【海外最新金融事情】
 

証券市場のグローバル化への戦略的国際対応

〜米国、EU、そして日本〜


金融庁総務企画局国際課企画官
松 尾 直 彦


.はじめに
 昨年秋、ある有力英字紙に、興味深い論稿が2回にわたって掲載されていました。その論稿の筆者には、欧州主要国の現役財務当局者も含まれていました。論稿の内容は、「G2」構想ともいえるものを提唱するものでした。「G2」であるEU(欧州連合)と米国が、世界経済の運営について責任を持ち、主導権(リーダーシップ)を発揮するため、対話を促進することが重要であると指摘されていました。特に注目されるのは、金融市場の規制の収斂(convergence)が挙げられ、グローバルな会計基準や米国企業会計改革法(サーベーンズ=オクスリー法)が課題として取り上げられていることです。
 本稿では、最近の国際証券市場を巡る動きを説明することにより、このような議論が行われる国際的な背景を探るとともに、今後どのような対応が日本にとって必要かを考えてみたいと思います。なお、文中意見にわたる部分は、筆者の個人的見解です。


.グローバルな証券市場とローカルな法規制のバランスの変化
 

(1 ) グローバルな証券市場とローカルな法規制のバランス
 証券取引・証券市場のグローバル化が世界的に大きく進展しています。その一方で、投資家保護や公正・効率的・透明な証券市場の確保などを目的として整備されている法規制や基準は、あくまでも各国国内のものであり、こうしたローカルな法規制によって証券市場の基盤(インフラ)は整備されています。両者のバランスを図るアプローチとして、以下のものがあります。
 

(a)  内国民待遇アプローチ
 日本を含む主要国は、自国市場で資金調達を行う外国企業に対しても、自国法に基づき、投資家へのディスクロージャー書類の自国当局への提出を義務づけています。自国内において資金調達する限りにおいて、外国企業に対しても、国内企業と同様に、自国内において自国法を適用するということですから、これは「内国民待遇(national treatment)」アプローチといえます。

(b)  相互承認アプローチ
 一方、これまでは、外国の市場参加者の自国市場への参加を促進する観点から、外国企業の母国の制度に配慮する法規制とすることにより、グローバルな証券市場とローカルな法規制のバランスを図ってきました。例えば、コーポレート・ガバナンスについては、母国の制度が尊重されてきました。また、財務諸表を作成する基準である会計基準についても、米国会計基準(米国GAAP)への「調整」(会計基準の相違の影響を数値で示すこと)を求める米国を除き、外国会計基準に基づく財務諸表を自国市場で受け容れてきました。これは、互いの制度を認め合う「相互承認(mutual recognition)」アプローチといえます。

(c)  グローバル・リーチ・アプローチ
 ところが、最近、これまでの取扱いに大きな変更をもたらす動きがありました。1つは米国の企業会計改革法、もう一つはEUの2005年域内金融市場統合を目指した一連の立法措置です。
 いずれも、外国企業への配慮よりも、自国市場における投資家保護や市場の廉潔性・誠実性(integrity)の確保を優先させて、自国の法規制を国外にある外国企業などにも直接及ぼすものです。このアプローチは、自国の法規制を外国企業などにも広く適用するという意味で「グローバル・リーチ(global reach)」アプローチと呼ぶことができますが、実際にはグローバルな理念に基づくものではなく、自国優先主義の内向き志向かつ域外適用的なアプローチです。

【米国企業会計改革法におけるグローバル・リーチ・アプローチ】
 グローバル・リーチ・アプローチの典型は、米国の企業会計改革法です。同法は、米国における大型の企業会計不正事件(エンロン社やワールドコム社などの破綻)によって損なわれた投資家の米国証券市場への信頼の回復を最大の目的としています。
 このため、同法は、米国のコーポレート・ガバナンス制度(全員「独立取締役」から構成される「監査委員会」の設置義務)の外国企業への適用(第301条)、米国公開企業を監査する外国会計事務所の米国PCAOB(公開会社会計監督委員会)への登録とPCAOBによる監督(第106条)を規定しています。

