1.金融システム改革と基本的な問題意識
 
 
 我が国の金融は、高齢化やストック化に代表される経済社会の成熟に伴う資金余剰基調の定着という資金循環構造の変化に加え、情報・通信技術の高度化、国際化の進展といった著しい変化に直面している。また、バブルの生成・崩壊に伴う金融機関等の不良債権問題および金融システム不安といった事態に遭遇し、これまでの金融制度のあり方が大幅な見直しを迫られている。こうした環境変化の下で、我が国経済が21世紀においてもその活力を維持・向上させていくためには、金融システムの抜本的な構造改革が不可欠である。
 一昨年11月、このような問題意識の下、総理大臣から、フリー(市場原理が働く自由な市場に)、フェア(透明で信頼できる市場に)、グローバル(国際的で時代を先取りする市場に)を基本理念とする金融システム改革(いわゆる「日本版ビッグバン」)構想が打ち出され、昨年6月には各金融関係審議会において具体的な改革プランが提示された。これを受け、今国会で成立した金融システム改革法を中心として、2001年3月の完成を目指して、金融システム改革の具体化が進められている。同時に、いわゆる金融安定化二法が今国会で成立する等、預金者等の保護に係る2001年3月までの時限的な措置を含め、金融システムの安定確保についても各種の措置が図られている。
 金融システム改革の実施に伴い、商品・サービス、業務、組織形態等の自由かつ多様な展開が可能となり、我が国の金融にも様々な新しい動きが出てくるものと予想される。
 今般の金融システム改革法には、資産運用手段の充実、活力ある仲介活動を通じた魅力あるサービスの提供、多様な市場と資金調達チャネルの整備、さらには、利用者が安心して取引を行うための枠組みの構築といった視点から、多種多様な施策が盛り込まれているが、今後の改革の進展プロセスにおいては、従来の業態・業法では想定しえなかったような各種のイノベーションの展開が期待される一方で、幅広い利用者が様々な金融リスクに関わる場面も増えてくると考えられる。
 こうした金融システム改革の進展状況を踏まえつつ、証券取引審議会報告書、金融制度調査会答申(いずれも昨年6月)、経済審議会・行動計画委員会報告書(一昨年10月)、産業構造審議会・産業金融小委員会中間報告書(昨年6月)等でも指摘されているように、幅広い金融サービスに対して整合的に対応しうる新しい法的な枠組み(いわゆる金融サービス法)についても検討を進める必要があると考える。当懇談会では、こうした問題意識の下に、
(a) 金融システム改革の進展を受けた新しい金融の姿、
(b) 金融の将来像に相応しい新しい法制・ルールのあり方、
を中心テーマとして、理論的かつ幅広い見地から検討を進めた。

 

(1) 「新しい金融の流れ」をどう捉えるか〜金融機能の役割の変化〜

 

(a) 資金余剰基調の定着と個人金融資産の蓄積

○ 経済の成熟化に伴う資金余剰基調の定着、1200兆円の個人金融資産に象徴される経済のストック化の進展、さらにその背景にある高齢社会への移行といった経済の基礎的な構造変化により、家計や企業等の金融に対するニーズは大きく変化している。
○ 資金不足時代の金融の主たる機能は、経済の高度成長という国民共通の目標の実現とも相まって、資金余剰主体である家計から資金不足主体である企業への円滑な資金供給であり、銀行等の預金と貸付を通じたいわゆる間接金融が中心的な役割を果たし、証券市場(直接金融)の位置付けは補完的なものでしかなかった。
○ 経済のストック化の進展等に伴い、金融資産の効率的な運用・管理(アセット・マメジメント)が金融の機能として重要性を増してきている。我が国の個人金融資産の大半は預貯金や生命保険といった間接金融の仕組みを通じて運用され、多様で効率的な資産運用というニーズに必ずしも十分応えきれていないのが現状である。
○ 経済構造の大きな変化のなかで、我が国経済が活力を取り戻すためには、新たなビジネス分野の開拓等についての今までにも増した試行錯誤とチャレンジが不可欠であり、経済社会全体として相応のリスクをとりながら、各方面の資金運用・調達ニーズに対し、多様な金融面での選択肢を用意する必要がある。特に、技術革新を原動力とする経済成長にとって、リスクテイクは不可欠の前提条件であり、新規事業を含めて多様な事業リスクに対応した幅広い資金供給手段が提供される必要がある。
○ 一方、銀行等による間接金融は、その基本的な構造として、銀行等が預金の元本と利子を保証し、融資等に係る運用のリスクを銀行等がいわば丸抱え的に負担する仕組みである。これは、資金不足時代にあっては、経済の高成長にも支えられて円滑に機能してきた。しかしながら、安定成長・資金余剰の時代を迎えると、こうした銀行等の金融仲介チャネルのみに偏重したシステムでは、我が国経済が将来を切り拓くだけのリスクを負担しきれないおそれがある。このことは、バブル期の企業行動やバブル崩壊に伴う銀行システムの動揺等に端的に現れている。
○ 以上のような、資金供給面における個人・家計の資産運用ニーズの多様化・高度化と、資金需要面における経済社会全体でのリスクテイクの必要性を踏まえれば、こうした需給双方のニーズを結び付け、広範な主体が自らの判断によってリスクテイクすることを可能とし、経済全体としてのリスク配分の効率化とリスク負担能力の向上を促すような、新しい金融仲介チャネルを整備・拡充していくことが「新しい金融の流れ」として重要になると考えられる。

