最近の金融監督行政上の諸課題について

平成19年11月27日
金融庁 監督局長 西原政雄

  1. はじめに
  2. ベター・レギュレーション
    1. ベター・レギュレーションとは
    2. ベター・レギュレーションへの4つの柱
    3. ベター・レギュレーションに向けての当面の具体策
  3. サブプライム・ローン問題
    1. サブプライム・ローン問題の概観
    2. サブプライム・ローン問題の原因分析
    3. 日本の現状
    4. 現在の取組みと今後の課題
  4. 金融商品取引法について
    1. 金融商品取引法
  5. まとめ

I  はじめに

金融庁監督局長の西原でございます。

本日は、「最近の金融監督行政上の諸課題」として、

(a)金融規制の質的向上(ベター・レギュレーション)

(b)サブプライム・ローン問題

(c)金融商品取引法

の3つのテーマについて、お手元にあるそれぞれに関連する資料を適宜参照しながら、お話させていただきたいと思います。

II ベター・レギュレーション

1. ベター・レギュレーションとは

まず、金融規制の質的向上、すなわち、ベター・レギュレーションに向けた取組みについてお話をさせていただきます。

「ベター・レギュレーション」とは、より良い規制環境を実現するための金融規制の質的な向上を指しますが、私どもと致しましては、この「ベター・レギュレーション」を今後の金融行政の大きな課題として位置付けております。

金融庁が、「ベター・レギュレーション」に向けて取組みを進めようとしている背景には、大別し二つの文脈があります。

一つ目は、日本の金融セクターを巡る局面が変化し、それに合わせて金融行政の手法も変化していかなければならないとの認識です。

資料3頁をごらん下さい。そもそも金融行政には「金融システムの安定」、「利用者の保護」、「公正・透明で活力ある市場の確立」という三つの目的があります。

これらについて過去10年間の状況変化を概観しますとおよそ次のとおり整理できると考えております。

まず、「金融システムの安定」につきましては、1990年代末に我が国において金融システム不安が生じました。その後も、不良債権問題として尾を引いたわけです。最近にいたって不良債権問題について出口が見え、金融機関の健全性も相当回復して参りました。

「金融システムの安定」に関する今後の課題としては、これまで努力がなされてきた金融機関におけるリスク管理の一層の定着を図るとともに、後ほど申し上げるサブプライム・ローン問題にみられるような新しいタイプのリスクへの対応が挙げられると思います。このような分野では、各金融機関がリスク管理の高度化を自ら進めていくことがきわめて重要になると考えております。

資料3頁の真ん中の段にある「利用者保護・利用者利便の向上」については、一方で金融商品の販売チャンネルの多様化が進む中で、2000年代に入ってから外為証拠金取引の被害の増大や生損保の不払・支払漏れ問題あるいは銀行における金融商品販売の態勢不備が発覚するといった問題がございました。これらについても、ここにきて、様々な制度的枠組の整備と各金融機関の実態面での取組みが相当進んでいるものと考えております。

「利用者保護・利用者利便の向上」に関しては、持続的・継続的な顧客保護の態勢の確立や質の高いサービスを競い合う競争環境の構築が今後の課題となると考えられます。こうした点につきましても金融機関の自助努力が決定的に重要となると考えております。

また、「公正・透明な市場の構築」という面におきましても、90年代末、いわゆる日本版ビッグバンが始まり、規制緩和や競争的な環境の整備が進められて参りましたが、他方で、過去2・3年の間に様々な非違事例や証券会社の誤発注・取引所でのシステム障害の発生等、インフラ面での問題が発生しております。こうした点については、制度面での整備として、後にも触れますが金融商品取引法が整備されまして、枠組みの整備がかなり進捗してまいりました。この分野でも、今後の課題としては、金商法の定着を図るとともに、市場仲介者の行為規範の確立等、各金融機関の自助努力が重要になってきております。

これらを総じてみますと、それぞれの分野において、制度的枠組みの整備が進み、かなりの程度実態の改善が見られており、今後はこれまでの経験や教訓を着実に定着させ、更にこれを深化させる局面にあると認識しています。そしてこうした局面においては、金融機関がミニマム・スタンダードをクリアすることで満足するのではなく、個々の自助努力を通じて、経営管理を確固たるものとし、提供するサービスの質をより高いものとすることが重要であると考えています。

このような金融機関によるベスト・プラクティスの追求を促すために、金融規制のあり方も、金融機関の自己責任と自助努力を尊重するような枠組みとしていくことが重要になってきていると考えております。