(d)  同等性アプローチ
 また、グローバル・リーチ・アプローチを基本としつつも、自国の制度と同等な(equivalent)外国の制度に限って受容れを認める「同等性」アプローチもみられます。このアプローチは、国際礼譲(comity)からではなく、制度が収斂して同等と認められる場合にはじめて相互承認をするアプローチと考えることもできます。注意を要するのは、同等性の決定権があくまでも同等性を義務づける国側にあり、外国にはないことです。「(同等性に関する外国との議論は)対話(dialogue)であるが、交渉(negotiation)ではない。(外国企業などが)自国の投資家にどのような条件でアクセスできるかを決めるのは各当局であることは自明の理だ。」との考え(米国SEC)です。

【EUの外国会計基準の取扱いにおける同等性アプローチ】
 同等性アプローチは、EUの最近の立法措置に多用されています。
 EUは、2005年における域内金融市場の統合を目指して、一連の立法措置などを講じてきており、現在、最終段階に入っています。その背景には、2000年3月のEU首脳会議で合意された「リスボン戦略」に基づき、「世界で最も競争力があり、かつ力強い知識経済となること」がEUの経済政策の目標とされていることがあります。米国主導のグローバル化に対抗してまず域内経済を強固にしようという、米国への強烈な対抗意識が感じられます。
 EUは、EU域内で上場しているEU企業の連結財務諸表について、2005年1月から国際会計基準(IAS)の採用を義務づけています。そして、EUにおけるディスクロージャー書類の統一を目指す最近の立法措置(目論見書指令と透明性指令)では、EU域内で上場している外国企業(EU域外企業)も「IASまたはIASと同等と認められる会計基準」の採用が義務づけられており、同等性アプローチがとられています。これが「2005年問題」と言われているものです。

(e)  相互主義アプローチ
 グローバル・リーチ・アプローチおよび同等性アプローチは、自国の制度が外国で受け容れられなければその外国の制度を自国でも受け容れないという「相互主義(reciprocity)」アプローチを誘発する恐れがあります。そうなると、開放的な(open)グローバル証券市場の基盤が崩れ去ってしまうことにもなりかねません。

【ECの会計事務所の登録・監督における相互主義アプローチの提案】
 EC(欧州委員会)は、伊の大手食品会社パルマラット社の破綻事件(2003年12月)を受けて、2004年3月に会計事務所に対する監督強化策などを盛り込んだ指令を提案しました。
 この提案には、EU上場企業を監査する外国会計事務所のEU域内での登録・監督を義務づけるが、「相互主義」の下、外国の監督制度が同等な場合には、登録・監督を免除または修正できる規定が含まれています。同等性アプローチと相互主義アプローチの組合せといえます。

(2 ) 米国とEUの対話促進の動き
 最初の「G2」構想については、米国とEUは、これまで説明しましたように、互いの法規制が影響し合い、時には重複や抵触が生じる恐れがあることから、問題解決のために対話の機会を持つことが必要不可欠であるとの発想に基づくものと思われます。
 実際、米国とEUの間には、2002年以降、「金融市場規制対話」と呼ばれる対話の場(米国財務省・SEC・FRBとEC域内市場総局)があります。2004年6月4日、米国SEC(証券取引委員会)と欧州証券市場規制当局委員会(CESR:EU各国の証券規制当局から構成)が、協力枠組みに関する合意を発表しました。規制上の当面の課題として、IASの米国における「調整」なしの受容れに向けての基盤整備や信用格付機関などが取り上げられています。
 ここで注意を要することは、対話の主要目的として、「共通課題への対処方法の収斂」が挙げられていることです。国際的な基準の設定は引き続きIOSCO(証券監督者国際機構)の役割とされていますが、米国とEUが合意すれば両者の国際的な影響力が一層強まることになります。


.日本の戦略的国際対応〜国際的対話の促進
 

(1 ) 日本のこれまでの対応
 以上のような米国とEUの動きを踏まえて、金融庁を含む日本の官民の関係者は、日本企業などに国際的影響のある法規制について、相互承認アプローチに基づき日本企業などへの適用除外を要請するとともに、同等性アプローチの下でも日本の制度には同等性があり、受け容れられるべきであることを要請してきました(注)。特に、EUの「2005年問題」については、大臣から英国FSA長官に直接要請しています。

