【法令解説】

 このコーナーでは、「証券取引法の一部を改正する法律」、「金融先物取引法の一部を改正する法律」について、その経緯や内容を詳細に説明します。
 
「証券取引法の一部を改正する法律」について


.改正の経緯・背景
 「証券取引法の一部を改正する法律」(平成17年法律第78号)は平成17年3月11日に内閣より第162回通常国会に提出され、衆議院で一部修正された上で4月26日に可決、6月22日に参議院において可決・成立し、6月29日に公布されました。
 今回の法改正は、平成16年6月23日及び同年12月24日の金融審議会第一部会報告、並びに最近の証券市場をめぐる状況等の変化に対応したもので、当初国会に提出した政府案は○公開買付制度の適用範囲の見直し、○親会社情報の開示制度の導入、○外国会社等の英文による継続開示制度の導入などを主たる内容としたものでしたが、衆議院において、○継続開示義務違反に係る課徴金制度の創設を主たる内容とした修正が行われました。


.改正の主たる内容
 
(1)  公開買付制度の適用範囲の見直しについては、改正前は公開買付制度の対象となっていなかった証券取引所の立会外取引のうち、相対取引に類似した取引については、買付け後の株券等所有割合が3分の1を超える場合に公開買付制度を適用することとしました(平成17年7月8日付金融庁告示第53号で、対象となる立会外取引を指定しましたので、「所管の法令・ガイドライン」のページを参照して下さい。)。(第27条の2)

(2)  親会社情報の開示制度の導入については、子会社が上場会社であって、親会社が上場していないこと等により、親会社の企業情報が開示されていない(有価証券報告書等を提出していない)場合について、当該親会社の事業年度ごとに、株式の所有者に関する事項その他の事項を記載した親会社等状況報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないこととし、平成18年4月以降開始する親会社等の事業年度から実施することとしました。(第21条の2、第24条の7、第25条)

(3)  外国会社等の英文による継続開示制度の導入については、有価証券報告書等を提出しなければならない外国会社等で、当該会社の本国等において適切な開示基準に基づいて英語による開示を行っている場合は、日本語による要約等の添付を前提として、外国会社等に英語による有価証券報告書の提出を認めることとし、施行日(平成17年12月1日)以後提出される一定の外国投資信託(外国ETF)から適用することとしています。その他の有価証券については、平成21年3月31日までの間に、政令で適用期日を規定することとしました。(第24条、第24条の2、第24条の5)

(4)  継続開示義務違反に係る課徴金制度の創設については、衆議院における審議の結果、議員修正により導入されたものです。その主な内容は以下のとおりです。
 
 継続開示義務違反に対する課徴金制度を導入し、その課徴金の額は、有価証券報告書等については、300万円を原則とし、虚偽記載時の株式等の時価総額の0.003%に相当する額が300万円を超える場合には、その額となりました。また、半期報告書及び臨時報告書当に係る課徴金額については、有価証券報告書等に係る課徴金の2分の1に相当する額とされました。(第172条の2)
 罰金の併せて課徴金が課される場合には、その課徴金の額から罰金の額の全額を控除することとなりました。(第185条の7第4項並びに第185条の8第1項、第2項及び第6項)
 この法律の施行の日から1年を経過するまでの間に継続開示書類を提出した者については、初回の違反であること、当局による調査開始前に自主的な訂正を実施したこと、再発防止策を講じたこと、という三要件を充たす場合に、課徴金の額を減額することとされました。(附則第5条第2項)
 課徴金に関する検討規定を置いて、「政府は、おおむね二年を目途として、この法律による改正後の課徴金に係る制度の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、課徴金の額の算定方法、その水準及び違反行為の監視のための方策を含め、課徴金に係る制度の在り方等について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」こととされました。(附則第6条第1項)


.施行期日・経過措置・検討規定
 
(1)  施行期日
 この法律は平成17年12月1日から施行することとしました。ただし、公開買付制度の見直しに関する規定は交付の日から起算して10日を経過した日(7月9日)から施行することとしました。

(2)  経過措置
 
 (イ)  外国会社等の英文による継続開示制度に関する規定は、施行日以後に提出される一定の外国投資信託の受益証券に係る有価証券報告書等から適用され、その他の有価証券報告書等については施行日から平成21年3月31日までの範囲内で政令で定める日から適用されます。
 (ロ)  親会社情報の開示制度に関する規定は、平成18年4月1日以降に開始する親会社等の事業年度から適用されます。