もう一つの背景は、我が国の金融・資本市場の活性化・国際競争力の強化という政策課題です。人口減少時代の到来を迎えるなか、我が国経済が持続的な発展を遂げるためには、個人金融資産や年金が確実に運用され、その利益が国民に還元されるなど、金融サービス業が経済の中核的な役割を果たす必要があります。金融規制の質は、その規制の適用を受けるマーケットの競争力を左右する重要な要素であり、ベター・レギュレーションの取組みを進めていくことは、我が国の金融・資本市場の活性化や国際競争力の強化に貢献するものと考えています。

2. ベター・レギュレーションへの4つの柱

ベター・レギュレーションについては、大きくわけて、

「ルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督の最適な組合せ」、

「優先課題の早期認識と効果的対応」、

「金融機関の自助努力の尊重と金融機関へのインセンティブの重視」、

「行政対応の透明性・予測可能性の向上」、

の4点をその柱と位置づけています。これは、今後の監督手法の目指すべき方向性とも言えるものです。

第一の柱は「ルール・ベースの監督とプリンシプル・ベースの監督の最適な組合せ」です。これについては多少詳細にご説明したいと思います。

ルール・ベースの監督は、詳細なルールを設定し、それを個別事例に適用していくという手法であり、金融機関にとっての予測可能性を確保し、行政の恣意性を排除するというメリットがあります。

例えば資料4頁にありますとおり先般9月30日に金融商品取引法に移行しましたが、移行前の証券取引法はルール・ベースのアプローチの色彩が非常に濃い法律でありました。具体的には、同法では、金融機関に対する規制として、(a)断定的判断の提供による勧誘の禁止、(b)損失補填等の禁止、あるいは(c)アームズ・レングス・ルール等、また、不特定対数の市場参加者に対する規制として、(a)風説の流布、(b)相場操縦的行為の禁止等が、明確に規定され、ルールで構成されておりました。

このように、ルール・ベースが有効な典型的な分野は、不特定多数の市場参加者に共通のルールを適用するような場面が考えられます。主として行為規制が中心となりますが、事前に定められたルールへの該当性で行政対応の要否を判断をするものです。また、金融機関に対して行政上の不利益処分を行う場合には特に重要になるものと考えられます。

他方で、ルール・ベースアプローチには、新しい金融商品や取引手法を予め全て想定してルールを設けることはできないとの限界があります。そういう場合にはプリンシプル・ベースでその隙間を埋めるといった対応も必要になってくるのではないかと思っております。

一方、プリンシプル・ベースの監督は、いくつかの主要な原則を示し、それに沿った金融機関の自主的な取組みを促す枠組みで、金融機関の経営の自由度が確保されるというメリットがあります。

イギリスの金融監督当局であるUKFSAでは、資料5頁にありますとおり、このプリンシプルに基づく監督というものを、近年非常に強調しており、例えば11のプリンシプルを公表しております。

我が国では、イギリスのようにまとまった形でプリンシプルをパッケージにはしておりませんが、プリンシプルについては、資料6頁にありますとおり金融関係法令や監督指針等にちりばめられております。

このルール・ベースとプリンシプル・ベースの2つの監督手法は二者択一のものではなく、むしろ相互補完的なものであり、2つの監督手法を最善な形で組み合わせることによって、全体としての金融規制の実効性と効率性を確保していくことが重要と考えます。

プリンシプル・ベースが有効な分野についてお話すると、監督対象となっている金融機関が経営管理、ガバナンスを改善する、リスク管理態勢を整えるといった場合にはプリンシプル・ベースの監督が非常に有効と考えております。この分野は、定性的な側面も大きくどこまでがOKでどこまでが不可かということを予め設定することが困難な分野であり、プリンシプルにより当局の監督の方向性を示す必要があるだけでなく、金融機関にとっての望ましい自助努力の方向性を示すことが重要な分野だと考えております。

一方、プリンシプル・ベースの監督については、予測可能性に欠け、行政の恣意性の余地を生じる等の欠点が指摘されます。従って、当局と金融機関とが対話等を充実することを通じて認識を共有することが重要です。

第二の柱は、「優先課題の早期認識と効果的対応」です。これは、限られた行政資源をいかに有効活用するかという問題意識にも基づいています。

行政が取り組むべき課題は色々あるが、深刻な問題がひそんでいる分野、将来大きなリスクが顕在化する可能性がある分野を、先を見越してできるだけ早く認識し、そのような重要課題への対応のために行政資源を効果的に投入していくというものです。このような早め早めのアプローチをとることにより、リスクへの対応に際し、可能な選択肢も広くなるものと考えられます。

第三の柱は「金融機関の自助努力の尊重と金融機関へのインセンティブの重視」です。

先ほど申し上げた、金融機関の自助努力に基づくベスト・プラクティスの競い合いを促す枠組みですが、リスク管理の高度化を促すバーゼルIIの実施などのインセンティブを内包した取組みを既に進めてきています。今後も、こうした枠組みを更に中身の濃いものにしていきたいと考えています。