 
(注 )米国との公式の対話の場として、日米財務金融対話、日米次官級経済対話、日米官民会議や日米投資イニシアティブ会合があります。EUとの公式な対話の場として、日・EU財務金融ハイレベル協議、日・EU規制改革対話や日・EUハイレベル協議があります。この他、非公式の対話の機会が多数あります。

   こうした努力の結果、米国企業会計改革法に基づくコーポレート・ガバナンス制度については、日本の監査役会制度が一定の要件の下で適用除外になりました。外国会計事務所については、登録期限の延長や登録申請時の提供情報の軽減が認められるとともに、監督面では外国との協力アプローチがとられています。
 また、EUの「2005年問題」についても、2006年末までは現行の取扱い(日本の会計基準の受容れ)が継続する見込みとなっています。そして、EUの同等性アプローチの下で、今後、日本基準、米国基準およびカナダ基準の3基準が世界の主要基準として、IASとの同等性を評価され、EUにおいて2007年以降も受け容れられるかどうかが決められることになる見込みです。

 
【米国とEUの法規制に対する諸外国の意見】
 米国企業会計改革法の外国会計事務所への影響について外国関係者の意見を聴くため、米国SECとPCAOBが公聴会をそれぞれ開催しました(2001年12月・2002年3月)。金融庁からは筆者が参加しましたが、日本、EC(欧州委員会)、英、独、仏、加、豪やスイスからの参加者が異口同音に適用除外を要請していました。
 一方、EUの目論見書指令・透明性指令については、日本、米国や加などが自国の会計基準のIASとの同等性を認めるよう要請しています。
 結局、米国でもEU加盟国でもないG7主要国(日本とカナダ)が米国とEUの両方に対応している構図となっています。

(2 ) 今後の対応
 

(a)  2国間対話の促進
 今後の対応については、まず第1に、米国やEUの法規制が日本企業などに影響を及ぼす場合には、2国間の対話を一層積極的に行う必要があります。このような観点から、金融庁は、本年4月にCESR事務局を訪問するとともに、5月にEC域内市場総局との間で次官級対話を行いました。EUにおける日本の会計基準の受容れに向けて、官民の関係者と協力しつつ、日本の会計基準を説明するなど、引き続き適切に対応していく考えです。また、こうした2国間の対話の際に、2国間の課題のみならず、グローバルな共通課題を議論することも重要です。

(b)  多国間対話の促進
 第2に、米国とEUの合意のみによっていわば「国際標準」が事実上形成される事態を避ける必要があります。日本は、米国でもEU加盟国でもない主要国・地域(加・豪・スイス・香港など)の中では、最大規模の経済力、また証券市場を擁しています。従って、IOSCOをはじめとする多国間の場における原則・基準の策定作業に引き続き積極的に参画し、日本の意見ができるだけ反映されるように努めていく必要があります。特に、現在、国際的な会計・監査の枠組みに関わる議論が頻繁に行われていますが、そうした場に、米国やEUの代表とともに、日本の代表が必ず参加するように努めています。日本が多国間対話の場に積極的に参画することは、米国でもEU加盟国でもない他の諸国(特にアジア諸国)の期待に応えることにもなります。
 
