II.改革の基本的方向


                                                                          

        そうした証券市場の再構築をどのように実現するかを提言することが、今

      回の証券取引審議会に課せられた課題である。                          

                                                                          

                                                                          

    1.漸進的規制緩和から抜本的市場改革へ                          

                                                                          

        諸外国で抜本的な市場改革が進む中、我が国の証券市場は世界の先端から

      大きく立ち遅れてしまった。こうした遅れを取り戻すために、海外において

      活発に取引が行われているが、いまだ我が国において導入されていない商品

      ・サービスの導入を図ることは急務である。しかし、単に海外で開発された

      商品を後追い的に導入するだけでは、我が国の市場をニューヨークやロンド

      ンと並ぶ国際的な市場とするという目的は達成し難い。先端市場との機能面

      での立ち遅れを解消するだけでなく、市場が発展する原動力をも市場自身が

      内包するような仕組みの構築を目標とすべきである。                    

                                                                          

        従来、我が国においては、証券市場に新たな商品やサービスを導入する場

      合、海外で既に普及している商品につき、個別にニーズや投資家保護につい

      て検討した上で、コンセンサスが得られたものについて業界として導入を図

      る、という傾向があった。そうした方法は、試行錯誤の過程を省き、成功し

      た商品・サービスのみを導入するという点で効率的ではあったが、利用者の

      選択の余地を狭めてきただけではなく、結果的には我が国の仲介者の横並び

      的行動を助長し、創意工夫を妨げてきた面がある。さらに、投資家に商品の

      リスクを周知徹底するというよりは、むしろ投資家をリスクから遠ざけるこ

      とを主眼に置いた投資家保護の在り方は、ともすれば導入された商品やサー

      ビスについて、当局の「お墨付き」を得た安全なものとの錯覚を生み、市場

      参加者の主体的な判断や自己規律の精神をも弱めてしまったのではないかと

      懸念される。                                                        

                                                                          

        金融のイノベーションが急速に展開する中で、我が国の市場がグローバル

      な市場の一角として発展していくためには、かつてのように、市場で提供さ

      れる商品やサービスについて、行政が個別的に判定し、認知していくという

      方法は採り得ない。むしろ、商品・業務の導入自体を制限する規制は極力無

      くし、多様な創意工夫の発揮を促すべきである。そのためにはまず、事前的

      な商品・業務規制を極力無くし、市場規律が発揮される競争的な環境を整備

      することが必要となる。その上で、投資家や企業が提供される様々な商品・

      サービスを、的確なディスクロージャーを基に自らの判断で選択していくこ

      とにより、利用者のニーズに合致したものが自然に生まれ、育っていくよう

      にすべきである。こうした市場原理に導かれた自律的な発展の枠組みを構築

      することが、我が国の証券市場の利便性と競争力を高め、ひいては我が国経

      済の活性化をもたらすとともに、世界的にも効率的な資金配分を達成してい

      くこととなる。                                                      

                                                                          

        単一のシステムから離れ、多様な競争を促していくという考え方や、業務

      制限的な規制から市場規律を重視した監督手法への転換は、米・英における

      改革にも共通する基本的な考え方である。こうした行政手法の転換は、金融

      ・情報技術の発展やグローバル化に伴う自然な展開とも考えられる。こうし

      た変革を通じ、ニューヨークやロンドンにおいては証券部門における雇用や

      所得の創出も大幅に増加し、国際的な地位を一層確実なものとした。我が国

      市場は、1200兆円の個人金融資産や大きな経済力及び仲介者の潜在的能

      力の高さといった、国際的な市場となり得る要件を有している。今後、市場

      原理を基軸とした様々な金融革新が生じる枠組みを整備するとともに、進ん

      だ技術を持ち、きめ細かいニーズに対応し得る活力ある仲介者が活躍する市

      場とすることにより、我が国市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際的な

      市場とすることができよう。                                          

                                                                          

                                                                          

    2.市場の枠組み整備の重要性                                    

                                                                          

     (1)  公正で信頼感のある市場の整備                              

                                                                          