(b) バブル経済の崩壊と金融システムの安定確保

○ バブル経済の崩壊等に伴う不良債権と金融システムの問題に対しては、金融システム安定化に係る諸施策の実施等を図ることにより、早期に我が国金融・経済システムの健全性回復を図ることが肝要であるが、それと同時に、「新しい金融の流れ」を展望する上では、市場機能を重視し、バブル期に典型的に見られたような、リスク配分の歪みや過度の集中が起きない効率的で安定した金融システムを構築していくことがより重要である。
○ 米国では、厚みのある金融資本市場の存在と、ミューチュアルファンド等のリスクテイクする機関投資家の成長が、不良債権の処理やクレジットクランチといった金融危機への対応の面でも効果を発揮したとの指摘もある。
○ 2001年3月までは、セーフティネット上の特例措置により預金等の全額保護が図られる。しかし、それ以降21世紀には、一定額以上の預金等についても銀行等の信用リスクにさらされることになり、ほとんどの種類の金融取引について国民がリスク・テイクしなければならなくなることに留意すべきである。
○ 我が国経済の構造変化、円高の進行、国際協調体制の下での長期にわたる金融緩和といった経済情勢に加え、金融自由化の進展の時期に重なったこともあり、より有利な資産運用を求めて資金が一斉に土地や株式等に向かい、各種の制度的要因や土地神話等様々な要因も絡み合った結果、資産価格に関する過大な上昇期待が形成され、期待が価格上昇をもたらし、価格上昇が更なる期待を呼ぶといった形で、バブルはいわばスパイラル的に増幅していったと考えられる。
○ こうした自己増殖的な期待形成による資産価格の過熱といった現象は、市場経済においてある程度避けがたい側面はあるものの、現状のように問題が深刻化した背景としては、

・ 戦後の資金不足経済からバブル期まで一貫して、銀行等による間接金融がいわば資金配給型の金融仲介チャネルとして中心的な役割を果たしてきたが、金融の自由化に伴う大企業の資金調達手段の直接金融等へのシフトが進む一方、資産価格の全般的な高騰のなかで、融資判断における土地担保主義とも相まって、銀行等の本来的な機能であるリスクの評価機能が必ずしも十分に働かなかったこと、
・ 銀行等にリスクが集中するシステムであるため、バブルの崩壊に伴い、金融システム不安に直結し易い構造となっていたこと、
・ 銀行等とその取引当事者や関係者のリスク負担に関するルールが制度的にも不明確であり、さらに、系列ノンバンクや子会社に対する経営規律の監視の仕組みが有効に働かず、バブル崩壊後に顕在化したリスクについての利害関係が錯綜し、法的インフラの未整備も相まって、円滑な不良債権処理等が阻害され、長期化したこと、
等が指摘できる。
○ こうした経験等を通じて、\異時点間での所得・支出の平準化と、]経済全体でのリスクの再配分という金融の基本的な役割について、特に]の重要性が認識されるようになっている。また、こうした金融の役割を実現する上で、金融取引・サービスの機能についても、資金余剰主体から資金不足主体への資金のアベイラビリティの移転という面よりも、リスクの適切な評価・加工(=リスクに関する情報生産)とリスクの仲介といった面が重視されるようになっている。こうした観点から、経済社会全体にとって望ましいリスクテイクの実現を主眼として、新しい金融仲介チャネルのあり方とそれを支える適切な金融サービスの提供のためのインフラ整備について検討していくことが必要である。

