8.消費者保護
 
 
(1) 金融取引における消費者保護と「消費者契約法(仮称)」

 

○ 金融取引における利用者・投資者の保護を、ソーシャルミニマムの保障等、いわゆる消費者保護政策の視点から検討することも考えられるが、今日における消費者保護の基本理念も、「消費者」を経済的な弱者として常時保護するという考え方ではなく、「消費者」と「業者」(「専門家」、「情報優位者」)との間の情報力・交渉力の格差の是正を主眼に、「消費者」の自立を支援し、自己責任原則を補完するものとすべきではないか。そうだとすると、新しい金融法制・ルールの枠組みは、公正かつ効率的な金融取引の確保を目的とするものであることから、それ自体結果として消費者保護にもつながることに留意が必要である。
○ このため、金融取引の特性に即した消費者保護のためのルールを、別途、設ける必要性についてどのように考えるのか、取引参加者の自己責任を基本としつつも、金融サービス業者(専門家)ないし情報優位者に対して「売り手責任」の要素が加味される「リーテイル取引」に係るルールとの関係についてどのように整理するのか、という論点について考えていくことになるのではないか。また、金融取引における消費者保護については、金融商品・サービスの提供に係る国際化の進展を踏まえ、グローバルな視点からの検討が必要ではないか。
○ 具体的には、金融取引は本来的にそのリスクを明らかにして取引を行うものであることから、製品の欠陥を問題視する電気器具や玩具といった製造物に対する消費者保護の考え方とは基本的に異なる面がある。すなわち、
 
(1) 市場での相場変動等を条件に、契約による給付内容が変更されることを前提とする取引(例:為替スワップ、変動金利ローン等)が存在する、
(2) 損失額について、販売者や運用管理者の非に起因する部分と一般的な相場変動に起因する部分との区分が必ずしも明らかではない、
等の特性がある点に十分留意した上で、一定の金融取引の類型や「消費者」の範囲等に着目して消費者保護ルールの必要性を考えることになるのではないか。
 
○ 我が国における関連法制の内容およびその目的を鑑みると、金融取引における消費者保護ルールとして、具体的には、(a)説明義務、不実告知の禁止、(b)強迫、威迫困惑行為の禁止、(c)不当な契約条項の禁止、無効、(d)クーリング・オフ(無条件契約解除権)制度の適用等が検討対象になろうが、上記のような金融取引の特性に照らして、一般の経済取引との違いに配慮する必要があり、例えば、契約による給付内容の変更が一定の客観性(市場相場や信頼のある格付け等)を持つ場合等には、顧客に対する説明は必要とされても契約条項自体は不当とはいえないこと、事後的に損失が発生した場合のみクーリングオフを申し出るといったモラルハザードが発生するおそれがあること等も念頭に置く必要があるのではないか。
○ また、新しい金融商品・サービスに対する横断的法制と現在、検討が行われている「消費者契約法(仮称)」(注)との関係整理については、前者が後者の特別法となるとの見方もあるが、今後、さらに吟味する必要があるのではないか。
 
(注)国民生活審議会では、「事業者」と「消費者」の間の契約全般を対象に「消費者契約法(仮称)」の検討が行われており、そこではいわゆる「金融サービス法」との関係の整理が論点のひとつとなっている。
 「消費者契約法(仮称)」は、消費者契約の適正化を図るための民事特別ルールとして検討されており、(a)契約締結過程の適正化のためのルール( i 情報提供義務、不実告知、 ii 威迫、困惑、 iii 不意打ち条項)、(b)契約内容の適正化のためのルール( i 不当条項、 ii 不当条項リスト、 iii 契約条項の明確化等)で構成され、ルール違反に対しては契約無効等の民事救済で対応することとされている。
 
○ 金融取引に関する新しい法制・ルールの検討は金融取引全般を対象に行うものであり、消費者取引に限定されるものではないことから、「消費者契約法(仮称)」の趣旨や対象範囲と必ずしも一致するものではない。しかし、金融取引においても「取引ルール」の明確化は重要な課題の一つであり、両者の検討は相互補完的なものとして、それぞれが果たすべき役割分担を考えていくべきではないか。

 

(2) 消費者に対する信用供与

 

