茂木大臣全国証券大会における挨拶
[全国証券大会(20年9月18日(木))]


1.はじめに

金融担当大臣の茂木敏充です。

本日は、日本証券業協会、全国証券取引所協議会、及び投資信託協会の共催により、平成20年全国証券大会が盛大に開催されますことを、心よりお慶び申し上げます。

また、皆様には、日ごろより、我が国証券市場の健全な発展にご尽力いただき、敬意を表します。

今週は、リーマン・ブラザーズ、AIGと、証券市場や国際金融をとりまく分野に急展開があり、金融担当大臣として今日ここでご挨拶するのがなんというタイミングかという思いもありますし、スピーチ原稿も2回書き直すことになりました。

本日は、はじめに最近の金融情勢についてお話をさせていただいた上で、我が国市場の国際競争力の強化に向けた取組みについてもお話をさせていただきたいと思います。

2.最近の金融情勢

まず、国際金融市場及び我が国の証券市場を取り巻く現下の情勢は、皆様ご承知のとおり、極めて厳しいものとなっております。

(1) これまでの展開

最初に、これまでの展開を振り返りますと、昨年のサブプライムローン問題の発生以降、欧米金融機関においては、証券化商品等の売却・償却等により、多額の損失を計上いたしました。

本年3月には、米国投資銀行第5位のベアー・スタンズが経営危機に陥り、JPモルガンにより買収されています。

また、米国における住宅資金供給の円滑化を目的とする政府支援機関(GSE)であるファニーメイ及びフレディマックについて、その財務悪化懸念から、市場に混乱が広がりました。これに対応して、7月にGSE支援策を含む住宅関連法案が成立し、さらに9月7日には、米国政府が両社を管理下に置くとともに、財務省が両社の最優先株をそれぞれ1,000億ドルを上限に購入すること等の支援策を講ずることが発表されました。

(2) リーマン・ブラザーズ

このような中、不動産証券化業務を拡大していた米国投資銀行第4位のリーマン・ブラザーズにおいては、仕入れたローンの証券化や、証券化商品の販売が困難となり、経営不振に陥りました。

同社は財務の強化に取り組みましたが、市場の評価は厳しく、株価は下落を続けました。

過去1年の最高値として67ドルをつけたリーマン・ブラザーズの株価は、先週は10ドル以下にまで急落し、金曜日(9月12日)には3.59ドルとなりました。

このような状況の下、先週末まではリーマン・ブラザーズの救済買収等が検討されておりましたが、成立をしませんでした。そこで、日本時間の15日(月)午後に、リーマン・ブラザーズの米国持株会社が、倒産手続開始を申し立てるに至りました。

一方、同社の合併先候補とされていたバンク・オブ・アメリカは、同日(15日)、米国投資銀行第3位のメリルリンチを買収することを発表しました。

なお、昨日(17日)、英大手銀行バークレイズが、リーマン・ブラザーズの北米の投資銀行及び資本市場部門を買収することを公表しております。

我が国には、リーマン・ブラザーズの米国持株会社の下に、「リーマン・ブラザーズ証券株式会社」がございます。当然、金融庁幹部も、15日は休日返上となったわけです。

金融庁としては、米国持株会社が倒産手続開始を申し立てた15日において、顧客等を保護するための所要の行政処分を午後3時に、および業務停止命令を同日午後9時30分に、それぞれ迅速に発出したところです。

(3) 我が国金融機関への影響

さて、今回の事態による我が国金融機関への影響に関して、既にいくつかの金融機関から、リーマン・ブラザーズ等に対する与信額等が公表されています。

それらを集計いたしますと、主要11行の同社関連の与信額等は約3,200億円、そのうち担保等により保全されていない部分の与信額等は約1,400億円となっております。

いずれにせよ、現時点においては、各金融機関の自己資本の厚み等に照らして、「蚊」か「ハチ」かそれ以上かは別としても、我が国の各金融機関の経営に重大な影響を与えるような問題は把握されておりません。

