★談話の内容を簡潔にまとめた談話のポイントはこちらをご覧下さい。 1.監視委員会の使命 証券取引等監視委員会は、取引の公正の確保を図り、市場に対する投資家の信頼を保持することをその使命としています。そして、私は、市場に対する投資家の信頼を保持することが、証券市場の発展、ひいては国民経済の発展につながるものと考えています。すなわち、国民経済の適切な発展のためには、資金調達・資金運用の場である証券市場が適切に機能することが必要ですが、証券市場が適切に機能し発展するためには、多数の投資家が安心して証券市場に参加できることが必要です。そして、投資家が安心して証券市場に参加できるためには、その大前提として個々の取引の公正が十分に確保されていることが必要なのです。 特に、昨今、我が国経済の再生・発展のためには、銀行システムを中心とした間接金融に加えて証券市場を中心とした直接金融の発展が必要であり、とりわけ、個人投資家が証券市場に積極的に参加することが必要であるとの議論が盛んに行われています。先般の緊急経済対策においても、個人投資家を証券市場に呼び込むための様々な促進策が示されています。しかし、税制などの促進策とともに重要なことは、やはり、投資家の証券市場に対する揺るぎない信頼感を育成することではないかと思います。なぜなら、証券市場の自由化や国際化がどんなに進んでも、そこでの取引が公正に行われているとの確信がなければ、誰もそのような市場に積極的に参加しようとは思わないからです。 したがって、今、監視委員会が果たすべき責任はこれまでにも増して重大なものになっていると考えています。私は、このような時期に委員長に就任した意義と重要性を再認識し、当委員会に課せられた使命の遂行に全力を挙げて取り組みます。 2.証券市場の現状分析 では、我が国証券市場に対する投資家の信頼感は保持されているのでしょうか。残念ながら、私は自信をもって肯定することはできません。なぜなら、我が国証券市場には、大きく分けて、次の「三つの不信」が存在していると考えるからです。 ● 市場仲介者に対する不信 まず、個人投資家には、証券会社やその役員・職員に対する根強い不信があるように思われます。例えば、証券会社は、専ら手数料を稼ぐためだけに不必要な短期売買を薦めているのではないかとの不信感や、デリバティブを組み込むなどした複雑な商品を売り付けて個人投資家に損をさせているのではないかとの不信感、あるいは、一部の特定顧客だけを、新規公開株を割り当てるなどして儲けさせているのではないかとの不信感があるように思われます。 証券会社は投資家と市場をつなぐ市場仲介者として、証券市場において極めて重要な役割を担っています。この市場仲介者に対する信頼感がなければ、個人投資家が積極的に証券市場に参加することはないでしょう。しかしながら、残念なことに、証券会社やその役員・職員による法令違反行為は跡を絶たず、もう何十年にもわたって同じような違反行為が繰り返されているのが現状ではないかと思われます。 ● 市場参加者に対する不信 次に、個人投資家には、一部の市場参加者に対する不信感もあると思われます。つまり、我が国の証券市場は、いわゆる仕手筋といわれる勢力や、海外ファンドに代表される外国勢力など、マーケットのプロに操られていて、素人の自分が投資をしても、そういった勢力にうまく利用されて損をするだけではないかとの不信感があると思われます。さらに、企業の役員など一般の人が知らない情報を持っている者だけが、不当に利益を得ているのではないかとの不信感もあるように思われます。 証券市場は、不特定多数の市場参加者によって成り立っていますが、一部の市場参加者が、他の多くの市場参加者を欺くようなかたちで不当に利益をあげることが許されるような市場には、個人投資家が安心して参加することはないでしょう。 ● 監視当局への不信 「三つの不信」の最後の不信として、我々監視当局への不信があると思われます。冒頭に述べたように、監視委員会は取引の公正の確保を図り、投資家の市場に対する信頼を保持することを使命として平成4年に設立されました。設立以来これまで合計36件の刑事告発や、188件の勧告を行うなど、与えられた使命の遂行に努めてきました。その一方で、人数やノウハウ不足のために、不正を見逃しているのではないかとの不信感や、社会的問題になっている事案に迅速に対応できていないのではないかとの不信感があることも事実だと思います。 監視当局に求められるのは、市場において不正が行われれば確実に摘発し、それによって、不正を行えば摘発されると思わせる存在感を示すことだと考えていますが、監視委員会の人員は現在約250名で、体制・存在感ともまだまだ十分なものとは言えません。我々の組織の名前すらあまり知られていない現状では、監視委員会に対する信頼を得ることは困難ですし、個人投資家が安心して証券市場に参加することはできないでしょう。 