によるもの、(b)行政によるガイドライン、(c)公認自主規制機関によるルール・ガイドライン、(d)民間の自主ルール等があるほか、個別事例に関する判断を通じた(2)の類型として、(e)裁判所による判例、(f)仲裁・調停機関等による裁定、(g)行政処分・制裁の発動等、様々な形式とレベルがある。そして、そのルール形成力の軽重といった正当性(例えば法令や判例は重い)や明確性、機動性や柔軟性等を念頭に、全体としての仕組みと組合せを考えていくことになるのではないか。その場合、手続きの透明性と信頼性がルール形成力に影響するのではないか。
○ なお、ルールの透明性・明確性を高めるにつれルールの弾力性が低くなるといったトレードオフの関係が存在しているとの指摘があるが、この問題への対処方法について考えていく必要があるのではないか。

 

(1) ルールの制定手続きの公正性・透明性

 

○ ルールの制定、改廃に当たっては、(a)公開草案、(b)パブリックコメント、(c)公聴会、(d)資料開示等、その手続き面でもルールの公正性と透明性を確保することが必要ではないか。また、行政によるルール制定のほか、自主規制機関等によるルールについても、ルール形成過程における透明性を高めることにより、ルールの規範性を高めることができるのではないか。
 
(注)米国では、ルールの制定過程において、行政手続法により草案の公開、パブリックコメント等の手続きが定められており、これらを経た上で最終案が決定される。また、1974年の「交渉による規則制定法」では、このような手続きの前に利害関係人による交渉規則制定のための委員会設置が奨励されている。
 英国では、政府の政策大綱はホワイトペーパーとして議会に提出され、法案はこれを基に立案されるが、国民の意見を問う必要があると行政が判断した場合には、まずグリーンペーパーを作成・公表し、これに寄せられた有識者、一般国民の意見がホワイトペーパーに反映される仕組みとなっている。

 

(2) ルールの機動性・弾力性(準立法的機能)

 

○ ルールの適用に関する判断基準を予め明らかにすることが重要であり、金融商品・サービスの包括定義規定等について、(1)ある程度ルールが抽象的でも運用で対応できるようにする、(2)新しく開発された金融商品・サービスに関する法制・ルールの適用関係をタイムリーに明らかにする等の体制整備が必要ではないか。
○ このためには、「市場ルール」および「業者ルール」については、(1)ルール制定段階の対処策として、米国のセーフハーバールールや、我が国の独占禁止法の運用で用いられているガイドラインの活用、(2)ルール運用段階の対処策として、米国のノーアクションレター制度等、弾力的かつきめ細やかなルール運用を行うことが考えられるのではないか。また、ルールの運用段階においても、運用方針の公表等を行い、その公知性を確保することが重要ではないか。(注)
 
(注)
1.セーフハーバールールとは、当該ルールに従わなくても直ちに違法となるものではないものの、そのルールに従って行動する限り、法令違反を問われることがないという効果を明確化するもの。イノベーションが活発で、規制の枠組みを一義的に定めることが困難な金融分野においては、そのルールの存在によって、適法な取引か事前に類型化して提示されるので、取引の法的安定性が確保されるとともに、同ルールの裁判での援用も可能とされている。
2.ノーアクションレターとは、SECのスタッフが、具体的な取引等にについて是正・制裁等を行うか否かについて意見を求められた場合に、それを行わない旨を述べた文書。ただし、ノーアクションレターはSECスタッフの判断であり、その判断が、結果的にくつがえるケースもあるが、ノーアクションレターの申請から回答までのプロセスは明確に定められており、基本的には回答文書は公開され、対外非公表の期間が付されているものについても、期間経過後に公開される(1996年のレターの公開件数は1005件)。我が国でも、公正取引委員会による事前相談制度が見られるほか、先般、大蔵省が出した「金融監督等にあたっての留意事項について−事務ガイドライン−」においては、法令解釈等の明確化に関して、書面による照会および回答、照会事例集の作成、一般への公開等の一定の手続きについての言及がある。
 
○ 金融取引、特に市場参加者の自由な活動の確保が必要なホールセール市場におけるプロ同士の取引等については、自主管理によりリーガルリスク、レピュテーショナルリスク等に対処することが望ましく、自らの発意により自主ルールの整備が求められているのではないか。(注)
○ 英国のシティーには、金融実務家、弁護士、大学教授等の民間人からなるFinancial Law Panel という権威ある団体があり、特に「取引ルール」における法的不確実性を除去するための提言を行い、いわば司法、立法に対するアドバイザリー機能を担っているが、我が国でも、市場のルール・慣行の形成に関して、業界や法曹界、学界等が参加したこのような自主ルールの形成手続きは考えられないか。(注)
 
(注)米国では、相次ぐデリバティブ取引による損失事件の発生を契機に、1995年3月に米国大手証券会社6社がSEC、CFTC(商品取引所委員会)と共同で作成した「店頭派生商品取引に係る自主規制」が、さらに同年8月には、ニューヨーク連銀、SIA(全米証券業協会)、ISDA(国際スワップ・デリバティブズ協会)等が共同で作成した「ホールセール金融市場取引のための諸原則・諸慣行」が発表され、これらに示された基本原則の下、各業者が自らのリーガルリスクやレピュテーショナルリスクを勘案した内規・マニュアルを整備するようになっている。

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