(3)  検討
 課徴金制度に関する検討規定については上記のとおりです。その他の規定については、施行後5年間を経過した場合において、改正後の規定の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、改正後の金融諸制度について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずることとされています。

「金融先物取引法の一部を改正する法律」について

 昨年の第161回臨時国会において成立した「金融先物取引法の一部を改正する法律」は、外国為替証拠金取引をめぐるトラブルが多発し、民事事件や刑事事件に発展している事例も見られるなど、社会問題化した事態を踏まえ、外国為替証拠金取引をめぐる被害の拡大を防止するため、当該取引やこれに類似する取引を業として行い、又は媒介等を行う者を金融先物取引業者の定義に含めることにより規制対象とする等、様々な改正を行い、本年7月1日に金融先物取引法及び政府令が施行されました。(金融先物取引法の一部を改正する法律の概要については、アクセスFSA第26号

I

.政令及び内閣府令の概要
 
.定義
 今回の法改正で、一般顧客(金融先物取引に関する専門的知識及び経験のない者)を相手方として行う店頭金融先物取引又はその媒介等を「金融先物取引業」の定義に追加し、新たに保護の対象とするとともに、当該取引を取り扱う業者を「金融先物取引業者」として規制の対象としました。
 
(1)  店頭金融先物取引から除かれる取引
 取引の当事者の保護のため支障を生ずることがないと認められる取引として、預金等に組み込まれた店頭金融先物取引を適用除外としました。
(2)  金融先物取引業者の登録
 金融先物取引業者を登録制とし、株式会社又は銀行等の金融機関でなければ行うことができず、登録拒否事由となる資本の額又は出資の総額は5千万円としました。
(3)  一般顧客から除かれる者
 
 専門的知識及び経験を有する者は、金融先物取引業者、証券取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令第4条の適格機関投資家に準ずる者、外国の法令上前ニ者に相当する者、そのほか金融庁長官が指定する者としました。
 一般顧客から除かれる株式会社は、資本の額が3千万円以上の株式会社としました。


.業者に対する行為規制
 今回の改正では、外国為替証拠金取引をめぐるトラブルの原因の多くが、業者による投資家への執拗な勧誘が行われていることや、取引により得られる利益の大きさ等、取引の利点のみを強調するといった勧誘姿勢にあることを踏まえ、業者に対する広告・勧誘規制を強化することとしました。
 
(1)  広告において表示すべき事項
  金融先物取引業者は、その行う金融先物取引業の内容について広告するときは、法定事項のほかに、顧客の判断に影響を及ぼす重要事項として、金融先物取引業者が表示する通貨等の売付けの価格と買付け価格に差があるときはその旨、及び顧客が金融先物取引の受託等に関し、預託すべき委託証拠金その他の保証金の料率又は額を表示しなければならないこととしました。
(2)  契約締結前の書面の交付
 
 当該書面の内容を十分に読むべき旨、カバー取引相手方及び媒介等相手方の名称等、顧客財産の管理方法及び金融先物業者等の信用状況によっては損失を被る危険がある旨について、わくで囲み、かつ、書面の最初に記載することとしました。
 加入する金融先物取引業協会の名称、店頭金融先物取引について売値と買値にスプレッドがある旨及び顧客の判断に影響を与える重要な事項等について記載することとしました。
(3)  禁止行為
 
 取引一任勘定取引の契約の締結についての適用除外を証券取引法と同様にすることとしました。
 金融先物取引業者が、勧誘の要請をしていない一般顧客に対して訪問又は電話による勧誘をすること等が禁止されています(不招請勧誘の禁止)が、継続的取引関係にある顧客(勧誘の日前1年間に、ニ以上の金融先物取引のあった者及び勧誘の日に未決済の金融先物取引の残高を有する者に限る。)及び、外国為替取引に関する業務を行う法人に対し、為替変動のヘッジ取引のための勧誘を適用除外とすることとしました。
 両建て取引の勧誘を禁止することとしました。
 勧誘の目的を明示せず、一般顧客を集めて勧誘する行為を禁止することとしました。