最後の第四の柱は「行政対応の透明性・予測可能性の向上」です。金融庁では、1998年の金融監督庁発足以来、「明確なルールに基づく透明かつ公正な金融行政の徹底」を行政運営の基本的な考え方としており、これまでも検査マニュアル・監督指針などで、検査監督上の着眼点や行政処分に関する事務の流れを広く周知するなど様々な取組みをしてきておりますが、更に改善すべき点がないかどうか検討していきます。

3. ベター・レギュレーションに向けての当面の具体策

次に、こうしたベター・レギュレーションに関して、当庁が当面取り組んで行く5つの具体策についてご説明したいと思います。

まず一番目は、「金融機関等との対話の充実」です。ベター・レギュレーションの構築のためには、金融機関と我々との対話の機会を一層拡大し、率直に意見交換できるような信頼関係を築くことが必要です。こうした対話の充実は、金融機関にとっての予測可能性の向上に資するだけでなく、我々当局の側にとっても、市場動向等を素早く把握する上で重要です。また、先に述べたプリンシプルについての共通認識を醸成したり、金融システムが抱える問題について、官民が協同して解決策を探っていったりする上でも対話は必要不可欠であると思います。

二番目は「情報発信の強化」です。これまで当庁では、内外の関係者に我々の考え方が正しく伝わるよう、幹部による講演の実施やホームページの活用、英文による資料の提供などを行ってきましたが、今後も内外の講演会・意見交換会・出版メディアなど多様なチャネルを通じて、より多くの情報発信に努めてまいりたいと考えています。

三番目は「海外当局との連携強化」です。金融のグローバル化に対応するため、各国監督当局間の緊密な連携や、規制の国際的整合性の確認が益々重要となっています。また、グローバルなマーケットの動向を把握する上で、海外当局との情報共有は欠かせません。

四番目は「調査機能の強化による市場動向の的確な把握」です。経済や市場の動向が金融機関の経営や金融システム全体の安定に与える影響について分析、把握するとともに、必要な監督上の対応を時を失せず講じられるよう、庁内の調査機能の強化や、市場関係者などとの対話の促進を図っていきたいと考えています。

最後の五番目は「職員の資質向上」です。これまでに取り上げたベター・レギュレーションの取組みを実現するため、研修の充実、官民の人材交流など、金融庁職員一人ひとりの専門能力の向上に向けた様々な方策を検討していきたいと考えております。

III サブプライム・ローン問題

次に、最近、内外で話題になっておりますサブプライム・ローン問題に関して、簡単に説明申し上げたいと思います。サブプライム・ローン問題については、これまで申し上げてきましたベター・レギュレーションの文脈で申し上げれば、金融機関にあっては、こうした新しいタイプのリスク分野に対して自助努力によりリスク管理や証券化商品の組成に当たってのデュープロセスの確保等に向けた一層の取組みが求められる分野であり、金融監督当局としては、優先課題として注視し、リスクを早め早めに認識して対応していく必要がある問題です。

1. サブプライム・ローン問題の概観

(サブプライム・ローン問題とは)

そもそも、サブプライム・ローンとは、9頁左上にあるように、米国において一般的に信用力の劣る借手に対する住宅ローンを指しており、約10兆ドル(約1,200兆円)の米国住宅ローンの中でその約13%(約1.3兆ドル、約150兆円)を占めていると言われております。

こうしたサブプライム・ローンは、特に2004年以降に増加傾向にありましたが、その背景として、

  • (a)住宅価格が上昇するという見込みや証券化による信用リスクの移転等によって金融機関の審査が甘くなっていたことや、

  • (b)当初一定期間、住宅ローンの返済が金利相当分のみに限定されるなどの新しい住宅ローン商品が開発されることによって、住宅ローンが借りやすくなったこと、

などが指摘されております。

9頁の左側の列を上から順に見ていただきたいのですが、こうしたサブプライム・ローンは、その多くがABSとして証券化され、投資家に販売されております。また、当該証券化商品を原資産とすることによって、更に複雑な金融商品であるCDO等も組成されております。

更に、特に欧米において、短期のABCPで資金を調達し、サブプライム関連のCDO等の資産運用を行うことで、長短金利差に着目した利鞘の獲得を目的としたコンデュイットとよばれる特別目的事業体を組成する動きも見られたところです。

(サブプライム・ローン問題の展開)

【問題の顕在化】

このような動きが続く中、それまで順調な価格上昇を見せていた米国住宅市場が2006年頃から調整局面に入るとともに、サブプライム・ローンの延滞率が上昇を続けております。