【日・米・EUの世界のGDPと株式時価総額に占める割合】
  【日・米・EUの世界のGDPと株式時価総額に占める割合】
 
(注 )各取引所の株式時価総額は、他市場との重複上場銘柄を含む。
 

(c)  アジアとの対話の促進
 第3に、アジアとの対話の促進です。欧米主導の動きに対抗するためにも、アジア諸国との連携を強化するべきとの意見があるかもしれません。最近、ASEANプラス3(日中韓)の枠組みにおいて「アジア債券市場育成イニシアティブ」が取り組まれるなど、アジア域内における金融協力が深化していますが、国際証券界では、日本を除くアジアの存在感(プレゼンス)はまだ高いものではありません。例えば、IOSCOにおいて中心的な役割を果たす専門委員会のメンバー15機関のうち、アジア・太平洋地域のメンバーは、日本、香港および豪州の3機関のみです。しかし、今後のアジア地域の経済や証券市場の発展の潜在性を考えると、中長期的観点から、アジア地域との対話を一層促進することが重要となります。
 金融庁は、IOSCOのアジア太平洋地域会合(APRC)において、各国の債券市場のインフラについての調査を主導しています。中国の証券監督管理委員会(CSRC)など、アジア太平洋地域の当局との間で2国間対話を行っています。また、2004年5月の第29回IOSCO年次総会(ヨルダン・アンマン)において、IOSCOの意思決定機関の議長にアジア・太平洋地域のメンバーが選出されたこと(専門委員会議長は香港、理事会議長はニュージーランド)、理事会メンバーの選挙(9機関選出)にアジア・太平洋地域から3機関(日本・中国・豪州)が選出されたことを積極的に支援しました。今後とも、国際証券界におけるアジア太平洋地域のプレゼンスの向上や域内における連携の強化に積極的に取り組んでいく考えです。


【法令解説】
 

「証券取引法等の一部を改正する法律」について


.はじめに
 平成16年3月5日に国会に提出された「証券取引法等の一部を改正する法律」が、6月2日に成立しました。
 以下、その概要について説明します。
 


 法律改正にあたっての基本的な考え方等については、アクセスFSA第14号から第16号の【集中連載】「市場機能を中核とする金融システムに向けて(金融審議会金融分科会第一部会報告)」の第1回第2回第3回をご覧ください。


.改正の概要
 
(1)  銀行等による証券仲介業務の解禁
 銀行等による証券仲介業務の解禁は、銀行等の店舗で証券取引を行えることとし、身近な場所で証券取引ができることを目的としたものです。
 具体的には、銀行等の店舗において、投資家が株式や社債などの売買の注文を行い、銀行等がこれを証券会社等に仲介することを可能とするものです。現在、銀行等の店舗では、投資信託の購入などを行えますが、今後は、こうした形で、株式や社債などの購入も行えることになります。
 一方で、貸出先企業に有価証券を発行させて資金を回収するなどの弊害を防止するための措置もあわせて講じられます。平成16年12月1日から施行されます。

(2)  市場監視機能・体制の強化
 

(a)  課徴金制度の導入
 ルール破りは割に合わないという規律を確立するため、行政上の措置として、証券取引法の一定の規定に違反した者に対して金銭的負担を課す課徴金制度を導入しました。
 具体的には、以下の違反行為について、違反行為により得られた経済的利得相当額を基準に法定された課徴金が、金融庁に置かれる審判官の審判手続(原則公開)を経て、違反者に賦課されることになります。平成17年4月1日から施行されます。
 イ 有価証券届出書の虚偽記載等のいわゆる発行開示義務違反
 ロ 風説の流布・偽計の禁止違反
 ハ 相場操縦行為の禁止違反
 ニ インサイダー取引の禁止違反

(b)  民事責任規定の見直し
 市場への信頼性の向上のため、違反行為により損害を被った者自らが違反者に対する責任追求を容易にする観点から、有価証券報告書等の虚偽記載等による損害賠償請求権の規定を整備し、虚偽記載等の公表日前後の平均価額の差額を一定の範囲内で損害額と推定するなどの改正を行いました。平成16年12月1日から施行されます。

(c)  証券取引等監視委員会の検査範囲の拡大
 現在、証券取引等監視委員会の検査対象は証券会社等の不公正取引とされ、証券会社等の財務・内部管理体制などについては金融庁検査局が担当していますが、市場監視体制強化の一環として、証券会社等の財務・内部管理体制の検査などについても、金融庁長官が証券取引等監視委員会に検査権限を委任できることとしました。平成17年7月1日から施行されます。

