2.新しい金融法制・ルールの基本的考え方
 
 
○ 以上のように「新しい金融の流れ」と現行法制の問題点を踏まえると、新しい金融法制・ルールのあり方を考えていく際の基本的考え方を次のように整理できよう。

 

(1) 幅広い金融商品・サービスを対象とし、金融の機能面に着目した横断的な法制・ルール

 

○ 金融の自由化および技術革新の進展等を背景として、業態間の垣根が大幅に低下し、金融の機能面でのアンバンドリングやリバンドリング等を通じた新しい金融商品・サービスの提供が活発化するなかで、これまでのような業態に着目した縦割りの業法中心の法体系では、競争およびイノベーションの促進と適切な利用者保護の確保の両面で制度的な障害となるおそれがある。今後は、金融の機能面に着目して、「誰が行うか」ではなく「何を行うか」という観点から、業種・業態の如何によらず、基本的に同じルールに服するような法的枠組みを考えていく必要がある。

 

(2) 金融取引に係るリスクの評価および所在を明らかにし、取引当事者間の権利・義務関係を明確化するための法制・ルール

 

○ 金融取引に付随するリスク(金融商品に付随するリスク、金融取引に付随するリスク、取扱業者等の信用に関するリスク等)とリターンについて、情報の非対称性が存在する場合には、各種のプレミアムが価格や金利に上乗せされるため、効率的な取引が達成されないことになる。従って、金融取引に係るリスク・リターンの適切な評価を可能とするとともに、如何なる場合にどの取引当事者がリスクを負担するのかについて、明確化を図るためのルールが重要になると考えられる。
○ 具体的には、リスクの評価に資するディスクロージャーの充実のほか、金融商品に係る説明とリスクの移転、資産の分別管理とリスクの遮断といった、リスク負担に関する私法上の要件と効果について検討していく必要がある。さらに、説明や分別管理といった事項に関する業者等の行為義務についても検討する必要がある。また、金融取引に関与する専門家の責任の所在および範囲(受託者責任等)についても明確化を図る仕組みが必要となる。
○ なお、業者・専門家等に行為義務を課す場合、これが過剰な規制となり、却ってイノベーションや競争を阻害することがあってはならない。例えば、金融機関や機関投資家のようなプロ同士の取引とプロ対アマの取引では、必要とされる情報開示等は自ずと異なり、画一的な規制・ルールはプロ間の取引に無用なコストを強いるおそれがある。従って、各当事者の専門能力やガバナンス能力等に応じて、ルールの内容を私人間の契約に委ねるほうが望ましい場合がある。具体的には、その線引きの基準として、プロとアマの区分あるいはホールセールとリーテイルの区分について検討する必要がある。

 

(3) 金融取引の公正を確保し、市場機能の円滑な発揮を促すための法制・ルール

 

○ 効率的かつ円滑な金融取引が行われるためには、リスクの内容・所在を明らかにすることと併せて、金融取引に係る情報の歪曲や情報の非対称性の濫用・悪用等による利益相反を防止することが不可欠と考えられる。こうした金融取引に係る不公正な行為は、金融商品・サービスの利用者等に不当な損失を発生させ、利用者保護に支障をもたらすほか、金利・価格形成を歪めることを通じて、経済全体のリスク配分を非効率化させることになる。
○ 金融取引の総体としての金融市場は、リスクとリターンを金融商品・サービスの形で価格付けして売買することにより、経済における効率的かつ円滑なリスク配分の中核的な役割を担っており、一種の公共財としての性格を有しているとの観点から、個別の取引に係る公正確保を超えて、市場機能の阻害防止を目的とする法制・ルールとして包括的に整理すべきではないかという考え方もある。
○ 具体的には、ホールセール取引かリーテイル取引か、市場型取引か相対型取引かといった取引の態様等に照らしつつ、インサイダー取引や相場操縦、風説の流布等の不公正取引の防止ルールや詐欺的な勧誘・販売の防止ルール、さらには上記の専門家の責任にも関連して、利益相反の防止ルール等について検討していく必要があると考えられる。また、上記(2)に関連して、取引当事者間の権利・義務関係の明確化に関するルールや、業者・専門家等の行為義務に係るルールついても、金融取引の公正確保と市場機能の円滑な発揮の観点から検討されることになる。

 

(4) 実効性が適切に確保される法制・ルール

 