(c) 技術革新の進展と金融サービスの高度化・専門化

○ 情報処理・通信技術分野での飛躍的なイノベーションは、金融分野におけるリスク分析・リスク管理の高度化を通じて、これまで一つの金融商品・サービスと考えられていたものを、金利リスク、信用リスク、事業リスクといった特定のリスク等の構成要素に分解(アンバンドリング)し、あるいは再組成(リバンドリング)して、例えば、各種のデリバティブ取引や証券化商品のように、特定のリスク・リターンの組合せを市場で取引することを可能としている。
○ また、金融取引の内容が高度化・多様化するなかで、従来特定の業態が複数の機能を一体として担ってきた金融商品・サービスの提供業務についても、分業化や専門化が進展しており、商品の組成、販売、助言、運用指図、保管、証券等の受渡し、債権回収といった各機能に分解して、それぞれのエキスパートが役割を分担することで、利用者にとってより魅力的な金融商品・サービスをより効率的に提供することが可能となってきている。
○ さらに、インターネットの発達等のなかで、金融商品・サービスの内容やその提供手法は、電子的なネットワークに対応した形で、多様化・高度化していくと予想される。また、こうした技術の活用等も含め、我が国のあらゆる地域等において、幅広い主体による様々な金融商品・サービスの提供あるいは利用が可能となることが期待される。

(d) 国際化の進展、金融ビジネスの融合化の潮流

○ 本年4月の改正外為法の施行に伴い、国境を越えた金融取引が一層活発化し、金融商品・サービスの提供に係る国際競争が熾烈化することが予想される。さらに、インターネットに象徴される情報通信技術の発達は、金融取引における物理的・空間的な制約を大幅に除去し、海外金融機関等の国内市場参入や、クロスボーダーでの金融取引の拡大等を通じて、国際的な金融商品・サービス競争をより活発化させる方向に働くものと思われる。
○ また、欧米を中心として、金融ビジネスの融合化の動きが活発となっており、金融機関関連のM&Aや提携、異なる金融業態間の融合、非金融の異業種との融合、複数の業態の相乗り商品・サービスの拡大、他業態類似商品・サービスの拡大、投資対象・投資手段の拡大が見られる。
○ 例えば、米国の金融機関グループでは、金融商品・サービスを組成する各部門(マニュファクチュラー)と、顧客ターゲットに合わせて各種商品を組み合わせて販売する部門(ディストリビューター)が、それぞれの機能を分担する形で、いわゆる「ワンストップ・ショッピング」型の総合金融サービス業を目指す動きが見られる。伝統的な業態毎の縦割り型の仕組みや、全てを一体として行うユニバーサルバンク型の仕組みとは異なり、金融の機能面に着目した形で、金融技術の高度化・専門化と業務の多様化を両立する方向が模索されつつある。

(e) 新しい金融仲介チャネルの拡充〜新しい金融の流れ〜

○ 以上述べたような、(a)経済のストック化や高齢化の進展に伴う資産運用ニーズの多様化・高度化、(b)低成長経済の下での経済社会全体でのリスク・テイクの必要性、(c)多種多様な資金調達ニーズへの対応、(d)情報技術等のイノベーションの進展に伴う金融サービスの専門化・高度化、(e)国際化と金融の融合化の進展といった我が国金融をめぐる基礎的な環境変化を踏まえれば、今後の「新しい金融の流れ」としては、

イ、銀行・保険等による間接金融に偏重した金融仲介チャネルを多様化し、預貯金のようなローリスク・ローリターンの金融商品だけでなく、ミドルリスク・ミドルリターンの金融商品を始めとして多様なリスク・リターンを持つ金融商品が幅広く厚みを持って提供されること、
ロ、とりわけ、「広範な利用者によるマイルドなリスクテイク」という点では、投資信託や投資事業組合のように投資者の資金をプールしてファンドを作ることで、分散投資のメリットを享受しつつ、各種の金融のエキスパートが、それぞれ責任を持って運用・管理等を行う形態である、いわゆる「集団投資スキーム」(注)が金融仲介チャネルとして重要な役割を果たすことにより、経済社会全体として利用者の多様なニーズに対応した円滑な資金の調達と運用が図られること、
ハ、様々な資産に運用される「集団投資スキーム」に係る受益権・持分権および資産担保型証券といった金融商品が、その他の様々な金融商品(預貯金、保険商品、株式、債券、デリバティブ、これらの複合商品等)とともに、幅広い選択肢として利用者に提供され、これらの商品の取扱いに係るサービスが効率的かつ公正に行われること、
等が期待される。