(3)  ディスクロージャー規制の合理化
 投資家のニーズに応じた情報提供を可能とするとともに、発行会社、販売会社のコスト削減により、投資家のコスト負担を軽減する観点から、目論見書の交付方法等の合理化を図ることとしました。
 具体的には、(a)一定の有価証券の目論見書を「投資家に必ず交付しなければならない目論見書」と「投資家からの請求に応じて交付する目論見書」に区分する、(b)その同居者が目論見書の交付を受けていること等により当該目論見書の交付を受けないことについて同意した者には、目論見書を交付しないことができることとする、との措置を講じることにしています。平成16年12月1日から施行されます。

(4)  組合型ファンドへの投資家保護範囲の拡大
 様々な投資サービスは、投資家にとって経済効果が同じであれば、同じように保護されるべきであり、また、組合型投資スキームを活用した公募型商品が販売されるようになってきている現状を踏まえ、組合型投資スキームについても、証券取引法の規定を適用することにしました。
 具体的には、投資事業有限責任組合契約に基づく権利、投資事業有限責任組合契約に類似する組合契約に基づく権利等を有価証券とみなして、証券取引法の規定を適用することとし、証券取引法上のディスクロージャー規制や不公正取引規制、発行者以外の第三者が組合に係る契約の仲介を行う場合の業規制(証券業登録)の対象としました。平成16年12月1日から施行されます。

(5)  市場間競争の制度的枠組みの整備
 効率的で競争力のある市場を構築する観点から、市場間競争の制度的枠組みを整備するものとして、以下の措置を講じることとしました。平成17年4月1日から施行されます。
 

(a)  証券取引所とPTS(私設取引システム)の競争条件のイコールフッティングを確保することとし、取引所取引原則を見直して証券会社の最良執行義務を導入するとともに、PTSに取引所と同じ競売買(オークション)による価格決定方式を認める。

(b)  日本証券業協会の規則上の制度であるグリーンシートについて、その健全な発展を促す観点から、証券取引法上の位置付けを明確化するとともに、インサイダー取引規制など不公正取引ルールを適用する。

(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)


 改正法をご覧になりたい方は、金融庁ホームページの「国会提出法案」から「第159回国会における金融庁関連法案」に入り、「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成16年3月5日提出、平成16年6月2日成立)にアクセスしてください。

「株式等の取引に係る決済の合理化を図るための社債等の振替に関する法律等の一部を改正する法律(株式等決済合理化法)」について


.法律制定の経緯
 1989年のG30の勧告(注1)を契機に、証券決済(証券の受渡し)の重要性が国際的に認識されるようになり、各国で決済リスク(証券と資金の受渡しが実行されないために損失を被るリスク)の削減に向けた取組みが進みました。わが国でも、証券取引のグローバル化の下で証券市場の国際競争力を左右する基盤である証券決済システムをより安全で効率性の高いものに改革していくことが喫緊の課題であるとの認識から、証券決済システム改革に官民一体で取り組んでいます。
 金融庁では、法務省や財務省などの関係省庁とともに、決済リスクを削減するための法制度(注2)の整備に取り組んでおり、平成13年の「短期社債等の振替に関する法律」によりCPについて、平成14年の「社債等の振替に関する法律」により社債や国債等について、統一的な振替制度を整備しました。(注3)
 株式については、議決権等の共益権の行使のあり方などについて理論と実務の両面からなお検討が必要と考えられていたことから、上記の統一的な振替制度の対象外とされていましたが、今般、法制審議会における検討を経て制度設計について結論が得られたことから、株式等を統一的な振替制度の対象に加える等の法改正を行う株式等決済合理化法案(法務省・財務省と共管)を策定し、第159回通常国会に提出しました。同法案は、国会での審議を経て、本年6月2日に可決、成立しています。
 

(注1 )G30(Group of Thirty)とは、世界の有識者からなる、国際金融・経済問題に関する提言等を行う非営利のシンクタンクです。このG30が「世界の証券市場における清算および決済システム」という勧告を1989年に公表して、世界的な反響を呼びました。
(注2 )具体的には、証券決済に係る手続の一元化や明確化、証券決済の安全性や効率性の向上などを実現するため、(a)有価証券の種類をまたがる統一的な、(b)有価証券をペーパーレス化して帳簿で管理する制度(統一的な振替制度)の創設に取り組んでいます。
(注3 )このうち、CPと国債については、既に振替システムが稼動しています。
(注4 )法制審議会による検討の結果については、「株券不発行制度の導入に関する要綱」(法務省HPより入手可能)をご参照ください。