このようにサブプライム・ローンの延滞率が上昇する中で、本年の2月頃から米国の住宅金融会社の破綻等によって、サブプライム・ローン問題は徐々に市場関係者から関心を持たれるようになってきました。

【サブプライム・ローン問題の金融市場への波及】

そうした中、サブプライム・ローン問題が本格的に注目され、その影響が米国から欧州を中心とする世界各国の金融市場に波及することとなったのは、本年6月に米国系の投資銀行であるベア・スターンズがその傘下のヘッジファンド2社への損失の補填を発表したことが一つの契機であったと考えられます。

その後、本年7月にサブプライム関連商品の格付けが引き下げられたことなどから、証券化商品市場成立の前提となる格付に対する信頼が低下するとともに、その流動性が著しく低下することとなりました。

【サブプライム問題の欧米金融システムへの影響】

ドイツにおいては、8月2日に中堅銀行であるドイツ産業銀行(IKB)、8月17日には、ザクセン州立銀行が、流動性補完を行っている傘下のファンドの資金繰りが困難となったことによって、それぞれドイツ政府系公庫の救済や、独銀行団から多額の信用枠を受けることとなりました。

フランスにおいては、8月9日に、クレジット市場の流動性の低下を受け、BNPパリバが傘下のヘッジファンドについて、その純資産価値の算出や、新規募集、解約の凍結を発表しました。なお、こうした措置については、8月28日以降、既に順次解除されています。

8月9日にECB、FRBが短期金融市場に資金供給を実施しています。先ほども申し上げましたが、特に欧米において、サブプライム関連のCDO等を資産サイドに持つコンデュイットが短期のABCPで資金調達をしていたため、その償還問題が発生し、そのようなABCPにバックアップラインを供与していた欧米金融機関が実際に流動性の提供を余儀なくされたこともあり、短期金融市場が非常にタイトな状況となりました。このように非常にタイトになった短期金融市場に対して、欧米の中央銀行が大量の資金供給や短期金利の引下げ等の必要な手立てを講じたところです。

9頁目の中列から右列にかけてお示しているとおり、こうした動きは、欧州の金融機関への影響が明らかになったことと相俟って、投資家のリスク回避的な行動を誘発し、クレジット市場全体や、為替市場、株式市場に対しても、その影響が波及することとなりました。

イギリスにおいては、9月14日に、中堅銀行のノーザンロックが、サブプライム・ローン関連商品を殆ど保有していなかったにもかかわらず、(a)欧州の短期金融市場が非常にタイトであったことや、(b)返済が長期に渡る住宅ローン業務に特化する一方で、資金調達の多くを短期の市場性資金に頼っていたことから、資金調達が困難となり、イギリス当局において、流動性支援のための緊急融資や、預金の全額保護が行われました。

このようなイギリス当局の措置にも係らず、結果として、約140年振りにイギリスにおいて銀行預金の取付け騒ぎが起こることとなりました。

2. サブプライム・ローン問題の原因分析

(3つの不確実性)

以上、申し上げましたとおり、サブプライム・ローン問題をきっかけとして、欧米の一部の金融機関等において多額の損失が発生した他、クレジット市場、更には為替市場、株式市場にも波及が見られるなど、その影響が広がったところですが、私としては、そのように市場へ波及した背景として以下の3つの不確実性が存在し、これにより、市場の疑心暗鬼が未だに払拭されていないのではないかと考えております。

第一に、証券化という金融技術の普及に伴って原資産のリスクが分散した結果、リスクの所在や規模の特定が困難となったこと(リスク所在の不確実性)、

第二に、証券化商品に対する市場の価格付け機能が低下したことが市場取引の規模やその流動性を急激に縮小させたこと(価格形成の不確実性)、

第三に、先ほども申し上げましたが、短期資金を調達して、長期運用を行うとの資産・負債のマチュリティのミスマッチの結果として流動性リスクが表面化したこと(流動性の不確実性)。

(3つの不確実性の背景)

これら3つ不確実性は相互に関連することによって問題を複雑化させておりますが、そもそも証券化商品が組成されて投資家に販売されるまでに、住宅ローンの借手や、貸手、証券化商品を組成する投資銀行、格付機関、証券化商品を販売する金融機関、証券化商品を購入した投資家等の関係する当事者の間で、それぞれが適切な情報提供やリスク管理を行っていなかったのではないかということが、3つの不確実性が顕現化した背景として挙げられるのではではないかと考えられます。

そのため、今後、3つの不確実性を減じさせることによって市場が正常化するためには、これらの適切な対応に向けて官民の地道で着実な取組みがなされることが重要であると考えています。

3. 日本の現状

(日本の市場への影響)