 

(注)
1.「集団投資スキーム」については、\複数口の資金をプールしたファンドが信託、組合、会社(投資法人、SPC)、特別勘定といった法形態をとりつつも、投資者のリスクテイクを前提にこうした仕組み(ビークル)を通じて金融仲介が行われることから、「ビークル金融」と称することや、]最終投資者が、ファンドを通じて間接的に資本市場等への運用を行っていることから、銀行等の預貸を通じた間接金融や、資金需要者の株式・債券等の発行による直接金融と区別して、「市場型の間接金融」と呼ぶことも可能である。
2.今般の金融システム改革法においては、資産運用手段の充実のため、投資に係る「ビークル」について、証券投資法人(会社型投資ファンド)や特別目的会社 (SPC)、私募ファンドに関する法制の整備が盛り込まれたほか、商品設計の自由化や販売チャネルの拡充(銀行等による窓口販売)、資産運用業者の業務の多角化等が図られており、これに併せて、証券会社等の利益相反の防止や銀行等の説明義務といった利用者保護に係るルールも整備・拡充されている(集団投資スキームについては5.で詳述)。

 

(2) 新しい金融の利用者像をどう捉えるか

 

(a) 市場参加者の自立と利用者保護

○ 「新しい金融の流れ」に即応して、新たな金融仲介チャネルの拡充を図り、経済社会のリスク負担能力を高め、経済の活力を発揮していくためには、利用者が自らの判断で多様なリスク・リターン・プロファイルを持つ金融商品・サービスを自由に選択できるような仕組みとしていくことが重要である。なお、金融商品・サービスの複雑化やその提供に係る高度化・専門化の進展は、金融取引の当事者間(例えば金融業者と顧客の間)での情報格差を拡大させる側面があることにも留意が必要である。
○ その場合、利用者に十分な情報が提供されていなかったり、仲介業者等が不公正な行為を行った場合には、利用者が十分にリスクを把握できず、不測の損害を被ったり、取引自体を忌避することとなるため、金融仲介チャネルが十分に機能せず、経済社会全体としてのリスクの効率的な配分が阻害されるおそれがある。
○ 他方、利用者の自己判断による選択が徹底されず、明示的あるいは暗黙の保護に依存している場合には、リスクを熟慮しないままに過剰なリスクテイクが放置され、いわゆるモラルハザードによって経済全体のリスク配分が歪められるおそれがある。また、事後的な損失負担を金融商品・サービスの提供者側が一方的に負担させられることになれば、提供者側が二の足を踏むことになり、却って利用者の選択肢が狭められたり、金融のイノベーションが阻害されるおそれもある。
○ 従って、公正で効率的な金融システムを構築していくためには、利用者が金融取引に関するリスクの所在を認識でき、かつ責任分担を明確かつ公正なものとしていくためのルール充実が不可欠である。こうしたルール面での対応こそが、今後の利用者保護に資することとなり、利用者の自己責任の定着にも結びつくことになる。

(b) 新しい利用者・投資者の姿

○ 現在1200兆円に及ぶとされている我が国の個人金融資産は、2020年までに2500兆円を上回ることになるとの試算もある。しかし、現実の利用者・投資者の姿を念頭に置くと、安全指向が強く、自己責任によるリスクテイクを求めることは必ずしも容易でないとの意見がある一方で、高齢化が進展するなかで、個人・家計の資産運用・管理に対する関心が高まってきており、未だ限定的な事例ではあるが、30代、40代を中心として、自ら情報を集め、自ら投資を判断する資産運用意識の高い人々も増えつつあり、リスクとリターンを見極めた投資行動をしたり、リスクの所在等を熟慮してポートフォリオを組むといった個人投資家のニーズが高まりつつあるとの意見もある。
○ 金融システム改革が進展した後の金融の新しい流れを展望するのであれば、社会的な弱者ないし保護の対象としてのみ利用者を捉えるのではなく、資産運用意識や自己責任意識を持って主体的にリスクを選択できる利用者の姿が広がっていくことを念頭に、その知識・経験等に応じて利用者の自立をサポートできるような法的枠組みを考えていくことが建設的である。また、そのようなルールの充実が、利用者・消費者教育の充実等と相まって、利用者の自己責任意識を向上させることにも繋がる。
○ 利用者・投資者の自己責任原則が定着するためには、国民全体が金融取引に関する基礎的な知識を保有することが不可欠である。利用者の自己責任意識の醸成については、金融サービスの提供者側において情報開示充実のための相応の体制を整備していく一方で、利用者側においても自ら投資商品のリスクを理解した上で選択するという自覚が求められる。このためには、当事者の努力に加えて、マスメディア等の情報ソースの拡充や、義務教育段階からの学校教育を含めた幅広い啓発活動等が一層重要性を増すと考えられる。