.法律の概要
 
(1 ) 株券不発行制度の導入
 商法では、会社は、その成立後または新株の払込期日後、遅滞なく株券を発行しなければならないとされていますが、今回の株式等決済合理化法により商法を改正し、株券が発行されない場合における株主の権利関係等について所要の規定を整備(注1)した上で、定款で定めることにより株券を発行しないことを可能として株券の発行を会社の選択に委ねる株券不発行制度を導入しました。
 株券不発行制度は、法律公布の日から1年以内の政令で定める日に施行されます。
 

(注1 )例えば、株式の譲渡や質入れは意思表示により行うこととされ、株主名簿への記載が会社のみならず第三者への対抗要件とされました。
(注2 )株券を発行しない制度としては、既に株券不所持制度が存在していますが、この制度は、株主の申出に基づいて個別的に株券が不発行とされる点や、いつでも会社に対して株券の発行を請求することができる点で、株券不発行制度とは異なっています。

(2 ) 株式を振替制度の対象に追加
 株式を統一的な振替制度の対象に加え、(a)株券を発行しない旨の定款の定めがある、(b)振替機関が取り扱う株式である、(c)譲渡制限株式(譲渡制限会社(株式の譲渡について取締役会の承認を要する旨の定款の定めのある会社)の株式)でない、という3つの要件を満たす株式(振替株式)については振替口座簿の記録により権利の帰属が定まることとし、振替口座簿の記録事項や権利移転に係る各種手続、振替の効果、商法の特例など所要の規定を整備しました。
 株式の振替制度は、法律公布の日から5年以内の政令で定める日(株式等決済合理化法の施行日)に施行されます。
 

(注 )株式を帳簿で管理する制度としては、既に保管振替制度が存在していますが、この制度は、株券を預託した上で口座簿により株式の保有や移転を行う制度であり、株券の発行が前提となっている点で、振替制度とは異なっています。
 

(a)  振替口座簿の記録事項
 口座の種類に応じて、必要な記録事項を定めています。
 なお、質権が設定された株式については、質権者の口座の中に設けられる質権欄に質権設定者名とともに記録されることとなります。(現行の保管振替制度では、質権設定者の口座の中に設けられる質権者の質権口座に記録されます。)

(b)  権利移転に係る各種手続
 振替株式の権利の移転に係る基本的な手続は、新規記録、振替、消却の3種類です。これらの規定は、基本的には振替社債の規定と同趣旨です。なお、手続の合理化を図る観点から、消却について個別消却の手続のほかに全部消却や保有株式数に応じた消却の手続を別途設けたほか、合併等の会社再編に係る手続等についても特別の手続を設けています。

(c)  振替の効果等
 振替の効果等について、以下のような振替社債と同趣旨の規定を設けました。
 
  ・  振替株式の譲渡や質入れは、振替口座簿に記録がされない限り効力を生じない
  ・  振替株式の信託は、振替口座簿に記録がされない限り、信託財産であることを第三者に対抗できない
  ・  振替口座簿に記録がされれば、振替株式についての権利を適法に有すると推定される
  ・  取引の安全を確保する観点から、振替株式について善意取得を認める(振替口座簿に善意無重過失で振替株式の記録を受けた加入者(投資家等)は、当該振替株式を取得することができる)
  ・  振替機関や口座管理機関が振替口座簿に超過記録(誤って本来の株式数より大きい株式数を記録すること)をした場合には、加入者や振替機関、口座管理機関、発行会社などの当事者間の権利義務関係について、所要の調整を行う(超過記録をした振替機関等による加入者への損害賠償など)