○ 消費者に対する信用供与に関しては、リスクの明確化という金融取引全般に共通する側面だけでなく、「借り手」の保護という社会政策的な側面も有しており、高金利規制や過剰与信の制限、さらには多重債務問題といった社会的な問題の克服等の政策要請を十分に踏まえて検討を進める必要があるのではないか。
○ 金融取引を含む商品・サービスの販売・提供において、融資が付随する取引がしばしば見られる。このような商品・サービスの販売と融資との組み合わせ取引については、金融商品・サービスの提供に関して様々な提携が拡大する中で、商品・サービスの欠陥や損失が発生した場合、購入者に融資の返済義務だけが残るというリスクへの対応について検討する必要があるのではないかとの意見があるがどうか。
○ 消費者に対する信用供与に関しては、貸付条件の開示、誇大広告の禁止、過酷取立て
の制限、個人信用情報の保護等の課題が考えられる。もっとも、信用供与という行為自体は一般的な経済行為として幅広く行われており、その点について留意することが必要ではないか。(注)
○ また、過剰融資等における業者の「借り手」に対する民事責任に関する問題も存在するが、我が国の法体系との整合性を踏まえながら、民事責任として検討可能な問題は何かを明らかにしていく必要があるのではないか。
 
(注)昨年6月の金融制度調査会答申では、幅広い金融サービスに対して横断的に適用される法的枠組みの確立(いわゆる「金融サービス法」)とともに、消費者に対する信用供与についても、欧米の統一的な消費者信用保護法を参考としつつ、消費者信用を行う全ての業態に対し横断的に適用される法制を構築することを視野に入れて検討すべきではないかという指摘がなされている。
 また、個人信用情報については、大蔵省と通商産業省との共同勉強会である「個人信用情報保護・利用の在り方に関する懇談会」において検討が行われ、本年6月に報告書が取りまとめられた。

 

(3) 悪質業者の排除

 

○ 金融システム改革により商品の多様化や業者の参入・退出の自由化が進む中で、悪質商法が多発するおそれもあり、これに対しては、出資法の見直しを含め、自由化のメリットを減殺しないよう配慮しながら、実効的な取締りのできる法的枠組みを考えていく必要があるのではないか。
○ 悪質商法には、(1)商品・サービス自体や事業の運営方法が詐欺的なもの、(2)商品・サービス自体は詐欺的ではないものの構造的にいずれ破綻が避けられず、仕組み自体が成り立たないもの、(3)不実告知や威迫といった販売・勧誘方法が悪質なもの等いくつかの類型が考えられ、それぞれの類型ごとに刑事罰や、説明義務、適合性原則、勧誘規制等の行政規制等によりきめ細かに対処する必要があるのではないか。
○ ルールのエンフォースメントという面では、多くの場合、悪質業者は資産を流用したり浪費しているため、構造的に資力が乏しいケースが多く、民事責任の追及のみでは十分な救済や抑止力が期待できないので、刑事罰と併せて対処する方が効果的ではないか。この場合、利用者の被害救済のためには、何よりも早期の対応が肝要であり、営業の差止・停止措置をとれるようにすることが必要ではないか。
○ 悪質商法は、いつの時代でも法制の抜け穴を狙って行われることが多く、できるだけ機動的・弾力的なルールでこれを阻止できるようにしていく必要がある一方で、一般の金融商品・サービスの提供やイノベーションを阻害しないようルールの適用範囲はできるだけ明確でなければならず、双方の要請のトレードオフという問題点の解決方法を検討することが重要ではないか。
○ 出資法、特に第2条の預り金禁止規定については、大衆投資者保護の観点から悪質商法の横行に対する抑止力として重要な役割を果たしてきているという意見がある一方で、出資法の存在が新たな商品開発のイノベーションを阻害しているのではないかとの意見もある。
○ このような出資法に関しては、
 
(1) 第2条は預金類似の商品を排除するものであるため、預金等の受入れを銀行に限定している銀行法の規定の存在もあり、結果的に銀行と非銀行を区別するいわば金融基本法的な役割を担わされてきた面もあり、新しい金融法制・ルールを構築する中で銀行機能の検討と合わせて見直すべきであり、例えば新しい金融犯罪取締法規等として見直すことは考えられないか、
(2) 新しい金融法制・ルールにおいて、元本保障等の安全性をうたう金融商品を届出制にした上で無届けや虚偽の届出に罰則や差止めを行いうる規定を設けることや、情報開示義務を課した上で、情報開示義務違反や虚偽の情報開示に罰則や差止めを行いうる規定を設けること等により、自由な商品開発を阻害することなしに悪質商法を抑制することができないか、
(3) その一方で、刑法の詐欺罪は立証が容易でない場合もあるため、現実の悪質商法には対処し切れていない面があることから、被害者の投資判断過程を支配して財産を交付させる行為に対する新たな金融犯罪類型を、刑法上位置付けることについて考えてはどうか
といった意見が見られた。(注)
 
(注)ドイツには、他人の困窮、経験の未熟、判断力の不足等を利用し、信用の供与、給付等の対価として著しく不均衡な財産上の利益を搾取した者に課せられる罪として、暴利罪が存在する。

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