(c) 利用者等の金融取引に係る権利・義務の実現〜新たなガバナンス構造〜

○ 金融の高度化・専門化の進展等を踏まえれば、金融取引の当事者の行動の規律付けや、契約意思どおりのリスク移転・負担の実現を図るための業者やファンド等に対する支配あるいは統治の仕組み、すなわち金融取引に関するガバナンス構造(govern- ance structure)のあり方について、改めて見直すことが必要である。(注)


(注)ここでは、「ガバナンス(支配・統治)」の意味を広義に捉え、金融取引に係る利用者等の当事者の権利実現および規律付けのための仕組み全般、すなわち、(a)市場メカニズムを通じるもの(流通市場での証券等の売却、社会的・経済的評判や格付けを反映した金利・価格に係るプレミアムの要求等)、(b)当事者の権利行使を通じるもの(株主等の議決権行使、開示請求権の行使、株主等の代表訴訟等)、(c)民間レベルの制裁等を通じるもの(自主ルール違反に対する制裁、民間の紛争処理機関の裁定等)、(d)公権力を通じるもの(民事責任、刑事罰、行政処分等)といったものを検討の視野に入れ、これらの適切な組合せによって、金融取引に係る「ガバナンス構造」の望ましい姿を考えていくこととする。
○ 我が国においては、これまで、伝統的な銀行等による間接金融が金融仲介チャネルの中心的な役割を果たすなかで、行政当局が金融のガバナンス構造の中心に位置し、リスクの負担主体である銀行等を監視・指導するとともに、預金者等利用者の後見人的な役割を果たしてきたといえる。
○ また、証券取引等その他の金融サービス全般についても、投資家にリスクを周知徹底させるというよりは、事前的な商品性の制限や銀行に準じた形での業者の健全性に関する行政当局の予防・監督が中心であったため、投資者をリスクから遠ざけ、その主体的な判断や自己規律の意識を弱めてしまった面は否定できない。
○ 金融の高度化・専門化が進展するなかで、行政当局と金融機関等との間での情報の非対称性が拡大し、今や行政が積極的なガバナンス機能を発揮することは困難かつ非効率となりつつある。また、ガバナンスの手法として従来用いられてきた事前調整型の裁量行政は、市場のイノベーションを阻害し、業者等に過剰な規制負担を強いることとなったり、利用者・業者双方のモラルハザードを招くおそれがある。
○ 今後の健全なガバナンス構造の確立を促す観点からは、利用者を含む取引参加者がガバナンスの中心であることを改めて認識した上で、市場メカニズムと利用者の権利行使を通じたガバナンスを重視していく必要がある。その際、利用者の行動力・リスク負担能力とインセンティブに見合ったガバナンス機能の発揮をどこまで期待できるのか、それを補完・強化するためには、どのような法制・ルールが必要となるのか等について検討すべきである。
○ このような観点から、政府・行政の役割としては、市場メカニズム等が十分に発揮されるためのルールの制定やその運用に必要なインフラ整備が重要であり、市場メカニズムを補完する事後チェック型の行政へと転換することが必要である。金融システム改革の進展に即応して、金融行政の機構改革も進められているが、このような体制への転換を早期に完了すべきである。

 

(3) 「新しい金融の流れ」と金融法制・ルール〜現行法制の問題点〜

 

