II.消費者信用を巡る諸問題

1.消費者信用市場の規模の拡大



        ノンバンクの消費者向け融資残高は、バブル期の前後を問わず一貫して増加し


      ている。貸金業者の消費者向け融資残高は、平成8年3月末で約14兆円と、昭


      和61年3月末の約5.3兆円と比較し、約2.6倍の規模となった。最近では、


      大手消費者金融会社を中心に、自動契約受付機が導入されており、審査基準等は


      通常の対面審査と変わらないものの、顧客の利便性が向上された結果、顧客層の


      拡大をもたらしている。                                                


        また、ノンバンク、銀行等の消費者向けローン(住宅ローンを除く)及び割賦


      販売等の販売信用を合わせた消費者信用全体の信用供与残高についても、バブル


      期の前後を問わず、ほぼ一貫して増加傾向を示しており、平成7年では約74.


      8兆円と、昭和61年の約31兆円と比較し、約2.4倍の規模となった(社日本


      クレジット産業協会推計)。なお、この規模は、国民1人あたりで換算すると、


      約60万円に相当する。                                                


                                                                            


2.多重債務問題



   (1)多重債務問題の現状                                                    


        消費者信用市場の拡大の一方、バブルの崩壊、景気の低迷等を背景に、個人の


      自己破産件数は急増しており、平成8年は約5万6千件と、過去最高の水準に達


      した。更に、我が国の消費者信用市場の規模の大きさ等を踏まえると、破産には


      至らないものの、生活苦に陥っている多重債務者の数は相当程度に上るものと推


      測される。                                                            


        最近の個人の自己破産の傾向については、かつて多くみられたギャンブルや浪


      費、カードの濫用等を原因とする浪費型破産よりも、中高年層のリストラや住宅


      ローン返済の行き詰まり等を原因とする生活苦型破産が相対的に増えている、と


      の指摘がある。                                                        


        また、多重債務者が自己破産に至る典型的なケースとしては、借金返済のため


      に借金を繰り返すという自転車操業的な借入行動が見受けられる。このようなケ  


      ースでは、イ)取り敢えず正常に返済が行われ、貸手側も正常債権と認識するの


      で、問題が表面化しにくく、その間に債務は雪だるま式に膨れ上がってしまうこ


      と、ロ)次々と違う業者から借りるので、債務者は、遂には、自らの債務の額す


      ら把握できなくなってしまうこと、等の問題が指摘されている。            


        更に、最近は、多重債務者を狙った悪質業者(いわゆる整理屋、紹介屋等)に


      よる被害も急増している。                                              


                                                                          


   (2)多重債務問題への対処                                                


      ○基本的考え方                                                        


        消費者信用は、その適正な利用を通じて、消費者の効用を増大させ、国民経済


      の発展に資するものであるが、他方、自己の返済能力を超えた安易な借入が消費


      者の生活を破綻させる危険も大きい。従って、消費者信用の適正な利用と健全な


      発展のためには、借手において、しっかりとした自己責任意識の下、貸付条件等


      を正確に認識した上で自己の返済能力に見合った借入を行うことが前提でなけれ


      ばならないが、一方で、貸手においては、借手に対し貸付条件等を開示するとと


      もに借手の返済能力に見合った与信を行う等、借手側の情報不足等を補完する適


      切な対応が求められる。多重債務問題に対しては、以上の考え方を基本としつつ、


      その実情を踏まえ、具体的に、以下の施策を講じていく必要がある。        


                                                                            


      ○消費者信用教育の充実                                                


        多重債務を未然に防止するためには、先ず、借手側において、自己の返済能力


      を超えた借入を行わない等のしっかりとした自己責任意識と、消費者信用に関す


      る基本的な知識を身につけることが肝要である。今後、消費者信用市場の一層の


      拡大が見込まれる中で、消費者を自立した経済主体として育成していく観点から、


      消費者に対する教育や啓発がますます重要になってくると考えられる。      


        消費者に対する教育や啓発としては、先ず、学校教育や社会人教育の場での消


      費者信用教育が重要である。現在、学校では、学習指導要領に基づき消費者教育


      が実施されているところであるが、その一環として消費者信用に関する教育の一


      層の充実が必要と考えられる。                                          


        また、業界団体における消費者啓発活動としては、例えば、毎年11月を「消費


      者啓発共同キャンペーン月間」と定める等、様々な取り組みが行われているとこ


      ろである。今後も、こうした取り組みの一層の充実が期待される。          


        このような消費者教育や啓発を通して、消費者が主体的な学習能力を身につけ、


      自己責任意識を養い、自立した経済主体となることが期待される。          


                                                                            