.業者に対する財務規制等
 今回の改正では、投資者保護の観点から、リスクに見合った資本を備えさせ、業者の財務の健全性を確保することが必要であることから自己資本規制を導入することとしました。
 
(1)  自己資本規制
  新たに、金融先物取引業者の自己資本規制に関する内閣府令を制定し、金融先物取引業者(銀行等を除く)は、資本等の合計額から固定資産等を控除した額の、その行っている金融先   物取引により発生しうる危険に対応する額の合計額に対する比率の算出を求めることとしました。金融先物取引業者は、外国為替証拠金取引等を頻繁かつ大量に行うことから、それらに係る決済を円滑かつ確実に執行するためには、当該業者が行う全ての業務に係るリスクを総体的に把握し、各種のリスクが顕在化したときにもそれに伴う損失を十分にカバーし得るだけの流動性のある自己資本を保有している必要があります。このため、証券会社の自己資本規制と同様の考え方の規制を課すこととしました。
 
 自己資本規制比率
 金融先物取引業者の自己資本規制比率は、基本的項目の額と補完的項目の額を合計した額(自己資本)から控除項目の額を控除した額(固定化されていない自己資本)を、金融先物取引に係る通貨等又は金融指標の数値の変動その他の理由により発生し得る危険に対応する額(リスク相当額)で除して算出することとしました。
 
 i  基本的項目:資本金、資本剰余金等
 ii  補完的項目:貸倒引当金、劣後債務、有価証券評価益等
 iii  控除項目:固定資産(上場証券、国債を除く)、繰延資産、流動資産(預託金、立替金等)
 リスク相当額
 リスク相当額は、市場リスク相当額、取引先リスク相当額及び基礎的リスク相当額の合計額としました。
 
 i  市場リスク相当額
 保有資産等の価格の変動その他の理由により発生し得るリスクに相当する額とし、金利リスク相当額、外国為替リスク相当額、株式リスク相当額及びコモディティ・リスク相当額の合計額としました。
 ii  取引先リスク相当額
 取引の相手方の契約不履行その他の理由により発生し得るリスクに相当する額とし、取引先又は資産の区分に応じた与信相当額にリスク・ウェイトを乗じて得た額の合計額としました。
 iii  基礎的リスク相当額
 事務処理の誤り等日常的な業務の遂行上発生し得るリスクに相当する額とし、計算を行う日の属する月の前々月以前1年間の各月の営業費用(販売費・一般管理費及び金融費用)の額の合計額に4分の1を乗じて得た額としました。
 届出
 
 i  金融先物取引業者は、毎営業日ごとに、自己資本規制比率の状況を適切に把握し、毎月末の自己資本規制比率を、翌月20日までに金融庁長官に届け出なければならないこととしました。
 ii  自己資本規制比率が140%を下回った場合には、直ちに、その旨を金融庁長官に届け出、かつ、営業日ごとの自己資本規制比率に関する届出書を作成し、遅滞なく金融庁長官に提出しなければならないこととしました。
(2)  純財産額の規制
 登録のための最低資本の額又は出資の総額は5千万円とするが、貸借対照表の資産の部に計上されるべき金額の合計額から負債の部に計上されるべき金額の合計額(金融先物取引責任準備金等を除く)を控除して計算した額(純財産額)についても、5千万円を満たすことを要件としました。
(3)  受託財産の管理
 金融先物取引業者は、委託者等から預託を受けた委託証拠金その他の保証金について、自己の固有財産と区分して管理すべき旨規定されていますが、その具体的な方法は、預金のほか信託業務を営む金融機関への金銭信託については、元本補てん契約をした金銭信託に限らないものとしました。


.その他
 以上のほか、今回の法改正による主な改正点は以下のとおり。
 
(1)  外務員登録
 新たに外務員制度とその登録制を導入しました。外務員の登録を受けようとする金融先物取引業者は、登録手数料の納付が必要ですが、その金額は3千円を超えない範囲内において実費を勘案して内閣府令で定める額(1千円)としました。
(2)  外国金融先物規制当局に対する調査協力
  今回の法改正で、外国の規制当局の要請に基づき、国内法違反以外の場合でも自国の国内法において調査できるようにするため規定し、その手続を規定しました。
(3)  長官権限の財務局等への委任
  金融先物取引業者の登録制への変更、主要株主規制及び外務員制度導入に伴い、長官権限の財務局等へ委任規定を証券取引法と同様に規定しました。