        極力自由な活動を許容する方向に行政が大きく転換する中で、公正で信頼

      され得る市場の構築がますます重要となってくる。自由な市場は各人の勝手

      気ままが衝突する無法地帯と化してはならず、市場原理が有効に働くために

      は、競争が公正に行われなければならない。そのためには、まず、情報や交

      渉力の面で不利な立場にあり、また1200兆円の金融資産の保有者でもあ

      る一般の投資家が、不当な扱いを受けることがないとの信頼感をもって参加

      できる市場でなければならない。そうした環境の下で初めて、リスクを自ら

      評価し、選択するという投資家の投資判断が意味を持つ。また、国際的に開

      かれた市場にあっては、プロ同士の取引といえども、明確かつ透明なルール

      があり、その適用が迅速かつ厳格に行われる必要がある。                  

                                                                          

        公正さを担保するルールが守られているとの信頼感が市場にとって最も基

      本的な要素である。しかし、今回の市場改革が目指す市場原理に導かれた自

      律的な市場の発展の枠組みの中では、仲介者に対する業務制限的監督により

      市場の健全性を確保するという伝統的な手法は採り得ない。事前予防的行政

      から事後的チェックを中心とした行政への転換、とりわけ、ディスクロージ

      ャー及び公正取引に係るルールの整備やルールを実効あらしめるための監視

      ・処分体制の充実が不可欠である。また、こうした体制の整備が基本ではあ

      るが、刑罰等のペナルティーによって律していくだけでは不十分であり、刑

      罰等に至らない場合でも、不正や不当な行為によって被った金銭的な被害の

      補償等が得られるよう、民事的な紛争が、信頼できる形で、迅速に解決され

      ることも重要である。刑事的な罰則や行政処分とともに、こうした仕組みの

      存在そのものが不公正な取引に対する抑止力となる。                    

                                                                          

        しかし、司法的・行政的なプロセスによって解決できるようなルールの体

      系によってのみ、市場が成り立つものでもないであろう。法令の遵守は当然

      のこととして、様々な行為が自由になればなるほど、市場参加者には、自ら

      の行為を自ら律していく、自己規律の精神が求められる。ディスクロージャ

      ーについて見ても、決められた事項さえ開示すればよいというものではなく、

      投資判断に有益と思われる情報を積極的に、かつ、できるだけ分かりやすく

      発信していくことが市場にとっても、また、自らにとっても重要である。不

      十分なディスクロージャーを行う者は、投資家から見放されていくことにな

      ろう。                                                              

                                                                          

        野放図な行為は結局は市場を壊し、長期的には行為者自らの不利益にもな

      る。自由であるがゆえに、より高度な倫理が不可欠となる。こうした倫理観

      をいかに醸成していくかも我が国にとって重要な課題である。市場関係者は

      国民の証券市場に対する信頼を確かなものとしていくことに全力を挙げるべ

      きである。                                                          

                                                                          

     (2)  市場基盤の整備                                              

                                                                          

        行政は、ルール整備と並び、決済システムを始めとした、取引を支える市

      場の制度の整備においても重要な役割を果たさなければならない。        

        近年における技術革新により、従来は公的な主体による整備が必要と考え

      られてきた分野でも、民間活動として成り立ち得るケースが増えてきている。  

      そうしたケースにおいては、利用者の選択の自由を極力確保しつつ、民間が

      主体となってインフラを整備していくことが適当であろう。              

        しかしながら、民間に委ねておいては、効率的又は十分な整備が期待でき

      ないと考えられる場合には、民間のイニシアティブを補完する形で行政が関

      与していくことも重要である。もちろん、公的な関与が市場インフラの発展

      を単一の枠組みに押し込め、新たな取組みの出現を阻害するようなことがあ

      ってはならない。                                                    

                                                                          

        民商法、税法、会計制度等の枠組みも、市場のインフラとして重要な役割

      を担っている。規制緩和や決済システム等の制度面での整備が進み、市場が

      グローバル・スタンダードに収れんしていくにつれ、こうした基本ソフトと

      もいうべき分野が市場の利便性に影響を与えるものとして浮かび上がってき

      ている。特に、市場のグローバル化が進む中で、伝統的に各国の固有の歴史

      や文化を背景として発展してきた基本的枠組みについても、取引の場所の選

      択を通じて、利用者自身が選択することができるようになってきている。そ

      の結果、金融取引に関しては、民商法や税制、会計制度についても、デファ

      クト・スタンダード(事実上の規準)ともいうべき枠組みが出来上がりつつ

      あり、これと大きくかい離した仕組みを持った市場は、市場利用者、なかん

      ずくプロの利用者から見放されていくこととなりかねない。              

                                                                      

                                                                      


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