      ○カウンセリング機能の充実                                            


        我が国における多重債務者等に対するカウンセリングの現状をみると、返済計


      画の策定や債務整理に重点が置かれているが、多重債務を未然に防止するととも


      に、借手の自己責任意識を育てるためには、予防的なカウンセリングが重要であ


      る。予防的なカウンセリングとは、金銭面で困難に陥った消費者に対して家計管


      理や生活設計等に関するアドバイスを行うことによって、借入行動の適正化や自


      力による生活更生を促すものである。米国においては、非営利組織である消費者


      クレジットカウンセリングサービス(CCCS)が全米各地で予防的カウンセリ


      ングを実施しており、一定の成果を上げている。今後、我が国においても、米国


      の状況等も参考にしつつ、予防的なカウンセリングを実施していくことが有効と


      考えられる。現在、日本消費者金融協会(JCFA)においては、予防的なカウ


      ンセリングの導入に向けて準備が行われており、その成果が期待される。    


        この他、カウンセリング団体の機能が有効に発揮されるための制度の整備も重


      要である。例えば、カウンセリングに入った旨を債権者に通知した場合には取立


      行為を制限させる等の仕組みを導入することも考えられる。                


        また、借入先が複数の業態にまたがっている多重債務者の状況に鑑みると、今


      後、各カウンセリング団体間の連携を一層強化する必要がある。更には、カウン


      セリング団体の一本化により米国のCCCSのような第三者機関の設立を目指す


      べきであり、そのためにも、関係省庁、各業界団体、有識者等の関係者による協


      議会を早急に発足させることが望まれる。                                


        なお、借手の自己責任意識を育てるとともに、自己破産を防ぐ観点から、個人


      の更生手続の法制化について検討すべき、との意見があった。              


                                                                            


      ○与信審査の一層の厳格化等                                          


        多重債務を未然に防止するためには、貸手側の与信審査の一層の厳格化も必要


      不可欠と考えられる。                                                  


        現行の貸金業規制法には過剰融資禁止の規定があり、罰則を伴わないとは言え、


      当該規定に基づき通達で具体的な基準が設けられている(例えば、窓口における


      簡易な審査による無担保・無保証の貸付は、50万円又は借手の年収の10%を目処


      とする等)。なお、自己責任を前提とした借手保護の観点から、欧米のように、


      借手に対する貸付条件等の開示、取立行為規制等の行為規制があれば十分であり、


      過剰融資の禁止を法令等で規定する必要はない、との考え方もあるが、現状では、


      当該規定や通達の基準が過剰融資の一応の歯止めになっており、また、最近、民


      事訴訟において、当該通達の基準を引用する判決例も出てきていること等を踏ま


      えると、当該規定等は、今日なお、借手の保護に一定の効果を有しており、存在


      意義があるものと考えられる。他方、当該規定等の実効性を担保する観点から、


      問題と思われる典型的な過剰行為につき罰則を導入すべきとの考え方もあるが、


      例えば、「過剰融資」か否かは、個々のケース毎に判断されるべきであり、構成


      要件を法律で一律に規定しにくい等の問題があり、困難と考えられる。従って、


      今後、当該規定等の基準をよりきめ細かなものにする等、過剰融資の抑制をより


      効果的なものにするとともに、貸付条件等の開示や広告・勧誘規制等の行為規制


      の強化を図っていくことが必要と考えられる。                            


        なお、本年2月以降、大手の消費者金融会社を中心に、与信業務の一層の厳格


      化等に関し自主的な取り組みが進められているが、今後、こうした取り組みがよ


      り効果的な形で業界全体に広がっていくことが期待される。                


                                                                            


      ○信用情報の交流                                                      


        適正な与信審査のための手段として、現在、銀行系、消費者金融会社系、クレ


      ジット・カード会社系等、各業態毎に信用情報機関が設立されている。信用情報


      機関相互間の信用情報の交流については、延滞情報等のブラック情報については


      既に行われているが、残高情報等のホワイト情報については行われていない。し


      かし、多重債務者の場合、借入先が複数の業態にまたがっていることが多い点に


      鑑みると、過剰与信の防止の観点からは、残高情報等のホワイト情報の交流が有


      効であると考えられる。この点については、既に、平成6年6月に公表された多


      重債務問題等懇談会報告において提言されているところである。もっとも、残高


      情報等のホワイト情報の交流にあたっては、個人信用情報に係るプライバシーの


      問題、各信用情報機関の信用情報の質的差異の存在、情報交流のためのインフラ


      作り等、検討課題が指摘されており、現在までのところ実施されていない。特に、


      信用情報の保護の問題については、最近、信用情報の漏洩事件が相次いで生じて


      おり、悪質業者に悪用されているようなケースも見受けられることから、今後、


      信用情報の保護を図りつつ、残高情報等のホワイト情報の交流が実現されるよう、


      早急な検討が必要と考えられる。                                        


                                                                            


