オー・エイチ・ティー株式に係る証券会社検査結果の概要について


平成20年2月8日
証券取引等監視委員会



.趣旨等
 証券取引等監視委員会(以下「当委員会」という。)は、平成19年5月15日のオー・エイチ・ティー株式(東証マザーズ上場。以下「本件銘柄」という。)の株価急落により、本件銘柄の信用取引を受託していた多数の証券会社において顧客から決済損金が入金されず、多額の立替金が発生したこと等から、立替金が発生した証券会社に対して報告徴求及び臨店検査を行い、立替金の発生状況を把握するとともに、顧客管理態勢及び与信リスク管理態勢等について検証を行った。
 当委員会においては、従来より各社が内部管理態勢の強化に取り組む際の参考資料として、また、市場監視行政の透明性向上等の観点から検査指摘事例を定期的に公表しているが、本件については、今回検査を実施していない社においても、与信リスク管理態勢等に今回検査実施先と同様の問題がある可能性があり、これらの社を含む市場関係者の参考となるよう、その概要をすみやかに取りまとめ、公表することとした(なお、一部の社については、臨店検査は終了しているものの、現在検査結果を審査中であり、本報告は臨店検査において把握された問題点等を暫定的にとりまとめたものであることに留意願いたい)。


.検査実施先
 本件銘柄の信用取引において立替金が発生したと認められる31社に報告を求め、うち19社(委員会10社、財務局9社)に対して臨店検査を行った。


.検査結果の概要
 
(1)  顧客管理態勢
 
マル1  本人確認
 各社とも、口座開設に当たって本人確認書類の受入れを適切に行っている。しかしながら、一部の社において、顧客に対して転送不要郵便物を送付する手続き等を行っていない事例が認められた。

マル2

 メールアドレス等による名寄せ
 ほぼすべての社が、電子メールのアドレス等が同一である顧客口座の名寄せを定期的または口座開設時に行い、「なりすまし」の疑いのある口座を抽出している。しかしながら、本件関連口座以外の口座においてであるが、抽出された口座について顧客本人への連絡等による本人の口座であることの確認が不徹底のまま、取引が行われている事例が認められた。

マル3

 信用取引開始基準
 
 インターネット取引(以下「ネット取引」という。)の信用取引口座の開設時において、高齢者等一定の基準に該当する者について、あるいはすべての口座開設申込者に対して、電話ヒアリングを実施している社が多いが、多くの社で電話ヒアリングにおける質問が形式的なものとなっている。


 各社とも、ネット取引の信用取引開始時の書面審査において、信用取引の制度やリスク等を理解しているか等についての質問を行っているが、ほとんどの社において、その適切な回答がすべて「はい」となっている等形式的な審査となっている。他方、インターネット上の書面審査でその適切な回答がすべて「はい」とならない質問を行い、顧客の回答後、カスタマーセンターから電話により信用取引についての理解度を確認している社もあった。


 信用取引口座の開設時に、対面取引においては、自社での1~6か月の株式取引経験を求めている一方で、ネット取引においては、自社での取引経験を求めず、他社での取引経験年数の申告があれば開始できるものとなっている社があった。

マル4

 取引開始後の顧客管理
 
 本件関連顧客の取引開始後に、その取引状況等に不審を抱き電話ヒアリングを実施している社も多いが、顧客管理部門や売買管理部門が直接行うのではなくコールセンター等を経由して実施したものの、具体的な指示を行わなかったことから、買付け理由等の形式的な質問しか行っていない社があった。


 売買審査においてグループ性が強く疑われたこと等から、本件関連顧客の面談を実施している社もあるが、当該顧客全員から本人の取引であるとの回答があり、借名取引と断定することができなかった。