(a) 「新しい金融の流れ」と現行法制の問題点

○ 今後の金融システム改革の進展は、情報処理・通信技術の発展等と相まって、「新しい金融の流れ」を一段と加速させるものと思われる。その結果、(a)現在の業法では想定されていない新たな商品・サービスの登場、(b)業態をまたがるハイブリッド型の商品・サービスの登場、(c)業態間の相互参入や非金融分野からの新規参入による商品・サービス提供者の多様化、(d)機能別ないし顧客層別の分業体制のさらなる高度化、(e)金融サービスの提供者の組織体制の多様化、aワンストップ・ショッピング型での商品・サービスの提供等、種々の動きが具体的に現れてくるものと思われる。
○ 一方で、利用者が様々な金融商品・サービスとそのリスクに直面する機会が増加することとなり、(g)金融取引をめぐる様々なレベルでの紛争の発生、(h)市場・取引情報の濫用・悪用等による不正行為の発生等も増加してくるおそれがある。さらに、こうした望ましからざる新しい動きが、(i)電子取引やクロスボーダー取引で起きてくる可能性にも留意が必要である。
○ 我が国の現行法制は、業法中心の枠組みの下で、金融商品・サービスが各関係業法により業態別に縦割りで規制される体系となっており、主として、業者に対して行為規制や健全性規制等を行い、当該業法を所管する行政当局による監督・是正措置を通じて、円滑な金融取引と利用者保護を達成するという仕組みをとっている。このほか、各種の業務規制や禁止規定が多く、新たな業務を行おうとする場合に、法改正や新法の整備等が必要とされるケースが少なくなかったとの指摘もある。また、元本保証性のある商品・サービスについては、出資法第1条(元本返還を約した出資金の受入れ禁止)、第2条(預り金の禁止)が幅広く適用されうる枠組みとなっている。
○ しかしながら、上記のような「新しい金融の流れ」に照らすと、現行法制のままでは、次のような問題が増幅されるおそれがある。その結果、新しい商品・サービスの開発が阻害され、効率的な資産の運用やリスクマネーの供給が果たされなかったり、利用者保護に支障が生じるといった懸念もある。

イ、新しい商品・サービスの登場に際して、どの業法を適用するのかがはっきりせず、これを必ずしも機動的に明確化できない場合が考えられる。
ロ、業法の適用が不明確な場合には、利用者保護規定の不備を理由に禁止扱いではないかとの解釈がなされたり、あるいは、悪質業者が法の抜け穴を利用して利用者の被害に繋がるおそれがある(ただし、これについては出資法によりカバーされる場合がある)。
ハ、何れの業法のルールを適用するのかによって取扱主体が制限される場合には、縦割りの規制が競争制限的に作用しうる面があることとも相まって、規制業態間での業務分野に関する利害調整問題が生じることがある。
ニ、特定の業法が適用される結果、機能的に同種の商品であっても、他の業法が適用された商品との間で規制内容の不整合が生じることがある。
ホ、業法に基づく行政当局の監督・是正措置は、業者に対する制裁・抑止力としては機能するが、利用者等の私法上の救済という面が不十分となることがある。
ヘ、出資法(出資金、預り金の禁止)や刑法(賭博罪)等との抵触の問題があると、商品・サービスの提供者にとって法的不安定性が残る。
ト、複数の業法にまたがるような商品・サービスの提供や、業務の多角化ないし組織形態の多様化に際して、それぞれの業法において法的な手当てが必要となった場合、各業法の法目的や他の規定との調整等の問題から、必ずしも整合的な改正が適時に図られないおそれがある。
チ、ワンストップ・ショッピング型の商品・サービスの販売のように、特定の機能に特化して、複数の業態にまたがる商品・サービスを取り扱う場合には、各商品に関する業法が全て適用されることになり、重複規制等の負担が無視し得ない。
リ、情報通信技術の発達等により、業法に基づく規制の名宛人である「業者」の範囲や概念自体が曖昧化しつつある。
(b) 新しい金融法制・ルールの必要性