(d)  商法の特例
 株式については、社債と異なり、基準日等における株主を把握して、議決権等の権利を行使する者を確定させる必要があります。そこで、基準日等の一定の日において、振替口座簿の内容を振替機関が集約して発行会社に通知し、その通知内容を株主名簿に反映させるという総株主通知制度を設けました。
 また、株主総会招集請求権などの少数株主権等は、議決権等とは異なり、株主ごとに随時個別的に行使されるため、権利行使時点の株主と株主名簿上の株主が異なることが少なくありません。そこで、株主が少数株主権等を行使する場合には、まず振替機関や口座管理機関を通じて自分が株式を保有している旨等を発行会社に通知することとし、その後の一定期間内に少数株主権等を行使することとしました。

(3 ) 新しい振替制度への移行に係る措置
 上場株式等については、幅広い層の投資家により日々大量の取引が行われることから、その決済を円滑に行う必要があるため、証券取引所規則等により上場会社等は保管振替制度を利用することとされています。
 この保管振替制度は、決済制度の簡素化や効率化の観点から、新しい振替制度の導入と同時に廃止することとしましたが、これに伴う経過措置として、保管振替機関に預託されている株式については、株主が特段の手続をとらなくても、施行日に新しい振替制度へ移行できることとし、上場株式等(注1)の新しい振替制度への円滑な移行を図っています。この場合、株式は、株主が証券会社に開設している既存の証券口座等に入ったまま自動的に新しい振替制度へ移行します。
 保管振替制度に預託されていない株式については、証券口座等に入っていない以上、自動的に新しい振替制度へ移行させることはできないので、発行会社が株主名簿に記載されている株主の名義で特別の口座(特別口座)を開設し、その口座に株式の記録をすることによって、新しい振替制度へ移行することとしました。特別口座に記録された株式の株主は、そのままで議決権等の権利を行使することができますが、株式を他人に譲渡する場合には、特別口座から自らが開設した口座に株式を振り替えた後に譲渡することとなります。
 この他にも、施行日直前の措置として、略式質権者の保護に関する特例や保護預り株券の保管振替機関への預託の特例(いずれも施行日の1ヶ月前から2週間前の前日まで)、保管振替機関に対する株券の預託や交付請求の制限(施行日の2週間前から)などの措置を設けています。
 

(注1 )法律上は、「保管振替制度を利用している会社の株式」について移行措置が設けられていますが、現在稼働している保管振替機関((株)証券保管振替機構)の業務規程や証券取引所規則等の規定により、実質的には上場株式等が移行措置の対象となる予定です。
(注2 )上場等をしていない非公開会社については、株券不発行制度の利用は任意です。

(4 ) 振替制度の対象拡大
 統一的な振替制度の対象として、株式のほかに、新株の引受権、新株予約権、新株予約権付社債などの株式グループの商品を追加しました。
 

(注 )上記のほかに、投資口、協同組織金融機関の優先出資、特定目的会社の優先出資、協同組織金融機関の優先出資引受権、特定目的会社の新優先出資の引受権、特定目的会社の転換特定社債、特定目的会社の新優先出資引受権付特定社債を追加しています。

(5 ) その他の法改正について
 商法について、株券不発行制度の導入のほかに、(a)譲渡制限会社は株主からの請求がない限り株券を発行しなくてもよいこととする、(b)株主名簿の閉鎖期間制度を廃止して基準日制度に一本化する、(c)新株発行において新株引受人が株主となる日を払込期日の翌日から払込期日とする等の改正を行いました。
 また、投信法、優先出資法、資産流動化法、保険業法及び旧資産流動化法について、商法改正に伴う所要の改正を行いました。


.今後の予定
 株式の新しい振替システムは、今後、実務関係者を中心にシステム設計等について実務的な検討が行われた後、遅くとも5年後までには稼働することとなります。
 金融庁では、株式等決済合理化法の関係政省令の制定など、引き続き精力的に証券決済システム改革に取り組んでいきますが、今回、株式等が統一的な振替制度の対象に加わったことにより、法律レベルでは法制度の整備が完了したと考えています。
(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)


 改正法をご覧になりたい方は、金融庁ホームページの「国会提出法案」から「第159回国会における金融庁関連法案」に入り、「株式等の取引に係る決済の合理化を図るための社債等の振替に関する法律等の一部を改正する法律」(平成16年3月5日提出、平成16年6月2日成立)にアクセスしてください。

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