【金融フロンティア】

金融コングロマリットの経済学


金融庁総務企画局政策課
金融研究研修センター 研究官
永 田 貴 洋


.金融コングロマリットとは
 コングロマリット(conglomerate)とは、巨大複合企業グループのことを指します。
 この単語を辞書で引くと、「いろいろなものが集まってできた」という形容詞の意味が一番初めに出てきます。その語源をひも解けば、「本来くっつくはずもないものが無理やりくっついた」という意味に行き当たるそうです。
 今回取り上げる「金融コングロマリット」とは、一般に「銀行、証券および保険の少なくとも二つを包括するような広範囲の金融サービスを提供する企業グループi」のことをいいます。金融業界においては、伝統的に銀行と証券会社、保険会社は互いのビジネスを営むことを禁じられてきました。銀行業、証券業、保険業の間には厳格な業務の垣根が築かれ、多くの国では銀行、証券、保険の各業者の監督はそれぞれ独立した機関によって担われてきました。金融コングロマリットとは、銀行、証券、保険という、これまで「本来くっつくはずもなかった」3つの業態が、垣根を乗り越えて一つにまとまった金融機関なのですii
 90年代以降、世界的にこの金融コングロマリットの組成が進みました。日本でも規制緩和の流れの中、このようなグループの取り扱いについて議論が深まりつつあります。今回はこの金融コングロマリットについて、経済学的な観点から考えてみることにします。


.金融コングロマリットが引き起こす問題
 そもそも、なぜ銀行業、証券業、保険業の間には垣根が築かれていたのでしょうか。金融コングロマリットの活動には、次のような問題点が生じると考えられています。
 
(1)  利益相反行為の発生
 利益の対立する双方の立場を代理又は代表している状態を利益相反といい、多くの場合禁止されています。代表的なケースとして、証券発行による貸付金の回収があげられます。銀行部門が融資先の業況悪化をいち早く知ると、証券部門を通じて社債や株式を発行させ、調達した資金によって貸出金を回収するというケースです。金融コングロマリットのように、複数の種類の業務を同時に営んでいる場合、利益相反は起こりやすいとされます。
(2)  抱合せ販売行為の発生
 抱合せ販売とは、商品またはサービスの提供あるいはその価格(金利や条件の設定)を、顧客が他の商品またはサービスの購入することとセットで行うことをいいます。銀行の場合、特に貸出先に対する債権者としての優越的な地位を利用しやすいとされ、米国などにおいては抱合せ販売を厳しく禁止しています。金融コングロマリットは、グループ全体としての収益を上げればよいため、このような顧客に対する(不当な)販売活動が行われやすいとされています。
(3)  セーフティネットの流出(リスクの伝染)
 銀行については、公共的な役割を担っていることから、預金保険というセーフティネットが整備されています。金融コングロマリットの場合、銀行部門自体は健全であったとしても、グループの他の部門の破綻によって経営が不安定する可能性があります。この場合、グループ内の非銀行部門に発生した損失を銀行が補填するとすれば、預金保険基金の損失の可能性は高まってしまいます。
(4)  複雑化によるコスト増
 金融コングロマリットは、本来的に複雑な業務を行うため、その監督は個別金融機関に対するものよりも困難になります。その監督コストは大きく増加し、その費用は結果的にコングロマリット自身に跳ね返る可能性があります。また、組織の複雑化による非効率性(x=エックス非効率性といわれます)、グループ内での非効率な資金利用などの問題が発生し、厚生水準が下がるといわれています。
 このような問題点により、基本的に業態規制の下で金融業は営まれてきたといえます。伝統的にユニバーサルバンキング方式を認めてきたドイツなどにおいても、監督行政上は業態ごとの取り扱いが行われています。完全統合した金融コングロマリットは公共政策上の観点から問題が多く、サービスの販売を除けば、保険業も含めた金融サービス生産の完全な統合を許している国は存在しません。