備考)
 今回の検査においては、顧客管理態勢の検証の一環として、疑わしい取引の届出に係る態勢整備の状況及び反社会的勢力への対応状況についても併せて検証を行った。
 
 疑わしい取引の届出
 
マル1  疑わしい取引の届出については、各社の届出に係る判断基準に相当のバラツキがあり、また、届出件数等についても大きな差異が認められた。

マル2

 今回の検査実施先のうち、本件関連口座または本件銘柄に対して立替金発生前に売買審査においてグループ性が疑われたこと等から新規信用取引停止等の措置を講じていたにもかかわらず、本件関連口座の疑わしい取引の届出が立替金の発生後となっていた社があったほか、検査基準日(検査着手日の前日)時点で本件関連口座について届出を行っていない社もあった。
 また、本件関連口座以外ではほとんど届出を行っていない社も多い。当該届出をテロ、麻薬、暴力団等に関するものについてのみ行うものと理解している社があった。


 反社会的勢力への対応
 
マル1  反社会的勢力に関する内部・外部情報の収集、分析及び一元管理を行う態勢が十分整備されていない社が認められた。今回の検査実施先の中には、反社会的勢力に関する情報収集を全く行っていない社もあった。

マル2

 反社会的勢力との取引を防止するために、口座開設時または定期的にデータベースに基づくチェックを十分行っていない社が認められた。今回の検査実施先の中には、口座開設時に反社会的勢力のチェックを全く行っていない社もあった。

(2)

 与信リスク管理態勢
 本件については、今回検査を実施したほぼすべての社において、売買審査部門や外部からの情報等に基づき、本件関連口座または本件銘柄について立替金発生前に新規信用取引停止等の措置を講じているが、その実施時期には相当のバラツキが見られる。
 本件の場合、本件関連顧客が、各社の上記新規信用取引停止等の措置に応じて取引する証券会社を移動させており、また、各社の措置の内容がそれぞれ異なること等から、当該措置の実施時期だけをもって与信リスク管理態勢等の適切性を判断することはできないが、一部の証券会社は、与信リスク管理態勢等に軽微でない弱点があったために、当該措置の実施が遅れてしまったと認められる。新規信用取引停止措置等の社内運用ルールが明確化されていなかった社も多い。
 

マル1

 一般信用取引
 
 早期に新規信用取引停止等の措置を講じていた社においても立替金が発生している原因のひとつが、本件関連顧客が一般信用取引を利用していたため、既存ポジションを減少させることが困難であったことである。今回立替金が発生した社の中には一般信用取引において発生した社がかなりある。


 今回の検査実施先の中には、一般信用取引のリスク特性に留意した与信リスク管理が不十分であったと認識し、一般信用取引に対する代用有価証券に係る規制等の改善策を実施している社があった。


 なお、早期に新規信用取引停止等の措置を講じた社の中には、本件銘柄の新規信用取引を停止したこと等から本件銘柄の信用取引はゼロであったものの、本件銘柄を代用有価証券として受け入れていたため立替金が発生した社があり、ある社はその改善策として、流動性等を加味して代用有価証券の掛け目を変更する社内ルールを整備している。

マル2

 新興市場等の流動性リスク
 
 今回の検査実施先の中には、自己資本規制比率に基づく信用取引残高総額の管理と、委託保証金(追証)管理の観点からの口座管理以外は、顧客毎の建玉限度額の設定のみで、それ以上特段の与信リスク管理を行っていなかった社が多い。


 しかしながら、今回明らかになったのは、流動性リスク等如何によっては、信用取引に係る与信リスクがかなり大きなものとなることであり、今回の検査実施先の中には、流動性リスク等に留意した与信リスク管理が不十分であったと認識し、改善策を実施・検討している社が多い。また銘柄別管理を新たに導入した社もあった。

マル3

 「2階建て取引」
 
 代用有価証券と建玉とが同一銘柄であるいわゆる「2階建て取引」が、今回立替金が発生した口座の中にはかなりあった。その多くが、当初委託保証金として現金を預託していたものの、当該保証金により建玉を現引きし、代用有価証券として入庫したことから、事後的に「2階建て取引」となったものであった。
 このことが、急激な株価の下落に対応するため建玉の処分を開始したものの、株価の下落により建玉及び代用有価証券の評価額の下落が同時に発生し、多額の立替金の発生に結びついたものと考えられる。


 「2階建て取引」に対する与信リスク管理のあり方については、各社の与信リスク管理態勢全体の中で議論する必要があるが、今回の検査実施先の中には、株価急落時の「2階建て取引」のリスク特性に留意した与信リスク管理が不十分であったと認識し、改善策を実施・検討している社があった。