II

.金融先物取引業者向けの総合的な監督指針の概要
 改正金融先物取引法、政令、内閣府令の施行にあたり、金融先物取引業者の監督行政につき、各種規制の基本的な考え方、監督上の着眼点と留意事項、具体的な監督手法を、許可制から登録制への移行、新たな財務規制、行為規制等の導入を踏まえて体系的に整備し、金融先物取引業者向けの総合的な監督指針を制定しました。
 金融先物取引業者の監督に当たっての評価項目等は以下のとおりです。
 
(1)  経営管理
 金融先物取引業者の監督については、経営管理態勢の整備の状況や業務運営の監督、監視の実効性の検証が不可欠であることから着眼点を簡潔に規定し、金融先物取引業者の業務執行に対する経営陣の監督が有効に機能することを検証する必要がある旨を規定しました。
(2)  財務の健全性
 今回の法改正により新たに金融先物取引業者に導入された自己資本規制比率に係る規定については、その算定における留意事項や、金融先物取引業者が法令に定められた自己資本比率を下回った場合の監督上の対応等について規定しました。
(3)  業務の適切性
 委託者等の保護に重点を置いた金融行政を実現するとの観点から、業務の適切性に関する監督上の留意事項等について規定しました。主な項目は以下のとおりです。
 
 適合性原則
 顧客の知識・経験等に則した適正な勧誘の履行の確保の観点から、受託等に当たって、顧客の資産、リスク管理判断能力等に応じた取引内容や取引条件に留意し、過大な投機的取引の防止に努め、顧客及び取引実態を的確に把握し得る顧客管理体制を確立することが必要である旨を規定しました。
 不招請勧誘の禁止
 顧客からの招請状況等に則した適正な勧誘の履行を確保する観点から、顧客の招請状況及び過去の取引実態等を的確に把握し得る顧客管理体制の整備・確立等に関する留意事項について規定しました。
 広告規制及び契約締結前の書面の交付等
 金融先物取引業者が自らの業務内容や取扱商品の内容について、委託者等に情報を正しく伝えることが必要であることを踏まえ、広告規制、契約締結前の書面の交付及び説明義務、成立した取引に係る書面の交付義務等に係る留意事項について規定しました。
 顧客を集めての勧誘
 セミナー等を開催し、金融先物取引の受託契約等の締結の勧誘を行う場合には、あらかじめ広告及び案内状等に、勧誘を行う旨を明示することが必要である旨などを規定しました。
 顧客に対する説明責任の履行等
 金融先物取引業者が、判断材料となる情報を正確かつ公平に委託者等へ開示するなど、説明責任が履行される必要があることを踏まえ、顧客に対する説明等において留意すべき事項について規定しました。
(4)  その他
 金融先物取引業者の監督に係る事務処理上の留意点として、登録申請時における体制審査の項目、兼業業務の承認にあたっての留意事項、登録対象となる外務員の範囲等について規定しました。

PDF金融先物取引業者向けの総合的な監督指針

PDF金融先物取引業者の自己資本規制の骨格


【特集:「金融検査評定制度」について】

 
前文

 金融庁は、昨年12月24日に公表された金融改革プログラムにおいて、現在の金融システムをめぐる局面を「不良債権問題への緊急対応から脱却し、未来志向の局面(フェーズ)に転換しつつある」とした上で、望ましい金融システムを「民」の力により実現するための具体的な施策の1つとして、「検査における評定制度の導入等によるメリハリの効いた効果的・選択的な行政対応」を提案しました。
 これを受け、当庁は、外部の有識者を加えた「評定制度研究会」を検査局内に設けました。当研究会では評定制度のあり方について専門的・技術的観点から14回にわたる検討を重ね、その成果として「評定制度研究会報告書」(以下「報告書」)をとりまとめたところです。今般、当庁は、報告書等を踏まえて「金融検査評定制度(FIRST)(注)」を策定し、検査局長通達(17年7月1日付)として発出しました。金融検査評定制度の基本的な考え方や内容については、同報告書に詳述されているところですが、本稿では、「金融検査評定制度(FIRST)」のポイントについて紹介することとします。
(注)略称FIRST = Financial Inspection Rating SysTem
 