      ○悪質業者の排除                                                      


        多重債務者を狙った悪質業者による被害が多発している。こうした業者は、貸


      金業を営む意思がないのに、貸金業の登録を受け、正常な貸金業者であるかのご


      とく仮装する場合が多い。貸金業規制法上、貸金業を営む意思なく、不正行為を


      行うための手段として、登録行政庁を欺いて登録を受けた場合には、「不正の手


      段による登録」等にあたり、刑罰の対象となると解されるが、登録申請時に、行


      政庁が申請者の意思を確認することは困難という問題がある。また、貸金業規制


      法上の登録の拒否要件や取消要件は極めて限定的なものとなっているため、貸金


      業の実態がない者を排除しにくいという問題もある。実際、全国の貸金業者約3


      万社/人のうち、約1万社/人は、融資残高がない(休眠状態)という実態にあ


      る。従って、悪質業者を排除するためには、貸金業の登録申請時に、貸金業を営


      む意思や貸金業を営む実態があることを証明する書類(例えば、預金残高証明書


      等)を提出させたり、登録の拒否要件や取消要件を強化することも検討すべきで


      ある。また、電話一本で顧客を勧誘する悪質業者についても、その対策を検討す


      べきである。                                                          


                                                                            


3.消費者信用全体に対する消費者保護の強化



   (1)欧米の動向                                                            


        消費者信用分野における欧米主要先進国の法規制についてみると、消費者信用


      取引について、販売信用も含め、かつ、業種の如何を問わず、統一的に規制する


      消費者信用保護法を制定している国が多い。例えば、米国においては、1968年に


      「連邦消費者信用保護法」が制定され、取引条件の開示、契約内容の規制、債務


      取立規制、広告規制、個人信用情報保護等に関し包括的な規制が行われ、各州に


      おける法制と併せて、消費者信用に係る消費者保護のための規制が行われている。


        また、欧州においては、1970年代中頃から、英国やフランス等において、統一


      的な消費者信用保護法が制定され、更に、1986年のEC指令を受けて、独、ベル


      ギー、デンマーク、伊、オランダ等において法令等の整備が行われている。  


                                                                            


   (2)我が国の現状                                                          


        我が国における消費者信用分野における法律としては、○信用供与機関を規制


      する業種別の法律と、○消費者信用取引一般を規制する法律とがある。      


        このうち、○信用供与機関を規制する法律としては、預金者保護等の観点から、


      信用供与機関の健全性の確保等を図る法律として、銀行法、信用金庫法等があり、


      また、借手保護等の観点から、信用供与機関に対し行為規制を課す法律として、


      貸金業規制法及び割賦販売法がある。また、○消費者信用取引一般を規制する法


      律としては、上限金利を定める利息制限法や出資法等がある。              


        我が国における消費者信用保護法とも言うべき貸金業規制法や割賦販売法にお


      ける規制の内容についてみると、主要先進国の消費者信用保護法と比較してみて


      も、消費者保護のための基本的な規定は盛り込まれているものと考えられる。し


      かし、貸金業規制法や割賦販売法は、特定の業態や信用供与の形態に着目して規


      制する形式を採っており、消費者信用を行う全ての業態に対し横断的に規制する


      という形式を採っていない。そのため、借手の側からみれば同じ経済的性質を有


      する行為なのに、業態や信用供与の形態により、規制の内容にアンバランスが生


      じたり、規制が抜け落ちている等の問題が指摘されている。例えば、イ)銀行等


      には貸金業規制法における借手保護の観点からの規制が適用されていない、ロ)


      販売信用に係る手数料については利息制限法等の金利規制が適用されていない、


      ハ)割賦販売法の対象が限定的なので、サービスの提供等について規制が適用さ


      れていない、ニ)貸金業者のみが利息制限法の上限金利を超えた金利が認められ


      ている、等のアンバランスがある。                                      


                                                                            


   (3)統一的な消費者信用保護法の必要性                                      


        今後、金融システム改革が進展していく中で、消費者信用の分野においても市


      場の一層の拡大、取引形態の多様化等が予想されることから、消費者保護を適切


      に図っていくためには、現行の貸金業規制法、割賦販売法等の規制を見直し、整


      合性を図っていく必要がある。その場合、基本的には、欧米の統一的な消費者信


      用保護法のように、消費者信用を行う全ての業態に対し横断的に適用される法制


      を構築することが望ましい。また、その際、その適用対象を真に保護すべき個人


      向け融資等に限定する等の見直しを行うことも考えられる。                


                                                                            


