田村金融担当大臣政務官講演(概要)
(平成22年5月19日(水)ザ・エコノミスト・グループ主催コンファレンス「ベルウェザー・シリーズ・ジャパン」)

(はじめに)

本日はお招きをいただきましてありがとうございます。

ご紹介をいただきました内閣府大臣政務官の田村です。この度は我が国の金融市場関係者が一堂に会するこの会合にお招きをいただいた上に講演の機会までいただきまして、まことに光栄に存じております。

さて、このセッションの論題は「規制機関は金融セクターの支援者か、妨害者か」であると伺いました。このセッションの論題に対する私の答えを先に申し上げますと、金融庁が金融セクターの「支援者」になるか「妨害者」になるかは、ひとえに金融庁の政策目標に金融業界がどのような姿勢をとるかによる、ということです。

金融庁の使命は、金融システムの安定、利用者保護、そして金融市場の公正の確保です。金融セクターを保護し育成すること自体は目的ではありません。したがって、金融セクター、金融業界がこの三つの政策目標を共有してくださるのであれば、我々の政策はそうした金融セクターを後押しすることでしょう。他方、金融の安定を乱したり、利用者の利益に反したりするような金融セクターの行動があれば、それを「妨害」するのはむしろ金融庁の責務であると考えます。

さて本日は、我が国金融システム、そして世界的に議論されている金融規制改革の方向性に関する私の考えを申し述べたいと思います。本日の私の講演は大きく四つに分かれておりますが、まず、今般のグローバル金融危機の我が国金融システムへの影響について申し述べたいと思います。次に、バーゼル II についての私の考えについて申し述べます。第三に、国際的な議論が進んでいる金融規制改革への私の見方についてお話ししたいと思います。そして最後に、我が国金融セクターの課題として私が考えていることを申し述べたいと思います。

(今般のグローバル金融危機と我が国金融システム)

皆様ご案内のように、我が国の経済もグローバル金融危機から無縁ではいられませんでした。無縁どころか、世界経済の後退は我が国の実体経済の急速な悪化をもたらしました。2009年1月から3月までの我が国の実質GDP成長率はマイナス8.9%となり、実際のところ我が国は実体経済への影響という意味では先般のグローバル金融危機の影響を最も受けた国の一つと言うことができます。

しかしながら、我が国の金融システム自体は、欧米金融機関に比べれば安定していると言うことができると思います。この認識は必ずしも広く共有されていないため強調しておきます。例えば、先般の金融危機の影響で破綻したり、過少資本のために公的資金による資本注入を受けたりした我が国金融機関はありません。証券化商品からの損失額も欧米に比べて一桁小さくなっています。確かに株価下落や信用コスト上昇、市場の一時的混乱などの影響はありましたが管理可能な程度にとどまり、全体として金融システムの安定は確保されていたと言うことができます。すなわち、今回、我が国金融システムはそれほど影響を受けなかったと言えると思います。

(バーゼル II の評価)

次に、バーゼル II に関する私の考えを申し述べたいと思います。バーゼル II の実効性に関してはこんにち様々な議論があります。時代遅れとなったバーゼルIからの大きな進歩という方もいらっしゃれば、先般の金融危機で欠陥があることが明らかになった金融機関のリスク管理システムに依存しすぎていると懐疑的に見る方もいらっしゃいます。

確かに危機発生後から振り返りますと、バーゼル II には改善を要する点がいくつもあったように思われます。だからこそ、先般の危機を受けて、今般の金融危機の発火点となったトレーディング勘定や再証券化商品に係る資本規制を強化することとなっております。また、景気の良い時は必要とされる自己資本の水準が低くてすむのに対して、景気が悪くなると規制が厳しくなるため、バーゼル II の下では景気循環が増幅されてしまうのではないかとの批判もなされております。こうした批判を踏まえまして、いわゆる「プロシクリカリティ」の抑制する方策が現在検討されています。

またバーゼル II には、「銀行は自らの利益のために適切なリスク管理を行うので、当局はそれを補完すればよい」という基本思想があったように思います。私は、この思想が全面的に間違いだとは申しませんが、この点でバーゼル II はナイーブすぎたかもしれないと考えています。金融機関も私企業であり、その一義的目標は利潤追求にあります。その一方で経営の失敗により発生する社会的コストには配慮を払うインセンティブがありません。また、金融機関の内部格付を十分に理解し、その損失推計を適正に検証する能力が当局にあるのか、という問題も指摘されています。このため、こういった点への対応策も、昨年12月にバーゼル銀行監督委員会(バーゼル委員会)から市中協議に出された提案には盛り込まれています。