.金融コングロマリットを組む理由
 それではなぜ金融コングロマリットは形成されるのでしょうか。金融コングロマリットを組成するメリットは次のように考えられます。
 
(1)  費用のシナジー効果
(2)  銀行、保険、証券が店舗や従業員、システムさらにはブランドといった資源を共同利用することで、固定費を節約することができます。また、一つの商品について、従来の販売チャネルに加え他のデリバリーチャネルを利用できるようになれば、わずかな限界費用で売り上げを増加させることができます。保険販売チャネルで投資信託を販売するというケースがこれにあたります。
(3)  収益のシナジー効果
 金融サービスの利用者は、いくつかの異なる商品を一つの企業からまとまった金融サービスとして受けることに大きな価値を置く、とされますiii。これが正しいとすれば、利用者は商品あたりに支払う金額が多くなり、その分金融機関の収益も増加することになります。多業種の商品を一つの店舗で取り扱う「ワンストップ・ショッピング」、多業種の商品を一つの口座で取り扱う「キャッシュ・マネージメント・アカウント」などはシナジーを追求した例です。
(4)  リスク分散効果
 多種類の金融業務を行うことによって、金融コングロマリット全体のリスクは分散されるといわれています。過去の実証研究では、その効果の存在を認めるものと認めないものが両方存在します。ただし今後、金融商品が高度化し、金融機能が専門化する環境では、「グループ内における兼営(特に銀行業と保険業)によるリスクの分散効果は大きくなる」という指摘もされていますiv
(5)  革新的な商品の開発
 金融技術が向上し、これまでの業際をまたぐ商品が現れ始めました。また、業際をまたいだリスクの取引も活発化しつつあります。このような中、銀行、証券、保険が提供してきた機能を統合した商品を設計・提供することが、金融機関としての競争力を高める上で大きな課題となってきているようです。この課題に対応するため、複数の機能を持ち合わせた金融コングロマリットを組成するという経営者は少なくありません
 金融サービスを巡る国際的な競争が激しさを増す中で、各国の金融機関そして金融当局は金融コングロマリットを組成するメリットを真剣に考えています。実際、90年代後半からは、欧州・米国において巨大な銀行・保険業の合併が行われました。また米国においては、1999年のグラム・リーチ・ブライリー法によって、銀行と系列の証券会社(投資銀行)は相互補完的に金融商品を提供することができるようになりました。


.金融コングロマリットのこれから
 これまで見てきたとおり、金融コングロマリットの組成と活動においては、メリットとデメリットが並存しています。実証研究においても、金融コングロマリットを組成するメリット(シナジー、リスク分散の面について)は「ある」という結果、「ない」という結果がほぼ拮抗しています。
 金融機関経営者も躍起になって金融コングロマリットを組成しようとしているわけではありません。事実として、ここ1,2年は世界的に目立った金融コングロマリット化の動きはみられません。また、金融コングロマリット化によって金融グループ経営が複雑化すると、市場からの評価は厳しくなる傾向にあるとされています。複雑化した組織は、(1)コーポレート・ガバナンスが困難となる、(2)内部的に非効率的な資源異動が行われやすい、(3)情報開示が不十分になりがちであるからです(これをコングロマリット・ディスカウントといいます)。
 このため最近では、金融コングロマリットの組成によるメリットを、コングロマリットを組成しない形で追及しようとする試みが目立っています。シナジー効果はそれぞれの業態の金融機関が提携すること(アライアンス)によって得ることができるでしょう。またリスク分散についても、実際にコングロマリットを組成しなくてもリスクの取引を行うことによって達成が十分に可能です。このような動きについては、監督行政上も十分な対応が求められています。
 業際規制の長い歴史を持つ日本において、本格的な金融コングロマリットが誕生することは規制緩和達成の象徴ともいえるものだったかもしれません。しかし、規制緩和が着実に進む現在、全ての金融機関が金融コングロマリットの組成を計画しているわけではありません。本格的な金融コングロマリットを志向する金融機関、積極的な提携戦略を採用する金融機関、それぞれが独自の方法で業際を乗り越えた高度な金融サービスの提供を目指しているのです。このような多様性に、今後の金融機関経営および金融監督行政の難しさと奥深さが凝縮されているといえるのではないでしょうか。
以上

(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)

参考文献

i   ジョイント・フォーラムによる定義。ジョイント・フォーラムは、銀行、証券、保険の各監督分野を代表する各国の監督者から構成された話し合いの場です。ジョイント・フォーラムには日本を含む主要13カ国が参加しています。

ii   製造業や小売業など、金融機関以外の一般事業会社が銀行、証券、保険の各ビジネスをグループに取り込んだケースについては、「異業種による金融ビジネス兼業」とみなされ、金融コングロマリットとは別の範疇とされます。

iii   Herring, R. and M. Santomero, “The Role of the Financial Sector in Economic Performance,” Working Papers 95-08. Wharton school, University of Pennsylvania, 1995.

iv   Berger, A. et. Al., “Conglomaration Versus Strategic Focus: Evidence from the Insurance Industry, Working Papers 99-29, Wharton school, University of Pennsylvania, 2000.