○ 上記(1)、(2)について、(1)に則って横断的な法制・ルールが整備されたとしても、これらのルールの遵守(コンプライアンス)が図られ、かつその実効性を確保する監視・是正等のメカニズム(エンフォースメント)が適切に機能しないかぎり、新たな法制・ルールの枠組みは画餅に終わってしまう。従って、金融取引の当事者が情報の非対称性の削減・解消、取引の公正確保について自ら対応するインセンティブを持つような仕組みを金融システムにビルトインし、これに逸脱した場合には、利害関係にある当事者や公的当局等が対抗措置ないし制裁措置を採ること等によって適切な是正を図る仕組みを整備することが必要である。
○ 具体的には、制裁・是正手段としての民事損害賠償請求、行政処分、刑事罰、民事制裁金・課徴金等のあり方、監視・執行体制に係る行政機関、自主規制機関、第三者的チェック機関(監査人、格付機関等)の役割、司法によらない紛争処理(準司法機関、民間機関等による)の手続きのあり方、公的セーフティネットを含む補償のあり方といった点について検討する必要がある。

 

(5) 公正・透明で機動性が高い法制・ルール

 

○ 法制・ルールの適用のあり方が不安定である場合には、取引当事者にリーガルリスクが発生し、却って金融取引の効率化やイノベーションを阻害するおそれがある。
○ 従って、ルールの適用に関する事前の予見可能性を確保することが必要である。また、金融イノベーションの進展等に伴い、新しい金融商品・サービスが次々と登場するなかで、ルールの適用のあり方について公正性・透明性を確保しつつ、機動的・弾力的に明確化を図ることも重要となっている。さらに、ルールの形成という(準立法的な)側面についても、立法、司法、行政、その他機関等の役割分担と手続きのあり方について、検討が必要となる。その場合、公正確保の観点から、ルールの制定に際して、透明性を確保することも要請されている。
○ また、このような透明で機動性の高いルールは、自由な競争とイノベーションを阻害しないルールでもある。

 

(6) 国際的な整合性のとれた法制・ルール

 

○ 国際化や電子化の進展等に伴い、国境を越えて様々な金融取引が行われるようになり、金融機関間あるいは金融市場間での国際的レベルでの競争が一層熾烈さを増している。こうしたなかで、我が国の金融市場を内外の利用者にとって使い勝手の良い魅力的なものにしていくためには、国際的に整合性のとれた、透明性が高くリスクの評価が適切に行うことのできる市場とするためのインフラを整備していく必要がある。
○ その場合、国際的に見た法制・ルールの内容の整合性(グローバル・スタンダード)という観点だけでなく、クロスボーダーの金融取引を念頭に置いた各国間の法制のインターフェイス(抵触法:conflict of laws)の観点にも留意していく必要がある。例えば、取引参加者の金融取引に係る権利の実現、あるいはルール違反者に対する制裁・是正措置が、クロスボーダーでも実現されうるのかといった点が問題となる。
○ 一方、法律上の要件・効果や行為規制等に関するいわゆる「実体法」の部分と、法制・ルールのエンフォースメント等に係るいわゆる「手続法」の部分とに分けて考えた場合、特に後者については、欧米諸国でも、司法インフラや行政機構に関する各国の事情、さらには基本的な法体系の相違もあって、それぞれルールの実効性確保の手段は異なっており、我が国においても、組織や機構面、社会の特質等への配慮が欠かせないものと思われる。
○ 金融商品・サービスに係る適切なリスク評価と円滑な取引に密接な関係を有する、会計、税制、決済システムといった制度的インフラについても、国際的な整合性にも配慮しつつ、今後のあるべき姿を考えていく必要があると考えられる。
○ 会計制度については、投資意思決定に係る情報の内容およびその正当性を確保する基本的なインフラであり、グローバルな金融取引が活発化しているなかで、連結ベースの開示や時価会計の適用範囲の拡充、金融イノベーションに即応した監査体制・手法の整備等、国際的に見ても公正性・透明性の高いものとしていく必要がある。
○ 税は金融取引においてコストの一部をなすものであり、今後の金融イノベーションを促進する観点からは、同一の機能を持つ金融商品については同一の課税上の取扱いがなされるという形で、税制の中立性が確保されることが望ましい。特に、「新しい金融の流れ」において重要な役割を担う「集団投資スキーム」等について、諸外国における対応等も踏まえながら、課税上の取扱いについての整理が必要ではないかとの意見があった。なお、こうした観点から、金融商品に関して、商品毎、所得分類毎に異なる課税をするのではなく、いわば「金融所得」といった横断的な所得概念で把握することも考えられないかとの意見もあった。また、金融商品の市場性・流通性の確保と源泉分離課税との関係についても、問題意識の指摘があった。
○ 決済システムについても、電子化、ペーパーレス化の進展や、グローバル・スタンダードとしての同時決済、即時決済の拡大といった流れに即して、円滑な金融取引を確保する観点から、証券等の受渡や資金の授受について、当事者間の権利義務関係を法的に明確化するとともに、システム面でも当事者の権利義務を迅速かつ確実に担保する安定的な決済インフラを整備していくことが重要と考えられる。

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