マル4

 対面取引とネット取引
 
 今回立替金の発生した口座のほとんどがネット取引口座であったが、ネット取引を取り扱う証券会社においては、平成15年6月30日の当委員会の建議にもあるように、対面取引とは異なる、インターネットの非対面性という特性に配慮した顧客管理態勢や与信リスク管理態勢を構築する必要があると考えられる。


 しかしながら、今回の検査実施先の中には、対面取引においては原則「2階建て取引」を認めていないが、ネット取引においては認めている社があった。また、ネット取引の建玉限度額を対面取引より大きく設定している社もあった。更に、信用取引開始基準等において、ネット取引について対面取引より緩和されたものとなっている社も多い。

マル5

 顧客管理部門や売買管理部門とリスク管理部門の連携
 
 本件に対する対応が遅れた社の中には、顧客管理部門や売買管理部門がリスク管理部門に対して取引の状況等の情報を伝達していなかった、あるいはリスク管理部門がそうした情報をリスク管理に反映させていなかった社が認められた。今回の検査実施先の中には、この点を与信リスク管理上不十分であった点として認識し、改善策を実施・検討している社も多い。


 なお、今回多額の立替金を発生させた社の中には、売買審査において高い売買関与率により複数回抽出されていたにも関わらず、それを看過していた事例があった。

マル6

 業界内における情報の共有化
 
 今回の検査実施先のうち早期に本件銘柄等に対応した社の多くは、同業他社の対応状況に関する情報、東京証券取引所からの照会等を契機として、新規信用取引停止等の措置を講じている。


 本件のような、ネット取引の非対面性等を悪用し、多数の証券会社において多数の借名口座を開設する不公正取引に対応するためには、個人情報の保護に留意した上で業界内の情報交換や共同データベースの構築、証券取引所による迅速かつ横断的な情報提供等による業界内における情報の共有化が必要と考えられる。


.今後の検査
 
(1)  今回の検査においては、上記のような問題点が認められたものの、以下の点を考慮し、各社に対する具体的な問題点の指摘は、内部管理態勢に明らかに問題の認められた一部のケースに留めることとした。
 

マル1

 今回の検査は、顧客管理や与信リスク管理といった態勢面に重点をおいて横断的に実施した初めての検査である。

マル2

 本件を踏まえ、既に各社において、また業界内においても、改善策が実施あるいは検討されている。

マル3

 顧客管理態勢や与信リスク管理態勢については、各社の規模・特性等に応じて整備される必要があること等から、何がミニマム・スタンダードであり、ベスト・プラクティスであるかについての判断基準が必ずしもまだ確立してない。

(2)

 しかしながら、一部の証券会社においては、与信リスク管理態勢等に軽微でない弱点があったために、多額の立替金を発生させたと認められる。また、各社が実施・検討している改善策の有効性や実効性について今後検証する必要がある。
 他方、疑わしい取引の届出や反社会的勢力への対応については、金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針や金融商品取引業者等検査マニュアル等において規定の整備が図られている。また、自主規制機関においても、日本証券業協会が、本件銘柄の信用取引に係る会員の対応状況を踏まえ、昨年12月に与信リスク管理態勢等の留意事項を取りまとめ会員に通知している。東京証券取引所も、昨年6月及び10月に信用取引に係るガイドラインを見直し、日々公表銘柄のうち信用取引残高が継続的に増加している銘柄を取引参加者及び投資家に対して周知すること等としている。各証券会社においては、こうした取組み等に対応して、与信リスク管理態勢等を再度自己点検し、各社の規模・特性等に応じた管理態勢を整備していく必要があると考えられる。
 従って、当委員会としては、今後、各社や自主規制機関との対話を重ね、与信リスク管理態勢等のあり方についての認識の共有化に努めるとともに、各社の与信リスク管理態勢等に軽微でない問題点があり、その業務の適切性や財務の健全性に対する影響が認められる場合には、必要に応じ、検査を通じてその改善を促していくこととしたい。
 

 

 

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