背景

 評定制度導入に至った背景には、金融システムを巡る局面が一つの大きな転換点を迎えているとの認識があります。バブル崩壊以来、長きにわたり金融セクターを苛んできた不良債権問題にも漸く正常化への道筋が見えつつあります。更に周囲に目を転ずれば、規制緩和、技術革新、グローバル化等、目覚しい環境変化が進展しています。こうした中、金融機関には、守りのリスク管理一辺倒ではなく、リターンも踏まえた、いわば攻めのリスク管理態勢の構築が求められてきています。自らの体力や特性に照らして相応しいビジネスモデルを自ら構築していくことが、金融機関に期待される新しい経営のあり方となってきています。そのバックボーンとなるのは、ガバナンス、即ち、各金融機関の経営管理のあり方です。経営管理とは、単に問題が起こらないように組織を内部管理するだけにとどまらず、更に進んで、将来を見据えた戦略を統一的な管理体制の下で築き上げるプロセスでもあります。
 こうした時代認識の下、改めて、「民」と「官」の適切な距離感を見出すことが求められていると考えます。そもそも金融機関経営のあり方は、「民」の自己責任で決めるのが基本であり、「官」の関与は限定的であるべきです。金融検査の位置づけはそうした文脈の中で確認する必要があります。金融検査とは、「金融検査マニュアル」にも記されているとおり、あくまで金融機関自身の内部管理と外部監査、そして市場規律による監視を前提に、それらを補完するものにとどまらなければなりません。要すれば、「金融検査において、すべてを検査することは、可能でもなければ、必要でもない」のであります。
 
意義

 「金融改革プログラム」は、望ましい金融システムを「民」の力により実現すると宣明しています。これに相応しい金融検査のあり方とは、まずもって、金融機関自身の自主的・持続的な経営改善に向けた努力を促していくものでなければなりません。検査とは、もとより金融機関の経営実態を様々な角度から検証するものであるが、それが単なる問題の指摘だけに終わってしまっているようでは検査を行う意味が問われるのではないでしょうか。検査の結果を金融機関自身の経営改善に結びつけていくという観点から、検査のあり方を見つめ直すべきです。これまでの検査結果通知では、検査によって把握した問題点は指摘されますが、法令等遵守態勢や各リスク管理態勢のレベル感が不明確という面はなかったか。リスク管理態勢ごとに段階評価を付し、レベル感を示すこととすれば、金融機関自身の経営改善に向けての動機付けになるのではないでしょうか。また、評価という営みは、評価する側、される側の双方に説明責任を課します。段階評価を行うことは、検査官が金融機関と双方向の議論を尽くし、自らの説明責任を果たす契機ともなります。ここに評定制度導入の意義があります。金融機関と検査官が同じ目線で双方向の議論を尽くす、これが検査局の考える、金融機関との新たな間合いなのです。
 評定結果を検査の濃淡など、その後の選択的な行政対応に結びつければ、金融機関への動機付けの意味合いが高まるばかりでなく、金融庁にとっても、より効率的かつ実効的な検査の実施につながります。金融行政の透明性が高まり、金融機関にとっての予見可能性の向上にも大きく資することが期待されます。
 要すれば、「評定制度」導入の主眼は、金融機関と当局との距離感を今一度見つめ直し、その結果として、双方向の議論を尽くし、金融機関自らの経営改善を促していく、新しい対話のルールを創るところにあるのです。
 
制度の枠組み設計の考え方

 以上を踏まえて、「評定制度」は設計されていますが、具体的な枠組み設計に当っては、○金融機関の自主的な経営改善に向けた動機付けになっているか、○金融庁、特に金融検査に期待される任務に則った制度となっているか、○真に検査の効率性と実効性の向上に資するような制度となっているか、という3つの視点を重視しています。
 また、金融検査は、これまでの検査やオフサイト・モニタリング等を通じて得られた、金融機関の規模や特性、特にリスク・リターン特性に応じたリスク管理のあり方を評価するものであり、機械的・画一的な判断に陥ってはならないという点も念頭においています。
 
