研究開発費に係る会計処理基準の検討にあたっての論点の整理

───企業財務懇談会───

 

平成9年6月6日


I. 検討の経緯


      昨年6月に開催された企業会計審議会総会において、金融商品・企業年金・研

    究開発費等に係る会計処理基準の在り方について検討するため、「特別部会」が

    設置された(注1)。このうち、企業年金、研究開発費等に係る会計処理基準の

    検討については、特別部会での審議に資するため、企業財務懇談会において論点

    の整理を行うこととされた。                                              

      本懇談会は、昨年7月より、まず、企業年金に係る会計処理基準について検討

    し、本年2月の企業会計審議会総会において「企業年金に係る会計処理基準の検

    討にあたっての論点の整理」を報告した。                                  

      本年2月からは、研究開発費に係る会計処理基準の検討にあたっての論点の整

    理について審議を開始し、諸外国の会計処理基準、我が国における会計処理及び

    開示の現状、コンピュータ・ソフトウェア(以下「ソフトウェア」という。)の

    会計処理及び表示等について関係者からのヒアリングを行うなどの検討を行い、

    今般、論点の整理を取りまとめたものである。

II. 基本的認識


    1.研究開発活動の重要性の増大                                      

     (1)  研究開発活動は、企業の将来の収益性を左右する重要な要素であるが、近

        年、商品サイクルの短期化、新規技術に対するキャッチアップ期間の短縮及

        び研究開発活動の広範化・高度化により、そのための支出も相当の規模とな

        っており、企業活動における研究開発活動の重要性が一層増大している。  

          従って、研究開発活動の情報は、企業の経営方針や将来の収益予想に関す

        る重要な投資情報と位置付けられている。                              

     (2)  また、コンピュータの発達による高度情報化社会の進展の中で、企業の経

        営活動におけるソフトウェアの果たす役割が急速にその重要性を増し、その

        製作等のために支出する額も次第に多額になってきている。今後も、ソフト

        ウェアの利用分野の拡大に伴ってその重要性は更に高まるものと考えられる。

                                                                            

    2.研究開発費に係る会計処理基準等の整備の必要性                    

     (1)  企業における研究開発活動の重要性が増大する中、研究開発費に係る現在

        の会計処理基準に対しては、その範囲が明確でなく、また、繰延資産への計

        上が任意となっていること等から、内外企業間の比較可能性が阻害されてい

        るとの指摘がなされている。                                        

     (2)  また、ソフトウェアの開発・製作に要した費用の会計処理については、明

        確な会計処理基準がなく、現行実務では、法人税の取扱いに従い、購入・委

        託したソフトウェアについてのみ長期前払費用等の科目で資産計上されてい

        る。                                                                

          この会計処理については、ソフトウェア開発部門を社内の一部門とするの

        か、子会社とするのかで会計処理が異なる等の問題点が指摘されている。  

     (3)  このような状況を踏まえ、企業の研究開発活動及び研究開発費に関する適

        切な情報提供を行うとともに、国際的調和の観点から会計処理基準を整備す

        る必要がある。                                                      

                                                                            

    3.我が国の現行制度と実務上の取扱い                                

        国際的には、研究・開発に関する支出は研究開発費と称されているが、我が

      国では、これに相当するものとして、試験研究費及び開発費がある。企業会計

      原則、商法及び税法における試験研究費及び開発費に関する規定は以下のとお

      りである。                                                            

     (1)  企業会計原則                                                  

          企業会計原則では、将来の期間に影響する特定の費用(既に代価の支払が

        完了し又は支払義務が確定し、これに対応する役務の提供を受けたにもかか

        わらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用)である

        試験研究費・開発費は、次期以降の期間に配分して処理するため経過的に、

        貸借対照表上、繰延資産として計上できることとされている(注2)。    

                                                                            

     (2)  商法                                                          

          商法では、(イ)新製品又は新技術の研究、(ロ)新技術又は新経営組織

        の採用、(ハ)資源の開発、(ニ)市場の開拓のために特別に支出した金額

        は、資産(繰延資産)として計上することができ、この場合、その支出後5

        年内に毎期均等額以上を償却しなければならないこととされている。      

          なお、実務においては、試験研究費及び開発費を繰延資産として計上して

        いる会社は少ないとされている。                                      

                                                                            