  次のレポートで経営者へのアンケート調査が行われています。Group of Ten, Report on consolidation in the Financial Sector, 2001.


 金融研究研修センターは、平成13年7月、金融庁における「研究と研修の効果的な連携」を目的として発足し、金融理論・金融技術等に関する研究を通じて専門的な知識を蓄積しつつ、それを活かした研修等により不断に職員のレベルアップを図っていくための活動を行っています。センターの概要や活動内容等については、ホームページ(http://www.fsa.go.jp/frtc/index.html)をご覧ください。

【ピックアップ:中小企業金融】
 
中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針(案)について

 昨年3月に公表した「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」において、「各金融機関の資産、自己資本、収益力、流動性リスク、市場リスク等従来の早期是正措置及び早期警戒制度が視野に入れていた領域に加え、コーポレートガバナンスや経営の質、地域貢献が収益力・財務の健全性に与える影響等の視点も取り入れた、より多面的な評価に基づく総合的な監督体系を確立し、業務改善命令も含め監督上の対応を的確に行うこととする。このため、平成15年度中を目途に、『中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針』を策定するとともに、ルールの明確化を図る。」こととされていました。これを受け、庁内で検討を行い、財務局が監督を行うにあたっての指針(「監督指針」)の案を取りまとめました。
 今後、本案について、広くご意見を募集(平成16年4月2日〜平成16年5月6日)した上で内容を確定し、財務局に発出することとしています。


 本監督指針(案)について、本文等をご覧になりたい方は、金融庁ホームページの「パブリック・コメント」から平成16年4月2日公表の「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針(案)について」にアクセスしてください。

中小・地域金融機関の主な経営指標一覧のホームページ掲載

 昨年3月に公表した「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」において、「中小・地域金融機関の利用者に対する情報提供の充実を図るため、各金融機関が公表した財務上の主要な諸指標を取りまとめ、一覧性のある形で金融庁のホームページに平成15年度中に公表する。」こととされていました。
 これを受け、各地方銀行・第二地方銀行・信用金庫・信用組合における預金、貸出金、店舗数、自己資本比率などの主要な指標について、各地域別・業態別に一覧性のある形でとりまとめた上で、4月2日より金融庁のホームページに掲載いたしました。


 中小・地域金融機関の主な経営指標一覧については、金融庁ホームページの「政策ピックアップ」の「中小企業金融特集(リレーションシップバンキング等)」コーナーから「中小・地域金融機関の主な経営指標」にアクセスしてください。


【集中連載】
 
金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕の改訂について(第4回:「検証ポイントの改訂と事例の大幅な拡充(その2)」、「別冊以外の改訂」)

 金融検査マニュアル別冊[中小企業融資編]の第4回目を記載させていただきます。今回は、「検証ポイントの改訂と事例の大幅な拡充(その2)」及び「別冊以外の改訂部分」について記載させていただきます。


.検証ポイントの改訂と事例の大幅な拡充(その2)
 

(1)  貸出条件緩和債権の取扱い
 昨年5月の貸出条件緩和債権の「事務ガイドライン」の改正等を踏まえ、中小・零細企業の貸出条件緩和債権の検証に当たって、当該債務者の信用リスクや基準金利を判断する際、あるいは卒業基準に該当するかどうかを検証する際の検証ポイントを明確化し、事例を追加したところです(事例18、22、23、24、25)。
 なお、これらの取扱いは、現行の「事務ガイドライン」及び「別冊」における考え方に沿って作成したものであり、貸出条件緩和債権の開示基準を変更したものではありません。
 