次に、このようなサブプライム・ローン問題による、我が国への影響について、簡単に触れたいと思います。

まず、12頁にあるように我が国のクレジット市場は欧州に比して、サブプライム・ローン問題の影響は軽微であったものの、13頁にあるように我が国の株式市場では、(a)外国人投資家への依存や、(b)円高による輸出企業への影響、(c)損失を被ったヘッジファンド等による利益確定のための日本株の売却など、を理由として欧米に比してその影響が強いものとなりました。

また、為替市場では、投資家の円キャリートレードの巻き戻し等によって、一時的に急激な円高が進行したと言われており、その後、不安定な状態が続く中で、ドル安傾向で推移しています。

(日本の金融システムへの影響)

サブプライム・ローン問題が我が国の金融システムにどのような影響を与えるかについても述べさせていただきます。

中間決算期を迎え、一部金融機関においてサブプライム関連の損失計上が公表され、また、一部金融機関においては9月末以降の追加損失を見込んでいますが、

  • (a)サブプライム関連商品の原資産であるサブプライム・ローンが150兆円と言われ、これをもとに組成される関連商品の規模がより大きいと見込まれる中で、資料16頁にありますとおり、19年9月末時点で我が国金融機関が保有するサブプライム・ローン関連商品の簿価が大手行計で1.2兆円、合計で1.3兆円と相対的に限定された水準である一方、

  • (b)大手行をはじめとする金融機関の自己資本(Tier1:大手行等23兆円、合計40兆円規模)や業務純益(実質業務純益:大手行等4兆円弱、合計6兆円規模)の規模にあることや、

  • (c)我が国金融機関が、バーゼルIIの適切な実施等のリスク管理の高度化への努力を行ってきたこと

等もあり、全体としてみれば、これらの商品等にかかるリスクについては、十分対応可能な状況にあり、現時点においては、サブプライム・ローン問題が、我が国の金融システムに深刻な影響を与えるような状況にはないと考えております。

他方、グローバルな金融市場の混乱は続いており、欧米を中心として、その影響もサブプライム・ローンと直接係わりのない証券化商品等の市場にも広範に及び、欧米金融機関の一部が巨額の損失を公表しております。

この問題を巡り、市場の正常化にはある程度の時間が必要であると言われており、金融庁としては、引き続き警戒を怠ることなく、このような金融市場の動向等について注視していくことが必要と考えております。

4. 現在の取組みと今後の課題

サブプライム・ローン問題では、中央銀行の流動性供給をはじめ、各国当局による対応が進められております。

また、国際的に波及した金融市場の問題に適切に対応するためには各国当局間の連携が不可欠であると考えております。こうした考えの下、様々な国際会議の場を利用して、海外当局と迅速に情報交換・意見交換を行い、国際的な影響についての実態把握や認識の共有にも努めているところです。

このような中、G7からの要請を受けて、9月の金融安定化フォーラム(FSF)会合において、サブプライム・ローン問題等に関連した最近の市場混乱の原因を分析して市場強化について提言を行うワーキング・グループの新設が合意されたところであり、金融庁としては、今後、当該ワーキング・グループにも積極的に参画してまいりたいと考えております。

更に我が国においても、現在、渡辺大臣の私的懇談会である金融市場戦略チームにおいて、サブプライム・ローン問題が金融資本市場へ与えた影響等について、意見交換を行っているところであり、今月中にも報告書がとりまとまる予定です。

いずれにせよ、今後とも、幅広い観点から、金融機関のリスク管理状況、金融市場の動向等について、国内外の関係当局とも連携しつつ、十分注視していきたいと考えております。

IV 金融商品取引法について

次に、ルール・ベースを中心とした法体系である証券取引法を引き継いで、隙間を埋める横断的な体系へと大幅に改善がなされ、プリンシプル・ベースの観点も加味された金融商品取引法についてご紹介させていただきます。

1. 金融商品取引法

証券取引法が全面改訂され、去る9月30日に、新たに金融商品取引法として生まれ変わりました。同法では、17頁にあるように幅広い金融商品・取引について横断的な利用者保護の枠組みを整備し、投資性の強い金融商品・サービスの販売・勧誘等に対して隙間のない規制を適用するとともに、金融・資本市場の公正性・透明性の一層の向上のための制度整備を行っております。

金融商品取引法では、一般の市場参加者も規制の対象となる行為規制の体系であることから、引き続きルール・ベースのアプローチを維持しています。他方で、監督対象となる金融商品取引業者について、同法では、経営態勢・コンプライアンス態勢等に着目して、「公益または投資者保護のために必要かつ適当と認めるとき」に行政処分が可能となっており、プリンシプル・ベースによる制度的な補強がなされています。