(4) 実体経済への影響等

次に、リーマン・ブラザーズの破綻による実体経済への影響について申し上げると、今般の同社の倒産手続開始を受けて、週明けの各国の株式相場は大幅に下落いたしました。

株価下落や金融市場への信頼低下等により、米国をはじめ、各国経済への悪影響が懸念されます。

また、円高ドル安傾向にあり、これが実体経済にどのような影響を与えるかについても、十分に注視していく必要があると考えています。

我が国金融機関については、株価の下落、実体経済の更なる減速等を背景に、企業の業績悪化、資金繰りの悪化ということになれば、貸し渋りを誘発する懸念も否定できません。金融庁としては、既に9月2日、中小企業金融の円滑化を中心に全ての金融機関向けの要請等を行っておりますが、さらに注意深くフォローアップしていく必要があると考えております。

(5) 金融・資本市場の今後の展望

なお、今回の事態を受けて、日米欧において、各国中央銀行による総額40兆円超の緊急資金供給などの措置を実施済みです。

一方、米国最大の保険会社AIGは、サブプライムローン問題の影響によるデリバティブの損失等により、四半期ベースで3期連続の赤字を計上し、株価は大幅に下落してきています。また、格付けも引き下げられており、デリバティブ取引において百数十億ドルの追加担保の差入れが必要になると見込まれています。

このような状況の下、同社への流動性供給、資本増強等についての様々な対応が、関係者の間で検討されました。その結果、日本時間の昨日(17日)午前10時(現地時間16日午後9時)に、ニューヨーク連銀がAIGに対して同社の資産を担保に最高850億ドルを融資することが、FRBから発表されました。

これにより、同社の流動性不足が大幅に改善することが期待されたことで、ニューヨーク・東京ともに、株式相場は上昇に転じました。

ただし、米国の不動産・住宅市場はなお低迷しており、不動産・建設業向け融資や住宅ローンに与信が集中している米国地域金融機関の経営悪化も懸念されております。

実際に、今年に入ってからこれまでの間に、11の地域金融機関が破綻しています。また、各国の株式市場も、不安定な動きが続いています。

このように、世界的な金融・資本市場においては緊張が続いており、市場の混乱の収束にはなお時間を要すると見込まれます。

金融当局としては、国内外の関係当局と連携し、また、関係省庁とも一層緊密に連携をとり、金融市場や株価・為替・原油価格等の動向を注視しつつ、国際的な金融市場の安定に向けて役割を果たしてまいりたいと考えています。

3.我が国市場の競争力強化に向けた取組み

こうした当面の対応をしっかり進めるとともに、我が国の金融・資本市場の今後の課題、即ち、競争力強化に向けた様々な課題にも着実に取り組んでいくことが重要です。

(1) 市場強化プランの推進

我が国の市場を諸外国と比較すれば、評価の高い点と低い点の双方があると思いますが、国際的に評価が低い点としては、規制面や人材面の問題等が挙げられています。

このような問題については、現在、昨年12月に策定した「市場強化プラン」の4本の柱、すなわち、

  • ○ 信頼と活力のある市場の構築、

  • ○ 金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備、

  • ○ より良い規制環境(ベター・レギュレーション)の実現、

  • ○ 市場をめぐる周辺環境の整備、

これら4本の柱を推進する中で、マイナス面を解消しプラスに転換するように取り組んでいるところです。

4本柱をもう少し具体的に申し上げれば、「○信頼と活力のある市場の構築」という観点からは、

  • いわゆるプロ向け市場の創設、
  • ETF(上場投資信託)の多様化、
  • 金融商品取引法上の課徴金制度の見直し

などの制度改正に取り組んでいます。

また、「○金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備」という観点から、

  • いわゆるファイアーウォール規制の見直し、
  • 銀行・保険会社グループの業務範囲の拡大

などの制度改正に取り組んでいます。

先の通常国会では、これらの制度改正事項を盛り込んだ「金融商品取引法等の一部を改正する法律」が成立したところであり、その適切かつ円滑な施行に向けて、鋭意準備を進めています。

さらに、「○ベター・レギュレーションの実現」に向けては、金融行政の透明性・予見可能性の向上、証券界の皆様方を含む関係者との対話の充実、さらには情報発信の強化等に取り組んでいます。