このようにバーゼル II は完全なものではありませんでした。しかしながら、だからといってバーゼルIの世界に戻っても問題の解決にはなりません。そもそも、各国当局がバーゼルIの改正に動いた主な動機の一つは、バーゼルIで規制裁定が目立っていた証券化商品に係るリスク把握を強化することにありました。この点、先般のグローバル金融危機が、欧米金融機関や監督当局において複雑な金融商品や「組成・転売型」ビジネスモデルに係るリスクが適正に把握されていなかったことから発生したものであることをここで強調しておきたいと思います。バーゼル規制の基本思想は、「自己資本規制は金融機関におけるリスクの計測と管理の強化を促すべきである」というものであり、この思想は引き続き有効であると思います。

また、2007年夏の危機発生当初においてバーゼル II をまともに実施していた国が我が国以外にほとんどなく、危機の震源地であった米国にいたってはバーゼル II が未だに実施に移されていないことにも留意が必要です。

(世界的な金融規制改革の動き)

ご案内のとおり、G20やFSB(金融安定理事会)、バーゼル委員会、IOSCO(証券監督者国際機構)といった国際会議や国際標準設定主体において、金融規制改革の議論が進展しております。金融庁もこうした会議のメンバーとして、先般のような金融危機の再発防止のため、実効的な規制改革に向けた議論に積極的に貢献してきております。

先般の世界的金融危機を受け、金融システム安定を確保するためには、金融セクターの自己努力のみに委ねるのは十分でなく、一定の公的関与が必要であるとの認識が国際的にも浸透していると思います。その意味で、金融規制の改革の中に規制強化の方向性があることは間違いありません。金融庁としても、金融市場における歪んだインセンティブ構造を是正する、金融インフラの更なる整備によって金融市場の公正を確保しリスクを削減する、あるいはリスクに応じた適正な水準と質の資本の維持を金融機関に求める、といった改革の目的は他の主要諸国の当局と広く共有しております。現に今通常国会には、金融市場の更なる整備の観点から、金融商品取引法等を改正するための法案を提出し、既に成立させていただきました。

他方、政治的機運を逃すまいとするあまり、過剰な規制を拙速に導入することは避けなければならないと考えております。国際標準設定主体等において検討されている施策が、個々としては合理的でも、それを積み上げた全体として見ると、むしろ金融システムの安定を阻害してしまうことにならないか、それのみならず、実体経済に著しい悪影響を及ぼすようなことはないかを、注意深く検証することが必要です。この点、包括的なパッケージとしての規制改革が、先般のグローバル金融危機の根本原因、不安定性の構造的要因に対応したものとなっていることを確保することが極めて重要です。

例えば、自己資本の充実は、先般の危機のみならず、1990年代の我が国の銀行危機の経験からも、我が国金融機関にとって引き続き重要な課題だと思います。しかし求められているのは、「その金融機関のビジネスに伴うリスクの大きさに応じた」資本の充実です。これに対して、自己資本比率の単純な引上げは、政治的にはわかりやすいかもしれませんが、「金融機関のリスク管理の改善にインセンティブを与える」という観点からは逆効果です。それだけでなく、低収益かもしれませんが低リスクで安定した、そして実体経済の回復にとって重要な、伝統的な商業銀行業務を不当に抑制することになりかねません。また、未だに不安定性を抱え本格回復の見られない経済・金融情勢にかんがみますと、規制導入に当たっては十分な移行期間を設けることが必要だと思います。

(我が国金融セクターの課題)

我が国の金融規制の今後のあり方に関して、先般のグローバル金融危機を踏まえて規制強化を行うべきなのか、それとも経済成長のために更なる規制の撤廃・緩和が必要なのか、というテーマ設定がされることがありますが、私は、「規制強化か規制緩和か」というのは、単純にどちらかとは言えないというのが共有して頂ける考えだと。規制当局として重要なのは、金融システムの安定・利用者保護・公正な市場の確立という観点から必要な、しかし他方で経済に利益をもたらす「質の高い、良い規制」の実現を目指して不断の努力を続けることであると考えております。そのためには、金融市場や金融機関経営に関する理解を更に深めるとともに、公共政策としての規制目的を常に意識しながら、その目的をより効率的、効果的に達成できるような規制手法を用い、また、規制や監督上の措置の必要性、妥当性について説明責任を果たし透明性を高めることが重要になります。

ご清聴ありがとうございました。

以上

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