   (4)個人信用情報の保護                                                    


        今後、消費者信用取引に係る法規制を見直す際には、併せて個人信用情報の保


      護のあり方についても検討を行う必要がある。既に述べたとおり、多重債務の未


      然防止のためには、業態を越えた信用情報の交流が有効と考えられるが、その前


      提として、個人信用情報の保護のための制度の整備が必要と考えられる。    


        更に、最近、個人信用情報の漏洩の事件が相次いで生じており、そのなかで、


      個人信用情報が悪質業者に悪用されている事例も散見される。また、主要先進国


      における統一的な消費者信用保護法においても、信用情報の保護のための制度が


      整備されている。                                                      


        こうした状況を踏まえ、今後、個人信用情報の保護とその有効な活用策につい


      て、更に検討を深めていくことが必要と考えられる。なお、この点については、


      大蔵省銀行局長と通産省商務流通審議官の共同の勉強会である「個人信用情報保


      護・利用の在り方に関する懇談会」における検討が開始されたところである。  


                                                                            


4.金利規制のあり方



   (1)金利規制の存在意義                                                    


        現行の上限金利規制としては、利息制限法、出資法等による規制が存在する。


      現行の金利規制については、イ)金利は本来、市場によって決まるものであり、


      規制するのは好ましくない、ロ)事業者間の取引は保護すべきではなく、規制の


      対象とすべきではない、等の意見があった。                              


        この点については、現行の金利規制が借手の保護に資する効果を果たしている


      ことは否定できず、また、事業者間の取引であっても全く保護の対象外としてよ


      いか等、慎重に検討すべき点が多いと考えられることから、現時点で金利規制自


      体を撤廃することは時期尚早と考えられ、将来的な課題として検討していくべき


      ものと考えられる。                                                    


                                                                            


   (2)グレーゾーン金利と貸金業規制法第43条の規定                            


        現行の利息制限法の上限金利と出資法の上限金利には隙間(いわゆるグレーゾ  


      ーン)がある。これは、それぞれの法律の規制の趣旨・態様や利息の定義等が異


      なることによるものであり、グレーゾーンを直ちに撤廃することは困難と考えら


      れる。                                                                


        なお、貸金業者については、貸金業規制法第43条の規定により、契約締結時の


      書面の交付等の要件を満たすことを条件に、債務者が利息制限法の上限金利を上


      回る利息を任意に支払った場合には、有効な利息の債務の弁済とみなす特例が存


      在する。実際、多くの貸金業者は、同条の規定により、利息制限法の上限金利を


      上回る金利で取引を行っている。                                        


        この規定については、イ)利息制限法に関する最高裁判例の趣旨とは矛盾する


      が、利息制限法の規定を超えて借りようとする需要があるかぎり存在理由がない


      とはいえない、ロ)貸金業者についてのみ特典を認めるものであり、競争条件の


      公平に反する、ハ)債務者が任意で弁済するか否かを基準にするのは適当ではな


      く、例えば、債務者が利息制限法の上限金利を上回る金利であることを十分承知


      しながら契約の締結をした場合には、契約自体を有効にする規定に衣替えしては


      どうか等の意見があった。                                              


        この点については、現状、支払い困難となった多重債務者の債務整理が利息制


      限法の上限金利を基準として行われていることを踏まえると、任意に弁済するこ


      とを条件とする現行の規定振りは、借手の保護の観点からは、一定の効果を有し


      ていることも否定できない。今後、こうした点も考慮した上で、競争条件の公平


      や外国の法制等も留意しつつ、同条のあり方について更に検討を行っていくべき


      ものと考えられる。                                                    


        但し、いずれにせよ、貸金業者に対しては、借手の保護の観点から、貸出金利


      の一層の引下げ努力が求められる。                                      


                                                                            


5.その他



   (1)現実の取引形態に見合った法規定の見直し                                


        現行の貸金業規制法においては、いわゆる包括契約方式による貸付形態や口座


      振替による返済等を想定していない規定となっているが、こうした現実の取引形


      態を踏まえた規定の見直しが必要と考えられる。                          


                                                                            


   (2)一層の規制緩和の実施                                                  


        今後、消費者信用の分野における消費者保護については、一層徹底していく必


      要があるが、消費者保護とは直接関係ない規制については、出来る限り、緩和・


      撤廃していくべきである。例えば、現状では、貸金業者は、貸金業規制法上、様  


      々な報告書の提出が求められているが、中には重複するものもある。こうした貸


      金業者の事務負担については、借手の保護に支障を来さない範囲において、簡素


      化していくべきである。                                                


        また、現在、銀行等や銀行系クレジット・カード会社については、中小事業者


      を保護する観点から、割賦販売法上の総合方式等の割賦購入あっせんが認められ


      ていない。このような制限については、公正な競争条件の確保等に留意しつつ、


      消費者利便の向上の観点から見直すべきである。                          


                                                                            


                                                                            



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