今後、このような性質を持つ金融商品取引法の下、横断的な利用者保護、投資家保護の枠組みが具体的にスタートしたことで、これに対応するための施行後の様々な取組み、工夫など、各金融機関においてもそれぞれご努力をいただいていることと思います。

こうした新たな法制の下で、どのような監督を行っていくのか、ということについて、少しお話させていただきたいと思います。

まず、金融商品取引法の対象となる金融機関に留意していただきたい点につきましては、「金融商品取引業者向けの総合的な監督指針」に明示しました。監督指針には、適切な勧誘・説明の確保など全業者共通の手法に加え、各業者毎に留意していただきたい事項についても明示しているところであり、各金融機関の経営者におかれては、こうした事項に関し、適切なガバナンスを効かせつつ、質の高いサービスを提供していただくことを期待しております。

その上で、金融庁では、行政の透明性と監督対象者の予測可能性向上の観点から、先ほど申し上げた監督指針に加え、一年間の監督上の主な検証ポイント等を監督方針というかたちにまとめております。

資料20頁にありますとおり金融庁では、去る8月24日に「平成19事務年度金融商品取引業者等向け監督方針」を公表いたしました。

本監督方針は、今事務年度から対象を拡大し、証券会社だけではなく金融商品取引業者や登録金融機関、更にはプロ向けファンドや無登録業者等に向けたものとしています。

  • (1)金融商品取引業者の監督の重点事項

    金融商品取引業者の監督には、全業種に共通の留意事項と個々の業種特有の留意事項があるため、本監督方針では、共通の事項を「金融商品取引業者の監督の重点項目」の中にテーマ毎にまとめ、その後に業種別や登録金融機関の特に留意すべき事項をまとめています。

    共通事項としては、

    • (a)適正な業務運営態勢、人的構成の確保

      まず、適正な業務運営態勢、人的構成の確保についてお話しします。

      金融商品取引業者共通の第一の重点事項として、「適正な業務運営態勢、人的構成の確保」を掲げています。これは、主として財務局等において登録審査を行う段階で留意すべき事項に関する記載です。

      金融商品取引業者の登録事務は、法施行前に行っている業務の継続性を阻害することのないよう迅速かつ円滑に行われる必要があると同時に、利用者保護上問題のある不適格な業者を排除するため厳正に行われる必要があります。

      そのため、登録審査の段階で、例えば、

      • 新たに内閣府令、監督指針に示された登録審査の項目、すなわち暴力団・暴力団員との密接な関係や過去の刑罰等に照らし、金融商品取引業を適確に遂行するに足りる人的構成を有しないと認められる者でないか、
      • 登録申請段階で金融商品取引業協会に加入する予定がない業者について、協会等の規則を考慮した適切な社内規則の策定がなされているか、

      といった点について検証することとしています。

    • (b)高度で強固な法令等遵守態勢・リスク管理態勢の整備

      次に、金融商品取引業者が高い自己規律の下で、健全かつ適切な業務運営を行うためには、まずは経営者の皆様の法令等遵守意識やそのための積極的な関与が図られることが重要だと考えております。その上で、法令等遵守部門やリスク管理部門、内部監査部門がその役割を適切に果たしていくことが求められます。

    • (c)利用者保護

      利用者保護については、金融商品取引法において、適切な利用者保護とリスク・キャピタルの供給の円滑化を両立させる観点から、投資家を特定投資家(プロ)と一般投資家(アマ)に区分し、金融商品取引業者が一般投資家との間で取引を行う場合には、充実した行為規制が適用され、特定投資家との間で取引を行う場合には、多くの行為規制が適用除外になります。

      監督当局としては、こうした規定を踏まえ、まずはルール・ベースの監督として、金融商品取引業者において特定投資家と一般投資家を区分するための適切な審査が行われ、適合性原則を遵守した適正な勧誘・説明が行われているか、新たに規定された広告規制を遵守しているか、といった点を検証することとしています。

      また、金融商品取引業者の態勢面に着目したプリンシプル・ベースの監督として、特定投資家と一般投資家の区分に関する審査態勢、その適正性を事後的に検証する態勢、夫々の適合性原則の遵守態勢、広告等審査態勢、苦情処理態勢などの状況に着目していくこととしています。

      金融商品が高度化・複雑化し、新たな商品が次々に登場する中にあっては、全ての金融商品についての利用者保護ルールを予め詳細に定めることは不可能であり、各社が適切な態勢整備を図り、法令で示されたプリンシプルに基づき、利用者保護のための自主的な取組みを進めていくことが重要となります。監督当局としては、こうした自主的な取組みを尊重しつつ、態勢面での整備状況を検証することとしています。