制度の具体的枠組み

 
.評定項目について〜マニュアルの項目に変更点〜
 これまでの、いわゆる「マニュアル検査」の結果、金融機関と検査官の目線にもある程度の統一感が生まれつつあること等を踏まえ、運用の統一性を確保する観点から、基本的枠組みは、現行の金融検査マニュアルに沿ったものとしています。ただ、時代の流れを踏まえ、金融検査マニュアルの既存項目に、3つの変更点を加えています。1つは、「顧客保護等管理」に関する項目を独立項目とし、法令等遵守の中に位置づけたことであります。次に、「自己資本管理」について、これまでは「信用リスク管理」の中の1チェック項目にすぎなったものを独立項目とし、かつ「リスク管理(共通)」の一部に格上げしました。更に、これまで「事務リスク」、「システム・リスク」に分かれていた2項目を1つに統合し、「オペレーショナル・リスク」にしました。
 項目変更の第一の理由は前述のとおり、時代の変化に対応するためであります。規制緩和等の進展により、金融機関はこれまで以上に自由に様々なビジネスモデルを展開できるようになり、様々な窓口で様々な商品を売ることのできる環境になりつつあります。このような環境では、顧客保護がますます重要となります。従来、顧客保護については、「事務リスク」の中で、苦情処理を適切に行っているかという程度の位置付けでありましたが、今般「顧客保護」の重要性を認識し、その位置付けを「法令等遵守」に格上げした上で独立の評価を与えました。
 「自己資本管理」が「信用リスク管理」の一部であったのは、かつては、自己資本比率が、金融機関の抱える信用リスクをやや不正確な形で代表している指標に過ぎなかったからであります。しかし、昨今の金融理論と実務の進化の結果、自己資本比率という概念は高度に洗練され、金融機関が抱える全てのリスクを統合的に認識・評価し、コントロールする指標として理論的・実務的に明確な位置づけが与えられるようになってきています。その流れの延長線上にあるのがバーゼルIIであります。わが国でのバーゼルII実施は平成19年3月末以降になりますが、評定制度においては、その流れをいわば先取りする形で、「自己資本管理」を「リスク管理(共通)」に格上げし、独立の評価を与えることとしました。
 他方、従前の「事務リスク」については、「顧客保護」を取り除いてしまうと、中身が薄くなってしまいます。また、バーゼルIIにおけるリスク・カテゴリーも踏まえ、「システム・リスク」とあわせて、「オペレーショナル・リスク」と位置づけることとしました。


.評定基準等〜4段階評価の水準感〜
 段階評価については、偶数段階評価とする方が、5段階等の奇数段階評価よりも、甲乙を明確に示すことができ、経営改善に向けた動機付けやメリハリのある行政対応に資すると考え、A、B、C、Dの4段階評価としました。
 4段階評価の水準感は、まず「A」が「強固な」管理態勢が経営陣により構築されている状態、次に「B」が「十分な」管理態勢の状態、そして「C」が「不十分な」管理態勢で「改善の必要」が認められる状態、最後に「D」が管理態勢に「欠陥または重大な欠陥がある」という状態であります。これら基準を読み解く上で、幾つかのキーワードがあります。まず、すべての項目に「経営陣により」という言葉が入っています。管理態勢を適切に構築する上で、ガバナンスは決定的な重要性を有することから、評定に際しても、管理態勢が「経営陣主導により」強固に構築されているか否かに1つの目線を置いています。「A」「B」「C」「D」はいわゆる「優」「良」「可」「不可」と同様の水準なのかというご質問をよく受けるが、これは少し違います。「C」は、「可」ではなく、むしろ「不可」に近い。管理態勢が「不十分」というだけではなく、「改善の必要」があるというところにポイントがあるからです。前述したように、そもそも評定制度は、選択的行政対応への反映を意識したものであるので、そういう観点から、「A」、「B」、「C」、「D」の評価や基準の相場が決まってきます。すなわち、「C」について言えば、何らかの「改善が必要」ということになります。つまり、何らかの形でその後の検査で十分検証する必要があると検査官が認識したものだと言えます。言い換えれば、管理態勢が「不十分」であって、日を置かずに改善状況をチェックする必要があると認められる水準が「C」ということなのであります。
 なお、総合評定については、評定制度導入当初においては各評価項目のウェイト付けが容易でなく、また、総合評価がひとり歩きした場合、無視し得ない風評リスクが生ずる可能性を現状では排除し切れないとの観点から、当面、導入を控えることとしています。