私は、我が国証券市場を取り巻くこのような現状を真摯に受け止め、また、これらを冷静に分析し、以下に述べる方針に従ってこれからの活動を展開していきたいと考えています。 3.新体制の目標 まず、私は、個人投資家の保護に全力を挙げることを新体制の大きな目標とします。個人投資家保護を目標にするのは、単に、緊急経済対策などで個人投資家の証券市場への参加が重要と言われているからだけではありません。先に述べた現状分析を踏まえれば、証券会社やプロの投資家などに比べて相対的に情報や資力の面で弱い立場に立たされている個人投資家の保護に万全を期すことこそが、市場に対する投資家の信頼保持という我々の使命を最も効果的に果たすことにつながると考えるからです。 さらに、個人投資家という保護すべき客体を明確にすることにより、委員会職員が、自分たちは一体誰のために活動すべきなのかを自覚し、個人投資家のニーズに敏感に対応することに役立つと考えるからです。 なお、ここで私が言う「個人投資家」は、言うまでもなく、一般の善良な個人投資家、又は、これから市場に参加しようと考えている善良な潜在的個人投資家を意味しています。いくら個人投資家であっても、不正な行為で他の個人投資家に害を及ぼす者たちは我々の保護の対象ではなく、むしろ摘発の対象です。我々は、あくまで善良な個人投資家の保護に万全を期すことで、いわば、正直者が馬鹿を見ない市場の実現を目指す方針です。 4.戦略目標 私は、個人投資家保護という大きな目標を達成するため、次のより具体的な三つの目標を設定しました。これらは、証券市場の現状の問題点を踏まえて設定した、いわば個人投資家保護のための戦略目標です。 ● 戦略目標その1:悪質な証券会社などの徹底摘発 まず、検査などを通じて、個人投資家の利益を犠牲にして自らの利益をあげるような証券会社やその役員・職員など、悪質な市場仲介者の徹底摘発を図ります。そもそも、証券会社やその役員・職員には、顧客である投資家に対して誠実かつ公正に業務を行わなければならない義務が法令上課されており、また、投資家の利益を害する様々な行為が禁止されています。証券会社の免許制が登録制に移行してから、証券ビジネスへの参入が容易になりましたが、証券会社の中には、こうした法令上の義務などを遵守しようという意識が著しく低いところや、十分な内部管理体制をとっていないところがあります。したがって、そうした証券会社については、検査などで厳しく問題点を指摘し、必要な処分を金融庁などに求めていきます。その結果として、市場からの退出を余儀なくされる証券会社が出てくることもやむを得ないと考えています。 ● 戦略目標その2:市場の公正性を損ねる証券犯罪の一掃 次に、相場操縦やインサイダー取引など、多数の個人投資家を欺き、証券市場の公正性を損ねるような証券犯罪については、その一掃を目指して犯則事件の調査などに取り組んでいきます。特に、相場操縦については、価格形成という市場のもつ最も重要な機能そのものを破壊する悪質な行為であり、厳正に対処していきます。いわゆる仕手筋による大規模な相場操縦案件についても、人員の重点配置などを行うことにより、積極的に摘発していく方針です。 ● 戦略目標その3:監視委員会のプレゼンスの向上 また、監視委員会のプレゼンスを向上させるとの観点から、単に、不正行為の摘発実績をあげるだけでなく、個人投資家のニーズや社会的関心に的確に応えるタイムリーな摘発を、迅速に行うよう努めていきます。さらに、監視委員会の存在自体が、不公正取引の効果的な抑止力となるよう、監視委員会の認知度の向上と、その活動の広報に特に注意を払っていきたいとも考えています。 5.態勢整備方針 こうした戦略目標を達成するためには、監視委員会の取組態勢を強化する必要があります。私は次のような方針にしたがって、総合的な態勢整備を図っていきたいと考えています。 ● 人員の増強 現在、監視委員会には、財務局などの地方の監視部門も含め約250名の人員がいます。しかし、先に述べた戦略目標を達成し、個人投資家の保護に万全を期すためには、さらに人員を増強することが必要だと考えています。特に、最近では、EB(他社株券償還特約付社債券)をはじめとする新商品の出現やインターネットの急速な普及など、個人投資家保護の観点から重大な関心を払うべき状況が生じています。こうした新たな状況に対応するためにも、引き続き、関係部局の理解を求めつつ、必要な人員の確保に努めていく必要があります。 ● 情報収集・分析能力の向上 効果的かつ効率的な検査・調査などを実施するためには、職員数の多寡にかかわらず、個々の職員の能力を最大限高めることが必要です。特に、市場における様々な動きに迅速かつ的確に対応するためには、まず、情報収集能力の向上を図ることが不可欠であり、さらに、収集した情報を分析する能力の向上を図ることも必要です。