○ 金融システム改革法においては、以上のような問題意識を踏まえ、縦割りの法体系を維持しつつ、例えば、投資信託や有価証券デリバティブ取引といった銀行等と証券会社がともに扱う取引について、共通の行為規制や公正取引ルールを適用する等、業態横断的な対応を図るための措置が講じられている。このほか、事前調整型行政から事後チェック型行政への転換という方向性に沿って、証券会社や投信委託会社、投資顧問会社の業務範囲規制を大幅に緩和するとともに、利益相反等に係る行為規制の拡充とその事後的なチェックにより、利用者の保護や公正取引の維持も図られている。
○ しかし、今後、本格的な金融システム改革の進展に伴い、各種のイノベーションが広範かつ不断に進展し、現段階での想定を超えるような新たな商品・サービス、さらにはその提供手法等が創り出される可能性もあり、商品毎の縦割りの業法を前提とした法体系では、こうした変化に柔軟かつ整合的に法制を即応させていくことには、上述のように限界が生じるおそれがある。
○ また、現行の業法等の枠外で、原則として民商法等の一般法規のみに委ねられる商品・サービスについては、業法等の適用を受ける商品・サービスに比して、ルールの内容および明確性の面で落差が大きく、こうした法制全体としてのアンバランスを改善していくことが、金融商品・サービスの多様化とイノベーションの促進にとって重要であるとの指摘があった。
○ 以上のような問題を踏まえ、縦割り型の業法中心の法体系を見直し、市場メカニズムや金融取引の参加者の自己規律を前提とした利用者本位の法制・ルールとしていくことが、多様なイノベーションを促すことにもなり、円滑で効率的な金融取引と十全な利用者保護を図るためにも重要である。また、このような法制・ルール面での対応と併せて、規制緩和の一層の推進等により、自由な参入・競争を妨げている制度的・社会的な要因等を削減・除去していくことも重要と考えられる。

(参考)金融法制・ルールに関する海外の状況

○ 英国においては、ビッグバン(1986年)と時期をほぼ同じくして「金融サービス法(Financial Services Act 1986 )」が制定され(注)、投資物件および投資業を包括的に定義するとともに、詐欺的もしくは誤解を招くような説明行為の禁止等の一般的なルールを定めている。投資業を行う者は、証券投資委員会(SIB:Securitiesand Investments Board )の認可ないし公認自主規制機関(SRO:Self-regulatー ing organisations )への加入が必要とされる。また、具体的なルールについては、金融サービス法に基づいて、SIBが行為規制の原則・コアルールを定め、さらに業務分野毎に設置されるSROが細目を定めるという枠組みがとられてきた。なお、こうしたルール体系については、複雑・過重であるとして1989年に大幅改正されたほか、さらに、昨年発表された金融機関監督体制の抜本改革により、現在その見直しが進められている。

(注)金融サービス法の制定以前については、1958年詐欺防止法が存在していたが、大半の金融業者は適用除外とされ、業法等の公的規制によることなく、シティの伝統に則って業界の自主規制に委ねられてきた。

○ 米国においては、1929年以降の金融恐慌時の経験等を踏まえ、1933年証券法、1934年証券取引所法でディスクロージャーや公正取引ルール等の一般行為規制を定めるとともに、業者に対するルールについては、1934年証券取引所法、1940年投資顧問法、1940年投資会社法等でそれぞれ規定する法体系となっている。このほか、先物取引等については商品取引所法の適用を受ける。もっとも、判例の積み重ね等を経て、証券法における「証券」概念を幅広く解釈すること等により、実質的に1933年証券法および1934年証券取引所法のルールが幅広く適用される法体系となっている。ただし、そのルール体系自体については、法制定後の様々な対応の積み重ねによって形成されてきたこともあり、複雑かつ輻輳しているとの指摘も聞かれる。
○ 英米では、こうした業者等に対する行為規制のほか、主に判例法により、金融取引の当事者間における権利義務関係を明らかにする私法ルールが確立されているという点も注目に値する。
○ 欧州大陸諸国では、欧州市場統合の流れのなかで、EUの投資サービス指令(1993年)および投資信託指令(1985年)において、域内単一免許制のほか、投資業や投資物件の包括的な定義や業者に対する規制等の国内法化に当たっての準則が示されたことを受けて、ドイツでは第2次資本市場振興法(1994年)や第3次資本市場振興法 (1998年)等により、フランスでは金融業務近代化法(1996年)等により、国内法制化が図られている。
○ このような各国の法制の枠組みは、様々な歴史的・社会的な経緯等を踏まえて形成されてきたものであり、我が国の法制・ルールの見直しに際して、これらをそのまま移植できるものではないが、金融のグローバル化が進展しているなかで、国際的な法制・ルールの整合性は考慮すべき重要なポイントの一つと考えられる。
○ とりわけ、金融商品・サービスを幅広く横断的に捉え、金融取引の機能面に着目した形でルールを規定することにより、広範かつ整合的な投資者・利用者保護の実現を図るとともに、ルールの適用範囲の明確化と相まって、新商品開発等の金融イノベーションを阻害しないよう配慮されている点は、参考にすべきである。


[続きがあります]