    • (d)顧客情報管理

      次に、顧客情報管理についてお話します。

      金融商品取引法施行後は、原則として一つの登録によって複数の業を行い得ることになるため、金融商品取引業者等において業務の多様化の進展が予想されます。そうした中にあって、個人情報はもとより、法人情報を含めた顧客情報の漏えい、滅失又はき損が発生していないか、特にグループ間での不当な共有がなされていないか、管理態勢が整備されているか、について注視し、必要に応じ、金融商品取引法や個人情報保護法等に基づく監督上の対応を行っていくこととしています。

    • (e)金融コングロマリットの経営管理

      次に、金融コングロマリットの経営管理についてお話します。

      金融のコングロマリット化が進展し、金融商品取引業者の業務が多様化する中で、金融商品取引業者を含むグループにおいて、潜在的な利益相反の防止や、リスクの集中の防止、グループ内取引の適切性の確保のための取組み等がなされているかについて検証することとしています。

  • (2)各業種における監督の重点項目

    各業種毎の監督の重点項目ですが、まず、第一種金融商品取引業を行う者について、証券会社に新たに導入される広告規制の遵守や、外為証拠金取引業者の不招請勧誘禁止の遵守、第二種金融商品取引業を行う者について、いわゆる集団投資スキーム(ファンド)の持分に係る権利の販売・勧誘等を行う者の説明態勢に特に留意することとしています。

    また、投資運用業を行う者については、特に不動産関連ファンド運用業者について、不動産市場における金融市場との連関の強まり(金融商品化)、海外市場との連関の強まり(グローバル化)、リスクマネーの供給の拡大といった変化を踏まえ、適正な価格形成機能が発揮されるよう、不動産取得及び売却の際のデューディリジェンス態勢や利益相反取引の防止態勢について、必要な検証及び監督対応を行っていくこととしています。

    投資助言・代理業については、助言実績等が著しく優れていることを根拠なく表示するなどの誤解を生ぜしめる広告等を行っていないか、といった点に留意することとしています。

  • (3)ファンドに関する留意点

    次にファンドに関して留意すべき点についてお話しします。

    今事務年度の監督方針では、昨今、G7での議論や企業買収等で話題となっている「ファンド」について、留意点を記載しています。

    ファンドについては、一方で、その多様性の適切な発揮を通じて、厚みのある市場の形成、金融イノベーションの促進、我が国金融・資本市場の国際化への貢献が期待されるところですが、他方で、特定の潜在的なリスクを有すると考えられます。

    具体的には、(a)投資家や当局に対する透明性の低さに起因する投資家保護上のリスク、(b)ファンドヘの直接的なエクスポージャーから生じる金融機関の直接リスク、(c)ファンドのリスクテイキング行動の急激な変化等による市場へのインパクトを通じて金融機関に損害を与える間接リスク、(d)市場の公正性・透明性の確保の観点からのリスク、といった点について留意が必要です。

    サミット等の国際的な場における議論も踏まえつつ、例えば我が国に投資者が存在しない外国のファンドの取扱い業者については、一般的な動向や業界内の実務慣行の見直し・強化を注視し、カウンターパーティー(取引の相手方の金融商品取引業者等)におけるリスク管理や市場の公正性・透明性確保等の観点からのモニタリングを行うこととしています。他方、登録や届出が義務付けられる監督対象のファンド取扱い業者については、利用者保護等の観点から十分な実態把握をした上で、適切な監督を行うこととしています。

    このように、ファンドは様々な運用形態に応じて、そのリスクの所在を可能な限り迅速に見極め、監督上の資源を振り向け、将来のリスクの顕在化を見越した早めの対応を行っていくこととしています。

  • (4)登録金融機関の監督の重点項目

    次に、登録金融機関の監督の重点項目についてお話しします。

    登録金融機関の監督については、以下の三点について特に留意することとしています。

    • (a)優越的地位の濫用防止

      まず、優越的地位の濫用防止です。金融商品取引法施行後、金融機関は登録金融機関業務としてデリバティブ取引等を扱う一方で、金融機関として融資等の取引を行うことが予想されます。こうした中で、平成17年12月に公正取引委員会からの排除勧告があった銀行の事例も踏まえつつ、

      • 登録金融機関が、顧客に対し、金融商品取引契約の締結に応じない場合には融資を取りやめる旨を示唆したり、登録金融機関として行う業務の競争者との間で金融商品取引契約を締結するならば、融資を取りやめる旨を示唆するなどの優越的地位の濫用を行っていないか。
      • 責任部署の設置、研修の実施、苦情相談に係る適切な対応など、優越的地位の濫用防止のための必要な態勢整備を行っているか。