     (3)  税法                                                          

        ○  法人税法上、繰延資産とは、法人が支出する費用のうち支出の効果がそ

          の支出の日以後1年以上に及ぶものとされている。この税法上の繰延資産

          の中には、試験研究費、開発費及び購入・委託したソフトウェアが含まれ

          ている(注3)。                                                  

        ○  法人税の取扱いでは、自社製作のソフトウェアの開発費については、繰

          延資産に該当しないものとしており、購入・委託したソフトウェアについ

          ては、繰延資産として資産計上すべきものとしている。                

            なお、ソフトウェアの購入費・開発費は、商法上の繰延資産に該当する

          かどうか疑義があるため、実務では、長期前払費用等の科目に計上されて

          いるのが一般的であり、また、ソフトウェア製作会社では、販売用ソフト

          ウェアを無形固定資産又は棚卸資産として計上している例もある(注4)。  

        ○  試験研究に基づいて工業所有権を取得した場合には、その取得時におい

          て繰延資産として計上されている試験研究費の額は、当該工業所有権の取

          得価額に算入することとされている。                                

                                                                            

    4.会計処理基準を巡る国際的動向                                    

     (1)  研究開発費に係る会計処理基準                                  

          米国では、財務会計基準書(SFAS)第2号において、研究開発費は、

        研究開発活動と将来の収益との対応関係が不確実であることから、すべて発

        生時に費用処理することとされている(注5)。                      

          一方、国際会計基準(第9号)では、研究費は、発生時に費用処理し、開

        発費は、将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高いと認められる一定

        の条件を満たすときには、資産計上しなければならないこととされている。

        資産計上された場合には、経済的便益の発生に対応するような規則的方法に

        より償却(通常5年間を超えない期間で償却)することとされている(注6)。  

                                                                            

     (2)  ソフトウェアに係る会計処理基準                                

          米国では、販売用ソフトウェアに係る基準書(SFAS第86号)において、

        販売用ソフトウェアの開発費については、技術的実現可能性が確定する以前

        の発生原価は費用処理し、それ以後の発生原価は資産に計上しなければなら

        ず、資産計上後は見積経済耐用年数にわたり償却することとされている。  

          一方、国際会計基準では、ソフトウェアについては、研究開発費に係る基

        準書(第9号)が適用されている。                                    

                                                                            

     (3)  最近の動向                                                    

          最近、米国では、SFAS第86号の対象となっていない社内利用目的のソ

        フトウェアについて、米国公認会計士協会において、一定の条件を満たす場

        合には、資産計上を強制する実務指針を策定する動きがある。            

          また、国際会計基準委員会では、開発費、ソフトウェアを含む無形資産に

        係る包括的な基準を検討中であり、当該資産と結合した将来の経済的便益が

        企業に流入する可能性が大きく、かつ、その原価が信頼性をもって測定でき

        るという2つの条件を満たす場合には、無形資産として認識しなければなら

        ないとする意見が優位を占めている模様である。

III.具体的論点


    1. 研究・開発の定義の明確化                                        

     (1)  我が国の会計諸則では、研究開発活動の範囲はもとより、研究・開発につ

        いても明確な定義付けは行っておらず、繰延資産として計上が容認される試

        験研究費及び開発費の範囲と要件を定めているのみである。              

          このため、その範囲の解釈に恣意性が介入する可能性があり、研究開発活

        動あるいは研究開発費の規模等につき、企業間の比較を行うことが困難であ

        る等の指摘がなされている。                                          

     (2)  研究・開発の定義については、米国、国際会計基準等においても明確にさ

        れており、国際的に通用する会計基準を作成するという観点からも、資産計

        上の可否とは別に、研究・開発の新たな定義を定める必要がある。      

          なお、定義の明確化にあたっては、研究と開発を別々に規定すべきか、研

        究開発として、まとめて規定すべきかについて検討する必要がある。      

     (3)  また、米国、国際会計基準において、研究開発費に係る会計処理基準の対

        象外とされている「資源の開発」についての取扱いを検討する必要がある。  

                                                                            