.選択的行政対応とのリンク〜評定結果と検査の濃淡〜
 検査は、金融機関の規模や業況等を勘案し、必要に応じて、適時適切に実施するものでありますが、その際、評定結果も、その後の検査の濃淡、具体的には、検査頻度、検査範囲、検査深度に反映させていくものとします。
 まず、検査頻度については、例えば、個別項目において低評価項目がない場合(例えば、「A」と「B」評価のみで、「C」以下の評価がない場合)は平均よりも長い検査周期とし、個別項目において低評価項目が少ない場合(例えば、「A」、「B」、「C」評価のみで、かつ、「C」評価も2つ以下にとどまる場合)は平均的な検査周期とし、それら以外の場合は平均より短い検査周期とする、といったことが考えられます。いずれにせよ、具体的な基準については、評定制度を一定期間実施した上で実態等を踏まえて決定するのが望ましいと考えられます。
 また、検査範囲等についても、前回検査で高い評価を受け、その後の監督部局のモニタリング等においても問題が認められない項目については、次回検査において検証範囲から除くというように、評定の結果を検証範囲に反映させます。更に、例えば、自己査定に関連する内部管理態勢について、高い評価結果が得られた場合に、自己査定の検証における抽出率を低下させる等、前回検査で評価の高い項目については、検証深度を限定的なものとし、低い項目については深く掘り下げるというように、評定の結果を検査深度に反映させることも考えられます。
 評定結果と監督上の対応のリンクについては、まず、検査において何らかの指摘事項があれば、評定結果如何に関わらず、常に銀行法第24条などに基づく報告徴求が行われますが、評定結果は、この24条報告等も踏まえ、金融機関の業務の健全性や適切性確保に向けた自主的な取組みを早期に促していくための一つの判断要素として用いられることとなるでしょう。


.意見申出制度の適用について〜透明性、公平性の確保〜
 評定制度は「双方向の議論」を充実させることを目的としたものでもあるので、検査の際に十分議論を交わすことが期待されます。それでもなお、意見が合わなければ「意見申出制度」を利用できることとしています。意見申出制度とは、検査班以外の検査局幹部に直接意見を申し出て審理してもらうことにより、金融検査の質的水準及び判断の適切性について更なる向上を図り、もって金融検査に対する信頼を確保することを目的とする制度であります。今般、同制度の運用改善として、意見申出審理会に外部の専門家を加え、一層の透明性、公平性の確保を図ることとしています。


.実施時期〜平成18年1月から施行、7月以降本実施へ〜
 本制度は、初めての試みであることから、いきなり施行するのではなく、まず一定期間、試行することとしています。この点、「報告書」においては、「平成17検査事務年度中に試行を開始」するとしているところでありますが、当庁としては、平成18年1月から試行を開始することを考えています。試行開始までの半年間は、検査官に対する研修や金融機関への説明会を実施し、円滑な試行開始に向けた準備体制を整えていくこととします。
 その上で、本施行への移行については、「報告書」では、「平成18検査事務年度以降、速やかに施行に移す」こととされています。もとより、本制度は、検査官が金融機関ときちんと議論した上で、当該金融機関のリスク管理態勢の評価について意見を一致させるよう努めることを想定しています。従って、「なるほどこれならば「C」評価もやむをえない」と金融機関も納得するような一般的な相場観についての目線合わせが重要となるでしょう。そういう状態になるまでには最低半年から1年の期間が必要だろうと考え、平成18年7月以降の本施行ということにしています。円滑な施行に移せるよう、検査官同士、そして金融機関との間で、目線の統一等、環境整備に努めていきます。
 
パブリック・コメントの反映

 評定制度案に対して寄せられたパブリック・コメント全76件のうち、多くは、今後の運用の改善や見直しに関するものでありました。評定制度そのものに対する具体的コメントは35件あり、そのうち13件については、コメントを踏まえ、適宜、必要な修正を行いました。
 
最後に

 今後、重要なことは、新たな施策を、実際に検査部局及び被検査金融機関の双方に定着させ、円滑な実施を図ることであります。これが新事務年度の大きな課題であると認識し、金融庁として、しっかりと取り組んでいきます。

PDF金融検査評定制度の概要

PDF金融検査評定制度のイメージ図


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