(i)  基準金利について
 貸出条件緩和債権の判断を実施する際の着眼点である「基準金利」(当該債務者と同等な信用リスクを有している債務者に対して通常適用される新規貸出実行金利をいう。)は、それぞれの金融機関が債務者の信用リスクを正確に把握し、そのリスクに見合ったリターンが得られていることが前提となる。この算定方法については、そもそも業務の健全かつ適切な運営を確保するための基礎事項であり、金融機関自らの判断において決定すべき事項であり、当庁として算定方法を示すべきものとは考えておりません。
 事務ガイドラインにおいては、貸出条件緩和債権の判定に当たっては、
 
 a .基準金利は経済合理性に従って設定されるべきであること
 b .個別債務者に関し、金利以外の手数料、担保・保証等による信用リスクの減少等を総合 的に勘案して、基準金利が適用される場合と実質的に同等の利回りが確保されているかを判定すること
と記載されています。これを踏まえ信用リスクの減少については、中小企業の特性を勘案し、明らかに信用リスクの低減が図れるものについて整理し、別冊に記載したところです。
 その一つ目の点は、代表者との一体性です。
基準金利の算出においても、債務者との一体性を勘案すれば、当該債務者に対する貸倒リスクは相当減少するものと考えられ、この点について、今回の別冊において明確化したところです。
 2つ目の点として、債務者との取引の中で、一時的には支払いを猶予したりするけれども、当該返済は、債務者との過去の取引関係をみれば、必ず返済をしてもらっているものもあります。通常の取引ですから、様々な返済財源が考えられますが、事例においてはその判断の一つとして、資産の売却等の見通しが確実で、それにより返済財源が確保されているものを記載したところです。

(ii)  卒業基準
 また、昨年5月に監督局の事務ガイドラインが改正され、その中で「産業再生機構が買取を決定した債権に係る債務者についての事業再生計画については、当該計画が一定の要件を満たしていると認められる限り、「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画」であると判断して差し支えない」旨が記載されています。
 中小企業に関しては、その規模等を勘案すれば、産業再生機構が取組む案件は少なく、RCCや中小企業再生支援協議会が取組む案件がメインとなってきています。今回の別冊改訂に当たっては、この点を考慮し、RCCや中小企業再生支援協議会が策定支援した事業計画についても、一定の要件を満たせば産業再生機構と同様に扱うこととしています。

(2)

 「一時的な外部要因による赤字や債務超過時の判断」
 一時的な外部要因による赤字や債務超過については、債務者区分の判断を実施するに当たって、その影響を十分検討する必要があります。このことは、中小企業に限らず、大手企業においても同様です。
 しかしながら、特に中小・零細企業については、大企業に比して自己資本が脆弱であることや一時的な収益悪化により赤字に陥りやすいことを勘案すれば、一時的な要因(株式売却損、遊休不動産売却損等)で財務状況が悪化した場合においても、本業の業況やそのキャッシュフローなどをきめ細かく検証する必要があります。
 このため、今回のマニュアルにおいては、検証ポイントの前段にこの旨を記載するとともに、事例を拡充している(事例27)。
 なお、財務状況の悪化要因が一時的なものであっても、その結果として、本業の業況に直接悪影響が発生したり、キャッシュフローに大幅な悪影響が発生すると見込まれる場合も考えられることから、債務者の状況についてきめ細かく検証する必要があると考えられます。


.別冊以外の改訂〜「小口・多数の債権の分散効果」〜
 金融検査マニュアルでは、資産内容に特に問題がなく、前回検査の結果が良好と認められる金融機関については、与信額が20百万円又は資本の部合計の1%のいずれか小さい額未満の債務者については、自己査定の正確性の検証を省略することができるとされています。
 現在、金融検査マニュアルに基づく検査も二巡目に入り、マニュアルの趣旨について相当程度各金融機関へ浸透したものと考えられること、小口・多数の貸出債権のリスク分散効果等を勘案し、金額抽出基準を50百万円に引き上げることとしました。
 また、中小事業者向けの小口定型ローンについて、住宅ローンなどの個人向け定型ローンと同様、延滞状況等による簡易な基準により分類を行うことができることを明確化しました。
 これは、中小事業者向けの小口定型ローンは、ローンポートフォリオにおけるデフォルト予想から、その商品を組成しており、ポートフォリオ全体の管理が出来ていることを前提にしたものです。

 次回は、最終回といたしましてパブリックコメントに対する考え方等を中心に記載したいと考えております。




 「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」について、詳しくは金融庁ホームページの「政策ピックアップ」のコーナーにある「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」や、アクセスFSA第14号から続く「集中連載:金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕の改訂について」(第1回【改訂の背景】、第2回【「債務者との意思疎通」、「擬似エクイティへの対応」】、第3回【「運用の改善」、「検証ポイントの検討と事例の大幅な拡充(その1)」】)にアクセスしてください。
 金融検査については、アクセスFSA第10号の「金融便利帳:金融検査」で解説しておりますので、アクセスしてみてください。

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