    2. 包括的会計処理基準の設定                                      

     (1)  我が国の会計諸則では、ソフトウェアについての明確な会計処理基準が定

        められていない。法人税の取扱いでは、購入・委託したソフトウェアは、資

        産計上しなければならないこととされている。                          

          一方、米国では、販売用のソフトウェアに係る基準が、研究開発費に係る

        基準とは別に規定されており、また、国際会計基準では、ソフトウェアに係

        る個別の基準は存在せず、現在、開発費・ソフトウェアを含む無形資産に係

        る包括的な基準が検討されている。                                    

          これらの点を踏まえ、研究開発費に係る会計処理基準の設定にあたっては

        ソフトウェアを含む包括的な会計処理基準を設定することを検討する。  

     (2)  ただし、ソフトウェアの開発過程には、研究開発の性格を有する段階と、

        それ以降の段階(販売用ソフトウェアについては、製作段階)があり、この

        ようなソフトウェアの特殊性に鑑み、研究開発以降の段階のソフトウェア開

        発費に係る会計処理の在り方を検討する必要がある。                  

                                                                          

    3. 研究開発費を構成する原価要素                                  

        原価要素に関しては、連続意見書第五において、「試験研究のために特別に

      建設した設備で、研究終了後、使用しうると思われるものについては、これを

      試験研究費に含ませないことができる。」とされているのみである。        

        一方、諸外国では、研究開発のために費消された人件費、原材料費、固定資

      産の減価償却費及び間接費の配賦額のすべてが、研究開発費を構成する原価要

      素として定められている。                                              

        こうした点を踏まえて、研究開発活動に関連する費用のうち、人件費、原材

      料費、固定資産の減価償却費及び間接費の配賦額は、すべて研究開発費として

      認識すべきことを明確化する必要がある。                                

                                                                          

    4. 会計処理                                                      

     (1)  資産計上の是非                                              

        ○  我が国の繰延資産(試験研究費・開発費)への計上要件は、新技術の研

          究、新技術の採用等、特定の目的のために支出したものという不明確なも

          のとなっており、また計上するか否かは経営者の選択に任されている。  

            この点について、米国では、研究開発費は、すべて発生時に費用処理す

          ることとされている。また、国際会計基準においては、一定の条件を満た

          す開発費について、資産計上が強制されているが、その条件が厳格である

          ため実務上は資産計上されるものは少ないと言われている。            

        ○  研究開発費の会計処理方法として、(イ)すべて発生時に費用処理する

          方法、(ロ)一定の条件を満たすものについて資産計上を強制する方法、

          (ハ)一定の条件を満たすものについて任意に資産計上を認める方法の3

          つが考えられるが、これらのうち、いずれの方法を採用すべきかを検討す

          る。                                                              

        ○  (ハ)の方法は、経営者の任意で資産計上を認める会計処理であり、比

          較可能性の観点から問題がある。また、(ロ)の方法を採用する場合につ

          いては、資産計上する場合の条件、例えば、(a) 明確な開発プロジェクト

          の存在、(b) 関連する費用の認識の可能性及び測定可能性、(c) 効果の発

          現可能性(技術的実現可能性・将来収益による回収可能性)等について判

          定することは、実務上、困難であるという意見や、現在我が国では自己創

          設の無形固定資産を計上する実務慣行がないという意見がある。        

         4  なお、ソフトウェアの開発費については、取得形態に応じて、資産計上

          の是非を検討するのではなく、利用目的(販売用、社内利用)に応じて、

          資産計上の是非を検討する必要がある。製作段階のソフトウェア開発費は

          棚卸資産又は無形固定資産として計上されることとなるが、社内利用ソフ

          トウェアについては、原価計算が実施されていないこと等、資産計上を行

          うことが困難な場合も考えられるため、その取扱いを検討する必要がある。  

                                                                          