      といった点について、必要な監督を行うこととしています。

    • (b)投資信託等の販売における留意点

      2点目として、投資信託等の販売における留意点についてですが、登録金融機関が投資信託等リスクのある金融商品を扱う場合には、預金等との誤認防止に努める必要があり、そのためにも、登録金融機関において、金融商品取引法等に基づく適切な勧誘・説明がなされているかについて必要な監督を行うこととしています。

      また、過去において、投資信託に係る発注失念や誤発注等、登録金融機関の事務処理ミスから顧客に損失が生じる状態となったにも拘らず、顧客に対し、原状回復・損失補填が可能である旨の説明を行わないまま謝罪を繰り返し、取引の追認を求め、追認をもって解決済みとしている事例、原状回復・損失補填に係る説明不十分のまま追認を得ることでもって解決とした後、顧客からの苦情申出により結果的に原状回復・損失補填を行っている事例等が認められました。

      金融商品取引法においては、証券取引法同様、誠実公正義務が規定されるとともに、公益または投資者保護の観点から行政処分を可能にするプリンシプル・ベースに基づく規定も設けられています。

      こうした規定を踏まえ、金融商品の取引において過誤があった場合等には、法令等に基づき、顧客に対し誠実かつ公正な対応を行うこととなっているかについて留意して監督を行うこととしています。

    • (c)社内における情報管理態勢

      3つ目に社内における情報管理態勢についてですが、優越的地位の濫用防止や利益相反防止等の観点から、登録金融機関の社内で適切な情報管理態勢が整備されていることが重要となります。特に、クレジットデリバティブ取引を扱う部門と融資部門との間での情報管理や、利益相反防止の実効性等について検証していくこととしています。

  • (5)無登録、無届業者の対応

    次に、無登録、無届業者の対応についてお話しします。

    これまで業法の隙間にあった者の中には、故意又は過失により、法施行後も、登録又は届出を行わずに業務を継続する者が現れるものと考えられます。こうした業者の存在を苦情・相談等によって把握した場合には、当該業者に対し、かかる行為を直ちに取り止めるよう文書等で警告を行うとともに、過失による場合には、まずは速やかに金融商品取引法上の登録申請又は届出を行わせることとしています。また、故意による場合や悪質な場合には、直ちに捜査当局への連絡等を行い、利用者被害の発生・拡大を防止するための措置を講じることとしています。

  • (6)監督手法

    次に、監督手法についてお話しします。

    監督手法の項目では、検査部局との連携、自主規制機関との連携、業者との関係、海外当局との連携について記載しています。

    金融商品取引業者等との関係では、業者との積極的な対話を通じて、相互の共通理解の促進、当局からの情報発信やマーケット動向の把握の強化、当局の対応の透明性・予測可能性の向上を図っていくことが重要です。

    特に、金融商品取引法の施行に伴い、当局は金融商品取引業者等が明確に法令等に違反していない場合でも、「公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認める場合には、その必要の限度において、業務の方法の変更等を命ずる」ことができるようになります。

    そのため、金融商品取引業者等の経営者においては、法令規制の背後にある原則的な考え方や規制の趣旨・目的を踏まえた上で、適切な内部統制の確保をしていくことが求められています。

    金融庁としては、こうした点について金融商品取引業者等の経営者等と十分な意見交換を行うとともに、経営者の内部統制についての自主的な取組みを尊重しつつ、その実効性について検証することとしています。

  • (7)終わりに

    以上のような方針に基づき今後の金融商品取引業者の監督を行っていくこととなりますが、本事務年度は、横断的な利用者保護の徹底と金融イノベーションの促進、我が国金融・資本市場の国際化・競争力強化といった金融商品取引法の趣旨、目的が広く国民、業界の中に浸透していくために大切なスタート地点にあると考えています。

    これだけの大きな法律を円滑かつ適切に施行に移すのは大変な仕事であると思いますが、皆様や自主規制機関との適切な連携を図りながら進めていきたいと考えております。ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

V  まとめ

以上、最近の金融監督行政を巡る諸課題についてご説明申し上げました。金融を取り巻く環境は日々変化しており、その中で、民間金融機関及び金融監督当局が、市場の競争力の強化や利用者の利便性の向上、ひいては国民経済の健全な発展にために、自ら考え、研鑽をつむ姿勢がことまでにもまして重要になっています。

業者の皆様におかれては、ミニマム・スタンダードの達成ということを超えて、ベスト・プラクティスを競い合うとの心づもりで取り組んでいただきたいと思っております。

また、私ども行政当局としても、公正・透明で活力ある金融・資本市場の確立に向けて、制度設計や具体的な規制・監督に努めていく所存でございます。その際には、行政対応の実効性・効率性・先見性・透明性・時代適合性などを意識しながら金融規制の質的向上を目指して生きたいと思っております。

本日はどうもご清聴ありがとうございました。

(以上)

サイトマップ

ページの先頭に戻る