そして、こうした監視委員会の情報収集・分析能力の向上は、既存の職員に対しては研修などを通じて対応する必要があると考えていますが、こうした努力に加え、デリバティブ・ディーラーのような民間実務経験者の採用をさらに拡充するなど、外部の英知を積極的に活用することによっても対応していきたいと考えています。また、虚偽記載の疑いがある有価証券報告書を自動的に抽出するシステムの開発など、業務の効率化についても積極的に推進していきます。 さらに、人員の増強が実現した場合には、十分な経験を持たない職員が増えることも予想されることから、経験豊かな職員のノウハウなどを、組織全体として効率的に共有・活用できるような仕組みも整備していきたいと考えています。 ● 関係当局との連携 米国の証券取引委員会(SEC)のような証券規制に関する権限を一元的に有する機関を、我が国にも造るべきだとの議論が行われています。より望ましい組織のあり方について議論されることは常に必要なことではありますが、私は、証券規制に関する権限が複数の機関に分かれている現状の下では、監視委員会が、どうすればこれらの機関とともに最も効果的に機能し、その使命を果たすことができるかを考えるのが当面の課題ではないかと思っています。重要なことは、個人投資家保護のための万全の態勢を構築することであり、そのためには、関係機関がこれまで以上に十分な連携をとることが必要だと考えています。そして、監視委員会としても、こうした連携のイニシアチブを積極的にとっていくことが必要だと考えています。例えば、金融庁検査局と同時検査を実施することをはじめとして、必要な法改正を金融庁に提言するなど、望ましい制度の実現にも積極的に関与していく方針です。 ● 外国当局との連携 また、国内の関係当局だけでなく、外国の規制当局とも緊密な連携をとっていく方針です。金融取引のグローバル化やインターネットの発展を背景に、一国だけでは対応しきれない問題が数多く生じてきています。例えば、外国にあるサーバーを経由させるなどして、風説の流布の疑いのある情報をインターネットに流す事案や、海外にある証券会社や投資ファンドを経由させて、相場操縦の疑いのある取引を行う事案がありますが、このような形の不正行為についても、外国当局と十分な連携をとることによって漏らさず把握していく方針です。 ● 個人投資家との連携 私は、最も効果的な投資家保護策は、自衛できる個人投資家の育成ではないかと考えています。我々の活動はあくまで事後的な監視活動であり、仮に、違法行為に巻き込まれて個人投資家が被害を被っても、その個別の被害を救済することはできません。また、我々が全ての違反行為を摘発することも現実には不可能です。したがって、不公正取引に巻き込まれないためには、各々の個人投資家が、株式投資や証券市場の特性などについて十分に学習、理解し、自己防衛を図ることが必要だと考えています。 このような考えに立ち、我々は、個人投資家の自衛努力の支援にも力を入れていきたいと考えています。例えば、ホームページなどを通じて、個人投資家の皆さんに調査などの端緒となる情報の積極的な提供を呼びかけたり、また、過去の法令違反事例などを踏まえた投資の際の留意事項など個人投資家の皆さんの役に立つ情報の積極的な提供も行っていきたいと考えています。さらに、証券業協会や証券取引所などの自主規制機関に対しては、積極的な投資家教育への取組を働きかけていきたいと考えています。 6. おわりに 私は、以上のような活動方針にしたがって、目標として掲げた個人投資家の保護に全力をあげていきたいと考えています。 なお、新体制の発足にあわせて、監視委員会ホームページを刷新しました。我々は、ホームページを個人投資家支援のための戦略的ツールと位置づけ、先ほど述べたように、個人投資家の積極的な情報提供を促すよう配慮するとともに、個人投資家の役に立つ情報の提供にも配慮していきたいと考えています。さらなる充実を図っていきたいと考えていますので、皆さんに幅広く利用されることを期待しています。 また、今回、監視委員会のロゴマークも刷新しました。金色と銀色の二つの楕円が重なり合うデザインになっており、また、”for investors, with investors”というキャッチフレーズも入っています。二つの楕円の重なりは、監視委員会が監視している証券市場と金融先物市場を表現するとともに、監視委員会と関係当局との連携、海外当局との連携、さらに、投資家の皆さんとの連携を表しています。そして、このキャッチフレーズには、投資家のためにある、そして、投資家とともにある監視委員会の実現を目指していこうとする我々の強い気持ちが込められています。 平成13年7月23日 証券取引等監視委員会委員長 |