     (2)  資産計上科目                                                

        ○  研究開発費をすべて発生時に費用処理する方法を採用する場合には、研

          究開発以降の段階のソフトウェア開発費の計上科目のみが問題となるが、

          販売用ソフトウェアについては製品マスター(複写可能な完成品)を含め

          無形固定資産ではなく、棚卸資産として計上することについて、国際的調

          和の観点からも検討する必要がある。                                

        ○  また、一定の条件を満たすものについて資産計上する方法(上記ロ又は

          ハ)を採用する場合には、上記の検討に加え、資産計上要件を満たす開発

          費を自己創設の無形固定資産として計上することの妥当性を検討する必要

          がある。                                                          

                                                                          

     (3)  償却方法等                                                  

        ○  研究開発費をすべて発生時に費用処理する方法を採用する場合には、資

          産計上されたソフトウェア開発費の償却のみが問題となる。販売用ソフト

          ウェアの製品マスターの償却方法として、見込販売数量に応じて償却する

          方法、見込販売期間で定額償却する方法、両者を毎期比較しどちらか大き

          い額を償却する方法のうち、どのような方法が最も売上原価の計算に適し

          ているのかを検討する。                                            

            また、社内利用ソフトウェアについては、他の無形固定資産について一

          般に採用されている定額法を採用することとしてよいか検討する必要があ

          る。                                                              

        ○  一方、一定の条件を満たすものについて資産計上する方法(上記ロ又は

          ハ)を採用し、将来の経済的便益との結びつきが資産計上条件とされる場

          合には、製品の製造もしくは実用化と同時に償却を開始し、経済的便益の

          発生に対応するような規則的償却を行うことの妥当性について検討する必

          要がある。                                                        

        ○  また、資産計上後に経済的効果が失われた場合、又は資産計上基準を満

          たさなくなった場合に、評価減等を行うことについても、資産計上の根拠

          及び条件との関係を踏まえて検討する必要がある。                    

                                                                          

    5. 研究開発活動に関する情報開示                                  

        研究開発活動に関する情報については、現在、損益計算書において一般管理

      費である試験研究費(技術研究費)を区分掲記するほか、有価証券報告書の「事

      業の概況」等において研究開発活動の状況を記載することとされている。    

     (1)  財務諸表の注記                                                

          諸外国においては、研究開発費の総額を財務諸表に注記することが求めら

        れており、また、研究開発費の規模について企業間比較を可能とするため、

        我が国においても定義を明確化した上で、一般管理費、製造原価等に含まれ

        る研究開発費の総額を財務諸表に注記することについて検討する。      

     (2)  研究開発活動の記載                                            

          研究開発活動に関する情報の記載は、将来の収益性を判断する上で重要な

        情報と考えられる。現在、研究開発活動の記載にあたっては、その状況を概

        括的に説明することとされ、記載内容及び範囲は、企業の裁量に任されてお

        り、企業間の比較が困難であるとの指摘がなされている。                

          このため、諸外国における研究開発活動の記載状況等を踏まえ、記載内容

        及び範囲について、企業の研究開発の姿勢、研究開発活動の内容・目的、投

        資額、研究体制、研究成果等を、どの程度具体的に記載すべきか検討する必

        要がある。                                                        

          なお、研究開発活動に関する情報については、企業秘密に属する事項も含

        まれており、その取扱いについても併せて検討する必要がある。          

                                                                            

    6.他法令との関係                                                  

     (1)  商法の繰延資産(試験研究費、開発費)に含まれている「新経営組織の採

        用」、「市場の開拓」及び「資源の開発」が、研究開発費に係る会計処理基

        準の対象外とされた場合には、これらの取扱いについて検討する必要がある。  

     (2)  法人税の取扱い上、購入・委託したソフトウェアは、すべて資産計上しな

        ければならないこととされているが、研究開発段階のソフトウェアについて

        は、少なくとも資産計上要件を満たさない場合には、会計上、費用処理され

        ることとなるため、その差異の取扱いについて検討する必要がある。

 

○ 企業財務懇談会における審議状況

○ 研究開発費に係る会計処理基準の検討にあたっての論点の整理(要約)