また、「○市場をめぐる周辺環境の整備」のために、たとえば、金融専門人材の育成・確保に向けた検討を進めております。

引き続き、我が国市場の魅力の向上に向けて、スピード感をもって、前向きな取組みを進めていきたいと考えています。

(2)「貯蓄から投資へ」の流れを実現する証券税制

一方、我が国市場を諸外国と比較した場合に、高い評価を得ているのは、1,500兆円にも達する多額の個人金融資産の存在だと思います。

私は、このプラス面を最大限に活かしていくためには、個人金融資産に関する2つの特徴、すなわち、○世代別の保有額の特徴と、○貯蓄と投資との保有割合という特徴をどう捉え、また、どのように活かしていくかが、大きな課題になると思います。

本格的に「貯蓄から投資へ」の流れを作っていくためには、先ほど述べたような様々な制度整備を進めることとあわせて、証券税制についても更なる見直しを進めていくことが重要であると考えています。

具体的には、証券税制に関する1つのポイントは、小口投資家を拡大することであり、個人投資家向けに、毎年一定額までの投資に対する優遇措置を設けることが必要だと考えています。いわゆる日本版ISAの創設であります。

もう1つのポイントは、高齢者の老後の安心を確保することであり、高齢者がいわば「第二の年金」として受け取る配当や譲渡益について、優遇措置を設けることが必要だと考えています。

金融庁は、21年、22年の特例措置について、業界からもご要望をいただいております投資家の利便にも配慮しながら、これらのポイントを盛り込んだ税制改正要望を提出したところであり、その実現に向けて、証券界の皆様方と力を合わせて取り組んでまいりたいと考えています。

こうした取組みや、市場強化プランに盛り込まれた様々な施策を通じて、「貯蓄から投資へ」の流れを生み出し、我が国市場の国際競争力や魅力の向上にもつなげていきたいと考えています。

(3) 市場の信頼の確保

ここで1つ申し上げておきたいことは、こうしたプラスの効果を実現するためには、我が国の証券市場が多くの国民から信頼され、国際的にも信頼されていることが、大前提であるということです。

証券界の皆様方は、投資家や資金調達者が市場にアクセスする際に、市場仲介者としての機能を果たすという、いわば公共的な役割を担って頂いております。

政府は、これまでも、我が国市場の公正性・透明性を向上させる観点から、数次にわたり制度面の見直しを図ってまいりました。皆様方におかれても、その公共的な役割を十分に認識いただき、ルールを守ることは当然として、それ以上に高いモラルと責任に基づく業務運営を行っていただくことを期待しています。

金融当局は、自主規制機関とも連携して、そうした対応状況を注意深く見守るとともに、仮にルールに反する行為があれば、厳正に対応してまいります。

いずれにしましても、今後とも、我が国市場の信頼性確保に向けて、関係者一丸となって取り組んでいくことが必要だと考えており、皆様の一層のご尽力、ご協力をお願いしたいと思います。

(4) 株券電子化への対応

最後に、この機会に、株券電子化についても、若干、お話をしたいと思います。

株券電子化の実施目標である来年1月5日まで、残り4ヶ月を切りました。証券界の皆様方におかれても、大詰めの作業を進めていただいていることと思います。

この株券電子化は、いくつかの点から、市場関係者全体にメリットをもたらす制度であります。

第一に、株主にとっては、株券の紛失・盗難・偽造といったリスクがなくなります。

第二に、発行会社にとっては、株券の印刷・保管にかかるコストが軽くなります。

第三に、皆様方、証券会社のお立場にとって株券の保管や運搬に係るリスクやコストが削減されます。

このように、株券電子化を適切かつ円滑に実施することは、市場の信頼と活力の向上にもつながるものと考えております。

本日お揃いの経営者の方々が先頭に立って、引き続き、万全の対応をお取りいただくよう、お願いいたします。

4.おわりに

足元において、国際金融市場の今後の動向には最大限注視していく必要がありますが、同時に、長期的視野に立てば、我が国市場の国際競争力や魅力を向上させることは、我が国全体の再生にもつながることだと思います。

このために、本日お集まりの皆様方が、強いリーダーシップを発揮されることを期待して、私の挨拶とさせていただきます。

(以上)

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